声劇台本 based on 落語

置泥おきどろ


 原 作:古典落語『置泥』
 台本化:くらしあんしん


  上演時間:約20分


【書き起こし人 註】

古典落語をベースにしていますが、あくまでも"声劇台本"として作成しています。
なるべく声劇として演りやすいように、元の落語に様々なアレンジを加えている場合があります。

アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。



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<登場人物>

・泥棒(セリフ数:67)
 ?歳。
 泥棒を生業にしてはいるものの、どこか人のいいところがあり、悪人になりきれない。



(セリフ数:67)
 ?歳。
 泥棒が入った長屋に住んでいる男。大工。



<配役>

・泥棒:♂

:♂



【ちょっと難しい言葉】※クリックすると開いたり閉じたりします(ブラウザによっては機能しません)

    【ちょっと難しい言葉】

    蚊遣り(かやり)
    煙をいぶして蚊を追い払う道具。

    匕首(あいくち)
    鍔(つば)の無い短刀。

    賭場(とば)
    ばくちをする所。ばくちば。

    腹掛け(はらがけ)
    着衣の一種。胸から腹までを覆い背中でヒモを十文字にとめて着用する。

    半纏(はんてん)
    羽織りに似た着衣の一種。羽織りとは違い、えりの折返し・胸ひもがない。

    元の木阿弥(もとのもくあみ)
    一時よくなったものが再びもとのつまらない状態に帰ること。

    番所(ばんしょ)
    警備や見張りのために設置された番人が詰めるために設けられた施設。




ここから本編




 泥棒:(ため息)ハァ……。
    泥棒稼業どろぼうかぎょうも楽じゃねえなぁ……。
    
    近頃はどいつもこいつも用心深くなりやがって。
    どの家 見たって きちんと戸締まりしてやがるもんだから、忍び込めやしねえ……。
    
    今晩はもう仕事できそうにねえな……。
    (目の前の長屋を見て)
    この長屋がダメなら、仕方ねえ、帰って寝ちまおう……。
    
    (忍び込めそうな部屋がないか眺める)
    どれどれ……。
    
    お……!?あの奥の家、戸がいてるじゃねえか。
    へっへっへ、ありがてぇありがてぇ。
    今日はもうダメかと思ったけど、最後に運が向いてきやがった。
    
    (忍び込む)
    よぉし、そーっと、そーっと……。ん……?
    (煙たい。咳こむ)ゴホッゴホッ!
    なんだこりゃ、ずいぶんけむてえな。
    
    ん……?なんだありゃ。
    土間どまで何か燃えてるじゃねえか……!
    おいおい、火事になったらどうするんだ。
    俺が入ってきたから良かったようなもののよぉ。
    物騒ぶっそうな家だなぁ。
    
    (燃えているものを見て)
    ゴホッゴホッ、なんだこりゃ……?
    どんぶりの中でいたっきれ燃やしてやがる。
    何考えてんだ、ここの奴ぁ。
    とにかくこのままじゃ危ねえ。消しといてやるか。
    よっと。
    (手ぬぐいか何かでポンポンポンポンと火を叩いて消そうとしている音と声。適当でいいです) 
    
    (どうにか火を消し終わる)
    ふぅ、これでよし。
    まったく、不用心ぶようじんな野郎だなぁ、ここの奴ぁ。
    家ん中で火ぃいて、表戸おもてどけっぱなしで、
    出払ではらってやがんのか……?
    
    しっかし……、薄暗うすぐらくてよく見えねえけど、きったねえ家だなぁ……。
    まぁでもな、案外こういうとこに住んでる奴が、
    裏で小金こがね めこんでたりするんだ。
    よーし、そいじゃ、上がらせてもらうぜ。
    (穴に足がはまる)うわっ!!
    
    
    ゥ~。いてててて……、あ~、いてぇ……。
    びっくりしたぁ……。なんなんだよ この家は。
    なんで 上がってすぐのとこに穴なんかいてんだ……?
    
    ん?あれ……?
    この家、よく見たら 畳がいてねえじゃねえか。
    どういうことだよ。おまけに 床板ゆかいたに穴までけて……。
    おかげで足 取られちゃったじゃねえか。
    ってえなぁ もう……。
    
    なんだか わけの分からねえ家だな……。
    さっさと金目かねめのもん 盗んで逃げるか……。
    
    (奥の部屋に何か見える)
    ん……?
    
    なんだオイ、奥に誰かいるぞ……?
    なんだよ、留守じゃなかったのかよ。
    
    (どうやら寝ているようだ)
    なんだ……?
    布団ふとん いて、寝てやがんのか……?
    のんきな野郎だなぁ、人の苦労も知らねえで……。
    
    (男の枕元で)
    オイ、起きろ。

  男:起きてるよ。

 泥棒:うわ びっくりした!
    起きてたのかよ!

  男:うん。お前さんが入って来たときから、ずっと見てた。

 泥棒:こわッ!
    なんだよ、俺が入って来たの見てたんなら、なんか言えよ!
    なんで黙って見てるんだよ!声あげるなり何なりしろよ!

  男:じぶんで黙ってようが喋ってようが、俺の自由じゃないか。

 泥棒:いやまぁ……、そりゃそうだけどよ……。

  男:それからね。

 泥棒:なんだよ。

  男:お前さん、夜 知らない家に上がるときは、
    もっと用心して歩かなきゃダメだよ。
    暗くて見えねえんだから。
    つま先でさぐりながら歩くんだよ。
    
    気を付けねえから、ほら、床の穴に足 取られちゃうんだよ。

 泥棒:上がってすぐ 床に穴がいてる家なんて そうそうねえよ。
    だいたい何だよ、あの穴は。

  男:あれか?
    いや俺んの裏がドブでよ、
    この季節になると、いてしょうがねえんだ。
    蚊遣かやりでも置きてえと思ったけど、
    そんなもん買うぜにえからさ、
    畳あげて床板ゆかいたはがして、
    それ燃やして 蚊を追っ払おうと思って。

 泥棒:あれ蚊遣かやりのつもりだったのかよ。
    危ねえだろ……。長屋が火事になったらどうすんだよ。

  男:別にいいよ。俺の家ってわけじゃねえんだし。
    借りてるだけなんだから。

 泥棒:とんでもねえ野郎だな。
    
    あのなぁ、自分の家じゃねえからって燃やしていいわけじゃねえだろ。
    人様に迷惑かけるんじゃねえよ。

  男:夜中に勝手に 人んあがるのは迷惑じゃねえの?

 泥棒:うるせえなあ。
    
    それからお前、床に穴がいてたわけは分かったけど、
    畳くらい元通りにいとけよ。
    夜中に入って来る奴が危ねえじゃねえか。

  男:なんで俺がそんな奴の心配しなきゃならねえんだよ。

 泥棒:……そりゃそうだけどよ。
    
    まぁいいや……。
    オウ、出せよ。

  男:え?

 泥棒:出せよ。

  男:何を?

 泥棒:何をって……。
    ぜにを!

  男:なんで俺が お前さんにぜになんか出さなきゃならねえの?

 泥棒:なッ……!
    
    てめえ、俺を誰だと思ってやがる!

  男:知らないよ。
    初めて会ったよね?

 泥棒:いや初めて会ったんだけど……、そうじゃなくて……。
    
    (大声で)
    俺 は 泥 棒 だ !!

  男:しーッ!声が大きいよ。
    野中のなか一軒家いっけんやじゃねえんだ。こんな長屋だよ?
    隣は柔術じゅうじゅつの先生なんだ。こーんなでっかい体のさ。
    こんな時間にそうやって「泥棒だー!」なんて大声で怒鳴どなってごらんよ。
    飛び込んできて、お前さん、腕の1本や2本、折られちゃうよ?

 泥棒:…………。
    (精一杯強がって)
    な……なんだよ……。
    こっちが知らねえと思って、いい加減なこと言いやがって……。
    お、おどそうったって、そうはいかねえぞ……!

  男:嘘じゃねえよ。
    
    じゃいいよ。嘘だと思うんなら、そうやって怒鳴どなってればいいよ。
    好きなだけ大声出せば?

 泥棒:…………。
    (ビビって ささやくように)
    ぜにだせよ。

  男:そこまで小さくしなくてもいいけど。

 泥棒:いいからぜにだせよ。

  男:出せったって……。ないよ。

 泥棒:あ?えわけねえだろ。

  男:ないよ。

 泥棒:嘘つけよ。
    こういう汚ねえ家に住んでる奴に限って、
    裏で小金こがね めこんでるもんなんだよ。

  男:そりゃお前さんの妄想もうそうだろ。
    ほんとにないよ。

 泥棒:ほぉ……あくまで出さねえつもりか……。
    
    よぉし……、いま出しやすくしてやる。
    
    (懐から刃物を取り出して)
    ホラ、伊達だてにはさねえ 二尺八寸にしゃくはっすんダンビラものだ。どうだよ?

  男二尺八寸にしゃくはっすんにしちゃ短いね。
    せいぜい九寸五分くすんごぶだ。

 泥棒:この野郎……!
    これが目に入らねえのか!

  男:入らないよ。
    そんなもんが目に入るなら、俺は手品師てじなしにでもなってるよ。

 泥棒:見えねえのかってんだ!!

  男:見えてるよ。
    だから二尺八寸にしゃくはっすんにしちゃ短いねって言ったじゃねえか。
  
    それ匕首あいくちだろ?
    それがどうしたってんだよ。

 泥棒:それがどうしただと……?
    
    やい、てめえがどうしてもぜに出さねえってんなら、
    この匕首あいくちで、てめえの どてっぱら風穴かざあなあけて ブッ殺すぞ。

  男:殺す……?
    
    俺がぜに出さなかったら、
    お前さん、俺を殺すって言うのかい……?

 泥棒:そうだよ。

  男:そうかい。
    
    うん。そりゃあ、ありがてえ。

 泥棒:ありがてえ……?
    
    てめえ、俺の言ってることが分かってんのか?
    シャレや冗談じゃねえんだぞ。
    本当に殺すって言ってんだぞ。

  男:分かってるよ。
    だから、ありがてえって言ってんだよ。

 泥棒:なにがありがてえんだよ?

  男:いや、俺さ、もう生きてるのがイヤになって、
    死にてえ死にてえと思ってたとこなんだ。
    でも、自分で死ぬとなると 度胸がなくてさ。
    おまえさん、いいところに来てくれたよ。
    さ、殺してくれ。

 泥棒:オイちょっと待てよ。

  男:なんだよ、勿体もったいつけねえで殺してくれよ。
    さ、殺せよ。
    俺 死にてえんだよ、殺してくれよ。

 泥棒:ちょっと待てって。何 言ってんだよ。

  男:俺を殺すんだろ?殺してくれよ。
    俺 死にてえんだよ。
    な?頼むよ。
    助けると思って殺してくれよ。

 泥棒:難しいこと言うなよ。
    殺すんだか助けるんだか 分からねえじゃねえか。

  男:どうでもいいから殺してくれよ。
    俺のこと殺すって言ったじゃねえか。
    さあ早く殺してくれよ。
    殺せよ!殺せ!!

 泥棒:ちょちょちょ……落ち着けよ……。
    命を粗末にするんじゃないよ……。
    
    どうしてそんなに死にてえんだよ……?

  男:いや、実は俺、大工だいくなんだけどさ、悪いやまいを持っててよ。

 泥棒:悪いやまい?なんだ、どっか体の具合でも悪いのか?

  男:いや、体はピンピンしてるんだけどよ。
    そうじゃなくてさ。
    
    俺、とにかく博打ばくちが大好きでよ。
    どうしても博打ばくちが やめられねえって、そういうやまいなんだ。

 泥棒:なんだよ、そういうことかよ。
    それで?

  男:こないだもさ、半月はんつきほど前だったかな、
    道具箱をしちに入れて ぜにこしらえて、賭場とばに行っちゃってよ。
    
    最初の何日かは、すげえ勝ってもうかってさ。
    でも、調子に乗ってかよってるうちに、だんだん勝てなくなってきて。
    取り返そうと思って 意地になってかよい続けてたら、
    しまいには大負けに負けて スッカラカンになっちゃって。
    
    しばらくは どうにか食いつないでたんだけど、
    とうとう何にも なくなっちゃってさ。
    もう3日も 何も食ってねえんだ。

 泥棒:馬鹿だな お前は。博打ばくちなんてのは、
    必ず損するようになってるんだ。
    最初にちょいと勝たせといて、あとから その倍も3倍も
    ふんだくるってのが、賭場とばの手口じゃねえか。
    その場でてるから「バクチ」って言うんだ。

  男:わかってるよ。
    わかってるんだけど、どうにも やめられねえんだなぁ……。
  
    ずっとそうなんだ。
    道具箱をしちに入れては賭場とば行って負けて、
    そのたんびに 親戚やら友達やらにぜに借りて 道具箱 受け出して、
    ちょっと仕事して 給金きゅうきんが入ったら借金返して、
    そんでまた道具箱をしちに入れて賭場とば行って……。
    これの繰り返しなんだ。
    
    この先もずっと、こうやって同じこと繰り返すんだろうなって考えたら、
    もう生きてても しょうがねえって気持ちになって……。
    
    だからさ、殺してくれよ。殺せ!

 泥棒:待てよ。早まるんじゃないよ。
    なにも死ぬことは ねえだろ?
    明日あしたっから性根しょうね入れ替えて、仕事にせいしゃ いいじゃねえか。
    
    人間、真面目まじめに働くのが いちばんだ。

  男:泥棒に言われてもなぁ。

 泥棒:うるせえなぁ。
    
    とにかく、死ぬなんて言わねえで、
    明日あしたっからとうに生きろ。な?

  男:ダメだよ。

 泥棒:なにがダメなんだよ?

  男:仕事にせいそうにも、道具箱がえもん、
    しちに入れちゃってるからさ。
    大工が道具箱 持ってなきゃ、仕事しようにも できねえよ。
    やっぱり死ぬしかねえんだ。
    さ、殺してくれ。殺せ!

 泥棒:落ち着けよ。
    
    つくづく馬鹿な野郎だなあ。
    なんで博打ばくちで勝ってるうちに
    道具箱 受け出しとかねえんだよ。
    道具箱 受け出してから負けりゃいいじゃねえか。
    ま、今さら言ってもしょうがねえけどよ……。
    
    じゃあ今度だけ、また知り合いからぜに借りて、
    道具箱 受け出して来いよ。

  男:ダメなんだよ。
    もうさ、誰もぜに貸してくれねえんだよ。
    昨日も おとといも、心当たりの連中に当たってみたんだけど、
    みんなもうイヤだって言って、誰もぜに 貸してくれなかったんだ。
    だから道具箱 受け出せねえ。
    道具箱 受け出せなきゃ、仕事もできねえ。
    
    な?もう死ぬしかねえんだよ。
    さ、殺してくれ。殺せ!

 泥棒:落ち着けってんだよ。
    
    それじゃ、道具箱があれば、真面目まじめに働くんだな?
    その道具箱、いくらで入れたんだよ。

  男:5円だよ。

 泥棒:5円……?
    
    (ため息をつきつつ、懐を探って5円出す)
    ほら、5円。これで道具箱 受け出して来い。

  男:え?この金、くれるの?

 泥棒:そうだよ。

  男:ほんとに?嘘じゃないよね?
    嘘つきは泥棒の始まりだよ?

 泥棒:もう始まっちゃってんだよ こっちは。
    
    嘘じゃねえよ。
    ほんとにやるから、これで道具箱 受け出して来い。

  男:いいのかい……?
    なんかすまないね。ありがと。
    
    
    …………。
    
    けど……、やっぱり これ返すよ……。

 泥棒:なんでだよ。
    俺がいいって言ってんだ。
    遠慮しねえで取っとけよ。

  男:いや、そういうことじゃないんだ。

 泥棒:じゃ何なんだよ?

  男:これじゃ足りねえからさ……。

 泥棒:なんだよ、さっき 5円で入れたって言ったじゃねえか。

  男しちに入れたの 半月はんつきも前なんだ。
    利息りそくがついてるよ。

 泥棒:よせよオイ。
    利息りそくまで俺に払えってのかよ!

  男:いや、そこまでしてもらっちゃ悪いと思うからさ、
    5円だけもらっても しょうがねえから、
    気持ちだけありがたく受け取って、ぜには返すよ。
    
    やっぱり死ぬしかねえんだ。
    さ、殺してくれよ。殺せ!

 泥棒:ああもう!
    
    (ため息)ハァ……
    
    ……利息りそくいくらだよ。

  男:2円。

 泥棒:(ため息をつきつつ、懐を探って追加の2円出す)
    ほら。これで道具箱 受け出せるんだろ?

  男:え……。
    いいの……?

 泥棒:いいもなにも……。
    道具箱 受け出せなきゃ、てめえ死ぬって言うんだろ?

  男:うん。

 泥棒:だからだよ!
    
    いいからそれで道具箱 受け出して、真面目まじめに働け。

  男:すまないね。ありがと。
    
    
    ――あのさ、ちょっと 俺の布団ふとんめくって、見てくれよ。

 泥棒:なんだよ気持ち悪いな。
    なんでだよ。

  男:いいから。

 泥棒:なんだよ……。
    
    (布団をめくる)
    
    ん!?
    
    なんだお前、フンドシ1ちょうの裸じゃねえか!

  男:そうなんだよ。
    腹掛はらがけも半纏はんてん股引ももひきも、
    みんなしちに入ってて。
    
    これは利息りそくも入れて2円でいいんだけど。

 泥棒:待て待て!
    そんなもんまで俺に払わせようってのか!

  男:だよな。
    そんなことまで頼むわけには いかねえよな……。
    
    こんな格好じゃおもてもロクに歩けねえし、
    ましてや仕事になんて行けやしねえ。
    道具箱 受け出したってしょうがねえんだ。
    
    だから、さっきもらったぜには返すよ。
    
    やっぱり死ぬしかねえんだ。
    さ、殺してくれ。殺せ!

 泥棒:わかったよ!
    2円だな?
    2円ありゃ、着るモンも受け出せるんだな?

  男:うん。

 泥棒:(ため息)ハァ……
    なんで こんな家 入っちゃったんだ……。
    
    (懐を探って追加の2円を出す)
    ほら、2円。

  男:すまないね。ありがと。

 泥棒:これで ちゃんと仕事行けよ?

  男:それがさ……。

 泥棒:今度はなんだよ?

  男:さっきも言ったけど、
    俺もう3日も何も食ってねえんだ。
    仕事行こうにも、もう腹が減って、
    起き上がることもできねえ。

 泥棒:ああもう 分かった分かった!
    
    (ため息をつきつつ、懐を探って50銭出す)
    ほら!50せんやるから、これでこめ買って食え。

  男:俺 おかずが無いとメシ食えねえんだよ。

 泥棒:知らねえよ!
    3日も食ってねえんだろ?
    おかずとか言ってる場合じゃねえだろ!

  男:そうだよな……。
    
    でも俺、ほんとにおかずがえとメシ食えねえんだ。
    このまま俺は、飢えて死ぬんだよ。
    
    だからさ、ひと思いに殺してくれ。殺せ!

 泥棒:うるせえなあもう!分かったよ!
    
    (ため息をつきつつ、懐を探ってまたいくらか出す)
    ほら!これで おかずも買ってメシ食え!

  男:すまないね。ありがと。
    
    
     …………。
    
    けど……、やっぱりこのぜに、返すよ……。

 泥棒:なんだよ!
    まだなんか不足があんのかよ!

  男:お前さんも知ってるだろ?
    職人なんてのはさ、明日あした仕事行ったからって、
    すぐ その日に給金きゅうきんがもらえるわけじゃねえんだ。
    給金きゅうきんもらえるのは、半月はんつきか、
    下手すりゃ ひと月も先だ。
    明日あしたっから仕事行ったって、またすぐに道具箱やらなんやら
    しちに入れることになるんだ。もと木阿弥もくあみだよ。
    
    やっぱり死ぬしかねえんだ。
    さ、殺してくれ。殺せ!

 泥棒:(もう泣きそうになって)
    分かったよもう!
    
    (大きなため息をつきつつ、懐を探ってまたいくらか出す)
    ほら!これで全部だ!
    もう1せんえぞ!
    てめえのおかげで 俺は一文無いちもんなしだよ!
    
    これだけありゃ、給金きゅうきん入るまで どうにかなるだろ。
    さ、取っとけ!

  男:すまないね。ありがと。
    
    なんか悪いね、催促さいそくしたみたいで。

 泥棒:催促さいそくしてんじゃねえかよ!
    
    とんでもねえ野郎だな、泥棒から
    がね 全部ふんだくりやがって……。
    
    まぁいいや……。
    
    いいか?明日あしたからとうに生きろよ。
    じゃあな。

  男:帰るの?

 泥棒:帰るよ。

  男:帰るなら、路地ろじ 出て 右には行かねえほうがいいよ。

 泥棒:なんでだよ?

  男番所ばんしょがあるから。
    捕まっちゃうよ?

 泥棒:俺ぁ今夜は 捕まるような事してねえよ!
    じゃあな!あばよ!(立ち去る)


  (間)
  

  男:あ。
    
    泥棒さーん。
    おーい。
    泥棒さーん!
    
    どろぼー!
    どろぼー!!

 泥棒:(戻ってきて)
    おい!何考えてんだよ この野郎!
    あれだけ世話してやったのに、その恩をあだで返すつもりかよ!
    なんだよ、でけえ声で泥棒泥棒って!

  男:だって、名前 知らねえんだもん。

 泥棒:だからって泥棒って呼ぶんじゃねえよ!
    
    それで、なんだよ?
    まだ何か用かよ。

  男:ちょいと頼み忘れた事があってさ。

 泥棒:いい加減にしろよオイ!
    
    俺はもう一文無いちもんなしだって言ったろ?

  男:分かってるよ。

 泥棒:じゃあ何なんだよ!

 

  男来月も、また来てくれよ。
  



おわり

その他の台本                 


参考にした落語口演の演者さん(敬称略)


柳家三三
三遊亭兼好
蜃気楼龍玉(3代目)
柳家小里ん
三遊亭金時
柳家小さん(5代目)
三遊亭金馬(3代目)
三遊亭圓遊(4代目)
五街道雲助


何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp

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