声劇台本 based on 落語

「まんじゅうこわい」


 原 作:古典落語『まんじゅうこわい』
 台本化:くらしあんしん


  上演時間:約20分


【書き起こし人 註】

古典落語をベースにしていますが、あくまでも"声劇台本"として作成しています。
なるべく声劇として演りやすいように、元の落語に様々なアレンジを加えている場合があります。

アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。



ご利用に際してのお願い等

・上演を公開される際は、観覧無料の媒体のみで行うようお願いします。
 観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
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<登場人物>

・クマ(セリフ数:80)
 本作の主人公。


・タケ(セリフ数:22)
 クマの仲間。カエルが怖い。


・テツ(セリフ数:15)
 クマの仲間。クマのことは「兄(アニ)ィ」と呼ぶ。ヘビが怖い。


・トメ(セリフ数:1)
 クマの仲間。ナメクジが怖い。


・キン(セリフ数:1)
 クマの仲間。毛虫が怖い。


・ロク(セリフ数:1)
 クマの仲間。クモが怖い。


・マツ(セリフ数:3)
 クマの仲間。アリが怖い。


・タツ(セリフ数:35)
 クマの仲間。不愛想。「怖いものはない」と豪語する。




<配役>

・クマ:♂

タケテツトメキンロクマツタツ:♂

 ※兼ね役が多いので、クマ以外の役は、名前に色を付けています。



【ちょっと難しい言葉】

胞衣(えな)
胎児を包んでいる膜および胎盤・臍帯(せいたい)等の総称。

※発音について
 柳家喬太郎師匠は、「エヴァ」と同じようなアクセントで発音してらっしゃいます。
 柳家小さん師匠は、魚の「エラ」と同じようなアクセントで発音してらっしゃいます。



頭(カシラ)
ここでは いわゆる「おかしら」のこと。大工の棟梁。上司。ボス。

万物の霊長(ばんぶつ の れいちょう)
宇宙のあらゆるものの中で、もっとも優れているもの。人間・人類のこと。




ここから本編




クマ:オウ、みんな来たか。
   入ってくれ入ってくれ。

タケ:どうしたんだい、昼間っから こんな ぞろぞろ呼び出して。

クマ:いいからいいから。まぁ座ってくれよ。

タケ:おォ!?なんだいこりゃ。
   巻き寿司に稲荷寿司いなりずし、こっちは おにぎりかい?
   ずいぶんたくさんあるじゃねえか。

クマ:そうなんだよ。
   とてもじゃねえが一人じゃ食いきれねえからさ、
   おめえらに手伝ってもらおうと思ってよ。

タケ:へえ、そりゃ ありがてえなぁ。
   ありがてえけどよ、これ、どうしたんだい?

クマ:いや、カシラとおかみさんがさ、めでたいってんで差し入れてくれたんだよ。

タケ:めでたい?
   何がめでたいの?

クマ:実は、今日 俺の誕生日なんだよ。

タケ:え?

クマ:だからさ、今日は俺の誕生日なんだよ。

タケ:たんじょうび…?
   
   何?たんじょうびって。

クマ:おめえ誕生日知らねえの?
   俺が生まれた日だよ。

タケ:おめえが生まれた日…?
   
   おめえが、生まれたの…?

クマ:そうだよ。

タケ:いつ?

クマ:だから今日だよ。

タケ:昨日も会ったじゃねえかよ。

クマ:おめえ馬鹿じゃねえのか。
   
   今日の今日 生まれたってワケじゃねえよ。
   26年前の今日 生まれたってことだよ。

タケ:あ、そうなの?

クマ:当たり前じゃねえか。
   生まれたてで こんなデカいわけねえだろ。
   
   まぁそうやって毎年毎年 生まれた日を祝うってのが近頃流行はやってんだ。

タケ:なるほどねぇ。めでたいってのは そういうことか。

クマ:そうそう。
   
   まぁ祝いに こうやって食いもん くれたのは ありがてえんだけどよぉ、
   カシラもちょいとそそっかしいねぇ。
   届けてくれた仕出しだが言うにはよ、
   「棟梁とうりょう政五郎まさごろうさんから、誕生日の祝いだそうです。
   ご家族で・・・・お召し上がりくださいとのことです」ってんだ。
   
   俺ひとり身の ひとり暮らしだよ?
   家族なんざ いねえってんだよ。
   
   ま、せっかくカシラがくれたんだ。
   残して腐らしちゃうのもイヤだしさ、みんなでパーッと食おうと思ってよ。

タケ:いいねえ。
   
   オウみんな、ありがたくゴチになろうじゃねえか。

クマ:オウ、遠慮しねえで、どんどん食ってくれ。
   
   あれ?テツのヤロウがいねえな。

タケ:あ、ほんとだ。

クマ:おかしいなぁ、アイツにも声かけたんだけどなぁ…。

タケ:テツ公のことだ、昼寝でもしてんじゃねえか?

クマ:かもしれねぇな。
   ま、起きりゃあ そのうち来るだろ。

テツ(何かにおびえたように息を切らせて入ってくる)
   あ、兄ィ…。

クマ:お!来た来た!
   
   オウ、テツ公、遅かったじゃねえか!
   入れ入れ!みんなもう来てるぜ!

テツ:へ、へい…。

クマ:ん?どうしたんだよ?
   様子がおかしいなオイ。顔色も良くねえし。
   
   どうした?体の具合でも悪いのか?

テツ:そ…そうじゃねえんスよ。

クマ:じゃ どうしたってんだよ。
   ま、とにかく上がって、座れよ。

テツ:へ、へい…。

クマ:大丈夫か?
   オウ、誰か水一杯入れてやってくれ。
   
   ガタガタふるえてやがる。
   
   おいテツ公、水、飲めるか?

テツ:あ、どうも…。
   
   (ごくごく)ふゥーッ。

クマ:落ち着いたか?
   
   どうしたんだよ?
   ほんとに体は何ともねえのか?

テツ:へい、体は どこも悪くねえんで。

クマ:じゃあ どうしたんだよ。
   様子が尋常じゃなかったぜ?

テツ:実は、ここに来る途中、おっそろしいモンに出くわしちまって…。

クマ:恐ろしいモン?
   穏やかじゃねえなぁオイ。
   
   何だよ?
   どこで 何に出くわしたってんだよ?

テツ:お、俺、兄ィんとこに行くの遅れそうだったから、
   近道しようと思って…、ほら、まつ裏手うらての狭い道…。
   そこ歩いてたら、わきの茂みがガサガサって動いたもんだから、
   パっと見てみたら……、
   
   いたんスよ!!

クマ:何が。

テツ:ヘビが!!

クマ:ヘビ?

テツ:そう ヘビ!!
   
   俺、もう怖くて怖くて…!
   慌てて逃げて来たんス…。

クマ:へえ~。
   いつもは威勢のいいテツ公がここまで怖がるんだ。
   よほどのヘビだったんだな?

テツ:そりゃもう!5,6寸はありましたよ!  ※5,6寸=約15~18cm

クマ:5,6寸!?太さが!?

テツ:長さが。

クマ:長さかよ!ミミズほどじゃねえか!
   何が出くわしただよ、むしろよく見つけたな、そんな小せえの。
   
   なんだよテツ公、おめえヘビがこええのか?

テツ:そうなんスよ、昔からヘビが苦手で…。
   ヘビだけじゃねえんスよ、ウナギにドジョウにミミズ、とにかく長いモノが怖くて。
   だから俺、ソバもうどんも食わねえし、フンドシも怖くてめられないんスよ。

クマ:え、おめえフンドシめてねえの?

テツめてねえんスよ、怖くて。

クマ:おいおい、いくら長いモノがこええったって、
   フンドシくらいめとけよ、だらしねえなぁ。
   
   ふうん、そんなに長いモノが苦手とは知らなかったなぁ。
   
   まぁでも、「虫が好かねえ」なんて言うし、
   人間誰しも好き嫌いがあるもんだ。
   
   オ、そういや こんな話を聞いたことがあるぜ。
   ホラ、「胞衣えな」ってのが あるだろ?

タケ:なんだい?その えな ってのは?

クマ:ヘソのだよ。
   赤ん坊が産まれたら、そのヘソの胞衣えなを土に埋めるだろ?
   その埋めた所の上を いちばん初めに通ったモノが、そいつの怖いモノになるって話だ。
   
   だからよ、きっとアレだ、テツ公の胞衣えなを埋めた所、ヘビがいちばん初めに通ったんだな。

テツ:なるほど、そういうことスか…。

クマ:ま、迷信だろうけどよ。
   
   しかしよ、こりゃ案外おもしれえぞ。

タケ:なにが?

クマ:いやさ、俺たち もうずいぶん長い付き合いだけどよ、
   みんなのこええモンなんて なかなか知る機会 ねえじゃねえか。
   せっかく今日はこれだけ集まってんだ。
   ひとつ、それぞれのこええモン、聞いていこうじゃねえか!
   
   じゃあまずはタケ、おめえのこええモン、何だい?

タケ:俺かい?
   俺はカエルがこええな。

クマ:カエル?カエルがこええの?

タケこええんだよ。
   
   こんな所に目があってよォ、あと、口がでけぇだろ?
   そのデカい口をよぉ、時々パカーッと開けやがって。
   その顔が怖くて怖くて…。
   
   だから俺、ガマグチ開けるのもイヤなんだよ。

クマ:そりゃオメエ勘定かんじょう払いたくねえだけだろ。
   ま、カエルもな、でけえのになりゃ ちょいと気持ち悪いもんだからな。
   
   じゃあ次、トメ公、おめえ何がこええ?

トメ:ナメクジ。

クマ:ナメクジ?
   まぁ、ヌルヌルしててイヤなもんだなぁ。
   
   ん?ちょっと待てよ。
   
   テツ公のこええモンがヘビ。
   で、タケがカエルでトメ公がナメクジ。
   
   なんだよ、おめえらキレイに三すくみじゃねえか。
   
   オウ、キンちゃん、おめえは?

キン:毛虫。
   
   あれ一匹でも気持ち悪いのによォ、
   あいつら集まってモゾモゾモゾモゾ動いてやがるだろ?
   あんなの見たら背筋がゾーッとするね。
   
   こないだもよォ、そこの堀端ほりばたの木の幹がよぉ、
   なんかゆらゆら波打ってんなァと思って 近づいて見てみたらよ、
   小せえ毛虫が何十匹もビッシリはりついてやがんのよ…!
   そいつらがウジャウジャ動いて波打ってるように見えたんだよ。
   俺ァもう気ィ失いそうになったぜ。

クマ:うわぁ~、そりゃ気持ち悪ィな…。
   
   ロク、おめえは?

ロク:クモ。
   
   突然 糸でぶら下がって、ツーっと目の前に降りてきやがるだろ?
   ビックリして跳び上がっちまうよ。
   それにアイツら、どこにでも巣を張るだろ?
   暗い所で いきなり顔にネバネバしたモンが絡みついて来てよォ、
   心臓止まりそうになっちゃうよ。

クマ:なるほどなるほど。そう考えるとイヤなもんだなぁ。
   
   オウ、マツ公、おめえは何がこええ?

マツ:オイラはアリですね。

クマ:アリ?あんなもんがこええか?

マツ:あいつら すぐに集まるでしょ?

クマ:ん?まぁ、たいがい10匹も20匹も集まってんなあ。

マツ:そうやって集まってオイラの悪口言ってるんじゃないかと思うと怖くて怖くて…。

クマ:どういう怖がり方だよ。
   
   けど おもしろいもんだねぇ。
   みんな色々こええモンがあるんだなぁ。
   
   
   ん?むこうで そっぽ向いてタバコふかしてるヤツがいるねえ。
   どうせタツの野郎だろ?相変わらず愛想あいそのねえヤツだなぁ。
   
   おう タッちゃん、聞いてたろ?
   今みんなでこええモンの話してるんだ。
   タバコばっか吹かしてねえでさ、仲間に入りなよ。
   
   タッちゃん、おめえは何がこええんだい?

タツ:……くだらねえ。

クマ:え?

タツ:黙って聞いてりゃ何だオメエら。
   いい若えもんが、アレがこええのコレが苦手だの、
   情けねえったらありゃしねえ。
   
   人間はな、万物ばんぶつ霊長れいちょうってんだ。
   それが他の生き物を怖がるなんざ、みっともねえと思わねえのか。

クマ:こええ顔して何か言ってるよ…。
   
   よく分からねえけど、何かい?
   タッちゃんは、こええモン、ねえって言うのかい?

タツ:当たり前じゃねえか。

クマ:そうかい…?
   ヘビ、怖くねえかい?

タツ:ヘビなんざ何が怖いってんだ。
   夏場なんか、俺はハチマキ代わりにヘビを頭に巻いてんだ。

クマ:ヘビを!?

タツ:そうだよ。ひんやりして気持ちいいぜ?
   それによ、ほっといてもヘビのほうで勝手にキューっとまってくれるから、結ぶ手間がいらねえ。

クマ:ホントかよ!
   
   アリなんかは?

タツ:アリなんざ、こええどころか、重宝ちょうほうなモンじゃねえか。

クマ:そうかい?

タツおこわ・・・なんか食う時によ、ごましお代わりにパラパラっと かけるんだよ。

クマ:アリを!?

タツ:ごまが動き回って食いにくいけどな。

クマ:そりゃそうだよ。
   
   クモは?

タツ:クモ?ありがてえ虫じゃねえか。
   
   納豆食う時によ…

クマ:うわ、あんまり聞きたくない…。

タツ:糸の引きが足らねえなぁと思ったら、
   クモ2,3匹ぶち込んでガーっと混ぜるんだよ。
   尋常じゃねえほど糸引くぜ?

クマ:気持ち悪いよ…。
   忘れてるかもしれねえけど、メシの席だぜ…?
   食欲なくなるじゃねえか…。
   
   まぁいいや…。
   
   じゃあ毛虫なんかは?

タツ:毛虫?毛虫なんてのは便利な虫じゃねえか。
   
   毛虫のケツに棒きれブッ刺してよぉ、それでもって歯ァ磨くんだ。

クマ:気持ちわりィよ!
   
   クモぶち込んだ納豆食って、毛虫のハブラシで歯ァ磨く!?地獄絵図じゃねえか…。
   おっそろしい豪傑ごうけつだなオイ…。

タツ:だから言ってるじゃねえか。
   俺にこええモンなんざねえんだ。

クマ:ホントかい?
   なんにもねえの?

タツ:なんにもねえよ。

クマ:そうかなぁ…。
   だって みーんな何かしらこええモンがあるってんだぜ?
   タッちゃんだってさ、よーく考えてみたら、1つくらいこええモン あるんじゃねえの?

タツ:くどい野郎だなあ。
   なんべんかれたって、俺にこええモンなんざ……(何か思いつく)……あ。

クマ:ん?どしたの?

タツ:いや、別に…。

クマ:いやいや、いま「あ」って言ったじゃねえか。
   どうしたんだよ!

タツ:な、なんでもねえよ…。

クマ:いやいやいや、ごまかすこたァねえじゃねえか。
   やっぱ、こええモン、あったんじゃねえの?
   いいじゃねえか仲間内なかまうちで隠さなくたってよォ。みんな言ってんだからさァ。

タツ(ため息)分かった分かった…。
   
   それじゃ白状はくじょうおよぶけどよ…。
   実は俺にも、ひとつだけこええモンがあった。

クマ:そうだろそうだろォ?
   
   なんだい?
   タッちゃんのこええモンってのは、一体なんだい?

タツ:まんじゅうだよ。

クマ:え?

タツ:まんじゅうだよ。

クマ:まんじゅう…??
   
   (他のやつらに)
   オイ、おめえら まんじゅうなんて虫 知ってるか?
   知らねえよなぁ。
   俺も まんじゅうってぇと、食うほうの まんじゅうしか知らねえや。
   
   (タツに)
   なあタッちゃん、まんじゅうって、どんな虫なんだい?

タツ:虫じゃねえよ。
   まんじゅうは まんじゅうだよ。
   食う まんじゅうだよ。

クマ:え?やっぱり食うほうの まんじゅうなの?
   いやあ みんな虫ばっかり言ってたからさ、
   てっきり「まんじゅう」って虫がいるのかと思ってよ。
   
   え?じゃあ何かい?
   タッちゃん、まんじゅうがこええっての?
   そこらの店で売ってる まんじゅう?

タツ:そうだよ。
   俺ァ昔っから まんじゅうがこええんだ。

クマ:ホントかよ…。
   ヘビやクモなら分かるけど…、まんじゅうだぜ…?
   ホントにまんじゅうなんかがこええのかい?

タツ:やめろよ まんじゅうまんじゅう連呼するの。
   俺ァまんじゅうと聞くだけで震えが来るんだ。
   ああ、こええ。

クマ:へえ~。
   
   じゃ、くずまんじゅうとか。

タツ:ひィっ!やめろよ…!
   そうやって具体的に言われると よけいこええんだよ!

クマ:へえ。
   
   栗まんじゅう。

タツ:ひィっ!栗まんじゅう!こええよォ!

クマ:こええかい?

タツこええよ。
   あんなこええモンがあるか?
   栗とまんじゅうが一緒になってんだぜ…?地獄絵図じゃねえか…!

クマ:どこがだよ。
   クモと納豆 一緒にするほうが よっぽど地獄絵図だろうが。
   
   じゃ蕎麦そばまんじゅう。

タツ:ひィっ!蕎麦そばまんじゅう!
   あんなこええモンがあるか?
   蕎麦そばとまんじゅうが一緒になってんだぜ…?地獄絵図じゃねえか…!

クマ:分かったよ、地獄絵図はもういいよ。
   
   じゃ葬式まんじゅう。

タツ:ひィっ!葬式まんじゅう!こええ…!

クマ:こええかい?

タツ:意外と値段が高くてこええ。

クマ:なんだいそりゃ。

タツ:値段が高けりゃ高いほど 怖さが増すんだよ。

クマ:妙な怖がり方だねぇ…。
   
   (タツの具合が悪そう)
   ん……?
   
   タッちゃん、大丈夫かい?

タツ:俺…、こええ思い しすぎたせいで、気分が悪くなってきちまった…。
   
   ちょいと横になりてえからよ、隣の部屋、借りていいか?

クマ:ああ、悪かったな、怖がらせちまって。
   
   (他のやつらに)
   オウ、隣の部屋に布団しいてやってくれ。
   
   (タツに)
   タッちゃん、邪魔しねえから、ゆっくり寝てきなよ。
   ふすま閉めときゃ、いくらか静かにもなるだろうし。

タツ:おう、悪いな…。
   それじゃ、しばらく布団かりるぜ…。

 


 

クマ:へえ~、まんじゅうがこええなんてヤツ、初めて見たなぁ…。
   しかし これは面白いことになってきたぜ。
   
   オウッ、みんな ちょいと集まれ。

タケ:なんだい?

クマ:聞いたろ?タツのヤロウ、まんじゅうがこええってんだ。
   
   あのヤロウさ、今日もそうだけどよ、
   普段から不愛想ぶあいそうで、俺たちのこと小馬鹿こばかにしてやがんだろ?
   
   いい機会じゃねえか、ちょいとらしめてやらねえか?

タケらしめるって、どうやるんだい?

クマ:どうやるったってオメエ、まんじゅうに決まってるじゃねえか。
   これから みんなで色んなまんじゅう買ってきてよ、
   寝てるヤロウの枕元に そーっと置いてやろうってんだ。
   
   ヤロウが目ェ覚まして それ見たら どうなるか…面白いと思わねえか?

タケ:マズいんじゃねえか…?
   だって話だけで あの怖がりようだぜ?
   本物なんか見たら死んじまうかもしれねえよ?

クマ:いいじゃねえか死んだって。
   たいして世の中の役に立ってるわけでもねえしよ。
   
   俺たちは世の中の邪魔者を始末してやるってわけだ。凶器はまんじゅう。
   これがホントのアン殺ってんだ。

タケ:うまいこと言うねえ。
   
   ま、いっか、死んじまっても。
   おもしろそうだし、やるか。

クマ:よーし決まった!
   
   それじゃあ みんな、めいめい色んな まんじゅう買って来てくれ!

 


 

クマ:(皆が買ってきたまんじゅうの数々を目の前にして)
   いや~、ずいぶん色んなまんじゅうが揃ったねぇ。
   
   どれどれ…、栗まんじゅうに蕎麦そばまんじゅう、
   くずまんじゅうに薄皮うすかわまんじゅう。
   こっちはさかまんじゅうに腰高こしだかまんじゅうか。
   色々あるもんだなぁ。
   お、律義に葬式まんじゅう買ってきたヤツもいるねえ。
   これは何だ?
   ほォ中華まんじゅう。変わってるねェ。
   
   こっちは何だ?
   いちご大福…。
   これはちょっと違うんじゃねえか?
   ま、いいか。
   
   これだけありゃあ十分だろ。
   よォし、じゃあ ちょいとふすま開けて、ヤロウの様子 見てみるぜ。
   
   どれどれ…。
   
   おお、寝てる寝てる。
   頭からスッポリ布団かぶって寝息たててやがるよ。
   
   よし、じゃあ俺がヤロウの枕元にまんじゅう置いて来るからよ、
   おめえら、物音たてるんじゃねえぜ?静かにしてろよ?

 


 

クマ:へっへっへ、置いてきた置いてきた。
   あとはふすまをまた そーっと閉めてと…。よし。
   
   いいかオメエら。起こすぜ?
   
   (襖ごしにタツに)
   オーウ、タッちゃーん、具合はどうだーい?
   そろそろ、落ち着いたかーい?

タツ:う、うーん…。
   
   いやあ…、動悸どうきは治まったけどよぉ…。
   まだ ちょいと頭がボーっとしてやがる…。
   
   夢となく、うつつとなく、目の前にまんじゅうがあるような心持こころもちがするんだ…。

クマ:オイみんな聞いたか?(笑)
   あんなこと言ってら。虫が知らせるんだねぇ(笑)。
   
   (襖ごしにタツに)
   おーい、タッちゃーん、布団から出てさあ、目の前 見てみなよー。

タツ:ええ…?なんなんだよ…。
   布団から出て目の前見てみろって…。
   
   いったい何が…(目の前にはたくさんのまんじゅうが)
   こ、こ、こ、これ……、ま、ま、ま、まんじゅうじゃねえか!!
   こええ!こええよォ~!!

クマ:あっはっはっは、うまくいったうまくいった!
   聞いたかオイ、ヤロウの怖がり方よォ(笑)
   
   おーいタッちゃーん、どうしたんだーい?

タツ:まんじゅうが…!目の前にまんじゅうがあるんだよォ~!
   こええよォこええよォ~!
   こんなこええモン、これ以上 目の前にあったら、俺 死んじまうよォ!
   どうしたらいいんだよォ~!
   
   そうだ、食っちまえばいいんだ!
   食っちまえば、目の前から無くなるもんな!
   よしッ、食っちまおう!
   
   まずは…栗まんじゅう!お~栗まんじゅうこええ~!
   パクッ。モグモグ…。
   ウンウン、栗あん・・・の甘さが結構けっこうで、怖いねえ。モグモグ…。
   
   (もう 怖がり方もテキトーになる)
   こっちは?ふむ、蕎麦そばまんじゅう。
   あー蕎麦そばまんじゅうこええー。
   パクッ。モグモグ…。
   ウン、皮の風味がいいねえ。いやぁこえこええ。モグモグ…。
   あー、まんじゅうこええー。モグモグ…。
   
   これは?お、くずまんじゅう。
   あー、くずまんじゅうこええー。
   パクッ。モグモグ…。
   うん、プルプルしてる。この食感が たまらねえや。
   いやぁこえこええ。モグモグ…。
   あー、まんじゅうこええー。モグモグ…。
   
   ん?こっちは腰高こしだかまんじゅう。
   あ、これたけえやつだ!こいつァこええ!
   パクッ。モグモグ…。
   うん!思ったとおりこええ!モグモグ…。
   いやー、甘さが上品で、高級感のある怖さだねぇ。モグモグ…。
   
   いやー、まんじゅうこええ まんじゅうこええー。モグモグ…。

クマ:おい…、なんか様子がヘンじゃねえか?
   最初のうちはヒィヒィ騒いでたのによぉ、妙におとなしくなってねえか?
   なんだかムシャムシャおともするしよぉ…。
   
   ちょいと、ふすま開けて見てみようか。
   
   どれどれ…。
   
   あ!このヤロウ、まんじゅう食ってやがるよ!
   
   
   やいタツ公!おめえホントは まんじゅうきだったんだな!
   このヤロウ 一杯食わしやがって…!
   
   
   オウ!おめえ本当は、いったい何がこええんだ!
   

タツここらで一杯、渋~いお茶が怖い。
  



おわり

その他の台本                 


参考にした落語口演の演者さん(敬称略)


柳家喬太郎
柳家小さん(5代目)
入船亭扇橋(9代目)
三遊亭兼好
古今亭菊志ん


何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp

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