声劇台本 based on 落語

子ほめこほめ


 原 作:古典落語『子ほめ』
 台本化:くらしあんしん


  上演時間:約20分


【書き起こし人 註】

古典落語をベースにしていますが、あくまでも"声劇台本"として作成しています。
なるべく声劇として演りやすいように、元の落語に様々なアレンジを加えている場合があります。

アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。



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<登場人物>

・八五郎(セリフ数:97)
 通称「はっつぁん」。口が悪い。


・ご隠居(セリフ数:37)
 町内の物知り隠居。


・通行人(セリフ数:4)
 たまたま往来を歩いていた人。45,6歳。


伊勢屋いせやの番頭(セリフ数:23)
 八五郎の顔なじみの番頭さん。40歳。


・タケ(セリフ数:30)
 八五郎の友人。最近 子宝に恵まれたよ。




<配役>

・八五郎:♂

ご隠居通行人番頭タケ:♂

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【ちょっと難しい言葉】※クリックすると開いたり閉じたりします(ブラウザによっては機能しません)
    了見(りょうけん)
    考え。思案。
    上方(かみがた)
    関西地方。
    灘(なだ)
    兵庫県の地名。日本を代表する酒どころのひとつ。
    往来(おうらい)
    道路。通り。
    福々しい(ふくぶくしい)
    顔つきがふっくらとしていて、幸福そうなさま。
    長命(ちょうめい)
    命が長いこと。長生き。
    栴檀は双葉より芳し(せんだん は ふたば より かんばし)
    大成する者は幼いときから人並み外れてすぐれていることのたとえ。
    「栴檀」は白檀のこと。白檀は香木であり、双葉のときから非常によい芳りを放つことから。

    蛇は寸にしてその気を表す(じゃ は すん にして そのきを あらわす)
    優れた者は幼少の頃から人並みはずれた資才能を備えていることのたとえ。「栴檀は双葉より芳し」と同じような意味。
    「蛇は寸にして人を呑む」というのが正当な表現かと思われるが、落語口演では「-その気を表す」と言われることが多い。
    また、「蛇は寸にしてその気を得る」という ことわざもあるらしい。

    符丁(ふちょう)
    仲間内だけで通用する言葉。隠語。合言葉。
    初七日(しょなのか)
    人の死後7日目にあたる日。またその日に行われる法要。
    お七夜(おしちや)
    子が産まれて7日目の夜。また、その祝い。




ここから本編




八五郎:(ご隠居の家にやって来る)
    ご隠居さーん、こんちはァー。

ご隠居:おや、誰かと思えばっつぁんじゃないか。
    どうしたんだい?

八五郎:酒、ゴチになりに来たんスよ。飲ましてください。

ご隠居:おいおい、お前さんほど不作法ぶさほうな奴は ないねえ。
    来て早々そうそう 酒を飲ませろとは どういう了見りょうけんだい。

八五郎:いやね、ご隠居ん所に、無料ただの酒が あるって
    聞いたもんスからねぇ、飛んで来たんスよ!
    さ、飲ましてください。

ご隠居:ちょいとお待ちよ。
    無料ただの酒?
    世の中に無料ただの酒なんてものが あるかい。

八五郎:しらばっくれちゃいけねえよ、ネタは上がってんだ。
    タツこうが言ってたよ?
    ご隠居ん所に行きゃあ 無料ただの酒があるから
    1杯飲ましてもらって来いって。
    だから1杯飲ましてもらいに来たんだ。
    オら1杯飲ませろ。

ご隠居:飲ませろなんてヤツが あるかい……。
    
    あのねぇっつぁん、それはお前さんの 間違まちがいだ。
    ウチは上方かみがたなだ親類しんるいがいて、
    そこから毎年 酒を送ってもらってるんだ。
    なだの酒だ。
    お前さんは、なだ無料ただとを間違まちがえたんだ。

八五郎:あ、なだスか。無料ただじゃねえんスか。
    
    なるほどなだ無料ただ……。
    
    まァわずかな違いじゃねえスか。
    カタいこと言わずに1杯飲ませろ このシミッタレ。

ご隠居:なんて口のき方を するんだい。
    お前さんは どうも言葉が乱暴でいけない。
    
    飲ませないとは言わないけどねえ、お前さん、
    他人ひとさまのウチに来て、
    酒の1杯でも御馳走ごちそうになろうと思うんなら、
    世辞せじの1つでも言ったらどうだい?

八五郎:なんです?世辞せじってぇのは。

ご隠居世辞せじというのは つまり、
    まあ、相手をめて持ち上げるんだな。
    
    たとえば私のウチに来たら、
    部屋の中をぐるっと見渡して、
    
    「お宅の部屋は、いつも掃除がゆきとどいてキレイですねぇ」
    とか、
    
    「あのとこの 掛け軸は たいそう結構なものですねぇ」
    というような事を言うわけだ。

八五郎:はぁ、それが世辞せじスか。
    
    なるほど、早い話が、
    心にもねえ事を言っときゃ いいんスね?

ご隠居:身もフタもない言い草だねぇ……。
    
    どうも お前さんは 言葉に毒があるな。
    
    私はお前さんの気性きしょうをよく知ってるから いいけど、
    そうでない人に そんな物言ものいいばかり してたんじゃ、
    相手も怒っちまうよ。
    
    お前さんも もう少し、
    世辞せじ愛嬌あいきょうというものを身に着けたほうがいいな。

八五郎:んなこと言ったってねぇ……、
    腹にもねえことで 相手をめるなんざ、
    あっしのガラじゃねえや。

ご隠居:まぁそう言いなさんな。
     世辞せじなんてものは、
    少し覚えておくと便利なもので、
    それで得をすることもある。

八五郎:へぇ、得するんスか?

ご隠居:まぁ することもあるな。
    ちょいと教えてあげよう。
    
    例えば――、そうだなぁ、
    お前さんが往来おうらいで、知った顔に 久方ひさかたぶりで会ったとする。
    この時 お前さん、何と言って挨拶をする?

八五郎:久方ひさかたぶりで?
    
    んなもん決まってらぁ。
    
    「オウ、しばらくじゃねェか。
     まだ生きてやがったのか」

ご隠居:そんな挨拶があるかい。
    
    そういう時は、
    
    「しばらくお目にかかりませんでしたな。
     どちらかへおいででしたか」

    ぐらいのことを言うんだ。
    
    仮に先方せんぽうが、
    商用しょうようで南の方へ」
    とでも答えたら、
    
    「南の方へ!
     ああ、どうりで お顔の色が 黒くなられました」

    と言ってやる。

八五郎:ちょっと待ってくださいよ ご隠居。
    人間なんてのは 顔が白いほうがモテるもんスよ?
    
    そんな、「顔の色が黒くなった」なんて言ったら、
    めた事には ならねえでしょ。

ご隠居:そこが時と場合というやつだ。
    
    先方せんぽうは、商用しょうようで 南へ行ってたわけだ。だから、
    「顔が日に焼けて黒くなるほど
    よくはたらいて おかせぎになったんですね」
    という意味を込めて、
    「お顔の色が黒くなられました」
    と言ってるんだな。

八五郎:はぁ、なるほどねぇ。

ご隠居:けど本当に肝心なのは ここからだ。
    
    「でもご安心をなさい。
     あなた様は 元が お白いのでございますから、
     故郷こきょうの水で洗えば また元通り、お白くなりましょう」

    
    という具合に言ってごらん。
    むこうも悪い気はしないよ?
    酒の1杯でも御馳走ごちそうしましょうって気にもなる。
    
    これが世辞せじというものだ。

八五郎:そういうもんかねぇ……。
    
    じゃ、もし むこうが
    酒の1杯でも御馳走ごちそうしようって気に ならなかったら、
    そん時は ご隠居が立て替えてくれるんスか?

ご隠居:立て替えやしないよ。
    
    まあ、そういう時は、奥の手を出す。

八五郎:のどの奥から 手ェ出すんスか?

ご隠居:それじゃ化け物じゃないか。
    
    とっておきの策を出すんだよ。

八五郎:とっておきの策?
    なんスか それ?

ご隠居:相手のとしたずねる。

八五郎:としを?

ご隠居:そうだ。
    
    「失礼ではございますが、あなたのおとし
     おいくつでいらっしゃいますか」

    こう尋ねる。
    
    まあ かり先方せんぽう四十五しじゅうごとでも答えたなら、
    
    「ほォ。四十五しじゅうごにしては たいそうお若く見えますな。
     どう見てもやくそこそこでございます」

    
    という具合に言うわけだ。

八五郎:はぁ。
    
    「四十五しじゅうごにしては たいそうお若く見えますな、
     どうみてもひゃくそこそこ」

ご隠居ひゃくじゃないよ。やくだ。

八五郎:なんだい?その「やく」ってのは。

ご隠居やくというのは 男の大厄たいやく四十二しじゅうにさいのことだ。
    つまり ここで3つばかり としを若く見てあげてるんだな。
    
    誰だってとしより若く見られりゃあ 悪い気はしないよ。
    酒の1杯でも御馳走ごちそうしましょうって気にもなるだろ?
    
    これが世辞せじというものだ。

八五郎:なるほどねぇ。
    
    いや……、だけどご隠居、
    上手い具合に四十五しじゅうごのヤツが歩いて来りゃあ いいスよ?
    けど、五十ごじゅうのヤツが来たら どうすりゃいいんスか?

ご隠居:どうすりゃいいって……、
    そこは臨機応変りんきおうへんというやつだよ。

八五郎:なるほど。
    「五十ごじゅうにしてはたいそうお若く見えますな、
     どうみても臨機応変りんきおうへんでございます」

ご隠居:そうじゃないよ。
    お前さん 底抜けだねぇ……。
    
    相手が五十ごじゅうだったら、
    四十五しじゅうご ろくとでも言っておけばいいじゃないか。

八五郎:六十ろくじゅうだったら?

ご隠居五十五ごじゅうご ろくだよ。

八五郎:七十しちじゅうだったら?

ご隠居六十五ろくじゅうご ろく

八五郎:八十はちじゅう

ご隠居七十五しちじゅうご ろく

八五郎:九十きゅうじゅう

ご隠居八十五はちじゅうご ろく

八五郎:ひゃく

ご隠居:あのねえ……、
    百歳ひゃくさいの人が
    往来おうらいをヒョコヒョコ歩いてる なんてこと、
    そうそう ないだろ。
    
    まあでも、仮にいたとしたら、
    九十五きゅうじゅうご ろくと言っときゃいいよ。

八五郎:せんまん

ご隠居:うるさいよ。
    そんなに生きる人間がいるかい。

八五郎:いるかもしれねえスよ?
    
    「ちょいと そこ行くおじいさん、
     あなたのおとしはおいくつですか?」
    
    「わしゃぁ今年で一万歳いちまんさいじゃぁ……」
    
    「一万歳いちまんさい
     一万歳いちまんさいにしては たいそうお若く見えますな。
     どう見ても九千九百九十五きゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうご ろく

ご隠居:んな馬鹿な話があるかい。
    
    とにかく、相手が何歳なんさいだろうが、
    いくらか下に言っておけばいいんだよ。

八五郎:なるほど、いくらか下に言っときゃいいんスね?
    
    じゃ向こうからガキんちょが歩いて来て、
    
     「あなたおいくつ?」
    
    「とおです」
    
    「とお! とおにしては たいそうお若く見えますな。
     どう見ても5つか6つだ」
    
    「あらうれしい。
     おじちゃん、ごちそうするから 1杯どお?」

ご隠居:馬鹿だねお前さんは。
    「1杯どう」なんて言う子供がいるかい。

八五郎:いませんかね。

ご隠居:いるわけないだろ。
    子供に酒をおごらせるんじゃないよ。
    
    だいいち、子供のめ方が 大まちがいだ。

八五郎:え?
    
    だって いくらか下に言えって。

ご隠居:それは相手が大人の場合だ。
    子供をめる時は、
    その子を連れている 親を喜ばせるわけだな。

八五郎:どうするんです?

ご隠居:子供の場合は、としを少し上に見る。

八五郎:へぇ、さっきと逆なんスね。

ご隠居:そうだ。
    
    仮にとおの子供だとしたら、
    
    とおにしてはしっかりしたお子さんですな。
     十二じゅうに さんに見えます」

    
    といった具合だな。

八五郎:なるほど。
    
    じゃ ここに赤ん坊が寝てて、
    「この子おいくつ? 1つ?
     1つにしては しっかりしたお子さんですな。
     5つか6つに見えます」

ご隠居:あのねえ……。
    1歳の赤ん坊が5つか6つに見えるなんて言ったら
    流石におかしいだろ。
    まぁ、私の教え方も悪かったかもしれないけど……。
    
    少し難しいが、赤ん坊は赤ん坊で、
    まため方というのがある。

八五郎:そうなんスか。
    どう言うんです?

ご隠居:こういう具合にやる。
    
    「おや、この子はあなたのお子さんですか。
     いやぁ、あなたに こんなお子さんが いらっしゃるとは
     ちっとも存じませんでした。
    
     たいそう福々ふくぶくしいお顔ですな。
     先年せんねん亡くなったお祖父じいさんに似て、
     長命ちょうめいそうがおありなさる。
    
     栴檀せんだん双葉ふたばよりかんばしく、じゃすんにして そのあらわ
     などと申します。
    
     ワタクシも こういうお子さんに、
     あやかりたい、あやかりたい」

    
    このぐらいのことを言えば、
    親だって いい心持こころもちになって
    酒の1杯でも御馳走ごちそうしようって気になるだろう。

八五郎:へぇ、そうスかぁ。
    
    けど ご隠居、今の、ちょいと難しいスよ。
    いっぺん聞いただけじゃ 分からねえや。
    
    悪いけど、もういっぺん言ってください。

ご隠居:そうかい?
    じゃもう一回やるから、よく聞いておくれよ?
    
     「おや、この子はあなたのお子さんですか。
     いやぁ、あなたに こんなお子さんが いらっしゃるとは
     ちっとも存じませんでした。
     たいそう福々ふくぶくしいお顔ですな。
     先年せんねん亡くなったお祖父じいさんに似て、
     長命ちょうめいそうがおありなさる。
     栴檀せんだん双葉ふたばよりかんばしく、
     じゃすんにして そのあらわ
     などと申します。
     ワタクシも こういうお子さんに、
     あやかりたい、あやかりたい」

    
    分かったかい?

八五郎:はァ~なるほどねェ!
    分かった分かった!
    
    ご隠居、あんた、ツラはマズいけど、
     言うことはウマいねえ!

ご隠居:どういう言い草だい。
    められてんだか けなされてんだか
     分かりゃしない。

八五郎:いやぁ イイこと教えてもらったなぁ。
    
    それじゃさっそく町内まわって、
    この世辞せじってやつ、やってきますんで!
    そいじゃ!

ご隠居:お待ちよ。なだの酒、飲んでいかないのかい?

八五郎:いやいや、飲んでるうちに
     教えてもらった事 忘ちゃいけねえから。
    またあとでゴチになりに来るんで。
    
    さいなら!

 


    

八五郎:さぁ~て、さっそくやってみてぇんだが……
    どっかに四十五しじゅうご ろくのヤツ歩いてねぇかなぁ…………
    ん~四十五しじゅうご ろくのヤツ……四十五しじゅうご ろくのヤツ………… 
    
     (向こうから人が歩いてくる)
    お!向こうから歩いてくるヤツ!
    ありゃ見たとこ四十五しじゅうご ろくだ!
    こりゃあ打ってつけじゃねえか!
    
     (歩いてきた人に)
    ちょいと!
    しばらくお目にかかりませんでしたなァ!

通行人:…………?
    
    わ……、私ですか……?

八五郎:そうだよ、お前さんだよ。
    
    しばらくお目にかかりませんでしたなァ!

通行人:…………?
    
    あの……、ずいぶんれしく おっしゃってますけど……、
    私、あなたのことを存じ上げないと思うんですが……

八五郎:あァ、気にするこたァねえよ、
    俺だってアンタのことは存じ上げねえんだ。

通行人:は?

八五郎:(咳払い)えー、
    失礼ではございますが、
    あなたのおとし
    おいくつでいらっしゃいますか?

通行人:はァ!?
    大きなお世話ですよ!
    見ず知らずの人間に
    いきなりとしくなんて 失礼な!(去る)


八五郎:ありゃ、怒って行っちゃったよ……。
    
    あ そっか……、
    これ、知ってるヤツじゃなきゃダメなのか……。
    なかなか難しいもんだなぁ……。
    
    ん~、誰かいねえかなぁ……。
    
    
    お!
    
    向こうから来るのは、伊勢屋いせやの番頭じゃねえか。
    あの番頭だったらよく知ってんだ。
    ちょうどいいや。よし。
    
    ちょいと!番頭さん!番頭さん!

 番頭:おォ!
    誰かと思えば 町内ちょうない色男いろおとこじゃないか!

八五郎:(おだてられて気持ちよくなって)
    いやァそれほどでもォ。
    
    (独白)
    いやいや、俺のほうが喜んで どうすんだよ。
    
    むこうのほうが世辞せじうめえじゃねえか……。
    あやうく1杯おごりそうになっちゃったよ……。
    
    こりゃあフンドシしめ直して かからなきゃ いけねえなぁ。
    
    (咳払い)
    番頭さん、
    しばらくお目にかかりませんでしたなァ。

 番頭:何 言ってんだ?
    今朝 床屋とこやで会ったじゃないか。

八五郎:あァ……、そういや会ったねぇ……。
    
    えーと、今朝 床屋とこやで会う前は、
    しばらくお目にかかりませんでしたなァ。

 番頭:いやいや、ゆうべ 風呂屋で会ったじゃないか。

八五郎:あァ……、会ったねぇ……。
    そんなに会わなくたっていいのに……。
    
    ん~……、ゆんべ風呂屋で会う前は、
    しばらくお目にかかりませんでしたなァ。

 番頭:なんなんだよ……。
    
    まぁ……そう言われれば、
    風呂屋で会う前は、
    しばらく会わなかったかなぁ……。

八五郎:そうでしょ そうでしょ!
    いやァよかった!

 番頭:何が よかったんだい?

八五郎:イヤ 何でもねえんだ。
    
    え~……、
    どちらかへ おいででしたか。

 番頭:ああ、ちょいと商用しょうようで 南の方へね。

八五郎:教わったまんまだ!

 番頭:なんだい?

八五郎:イヤ何でもねえの、気にしないで。
    
    南の方へ!
    どうりで お顔の色が黒くなられました!

 番頭:え、そんなに黒くなったかなあ。

八五郎:黒い黒い、黒いよ、もう真っ黒!
    俺ァまた 木炭もくたん羽織はおり 着て
    歩いてんのかと思ったよ。

 番頭:そこまで黒くないだろ。

八五郎:でも ご安心なさい。
    あなた様は元がお黒い・・・のですから、
    故郷の水で洗えば、
    また元通りお黒く・・・なるでしょう。

    
    さ、1杯飲ませろ。

 番頭:何言ってんだ。
    そんな嫌味いやみなこと言われて、
    酒おごるヤツがいるかい。

八五郎:ありゃ、飲ませねえってのかい?
    
    そうなるってぇと、
    こっちは のどの奥から手を出すぜ?

 番頭気色悪きしょくわるいなオイ。

八五郎:(咳払い)
    失礼ではございますが、
    あなたのおとしは おいくつでいらっしゃいますか。

 番頭:え?

八五郎:だから、失礼ではございますが、
    あなたのおとしはおいくつでいらっしゃいますか!

 番頭:オイ勘弁してくれよ、
    こんな往来おうらいの真ん中でとしたずねるなんて……。
    
    いやァとしかれると、私もツラいなぁ……。

八五郎:まぁそう言わねえで教えてくれよ。
    いくつなんだい?
    ん?言ってごらんよ。
    ん?言わねえのか?
    言いなよ。
    言えよ。
    オラ言えよ。
    オラ!
    白状しろい!

 番頭:なんだよオイ……。
    おどすんじゃないよ……。
    
    分かったよ……。
    
    恥ずかしながら、
    私は今年で いっぱい・・・・だ。

八五郎:い、いっぱい…………!?
    
    (以下独白)
    なんだよ、符丁ふちょうで来やがったぞ……?
    どうやりゃいいんだ……?
    
    ええと……、
    
    いっぱい? 
    いっぱいにしてはたいそうお若く見えますな。
    どうみても八分目はちぶんめ……

    
    イヤそれは おかしいよなァ……。

 番頭:何をゴチャゴチャ言ってるんだい?

八五郎:イヤ何でもねえの、気にしないで。
    
    ええと、お前さん、今年で、その……、
    いっぱいなの?

 番頭:そう。いっぱいなんだよ。

八五郎:バケツに?

 番頭:そうじゃないよ。
    バケツでとしはかるヤツがあるかい。
    
    これだけだよ。(と、指を4本立てて見せる)

八五郎:ほう、指を4本 立てた。
    指を4本 立てたということは……、
    
    ああ、4つかい?

 番頭:バカだね お前さんは。
    4つなワケないだろ。
    
    もっと上だよ。

八五郎:400?

 番頭:なんでだよ。
    あいだを取れあいだを。
    
    四十しじゅうだよ。

八五郎:ああ、四十しじゅう!なるほど!
    
    四十しじゅうにしてはたいそうお若く見えますな!
    どう見ても………………

    
    (独白)
    四十しじゅう………??
    
    こりゃ困ったぞ。
    四十しじゅうってのは教わってねえよ?
    四十五しじゅうごから上は、せんまんまで やったんだけどなあ……。
    
    (番頭に)
    番頭さん、ものは相談だけど……、
    四十五しじゅうごに なってくんねえかなぁ?

 番頭:はァ?なんでだよ。
    
    やだよ、急に5つもとしとるの。

八五郎:大丈夫、すぐ下げる!
    すぐ下げるから、ちょっとの間、
    四十五しじゅうごになってくれよ。

 番頭:なんだよ……何かの まじないか?
    
    分かったよ……。
    
    それじゃ……、私は今年で四十五しじゅうごだ。

八五郎:ほォ!四十五しじゅうごにしては たいそうお若く見えますな!

 番頭:当たり前じゃないか。
    四十しじゅうなんだから。

八五郎:ちょちょちょちょ!
    いいから、黙って 最後まで言わせてくれよ。
    
    四十五しじゅうごにしては たいそうお若く見えますな!
    どう見てもやくそこそこでございます!

    
    さ、1杯飲ませろ!

 番頭:誰が飲ませるか!
    2つも余計に言いやがって!(去る)

八五郎:ああ、ちょっとちょっと!
    
    まーた怒って行っちゃったよ……。
    
    
    2つも余計に……?
    
    あ、そうか。
    あの人は四十しじゅうで、やく四十二しじゅうに
    俺、2つ余計にとしを言っちゃったのか……。
    難しいもんだなぁ。
    
    それにしても、大人ってのは すぐに怒るからなあ、
    あつかいにくくて いけねえや。
    
    よし、ガキにしよう!
    
    えーと、ガキのいるところ…………
    
    あ、そうだ!
    こないだタケんとこに 赤ん坊が できたって言ってたな。
    
    近所付き合いだからって
    祝儀しゅうぎに1円取られて 弱ったって、
    カカアが ボヤいてたよ。
    
    1円取られっぱなしじゃ 悔しいからな。
    これからタケんとこ行って 赤ん坊 めて、
    1円分の酒でも ゴチになろうじゃねえか!

 


 

八五郎:オーウ、タケぇ!いるかい?

 タケ:おう、ハチじゃねえか。
    どした?

八五郎:お前んとこよォ、赤ん坊が産まれて、
    よわってるそうじゃねえか!

 タケ:なんでだよ。
    
    ウチは赤ん坊が産まれて、いわってんだよ。

八五郎:ああ、いわってんのか。
    近所の連中は 祝儀しゅうぎの1円取られてよわってるぜ?

 タケ:オイオイ、ハッキリ言いやがんなあ……。
    なんだよ、嫌味いやみ 言いに来たのか?

八五郎:そうじゃねえよ。
    その赤ん坊ってのを、
    ちょいと見せてもらおうと思ってよ。

 タケ:おう、そうかい。
    じゃ上がって、見てやってくれよ。

八五郎:ゆっくり見せてもらうぜェ?
    こちとら 先に ちゃんと1円払ってあるんだからな。

 タケ見物けんぶつりょうみてえに言うんじゃねえよ。

八五郎:どこにいるんだい?

 タケ:その、奥ので寝てるだろ?

八五郎:奥の……
    
    ここか。
    
    え~と……、
    
    お!これかい?
    
    おい タケ……、
    こりゃまた ずいぶん大きいなあ……!!

 タケ:そうかい?
    
    まァ産婆さんばさんも、
    たいそう大きな お子さんですねェ
    なんて言ってビックリしてたよ。

八五郎:そりゃビックリするよ、
    こんな大きいのが出てきたら…。
    
    しかもよぉ、産まれたて だってのに、
    しわくちゃで、白髪しらがだらけで 歯も抜けて、
    老眼鏡ろうがんきょうまでかけて……

 タケ:オイオイオイ!
    
    そりゃウチのジイさんが 横になってるだけじゃねえか!

八五郎:あ、これジイさんかい?

 タケ:赤ん坊とジイさん見まちがえるヤツがあるかよ。
    
    赤ん坊は その奥だよ。

八五郎:あ、そうかい。
    
    ん~と……。
    
    お!これかい?
    
    おい タケ……、こりゃまた ずいぶん小さいなあ…………。
    
    ちゃんと育つか……?

 タケ縁起えんぎでもねえこと言うんじゃねえよ!
    育つよ!

八五郎:そうかい?
    いや あんまり小せえから 心配になってよ。
    
    それにしても 小さくて可愛らしい手ェしてやがるなあ。
    モミジみてぇじゃねえか。

 タケ:お!嬉しいこと言ってくれるなぁオイ。
    モミジみてぇにカワイイだろ?

八五郎:カワイイなぁ。
    
    こんな可愛らしい手で、
    近所きんじょじゅうから
    1円ふんだくったのか……。

 タケ:しつこいな!
    返すよ もう!

八五郎:(赤ん坊の手首を見て)
    ん……?
    
    おい、この子、手首に輪が入ってねえかい?

 タケ:ああ、よく肥えてるからな。
    肉がこう、盛り上がって、
    手首に輪が入ってるように見えるんだ。

八五郎:(気の毒そうに)
    そうか……。
    
    こんな小さい時分じぶんから 手に輪っかを はめられて……。
    
    大人になったら足にくさりつながれるのかねェ。

 タケ:オイオイオイ!何てこと言うんだよ!
    ロクなこと言わねえな オメェは……。

八五郎:おい タケ、この子、人形みてぇだな!

 タケ:たま~~に嬉しいこと言うんだよなぁ……。
    
    なにかい?
    お人形さんみてぇにカワイイってかい?

八五郎:いや、こうやって腹ァ押さえてやるとよォ、
    キュッキュッて 鳴きやがるんだよ♪

 タケ:やめろやめろオイ!
    死んじまうじゃねえか!
    腹なんか押さえんじゃねえよ!

八五郎:ところでタケよォ。

 タケ:なんだよ……。

八五郎:俺が今から この赤ん坊 うまくめたら、
    酒の1杯でも飲ませるかい?

 タケ祝儀しゅうぎも もらってんだ、
    酒の1杯や2杯 飲ませるけどよ……。
    別に無理にめなくたっていいよ。

八五郎:そうはいかねえ。
    こちとら ちゃんと仕込みがあるんだ。
    
    (咳払い)
    おや、この子は あなたの お子さんですか。

 タケ:何言ってんだよ。
    俺の子だって知ってんだろうがよ。

八五郎:本当に あなたのお子さんですか。

 タケ:やめろよオイ。
    真顔でそんなふうに言われると、
    自信が なくなってくるじゃねえか……。
    
    本当に俺の子だよ!  
    
    ……少なくとも、俺はそう信じてるよ。

八五郎:いやぁ、あなたにこんなお子さんが いらっしゃるとは
    ちっとも存じませんでした。

 タケ:いや知ってたろ!
    祝儀しゅうぎくれたじゃねえか!
    知ってたから見に来たんだろ?

八五郎:たいそう ふてぶてしいお顔ですな。

 タケ:どこがだよ!かわいい顔してんだろ!

八五郎:先年せんねん亡くなった お祖父じいさんに似て――

 タケ:オイオイオイ!
    ジイさんまだ生きてるよ!
    そこに いるだろうが!

八五郎:なんだ 生きてんのかよ。
    
    けど、横たわって 目ェつぶって動かねえよ?

 タケ:昼寝してるだけだよ!

八五郎:な~んだ……。
    
    生きてるなら、しゃあねえ、
    ここん所は飛ばして……

 タケ:なんだよ飛ばしてってのは……。

八五郎:(咳払い)
    え~…、
    
    洗濯せんたく二晩ふたばんでは乾かず、
    ジャワ スマトラは南方なんぽう
    などと申します。
    
    ワタクシも こういうお子さんに、
    蚊帳かやりたい 首吊くびつりたい。

    
    どうだい?

 タケ:どうだいって……。
    
    なに言ってんのか サッパリ分からねえ。

八五郎:分からねえ?
    しょうがねえなぁ。
    
    じゃあ のどの奥から 手ェ出すぜ。

 タケ気色悪きしょくわるいなオイ。

八五郎:失礼ですが赤ん坊さん、
    あなたのおとしは おいくつでいらっしゃいますか。

 タケ:オイオイ!
    喋れもしねえ赤ん坊に
    とし いてどうすんだよ。
    
    まだ産まれて7日目だ。

八五郎:ああ、初七日しょなのか

 タケ:それ 死んで7日目じゃねえか!
    
    七夜しちやだよ!
    
    ウチの子は、まだ1つだ!

八五郎:1つ!
    1つにしては たいそうお若く見えますなァ!

 タケ:よせよオイ。
    1つで若かったら、一体いくつなんだよ!


八五郎:どう見ても…………
    
    半分くらいだ。
  



おわり

その他の台本                 


【書き起こし人  補足①】

この話のオチは、噺家さんによって少し異なります。

①「1つにしてはお若く見える どうみても半分くらいだ」

②「1つにしてはお若く見える どうみてもタダだ」

③「お七夜にしてはお若く見える どうみても産まれて3日目だ」

④タケさんがお祝いにもらった「タケの子は 産まれながらに 重ね着て」という歌の上の句に、
 八五郎が「育つにつけて 裸にぞなる」という下の句をつけてオチとする

などです。④の歌は、タケさんの子とタケノコを掛けているようですね。

私の聴いた限りですと、五街道雲助師匠・蜃気楼龍玉師匠は①、柳家小さん師匠・桂文朝師匠は②、柳家小里ん師匠は③、
柳家喬太郎師匠・鈴々舎馬桜師匠は④のオチをそれぞれ付けてらっしゃいました。

また、上方落語の桂吉朝師匠は、
「この子おいくつ?」
「今朝産まれたとこや」
「今朝!とはお若う見える」
「今朝で若かったらどないやちゅうねん!」
「どう見ても…今晩ぐらいや」
とやってらっしゃいました。




【書き起こし人  補足②】

話の中で竹さんが、産まれて7日目の我が子の年齢を「1つだ」と言っていますが、
これはいわゆる「数え年」で年齢を計算しているからです。

「数え年」というのは、生まれた時を1歳とし、正月を迎えるたびに年齢を1歳重ねるという計算方法です。
現在は、生まれた時を0歳とし、誕生日で歳を重ねる「満年齢」が主流ですが、昔は数え年が主流でしたし、現在でも、厄払いや長寿の祝いなどには数え年を基準にすることもあるそうです。


ご参考までに。


参考にした落語口演の演者さん(敬称略)


桂吉朝

五街道雲助
蜃気楼龍玉(3代目)
柳家小さん(5代目)
柳家喬太郎
鈴々舎馬桜
柳家小里ん
桂文朝(2代目)


何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp

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