声劇台本 based on 落語 「
【書き起こし人 註】
この台本は、同名の古典落語を声劇用の台本にしたものです。
落語という話芸は、師匠から弟子へ口伝えにして継承されるもので、原則的に、いわゆる"台本"にあたるテキストはありません。同じ演目でも、口演される噺家さんによって、話の解釈・登場人物名・人物の性格・時には話の筋さえも、様々に変わります。この台本は、私が聴いたいくつかの落語口演をブレンドし、それに私独自の言葉や言い回しを織り交ぜて書き上げたものです。
アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。
ご利用に際してのお願い等
・上演を公開される際は、観覧無料の媒体のみで行うようお願いします。
観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
配信者へ 金銭または換金可能なアイテムやポイントを贈与できるシステムの有無は問いません。
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<登場人物> <配役> ここから本編
語り:江戸の昔、 おかみ: 久蔵:(力なく)
おかみ:どうだい? まだ 良くならないかい? 久蔵:へい……。
おかみ:仕事のことは 心配しなさんな。なんとか 皆でやってるからさ。
久蔵:ありがとうごさいます、おかみさん……。
おかみ:食べたくないったってねぇ……。
久蔵:いいんです……。
おかみ:ちょいと 久蔵:……。 おかみ:何か悩んでる事が あるんなら、教えてくれないかい……?
久蔵:おかみさん……。
おかみ:ちょっとォ~、気になるじゃないかさァ。
久蔵:でも……、
おかみ:何言ってんだい 久蔵:そうですか……?
おかみ:しないよ。
久蔵:そうですか……。
おかみ:あら!吉原へ!
久蔵:へい。生まれて初めて おかみ:へええ~、初めて吉原へ 行ったのかい。 久蔵:へい。
源ちゃん:おい 久蔵!見ろよ!
久蔵:え?
源ちゃん:いやぁ、いいモンに 出くわしたなぁ!
久蔵:あっしは 驚きました……。
源ちゃん:(ボーっとしてる久蔵をからかうように)
久蔵:(ハッと我に返る)
源ちゃん:ハッハッハ。
久蔵:ねえ 源ちゃん:ん ―― ?
久蔵:たかお……だゆう……?
源ちゃん:なワケ ねえだろ。
久蔵:へえ……高尾太夫かぁ……。
源ちゃん:え? 一晩? 話?
久蔵:え、無理……? 源ちゃん:当たり前じゃねえか。
久蔵:そうなの……? 源ちゃん:そうだよ。
久蔵:なんだい?けいせいって。 源ちゃん:城を 久蔵:へえ、力も 源ちゃん:そうじゃねえよ。どんな馬鹿力だよ。
久蔵:そんな……。 源ちゃん:おいおい、おめえ 本気で 高尾太夫と 一晩 語り合いてえ なんて思ってんのか?
久蔵: ―― というわけなんです……。
おかみ: 久蔵:おかみさん、すいません……。
おかみ:……。 親方:オウ おさき。
おかみ:ん~~……、
親方:本当かよ!?
おかみ: 親方:え? おかみ:だから、 親方: おかみ:そう。 親方:それで メシも食わねえで
おかみ:そう。 親方:すげえなオイ。
おかみ:違うよ。 親方: おかみ:違うよ。 親方: おかみ:違うよ。そういう、普通の女の子じゃないんだよ。 親方:普通の女じゃねえ……??
おかみ:なワケないだろ!
親方:え? おかみ: 親方:……。
おかみ:だから!
親方:た、高尾太夫ゥ!?
おかみ:あの高尾太夫。 親方:吉原の? おかみ:吉原の。 親方: おかみ: 親方:江戸どころか
おかみ:だから そうだって言ってるだろ? 親方:(驚きを通り越して呆れる)
おかみ:3日前、友達に誘われて、生まれて初めて 親方:生まれて初めて……!?
おかみ:それがね、ちょうど 高尾太夫の 親方: おかみ:だけど 一緒に行った 友達に、
親方:そうか……。
おかみ:そりゃあ 世間を知ってる人からすれば そうだろうけど……。
親方:(ため息)ハァ~~。
おかみ:え、お前さんが?
親方:大丈夫だよ。悪いようには しねえ。 親方:オウ、キュウ 久蔵:あ、親方……。
親方:いいってことよ。
久蔵:けど、親方にも、みんなにも、迷惑かけてて……。 親方:んなこと 気にしてんじゃねえよ。
久蔵:(親方の優しさが沁みる)
親方:それより聞いたぜ?
久蔵: ―― !!
親方:何が 面目ねえんだ。いい事じゃねえか。
久蔵:よ……よしてくださいよ 親方……。 親方:また 久蔵:そ……そんな事まで 聞いたんすか……?
親方:何を 恥ずかしがる事が あるんだよ。
久蔵:へい……。 親方: 久蔵: ―― !
親方:何が 久蔵:会いに行きてえですよ!
親方:何が 無理なんだ。 久蔵:友達が 言ってました。
親方:馬鹿野郎。
久蔵: ―― 本当ですか……? 親方:当たり前だ。
久蔵: ―― 金さえ持って行けば、
親方: 久蔵:本当に、本当ですか……!? 親方:本当だよ。
久蔵: ―― いくらぐらいですか……? 親方:そうさな ―― 。
久蔵:じゅ ―― 15両 ―― !? 親方:「大名道具」の呼び名は ダテじゃねえ。
久蔵: ―― 親方: 久蔵:3年 ―― ですか ―― 。 親方:おう、3年だ。
久蔵:3年で 15両 親方:おう。
久蔵:会いてえです! 親方:じゃあ、3年 ―― 久蔵:できます! 親方:よく言った!
久蔵:へいッ! 親方:3年で15両 久蔵:へ ―― へいッッ!!
親方:ははっ、いくらか 顔色も 良くなってきたじゃねえか。
久蔵:そんなこと 言っちゃ いられません!!
親方:おいおい キュウ 久蔵:おかみさん!おかみさーん!
語り:「3年で15両 久蔵:おかみさん、どうも ごちそうさまでした! おかみ:よく食べたもんだねぇ……。
久蔵:へい!
おかみ:……。 そこへ親方やってくる 親方:オウ。 おかみ:あら おまえさん。 親方:どうだい、キュウ おかみ:元気になったのは 結構だけどさ……、いいのかい……? 親方:何が? おかみ:3年間 働いて 15両 親方:大丈夫だよ。
おかみ:へえ ―― 。
親方:何が? おかみ:おまえさんも、初めて 親方:いや……まぁ……、そうだけど……? おかみ:ふぅ~ん。
親方:……
おかみ:あッそぉ……。
親方:ちょちょちょ……!オイよせよ。
おかみ:(懐疑的)
親方:い……いや……
おかみ:フーーーーーーんだ!!! 親方:おいおいおいおい、
おかみ:え、違うけど。 親方:違うのかよ!!
おかみ:そういうもんかねえ……。 親方:そういうもんだよ。
おかみ:だと いいけどねえ……。 語り:時の 久蔵:おはようございます。 親方:ん?おう、キュウ 久蔵:へい、お陰様で。 親方:たまの休みだってのに、こんな朝っぱらから どうしたんだ? 久蔵:へい。
親方:おう、なんだ? 久蔵:あっしの 親方:ん?おめえの 久蔵:へい。 親方:(帳面をみてソロバンを弾いている)
久蔵:いくらですか……!? 親方:18両と2 久蔵:18両と2 親方:いやぁ よく 久蔵:ありがとうございます! 親方:おうキュウ 久蔵:え……?
親方:まぁ聞けって。悪い話じゃねえんだ。
久蔵:ありがとうございます 親方!
親方:……。
久蔵:高尾 買うんです。 親方:え? 久蔵:高尾 買うんです。 親方:たかおかう……?
久蔵:違いますよ……。
親方: ―― !
久蔵:忘れません……!
親方:キュウ 久蔵:親方、言ってくれましたよね……?
親方:……。 久蔵:親方……?
親方:……。
久蔵: ―― !!
親方:そうじゃねえ……!違うんだ、キュウ 久蔵:(絶望)
親方:そんなこと 言わねえでくれよ キュウ 久蔵:本当ですか ―― ! 親方:ああ。
藪井:(部屋に入ってくる。急いで来たため少し息が上がっている)
親方:ああ どうも先生。 藪井:店の人が 大至急 来てくれって言うから、
親方:病人? 病人なんざ いませんよ。 藪井:え? 病人がいない? 親方:当たり前スよ。
藪井:どういう意味ですか。
親方:それなんですよ 先生。
藪井:ん? ああ、ははは、
親方:やな医者ですねぇ……。
藪井:お願い? 何ですかな? 親方:先生、この久蔵をね、吉原へ
藪井:ほうほう、 親方:へい。
藪井:おや。 親方: 藪井:ほう ――
親方:へい ―― 。
藪井:ほう。 親方:ところが、一緒に行った ダチに
藪井: ―― なるほど。
親方:へい、よろしく頼みます。 藪井:やあ 久蔵:おはようございます……。 藪井:話は 承知しました。
久蔵:先生……。 藪井:親方はねぇ、 久蔵:先生……。
藪井:うんうん。 久蔵:ほ ――
藪井:はい。
久蔵:へい。何でしょうか……? 藪井:まず。
久蔵: ―― 。
藪井:うん。
久蔵:かまいません。
藪井:よく言ったね 久蔵:そ、それじゃあ……、どうしたら…… 藪井:そこでね。
久蔵:え……!? 藪井:要するに、身分を 久蔵:う、ウソをつくってことですか……? 藪井:まあ、そういうことだね。
久蔵:……高尾太夫に 会うためなら ―― 。
藪井:よし。それじゃ 話は決まりだ。
久蔵:へい ―― 。
藪井:うむ。では、今晩 一緒に行こう。
久蔵:え ―― ?
藪井:何がだい? 久蔵:今日の夕方なんて そんな急なことで……。
藪井: 久蔵:へい。 藪井:吉原と患者と、どっちが大事ですか。 久蔵:(困惑)ええ……。 藪井:人というものは、生きる時は 生きる。死ぬ時は 死ぬ。
親方:キュウ 藪井:冗談ですよ。
久蔵:へい。わかりました。 藪井:親方。 親方:へい。 藪井:親方なら、ちょいと上等の着物を 1つか2つ 持ってるでしょう。
親方:へい。
久蔵:へい!
語り:さあ久蔵、はやる気持ちを 抑えつつ、
おかみ:(身なりを整えた久蔵をほれぼれと見る)
親方:ホントだよ。 久蔵:すいません、親方。
親方:なぁに、いいってことよ。
久蔵:ええっ!?
親方:いやいや、もらってくれ。
久蔵:親方 ―― 親方:それによ、おめえに 着てもらったほうが、
おかみ:まったくだよ。
親方:やめろ やめろ。
久蔵:親方、何から何まで ありがとうございます ―― ! 藪井:(入ってくる)
親方:ああ、先生。 久蔵:先生、どうも。 藪井:(久蔵を見て)
久蔵:ありがとうございます、先生! 藪井:ああ、それがいけない。
久蔵:そ、そんな!
藪井:いやいや、かまわないんだよ。
久蔵:は、はあ……。 藪井:ちょっと練習してみようかね。
久蔵:へ、へい ―― 。
藪井:ちょちょちょ……、
親方:認めてるよ。 おかみ:自覚あったのねぇ。 藪井:そこ うるさいですよ。
久蔵:お……おい!やぶい! 藪井:そうそう、それでいい。
久蔵:へい。 藪井:それも いけないねえ。
久蔵:ええと……。
藪井:まだちょっと 職人ぽいねえ。
久蔵:(気持ちゆっくりと)
藪井:うんうん。まぁいいでしょう。
久蔵:はいよ、はいよ。 藪井:ははは、その調子その調子。
久蔵:手?こうですか?(手を出す)
藪井:青いねえ ―― 。 久蔵:お恥ずかしいことで……。
藪井:いやいや。
久蔵:へい。 藪井:返事は ―― ? 久蔵:あ ―― 。
藪井:結構。
親方:キュウ おかみ: 久蔵:親方、おかみさん……!
親方:(苦笑)オイオイ、まるで 藪井:あい分かりました。
久蔵:はいよ、はいよ。 おかみ: 親方:まぁ、難しいと 思うが……。
おかみ: 親方:慰めの言葉でも 考えといたがほうが いいかもしれねえなぁ……。 語り:親方とおかみさんの 心配をよそに、
藪井:おお、 語り:さあ 茶屋の 高尾:いつも お堅い お客はん ばかりでは 気が 語り:そう言ってくれまして、
久蔵:すげえ……。
語り: ―― そこへ。
久蔵:高尾 ――
語り:静かに 部屋へ入って来た 高尾太夫は、
高尾:ぬし、いっぷく 語り:そう言って 差し出してくれました。
久蔵:あ ―― ありがとうございます ―― !! 語り:慌てて 受け取ろうとしますが、そこで ハタと思い出します。
高尾:ぬし、いかが しんした ―― ?
久蔵:あ ―― 、ああ、す、すいません! 語り:ハッと 我に返った 久蔵、慌てて すぱすぱ すぱすぱ、
高尾:ぬし、今日は よう おいでに なりんした。
久蔵:(言ってる意味がよく分からず)
高尾:お裏は、いつでありんすか? 久蔵:(意味分かんないけど、とりあえず返事しなきゃと思って)
高尾: ―― 。
久蔵:次 ―― 。
高尾:3年 ―― 。
久蔵: ―― 3年 経たなきゃ 来られねえんです。
高尾:たわむれを 言いなんすな。
久蔵: ――
高尾:ちがう ―― ? 久蔵: 高尾:何の ご冗談でありんすか ―― ? 久蔵:本当なんです。
高尾:わちきを 久蔵: 高尾:(無言で久蔵を見ている) 久蔵:ねえ 高尾:(無言で久蔵を見ている) 久蔵:……。
語り:初めのうちは、 高尾: ―― わかりんした。
久蔵:…………え? 高尾:わちきを、ぬしの女房に してくんなますか……? 久蔵:あっしの……、女房……!?
高尾:嘘では ありんせん。
久蔵: 高尾:(くすりと笑って)
久蔵:へ ―― 、へい!
高尾:うれしゅうござんす ―― 。 久蔵: 高尾:ええ、まことでござんすよ。
語り:そう言って 高尾は、 高尾:これは 久蔵:あ ―― ありがとうございます ―― ! 高尾:それから ――
久蔵:んッ…! ―― !!! 高尾:(唇を離して)
語り:そう言われて 送り出された 久蔵ですが。
久蔵:(骨抜き・腑抜け・メロメロ・天にも昇る心地)
タツ:親方ー! 久蔵が 帰って来ましたよー! 親方:ん? キュウ 久蔵:(腑抜けている)
親方:(久蔵の様子を見て独白)
久蔵:(腑抜けている)
親方:いや……だから……、
久蔵:(腑抜け)……ハイ? 親方:だから……、フラれちまったんだろ? 久蔵:(腑抜け)
親方:雨に 降られたって 言ってんじゃねえよ!
久蔵:(腑抜け)
親方:え……!?
久蔵:(腑抜け)
親方:ほ、ホンモノ……!?
久蔵:(腑抜け)
親方:うわぁ……。ブッ壊れちゃってるよォ……
久蔵:(ハッと我に返る)ハッッ!
親方:あ、親方じゃねえよ……。
久蔵:す、すいません、親方。
親方:よせよ、俺は なんにも しちゃいねえよ。 久蔵:それに、高尾が あっしの女房に なってくれるって ―― 親方:待て待て待て待て ちょっと待て。
久蔵:へい!そう言ってくれたんで! 親方:……。
久蔵:どうしてですか!? 親方:あの 久蔵:けいせいに、まことなし……? 親方:ああ。
久蔵:違うんですよ! 15両、返してくれたんですよ! 親方:え? 久蔵:(ごそごそ)
親方:ん?なんだこりゃ、上等な 久蔵:それだけじゃ ねえんです。
親方:50両!? これ!?
久蔵:嫁入りする時の、 親方: 久蔵:へい。それから…
親方:ん?何だこりゃ……かんざし?
久蔵:違いますよ。
親方:いいのか?
久蔵:へい。 親方:(感嘆)はァ~~~!
久蔵:違うと思いますけど……。 親方:まあなぁ……吉原で そんな事するとは 思えねえもんなぁ……。
久蔵:とんでもありません!
親方:ほう!そりゃ いい心掛けだ!
久蔵:へい!働きます!! 親方:うむ!
久蔵:あ、置いてきた。 親方:オイオイ! 語り:さあ それからというもの、
親方:おーい、キュウ 久蔵:来年3月15日ー! おかみ: 久蔵:来年3月15日ー! 語り:こうなってまいりますと、
親方:おーい!来年3月15日ー! 久蔵:へーい! 語り: ―― と まあ、もう こんな具合でございまして。
高尾:(店先にいたタツに)
タツ:へい、どちらさん ――
高尾:こちらは、 タツ:(信じられない思いで高尾を見ている)
高尾:この タツ:へ……へいッ ―― !
親方:ん?なんだよ 騒々しいなぁ。どした? タツ:親方!大変です! 親方:おう タツ公じゃねえか。
タツ:来ました! 親方:何が。 タツ:来年 3月15日が! 親方:(ため息)ウチにゃあ マトモな職人 いねえのかよ……。
タツ:ち、違うんスよぉ……!
親方:たかお ―― ??
タツ:ホントに 来たんスよォ!
親方:わ、分かった、見てくるよ。
高尾:おや ――
親方:へ ―― 、
高尾:あい。ありがとうござりんす。 タツ:おーい 久蔵ー!! 久蔵:んー?なんだい タッちゃーん。 タツ:早く来ーい!
久蔵:んー?
親方:このバカ、慌てすぎて 転んでやがる。
久蔵:(高尾を見て)
高尾:3月15日で ありんしょう? 久蔵:(半泣き)
高尾: 久蔵:(半泣き)へい。 高尾:元気 ―― ? 久蔵:(耐えられずボロ泣き)
親方:(それを見て泣いちゃう)
語り:こうして2人は めでたく タケ:よう、トメ!久しぶりだなぁ!
トメ:おう、タケ、しばらくじゃねえか!
タケ:そうなんだよ。 トメ:(タケの手ぬぐいに目を留め)
タケ:え?そりゃそうだよ。
トメ:ええ!?
タケ:(その手ぬぐいを見て)
トメ:おめえ、この手ぬぐい 知らねえのか!? タケ:知らねえ。 トメ:恥を知れ コノヤロウ!(怒) タケ:な、なんだよォ…… トメ:高尾の手ぬぐい 知らねえなんて、
タケ:高尾の手ぬぐい? トメ:知らねえのか?
タケ:あー!それは知ってるよ!
トメ:そうだよ。
タケ:その久蔵って男も、たいしたヤツだよなぁ。
トメ:エライよなぁ。
タケ:だよなぁ。
トメ:それじゃダメなんだよなぁ。
タケ:そうなんだろうけどなぁ……。
トメ:まったくだなぁ。
タケ:え! じゃあ、高尾 トメ:おうよ。
タケ:へぇ~~!
トメ:そうだよ。
タケ:毎日!?
トメ:いや それがさぁ、ウチにあるモン みーんな 染めちまってよォ、
タケ:じゃあどうすんだい? トメ:もうこうなったら、フンドシ 持ってくしかねえな。 タケ:やめてやれよ、汚ねえなぁ。 トメ:とにかくさ、おめえも一度 行ってみろよ! タケ:オウ! じゃ、さっそく これから行ってみるよ! 語り: ―― そんなこんなで、ふたりの店は 高尾:
参考にした落語口演の演者さん(敬称略)
※作中で高尾"太夫"が "花魁" と呼ばれている誤謬(?)について
・
26歳→29歳→30歳(物語中に3年+1年 経過するため)。
紺屋(こうや)の職人。
真面目で仕事熱心。純情、純朴、純粋。ウブで一途で世間知らず。
職業柄、言葉遣いは職人風。
一人称は「あっし」もしくは「俺」。
・
?歳。※「遊女は27~28歳で年季が明ける」と言われていて、それでいくと、
23~24歳 → 26~27歳 → 27~28歳 ということになる。
吉原で最も位が高く人気ナンバーワンの遊女。
絶世の美女。
一人称は「わちき」。
・親方(セリフ数:137)
?歳。まぁ若すぎず年寄りすぎず。
紺屋の親方。一応、「六兵衛」という名前がある。
典型的な職人肌の人で、きっぷも威勢も良く、情にも厚い。
久蔵のことは親しみを込めて「キュウ公」と呼ぶ。
一人称は基本的に「俺」。目上の(もしくはそれに準ずる)相手と話す場合は「あっし」。
・おかみさん(セリフ数:54
)
?歳。ご婦人の年齢は詮索するもんじゃありませんやね。
六兵衛の女房。一応「おさき」という名前がある。
典型的な世話焼きのおかみさんという感じ。
久蔵のことは「久ちゃん」と呼ぶ。
一人称は「あたし」。
・
?歳。「若い頃」というセリフがあるので、あまり若く設定するとマズいかも。
横丁に住む町医者。
世慣れた いい人という感じ。
久蔵のことは「久さん」と呼ぶ。
推奨配役では、(セリフ数の関係で)「語り」と数人の端役も兼ね役にしているため、かなり忙しい箇所もある。
一人称は「私」。
・語り(セリフ数:20
)
?歳。
いわゆるナレーション。
丁寧語で、聞き手に語り掛ける感じ。
推奨配役では、(セリフ数の関係で)藪井竹庵をはじめ 兼ね役を多く振っているので、かなり忙しい箇所もある。
・
?歳。
久蔵の友人。大工。久蔵を吉原に誘う。
久蔵のことは普通に「久蔵」と呼ぶ。
出番は序盤にほんの少しだけ。
・タツ(セリフ数:11)
?歳。
久蔵の職人仲間。
久蔵のことは普通に「久蔵」と呼ぶ。
出番は終盤にほんの少しだけ。
・タケ(セリフ数:17)
?歳。
町人。
出番は最終盤に少し。
・トメ(セリフ数:16)
?歳。
町人。
出番は最終盤に少し。
・久蔵:♂ ※マーカーあり台本 → こちら
・高尾太夫/おかみさん:♀ ※マーカーあり台本 → こちら
・親方/タケ:♂ ※マーカーあり台本 → こちら
・藪井竹庵/語り/源ちゃん/タツ/トメ:♂ ※マーカーあり台本 → こちら
※セリフ数の関係で藪井竹庵役に兼ね役を多く振っていますが、
「源ちゃん」は親方役が兼ねても出来ますし、「トメ」は久蔵役が兼ねても出来ます。
【ちょっと難しい言葉】※クリックすると開いたり閉じたりします(ブラウザによっては機能しません)
染め物屋のこと。「こんや」とも言う。
遊郭の正面入口の大きな門。
ここでは、遊郭に行って、女郎を買わずに張見世を見て回るだけのこと。
遊郭で、遊女が往来に面した店先に並び、格子の内側から姿を見せて客を待つこと。
位の高い遊女が揚屋や茶屋へ馴染み客を迎えに行くために美しく着飾って遊郭の中を練り歩いたこと。
女性の髷(まげ)に横に挿して飾りとする道具。
遊女を等級分けした案内書「吉原細見」の中で、最高級の花魁に付けられた印。
遊女の最高の地位。
財産を多く持っている者。金持ち。富豪。
「傾国(けいこく)」とも。(君主がその色香に迷って城や国を滅ぼすことから)絶世の美女。また遊女のこと。
叶わぬ恋のこと。「恋」と「鯉」を掛けた言葉遊び。いくら鯉でも滝を昇ることはできないことから。
赤ん坊。転じて年齢のわりに幼稚で世間を知らないこと。また、その人。
見て選び定めること。
糸口をつくる。
ここでは風呂屋のこと。湯屋。
理髪店のこと。落語では「かみいどこ」と発音されることが多い。
絹織物の一種。丈夫なんだそうです。
新しい着物が型崩れするのを防ぐために付けておく糸。着るときに取り除く。
黒く染めた柔らかい革。下駄の鼻緒などに用いた。
おっとりして上品なさま。
上と下に丸く平たいふたがあって、たたみこむと全体がふたの中に納まる構造の提灯。
主要な部屋に隣接する控えの間。
遊びごとに関した芸能。謡曲・茶の湯・生花・踊り・琴・三味線・笛など。
遊郭で、太夫に付き添って、身のまわりの世話や外部との交渉をした 若い見習いの遊女。
屋内で履く草履。
遊郭で、将来遊女となるための修行をしていた少女。
髷(まげ)の結い方の一種。蝶の羽のように広がった、壮麗な髪型。
(ちらっと振り返っただけで君主が夢中になるほどの)絶世の美女。
すぐれて美しい女。美女。
全体が金属製の煙管。
国分地方産の上質のタバコ。
遊女などの身の代金や借金を代わりに支払い、年季が明ける前に稼業から身を引かせること。
歯を黒く染めること。お歯黒。
手もとに置いて、手紙や書類などを入れる小箱。
嫁が、結婚するときに持参する金。
遊郭で、振袖を着て出た禿(かむろ)上がりの若い遊女。
契約を交わす際、それを破らないことを神仏に誓う文書。たんに「起請」とも。
4本の竹を四隅の柱とし、割り竹で簡単に編んで垂れをつけた駕籠。
結婚した婦人が結う日本髪の型。頂上に楕円形の、やや平たい髷(まげ)をつけたもの。
ねずみ色の木綿生地。ですかね。
黒い色の繻子(説明になってない)。
帯を高く胸のあたりに締めること。
「
いわゆる
久蔵は、とある
たいそう
どういうわけか この数日、物もロクに食べず、
ああ……、おかみさん……。
すいません、おかみさん……。仕事にも 出ねえで……。
それよりもねぇ
昨日も おとといも、なんにも 食べてないんだろう?
でも、食いたくねえんです……。
もう顔が やつれてきちゃってるじゃないか……。
このままじゃ、栄養が なくなって、死んじまうよ……?
死んじまうなら……死んじまったほうが……。
なんてこと言うんだい……!死んじまったほうがいいなんて……!
さっき
「
事によると、気の
ねぇ
親方も皆も、
あの仕事熱心な
どんな悩みか 知らないけど、ひとりで 抱えてるよりは、
誰かに パーッと
どうだい? あたしに、話してみちゃ くれないかい……?
あの……
実は………………
いや、やっぱり、いいです……
どうしたんだい? 言ってごらん?
言ったら……
おかみさん、きっと 笑うから……
笑いやしないよ。
人が 死ぬの 生きるのって時に、
笑うなんてこと あるわけないじゃないか。
誰にも、
だから安心して、言ってごらん?
それじゃ、白状しますが……。
あれは3日前でした ―― 。
あっしは 友達に誘われて、
マジメな
と言っても ―― 、
何て言うんですか ――
それだけで。
あっしと友達は、お店とか、
ブラブラと 歩いてました。
その時のことです ―― 。
――
回想
――
(花魁道中の華やかさに圧倒される)
わぁ……! すげえ……!
どうだい?華やかなモンだろォ?
絵に描いたような 綺麗な 女の人たちが、
次から次へと 出て来るんです……。
まるで 夢でも見てるような
そして ――
その中にひとり ――
他の 女の人たちが
美しい人が いたんです ―― 。
大きく
それが キラキラ光って、まるで
この世に、こんな綺麗な人が いるなんて、
信じられねえくらいでした ―― 。
――
回想
――
おーい久蔵ー。口 開いてるぞー。
あ! ああ ―― 。
すっかり 見とれちまいやがって。
ずいぶんマヌケな顔 してたぜぇ?
でもまぁ、そんだけ 夢中になってくれりゃあ、
連れて来た甲斐が あるってもんだ。
ああ、あれか?
誰って……、おめえ 知らねえのか!?
―― 知るわけねえか……
今日 初めて
いいか?
あれはな、今 江戸で ―― いや、
え、
あのな、いちばん
「
高尾は この
「
綺麗な人だなぁ ―― 。
俺、一度でいいから、あんな綺麗な人と、
一晩
高尾太夫と?
あッはっはっはっは!
オイ久蔵、そいつは 無理な話だ。
相手は
だから 「
高尾太夫ほどの
あのな、高尾くらい 人気の
大名ですら マトモに 相手に しねえんだ。
大名が、高尾に
チラっと 顔を見せただけで ハイおしまい! そんなことも ザラなんだ。
それでも 高尾に夢中になってる大名は また 何十両も持って
またチラっと 顔 見せて終わり。また 何十両も 持って来る。
そうやって 何回も何回も そんなことを 繰り返して、
やっと 高尾に 相手をしてもらえるようになった頃には、
お国の財政が メチャクチャになって 城が
いいか? 大名ですら こんな具合なんだぜ?
俺たちゃ 何だ?
俺は
俺たちみたいな 職人ふぜいじゃ、一生かかっても、
高尾太夫と 口を
今日みたいな
マトモに 顔を見ることだって できねえよ。
よせよせ。及ばぬコイの
俺たちとは 住んでる世界が違うんだよ。忘れろ忘れろ。
それからというもの、
高尾太夫のことが 頭から 離れなくて……。
忘れようと思っても、忘れられなくて……。
会いたくて……会いたくて……。
おかみさん……、吉原にはね、歩いて 行ったんです。
歩いて行ける所に、あっしの 会いてえ人は いるんです。
でも 会えねえんです……。
この世には、どんなに 会いてえと願っても、会えねえ人が いる……。
そう思ったら、切なくて、苦しくて……メシも
だんだん
ああ 俺 死んじまうかもなって 思ったけど……、
会いてえ人に 会えなくて、こんなに 苦しい思い するんなら、
いっそ死んじまったほうが、楽なんじゃねえかって……。
すいませんが、あっしのことは、どうか、
放っといちゃ くれませんか……。
どうだった? キュウ
何なんだ? ヤロウの
また
それじゃ何か? 好きな女が できて、
それで 悩んでるってのか?
まぁ普段から
それにしたって、
そこまで 思い詰めるもんかねぇ?
へぇ~
まぁでもよォ、そうと分かれば 話は
俺たちが
相手は誰だ?
まさか……、
今年85のバアさんじゃないか!
違うよ!
……え?
高尾太夫だって 言ってんだよ!!
え、高尾太夫って、あの高尾太夫?
あの高尾太夫?
ええ~~……正気かよ オイ……。
いや ちょっと待てよ。
だいたいよぉ、なんでキュウ
あのヤロウ、
あいつ26だろ?
26まで
俺なんざ 15の
まあ、吉原へ行ったのは 分かったよ。
だけどよ、相手は あの高尾太夫だぜ?
吉原行ったからって、
それで
初めて 吉原 行って、初めて
ウブなヤロウってのは すげえなぁ。
職人ふぜいじゃ 一生かかっても、
口を
それで 落ち込んじゃったみたいで……。
でもよぉ、そりゃ どうしようもねえってもんだ。
相手は 大名道具だぜ?
そう言われたって、なかなか 受け入れらんないんじゃ ないかねぇ……。
まったく 厄介な女に
しゃあねえ。俺が行って、
あんまり言うと、あの子 ますます落ち込んじゃうよ……?
すいません、ずっと休んじまってて……。
具合が悪いときは 休むのが一番だ。
おめえは今まで 働きすぎるくらい働いてたんだ。
少しぐらい休んだって バチは当たらねえさ。
まぁ、いちばんの働きもんが いねえってのは
親方 ―― 。
おめえ、
おかみさん、もう親方に
あ……あの……その……、
め……、面目ねえ……。
おめえ、もう26だろ?
ウチに
おめえ 今まで 仕事ばっかりで、
浮いた話の1つも なかったじゃねえか。
ネンネのキュウ
いくらか 大人になったってワケだ。
うう……、恥ずかしい……。
おめえも なかなか 目が
――
へい……。
会いてえです……。
会いてえです……!
けど……
でも 無理なんです……!
相手は大名道具。住む世界が違う。
俺たち 職人ふぜいは、一生かかっても、
高尾太夫に会うことなんか できないって……。
てめえのダチが 何て言ったか 知らねえけどな。
大名道具だ 何だってのは、そりゃ
売りもん 買いもんだ。
金さえ持って行きゃあ、
あの
あっしみたいなモンでも、
本当に、高尾に 会えるんですか……?
そん代わり ―― 、
一晩で ―― まあ 安く
15両は
そのくらいは 掛かろうってもんだ。
まぁ 大変な金だな。
――
けど ―― 、
15両なんて金、あっしは 見たこともねえ……。
親方、そんな大金、あっしに
おめえは 酒も
ウデだって 一人前以上だし、他の連中の
今までどおり 一生懸命 働いて、
そうだな ―― 、
3年。
3年で15両、おめえなら
おめえの
間違いねえ、おめえのウデなら 3年 みっちり働きゃ
15両
本当に、高尾に 会えるんですね ―― ?
高尾に
おい キュウ
高尾に
親方!ありがとうございますッ!
ようし、そうと決まりゃあ、もう2,3日 ゆっくり休んで、
その間に しっかりメシ食って
今日から 仕事に戻りますんで!!
何か 食わせてくださーい!!
親方の言葉に 力を得た久蔵は、
ふさぎの虫も どこへやら、台所へ 駆け込むと、
すっかり 元気になりました。
でも
親方が
3年間 みっちり働いて 15両
よぉ~し、働くぞぉ~!!
じゃ おかみさん、仕事場 行ってきます!(去る)
あのな、あいつは このたび、
生まれて 初めて 女に惚れたワケだ。
初めて 女に
寝ても覚めても
でもな、それも最初のうちだけだ。
ずーっと夢中で なんて いられるもんじゃねえ。
考えてもみろよ。
初めて
そうそう ねえだろ?
おまえさんも そうなのかい?
一緒になったワケじゃないって言うのかい?
てことは、あたしよりも前に、
そ……、そういう事だけどよ……
(すねて そっぽを向く)
フンだ!!
そんなの おめえと出会う ずっと前の話じゃねえか。
もう何十年も前だ。顔も 忘れちまってるよ!
あら、ホントかい?
ホンっと~~に、顔も 忘れちまってるのかい?
まぁ……
おめえ 変なとこで
え ―― 、
それじゃ おめえは ―― 、
おめえに とっては ―― 、
俺が、初めて
なんなんだよ……。
とにかく!!
キュウ
3年もの間 ずーっと 夢中になってられるワケ ねえじゃねえか。
そのうち 熱も治まる。
そうなりゃ 高尾のことなんざ、きれいさっぱり 忘れちまうよ。
第一、あのまま 放っといたら、あのヤロウ、
飲まず食わずで ホントに 死んじまうとこだったぜ?
キュウ
あいつに死なれたら、俺まで 参っちまうよ。
それよりも今は ああでも言って 元気づけてやるほうが いいだろ。
なぁに、あいつも男だ。
なにも高尾ひとりが 女じゃねえ。
周りを見りゃあ、手の届く所に いくらでも 綺麗な花が あるって、
そのうち 分かってくるさ。
あっという間に3年の月日が 流れました。
どした?おめえ今日 休みだろ?
あの、親方に
いくらぐらいに なりましたかね……?
おう、ちょっと見てやるよ。
え~と、帳面 帳面……
これだな。
いま
ん~~~。
(計算終わる)
おおッ!
おい キュウ
職人で ここまで
おめえ よく働いたもんなぁ。
そんでもって
18両と2
よく頑張ったな!
ここまで頑張ったんだ、その ついでにな、
もうちょいと 頑張って、あと1両2
いや、でも……
おめえは よく働くし
俺は おめえのこと 気に入ってるし 信用もしてる。
そこでよ、前々から 俺が 腹ん中で
いいか?
おめえの
で、もうちょいと頑張って あと1両と2
そしたら 20両になるだろ?(※1両=4分)
おめえが 20両
それ着てな、いったん
帰ったらな、お
育ててもらった礼だと 言って 差し出せ。
赤の他人に もらう
喜んでくれると思うぜ?
で、何日か 親孝行して 過ごしたら、こっちに戻って来い。
そしたら おめえに、店 持たせてやるよ。
そうすりゃ おめえも もう
親方になるってワケだ。
なぁに 18両と2
あと1両2
な、頑張れ!
それはそうと、その
今日 使いてえんですけど。
おめえ 俺の話 聞いてたか……?
俺、今 イイ話したよな!?
なんなんだよ……。
……で、何だって? 15両 使いてえ……??
いっぺんに 15両も……いったい何に 使うんだよ?
たかを、かう……?
鷹を 買う!?
やめとけやめとけ!あれはオマエ、
爪なんか こんなんなって 曲がってて、
クチバシだって こんな
目ん玉とか えぐられちまうぞ オマエ。
もっとカワイイのにしとけ、
メジロとか ジュウシマツとか。
それじゃ おめえ……、
高尾のこと、忘れてなかったのか……!
高尾太夫に会うために、この3年間
一生懸命 働いて 金
3年 みっちり働いて 15両
高尾に会えるって……。
俺……、高尾に 会えるんですよね……?
どうして 何も 言ってくれないんですか……?
親方、言ってくれたじゃないですか……
15両
言ってくれたでしょ……?
言ったでしょ!? そうでしょ!?
言った……。
すまねえ……。
あれは……、
口から 出まかせだった……。
そんな……。
あっしは 高尾に会うために 一生懸命 働いて……。
親方…… あっしを
あっしを 働かせるために、あっしを
おめえを
そういうつもりじゃ なかったんだ……。
3年前の あの時、あのまま 放っといたら、
おめえ 本当に 死んじまうと思った……。
おめえは
こんな事で 死なすわけにゃ いかねえ。
おめえを 死なせねえためには、ウソでも
高尾に
3年も 働いてるうちに、
高尾のことなんざ 忘れちまうだろうと思ってた……。
こんなに
ひとりの女を ずっと 想い続けられる男が いるなんて、
思わなかったんだ……。
俺が 悪かった……。
おめえを
おめえを 死なせたくなかったんだ……。すまねえ……。
そんな……。
こんな事なら……、
あのとき 死なせてくれたほうが よかった……。
それにな、でまかせとは言ったが、
まるっきり デタラメってワケでもねえ。
高尾だろうが 誰だろうが、
これだけ 金が あれば、絶対に
だがな、ただ 金があるってだけじゃ 駄目なんだ。
ましてや 目当てが 高尾太夫ともなると、
なんて言うか……、格式みてえなもんが あってな、
駄菓子 買うみてえに「
ってなワケにゃ いかねえんだ。
そのあたりの 段取りやら 何やらが、俺も
ん~~…どうしたもんか……。
(何事か思いつく)
あ、そうだ!
キュウ
(表のほうにいる若い者に向けて)
おーい、タツ公!
ひとっ走り
医者の、
大至急だって 言ってな!
で、来てもらったら、
そのまま 奥の部屋まで 通ってもらってくれ!
頼んだぜ!
(久蔵に向きなおって)
今、助っ人 呼びに
あの先生、病人 治すのは 下手だけど、遊びは 上手だって話だ。
あの先生なら、なんとか 道を付けてくれるんじゃねえかと 思うんだが……。
ハァ、ハァ…、どうしました 親方。
走って 来たんですよ。
病人は どこですか?
病人がいたら 先生 呼ぶワケねえじゃねえスか。
トドメさされちゃ かなわねえ。
それじゃあ、どうして 私を呼んだんです?
聞くところによると 先生は、遊びが 上手だそうで。
まぁ 上手かどうかは 分かりませんが、遊びは 好きですな。
芸者を見るのは 楽しい。
患者を
まぁそんな先生に、
折り入って お願いが ありまして。
遊びに 連れてってやって ほしいんですよ。
で ―― 、お目当ての
お
で? 誰なんです?
高尾太夫で。
高尾太夫ですか ―― 。
これはまた、大きな名前が 出たものですな ―― 。
(久蔵を見やって)
それにしても ―― 、
とても、吉原へ 遊びに行こうという様子じゃ ありませんけどねぇ。
あっしから、話をします。
実は この久蔵、
3年前に 初めて 吉原 行って、
そこで 高尾の
高尾に
「職人ふぜいじゃ 生涯 高尾に
それで すっかり気落ち しちまって……。
ロクに メシも食わなくなって 寝込んじまって、
死にてえだの 何だの 言いだして……。
このままじゃ このヤロウ 本当に死んじまうと思って……。
あっしは 久蔵のこと 気に入ってますから、
このまま 死なすわけには いかねえと思って、
それで、
「3年間 一生懸命 働いて 15両
バカなこと
あっしは ただ、久蔵に 元気になってほしかったんです……。
3年も働いてるうちに、高尾の事なんざ 忘れちまって、
もっと他の、手の届く女に 目が行くだろうと 思ってたんです……。
ところがねぇ先生、久蔵は たいした男ですよ……。
この3年間、高尾のこと 忘れねえで、ずーっと 働いて働いて……、
とうとう15両 ―― いや、
18両と2
ねえ先生、世の中に、こんな
お願いします先生、この
なんとか、高尾に
道を付けてやっちゃあ くれませんか……!
お話は よく分かりました。
親方、少し
挨拶が遅れて すまないね。おはよう。
まず
どうか 親方のこと、
あまり
前々から、「いつかは久蔵に 店を持たせてやりたい」って 言っててねぇ。
ほら、親方夫婦には 子供が いないでしょう?
親方にとっては、
その
まぁそのせいで 無責任なことを
どうか、親方の気持ちも
ええ、分かっています……。
親方は、いつも あっしに 良くしてくれました……。
今回のことも、
あっしを 元気づけようとしてくれたんだって……
よく、分かっています……。
なればこそ、初めて
これだけの お金を
いやはや、近年
この
かくなる上は、私が一肌 脱ごうじゃないか。
本当ですか ―― !?
ただし ―― 、
いくつか
私は 力を尽くす。力を尽くすけれども ―― 、
それでも、絶対に
高尾くらい 上流の
まず茶屋の
私は 馴染んだ顔だから、
私が頼めば
お金も 15両あれば、不足ということは まぁないだろう。
そうして 茶屋のほうから高尾に、
その先はもう、高尾の腹ひとつだ。
何といっても
もう客が付いてしまってるかもしれないし、
客が付いてなかったとしても、
高尾の気持ちが 乗らなければ、首を横に 振られてしまう。
高尾が 首を横に振ったら それまでだ。
こればっかりは 私にも どうしようもない。
そうなったら、もう
それは、承知してくれるかい……?
へい。
そこまで 手を尽くしてもらって、それでもダメなら ――
そのときは ―― 、
それからね。
もし 高尾と
一晩 一緒にいられるとは 限らない。
それこそ、ちらっと 顔を見せただけで
引っ込んでしまうことだって ザラなんだ。
口を
そうなったとしても、15両は 返ってこない。
高尾の顔を ちらっと見ただけで、
消えてしまうかもしれない。
それでも いいのかい……?
高尾太夫に会うために
たとえ ほんの少しでも、
もう一度 高尾太夫の顔が 見られるんなら、
15両、惜しくなんかありません。
それからもうひとつ。
金がモノを言う世界とは言っても、
相手も 「大名道具」と呼ばれるからには、
そう呼ばれるなりの 理由がある。
失礼を承知で 言うけれどね、いくら 金を積んだとしても、
お職人さんじゃあ、相手には してもらえない。
それが、
意地のようなものなんだ。
高尾に
マジメな
嘘をつくのは イヤかもしれないけれどね。
でも、そうしないと、高尾に
お職人さんのままじゃあ、私も 茶屋へ話を 通せない。
分かりました。
一晩、あっしは、
いつ行こうか? 今晩が いいかい?
少しでも早く 会いてえんで、できれば今晩にでも……。
先生は、大丈夫なんですか……?
抱えてらっしゃる患者さんの
「
それを 薬や治療で 延ばしたり 縮めたりするなど、
天をも恐れぬ
済ませておきますよ。
それじゃ
お
それを今晩、
(久蔵に)
おうキュウ
まだ いっぺんも
まだ
おめえが
まずは
今夜は 大一番だ。すみずみまで しっかり洗って来い!
親方、ありがとうございます!
お
また
ヒゲを剃ったり マゲを整えてもらったりして、
すっかり キレイになって 帰ってきました。
帰って来ると 親方とおかみさんが
しつけ糸を取って 用意してくれていました。
もともと 顔立ちのいい久蔵。
こうして 身なりを 整えさせてみると、
どこからどう見ても ご
ただ、両の手を除いては ―― 。
あら
まるでキュウ
いやあ 立派なモンだ。
あっしが先に
なあキュウ
いや、もらえねえですよ、こんな 上等な着物 ――
まぁ、なんだ、せめてもの、詫びだ。
その着物も 喜ぶってもんだ。
よく似合ってるぜ。 なあ?おっかあ。
(惚れ惚れと見つめて)
ホぉント ―― いいオトコ ―― 。
アタシに しとかないかい ―― ?
おめえと高尾が 勝負になるかよ。
まぁとにかく、
今日から その着物は おめえのもんだ。
あと、玄関に
行くときは それ
失礼しますよ。
おお ―― !
いやぁ
うんうん。
今からは、
つまり、
「先生」なんて言わずに、「おい
呼び捨てにしなきゃ。
お世話になる先生を 呼び捨てにするなんて、できませんよ!
というか、やってもらわなくちゃ、私が困る。
気にしなさんな。今晩だけの お芝居なんだから。
いいかい? 私を呼ぶときは、「おい、
さ、言ってごらん。
えーと……。
おッ…………おい!
や…………、やぶ!!
医者にむかって ヤブとは ひどいじゃないか
まぁ、どうせ ヤブですけどね。
さ、もう一度。
むこうに着いてからも、その調子でね。
「へい」なんて返事をしちゃうと、
お職人さんだと バレちゃう。
返事をするときは、"
ゆったりと「はいよ、はいよ」。
こんなふうに 繰り返して言うとね、
なんとなく それらしい
ちょっと 馬鹿っぽく聞こえるかもしれないけど、
これくらいが ちょうどいいんだ。
さ、ちょっと 言ってみてごらん。
あいよッ、あいよッ。
もう少し ゆっくりと、「はいよ、はいよ」。
はいよ、はいよ……。
むこうに行って、何か
今みたいに 「はいよ、はいよ」と 返事をしておけばいいからね。
分かったかい?
それから ―― 。
―― あ。
久蔵の両手は、染みついた藍色の染料が落ち切らず、青くなっている
お
どうしても これ以上 落ちなくて ―― 。
手が
手が青いのは、それだけ 仕事に 精を出しているということ。
恥じることはないよ。
ただね、この手を見られたら、
だからね、手は こうやって
なるべく出さないように 気を付けて。いいね?
はいよ、はいよ。
では
(出征兵士のように)
先生、こんな男ですがね、ひとつ よろしく お
では若旦那、参りましょうか。
あの先生の手腕に 期待するしかねえな……。
吉原の
直接
まず
その茶屋を通して お目当ての
今日はね、私が若い頃に お世話になった、
お
まぁ今日はね、急に思い立って こちらへ来たいという事で、
お持ち合わせも こんなもんだけど、
これから先は 馬の背に 千両箱でも 積んで来ようという、
ご
で、今日は お
ぜひとも
思わず「はぁ?」と聞き返しそうになりました。
無理も無いでしょう。
高尾太夫は 今 吉原で
急に来て
「何をバカげたことを」と思ったものの、
仮にも 馴染み客の たっての頼みですから、
ここで
それはそれで 茶屋の
腹の内は おくびにも出さず にっこりと微笑むと、
「ご無理でもございましょうが」と一言 添えて、
さあ そうやって ダメ元で取り次いでみたところ、
今日 来る予定だった お客のひとりが たまたま 来られなくなり、
なんと 高尾太夫の
高尾に お
たまには そのような 若旦那はんの お相手も してみとうござんす。
なんと 高尾太夫が
さあ久蔵、上等な
他ならぬ、高尾太夫の部屋でございます。
なにしろ
当時の
大きな
その きらびやかな様子に 目を見張るばかりでした。
なんだか、夢でも 見てるみてえだ……。
ぱたん ―― ぱたん ―― と、
すらりと立ったる
(1行が 語感の良い 7音+5音の調子になっています)
※ちなみにこれは 桂歌丸師匠が半月かけてお考えになった文句だそうです。
自慢で
あだな
えくぼ
番頭、
歩く姿は
恵みの
つぼみ破った
さながら
まさしく
久蔵が この3年間、焦がれに 焦がれた女 ――
高尾太夫 その人でありました ―― 。
太夫 ―― 。
久蔵の前へ、少し顔を 背けるようにして 座りました。
これは「
お客に対して 正面を向かず、
少し斜めから 顔を見せることで、
鼻を高く見せようとする 座り方だったそうです。
さて高尾太夫、おもむろに 銀の
上等の
これを
まだ うっすらと
《あなた、(煙草を)いっぷく お吸いなさいな》
さあ久蔵、
普段
青く染まった手を 見せてはいけないと 言われていたことを。
仕方がないので、
不器用に 受け取りまして ――
ふるえる
自分が 今 口に しているものは、
つい先ほど、目の前の美女が 口にしていたもの ―― 。
その現実感のなさ、夢見るような心地に、
久蔵は、
《あなた、どうしました》
むせ返りそうになりながら 吸って、
《今日はよくいらっしゃいました》
お裏は、いつでありんすか?
《裏(また来ること)は、いつですか》
え……?
は……、はいよ、はいよ……。
ぬし、次は、いつ来てくんなますか?
《次は、いつ来てくれるんですか》
次 ―― ですか ―― 。
(どう答えるべきか)
(まだ金持ちのフリを続けるのか)
―――― 。
次は ――――
(これ以上、嘘はつけない)
また ―― 、3年 経ちましたら ―― 。
3年とは、ちと
《少し長くはありませんか》
また3年 みっちり働かねえと ――
金が なくて ―― 。
《冗談をおっしゃらないで》
ぬしは、
―― 違うんです。
あっしは、
あっしは ―― 、
あっしは、
(
この手を見てください。
青いでしょう?
毎日 染め物をしてると、
手が
洗っても 落ちねえんです。
こんな手をした 若旦那は いません。
あっしは、ただの、
聞いてください ―― 。
3年前、あっしは 生まれて初めて 吉原に来て、
そこで
今から思えば 笑っちまうほど
あっしは この通り、世間知らずですから ―― 、
一度でいいから、
そしたら、一緒に行った友達に、
「職人ふぜいじゃ 生涯 会えねえ、忘れろ」って言われて ―― 。
でも、どうしても
会いたくて 会いたくて ――
メシも
ウチの親方が、「金さえ積めば 会える。3年間 みっちり働いて
15両
ホントもウソも
そん時の あっしは、その言葉に
15両
その一心で 3年間 働きました。
そうやって 15両
いくら金があっても、
あっしは 目の前が 真っ暗になりました。
そしたら、
それで、先生から
こうして、
嘘つかなきゃ……会えなかった……。
あっしは、
嘘……つきました……。
勘弁しておくんなさい……。
また3年、一生懸命 働いて 金
そしたら、また会ってくれませんか ―― ?
答えちゃ くれませんか……。
そりゃそうですよね……。
金
どこかの お大名の お
どこかの お
そしたら ―― 、
あっしが
これが 最初で最後かも知れねえ……。
1つだけ、お願いが あるんです……。
この広い 江戸の空の
もしかしたら いつかどこかで、会うことが あるかもしれねえ……。
もしも そんな日が来たら、そん時は ―― 、
ぷいっと そっぽ向いたりしねえで、
一言……、たった一言で いいんです…………
「
言っちゃあくれませんか……?
その一言で、あっしは 生きていけます……。
そして……、会ってくださって……
あっしの夢を 叶えてくださって……
ありがとうございました……!
話が終わると、久蔵の顔を 正面から 見据え、
目から つーーっと ひとすじ、涙を流しました。
《わかりました》
来年3月15日、わちきは
《わたしは年季が明けます(=自由の身になる)》
その時は、
《眉を剃って お歯黒をして、あなたの元へ参りますから》
※「引き眉」も「お歯黒」も、女性の元服(結婚と同時に行う)の際に施すもの
わちきのような者でも……、ぬしの女房に、してくんなますか……?
《わたしのような者でも あなたの女房に、してくださいますか》
や……やだな
そんなこと言ったら ――
こんな男だ……、また、
いくら あっしが
そんな残酷な 嘘ついて 職人 いじめないで おくんなせえ……。
ぬしの正直に、高尾は
どうか わちきを ぬしの女房に してくんなんし。
《わたしをあなたの女房にしてください》
ええと……、
は……、はいよ、はいよ……。
その物言いは もう およしなんし。
《その言葉遣いは もう およしなさい》
ぬしの ―― 、ぬし自身の言葉で 答えておくんなんし。
わちきを、ぬしの女房に、してくんなますか ―― ?
おまえさんを、
あっしの女房に、
します ―― !
本当に ――
あっしのようなモンで いいんですか ―― ?
本当の本当に ――
あっしの女房に なってくれるんですか ―― ?
《本当ですよ》
ちっと お待ちなんし。
《ちょっと待ってください》
何やら サラサラと
それを 細く 折りたたみ、
その紙を 器用に
そして、スッと立ち上がると、
まず15両、それとは別に また50両、
それぞれ
先ほどの
今日 ぬしが お持ちになった15両、
わちきが 立て替えておきんすによって、どうぞ お持ち帰りなんし。
《わたしが立て替えておきますから、どうぞお持ち帰りになってください》
それから この50両は、ぬしに 嫁入りする時の、
でも ―― 、
ふたりで
あんまり
《いけませんよ》
わちきという者が できたからには、ぬし ―― 、
もう二度と この
来年3月15日に わちきが 参るまで、
一生懸命 働いて 待っていて おくんなんし。
もう すっかり舞い上がって、天にも昇る
これが 現実なのか それとも 夢の中に いるのか 分からないまま
その道中も、表情は
どこを どう歩いたのか、ふわふわと
なんとか 久蔵は 帰って来ました。
ただいまァ ―― 帰りましたァ~~。
まだ 日も
(ため息)ハァ……やっぱり
ヤロウ、落ち込んでなきゃ いいけど……。
親方ァ~、ただいまァ~、帰りましたァ~、あはァ~。
重症だよォ~~。
ヤベえよ ヤベえよ…、
ウデのいい職人 ひとり ダメに しちゃったよォ……。
(久蔵に)
オイ…、キュウ
まぁ でもよォ、しょうがねえよ……。
いや……オレが悪かったよ……勘弁してくれ。
め…、メシでも オゴるからさ、元気出してくれよ?
ええ~? 何がですかァ~……?
フラれたんだろ……?
いい天気ですよォ~?
高尾にだよ!
高尾、
あ……、
あ……、
あえましたァ~……。
ホントかよ……!?
本物の 高尾か……!?
ほ……、
ほ……、
ホンモノでしたァ~……。
間違いねえか……!?
まあ、ホンモノに
ホンモノだって 言うんだから、間違いねえんだろうなぁ……。
いやいや おめえ、すげえじゃねえか!!
それでねェ、高尾が 言うにはねェ~、
(ちょっと高尾の口調もマネて)
わちきは 来年3月15日、
そのときは ぬしのもとへ 参りんすによって、
わちきのような者でも、ぬしの女房に、してくんなますか~~
な~んて 言うんでありんすよ~~。
わちき、どォしたら ようござんしょォ~~?
こりゃもう 手遅れかもしれねえな……。
おいキュウ
もうちょっと シャンとしろ。
おいキュウ
(喝を入れる)
―― あ、親方。
正気に戻ったか?
おめえ、心 ここに あらずって感じだったぞ?
嬉しいのは 分かるけどよ、いくらなんでも
心配したじゃねえか。
親方!本当に、ありがとうございます!
親方のおかげで、高尾に 会えました……!!
それは ちょっと待て。
ちょっと 落ち着け。
たしかに さっきも そんなこと言ってたな。
何? 高尾が おめえの女房に なるって?
なぁキュウ
それ、あんまり
腹では思ってなくても そういう事を 言うもんなんだよ。
よく言うだろ?
「
そういう女はな、心にも
ぬしと 一緒になりたい、女房にしてくれって 言うもんなんだよ。
なぁキュウ
どうして 「おいらん」と言われるか 知ってるか?
キツネやタヌキは
ところが
人を化かすのに
そうやって
大名なんかは 財産
おめえは良かったよ、
まぁ15両は 持って行かれちまったけどよ ――
ほら、これ 見てください。
これ、15両。
どれどれ……。
ホントだ……! 15両 入ってるじゃねえか。
これ、高尾が 持たせてくれたのか!?
(ごそごそ)
こっちは、50両で。
(確認する)
オイ……! ホントに 50両あるじゃねえか!
どういうこったよ!?
(ごそごそ)
これも 見てください。
紙が 巻いてあるな。
見てみてください。
えー、なになに……。
(文面を読む)
『ひとつ、
来年 三月、
(久蔵に)
おい、こりゃあ
いや
おい、じゃあ、この50両、ホントに くれたってのか!?
貸しただけで、あとから 利子つけて 返せって言うんじゃなくて?
あ!おいキュウ
まさか おめえ、50両なんて大金が 手に入ったからって、
これから 遊んで暮らそうってんじゃ ねえだろうな!
その50両は、2人で
一生懸命 働いて 待っててくれって、
じゃ、これからも、働いてくれるな?
ああ、ところで
久蔵は 以前にも増して 一生懸命 働きました。
ただ、よっぽど来 年の3月15日が 待ち遠しいのか、
「来年3月15日~、来年3月15日~」と
まるで 念仏のように 唱えながら 仕事をする
そのうち 返事までが 「来年3月15日」に なってまいりまして ――
そのうち 誰も 「久蔵」やら 「
そうこうしていますうちに その年も 暮れ、
年が 改まって
やがて
1
そこから 出て参りましたのが ―― 、
すっかり
その
(まだ花魁言葉は抜けてない)
もうし、そこの お方。
こちらは、
(驚愕) ―― !!
へ……、へい……!
そ……、そうで……
あ、ありんす……!
高尾が 参りんしたと、伝えてくんなんし。
《高尾が参りましたと、伝えてください》
(店の奥へ向けて)
親方!親方ーッ!
何が 大変なんだ?
あのなぁ、来年の3月15日が 今日 来るワケ ねえじゃねえか!
今日 来たのは、今年の 3月15日だろうが!
来たんスよぉ……!あの、その……、
た、た、た、たか、たか、たか……、
たかおが!!
え、たかおって、もしかして、高尾太夫のことか ―― !?
ホントに来たのかよ!?
今、店の前に いるんス……!
見て来てくだせえよォ……!
(店先へ向かう)
(店先に出ると高尾がいる)
―― !!
た ――
高尾太夫 ―― !!
そちらはんは、
へい ―― 。
さ、さようでござんす。
ええと、 久蔵に
ちょいと、お待ちくだせえ。
(タツ公に向けて)
おーいタツ公!キュウ
(高尾に)
ああ、じゃあ
立ちっぱなしも 何スから、どうぞ、中のほうへ……。
久蔵、すぐに来ると 思いますんで。
高尾が 来たぞォー!!
……
え!?
ええ~~ッ!?
いッ、今 行くーッ!
(慌てて駆けてくる)
おいらーん!
おいらーnうわァッ!(転ぶ)
(高尾に)
すいませんねぇ
おいらん……。
(うれしくて半泣き)
来てくれたんですね……。
ありがとう……ございますぅぅ……。
お゛い゛ら゛ぁぁぁぁぁぁぁん゛(泣)
いい話だなァ~~~(泣)
親方の
晴れて 自分の店を 持つことができました。
かつて
今や
この店に来れば あの高尾に 会えるということで、
すぐに 江戸じゅうの 評判となりまして ――
おめえは これから
ん?おめえの その手ぬぐい、真っ白じゃねえか。
手ぬぐいは 白いもんじゃねえか。
(自分の手ぬぐいをタケに見せ)
おめえ、この手ぬぐい、持ってねえの!?
ん……?
あ、白くない。
へえ~、いいねえ、この手ぬぐい。
おめえ それでも 江戸っ子か!(怒)
あの高尾太夫が 嫁に来てよぉ。
言い寄って来る男なんざ いくらでも いたんだ。
それを おめえ、
そこへ 嫁に来たってんだから 驚きだよ。
3年間 働いて
んなこと なかなか できるもんじゃねえよ。
俺たちゃ チビチビ チビチビ 細かく いっちゃうからなぁ。
やっぱり 男たる者、勝負かける時は
一発で ドーンと行かなきゃ ダメなんだろうなぁ。
いやぁ、できねぇなぁ。
久蔵は エライなぁ……。
オウ、エライと言えばよ、高尾も エライぜぇ?
あの
この手ぬぐいだって、高尾が 自分で 染めてくれたヤツなんだぜ?
「高尾の手ぬぐい」っつって、ここいらの連中は みんな持ってるよ。
吉原で あれだけ
行って、着物やら 手ぬぐいやら 染めてもらうだろ?
そしたら、帰りに 高尾が、
「また来て くんなまし♪」な~んて言ってくれてよォ。
もう俺は それが聞きたくて 毎日 通ってるぜ!
よく そんなに 染めるモンが あるなぁ。
もう 家じゅう 真っ青。
いよいよ 染めるモンが無くて 困ってんだ。
ウデのいい
みごと 高尾太夫の心までも、
その愛(藍)で 染め上げた物語。
『
おわり
※「紺屋高尾」とほとんど同じ筋立ての「幾代餅(いくよもち)」という噺があり、当台本を作成するに当たっては、両方の噺を参考にしました。
「紺屋高尾」
立川談春
立川志の輔
立川談志
三遊亭圓楽(5代目)
桂歌丸
柳家花緑
三遊亭圓生(6代目)
立川志らく
三遊亭金馬(4代目)
桂文朝(2代目)
「幾代餅」
柳家さん喬
古今亭志ん朝(3代目)
金原亭馬生(10代目)
古今亭菊之丞
林家たい平
五街道雲助
「太夫」も「花魁」も、高級遊女を指す呼称ですが、実は「花魁」は、「太夫」という呼称が消滅した後に生じた呼称なのだそうです。
つまり、「太夫」と「花魁」は歴史上同時に並び立つことはなく、「高尾太夫」が「花魁」と呼ばれていることは、歴史的事実(とされている説)に鑑みると、誤りであるということになります。
しかしながら、落語口演においては、当方が見聞きした限り、噺家さんは皆さん、この誤謬を正すことなく演じてらっしゃいます。注釈を加える方すら見かけたことがありません。
個人的にも、「高尾太夫」という名前は、この噺のモデルになったと言われる実在した遊女の名跡(何代にもわたって襲名されていた)なので、その呼び名を変えるのは忍びない気がしますし、また、「花魁」という言葉も、一般的にもっとも遊郭や遊女と結び付けて想起しやすいものの1つだと思いますので、やはり物語に廓噺(くるわばなし)の風情を持たせるためには欠かせない気がしました。
ということで、あえてこの矛盾には目を瞑り、両方の呼称を使用しています。ご了承ください。
また、これ以外にも、実際の廓の慣習等にそぐわない表現が多々あるかとも思いますが、そちらも合わせてご容赦いただけると幸いです。
何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp