声劇台本 based on 落語

替わり目かわりめ


 原 作:古典落語『替わり目』
 台本化:くらしあんしん


  上演時間:約10分


【書き起こし人 註】

古典落語をベースにしていますが、あくまでも"声劇台本"として作成しています。
なるべく声劇として演りやすいように、元の落語に様々なアレンジを加えている場合があります。

アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。



ご利用に際してのお願い等

・上演を公開される際は、観覧無料の媒体のみで行うようお願いします。
 観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
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<登場人物>

・亭主(セリフ数:43)
 酒を飲んで酔って帰ってくる。酔いの程度はおまかせします。ほろ酔いでもベロベロでも。


女房(セリフ数:43)





<配役>

・亭主:♂

女房:♀




【ちょっと難しい言葉】

床を延べる(とこを のべる)
ふとんを敷くこと。

脇(わき)
ここでは「他所(よそ)」の意味。

葉唐辛子(はとうがらし)
未熟な唐辛子の葉。佃煮などにする。

つづめる
縮める。短くする。簡略にする。




ここから本編




亭主:(居酒屋で呑んだ帰り。往来を 家に向かって歩いている)
   う~ッ、さぶい!
   今晩は また一段とえるじゃねェか。
   
   1杯だけで帰るつもりだったんだけどなぁ、
   ついつい長居ながいしちまった。
   おかげで すっかり遅くなっちまったよ。
   
   
    (帰宅)
   オウッ、いま帰った!

女房:まーた この人はこんな時間に帰って来て……。
   
   お酒くさいねえ……。
   
   どうせまた、しこたま飲んで来たんでしょ。
   
   ホラ、今日はもう遅いし、とこべてあるんだからさ。
   早く おなさいよ。

亭主:は?

女房:だから、ふとんいてあるんだから、
   早く おなさいって言ってんの!

亭主:おない。

女房:おないって……。
   なくって どうすんのさ?

亭主:だから、おないでさ、
   
   (おちょこで酒を呑む手つきをして)
   ちょいと こんなコト やろうかと思ってね。

女房:なんだい?その手つきは。

亭主:オイオイ、俺たちゃ 何年の付き合いだよ。
   
   この手つき見りゃあ、酒を飲むと分かりそうなモンじゃねェか。

女房:お酒?
   
   いけませんよ。
   わきで たらふく飲んできたんでしょ?
   
   このうえ飲ませられますか。

亭主:あのねえ、ずっとウチん中にいた オメエは知らねえだろうけどよ、外は寒いぜェ?
   酔いもめちまうってもんだよ。
   酒の1杯も飲まずにられるかってんだ。

女房:酔いがめたかめてないか 知らないけどね、
   さんざん飲んできたことに 変わりはないんでしょ?
   
   ダメダメ!
   
   今日は、飲ま!・せま!・せん!

亭主:オメエは どうして そういう言い方をするかねェ……。
   
   「飲ま!・せま!・せん!」だなんて……。
   
   そんな言い方するから こっちだって意地いじになって
   「飲むゾー!」ってコトに なるんだよ。
   
   
   あのな?そういう時はだよ? 
   
   「たいそう飲んで来てらっしゃるようですが、そとそとうちうち
    アタシのおしゃくじゃ おいしくもないでしょうが、
    アナタおひとつ いかがですか?」
   
   ってなふうに言うんだよ。
   そうすりゃ こっちだって
   
   「ああ、ウチで支度したくしてくれてんのに
    外で飲んで来ちゃって悪かった。
    じゃ今日は飲むのはよそう。今日はるよ」
   
   ってな具合ぐあいになるんだよ。

女房:ホント?

亭主:あッたりめえじゃねェか。

女房:ハイハイ。
   
   たいそう飲んで来てらっしゃるようですが、そとそとうちうち
   アタシのおしゃくじゃ おいしくもないでしょうが、アナタおひとつ いかがですか?

亭主:そう?じゃ もらおうか。

女房:インチキじゃないか!

亭主:ハハハ、怒るな怒るな。
   
   1杯飲んだらるからよ、とにかく酒 持ってきてくれよ。

女房:んもう……、しょうがないねェ……。

  

女房(卓の上に 湯呑みと一升瓶を置く)
   ハイ、どうぞ。

亭主:いや、ハイどうぞ じゃねえよ。
   
   俺の目の前に 湯呑ゆのみと1升瓶しょうびん置いて、
   それで仕事 えましたってツラは ねえだろ。
   味気あじけねえじゃねえか。
   
   おしゃくをしなさいよ、おしゃくを。

女房:ハイハイまったくうるさいねェ……。
   
   (酌を始める)ハイ

亭主:オウ、そうそう……。
   
   おい、もっとケツ上げろよ。

女房:え?

亭主:もっとケツを上げろっての。

女房:ええ……?
   (四つん這いになってお尻をつきあげながら注ぐ)
   こうかい……? 
   ぎにくいねェ……。

亭主:あのなあ、オメエのケツ上げてどうすんだよ!
   1升瓶しょうびんのケツを上げるんだよ!
   1升瓶しょうびんのケツを上げて、
   勢いよくげって言ってんだよ!

女房:なんだ、そうかい。
   (言われたとおりに注ぐ)
   ハイハイ、こうね。

亭主:オウ、そうそう。
   
   ああ、そんなもんでいいや。
   
   (ひと口飲む)
   ああ~、うめえ!
   
   
   けど…………、ちょいと くちが さみしいなぁ。
   
   オイ、なんか つまむ物は えのか?

女房:え?

亭主:だからよ、なんか ツマミになるモンは えのかって聞いてんだよ。

女房:なんにもないよ。

亭主:即答そくとうだねえ……。
   
   いや、なんもえってこたァ ねえだろ?

女房:なんにもないってば。

亭主:いやいや、なんかあるだろ?

女房:ないってば。

亭主:んな つれねえコト言うなよ……。
   
   いやホント何でもいいの。
   なんか あるだろ?

女房:なんにもないんだってば。
   
   もうちょっと早く帰ってくりゃあ、
   そこんところに ゴキブリがいたんだけどねぇ。

亭主:いたんだけどねぇじゃねえよ。
   亭主にゴキブリ食わすんじゃねえよ。
   
   
   いやいや、なんか あるだろ?
   
   
   あ、そうだ! 
   俺、今朝けさ 納豆 食ったよ。
   その残りが36粒半つぶはんほどあったろ。
   あれ持って来いよ。

女房:ああ、食べちゃった。

亭主:え?

   

女房:だから、アタシが、
   
   食べ!・ちゃっ!・た!!

   

亭主:あのなぁ……。
   
   オメエはツラがマズいんだから、くちようぐらいは キレイにしとけよ。
   
   そんな「食べ!・ちゃっ!・た!!」なんて言ったら、
   くちがパカーッと広がるだろ?
   
   オレ今 お前に食われちまうかと思ったよ。
   
   同じ言うなら、女らしく、おしとやかに 丁寧に
   「いただきました」と言うんだよ。

女房:イチイチうるさいねェ……。
   
   ハイハイ。いただきました。

亭主:それでいいんだよ。
   
   ああ、コンブのつくだがあったろ?

女房:いただきました。

亭主:あ、そう……。
   
   あ、シャケの焼きざましがあったろ?

女房:いただきました。

亭主:シオカラがあったろ?

女房:いただきました。

亭主:わさびけがあったろ?

女房:いただきました。

亭主:葉唐辛子はとうがらしがあったろ?

女房:いただきました。

亭主:オメエちょっと いただきすぎじゃねえか……?
   
   あ、そうだ!きのう隣のダンナが――

女房:いただきました。

亭主:オイオイオイ!
   それはおだやかじゃねェよ……。
   隣のダンナいただいちゃ ダメでしょ……。
   
   
   あ!台所にキュウリのぬかけが あったろ!
   持って来いよ!

女房:まだけたばかりでなまだよ。

亭主:なま……?
   
   なまでもいいから持って来いよ!

女房:持って来てどうすんだい?

亭主:なまのキュウリ食って ヌカミソ食って 塩なめて、
   頭に 石 のっけときゃ、腹ん中で けモンになるだろ。

女房:なるわけないだろ!
   何言ってんだい この人は。
   
   (ため息)しょうがないねェ。
   
   じゃあさ、横丁よこちょうの おでん屋さんなら夜明よあかしでやってるから、
   そこ行って おでん買って来ようか?

亭主:おォッ!おでんか!いいねえ!
   おでん買って来てくれ!

女房:ハイハイ。
   じゃあ、何 買って来る?

亭主:ん~そうだなァ……。
   
   まずは、「ヤキ」だな。

女房:「ヤキ」って何よ?

亭主:なんだオメエ知らねえのか?
   
   「ヤキ」ってのは「焼き豆腐」のことだ。

   
   江戸っ子は気が みじけえんだ。
   いちいち「やきどうふ」なんて 長ったらしいだろ?
   だから ちぢめて「ヤキ」って言うんだ。

女房:あ、そう。「ヤキ」ね。 
   
   あとは?

亭主:それから……、「コン」だな

女房:キツネかい?

亭主:ちがうよ……。
   「コンニャク」の「コン」だよ。

女房:ハイハイ、「コンニャク」の「コン」ね。 
   
   あとは?

亭主:あとは……、「ガン」。

女房拳銃けんじゅうかい?

亭主:なんでだよ。こわいよ。どんなおでんだよ。
   だいいち英語じゃねえか。
   んなもん どこで覚えてくんだよ……。
   
   「ガン」は「ガンモドキ」だよ。
   
   
   ああ、オメエも自分の好きなの 買ってこいよ。

女房:あらそう? 
   
   それじゃアタシは、「ジ」と「チク」と「ペン」にしよっと。

亭主:なんだそりゃ?

女房:「スジ」と「チクワ」と「ハンペン」。

亭主:変なちぢめ方してんなぁ……。
   
   ま、イイや。
   
   とにかく頼んだぜ。

女房:ハイハイ。じゃあ行って来ますね。

   女房、鏡台の前に座り、化粧を始める。

亭主:ん――
   
   オメエ何してんの?
   
   鏡台きょうだいの前 座って 顔 はたいて……。

女房:だって、外へ出るのに こんなスッピンじゃ、恥ずかしいじゃない。

亭主:ハァ?
   
   たかが おでん買いに行くだけだろ?
   顔なんぞ どうだっていいじゃねェか。
   
   だいたい夜中だよ?
   誰がオメエの顔なんか見るってんだ。
   
   そんなの いいから 早く行ってくれよ。
   
   おい行けよ。行けって言ってんだろ?
   
   さっさと行けェー!!

女房:わ、分かったよ……。(慌てて出て行く)

亭主:(独白)
   フン、あわてて出ていきやがった。ざまァ見ろ。
   まったく トロくせえんだから……。
   
   
   (しみじみ)
   けど ―― 、いい女房だよ ――
   
   友達にも よく言われるんだ、
   「オメエんとこのカミさんは、オメエには過ぎたカミさんだよ」って。
   
   俺もそう思うよ ――
   俺なんかにゃ もったいねえ いい女だ……。
   よく尽くしてくれるしよォ……。
   
    めんかっちゃあ、オタフクだのバカヤローだの言ってるけど、
   心ん中じゃあ 手ェ合わせておがんでんだ。
   
   「いつもこんな ダメ亭主の面倒 見てくれて すまねェ、ありがとう」ってな……。

女房:あらァ、そうだったのかい♪

亭主:オメエ まだ いたのかい!!





おわり

その他の台本                 


参考にした落語口演の演者さん(敬称略)


古今亭菊之丞
古今亭志ん朝(3代目)



※なぜタイトルが『替わり目』なのか

実は、本来この お話には続きがあり、その本当のオチの文言が、
「ちょうど 銚子の替わり目でしょうから」というものだからです。

以下詳しく説明します。

女房がおでんを買いに出た後、亭主は、たまたま近所を通った 流しのうどん屋を呼び入れます。
そしてウザ絡みをし、さらに「お燗をしたいから湯を使わせろ」と言ってうどん屋の湯を使い、
あげく、うどんは注文せずに うどん屋を叩き出してしまいます。うどん屋にとっては散々です。

帰ってきた女房にそれを言うと、女房は、それじゃ うどん屋さんがかわいそうだからと、
外へ出て「うどん屋さーん!」と うどん屋を呼びます。

外で別の客に うどんを出していた うどん屋さん。
客「うどん屋さん、呼んでるよ」
う「どこです?」
客「あそこの家だよ」
う「ああ、あの家はいけません」
客「どうして?」
う「今行ったら、ちょうど 銚子の替わり目でしょうから」

ということでオチとなります。
つまり、お燗をした1本目のお銚子を呑み終えて、2本目に移るタイミングだということです。
今行ったら、またお燗をさせられて絡まれるだろうからイヤだと言ってるんですね。

実際の落語口演でも、この後半部分まで演じられることは わりと少なくなっています。

さらに厳密に言うと、当ページの台本は 亭主の帰宅から始まりますが、
本来は その前、亭主が外にいるところから始まります。
そこでは人力車の車夫が「乗りませんか?」と亭主を呼び止め、そこから
亭主と車夫の 珍妙なやりとりがあって、亭主の帰宅となります。



何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp

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