声劇台本 based on 落語

紺屋高尾こうやたかお


 原 作:古典落語『紺屋高尾』
 台本化:くらしあんしん


  上演時間:約80分


【書き起こし人 註】

この台本は、同名の古典落語を声劇用の台本にしたものです。

落語という話芸は、師匠から弟子へ口伝えにして継承されるもので、原則的に、いわゆる"台本"にあたるテキストはありません。同じ演目でも、口演される噺家さんによって、話の解釈・登場人物名・人物の性格・時には話の筋さえも、様々に変わります。この台本は、私が聴いたいくつかの落語口演をブレンドし、それに私独自の言葉や言い回しを織り交ぜて書き上げたものです。

アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。



ご利用に際してのお願い等

・上演を公開される際は、観覧無料の媒体のみで行うようお願いします。
 観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
 配信者へ 金銭または換金可能なアイテムやポイントを贈与できるシステムの有無は問いません。
 ただし、ことさらリスナーに金銭やアイテム等の贈与を求めるような行為は おやめください。


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 録画の公開期間も問いません。

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・台本利用に際して、当方への報告等は必要ありません。




<登場人物>

久蔵きゅうぞう(セリフ数:162 )
 26歳→29歳→30歳(物語中に3年+1年 経過するため)。
 紺屋(こうや)の職人。
 真面目で仕事熱心。純情、純朴、純粋。ウブで一途で世間知らず。
 職業柄、言葉遣いは職人風。
 一人称は「あっし」もしくは「俺」。



高尾太夫たかおだゆう(セリフ数:31)
 ?歳。※「遊女は27~28歳で年季が明ける」と言われていて、それでいくと、
 23~24歳 → 26~27歳 → 27~28歳 ということになる。
 吉原で最も位が高く人気ナンバーワンの遊女。
 絶世の美女。
 一人称は「わちき」。



・親方(セリフ数:137)
 ?歳。まぁ若すぎず年寄りすぎず。
 紺屋の親方。一応、「六兵衛」という名前がある。
 典型的な職人肌の人で、きっぷも威勢も良く、情にも厚い。
 久蔵のことは親しみを込めて「キュウ公」と呼ぶ。
 一人称は基本的に「俺」。目上の(もしくはそれに準ずる)相手と話す場合は「あっし」。



・おかみさん(セリフ数:54 )
 ?歳。ご婦人の年齢は詮索するもんじゃありませんやね。
 六兵衛の女房。一応「おさき」という名前がある。
 典型的な世話焼きのおかみさんという感じ。
 久蔵のことは「久ちゃん」と呼ぶ。
 一人称は「あたし」。



藪井竹庵やぶいちくあん(セリフ数:48)
 ?歳。「若い頃」というセリフがあるので、あまり若く設定するとマズいかも。
 横丁に住む町医者。
 世慣れた いい人という感じ。
 久蔵のことは「久さん」と呼ぶ。
 推奨配役では、(セリフ数の関係で)「語り」と数人の端役も兼ね役にしているため、かなり忙しい箇所もある。
 一人称は「私」。



・語り(セリフ数:20 )
 ?歳。
 いわゆるナレーション。
 丁寧語で、聞き手に語り掛ける感じ。
 推奨配役では、(セリフ数の関係で)藪井竹庵をはじめ 兼ね役を多く振っているので、かなり忙しい箇所もある。





げんちゃん(セリフ数:12)
 ?歳。
 久蔵の友人。大工。久蔵を吉原に誘う。
 久蔵のことは普通に「久蔵」と呼ぶ。
 出番は序盤にほんの少しだけ。



・タツ(セリフ数:11)
 ?歳。
 久蔵の職人仲間。
 久蔵のことは普通に「久蔵」と呼ぶ。
 出番は終盤にほんの少しだけ。



・タケ(セリフ数:17)
 ?歳。
 町人。
 出番は最終盤に少し。



・トメ(セリフ数:16)
 ?歳。
 町人。
 出番は最終盤に少し。







<配役>

・久蔵:♂ ※マーカーあり台本 → こちら
・高尾太夫/おかみさん:♀ ※マーカーあり台本 → こちら
・親方/タケ:♂ ※マーカーあり台本 → こちら
・藪井竹庵/語り/源ちゃん/タツ/トメ:♂ ※マーカーあり台本 → こちら

 ※セリフ数の関係で藪井竹庵役に兼ね役を多く振っていますが、
  「源ちゃん」は親方役が兼ねても出来ますし、「トメ」は久蔵役が兼ねても出来ます。




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【ちょっと難しい言葉】※クリックすると開いたり閉じたりします(ブラウザによっては機能しません)
  • 紺屋(こうや)
    染め物屋のこと。「こんや」とも言う。

  • 大門(おおもん)
    遊郭の正面入口の大きな門。

  • 素見(ひやかし)
    ここでは、遊郭に行って、女郎を買わずに張見世を見て回るだけのこと。

  • 張見世(はりみせ)
    遊郭で、遊女が往来に面した店先に並び、格子の内側から姿を見せて客を待つこと。

  • 花魁道中(おいらんどうちゅう)
    位の高い遊女が揚屋や茶屋へ馴染み客を迎えに行くために美しく着飾って遊郭の中を練り歩いたこと。

  • 笄(こうがい)
    女性の髷(まげ)に横に挿して飾りとする道具。

  • 入山形に二つ星(いりやまがたに ふたつぼし)
    遊女を等級分けした案内書「吉原細見」の中で、最高級の花魁に付けられた印。

  • 松の位(まつ の くらい)
    遊女の最高の地位。

  • お大尽(おだいじん)
    財産を多く持っている者。金持ち。富豪。

  • 傾城(けいせい)
    「傾国(けいこく)」とも。(君主がその色香に迷って城や国を滅ぼすことから)絶世の美女。また遊女のこと。

  • 及ばぬコイの滝昇り(およばぬ こい の たきのぼり)
    叶わぬ恋のこと。「恋」と「鯉」を掛けた言葉遊び。いくら鯉でも滝を昇ることはできないことから。

  • ネンネ
    赤ん坊。転じて年齢のわりに幼稚で世間を知らないこと。また、その人。

  • 見立て(みたて)
    見て選び定めること。

  • 道を付ける(みちをつける)
    糸口をつくる。

  • 湯(ゆ)
    ここでは風呂屋のこと。湯屋。

  • 髪結床(かみゆいどこ)
    理髪店のこと。落語では「かみいどこ」と発音されることが多い。

  • 結城紬(ゆうきつむぎ)
    絹織物の一種。丈夫なんだそうです。

  • しつけ/しつけ糸(しつけいと)
    新しい着物が型崩れするのを防ぐために付けておく糸。着るときに取り除く。

  • 八幡黒(やわたぐろ)
    黒く染めた柔らかい革。下駄の鼻緒などに用いた。

  • 鷹揚(おうよう)
    おっとりして上品なさま。

  • 箱提灯(はこぢょうちん)
    上と下に丸く平たいふたがあって、たたみこむと全体がふたの中に納まる構造の提灯。

  • 次の間(つぎのま)
    主要な部屋に隣接する控えの間。

  • 遊芸(ゆうげい)
    遊びごとに関した芸能。謡曲・茶の湯・生花・踊り・琴・三味線・笛など。

  • 番頭新造(ばんとうしんぞ/ばんとうしんぞう)
    遊郭で、太夫に付き添って、身のまわりの世話や外部との交渉をした 若い見習いの遊女。

  • 上草履(うわぞうり)
    屋内で履く草履。

  • 禿(かむろ)
    遊郭で、将来遊女となるための修行をしていた少女。

  • 伊達兵庫(だてひょうご)
    髷(まげ)の結い方の一種。蝶の羽のように広がった、壮麗な髪型。

  • 一顧傾城(いっこけいせい)
    (ちらっと振り返っただけで君主が夢中になるほどの)絶世の美女。

  • 尤物(ゆうぶつ)
    すぐれて美しい女。美女。

  • 延べ煙管(のべぎせる)
    全体が金属製の煙管。

  • 国分煙草(こくぶたばこ)
    国分地方産の上質のタバコ。

  • 身請け(みうけ)
    遊女などの身の代金や借金を代わりに支払い、年季が明ける前に稼業から身を引かせること。

  • 歯に鉄漿染める(は に かね そめる)
    歯を黒く染めること。お歯黒。

  • 手文庫(てぶんこ)
    手もとに置いて、手紙や書類などを入れる小箱。

  • 持参金(じさんきん)
    嫁が、結婚するときに持参する金。

  • 振袖新造(ふりそでしんぞ/ふりそでしんぞう)
    遊郭で、振袖を着て出た禿(かむろ)上がりの若い遊女。

  • 起請文(きしょうもん)
    契約を交わす際、それを破らないことを神仏に誓う文書。たんに「起請」とも。

  • 四つ手駕籠(よつでかご)
    4本の竹を四隅の柱とし、割り竹で簡単に編んで垂れをつけた駕籠。

  • 丸髷(まるまげ)
    結婚した婦人が結う日本髪の型。頂上に楕円形の、やや平たい髷(まげ)をつけたもの。

  • 鼠木綿(ねずみもめん)
    ねずみ色の木綿生地。ですかね。

  • 黒繻子(くろじゅす)
    黒い色の繻子(説明になってない)。

  • 胸高(むなだか)
    帯を高く胸のあたりに締めること。





ここから本編




   語り:江戸の昔、こうの職人で、
      久蔵きゅうぞうという男が おりました。
      
      「こう」というのは、あい染料せんりょうで 布を染める、
      いわゆる もののことでございます。
      
      久蔵は、とあるこうに 住み込みで働く、
      たいそう 真面目まじめで 仕事熱心な男なのですが、
      どういうわけか この数日、物もロクに食べず、
      とこせっておりました。
      
      

  おかみ:キュウちゃん、入るよ。

   久蔵:(力なく)
      ああ……、おかみさん……。

  おかみ:どうだい? まだ 良くならないかい?

   久蔵:へい……。
      
      すいません、おかみさん……。仕事にも 出ねえで……。

  おかみ:仕事のことは 心配しなさんな。なんとか 皆でやってるからさ。
      
      それよりもねぇ キュウちゃん、少しは 何か 食べなくちゃダメだよ。
      昨日も おとといも、なんにも 食べてないんだろう?
      
      しゃけを焼いてあるからさ、お茶漬けの1杯でも 食べないかい?

   久蔵:ありがとうごさいます、おかみさん……。
      
      でも、食いたくねえんです……。

  おかみ:食べたくないったってねぇ……。
      もう顔が やつれてきちゃってるじゃないか……。
      
      このままじゃ、栄養が なくなって、死んじまうよ……?

   久蔵:いいんです……。
      
      死んじまうなら……死んじまったほうが……。

  おかみ:ちょいとキュウちゃん……!
      なんてこと言うんだい……!死んじまったほうがいいなんて……!
      
      キュウちゃん……、一体どうしたんだい……?
      
      さっきてくれた お医者の先生が 言ってた。
      「身体からだに悪いところは見当たらない。
       事によると、気のやまいかもしれない」って。
      
      ねぇキュウちゃん、おまえさん 何か 思い悩んでる事が あるんじゃないのかい……?

   久蔵:……。

  おかみ:何か悩んでる事が あるんなら、教えてくれないかい……?
      親方も皆も、キュウちゃんのこと 心配してるんだ。
      あの仕事熱心なキュウちゃんが こんなに休むなんて 初めてだもん。
      
      どんな悩みか 知らないけど、ひとりで 抱えてるよりは、
      誰かに パーッとしゃべっちゃったほうが、スッキリするかもしれないよ?
      
      どうだい? あたしに、話してみちゃ くれないかい……?

   久蔵:おかみさん……。
      
      
      あの……
      
      
      実は………………
      
      
      いや、やっぱり、いいです……

  おかみ:ちょっとォ~、気になるじゃないかさァ。
      どうしたんだい? 言ってごらん?

   久蔵:でも……、
      
      言ったら……
      
      おかみさん、きっと 笑うから……

  おかみ:何言ってんだい キュウちゃん。
      笑いやしないよ。
      
      人が 死ぬの 生きるのって時に、
      笑うなんてこと あるわけないじゃないか。

   久蔵:そうですか……?
      誰にも、しゃべったりしませんか……?

  おかみ:しないよ。
      だから安心して、言ってごらん?

   久蔵:そうですか……。
      
      それじゃ、白状しますが……。
      
      
      あれは3日前でした ――
      あっしは 友達に誘われて、吉原よしわらへ行ったんです。

  おかみ:あら!吉原へ!
      マジメなキュウちゃんが 珍しいねえ!

   久蔵:へい。生まれて初めて 大門おおもんを くぐりました。

  おかみ:へええ~、初めて吉原へ 行ったのかい。

   久蔵:へい。
      
      と言っても ――
      何て言うんですか ――
      素見ひやかし ―― ?って言うんですか ――
      それだけで。
      
      あっしと友達は、お店とか、こうの中の 女の人たちを 外から 眺めながら、
      ブラブラと 歩いてました。
      
      その時のことです ――

 


―― 回想 ――    

 源ちゃん:おい 久蔵!見ろよ!
      花魁おいらん道中どうちゅうが 通るぜ!

   久蔵:え?
      
      (花魁道中の華やかさに圧倒される)
      わぁ……! すげえ……!

 源ちゃん:いやぁ、いいモンに 出くわしたなぁ!
      どうだい?華やかなモンだろォ?

 


 

   久蔵:あっしは 驚きました……。
      絵に描いたような 綺麗な 女の人たちが、
      次から次へと 出て来るんです……。
      まるで 夢でも見てるような ここもちでした……。
      
      そして ――
      その中にひとり ――
      他の 女の人たちが かすんじまうくらい、
      美しい人が いたんです ――
      
      大きくった髪に、かんざしやら くしやら こうがいやら いっぱい差して、
      それが キラキラ光って、まるで こうみたいで……。
      
      この世に、こんな綺麗な人が いるなんて、
      信じられねえくらいでした ――

 


―― 回想 ――

 源ちゃん:(ボーっとしてる久蔵をからかうように)
      おーい久蔵ー。口 開いてるぞー。

   久蔵:(ハッと我に返る)
      あ! ああ ――

 源ちゃん:ハッハッハ。
      すっかり 見とれちまいやがって。
      ずいぶんマヌケな顔 してたぜぇ?
      
      でもまぁ、そんだけ 夢中になってくれりゃあ、
      連れて来た甲斐が あるってもんだ。

   久蔵:ねえゲンちゃん、あの人、誰だい……!?

 源ちゃん:ん ――
      
      ああ、あれか?
      
      誰って……、おめえ 知らねえのか!?
      
       ―― 知るわけねえか……
      今日 初めて大門おおもん くぐったって 言ってたもんな……。
      
      いいか?
      あれはな、今 江戸で ―― いや、
      日本にっぽんで いちばん美しくて 人気があると言われてる 花魁おいらん
      うらたかゆうだ。

   久蔵:たかお……だゆう……?
      
      え、苗字みょうじが「たかお」で、下の名前が「だゆう」なの?

 源ちゃん:なワケ ねえだろ。
      
      あのな、いちばん くらいたけ女郎じょろうのことを、「太夫(たゆう)」って言うんだよ。
      「入山形いりやまがたふたぼしまつくらいゆうしょく」。
      高尾は このさとまつくらい、つまり いちばん くらいたけえから、
      「ゆう」を付けて たかゆうって呼ばれてんだ。

   久蔵:へえ……高尾太夫かぁ……。
      綺麗な人だなぁ ――
      
      俺、一度でいいから、あんな綺麗な人と、
      一晩 はなし してみてえなぁ……。

 源ちゃん:え? 一晩? 話?
      高尾太夫と?
      
      あッはっはっはっは!
      オイ久蔵、そいつは 無理な話だ。

   久蔵:え、無理……?

 源ちゃん:当たり前じゃねえか。
      相手は 全盛ぜんせい花魁おいらんだぜ? 「だいみょうどう」ってヤツなんだ。
      しろちの大名か、大金持ちの お大尽だいじんくらいしか 相手にしねえよ。

   久蔵:そうなの……?

 源ちゃん:そうだよ。
      だから 「傾城けいせい」なんて言うんだ。

   久蔵:なんだい?けいせいって。

 源ちゃん:城を かたむけると書いて 「けいせい」ってんだ。
      高尾太夫ほどの花魁おいらんはな、城をかたむけちまうんだよ。

   久蔵:へえ、力もつええんだ。

 源ちゃん:そうじゃねえよ。どんな馬鹿力だよ。
      
      あのな、高尾くらい 人気の花魁おいらんなんてのはな、
      大名ですら マトモに 相手に しねえんだ。
      
      大名が、高尾にうために 何十両も 持って来て、やっと 高尾にえたと思ったら、
      チラっと 顔を見せただけで ハイおしまい! そんなことも ザラなんだ。
      それでも 高尾に夢中になってる大名は また 何十両も持って いに来る。
      またチラっと 顔 見せて終わり。また 何十両も 持って来る。
      
      そうやって 何回も何回も そんなことを 繰り返して、
      やっと 高尾に 相手をしてもらえるようになった頃には、
      お国の財政が メチャクチャになって 城が かたむいちまうってことだ。
      
      いいか? 大名ですら こんな具合なんだぜ?
      俺たちゃ 何だ?
      俺はだいで おめえはこう。2人とも ただの職人だ。
      俺たちみたいな 職人ふぜいじゃ、一生かかっても、
      高尾太夫と 口をくどころか、
      今日みたいな 花魁おいらん道中どうちゅうでも見ねえ限り、
      マトモに 顔を見ることだって できねえよ。

   久蔵:そんな……。

 源ちゃん:おいおい、おめえ 本気で 高尾太夫と 一晩 語り合いてえ なんて思ってんのか?
      よせよせ。及ばぬコイの 滝昇たきのぼりってヤツだ。
      俺たちとは 住んでる世界が違うんだよ。忘れろ忘れろ。

 


 

   久蔵: ―― というわけなんです……。
      
      それからというもの、
      高尾太夫のことが 頭から 離れなくて……。
      忘れようと思っても、忘れられなくて……。
      会いたくて……会いたくて……。
      
      おかみさん……、吉原にはね、歩いて 行ったんです。
      歩いて行ける所に、あっしの 会いてえ人は いるんです。
      でも 会えねえんです……。
      
      この世には、どんなに 会いてえと願っても、会えねえ人が いる……。
      そう思ったら、切なくて、苦しくて……メシものどを通らなくて……。
      
      だんだん 身体カラダから 力が抜けてって、
      ああ 俺 死んじまうかもなって 思ったけど……、
      会いてえ人に 会えなくて、こんなに 苦しい思い するんなら、
      いっそ死んじまったほうが、楽なんじゃねえかって……。

  おかみ:キュウちゃん……。

   久蔵:おかみさん、すいません……。
      
      すいませんが、あっしのことは、どうか、
      放っといちゃ くれませんか……。

  おかみ:……。

 


 

   親方:オウ おさき。
      どうだった? キュウこうの具合は。

  おかみ:ん~~……、
      やまいの正体は 分かったんだけどねぇ……。

   親方:本当かよ!?
      何なんだ? ヤロウのやまいってのは!

  おかみ:こいわずらいだよ。

   親方:え?

  おかみ:だから、こいわずらいだよ!

   親方:こいわずらいィ!?
      
      また ふうやまいに かかりやがったもんだなァ。
      
      それじゃ何か? 好きな女が できて、
      それで 悩んでるってのか?

  おかみ:そう。

   親方:それで メシも食わねえで
      せ細って 死にそうになってるってのか?

  おかみ:そう。

   親方:すげえなオイ。
      今時いまどき そんなヤツ いるのかよ。
      
      まぁ普段から ごと一筋ひとすじで マジメなヤロウだし、
      おくだとは 思ってたけどよぉ。
      それにしたって、れたれたで
      そこまで 思い詰めるもんかねぇ?
      
      へぇ~ こいわずらいねぇ……。
      
      
      まぁでもよォ、そうと分かれば 話は はええじゃねえか。
      俺たちがあいだに入って、仲を 取り持ってやりゃあ いいんだろ?
      
      相手は誰だ? いとまきか?

  おかみ:違うよ。

   親方:だん子屋ごやの お花か?

  おかみ:違うよ。

   親方:小間こまものの みぃぼうか?

  おかみ:違うよ。そういう、普通の女の子じゃないんだよ。

   親方:普通の女じゃねえ……??
      
      まさか……、海苔屋のりやのババアか!?

  おかみ:なワケないだろ!
      今年85のバアさんじゃないか!
      
      違うよ!
      
      うらの 高尾太夫だよ!

   親方:え?

  おかみ:うらの 高尾太夫だよ!

   親方:……。
      
      ……え?

  おかみ:だから!
      うらの!
      高尾太夫だって 言ってんだよ!!

   親方:た、高尾太夫ゥ!?
      
      え、高尾太夫って、あの高尾太夫?

  おかみ:あの高尾太夫。

   親方:吉原の?

  おかみ:吉原の。

   親方:傾城けいせいの?

  おかみ:傾城けいせいの。

   親方:江戸どころか
      日本にっぽんで いちばん美人と だけ花魁おいらんの、
      あの高尾太夫?

  おかみ:だから そうだって言ってるだろ?

   親方:(驚きを通り越して呆れる)
      ええ~~……正気かよ オイ……。
      
      いや ちょっと待てよ。
      
      だいたいよぉ、なんでキュウこうが 高尾太夫なんかに れるんだよ?
      あのヤロウ、吉原通よしわらがよいなんざ するような男じゃねえだろ?

  おかみ:3日前、友達に誘われて、生まれて初めて 大門おおもん くぐったんだってさ。

   親方:生まれて初めて……!?
      あいつ26だろ?
      26まで 大門おおもん くぐったことねえ男ってのも 珍しいね……
      俺なんざ 15のトシには ―― いや そんな事は どうでもいいんだ。
      
      まあ、吉原へ行ったのは 分かったよ。
      だけどよ、相手は あの高尾太夫だぜ?
      吉原行ったからって、えるもんじゃねえだろ。

  おかみ:それがね、ちょうど 高尾太夫の 花魁おいらん道中どうちゅうに 出くわしたんだって。
      それで ひと目惚めぼれ しちゃったらしくて。

   親方:ひと目惚めぼれ!?
      初めて 吉原 行って、初めて 花魁おいらん道中どうちゅう 見て、それで ひと目惚めぼれ!?
      ウブなヤロウってのは すげえなぁ。

  おかみ:だけど 一緒に行った 友達に、
      職人ふぜいじゃ 一生かかっても、
      口をくどころか、顔 見ることすらできないって 言われて……
      それで 落ち込んじゃったみたいで……。

   親方:そうか……。
      
      でもよぉ、そりゃ どうしようもねえってもんだ。
      相手は 大名道具だぜ?
      こうの職人なんざ 相手にするワケ ねえじゃねえか。

  おかみ:そりゃあ 世間を知ってる人からすれば そうだろうけど……。
      キュウちゃんは あのとおり、今時 珍しいくらい 純情な子なんだもの。
      そう言われたって、なかなか 受け入れらんないんじゃ ないかねぇ……。

   親方:(ため息)ハァ~~。
      まったく 厄介な女に れちまいやがったもんだなぁ。
      真面目まじめで 仕事熱心なのはいいが、カタすぎるってのも 考えもんだ……。
      
      
      しゃあねえ。俺が行って、はなしを して来るよ。

  おかみ:え、お前さんが?
      
      あんまり言うと、あの子 ますます落ち込んじゃうよ……?

   親方:大丈夫だよ。悪いようには しねえ。

 


 

   親方:オウ、キュウこう、生きてるか?

   久蔵:あ、親方……。
      
      すいません、ずっと休んじまってて……。

   親方:いいってことよ。
      具合が悪いときは 休むのが一番だ。

   久蔵:けど、親方にも、みんなにも、迷惑かけてて……。

   親方:んなこと 気にしてんじゃねえよ。
      おめえは今まで 働きすぎるくらい働いてたんだ。
      少しぐらい休んだって バチは当たらねえさ。
      まぁ、いちばんの働きもんが いねえってのは いてえけどよ、
      わけえ連中に ウデ上げさせる いい機会だ。

   久蔵:(親方の優しさが沁みる)
      親方 ――

   親方:それより聞いたぜ?
      
      おめえ、こいわずらいだってな。

   久蔵: ―― !!
      
      おかみさん、もう親方に しゃべっちまったんすか……!?
      
      あ……あの……その……、
      
      め……、面目ねえ……。

   親方:何が 面目ねえんだ。いい事じゃねえか。
      おめえ、もう26だろ?
      ウチに奉公ほうこうして なげえけど、
      おめえ 今まで 仕事ばっかりで、
      浮いた話の1つも なかったじゃねえか。
      
      ネンネのキュウこうも、
      いくらか 大人になったってワケだ。

   久蔵:よ……よしてくださいよ 親方……。

   親方:また れた相手が すげえじゃねえか。
      
      うらの 高尾太夫だって?

   久蔵:そ……そんな事まで 聞いたんすか……?
      うう……、恥ずかしい……。

   親方:何を 恥ずかしがる事が あるんだよ。
      
      うらの高尾太夫。
      遊女ゆうじょ三千人さんぜんにんの頂点にいる 全盛ぜんせい花魁おいらんだ。
      おめえも なかなか 目がたけえじゃねえか。
      
       ―― ひと目惚めぼれか?

   久蔵:へい……。

   親方:いてえのか?

   久蔵: ――
      
      へい……。
      
      会いてえです……。
      
      会いてえです……!
      
      
      けど……
      
      ほどらずでした……。

   親方:何が ほどらずだ。
      
      いてえなら ―― いに行けよ。

   久蔵:会いに行きてえですよ!
      
      でも 無理なんです……!

   親方:何が 無理なんだ。

   久蔵:友達が 言ってました。
      相手は大名道具。住む世界が違う。
      俺たち 職人ふぜいは、一生かかっても、
      高尾太夫に会うことなんか できないって……。

   親方:馬鹿野郎。
      
      てめえのダチが 何て言ったか 知らねえけどな。
      大名道具だ 何だってのは、そりゃおもてきだ。
      全盛ぜんせいだろうが まつくらいだろうが 女郎じょろう女郎じょろう
      売りもん 買いもんだ。
      
      金さえ持って行きゃあ、えねえどうなんざ ねえや。

   久蔵: ―― 本当ですか……?

   親方:当たり前だ。
      あのさとはな、金がモノを言う世界だ。

   久蔵: ―― 金さえ持って行けば、
      あっしみたいなモンでも、
      本当に、高尾に 会えるんですか……?

   親方:えるよ。

   久蔵:本当に、本当ですか……!?

   親方:本当だよ。
      
      そん代わり ――
      生半なまはんな金じゃねえぞ。大金だ。

   久蔵: ―― いくらぐらいですか……?

   親方:そうさな ――
      
      一晩で ―― まあ 安く 見積みつもっても ――
      
      15両は るだろうな。

   久蔵:じゅ ―― 15両 ―― !?

   親方:「大名道具」の呼び名は ダテじゃねえ。
      そのくらいは 掛かろうってもんだ。
      まぁ 大変な金だな。
      
      あきらめるか?

   久蔵: ―― あきらめません。
      
       ―― あきらめたくありません……!!
      
      けど ――
      15両なんて金、あっしは 見たこともねえ……。
      
      親方、そんな大金、あっしに められますか……?

   親方:められるさ。
      
      おめえは 酒もまねえし、無駄むだづかいも しねえし、よく働く。
      ウデだって 一人前以上だし、他の連中の 倍近ばいちかく 仕事 こなせるじゃねえか。
      
      今までどおり 一生懸命 働いて、つましく暮らしてりゃあ ――
      
      そうだな ――
      
      
      3年。
      
      3年で15両、おめえなら められるだろ。

   久蔵:3年 ―― ですか ――

   親方:おう、3年だ。
      
      おめえの給金きゅうきんは ずっと俺が 勘定かんじょうしてやってるんだ。
      間違いねえ、おめえのウデなら 3年 みっちり働きゃ
      15両まる。俺がってやる。

   久蔵:3年で 15両 めりゃあ ――
      
      本当に、高尾に 会えるんですね ――

   親方:おう。
      
      高尾に いてえんだろ?

   久蔵:会いてえです!

   親方:じゃあ、3年 ―― 辛抱しんぼうできるな?

   久蔵:できます!

   親方:よく言った!
          
      おい キュウこう

   久蔵:へいッ!

   親方:3年で15両めて ――
      
      高尾に いに行けッ!!

   久蔵:へ ―― へいッッ!!
      
      親方!ありがとうございますッ!

   親方:ははっ、いくらか 顔色も 良くなってきたじゃねえか。
      
      ようし、そうと決まりゃあ、もう2,3日 ゆっくり休んで、
      その間に しっかりメシ食って ちからつけて ――

   久蔵:そんなこと 言っちゃ いられません!!
      今日から 仕事に戻りますんで!!

   親方:おいおい キュウこう ――

   久蔵:おかみさん!おかみさーん!
      何か 食わせてくださーい!!

 


 

   語り:「3年で15両めれば 高尾に会える」
      親方の言葉に 力を得た久蔵は、
      ふさぎの虫も どこへやら、台所へ 駆け込むと、
      しゃけの茶漬けで 13杯も おまんまを食べ、
      すっかり 元気になりました。

 


 

   久蔵:おかみさん、どうも ごちそうさまでした!

  おかみ:よく食べたもんだねぇ……。
      
      でもキュウちゃんが元気になって よかったよ。

   久蔵:へい!
      親方が ってくれたんです!
      3年間 みっちり働いて 15両めたら、高尾に会えるって!
      
      よぉ~し、働くぞぉ~!!
      
      じゃ おかみさん、仕事場 行ってきます!(去る)

  おかみ:……。

    そこへ親方やってくる

   親方:オウ。

  おかみ:あら おまえさん。

   親方:どうだい、キュウこうのヤロウ、元気になったろ?

  おかみ:元気になったのは 結構だけどさ……、いいのかい……?

   親方:何が?

  おかみ:3年間 働いて 15両めたら 高尾にえるだなんて 無責任なこと言って。

   親方:大丈夫だよ。
      
      あのな、あいつは このたび、よわい26にして、
      生まれて 初めて 女に惚れたワケだ。
      初めて 女にれた時ってのは、そりゃあ夢中になる。
      寝ても覚めても いとしい こいしい。
      でもな、それも最初のうちだけだ。
      ずーっと夢中で なんて いられるもんじゃねえ。
      
      考えてもみろよ。
      初めてれた相手と 夫婦ふうふになる なんてこと、
      そうそう ねえだろ?

  おかみ:へえ ――
      おまえさんも そうなのかい?

   親方:何が?

  おかみ:おまえさんも、初めてれた相手と
      一緒になったワケじゃないって言うのかい?

   親方:いや……まぁ……、そうだけど……?

  おかみ:ふぅ~ん。
      
      てことは、あたしよりも前に、
      れた女が いたってことだね?

   親方:……
      
      そ……、そういう事だけどよ……

  おかみ:あッそぉ……。
          
      (すねて そっぽを向く)
      フンだ!!

   親方:ちょちょちょ……!オイよせよ。
      そんなの おめえと出会う ずっと前の話じゃねえか。
      もう何十年も前だ。顔も 忘れちまってるよ!

  おかみ:(懐疑的)
      あら、ホントかい?
      ホンっと~~に、顔も 忘れちまってるのかい?

   親方:い……いや……
      
      まぁ……
      
      面影おもかげくらいは……覚えてるかな……

  おかみ:フーーーーーーんだ!!!

   親方:おいおいおいおい、
      おめえ 変なとこで いてんじゃねえよ。
      
      
      え ――
      
      それじゃ おめえは ――
      おめえに とっては ――
      俺が、初めて れた男だったのか……?

  おかみ:え、違うけど。

   親方:違うのかよ!!
      なんなんだよ……。
      
      とにかく!!
      
      キュウこうが 高尾に夢中になってるって 言ったって、
      3年もの間 ずーっと 夢中になってられるワケ ねえじゃねえか。
      そのうち 熱も治まる。
      そうなりゃ 高尾のことなんざ、きれいさっぱり 忘れちまうよ。

  おかみ:そういうもんかねえ……。

   親方:そういうもんだよ。
      
      第一、あのまま 放っといたら、あのヤロウ、
      飲まず食わずで ホントに 死んじまうとこだったぜ?
      
      キュウこうは、マジメだし 働きモンだし 見所のある いい男だ。
      あいつに死なれたら、俺まで 参っちまうよ。
      
      それよりも今は ああでも言って 元気づけてやるほうが いいだろ。
      
      なぁに、あいつも男だ。
      なにも高尾ひとりが 女じゃねえ。
      周りを見りゃあ、手の届く所に いくらでも 綺麗な花が あるって、
      そのうち 分かってくるさ。

  おかみ:だと いいけどねえ……。

 


 

   語り:時のつのは 早いもので、
      あっという間に3年の月日が 流れました。

 


 

   久蔵:おはようございます。

   親方:ん?おう、キュウこう
      どした?おめえ今日 休みだろ?

   久蔵:へい、お陰様で。

   親方:たまの休みだってのに、こんな朝っぱらから どうしたんだ?

   久蔵:へい。
      
      あの、親方に うかがいてえ事が ありまして。

   親方:おう、なんだ?

   久蔵:あっしの給金きゅうきんめて 親方に 預けてあると思うんですけど、
      いくらぐらいに なりましたかね……?

   親方:ん?おめえの給金きゅうきんか?
      おう、ちょっと見てやるよ。
      
      え~と、帳面 帳面……
      
      これだな。
      いまはじいてやるから、ちょっと待ってくれ。

   久蔵:へい。

   親方:(帳面をみてソロバンを弾いている)
      ん~~~。
      
      (計算終わる)
      おおッ!
      
      おい キュウこう……すげえぞ!

   久蔵:いくらですか……!?

   親方:18両と2だ!

   久蔵:18両と2……!

   親方:いやぁ よく めたなぁオイ!
      職人で ここまでめられるヤツなんざ、そうそう いねえぞ。
      
      おめえ よく働いたもんなぁ。
      そんでもって 無駄むだづかいも しねえし。
      
      18両と2かぁ。いやぁ たいしたもんだ。
      
      よく頑張ったな!

   久蔵:ありがとうございます!

   親方:おうキュウこう
      ここまで頑張ったんだ、その ついでにな、
      もうちょいと 頑張って、あと1両2 めろ。

   久蔵:え……?
      
      いや、でも……

   親方:まぁ聞けって。悪い話じゃねえんだ。
      
      おめえは よく働くし 真面目まじめだし ウデもいい。
      俺は おめえのこと 気に入ってるし 信用もしてる。
      そこでよ、前々から 俺が 腹ん中で あっためてた話が あるんだ。
      
      いいか?
      おめえの給金きゅうきんが 今 18両と2ある。
      で、もうちょいと頑張って あと1両と2 める。
      そしたら 20両になるだろ?(※1両=4分)
      
      おめえが 20両 めたら、俺が おめえに上等の着物 買ってやる。
      それ着てな、いったん 郷里くにへ帰れ。上総かずさみなとって 言ったっけな。
      
      帰ったらな、おっつぁん・おっさんの前に その20両、
      育ててもらった礼だと 言って 差し出せ。
      赤の他人に もらう 千両せんりょう万両まんりょうより、実のせがれに もらう20両。
      喜んでくれると思うぜ?
      
      で、何日か 親孝行して 過ごしたら、こっちに戻って来い。
      そしたら おめえに、店 持たせてやるよ。
      そうすりゃ おめえも もう奉公人ほうこうにんじゃねえ。
      親方になるってワケだ。
      
      なぁに 18両と2まで めた おめえだ、
      あと1両2くらい すぐに められるさ!
      な、頑張れ!

   久蔵:ありがとうございます 親方!
      
      それはそうと、その給金きゅうきんから 15両、
      今日 使いてえんですけど。

   親方:……。
      
      おめえ 俺の話 聞いてたか……?
      俺、今 イイ話したよな!?
      なんなんだよ……。
      
      ……で、何だって? 15両 使いてえ……??
      いっぺんに 15両も……いったい何に 使うんだよ?

   久蔵:高尾 買うんです。

   親方:え?

   久蔵:高尾 買うんです。

   親方:たかおかう……?
      たかを、かう……?
      鷹を 買う!?
      
      やめとけやめとけ!あれはオマエ、
      猛禽もうきんて言って、危ねえんだぞ!?
      爪なんか こんなんなって 曲がってて、
      クチバシだって こんな とがっててよぉ。
      目ん玉とか えぐられちまうぞ オマエ。
      もっとカワイイのにしとけ、
      メジロとか ジュウシマツとか。

   久蔵:違いますよ……。
      
      うらの、高尾太夫を、買うんですよ!

   親方: ――
      
      うらの 高尾太夫……!
      
      それじゃ おめえ……、
      高尾のこと、忘れてなかったのか……!

   久蔵:忘れません……!
      片時かたときも、忘れたことなんて ありません……!
      
      高尾太夫に会うために、この3年間
      一生懸命 働いて 金 めたんです……!

   親方:キュウこう……

   久蔵:親方、言ってくれましたよね……?
      3年 みっちり働いて 15両めりゃあ
      高尾に会えるって……。
      
      俺……、高尾に 会えるんですよね……?

   親方:……。

   久蔵:親方……?
      
      
      どうして 何も 言ってくれないんですか……?
      
      親方、言ってくれたじゃないですか……
      15両めたら 高尾に会えるって……。
      
      言ってくれたでしょ……?
      
      言ったでしょ!? そうでしょ!?

   親方:……。
      
      言った……。
      
      
      すまねえ……。
      
      あれは……、
      
      口から 出まかせだった……。

   久蔵: ―― !!
      
      そんな……。
      
      あっしは 高尾に会うために 一生懸命 働いて……。
      
      
      親方…… あっしをだましたんですね……。
      あっしを 働かせるために、あっしをだましたんですね……。

   親方:そうじゃねえ……!違うんだ、キュウこう……!
      おめえを だましてやろうとか、
      そういうつもりじゃ なかったんだ……。
      
      3年前の あの時、あのまま 放っといたら、
      おめえ 本当に 死んじまうと思った……。
      
      おめえは真面目まじめで ウデも良くて 見所のある男だ、
      こんな事で 死なすわけにゃ いかねえ。
      おめえを 死なせねえためには、ウソでも
      高尾にえるって 言ってやるしかねえと思った。
      3年も 働いてるうちに、
      高尾のことなんざ 忘れちまうだろうと思ってた……。
      
      こんなになげえ間、
      ひとりの女を ずっと 想い続けられる男が いるなんて、
      思わなかったんだ……。
      
      俺が 悪かった……。
      
      おめえをだまして 働かせようなんて気は なかったんだ……。
      
      おめえを 死なせたくなかったんだ……。すまねえ……。

   久蔵:(絶望)
      そんな……。
      
      
      こんな事なら……、
      
      あのとき 死なせてくれたほうが よかった……。

   親方:そんなこと 言わねえでくれよ キュウこう……。
      
      それにな、でまかせとは言ったが、
      まるっきり デタラメってワケでもねえ。
      
      高尾だろうが 誰だろうが、女郎じょろうが 売りもん買いもん てのは本当だ。
      これだけ 金が あれば、絶対に えねえとも 限らねえと思うんだ。

   久蔵:本当ですか ――

   親方:ああ。
      
      だがな、ただ 金があるってだけじゃ 駄目なんだ。
      
      うらほどの見世みせ
      ましてや 目当てが 高尾太夫ともなると、
      なんて言うか……、格式みてえなもんが あってな、
      駄菓子 買うみてえに「ぜに持ってきたから ちょうだい」
      ってなワケにゃ いかねえんだ。
      そのあたりの 段取りやら 何やらが、俺も うとくてなぁ……
      ん~~…どうしたもんか……。
      
      (何事か思いつく)
      あ、そうだ!
      キュウこう、ちょいと 待っててくれ。
      
      (表のほうにいる若い者に向けて)
      おーい、タツ公!
      ひとっ走り 横丁よこちょう 行ってよぉ、
      医者の、やぶ竹庵ちくあん先生 連れて来てくれ!
      大至急だって 言ってな!
      で、来てもらったら、
      そのまま 奥の部屋まで 通ってもらってくれ!
      頼んだぜ!
      
      (久蔵に向きなおって)
      今、助っ人 呼びにったからよ。
      
      やぶ竹庵ちくあんて医者、見たことあるだろ?
      あの先生、病人 治すのは 下手だけど、遊びは 上手だって話だ。
      
      あの先生なら、なんとか 道を付けてくれるんじゃねえかと 思うんだが……。


   藪井:(部屋に入ってくる。急いで来たため少し息が上がっている)
      ハァ、ハァ…、どうしました 親方。

   親方:ああ どうも先生。はええスね。

   藪井:店の人が 大至急 来てくれって言うから、
      走って 来たんですよ。
      
      病人は どこですか?

   親方:病人? 病人なんざ いませんよ。

   藪井:え? 病人がいない?

   親方:当たり前スよ。
      病人がいたら 先生 呼ぶワケねえじゃねえスか。
      トドメさされちゃ かなわねえ。

   藪井:どういう意味ですか。
      
      それじゃあ、どうして 私を呼んだんです?

   親方:それなんですよ 先生。
      
      聞くところによると 先生は、遊びが 上手だそうで。

   藪井:ん? ああ、ははは、
      まぁ 上手かどうかは 分かりませんが、遊びは 好きですな。
      
      芸者を見るのは 楽しい。
      患者をるのは つらい。

   親方:やな医者ですねぇ……。
      
      まぁそんな先生に、
      折り入って お願いが ありまして。

   藪井:お願い? 何ですかな?

   親方:先生、この久蔵をね、吉原へ
      遊びに 連れてってやって ほしいんですよ。

   藪井:ほうほう、キュウさんを 吉原にねえ。

   親方:へい。
      
      で ―― 、お目当ての花魁おいらんが いましてね。

   藪井:おや。キュウさん おカタい人だと 思っていたけど、
      お見立みたてが あるとは、なかなか すみに置けませんねえ。
      
      で? 誰なんです?


   親方:うら ――
      
      高尾太夫で。


   藪井:ほう ――
      高尾太夫ですか ――
      
      これはまた、大きな名前が 出たものですな ――
      
      (久蔵を見やって)
      それにしても ――
      キュウさん、ずいぶんと 難しい顔を してらっしゃる。
      とても、吉原へ 遊びに行こうという様子じゃ ありませんけどねぇ。

   親方:へい ――
      あっしから、話をします。
      
      実は この久蔵、
      3年前に 初めて 吉原 行って、
      そこで 高尾の花魁おいらん道中どうちゅうを見て、
      高尾に ひと目惚めぼれ しましてね。

   藪井:ほう。

   親方:ところが、一緒に行った ダチに
      「職人ふぜいじゃ 生涯 高尾にうことなんて できねえ」なんて言われて、
      それで すっかり気落ち しちまって……。
      こいわずらいって言うんですか…?
      ロクに メシも食わなくなって 寝込んじまって、
      死にてえだの 何だの 言いだして……。
      
      このままじゃ このヤロウ 本当に死んじまうと思って……。
      
      あっしは 久蔵のこと 気に入ってますから、
      このまま 死なすわけには いかねえと思って、
      それで、
      「3年間 一生懸命 働いて 15両 めたら 高尾にえる」なんて、
      バカなこと っちまって……。
      
      あっしは ただ、久蔵に 元気になってほしかったんです……。
      
      3年も働いてるうちに、高尾の事なんざ 忘れちまって、
      もっと他の、手の届く女に 目が行くだろうと 思ってたんです……。
      
      
      ところがねぇ先生、久蔵は たいした男ですよ……。
      
      この3年間、高尾のこと 忘れねえで、ずーっと 働いて働いて……、
      とうとう15両 ―― いや、
      18両と2まで めやがったんですよ……!
      
      ねえ先生、世の中に、こんないちな男が いますか……?
      
      お願いします先生、この いちな男の 想い、
      げさせてやりてえんです……!
      なんとか、高尾に えるよう、
      道を付けてやっちゃあ くれませんか……!

   藪井: ―― なるほど。
      お話は よく分かりました。
      
      親方、少しキュウさんと 話をしますよ?

   親方:へい、よろしく頼みます。

   藪井:やあキュウさん。
      挨拶が遅れて すまないね。おはよう。

   久蔵:おはようございます……。

   藪井:話は 承知しました。
      
      まずキュウさんに お願いなんだがねぇ ――
      どうか 親方のこと、
      あまりうらみに 思わないであげて下さいな。

   久蔵:先生……。

   藪井:親方はねぇ、キュウさんのこと、とっても 買ってらっしゃる。
      
      前々から、「いつかは久蔵に 店を持たせてやりたい」って 言っててねぇ。
      
      ほら、親方夫婦には 子供が いないでしょう?
      親方にとっては、キュウさんは 実の息子みたいに 可愛いんだよ。
      
      そのキュウさんが 死にそうになったら、それは必死で 助けようとする。
      
      まぁそのせいで 無責任なことを ってしまったかもしれないけど、
      どうか、親方の気持ちも んであげちゃあ くれないかねえ?

   久蔵:先生……。
      
      ええ、分かっています……。
      
      親方は、いつも あっしに 良くしてくれました……。
      
      今回のことも、
      あっしを 元気づけようとしてくれたんだって……
      よく、分かっています……。

   藪井:うんうん。キュウさんは、素直で いい子だ。
      なればこそ、初めてれた人を 一心に 想い続け、
      これだけの お金をめることが できたんだろうねぇ……。
      
      いやはや、近年 まれなる い話を 聞いて、
      このやぶ竹庵ちくあん、感じ入りました。
      
      かくなる上は、私が一肌 脱ごうじゃないか。

   久蔵:ほ ――
      本当ですか ―― !?

   藪井:はい。
      
      ただし ――
      
      いくつか キュウさんに、承知しといてもらわなければ ならない事が あるんだがね。

   久蔵:へい。何でしょうか……?

   藪井:まず。
      
      キュウさんが高尾太夫にえるように、
      私は 力を尽くす。力を尽くすけれども ――
      それでも、絶対にえる、とは約束しかねるんだ。
      
      高尾くらい 上流の花魁おいらんおうと思ったら、
      まず茶屋の女将おかみに 取り次ぎを 頼む。
      私は 馴染んだ顔だから、
      私が頼めば 女将おかみ無碍むげには しないだろうし、
      お金も 15両あれば、不足ということは まぁないだろう。
      
      そうして 茶屋のほうから高尾に、
      キュウさんの相手を してやってくれと 頼んでくれるわけなんだが ――
      その先はもう、高尾の腹ひとつだ。
      
      何といっても 全盛ぜんせい花魁おいらん、引く手 あま
      もう客が付いてしまってるかもしれないし、
      客が付いてなかったとしても、
      高尾の気持ちが 乗らなければ、首を横に 振られてしまう。
      
      高尾が 首を横に振ったら それまでだ。うことはできない。
      こればっかりは 私にも どうしようもない。
      そうなったら、もう あきらめるしかない。
      
      それは、承知してくれるかい……?

   久蔵: ――
      
      
      へい。
      
      そこまで 手を尽くしてもらって、それでもダメなら ――
      
      そのときは ―― いさぎよあきらめます。

   藪井:うん。
      
      それからね。
      
      もし 高尾とうことができるとなっても、
      一晩 一緒にいられるとは 限らない。
      
      それこそ、ちらっと 顔を見せただけで
      引っ込んでしまうことだって ザラなんだ。
      さかずきを 交わすどころか、
      口をくことすらできずに 終わってしまうかもしれない。
      
      そうなったとしても、15両は 返ってこない。
      
      高尾の顔を ちらっと見ただけで、
      キュウさんが3年間、働きに働いて めた 15両が
      消えてしまうかもしれない。
      
      それでも いいのかい……?

   久蔵:かまいません。
      
      高尾太夫に会うために めた お金です。
      たとえ ほんの少しでも、
      もう一度 高尾太夫の顔が 見られるんなら、
      15両、惜しくなんかありません。

   藪井:よく言ったね キュウさん。
      
      それからもうひとつ。
      
      金がモノを言う世界とは言っても、
      相手も 「大名道具」と呼ばれるからには、
      そう呼ばれるなりの 理由がある。
      
      失礼を承知で 言うけれどね、いくら 金を積んだとしても、
      お職人さんじゃあ、相手には してもらえない。
      
      それが、まつくらい花魁おいらんの、ぐらいというか、
      意地のようなものなんだ。

   久蔵:そ、それじゃあ……、どうしたら……

   藪井:そこでね。
      高尾に いに行く その一晩、キュウさんを、
      野田のだしょうどんの 若旦那ということにしよう。

   久蔵:え……!?

   藪井:要するに、身分を いつわるということですな。

   久蔵:う、ウソをつくってことですか……?

   藪井:まあ、そういうことだね。
      
      マジメなキュウさんのことだ、
      嘘をつくのは イヤかもしれないけれどね。
      でも、そうしないと、高尾に うことはできない。
      お職人さんのままじゃあ、私も 茶屋へ話を 通せない。
      
      キュウさん、どうするね?

   久蔵:……高尾太夫に 会うためなら ――
      
      分かりました。
      
      一晩、あっしは、野田のだしょうどんの 若旦那になります。

   藪井:よし。それじゃ 話は決まりだ。
      いつ行こうか? 今晩が いいかい?

   久蔵:へい ――
      少しでも早く 会いてえんで、できれば今晩にでも……。

   藪井:うむ。では、今晩 一緒に行こう。
      夕方ゆうがたぶんに 迎えに来ましょう。

   久蔵:え ――
      先生は、大丈夫なんですか……?

   藪井:何がだい?

   久蔵:今日の夕方なんて そんな急なことで……。
      抱えてらっしゃる患者さんの 往診おうしんとか、
      びょうの お見舞いとか ――

   藪井:キュウさん。

   久蔵:へい。

   藪井:吉原と患者と、どっちが大事ですか。

   久蔵:(困惑)ええ……。

   藪井:人というものは、生きる時は 生きる。死ぬ時は 死ぬ。
      「天命てんめい」と言って、人の寿命は 天によって 定められているんです。
      それを 薬や治療で 延ばしたり 縮めたりするなど、
      天をも恐れぬ 悪業あくぎょうと言わざるを得ませんな。

   親方:キュウこう、患っても この先生のとこだけは 行っちゃいけねえぞ。

   藪井:冗談ですよ。
      往診おうしんびょう見舞いも、夕方までに
      済ませておきますよ。
      
      それじゃキュウさん、夕方までに、
      お湯屋ゆやに行って 身体からだをキレイにしておいで。

   久蔵:へい。わかりました。

   藪井:親方。

   親方:へい。

   藪井:親方なら、ちょいと上等の着物を 1つか2つ 持ってるでしょう。
      それを今晩、キュウさんに 貸してあげてくださいな。

   親方:へい。
      
      (久蔵に)
      おうキュウこう、着物のことは 心配すんな。
      まだ いっぺんもそで 通してねえ 上等のが あるんだ。
      まだ しつけ・・・も 取ってねえ。
      
      おめえが に行ってる間に しつけ・・・ 取っといてやるからよ、
      まずは に行って来い。
      
      今夜は 大一番だ。すみずみまで しっかり洗って来い!

   久蔵:へい!
      親方、ありがとうございます!

 


 

   語り:さあ久蔵、はやる気持ちを 抑えつつ、
      お湯屋ゆやへ行って 念入りに 身体からだをこすって 洗い流し、
      また 髪結床かみゆいどこへも行って、
      ヒゲを剃ったり マゲを整えてもらったりして、
      すっかり キレイになって 帰ってきました。
      
      帰って来ると 親方とおかみさんが ゆうつむぎの着物を、
      しつけ糸を取って 用意してくれていました。
      そでを通してみると、まるで久蔵にあつらえたように ぴったり。
      
      もともと 顔立ちのいい久蔵。
      こうして 身なりを 整えさせてみると、
      どこからどう見ても ごたいの若旦那といったぜい
      
      ただ、両の手を除いては ――

 


 

  おかみ:(身なりを整えた久蔵をほれぼれと見る)
      あらキュウちゃん、よく似合うねえ ――

   親方:ホントだよ。はばたけも ピッタリだ。
      まるでキュウこうのために こしらえたみてえだな。
      いやあ 立派なモンだ。

   久蔵:すいません、親方。
      あっしが先に そでを通しちまって……。

   親方:なぁに、いいってことよ。
      
      なあキュウこう、おめえに、その着物やるよ。

   久蔵:ええっ!?
      いや、もらえねえですよ、こんな 上等な着物 ――

   親方:いやいや、もらってくれ。
      
      まぁ、なんだ、せめてもの、詫びだ。

   久蔵:親方 ――

   親方:それによ、おめえに 着てもらったほうが、
      その着物も 喜ぶってもんだ。
      よく似合ってるぜ。 なあ?おっかあ。

  おかみ:まったくだよ。
      
      (惚れ惚れと見つめて)
      ホぉント ―― いいオトコ ――
      
      キュウちゃん ―― 、高尾なんかじゃなくてさ、
      アタシに しとかないかい ――

   親方:やめろ やめろ。
      おめえと高尾が 勝負になるかよ。
      奉公人ほうこうにんに 変な気 起こしてんじゃねえや。
      
      まぁとにかく、
      今日から その着物は おめえのもんだ。
      あと、玄関に せっも 出してあるからよ、
      行くときは それ いて行け。
      幡黒わたぐろはなの イイやつだからよ。

   久蔵:親方、何から何まで ありがとうございます ――

   藪井:(入ってくる)
      失礼しますよ。

   親方:ああ、先生。

   久蔵:先生、どうも。

   藪井:(久蔵を見て)
      おお ――
      いやぁキュウさん、見違えたねえ。
      うんうん。
      キュウさん、立派な しょうどんの若旦那に見えるよ。

   久蔵:ありがとうございます、先生!

   藪井:ああ、それがいけない。
      
      今からは、キュウさんが若旦那で、私が お付きの医者だ。
      つまり、キュウさんが主人で 私が家来。
      「先生」なんて言わずに、「おいやぶ!」といった具合に
      呼び捨てにしなきゃ。

   久蔵:そ、そんな!
      お世話になる先生を 呼び捨てにするなんて、できませんよ!

   藪井:いやいや、かまわないんだよ。
      というか、やってもらわなくちゃ、私が困る。
      気にしなさんな。今晩だけの お芝居なんだから。

   久蔵:は、はあ……。

   藪井:ちょっと練習してみようかね。
      いいかい? 私を呼ぶときは、「おい、やぶ!」。
      さ、言ってごらん。

   久蔵:へ、へい ――
      
      えーと……。
      
      おッ…………おい!
      
      や…………、やぶ!!

   藪井:ちょちょちょ……、
      医者にむかって ヤブとは ひどいじゃないかキュウさん。
      まぁ、どうせ ヤブですけどね。

   親方:認めてるよ。

  おかみ:自覚あったのねぇ。

   藪井:そこ うるさいですよ。
      
      キュウさん、「やぶい」ですよ 「やぶい」。
      さ、もう一度。

   久蔵:お……おい!やぶい!

   藪井:そうそう、それでいい。
      むこうに着いてからも、その調子でね。

   久蔵:へい。

   藪井:それも いけないねえ。
      「へい」なんて返事をしちゃうと、
      お職人さんだと バレちゃう。
      
      返事をするときは、"かさこと"と言って、
      ゆったりと「はいよ、はいよ」。
      こんなふうに 繰り返して言うとね、
      なんとなく それらしいぜいが出るんだ。
      ちょっと 馬鹿っぽく聞こえるかもしれないけど、
      たいの若旦那というのは 鷹揚おうようなもんでね、
      これくらいが ちょうどいいんだ。
      
      さ、ちょっと 言ってみてごらん。

   久蔵:ええと……。
      
      あいよッ、あいよッ。

   藪井:まだちょっと 職人ぽいねえ。
      もう少し ゆっくりと、「はいよ、はいよ」。

   久蔵:(気持ちゆっくりと)
      はいよ、はいよ……。

   藪井:うんうん。まぁいいでしょう。
      
      むこうに行って、何かかれたら、下手なことは 言わずに、
      今みたいに 「はいよ、はいよ」と 返事をしておけばいいからね。
      分かったかい?

   久蔵:はいよ、はいよ。

   藪井:ははは、その調子その調子。
      
      それから ――
      
      キュウさん、ちょっと 手を見せてもらえるかい?。

   久蔵:手?こうですか?(手を出す)      
      
       ―― あ。


      久蔵の両手は、染みついた藍色の染料が落ち切らず、青くなっている

   藪井:青いねえ ――

   久蔵:お恥ずかしいことで……。
      お湯屋ゆやで 洗ったんですが、
      どうしても これ以上 落ちなくて ――

   藪井:いやいや。
      手が染料せんりょうで 青く染まるのは、こうさんの宿命。
      手が青いのは、それだけ 仕事に 精を出しているということ。
      恥じることはないよ。
      
      ただね、この手を見られたら、
      こうの職人だと 一発で 分かってしまう。
      だからね、手は こうやって たもとへ入れておいて、
      なるべく出さないように 気を付けて。いいね?

   久蔵:へい。

   藪井:返事は ――

   久蔵:あ ――
      
      はいよ、はいよ。

   藪井:結構。
      ではキュウさん、行こうか。

   親方:キュウこう、気ィ付けて 行って来いよ。

  おかみ:キュウちゃん、がんばっておいでね!

   久蔵:親方、おかみさん……!
      
      (出征兵士のように)
      不肖ふしょう この久蔵、ただ今から、吉原へ、行ってまいります!

   親方:(苦笑)オイオイ、まるでいくさにでも 行くみてえじゃねえか。
      
      先生、こんな男ですがね、ひとつ よろしく おねげえしやす。

   藪井:あい分かりました。
      
      では若旦那、参りましょうか。

   久蔵:はいよ、はいよ。

 


 

  おかみ:キュウちゃん、高尾に えるかしらねぇ……。

   親方:まぁ、難しいと 思うが……。
      あの先生の手腕に 期待するしかねえな……。

  おかみ:えなかったら、キュウちゃん また落ち込んじゃうかねぇ……。

   親方:慰めの言葉でも 考えといたがほうが いいかもしれねえなぁ……。

 


 

   語り:親方とおかみさんの 心配をよそに、
      吉原の大門おおもんをくぐった やぶ竹庵ちくあん先生と久蔵。
      
      うらほど 格式の高い おお見世みせになりますと、
      直接 見世みせへ行って 花魁おいらんを指名するということは ありません。
      まず ひきぢゃと呼ばれる 茶屋へ行き、
      その茶屋を通して お目当ての花魁おいらんに 取り次いでもらうのです。

 


 

   藪井:おお、女将おかみ。久しぶりだね。
      今日はね、私が若い頃に お世話になった、
      野田のだしょうどんせがれさんを お連れしましたよ。
      おあそがねは 15両 お持ちだ。
      まぁ今日はね、急に思い立って こちらへ来たいという事で、
      お持ち合わせも こんなもんだけど、
      これから先は 馬の背に 千両箱でも 積んで来ようという、
      ごたいの 若旦那だ。
      
      で、今日は お見立みたてがあってね、
      うらの高尾太夫に、
      ぜひともいたいと おっしゃってるんだが ――

 


 

   語り:さあ 茶屋の女将おかみさん、「高尾太夫」の名前を 耳にした瞬間、
      思わず「はぁ?」と聞き返しそうになりました。
      無理も無いでしょう。
      高尾太夫は 今 吉原で全盛ぜんせいを誇っている まつくらい花魁おいらん
      急に来て えると思うほうが おかしい。
      
      「何をバカげたことを」と思ったものの、
      仮にも 馴染み客の たっての頼みですから、
      ここで無碍むげに 断りますと、
      それはそれで 茶屋のれんに 傷がつくというもの。
      
      腹の内は おくびにも出さず にっこりと微笑むと、
      「ご無理でもございましょうが」と一言 添えて、
      うらへ 取り次いでくれました。
      
      さあ そうやって ダメ元で取り次いでみたところ、
      今日 来る予定だった お客のひとりが たまたま 来られなくなり、
      なんと 高尾太夫の身体からだが 空いていました。
      
      高尾に おうかがいを 立ててみたところ、


   高尾:いつも お堅い お客はん ばかりでは 気がまりんす。
      たまには そのような 若旦那はんの お相手も してみとうござんす。


   語り:そう言ってくれまして、
      なんと 高尾太夫が ってくれることになりました。
      
      さあ久蔵、上等な 箱提灯はこぢょうちんに送られて うらへと 参ります。
      
      見世みせに着いて 案内されましたのが、2階の12畳・つぎ間付まつき。
      他ならぬ、高尾太夫の部屋でございます。
      
      なにしろ全盛ぜんせいを極めた花魁おいらんの部屋。
      当時の ぜいすいを 集めに集めた、それはそれは 立派な座敷で、
      とこには、琴・三味線を始めとした 遊芸ゆうげいの道具が ずらりと並び、
      家具かぐ調度ちょうどちょういっきゅうひんばかり。
      
      番頭ばんとうしんうながされて、
      大きなとんに 1人 ちょこんと座った 久蔵は、
      その きらびやかな様子に 目を見張るばかりでした。


   久蔵:すげえ……。
      なんだか、夢でも 見てるみてえだ……。


   語り: ―― そこへ。

      
      ぱたん ―― ぱたん ―― と、
      上草うわぞうの音。
      

      禿かむろの手で きんふすまが 静かに 開けられますと ――
      
      すらりと立ったる 艶姿あですがた ――
      
      (1行が 語感の良い 7音+5音の調子になっています)
      ※ちなみにこれは 桂歌丸師匠が半月かけてお考えになった文句だそうです。
      みどり つやなす  黒髪くろかみ
      自慢で った  伊達だて兵庫ひょうご
      あだな まなし  つき
      えくぼ千両せんりょの  いと
      番頭、禿かむろに  取り巻かれ
      歩く姿は  たんか 桃か
      恵みのつゆに  うるおいし
      つぼみ破った  百合ゆりの花 ――
      
      さながら にしきから 抜け出たような あでやかさ。
      
      まさしく いっ傾城けいせいたる この尤物ゆうぶつこそ、誰あろう、
      久蔵が この3年間、焦がれに 焦がれた女 ――
      遊郭ゆうかくえい きわめし 全盛ぜんせい花魁おいらん
      高尾太夫 その人でありました ――


   久蔵:高尾 ――
      
      太夫 ――


   語り:静かに 部屋へ入って来た 高尾太夫は、
      久蔵の前へ、少し顔を 背けるようにして 座りました。
      
      これは「傾城けいせいずわり」と申しまして、
      お客に対して 正面を向かず、
      少し斜めから 顔を見せることで、
      鼻を高く見せようとする 座り方だったそうです。
      
      さて高尾太夫、おもむろに 銀の煙管ぎせるを 取りますと、
      上等の こく煙草たばこを ふんわりとめます。
      
      これを みずから すうっと吸い付け、
      袖口そでぐちで 軽く くちを ぬぐいますのは 形ばかり。
      まだ うっすらとべにの残る くちを 久蔵に向け、


   高尾:ぬし、いっぷく いなんし。
     《あなた、(煙草を)いっぷく お吸いなさいな》


   語り:そう言って 差し出してくれました。
      
      さあ久蔵、花魁おいらん みずからが 吸い付けてくれた煙草たばこが 目の前にある。
      普段 煙草たばこなんて吸わない 久蔵ですが、これは 吸いたい。


   久蔵:あ ―― ありがとうございます ―― !!


   語り:慌てて 受け取ろうとしますが、そこで ハタと思い出します。
      青く染まった手を 見せてはいけないと 言われていたことを。
      
      仕方がないので、たもとに入れたままの両手で はさむようにして
      不器用に 受け取りまして ――
      
      れた女の べにが付いた くちを、
      ふるえる おのれの口元へと 持って行き、くわえる ――
      
      自分が 今 口に しているものは、
      つい先ほど、目の前の美女が 口にしていたもの ――
      
      その現実感のなさ、夢見るような心地に、
      久蔵は、煙草たばこを吸うのも忘れ、
      煙管きせるくわえたまま、ぼーっとしてしまいました。


   高尾:ぬし、いかが しんした ――
     《あなた、どうしました》


   久蔵:あ ―― 、ああ、す、すいません!


   語り:ハッと 我に返った 久蔵、慌てて すぱすぱ すぱすぱ、
      むせ返りそうになりながら 吸って、煙管きせる花魁おいらんに返しました。


   高尾:ぬし、今日は よう おいでに なりんした。
         《今日はよくいらっしゃいました》
      
      お裏は、いつでありんすか?
      《裏(また来ること)は、いつですか》


   久蔵:(言ってる意味がよく分からず)
      え……?


   高尾:お裏は、いつでありんすか?


   久蔵:(意味分かんないけど、とりあえず返事しなきゃと思って)
      は……、はいよ、はいよ……。


   高尾: ――
      
      ぬし、次は、いつ来てくんなますか?
         《次は、いつ来てくれるんですか》


   久蔵:次 ――
      
      次 ―― ですか ――
      
      
      (どう答えるべきか)
      (まだ金持ちのフリを続けるのか)
       ――――
      
      
      
      次は ――――
      
      (これ以上、嘘はつけない)
      また ―― 、3年 経ちましたら ――


   高尾:3年 ――
      
      3年とは、ちとなごう ござんせんかえ?
           《少し長くはありませんか》


   久蔵: ―― 3年 経たなきゃ 来られねえんです。
      
      また3年 みっちり働かねえと ――
      
      金が なくて ――


   高尾:たわむれを 言いなんすな。
     《冗談をおっしゃらないで》
      
      ぬしは、野田のだしょうどんの 若旦那はん。


   久蔵: ――
      
       ―― 違うんです。


   高尾:ちがう ――


   久蔵:花魁おいらん ――
      
      あっしは、野田のだしょうどんの 若旦那なんかじゃ ねえんです。
      
      
      あっしは ――
      
      
      あっしは、こうの職人なんです ――


   高尾:何の ご冗談でありんすか ――


   久蔵:本当なんです。
      
      (たもとから手を出して)
      この手を見てください。
      青いでしょう?
      
      毎日 染め物をしてると、
      手が 藍色あいいろに 染まっちまって、
      洗っても 落ちねえんです。
      
      こんな手をした 若旦那は いません。
      あっしは、ただの、こうの職人なんです ――


   高尾:わちきを だましたんでありんすか。


   久蔵:花魁おいらん、すいません……!
      
      だますつもりじゃなかったんです……!
      
      
      聞いてください ――
      
      
      3年前、あっしは 生まれて初めて 吉原に来て、
      そこで 花魁おいらん道中どうちゅう姿すがたを見かけて……
      花魁おいらんに、ひと目惚めぼれしたんです……。
      
      今から思えば 笑っちまうほど ほどらずでしたけど、
      あっしは この通り、世間知らずですから ――
      一度でいいから、花魁おいらんと 会いてえ、はなしがしてえと思って……。
      
      そしたら、一緒に行った友達に、
      「職人ふぜいじゃ 生涯 会えねえ、忘れろ」って言われて ――
      
      でも、どうしても 花魁おいらんのこと 忘れられなくて ――
      会いたくて 会いたくて ――
      メシも のどを 通らなくなっちまって……。
      
      花魁おいらんに会えねえなら、死んじまったほうがいいや なんて思いながら 寝込んでたら、
      ウチの親方が、「金さえ積めば 会える。3年間 みっちり働いて
      15両 めたら 高尾太夫に会える」って ――
      
      ホントもウソもえ、信じるも 疑うも え。
      そん時の あっしは、その言葉にすがるより 他 なかったんです……!
      
      15両 めたら花魁おいらんに会える ――
      その一心で 3年間 働きました。
      
      
      そうやって 15両 まって、これで花魁おいらんに会えると思ったら ――
      いくら金があっても、こうの職人じゃ 会ってもらえねえって 聞かされて ――
      
      あっしは 目の前が 真っ暗になりました。
      
      そしたら、横丁よこちょうやぶ竹庵ちくあん先生が 知恵を貸してくださって ――
      野田のだしょうどんの 若旦那のフリをすれば、会ってもらえるかもしれねえって……。
      それで、先生から言葉遣ことばづかい 教えてもらったり、親方から 着物 もらったりして、
      こうして、花魁おいらんに 会うことができたんです……。
      
      
      花魁おいらん……、嘘ついて すいません……。
      
      だますつもりじゃなかったんです……。
      
      嘘つかなきゃ……会えなかった……。
      
      あっしは、花魁おいらんに会いたくて、会いたくて…………
      
      花魁おいらんに 会いたくて会いたくて…………、
      
      嘘……つきました……。
      
      勘弁しておくんなさい……。


   高尾:(無言で久蔵を見ている)


   久蔵:ねえ花魁おいらん……。
      
      また3年、一生懸命 働いて 金 めて、もう一度 ここへ来ます。
      
      そしたら、また会ってくれませんか ――


   高尾:(無言で久蔵を見ている)


   久蔵:……。
      
      答えちゃ くれませんか……。
      そりゃそうですよね……。  
      金 めて また来ても、全盛ぜんせい花魁おいらんだ、
      どこかの お大名の おめかけさんに なってるかも知れねえし、
      どこかの お大尽だいじん身請みうけされてるかも知れねえ……。
      
      
      そしたら ――
      
      あっしが 花魁おいらんと会えるのは、
      これが 最初で最後かも知れねえ……。
      
      

      花魁おいらん……、1つだけ……、
      1つだけ、お願いが あるんです……。
      
      この広い 江戸の空のしたで、一生懸命 生きてれば、
      もしかしたら いつかどこかで、会うことが あるかもしれねえ……。
      
      もしも そんな日が来たら、そん時は ――
      ぷいっと そっぽ向いたりしねえで、
      一言……、たった一言で いいんです…………
      
      「キュウさん 元気?」って……
      言っちゃあくれませんか……?
      
      その一言で、あっしは 生きていけます……。
      
      
      花魁おいらん……、嘘ついて、すいませんでした……。
      
      そして……、会ってくださって……
      あっしの夢を 叶えてくださって……
      ありがとうございました……!


      
      

   語り:初めのうちは、あざむかれたことに 気を悪くしたのか、
      煙管きせるを持った手を ひたいにやって
      だるそうに 聞いていた 高尾太夫でしたが、
      話が終わると、久蔵の顔を 正面から 見据え、
      目から つーーっと ひとすじ、涙を流しました。


      

   高尾: ―― わかりんした。
         《わかりました》
      
      来年3月15日、わちきは ねんけんす。
              《わたしは年季が明けます(=自由の身になる)》
      
      その時は、まゆ として 鉄漿かね めて、ぬしの元へ 参りんすによって ――
          《眉を剃って お歯黒をして、あなたの元へ参りますから》
           ※「引き眉」も「お歯黒」も、女性の元服(結婚と同時に行う)の際に施すもの
      
      
      わちきのような者でも……、ぬしの女房に、してくんなますか……?
      《わたしのような者でも   あなたの女房に、してくださいますか》


   久蔵:…………え?


   高尾:わちきを、ぬしの女房に してくんなますか……?


   久蔵:あっしの……、女房……!?
      
      や……やだな 花魁おいらん……、よしてくださいよ……。
      
      そんなこと言ったら ――
      こんな男だ……、また、に 受けちまいますよ……。
      
      いくら あっしが花魁おいらん だましたからって……、
      そんな残酷な 嘘ついて 職人 いじめないで おくんなせえ……。


   高尾:嘘では ありんせん。
      
      ぬしの正直に、高尾は れんした。
      
      どうか わちきを ぬしの女房に してくんなんし。
         《わたしをあなたの女房にしてください》


   久蔵:花魁おいらん ――
      
      ええと……、
      
      は……、はいよ、はいよ……。


   高尾:(くすりと笑って)
      その物言いは もう およしなんし。
      《その言葉遣いは もう およしなさい》
      
      ぬしの ―― 、ぬし自身の言葉で 答えておくんなんし。
      
      
      わちきを、ぬしの女房に、してくんなますか ――


   久蔵:へ ―― 、へい!
      
      おまえさんを、
      
      あっしの女房に、
      
      します ――


   高尾:うれしゅうござんす ――


   久蔵:花魁おいらん ――
      
      本当に ――
      あっしのようなモンで いいんですか ――
      
      本当の本当に ――
      あっしの女房に なってくれるんですか ――


   高尾:ええ、まことでござんすよ。
          《本当ですよ》
      
      ちっと お待ちなんし。
      《ちょっと待ってください》



   語り:そう言って 高尾は、ぶんから 紙と筆を 取り出すと、
      何やら サラサラと したためました。
      それを 細く 折りたたみ、かんざしを 1本 抜くと、
      その紙を 器用に くくり付けます。
      
      そして、スッと立ち上がると、たん小引こひしから、
      まず15両、それとは別に また50両、
      それぞれ かみれに 入れ、
      先ほどのかんざしとともに 久蔵の前に 差し出しました。



   高尾:これは じつあかしでありんす。
      
      今日 ぬしが お持ちになった15両、
      わちきが 立て替えておきんすによって、どうぞ お持ち帰りなんし。
      《わたしが立て替えておきますから、どうぞお持ち帰りになってください》
      
      それから この50両は、ぬしに 嫁入りする時の、
      参金さんきんと 思うてくんなまし。
      でも ――
      ふたりで 所帯しょたいを持つ時に 必要な お金。
      あんまり 無駄むだづかいしては、いけんせんえ ――
                  《いけませんよ》


   久蔵:あ ―― ありがとうございます ――


   高尾:それから ――
      
      わちきという者が できたからには、ぬし ――
      もう二度と このさとへ 足を踏み入れては なりんせんよ。ん…(口づけ)

   久蔵:んッ…! ―― !!!


   高尾:(唇を離して)
      来年3月15日に わちきが 参るまで、
      一生懸命 働いて 待っていて おくんなんし。

 


 

   語り:そう言われて 送り出された 久蔵ですが。
      もう すっかり舞い上がって、天にも昇る ここ
      これが 現実なのか それとも 夢の中に いるのか 分からないまま 帰途きとにつきましたが、
      その道中も、表情は ゆるみっぱなし、口は ひらきっぱなし。
      
      どこを どう歩いたのか、ふわふわと おぼつかない足取りで、
      なんとか 久蔵は 帰って来ました。

 


 

   久蔵:(骨抜き・腑抜け・メロメロ・天にも昇る心地)
      ただいまァ ―― 帰りましたァ~~。

   タツ:親方ー! 久蔵が 帰って来ましたよー!

   親方:ん? キュウこうのヤロウ、帰って来た ――
      
      まだ 日も またいでねえ……。
      
      (ため息)ハァ……やっぱり えなかったか……。
      
      ヤロウ、落ち込んでなきゃ いいけど……。

   久蔵:(腑抜けている)
      親方ァ~、ただいまァ~、帰りましたァ~、あはァ~。

   親方:(久蔵の様子を見て独白)
      重症だよォ~~。
      ヤベえよ ヤベえよ…、
      ウデのいい職人 ひとり ダメに しちゃったよォ……。
      
      (久蔵に)
      オイ…、キュウこう……、大丈夫か……?
      
      まぁ でもよォ、しょうがねえよ……。 
      いや……オレが悪かったよ……勘弁してくれ。
      
      め…、メシでも オゴるからさ、元気出してくれよ?

   久蔵:(腑抜けている)
      ええ~? 何がですかァ~……?

   親方:いや……だから……、
      フラれたんだろ……?

   久蔵:(腑抜け)……ハイ?

   親方:だから……、フラれちまったんだろ?

   久蔵:(腑抜け)
      いい天気ですよォ~?

   親方:雨に 降られたって 言ってんじゃねえよ!
      高尾にだよ!
      
      高尾、ってくれなかったんだろ……?

   久蔵:(腑抜け)
      あ……、
      
      あ……、
      
      あえましたァ~……。

   親方:え……!?
      えた……!?
      
      ホントかよ……!?
      
      本物の 高尾か……!?
      番頭ばんとうしんとか 振袖新ふりそでしんとかじゃ ねえのか……?

   久蔵:(腑抜け)
      ほ……、
      
      ほ……、
      
      ホンモノでしたァ~……。

   親方:ほ、ホンモノ……!?
      間違いねえか……!?
      
      まあ、ホンモノに れたヤツが
      ホンモノだって 言うんだから、間違いねえんだろうなぁ……。
      
      いやいや おめえ、すげえじゃねえか!!

   久蔵:(腑抜け)
      それでねェ、高尾が 言うにはねェ~、
      
      (ちょっと高尾の口調もマネて)
      わちきは 来年3月15日、ねんけんす。
      そのときは ぬしのもとへ 参りんすによって、
      わちきのような者でも、ぬしの女房に、してくんなますか~~
      
      な~んて 言うんでありんすよ~~。
      わちき、どォしたら ようござんしょォ~~?

   親方:うわぁ……。ブッ壊れちゃってるよォ……
      こりゃもう 手遅れかもしれねえな……。
      
      おいキュウこう、高尾にえて 嬉しかったのは 分かるけどな、
      もうちょっと シャンとしろ。
      
      おいキュウこう! しっかりしろ!おい!
      
      
      (喝を入れる)
      ァーーーーーーーーーツ!!!

   久蔵:(ハッと我に返る)ハッッ!
      
       ―― あ、親方。

   親方:あ、親方じゃねえよ……。
      正気に戻ったか?
      おめえ、心 ここに あらずって感じだったぞ?
      
      嬉しいのは 分かるけどよ、いくらなんでも 腑抜ふぬけ過ぎだろ……
      心配したじゃねえか。

   久蔵:す、すいません、親方。
      
      親方!本当に、ありがとうございます!
      親方のおかげで、高尾に 会えました……!!

   親方:よせよ、俺は なんにも しちゃいねえよ。

   久蔵:それに、高尾が あっしの女房に なってくれるって ――

   親方:待て待て待て待て ちょっと待て。
      それは ちょっと待て。
      ちょっと 落ち着け。
      
      たしかに さっきも そんなこと言ってたな。
      
      何? 高尾が おめえの女房に なるって?

   久蔵:へい!そう言ってくれたんで!

   親方:……。
      
      なぁキュウこう……、ちょいと 言いづれえんだがな……、
      それ、あんまり に受けねえほうが いいぞ……?

   久蔵:どうしてですか!?

   親方:あのさとの女ってのはな、お客を 喜ばすために、
      腹では思ってなくても そういう事を 言うもんなんだよ。
      
      よく言うだろ?
      「傾城けいせいまことなし」って。

   久蔵:けいせいに、まことなし……?

   親方:ああ。
      
      傾城けいせいってのは まぁ、高尾みてえに とびきりキレイな女郎じょろうのことだ。
      そういう女はな、心にもえことでも、
      ぬしと 一緒になりたい、女房にしてくれって 言うもんなんだよ。
      
      なぁキュウこう、「おいらん」てのは、
      どうして 「おいらん」と言われるか 知ってるか?
      
      キツネやタヌキは 尻尾しっぽ、つまりでもって 人を 化かすだろ?
      ところが花魁おいらんは、口だけで 人を化かすことができる。
      人を化かすのに らねえ、「らん」「おいらん」ってワケだ。
      
      そうやって 花魁おいらんの言うこと 真に受けて、
      大名なんかは 財産 つぶして 城をかたむけちまうんだ。
      おめえは良かったよ、つぶすような 財産がなくて。
      まぁ15両は 持って行かれちまったけどよ ――

   久蔵:違うんですよ! 15両、返してくれたんですよ!

   親方:え?

   久蔵:(ごそごそ)
      ほら、これ 見てください。
      これ、15両。

   親方:ん?なんだこりゃ、上等なかみれだなぁ。
      
      どれどれ……。
      
      ホントだ……! 15両 入ってるじゃねえか。
      これ、高尾が 持たせてくれたのか!?

   久蔵:それだけじゃ ねえんです。
      (ごそごそ)
      こっちは、50両で。

   親方:50両!? これ!?
      
      (確認する)
      オイ……! ホントに 50両あるじゃねえか!
      どういうこったよ!?

   久蔵:嫁入りする時の、参金さんきんだって……。

   親方:参金さんきん!?

   久蔵:へい。それから…
      (ごそごそ)
      これも 見てください。

   親方:ん?何だこりゃ……かんざし?
      紙が 巻いてあるな。
      勘定かんじょうきか?

   久蔵:違いますよ。
      見てみてください。

   親方:いいのか?
      
      えー、なになに……。
      
      (文面を読む)
      『ひとつ、しょうもんのことなり。
       来年 三月、ねんそうらえば、貴方あなたさま夫婦ふうふになること 実証じっしょうなり……。
      
      (久蔵に)
      おい、こりゃあ 起請きしょうじゃねえか……!

   久蔵:へい。じつあかしだって言って 渡してくれて。

   親方:(感嘆)はァ~~~!
      いや 起請きしょうまで もらうたァ すげえなぁ……!
      
      おい、じゃあ、この50両、ホントに くれたってのか!?
      貸しただけで、あとから 利子つけて 返せって言うんじゃなくて?

   久蔵:違うと思いますけど……。

   親方:まあなぁ……吉原で そんな事するとは 思えねえもんなぁ……。
      
      あ!おいキュウこう
      まさか おめえ、50両なんて大金が 手に入ったからって、
      これから 遊んで暮らそうってんじゃ ねえだろうな!

   久蔵:とんでもありません!
      
      その50両は、2人で 所帯しょたいを持つ時に 必要なお金。
      無駄むだづかいせずに、来年3月15日まで、
      一生懸命 働いて 待っててくれって、
      花魁おいらんに 言われてますんで!

   親方:ほう!そりゃ いい心掛けだ!
      じゃ、これからも、働いてくれるな?

   久蔵:へい!働きます!!

   親方:うむ!
      
      ああ、ところでやぶ先生は?

   久蔵:あ、置いてきた。

   親方:オイオイ!

 


 

   語り:さあ それからというもの、
      久蔵は 以前にも増して 一生懸命 働きました。
      
      ただ、よっぽど来 年の3月15日が 待ち遠しいのか、
      「来年3月15日~、来年3月15日~」と
      まるで 念仏のように 唱えながら 仕事をする有様ありさま
      そのうち 返事までが 「来年3月15日」に なってまいりまして ――

   親方:おーい、キュウこう

   久蔵:来年3月15日ー!

  おかみ:キュウちゃん、ちょっとー!

   久蔵:来年3月15日ー!


   語り:こうなってまいりますと、
      そのうち 誰も 「久蔵」やら 「キュウちゃん」とは 呼ばなくなりまして ――

   親方:おーい!来年3月15日ー!

   久蔵:へーい!


   語り: ―― と まあ、もう こんな具合でございまして。
      
      そうこうしていますうちに その年も 暮れ、
      年が 改まって 睦月むつき如月きさらぎと過ぎ、
      やがて弥生やよい三月さんがつの15日。
      
      かんたまいけこう ろく兵衛べえ店先みせさきに、
      1ちょうあたらしい よつ駕籠かごが、ピタっと 止まりました。
      
      駕籠屋かごやが スッと れを上げますと、
      そこから 出て参りましたのが ――
      
      かみ丸髷まるまげなおし、まゆとして には おぐろ
      ねずみ綿めんもの黒繻くろじゅおび胸高むなだかめまして、
      すっかり かたたくとなりました、高尾太夫。
      
      花魁おいらんだいの きらびやかなよそおいとは 打って変わったものの、
      そのぼうひんは そのままで、
      楚々そそとした たたずまいは、さながら うき世絵よえから 抜け出たような
      ぜいと 美しさを たたえておりました。

 


 

   高尾:(店先にいたタツに)
      (まだ花魁言葉は抜けてない)
      もうし、そこの お方。
      
      こちらは、こう ろく兵衛べえはんの お店で ありんすか?

   タツ:へい、どちらさん ――  
      (驚愕) ―― !!

   高尾:こちらは、こう ろく兵衛べえはんの お店でありんすか?

   タツ:(信じられない思いで高尾を見ている)
      へ……、へい……!
      そ……、そうで……
      あ、ありんす……!

   高尾:このの お職人の 久蔵はんに、
      高尾が 参りんしたと、伝えてくんなんし。
      《高尾が参りましたと、伝えてください》

   タツ:へ……へいッ ――
      
      (店の奥へ向けて)
      親方!親方ーッ!

   親方:ん?なんだよ 騒々しいなぁ。どした?

   タツ:親方!大変です!

   親方:おう タツ公じゃねえか。
      何が 大変なんだ?

   タツ:来ました!

   親方:何が。

   タツ:来年 3月15日が!

   親方:(ため息)ウチにゃあ マトモな職人 いねえのかよ……。
      あのなぁ、来年の3月15日が 今日 来るワケ ねえじゃねえか!
      今日 来たのは、今年の 3月15日だろうが!

   タツ:ち、違うんスよぉ……!
      来たんスよぉ……!あの、その……、
      た、た、た、たか、たか、たか……、
      
      たかおが!!

   親方:たかお ―― ??
      
      え、たかおって、もしかして、高尾太夫のことか ―― !?
      ホントに来たのかよ!?

   タツ:ホントに 来たんスよォ!
      今、店の前に いるんス……!
      見て来てくだせえよォ……!

   親方:わ、分かった、見てくるよ。
      
      (店先へ向かう)
      
      (店先に出ると高尾がいる)
       ―― !!
      
      た ――
      
      高尾太夫 ―― !!

   高尾:おや ――
      
      そちらはんは、こう ろく兵衛べえはんで ありんすか ――

   親方:へ ――
      へい ――
      さ、さようでござんす。
      
      ええと、 久蔵に いに来てやって くださったんで ござんすね ――
      ちょいと、お待ちくだせえ。
      
      (タツ公に向けて)
      おーいタツ公!キュウこうのヤロウ 呼んでやれー!
      
      (高尾に)
      ああ、じゃあ 花魁おいらん、あの、
      立ちっぱなしも 何スから、どうぞ、中のほうへ……。
      久蔵、すぐに来ると 思いますんで。

   高尾:あい。ありがとうござりんす。


   タツ:おーい 久蔵ー!!

   久蔵:んー?なんだい タッちゃーん。

   タツ:早く来ーい!
      高尾が 来たぞォー!!

   久蔵:んー?


      ……
      
      
      え!?
      
      
      ええ~~ッ!?
      
      
      いッ、今 行くーッ!
      
      (慌てて駆けてくる)
      おいらーん!
      おいらーnうわァッ!(転ぶ)

   親方:このバカ、慌てすぎて 転んでやがる。
      
      (高尾に)
      すいませんねぇ 花魁おいらん、どいつもこいつも 騒がしくて。


   久蔵:(高尾を見て)
      おいらん……。
      (うれしくて半泣き)
      来てくれたんですね……。


   高尾:3月15日で ありんしょう?


   久蔵:(半泣き)
      ありがとう……ございますぅぅ……。


   高尾:キュウさん。


   久蔵:(半泣き)へい。



   高尾:元気 ――



   久蔵:(耐えられずボロ泣き)
      お゛い゛ら゛ぁぁぁぁぁぁぁん゛(泣)

   親方:(それを見て泣いちゃう)
      いい話だなァ~~~(泣)

 


 

   語り:こうして2人は めでたく夫婦ふうふとなりました。
      
      親方のはからいで 久蔵は 独立、
      晴れて 自分の店を 持つことができました。
      
      かつて 遊女ゆうじょ三千人さんぜんにんの 頂点を極めた 高尾太夫は、
      今や こうの おかみさんとなり、
      にち、久蔵とともに 染め物の仕事に 精を出す日々。
      
      この店に来れば あの高尾に 会えるということで、
      すぐに 江戸じゅうの 評判となりまして ――

 


 

   タケ:よう、トメ!久しぶりだなぁ!
      の帰りか?

   トメ:おう、タケ、しばらくじゃねえか!
      おめえは これから か?

   タケ:そうなんだよ。

   トメ:(タケの手ぬぐいに目を留め)
      ん?おめえの その手ぬぐい、真っ白じゃねえか。

   タケ:え?そりゃそうだよ。
      手ぬぐいは 白いもんじゃねえか。

   トメ:ええ!?
      (自分の手ぬぐいをタケに見せ)
      おめえ、この手ぬぐい、持ってねえの!?

   タケ:(その手ぬぐいを見て)
      ん……?
      あ、白くない。
      へえ~、いいねえ、この手ぬぐい。
      薄水色うすみずいろで、なかなか いきじゃねえか!

   トメ:おめえ、この手ぬぐい 知らねえのか!?

   タケ:知らねえ。

   トメ:恥を知れ コノヤロウ!(怒)

   タケ:な、なんだよォ……

   トメ:高尾の手ぬぐい 知らねえなんて、
      おめえ それでも 江戸っ子か!(怒)

   タケ:高尾の手ぬぐい?

   トメ:知らねえのか?
      こうの 久蔵んとこに、
      あの高尾太夫が 嫁に来てよぉ。

   タケ:あー!それは知ってるよ!
      全盛ぜんせい花魁おいらんが、職人の女房になったって!

   トメ:そうだよ。
      
      うらの高尾太夫だぜ?
      言い寄って来る男なんざ いくらでも いたんだ。
      それを おめえ、る大名や お大尽だいじんをソデにして、
      こうの職人 ―― それも、そんときゃ まだ奉公人ほうこうにんの 身分だぜ?
      そこへ 嫁に来たってんだから 驚きだよ。

   タケ:その久蔵って男も、たいしたヤツだよなぁ。
      3年間 働いて めた15両を、一発で ドーンと行ったって 話だろ?

   トメ:エライよなぁ。
      んなこと なかなか できるもんじゃねえよ。

   タケ:だよなぁ。
      俺たちゃ チビチビ チビチビ 細かく いっちゃうからなぁ。

   トメ:それじゃダメなんだよなぁ。
      やっぱり 男たる者、勝負かける時は
      一発で ドーンと行かなきゃ ダメなんだろうなぁ。

   タケ:そうなんだろうけどなぁ……。
      
      いやぁ、できねぇなぁ。
      久蔵は エライなぁ……。

   トメ:まったくだなぁ。
      
      オウ、エライと言えばよ、高尾も エライぜぇ?
      あの まつくらい花魁おいらんがだよ? 今や 手ェ 青く染めて、
      こうの仕事 手伝ってんだぜ?

   タケ:え! じゃあ、高尾みずから、店に出てんの!?

   トメ:おうよ。
      この手ぬぐいだって、高尾が 自分で 染めてくれたヤツなんだぜ?
      「高尾の手ぬぐい」っつって、ここいらの連中は みんな持ってるよ。

   タケ:へぇ~~!
      吉原で あれだけ 全盛ぜんせいを極めた人だってのに、エライもんだなァ。

   トメ:そうだよ。
      
      行って、着物やら 手ぬぐいやら 染めてもらうだろ?
      そしたら、帰りに 高尾が、
      「また来て くんなまし♪」な~んて言ってくれてよォ。
      もう俺は それが聞きたくて 毎日 通ってるぜ!

   タケ:毎日!?
      よく そんなに 染めるモンが あるなぁ。

   トメ:いや それがさぁ、ウチにあるモン みーんな 染めちまってよォ、
      もう 家じゅう 真っ青。
      いよいよ 染めるモンが無くて 困ってんだ。

   タケ:じゃあどうすんだい?

   トメ:もうこうなったら、フンドシ 持ってくしかねえな。

   タケ:やめてやれよ、汚ねえなぁ。

   トメ:とにかくさ、おめえも一度 行ってみろよ!

   タケ:オウ! じゃ、さっそく これから行ってみるよ!



   語り: ―― そんなこんなで、ふたりの店は 大繁盛だいはんじょう
      
      こうの職人に嫁いだ 全盛ぜんせい花魁おいらん・高尾太夫、
      すえには 4人の子をもうけ、幸せに暮らしたと言います。
      
 
      ウデのいい こうの職人が、
      みごと 高尾太夫の心までも、
      その愛(藍)で 染め上げた物語。
 
      
      『こうたか』という お話でございました。(お辞儀)

 


 

   高尾: 傾城けいせい
      
      まことなしとは
      
      
      うた
      
      まことあるほど
      
      かよいもせずに



おわり

その他の台本                 


参考にした落語口演の演者さん(敬称略)
※「紺屋高尾」とほとんど同じ筋立ての「幾代餅(いくよもち)」という噺があり、当台本を作成するに当たっては、両方の噺を参考にしました。

「紺屋高尾」
 立川談春
 立川志の輔
 立川談志
 三遊亭圓楽(5代目)
 桂歌丸
 柳家花緑
 三遊亭圓生(6代目)
 立川志らく
 三遊亭金馬(4代目)
 桂文朝(2代目)

「幾代餅」
 柳家さん喬
 古今亭志ん朝(3代目)
 金原亭馬生(10代目)
 古今亭菊之丞
 林家たい平
 五街道雲助



※作中で高尾"太夫"が "花魁" と呼ばれている誤謬(?)について

「太夫」も「花魁」も、高級遊女を指す呼称ですが、実は「花魁」は、「太夫」という呼称が消滅した後に生じた呼称なのだそうです。
つまり、「太夫」と「花魁」は歴史上同時に並び立つことはなく、「高尾太夫」が「花魁」と呼ばれていることは、歴史的事実(とされている説)に鑑みると、誤りであるということになります。

しかしながら、落語口演においては、当方が見聞きした限り、噺家さんは皆さん、この誤謬を正すことなく演じてらっしゃいます。注釈を加える方すら見かけたことがありません。

個人的にも、「高尾太夫」という名前は、この噺のモデルになったと言われる実在した遊女の名跡(何代にもわたって襲名されていた)なので、その呼び名を変えるのは忍びない気がしますし、また、「花魁」という言葉も、一般的にもっとも遊郭や遊女と結び付けて想起しやすいものの1つだと思いますので、やはり物語に廓噺(くるわばなし)の風情を持たせるためには欠かせない気がしました。

ということで、あえてこの矛盾には目を瞑り、両方の呼称を使用しています。ご了承ください。

また、これ以外にも、実際の廓の慣習等にそぐわない表現が多々あるかとも思いますが、そちらも合わせてご容赦いただけると幸いです。



何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp

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