声劇台本 based on 落語

厩火事うまやかじ


 原 作:古典落語『厩火事』
 台本化:くらしあんしん


  上演時間:約25分


【書き起こし人 註】

古典落語をベースにしていますが、あくまでも"声劇台本"として作成しています。
なるべく声劇として演りやすいように、元の落語に様々なアレンジを加えている場合があります。

アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。



ご利用に際してのお願い等

・上演を公開される際は、観覧無料の媒体のみで行うようお願いします。
 観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
 配信者へ 金銭または換金可能なアイテムやポイントを贈与できるシステムの有無は問いません。
 ただし、ことさらリスナーに金銭やアイテム等の贈与を求めるような行為は おやめください。


・無料公開上演の録画は残してくださってかまいません(動画化して投稿することはご遠慮ください)。
 録画の公開期間も問いません。

・当ページの台本を利用しての有料上演はご遠慮ください。

・当ページの台本を用いて作成した物品やデジタルデータコンテンツの販売はご遠慮ください。

・当ページの台本を用いて作成した動画の投稿はご遠慮ください。

・台本利用に際して、当方への報告等は必要ありません。




<登場人物>

・おさき(セリフ数:52)
 ?歳。亭主より7歳年上。
 職業は髪結(「かみゆい」と読む。今で言う理容師)。
 7歳年下の亭主と夫婦喧嘩が絶えない。
 口数が多い。興奮してくると ベラベラとまくしたてる。
 人の話をじっと聞いていられないタチで、悪気はないが
 しょうもない茶々を入れたりする。



仲人(セリフ数:35)
 ?歳。
 おさきと亭主の仲人をつとめた人物。
 しょっちゅう おさきから愚痴を聞かされる。
 おさきの亭主が仕事をしていた頃の、上司みたいな存在かと思われる。



亭主(セリフ数:15)
 ?歳。おさきより7歳年下。
 おさきの夫。いわゆるヒモ状態。



<配役>

・おさき:♀

仲人亭主:♂




【ちょっと難しい言葉】※クリックすると開いたり閉じたりします(ブラウザによっては機能しません)

    【ちょっと難しい言葉】

    厩(うまや)
    馬を飼っておく小屋。馬小屋。

    愛想も小想も尽き果てる(あいそも こそも つきはてる)
    「愛想が尽きる」を強調した言い方。「小想(こそ)」は語調を良くするための語で、特別な意味はない。

    髪結(かみゆい)
    今で言う理容師さん。なまって「かみい」とも。落語口演では「かみい」と発音されることが多い印象ですが、どちらでもいいかと。

    酒呑童子(しゅてんどうじ)
    平安時代、京都近辺に住んでいたと伝わる鬼(盗賊とも)。酒好きだったとされる。

    共白髪(ともしらが)
    夫婦ともに白髪になるまで長生きし、添い遂げること。

    了見(りょうけん)
    考え。思案。

    唐土(もろこし)
    むかし、中国を指して呼んだ語。

    孔子(こうし)
    春秋時代の中国の思想家・哲学者。

    幸四郎(こうしろう)
    歌舞伎役者の名跡「松本幸四郎」のことですかね。

    麹町(こうじまち)
    東京都千代田区の地名。

    来手(きて)
    来る人。来てくれる人。




ここから本編




おさき:(怒った様子で仲人の家に駆け込んでくる)
    旦那!旦那!!

 仲人:なんだい、おさきさん。
    血相けっそう変えて 人ん 飛び込んできて。
    
    ……あれかい?
    お前さん、また夫婦喧嘩かい?

おさき:そうなんですよ!

 仲人:そうなんですよじゃないよ。
    またかい……。

おさき:旦那の前ですけどね、あたし、もう今日という今日は、
    愛想あいそ小想こそてちゃいましたよ!

 仲人(ため息)ハァ……
    お前さんとこくらい喧嘩するウチも無いね。
    3日に一度は喧嘩じゃないか。
    
    そのたんびにウチに飛び込んで来て。
    たまったもんじゃないよ こっちは。

おさき:どうして そんなこと言うんですか!
    旦那は あたしたちの仲人なこうどじゃありませんか!

 仲人:そりゃわかってるよ。
    たしかに私は お前さんたちの仲人をしたけどね、
    だからって夫婦喧嘩のたびに ウチに来て騒がれたんじゃあ、
    くたびれちまうんだよ。
    冗談じゃないよ まったく。

おさき:なんですか、その言い方!
    まるであたしが来ちゃ 迷惑みたいじゃありませんか!

 仲人:迷惑なんだよ。

おさき:もォ~、そんなことおっしゃらないでくださいな……。
    
    (涙声で)
    仕方がないじゃありませんか。
    他に行く所もありませんし。
    旦那だけが頼りなんですから……うっうっ……

 仲人(ため息)ハァ……
    わかったよ……。
    わかったから、もう泣くのはして、話してごらんよ。
    
    今日はどうしたんだい?

おさき:それがですね旦那、今日あたし、
    なべの仕事を2つばかりかかえてたもんですからね、
    今朝けさ がけに、
    「今日はあたし、帰りが5時ごろになるから、
     夕飯ゆうはん支度したくをしておくように」って
    ウチの人に言いつけて、出かけたんですよ。

 仲人:おいおい おさきさん。
    言いつけた なんて言い方があるかい。
    
    たしかに おまえさんとこの家は、
    おまえさんが髪結かみゆいの仕事をしてかせいでる家だ。
    だけどもね、仮にも亭主だよ?
    その亭主に 「ものを言いつけた」なんてのは、
    あんまり感心しない言葉だね。
    
    ……ま、いいや。
    それから?

おさき:それで、表へ出ましたら、
    仕事仲間の おみつさんにバッタリ会ったんです。
    
    そしたらおみつさん、あたしに頼みがあるって。
    どしたの?っていたら、
    「実は指をケガしちゃって 髪がえなくなっちゃったの。
    で、今日お得意さんに 行かなきゃならないんだけど、
    おさきさん 代わりに 行ってくれないかしら」って。
    
    そりゃあ、こういうのは お互い様ですからね。
    あたしだって ケガしたり 病気になったりしたら、
    他の誰かに 代わってもらいますもの。
    「ええ、ようござんすよ」って引き受けて。
    それで、おみつさんの代わりに
    伊勢屋いせやさんていう お宅に、
    おかみさんのまげいに行ったんですよ。

 仲人:ふうん。

おさき:で、おかみさんのまげい上げて、
    「さぁおしまい」と思ったら、
    そこの娘さんがね、明日あした芝居見物しばいけんぶつに行くから
    髪をい直してほしいって。急に言われちゃって。
    
    まぁ1つうのも2つうのも同じですからね、
    「かまいませんよ」ってい始めたんですけどねぇ……。
    この娘さんの髪の毛が、くせっ毛というか、
    まあタチの悪い髪の毛で……。
    
    それでも どうにかこうにかい上げたんですけど、
    ずいぶん時間 取られちゃって……。
    
    まあそんなことがあったもんですから、
    仕事 終わって ウチに着いたのが7時で。
    
    そしたらウチの人、あたしの顔見るなり 真っ赤な顔して、
    
    「こんな時間まで どこで遊んでやがったんだァ!!」
    
    ――こんなこと言うんですよォ!
    ひどいと思いません!?
    
    旦那の前ですけどね、
    あたしは仕事で遅くなったんですよ!?(怒)
    
    外で!遊んでるわけ!ないじゃありませんか!!!!(怒)

 仲人:いや私に怒ったって しょうがないじゃないか。

おさき:あんまりしゃくさわったから言ってやったんですよ。
    
    「何言ってんだい!おまえさんが
     昼間っからブラブラしてられんのは、
     いったい誰のおかげだと思ってんだい!」
    って。
    
    そしたら、ウチの人も男ですからねぇ、
    女のあたしに啖呵たんか 切られて腹が立ったんでしょ、
    
    「なにを!このオカメ!」って言うんですよ。
    だから あたしが 「ひょっとこ!」って言ったら
    むこうが「般若はんにゃ!」
    こっちが「外道げどう!」

 仲人:なんでののし文句もんくが全部 おめんなんだい……。

おさき:あたし、もう我慢できません。
    今日という今日は、もう愛想あいそきました。
    
    それで、いっそのこと、
    もう別れようと思って……。

    

 仲人――
    
    なるほど、そうかい――
    
    うん。お前さんが そんなにまで思うんなら、
    別れちまったほうがいい。
    
    
    お前さんが そこまで言ったんだ、私も話をしよう。
    
    お前さんの亭主という男は、
    元はと言えば私んとこから出た人間だ。
    何かあった時には、私はアイツの味方をしなきゃならない、
    かばってやらなくちゃならない立場だ。
    
    だけどね、私はアイツをかばうことはできない。
    それぐらいダメな男だ。
    
    こないだだってそうだ。
    
    用事があって出かけた帰りがけに、
    私はお前さんの前を通りがかった。
    そしたらこうが ちょいと開いてたもんだから、
    こりゃ不用心だと思って「誰かいるかい?」と声をかけた。
    
    そしたら お前さんの亭主がノソノソ出てきたよ。
    「あ、旦那ですか。どうぞお上がりください」
    なんて言って、部屋に上げてくれた。
    ここまではいい。
    
     ―― ふと見ると、わきぜんが置いてある。
    このぜんの上を見て、私は面白くなかった。
    
    刺身が一人前、皿に乗ってる。
    まぁこれはいいよ。
    問題はその横だ。
    
    徳利とっくりが1本立ってる。
    これが面白くない。
    
    おまえさんとこの家は、おまえさんが
    髪結かみゆいの仕事をして かせいでる。
    女房が 油だらけになって 働いてる ぴる
    その留守に 亭主が酒なんぞ飲んで。
    こんな情けねえことが あるかい?
    
    いいかい?「飲むな」とは言わないよ?
    だがね、酒飲むんなら、おまえさんが帰って来るのを待って、
    一緒に飲みゃ いいじゃないか。
    
    おまえさんだって少しは いける口なんだろ?
    仕事から帰って、2人で 一人前の刺身を 半分ずつ食って、
    1ごうの酒を 半分ずつ 差し向かいで 飲んでてごらん?
    近所の人が これを見たら、「あぁ、仲のいい夫婦だなァ」と思うだろ?
    
    それを昼間っから 何にもしねえで 酒 飲んでる。
    そんな男はダメだ。何の見込みもない。
    そんな野郎とは、別れちまったほうがいいんだ。
    
    おまえさんが そういう気になったんなら ちょうどいい。
    あんなダメ亭主とは、もう別れちまいな。

おさき:(急に不機嫌になる)
    (女心は複雑だ。第三者に亭主を悪く言われると、妻として亭主の肩を持ちたくなる)
    そりゃまぁ、そうですけどね?
    
    でもね、お刺身だって なにも50人前あつらえて
    ながじゅうに配って歩いたわけじゃないし、
    お酒だって、酒呑童子しゅてんどうじじゃあるまいし、
    2しょうも3じょうも飲んだってわけでもないでしょ?
    
    たかが お銚子ちょうし1本あけたくらいで
    そんなふうに言われたんじゃ、
    あの人が かわいそうだわ……。

 仲人:なんだよオイ。
    
    だから おまえさんの相手はイヤなんだよ。
    おまえさんが別れたいって言うから、背中を押してやったのに。

おさき:別れたい!?
    
    冗談じゃありませんよ!
    あの人と別れるくらいなら、あたし死んじゃう……!

 仲人:おいおい!
    一体どっちなんだよ!

おさき:あ~~~もう、旦那ったら れったい……。

 仲人:こっちのほうがよっぽど れったいよ。
    おまえさん、一体全体、どう したいんだい?

おさき:ですからね……、
    あたしは あの人の気持ちが知りたいんですよ。

 仲人:気持ち?

おさき:そうですよぉ。
    
    あたしが働けるうちは働かせといて、
    年をとって働けなくなったら用済みにするつもりなのか、
    それとも共白ともしらまで げてくれるつもりなのか、
    あたしのことを 本当に大事に思ってくれてるのか……。
    あの人がどういう了見りょうけんでいるのか、それが知りたいんですよ。
    
    (このあたりから だんだんと まくしたて気味になっていく)
    いえね、あたしのほうが年下なら まだ いいんですけどね、
    あたし、あの人より 7つも年上でしょ?
    女なんてものは 老けやすいんですから。
    今でこそ、あたしも若くて綺麗きれいで、
    肌はモチモチ 髪はツヤツヤ、
    色気いろけ可愛かわいらしさもあって 申し分ない女ですけどね?
    まぁ 何年もしたら、こんな あたしだって、
    そりゃ オバちゃんに なりますよ。
    で、小野おののまちみたいに
    「ああ、花の色は 移りにけりな……」
    なんてなげいてるに おばあちゃんに なっちゃって。
    そりゃね、あたしですもの、
    おばあちゃんになっても 綺麗きれいだと思いますよ?
    でもどうせ 男なんて 若いむすめのほうが いいんでしょ?
    あたしが おばあちゃんになって わずらって、その寝込ねこんでる枕元まくらもと
    若い女の子なんか 引っぱりこんで イチャイチャされてごらんなさい?
    くやしい~!と思ってみついてやろうとしても、
    その頃には 歯も全部 抜けちゃって 土手どてしか残ってないの。
    ひどい話だわ! みつくことも できないなんて!
    あたしって、なんて かわいそうな女なんでしょ!
    そう思いません? 思うでしょ?
    ねえ聞いてます?旦那!

 仲人(辟易している)
    聞いてるよ。
    よくしゃべるねえ お前さんは……。
   
    そんなに 野郎の気持ちが分からないのかい?

おさき:そうなんですよ。
   
    ほんとに噛みついてやろうかって思うぐらい
    憎ったらしいことを 言ってくるかと思えば、
    反対に、こんなに優しい人が この世にいるものかしらってぐらい
    優しくしてくれる時もあるんですもの……。

 仲人:へえ。どういう時に優しいんだい?

おさき:(なぜか照れて)
    どういう時って……。
    やだ……、そんなコトお聞きになるんですか?
    
    んもう……、旦那のスケベ。

 仲人:なんだよ、意味が分からないよ!

おさき:とにかく!
    あの人が あたしのことをどう思ってるのか、
    あたしのことが 本当に好きなのか そうじゃないのか、
    あたしと生涯 一緒にいる気が あるのか 無いのか、
    要するに、あの人の本心が知りたいんですよ。

 仲人:なるほどねえ。
    
    たしかにお前さんの言うことも もっともかも知れないな。
    いくら長いこと ひとつ屋根の下で 暮らしてる夫婦といえど、
    互いの 心の奥底までは なかなか 分からないもんだ。
    けどね、人というものは案外、
    ふとした時に、本心が現れるものなんだ。
    
    
    こういう話がある。
    
    おさきさん、唐土もろこしを知ってるかい?

おさき:もちろんですよォ。
    あたしは 焼くよりかしたほうが
    甘みが出て 好きですねえ。

 仲人:とうもろこしの話じゃないよ。
    唐土もろこしというのは、今で言う中国のことだ。
    昔は唐土もろこしと言ったんだよ。
    
    その唐土もろこしに、孔子こうしという偉い学者がいた。

おさき:あら。幸四郎こうしろう弟子でしか何か?

 仲人:役者じゃないよ、学者だ。
    
    そのかたは、たいへんな馬好きで、
    中でも1頭の白馬しろうまをたいそう可愛かわいがっていた。
    弟子たちにも
    「この馬は 私の命よりも 大事なものである。
     この馬が 傷ついたり いなくなったり せぬよう、
     くれぐれも 気を付けておくように」
    と常々 言ってあった。
    
    ところが ある日、孔子こうし様が出かけている間に、
    うまやから 火が出た。 火事だ。
    
    さあ弟子たち、「ご愛馬に 何かあっては大変だ」ということで、
    急いでうまやへ駆けつけた。
    手綱たづなを持って 引っぱり出そうとするが、
    「名馬めいばほど火を恐れる」のたとえだ、一歩も動こうとしない。
    火の手は どんどん迫ってくる、もう どうしようもない。
    仕方なく 弟子たちは 馬をあきらめて 避難した。
    あわれ 白馬しろうまは焼け死んでしまった。
    
    そこへ 孔子こうし様が帰って来て言った。
    「火事が あったそうだな」 
    
    弟子が ひれ伏して
    「申し訳ありません。みすみす ご愛馬を 焼け死なせてしまいました」
    ――と言い終わらないうちに、孔子こうし様は
    「お前たちに怪我けがは無かったか」とおたずねになった。
    弟子が恐縮きょうしゅくして、
    「おそれながら、怪我けがった者は おりません」
    と答えると、孔子こうし様は、
    
    「そうか、皆の者に怪我けがは無かったか。
     よかった。それが なによりだ」
    
    こう言っただけだ。
    愛馬が死んだことには 一切 れない。
    
    弟子たちは どう思う?
    日頃は 馬のことばかり 気にかけているように見えて、
    いざという時には 馬そっちのけで 自分たちの身を案じてくださる。
    この主人のためならば、命をなげうってでも と思うだろ?

おさき:さようでございますわねぇ……。
    
    ところで 焼け死んだ馬のお肉は どうしたんですかねぇ?
    あれ「さくら肉」って言って、お鍋にすると美味おいしいんですってねぇ。

 仲人:お前さんねえ……。
    何も分かってないじゃないか。
    
    じゃあ、これと あべこべの話を してあげよう。
    
    今度は日本の話だ。
    
    麹町こうじまちのお屋敷に、さる旦那が住んでいた。

おさき:あらまあ、猿のくせに お屋敷に住んでるんですか?

 仲人:誰がエテ公の話をしてるんだよ。
    名前が言えないから「さる旦那」と言ってるんだ。
    
    この旦那が、たいそう瀬戸せとものっていた。

おさき:あら、似たようなことが あるもんですねぇ。

 仲人:何がだい?

おさき:ウチの人もねえ、瀬戸せとものが好きなんですよ。
    こないだも、ヒビの入った お皿を
    3円50銭も出して 買ってきて。
    3円50銭ですよ!?
    だから 言ってやったんですよ、
    「馬鹿だねえ お前さんは。
     そんなヒビの入った お皿に3円50銭も出して。
     使い物に ならないじゃないか」って。
    そしたら ウチの人、また顔 真っ赤にして
    「何言ってんだ、馬鹿は お前だ。
     ヒビが入ってるから 俺たちの手にも入るんだ。
     ヒビが入ってなかったら とてもじゃないが
     俺たちの 手が届くような シロモノじゃねえんだ!」
    なーんて言って。
    で、どこで買って来たんだか 知らないけど、
    きりの箱なんかに 大事に しまって。
    それで時々 とり出しては、ニヤニヤニヤニヤ 嬉しそォ~な顔して 眺めたり
    布でいたり してるんですよ。鹿じゃないかしら。
    どう思います?馬鹿だと思いません?ねえ旦那!

 仲人:どうでもいいけど よくしゃべるねぇ……。
    
    あのね、いま言ってる瀬戸せとものは、
    お前さんの亭主が買ってくるような皿とは モノが違うんだ。
    1つで何万、何十万とするようなシロモノなんだよ。

おさき:まあッ!
    そんなに大きな お皿があるんですの!?

 仲人:あのねぇ……。
    でかけりゃ高いってもんじゃないんだよ、あんこ玉じゃあるまいし。
    本当に高価な物ってのは、小さくたってが張るんだ。

おさき:ふぅん、そういうもんなんですかねぇ。

 仲人:それで、麹町こうじまちの旦那の話だけどね。
    
    ある日のこと、お屋敷に珍客ちんきゃくが来た。

おさき:あら、猿のところに チンが お客で来たんですか?

 仲人:違うよ。珍しい客のことだよ。
    滅多に来ない客が 来たんだよ。

おさき:あらそうですか。

 仲人:久々に来た客だ。
    旦那は ここぞとばかりに 瀬戸せとものを自慢した。
    客も眼福がんぷくだったと言って 帰って行った。
    
    さて 自慢し終えた瀬戸せとものを 片付けるんだが、
    なんせ高価な瀬戸せとものだ、女中さんなんかにはさわらせない。
    片付けるのは奥さんの役目だった。
    
    奥さんが皿をかかえて 階段を降りようとすると、
    そうヒノキづくりの階段、しかも念入りにきこんである。
    足袋たびがツルっと滑ったかと思うと、
    ダダダダダダ、ドシーン!
    
    いちばん下まで転げ落ちた。
    
    旦那は真っ青になって 駆け寄って、
    「皿は 割れてないか、皿は 大丈夫か、
     皿は皿は 皿皿皿 さらさらさら……」
    息も つかずに36回、「皿」と言ったそうだ。
    奥さんが、
    「お皿は両手でかかえておりましたので 大丈夫でございます」
    と答えると、
    
    「そうか、それはよかった」
    
    と、これだけだ。

おさき:それだけ!?
    
    なんてひどいヤツなの、その麹町こうじまちの猿は!

 仲人:猿じゃないけどね。

おさき:ひどいじゃありませんか!
    いくら高いったって、皿なんか お金出せば また買えるってのに!
    
    自分の奥さんが 階段から落ちたんでしょう!?
    愛情があるんなら、奥さんの体の心配をするのが
    当たり前じゃありませんか!

 仲人:お前さんの言うとおりだ。
    
    後日、奥さんの里方さとかたから
    「えんしていただきたい」と申し出があった。
    旦那がなぜかとたずねてみると、
    「先日 娘が階段から落ちた際、ご殿でんは、
     娘の体よりも 皿の心配ばかり しておられたそうな。
     してみると ごとうでは、
     人間よりも瀬戸せともののほうが大事なのでしょう。
     そんな所へ大事な娘を 嫁に出しておくわけには いきません」
    との答え。
    旦那は仕方なくえんじょうを出して奥さんと別れた。
    
    さてこの噂が方々ほうぼうへ広まった。
    
    「あそこの旦那は薄情はくじょうな人だ、ひどい人だ」
    
    こうなると、もう嫁の来手きてもない、
    縁談えんだんの世話をする人もいない。
    旦那は生涯、ひとり寂しく 暮らすことに なったんだそうだ。
    
    
    さて、本題だ。
    
    おさきさん、お前さんの亭主にも、
    大事にしている皿があると言ったね。
    これから帰って、亭主の見ている前で、
    その皿を持って 転んで見せるんだ。
    転んで、その皿、割っちまいな。

おさき:ええッ!?
    そんなことしたら、あの人どれだけ怒るか分かりませんよ!
    「出てけ!」って、あたしえんされちゃうかもしれない!

 仲人:だからだよ。
    
    おさきさん、野郎の本心が知りたいんだろ?
    
    転んだお前さんと 割れたを皿見て、
    皿がどうの、出てけのなんのとかすようなら、
    それが野郎の本心だ。もう見込みはない。別れちまいな。
    
    だがね、お前さんの指1本でも 気遣うようなこと、
    「ケガはないか」の一言ひとことでも、野郎の口から出たなら、
    それが 野郎の本心だ。
    日頃どれだけ 冷たくしようが 憎まれ口 叩こうが、
    心の中じゃ お前さんのことを 大事に思ってるんだ。
    
    な?やってごらんよ。

おさき:そう……ですねえ……。
    
    わかりました……。
    
    じゃあ旦那、ひとつお願いが あるんですけど……。

 仲人:なんだい?

おさき:ひとっ走り、先に あたしんに行ってくれませんか?

 仲人:行ってどうするんだい?

おさき:「これから おさきが帰ってきて 皿を割るから、
    皿じゃなくて おさきの体の心配をしろ」って
    ウチの人に言っといてくれませんか?

 仲人:それじゃ 何の意味も無いじゃないか。
    
    おさきさん、女でも男でも、
    生涯に一度は 勝負するもんだ。
    やってごらん。
    
    つらい結果が出たら、また私のところにおいで。
    相談に乗ってやるから。
    
    さ、お行き。

おさき:わかりました……やってみます……!
    
    旦那、今日はどうも ありがとうございました。

 


 

    仲人の家からの帰り道

おさき:(ため息)はぁ……。
    なんだかドキドキするわ……。
    
    ウチの人……、ちゃんと唐土もろこしかしら……。
    麹町こうじまちの猿だったらどうしよう……。

 


 

    帰宅

おさき:ただいま……。

 亭主:やっと帰って来やがった。
    何やってたんだよ。
    どうせまたアレだろ、旦那んとこ行ってたんだろ?
    
    あのなぁ、夫婦の間だよ?
    たまには怒鳴どなることもあるよ。
    それを、そのたびに いちいち旦那に
    言いつけに行かなくても いいじゃねえか。
    それにな、行ったら行ったで、
    もっと早く 帰って来いよ。
    せっかく一緒に食おうと思って
    晩メシの支度したく しといたのによぉ……。
    もう腹 減っちゃって しょうがねえよ……。

おさき:あら……!
    お前さん、ごはんの支度したく、してくれたの……!?

 亭主:したよ。

おさき:お腹すいてるのに、待っててくれたの……!?

 亭主:そうだよ。

おさき:お前さん、あたしと一緒に、ごはん、食べたいの……!?

 亭主:当たり前じゃねえか。
    
    「たのしみは はるさくらに あきつき  夫婦ふうふ なかく さん めし
    って言うだろ?
    
    昼間は お前 仕事だから 一緒に食えねえし、
    晩メシくらい 一緒に食いてえじゃねえか。
    さ、食おうぜ。

おさき:あらぁ……うれしいねぇ……。
    
    お前さん、見所があるよ。
    唐土もろこしのほうだね。

 亭主:なんだって?

おさき:なんでもないのよォ。
    
    あ、でも、いただく前にね、
    あたしちょっと、やることがあるから。

 亭主:おいおい。
    
    なんだか知らねえけど、
    メシの後で いいじゃねえか。
    俺もう腹 減っちゃってんだよ。
    
    女房、ふだん開けない棚を開けてゴソゴソしている
    
    ん――
    おい、何やってんだよ。
    そんなとこ開けたって、お前の物は 何も入ってないだろ?
    
    女房、亭主の大事な皿を取り出している
    
    あ!それ、俺の大事にしてる皿じゃねえか!
    オイ!それにはさわるなって言ってあるだろうが!

おさき:やだねぇこの人は……。
    さっきまで唐土もろこしだと思ってたのに、
    急に麹町こうじまちの猿になって……。
    
    大事なお皿なんでしょ?
    だからあたし、洗ってあげようと思って。

 亭主:いいんだよ洗わなくたって!
    いいから戻せ!
    落っことしたらどうすんだよ!

おさき:よいしょ。
    
    あら、ちょっと重いわねえ。

 亭主:やめろって!
    オイ、フラフラしてんじゃねえか!
    今すぐ戻せ!
    洗わなくたっていいから!

おさき:いいからいいから。
    
    よいしょ、よいしょ。
    
    あ、つまずいた!
    あーーーっ!!
    (皿を落として割る)

 亭主(皿が割れたのを見て)
    あーーーっ!!

おさき:った~い!

 亭主:あ~あ……、割っちまいやがった……。
    だから言わねえこっちゃねえんだよ……。
    
    
    おい、大丈夫か?
    ケガしてねえか?

おさき:えッ…!?
    
    お前さん…いま何て…!?

 亭主:ケガしてねえかってんだよ。

おさき:お前さん……!
    
    (うれしくて泣く)
    うっうっ……。

 亭主:オイ、お前 泣いてんのか……!?
    どっか痛いのか……!?

おさき:お前さん……!
    
    あたし、お前さんの大事なお皿、
    割っちゃったんだよ……?

 亭主:皿なんざ どうだっていいよ。
    ぜに 出しゃ また買えるじゃねえか。
    
    俺は お前の体が心配なんだよ。

おさき:ありがとうお前さん……。
    
    お前さん、唐土もろこしだよ。

 亭主:意味が分からねえよ。
    
    それよりお前 大丈夫か?
    指切ったりしてねえか?
    ほんとにケガはねえか?

おさき:うっうっ……。
    うれしいねぇ……。
    
    お前さん、そんなに あたしの体が大事なのかい……?

 亭主:当たり前じゃねえか。
    お前にケガでもされてみろ。
    
    明日あしたっから 遊んでて酒が飲めねえ。
  



おわり

その他の台本                 


【書き起こし人  補足】
この話は、亭主と夫婦喧嘩をしたおさきが仲人の家に飛び込んでくる場面から始まるわけですが、
その夫婦喧嘩の原因が、演じられる噺家さんによって、大きく分けて以下の2通りのパターンがあります。

①おさきの帰りが遅い→喧嘩

②おさき「朝食は鮭よ」→亭主「俺はイモが食いてえ」→喧嘩

この台本では①を採用していますが、その理由(と言うより②にしなかった理由)は、②の場合、
「朝食に鮭を食べろ」と言うおさきを、亭主が「このうお河岸がしアマ!」と罵り、「俺はイモが食いてえ」と言う
亭主を、おさきが「この大根だいこん河岸がし野郎!」と罵り、そこから「オカメ!」「ひょっとこ!」「般若!」「外道!」…
と続くのですが、その中の「大根だいこん河岸がし」という言葉が、現代ではちょっと通じにくいのではないかと思い、
ならば解りやすい①にしようと思ったからです。

「大根河岸」というのは、魚河岸の青果バージョン、つまり野菜や果物の市場です。
江戸時代、魚河岸は日本橋にほんばしで、大根河岸は京橋で栄えていました。
※ここで言う日本橋・京橋は東京の地名であり、大阪の日本橋にっぽんばし・京橋ではありません。


以下に、私がこの噺を台本化するに当たって参考にした口演の師匠方を記載していますが、
上から、歌丸師匠~花緑師匠は①を、圓楽師匠~小遊三師匠は②を喧嘩の原因にされています。
(志ん朝師匠は②ですが、おさきをイモ派、亭主を鮭派にされています)
ご参考までに。


参考にした落語口演の演者さん(敬称略)


桂歌丸
春風亭小朝
柳家小三治(10代目)
柳家権太楼(3代目)
入船亭遊一
桂文楽(8代目)
柳家花緑

三遊亭圓楽(5代目)
古今亭志ん朝(3代目)
金原亭馬生(10代目)
三遊亭小遊三


何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp

inserted by FC2 system