声劇台本 based on 落語 「
【書き起こし人 註】
古典落語をベースにしていますが、あくまでも"声劇台本"として作成しています。
なるべく声劇として演りやすいように、元の落語に様々なアレンジを加えている場合があります。
アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。
ご利用に際してのお願い等
<登場人物>
<配役> ここから本編
語り:江戸の昔、 女房:おまえさん、起きとくれよ。
勝五郎:(目を覚ます)
女房:どうもこうも ないよ。
勝五郎: 女房:何言ってんのさ。おまえさん 勝五郎:フン、何言ってんだ。
女房:もォ、そんな くだらないこと言ってないでさ。
勝五郎:うるせえなあ。
女房:いけないよ!
勝五郎:いやぁ……そりゃ……、
女房:ダメだよ!
勝五郎:ああもう うるせえなあ!
女房:(うれしそうに)
勝五郎:オメエが 行け行けって うるせえからじゃねえか。
女房:何が ダメなんだい? 勝五郎: 女房:何言ってんだい。
勝五郎:包丁が 女房:大丈夫。
勝五郎: 女房:出てます。 勝五郎:……。
女房: 勝五郎:行き届いてやがるねえ……。
女房:うん。気を付けてね。
勝五郎:わかってるよ。
勝五郎:(河岸への道中)
勝五郎:(浜辺に座って煙草を吸う)
勝五郎:(家に飛んで帰る勝五郎)
女房:はいはい。
勝五郎:おい、 女房:え? 勝五郎:誰も つけて来ちゃ いねえかってんだ! 女房:(戸の外をうかがって)
勝五郎:そうか。よし。
女房:ハ、ハイ……。 勝五郎:(女房が戸を閉めたのを見届けて)
女房:はい……。
勝五郎:おう、オメエよぉ、今朝、
女房:あ、ご、ごめんよ おまえさん。
勝五郎:ああ まぁ、それは もういいや。
女房:あら。ずいぶん汚いねえ……。
勝五郎:財布だよ。 女房:え? 勝五郎: 女房: 勝五郎:んなもん 数えちゃ いねえよ。
女房:ええ……?あたしがかい……?
勝五郎:(興奮を抑えられない様子)
女房:(見たこともない大金を目の前にして緊張している)
勝五郎:ああもう じれってえな!
女房:
・上演を公開される際は、観覧無料の媒体のみで行うようお願いします。
観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
配信者へ 金銭または換金可能なアイテムやポイントを贈与できるシステムの有無は問いません。
ただし、ことさらリスナーに金銭やアイテム等の贈与を求めるような行為は おやめください。
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録画の公開期間も問いません。
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・
魚屋。ウデはいいのだが、酒好きが祟って度々商売をしくじり、すっかり働く気をなくす。
・女房(セリフ数:118)
勝五郎の妻。
・語り(セリフ数:2)
どちらかが兼ねてください。
・勝五郎:♂
・女房:♀
・語り:不問 ※どちらかが兼ね役してください。
【ちょっと難しい言葉】※クリックすると開いたり閉じたりします(ブラウザによっては機能しません)
魚などをかついで売り歩くこと。その人。「ぼうてふり」とも。
地名。現在の東京都港区芝4丁目にあたる地域にあった海岸線で、陸側を「芝浜」・「芝の浜」、海上を「芝浦」と呼んだそうです。
「芝の浜」や 単に「芝」と言うときの「芝」のイントネーションは、「千葉」と同じっぽいです。
豆粒ぐらいの丸形を一面に現した絞り染め。手ぬぐいなどに使う。
結び目が額の前にくるようにして締めた鉢巻き。
胸から腹までをおおい、背中で細い共布を十文字に交わらせてとめて着用するもの。
中央にポケットが縫いつけられていることもあり、そのポケットを「どんぶり」と言う。
ひざの上までの短いモモヒキ。「はんだこ」とも。
和風の着衣の一種。羽織りに似ているが、えりの折返し・胸ひもがない。
男物の帯の一種。鯨尺(何それ)で約3尺の長さなので こう呼ばれる。
かわぎしに立つ市場。特に魚市場を言う。
米を買う金もない(従って釜を使うことがない)ほど貧窮すること。
魚屋が使う、大きな楕円形の浅いタライ。「ばんだい」とも。
竹を編んで作った桶などがバラバラにならないように周りを締め付けておくもの。
本来は陶器の底のことだそうですが、ここでは盤台の底。落語では「いとどこ」と発音されることもしばしば。
ソバの実を粉にする時に取り除く殻。
山や丘などを切り開いて通した道。
江戸時代に流通した金貨の一種。1両の2分の1にあたる。
ここでは風呂屋のこと。湯屋。
風呂屋のこと。
借金取り。
未払いの金。
筆と墨壺を組み合わせた携帯用筆記用具。
いわゆる人足寄場。浮浪者収容所。無宿者や前科者などを収容し、労役させる場所。
さて この勝五郎、本来は ウデのいい
仕事の
お得意さんに叱られると、ヤケになって 酒を
ついには 商売そのものに
家で 酒ばかり
そうこう するうちに、一年も
ちょいと おまえさん。
起きとくれよ。
おまえさん。
ちょいと!
おまえさん!
う、うーん……。
なんだよ、
(あくび)ふあ~あ。
(まだ暗い刻限なのに気づく)
ん……?おいおい、まだ 日も
おう、こんな暗いうちから
なんで俺が
おまえさんが
もう
このままじゃ あたしたち、
新しい年を 迎えられないよ?
お願いだから、
こちとら ゆうべの酒が 残ってんだ。
そんな耳元で ギャアギャア言われたんじゃ、
頭に響いて しょうがねえや。
あ~ 頭
ダメだ、こんなんじゃあ 商売なんぞ できやしねえ。
おう、今日のところは、もうちょいと 寝かしといてくれ。
おまえさん、ゆうべのこと 忘れたのかい?
あたしが、
「これ以上
今夜は お酒
おまえさん、
「頼むから 今夜だけ
そしたら
そう言ったじゃないか!
おまえさんが そう言うから、
あたしは ゆうべ お酒を
そう言ったかもしれねぇけどよぉ……。
ほら……、今日はまた 一段と冷えるしよォ……。
明日ッっから ちゃーんと
今日は カンベンしてくれよォ。
そんなこと言って、
もう何日
男が いったん 「行く」と言ったんだから、
今日こそは ちゃんと
(しぶしぶ)
わかったよ……。
行くよ……。
ッたく……。
行きゃあいいんだろ 行きゃあ……。
いや……。
けど……、
ダメだ……。
俺もう
そんなに休んでたら、商売道具だって ガタが来てるだろうよ。
使い物に ならねえんじゃねえか?
あたしは 昨日や今日
大丈夫、タガなんて 少しも ゆるんでないし、水の
ちゃんと
イキのいい サンマみたいに ピカピカ光ってるよ。
ずいぶん よく 手が回るねえ……。
わかったよ。行きゃいいんだろ 行きゃあ……。
仕入れの
(ため息)しゃあねえ、行くか。
じゃ、行ってくるぜ。
う~ッ、さぶい!
あ~、やだやだ。
なんで
こんな
起きて
あ~、さぶい!
いい夢 見てんだろうなぁ、チクショウ……。
(磯の香りが漂ってくる)
お ―― 。
(においを嗅ぐ)
くんくんくん。
なんだか 懐かしいなァ……。
(嗅ぐ)くんくんくん。
やっぱりイイもんだなぁ。
さっきは、なんで
なんのかんの言って、この
(しばらく歩く)
ん……?おかしいな……。
たいがい、ここらあたりまで来ると
どうなってんだ……?
(やがて河岸へ着く)
(すると、河岸の問屋がなぜか全部閉まっている)
ん……!?
なんだこりゃ、
なんだよ、今日は
俺が久しぶりに 出て来たってのに、
いやいや、
どうなってんだ……?(と、鐘の音が聞こえてくる)
ん……?
(鐘が鳴り終わる)
あれ……? いま
数が ひとつ違うんじゃねえか……?
あ!!
カカアのヤロウ、
何しやがんだ あのヤロウ……!
俺が 早く来すぎちまったんじゃねえか。
カカアのヤロウ、帰って 張り倒してやる!
……でもな、今 帰って 張り倒しても、
またすぐ 出て来なくちゃ なんねえもんな……。
しょうがねえ。
浜へ下りて
すぱすぱ。ふう~っ。
う~っ、さぶい!
けど、おかげで ゆうべの酒も 抜けて スッキリすらぁ。
それに、この
(煙草を吸う)
すぱすぱ。ふう~っ。
お……。
沖のほうが
いやぁ、きれいな景色だ……。
海で 夜明けを見るってのも、いいもんだな……。
(煙草を吸う)
すぱすぱ。ふう~っ。
(日が昇ってくる)
お、おてんと様の お出ましだ。
(
おてんと様、今日からまた
どうかひとつ、また よろしく お頼み申します。
ヨシ、じゃあ 顔でも洗って……
(と、水の中に何かを見つける)
ん……? 水ん中で 何か 揺れてんな。
魚か? いや こんな浅いところに 魚なんざ いやしねえか。
(取る)よっと。
ん……?
なんだこりゃ、
誰かが 落としやがったのか……?
しかし きったねえ財布だなぁ……。
まあでも、
それにしても 馬鹿に重いな。
ああ、流されてる間に 砂が入って、
それで 重く なりやがったのか。
よしよし、いま 砂 出してやるからな。
(財布を逆さにして中身を出す)
よいしょ。
(中から出てきたのは大金)
(驚愕)
こッ……、こりゃあ……!!!!
(できる人は、慌てた様子で戸を叩く音を出したりするといいかも)
おっかあ!
俺だ! 勝五郎だ!
オイ!
どうしたんだい おまえさ ――
(飛び込んで来た勝五郎に押されて)きゃっ!
誰も つけて来ちゃ いねえか?
だ、誰も つけちゃ いないよ……?
じゃ閉めろ。
早く閉めろ!
よし。
ちょっと こっち来て、座れ。
(勝五郎の前に座る)
どうしたんだい? おまえさん。
すぐに 気が付いたんだけど、
おまえさん もう ずいぶん先まで 行っちゃってて……。
帰ったら 謝ろうと思ってたの。ごめんなさい。
でよぉ、
仕方ねえから
しばらくしたら おてんと様が
で、おてんと様に ご挨拶して、
顔でも 洗おうと思ったらよ、
そこの 水ん中に、なんか、ゆらゆら揺れてんだ。
なんだろうと思って ヒョイと取り上げてみたらよ……
(ふところから件の財布を出して)
こいつだったんだ。
なんだいそれ?
馬鹿に 重かったからよ、
砂でも 食ってんじゃねえかと思って
中身 見てみたらよ、
だから俺、いそいで フトコロにしまってよ、
飛んで 帰って来たんだ。
とにかく 急いで帰らなきゃって 思ったからよ。
おう、おめえ、ちょっと数えてみろ。ほら。
(といって財布を手渡す)
(財布を受け取るとズシっと重い)
あら、ホントに重いねえ。
じゃあ ちょっと、ここに 中身 あけるわよ?
(中身を畳の上に出す。そしてびっくり)
―― !!
おまえさん……!
これ、
とんでもない
い……、いくら あるんだ……!?
数えてみろよ……!
じゃ、じゃあ……、数えるわね……!
ええと……、ちゅう……、ちゅう……、たこ……、かい……な……
貸せ!俺が数えるよ!
ひとひとひとひと、ふたふたふたふた、
みちょみちょみちょみちょ、よちょよちょよちょよちょ。
それから、ひい、ふう、みい、よ……。
※分かりにくいですが、魚屋さんの数え方だそうです。
「ひと」1回で5枚数えてます。つまり「ひとひとひとひと」=5枚×4回=20枚
20枚×4セット=80枚。そこに端数の4枚を加えて84枚。
1両=4分。つまり二分金1枚=0.5両なので、84枚で42両。
正確には「(5枚ずつ)ひとえ、ひとえ、ひとえ、ひとえ、ふたえ、ふたえ、ふたえ、ふたえ、
みっちぇ、みっちぇ、みっちぇ、みっちぇ、よっちょ、よっちょ、よっちょ、よっちょ」を早口で言ってる感じです。
おい……!
大変な お金じゃないか……!
それで おまえさん……、
この お金……、どうするんだい……?
勝五郎:あん?どうするって?
どうするも こうするも
俺が拾ったんだから、俺のモンじゃねえか!
いやあ、俺にも ようやく 運が向いて きやがったぜ、ありがてえなあ!
今まで さんざん 貧乏してきた俺によォ、おてんと様が 恵んでくださったんだ!
おい、「早起きは
これだけの金があれば、
もう 早起きして 仕事 行くことなんざ
毎日 遊んで、酒 飲んで 暮らせるってもんだ!
女房:おまえさん、それ 本気で言ってるのかい……?
勝五郎:あ? 当ッたり前じゃねえか!
毎日毎日 暗いうちから 起きて、
それで いくらになるってんだ?
んな事 しなくたって、この金があれば、毎日
女房:(本当にそれでいいのかと思いつめている)
……。
勝五郎:なんだよ、そんな暗い顔しやがって……。
あ!わかった!
なんだ そういうことか。
大丈夫だよ、いくら 俺が拾った金だからって、
なにも 俺が飲み食いするためだけに 使ったりしねえよ。
おめえにも さんざん苦労かけたからよ、
なんでも 好きなもん 買ってやるよ。
女房:そういうことじゃなくてさ……
勝五郎:(聞いちゃいない)
そうだ、着物なんて どうだ?
おめえも女だ、そんなボロなんざ 脱ぎ捨てて、派手に
どんな着物が いいかなあ。
あ!思い切ってよォ、
それからよ、ふたりで
いやー、めでてえなあ!
オッ、めでてえとなりゃあ、祝いに 一杯 やりてえなあ。
おう、酒 出してくれよ。
女房:ええ!? 今から
勝五郎:おうよ。
こんな めでてえ事が あったんだ。祝い酒だよ。
女房:今から
勝五郎:かし……?
なんだよ、かしって?
女房:
もう
勝五郎:あ?
おめえ 何 言ってんだ?
俺はもう
くだらねえこと言ってねえで 酒 持ってこいよ!
女房:でも……
勝五郎:うるせえな おめえは!
ゴチャゴチャ言ってねえで さっさと 酒 持ってこい!
ぶたれてえのか!
女房:わ……、わかったよ……。
(酒を持ってくる)
はい。
勝五郎:フン、さっさと持って来りゃ いいんだよ。
めでてえ気分に ケチがつくじゃねえか。
(呑む)クイクイクイ……。
プハーッ!うまい!
仕事の心配しねえで
(呑む)
クイクイクイ……。
ふう~っ。
ああ、いい
いい
(あくび)ふあ~あ。
そりゃそうだよ。今朝は べらぼうに 早起きだったんだからな。
(女房に)
おう、俺ァ、ちょいと寝るからよ、
その金、盗まれたりしねえように、ちゃんと しまっとけよ。
女房:ちょ、ちょいと おまえさん!
勝五郎:(すでに高いびき)ぐー ぐー
女房:……。
女房:おまえさん、起きとくれよ。
ちょいと おまえさん。
起きとくれよ。
おまえさん。
ちょいと!
おまえさん!
勝五郎:(目を覚ます)
う、うーん……。
なんだよ、
(あくび)ふあ~あ。
ん……?おいおい、まだ 日が
おう、こんな明るいうちから 亭主 叩き起こしやがって、どういうつもりだ?
女房:どうもこうも ないよ。
勝五郎:
なんで俺が
女房:
まだ
勝五郎:
なに バカなこと言ってんだ。
誰が
俺はもう
おう、
女房:でも……
勝五郎:いいから 手ぬぐい 取れってんだよ!
女房:わ、わかったよ……。
(手ぬぐい渡して)はい。
勝五郎:おう。行ってくるぜ。
女房:(ため息)
勝五郎:(ウキウキ)
いやー、
そんで
あれだけの
たまにゃあ
(ちょうど近くにあった造り酒屋に入り)
オウッ、
女房:(ため息)もぉ、あの人ったら……。
(表戸を叩く音がする)
あら? 誰か来たみたい。
(戸口に出て)
ハーイ、どなたー?
(来たのは酒屋のサブ)
あら、
ええ!? お酒
ちょ、ちょっと、ウチじゃ お酒なんて 頼んだ覚え ないわよ?
え?ウチの人が?
めでたい事が あったから 用意してくれって!?
オレは
お
ちょ、ちょっと待ってサブちゃ ―― (サブちゃんは去ってしまう)
行っちゃった……。
んもう、何 考えてんのよ……。
とりあえず ウチに置いとくしか ないけど……
(と、酒樽を奥へ運んでいると、また表戸を叩く音が)
あら?また誰か来たわ。
(戸口に出て)
ハーイ、どなたー?
(来たのはてんぷら屋のトク)
あら、てんぷら屋のトクさん。何か ご用?
え!? 盛り合わせ 10人前 持って来た!?
ちょっと、そんなの 頼むワケないでしょ!
え?ウチの人が?
めでたい事が あったからって?
オレは
お
ちょ、ちょっと待ってトクさ ―― (トクさんは去ってしまう)
行っちゃった……。
ホント 何 考えてんの……?
すごい量なんだけど……。
とりあえ ず奥に持って行くしかないわ……。
(と、またまた表戸を叩く音が)
やだ、また誰か来たみたい。やめてよ もォ……。
(戸口に出て)
ハーイ、どなたー?
(来たのは魚屋の
あら、
ちょっと待って、 まさか……!?
ええ!? お刺身 10人前 持って来た!?
ウソでしょ!? ウチも
もしかしてだけど……。ウチの人が 頼んでったの……?
めでたい事が あったからって言って。
オレは
で、お
(ため息)やっぱり……。ですよねー……知ってた……。
あのね
だから悪いんだけど 持って帰っ―― (魚タツさんは去ってしまう)
行っちゃった……。
なんで みんな 話 聞かないのよ(怒)!!
(改めて届けられた物を見て呆然とする)
お酒
どうすんのよコレ……。
勝五郎:オウ、おっかあ!今帰った!
女房:おかえりなさい おまえさん。ちょっとコレ ――
(なにやらゾロゾロと若い衆が入ってくる)
あら、
勝五郎:俺が 呼んだんだよ。
(若い衆に)
オウみんな、こっち上がって 座ってくれ。
(酒などが届いているのを見て)
よしよし、酒に てんぷらに 刺身も来てるな。
(若い衆に)
オウおめえら、実は俺、ちょいと めでてえ事が あってよォ、
今日は その祝いなんだ。
ついては 日頃から 俺のこと
パーッと ご
なァに、金の心配なんざ いらねえよ。
言ったろ?めでてえ事が あったって。
だからよ、遠慮しねえで ドンドンやってくれ。
(女房に)
オウ、おっかあ!
ボーッっとしてねえで、てんぷらと 刺身 ならべて、
それから みんなに
(若い衆に)
さァ おめえら、今日は 俺のオゴリだ!
好きなだけ
いやー、めでてえなー!
勝五郎:(酔いも回って上機嫌)
あ~、食った食ったァ。
連中も 喜んで 帰ったなァ。
いやぁ よかったよかった。
う~、ちょいと
(あくび)ふあ~あ。
いけねえ、眠くなってきやがった……。
オウ、おっかあ、俺は 先に寝るぜ……。
(やがて高いびき)
ぐー ぐー
女房:……。
女房:おまえさん、起きとくれよ。
ちょいと おまえさん。
起きとくれよ。
おまえさん。
ちょいと!
おまえさん!
勝五郎:(目を覚ます)
う、うーん……。
なんだよ、
(あくび)ふあ~あ
(まだ暗い刻限なのに気づく)
ん……? おいおい、まだ 日も
おう、こんな暗いうちから 亭主 叩き起こしやがって、どういうつもりだ?
女房:どうもこうもないよ。
勝五郎:
なんで俺が
女房:
おまえさんが
勝五郎:
何言ってんだよ。
アレ使って
女房:え……?
「アレ」って何だい……?
勝五郎:だからよ、昨日の アレだよ。
女房:何のことだか 分からないよ おまえさん。
昨日のアレって、何なんだい?
勝五郎:だーから!
俺が昨日 拾ってきた
女房:
何のことだい……?
勝五郎:おめえ いい加減にしろよ!
俺が昨日、
女房:
おまえさん、いつ
勝五郎:……?
いつって おめえ、昨日に決まってるじゃねえかよ。
女房:何言ってるの おまえさん……。
おまえさん、昨日
勝五郎:おめえこそ 何言ってんだ。
俺は昨日 おめえに 起こされて ――
女房:
「手ぬぐい取ってくれ」って あたしに言ったろ?
勝五郎:……。
ああ……、言った……。
女房:そうだろ?
酒やら 料理やら ウチに届けさせて。
友達 何人も 引っ張り込んで、
何が めでたいんだか 知らないけど、
めでてえ めでてえ 今日は 俺のオゴリだ なんて言って
みんなで さんざん 飲み食いして。
お友達が帰ったら おまえさん、
俺は先に寝るって言って
そのまま グーグー寝ちゃってさ。
それで 今 あたしが 起こしたんじゃないか。
いつ
勝五郎:……!?
ちょっと待ってくれよオイ……。
いや、俺は昨日、おめえに起こされて ――
女房:
勝五郎:……。
行った……。
女房:行く途中で、
てんぷら屋に 「盛り合わせ 持ってこい」、
そう言って、ウチに 届けさせたろ?
勝五郎:……。
届けさせた……。
女房:
さんざん飲み食い したろ?
勝五郎:……。
した……。
女房:みんなが帰ったら すぐ眠いって言って、
勝五郎:……。
寝た……。
女房:で、今 あたしに 起こされたんだろ?
いつ、
勝五郎:……。
いや……、そうなんだけど……。
おかしいなぁ……。
いや、だって、昨日 おめえに起こされて ――
女房:
勝五郎:いや、ゆ、
あれェ……?
行く途中に、酒と 料理
帰りに
それで……、
今……、おめえに 起こされた……?
女房:ほら。
勝五郎:……?
おっかしいなァ……そんなはず
(たどたどしく記憶をたどろうとする)
だって……、ほら……、
おめえに
仕方ねえから
おてんと様に ご挨拶して……、顔でも 洗おうと思ったら、
水ん中で 何かが ゆらゆら揺れてて……、
何だろうって思って 拾ってみたら、きたねえ
中 見てみたら 金が入ってて……、
で、あわてて帰って来て……、数えてみたら
そうだよ……!
たしかに
俺、
そうだろ!?
女房:(憐れむような目で勝五郎を見る)……。
(ため息)はァ……。情けない……。
普段から、
そんなことばかり 考えてるから、そんな 情けない夢 見たんだね……。
勝五郎:(唖然)
夢……!?
女房:そうだよ。
そんなの 夢に決まってるじゃないか。
そこらに落ちてる
それにね、そんな お金があったら、
あたし いつまでも こんな ボロを着てやしないよ。
昨日のうちに
勝五郎:あれが……、夢……?
そんなバカな話が あるか……!?
いやいや……、俺、
そうだよ……!
だって俺、
女房:おまえさん、今 聞こえてるのは、何だい?
勝五郎:……。
(遠くから鐘の音が聞こえている)
女房:そうだよ。
ウチにいたって 聞こえるんだ。
おまえさん、きっと夢の中で 聞いたんだよ。
昨日、この
おまえさんは まだグッスリ寝てた。
さっき言ってた夢、見てたんだろうね……。
おまえさんが起きたのは 昼過ぎ
あたしが、せめて
おまえさん、
勝五郎:(呆然)……。
夢……。
そうか……。ありゃあ、夢だったのか……。
そりゃそうだ……。
おい……。
それじゃ何か……?
財布 拾ったのは 夢で、
飲み食いしたのは 本当だってのか……!?
(ため息)割りに合わねえ夢 見ちまったなァ……。
おっかぁ……。おめえの言うとおりだ……。
毎日毎日、
金が欲しい 金が欲しい……
そんな 虫のいい事ばっかり 考えてるから、
こんな みっともねえ夢 見ちまうんだ……。
俺は、自分が情けねえよ……。
金も
こんな
おっかあ、包丁 出してくれ。
女房:仕事に行ってくれるのかい?
勝五郎:死のう。
女房:バカなこと 言ってんじゃないよ!
死んで
これくらいの
おまえさんが その気になって働けば、
なんとでも なるじゃないか!
勝五郎:ホントか……?
働けば、なんとかなるか……?
女房:当たり前じゃないか。
おまえさんは、ちょっと お酒で 失敗したけど、
それさえ無けりゃ、ウデもいいし、評判も良かったろ?
心を入れ替えて、また いい魚を売れば、
きっと お得意さんも 戻ってくるさ!
勝五郎:(女房の言葉が胸に沁みる)
おっかあ……!
分かったよ。
俺、今日から また
女房:おまえさん……!
勝五郎:けど……、この
女房:心配しないで。
あたしが 心当たり 全部まわって
お
勝五郎:おっかぁ……すまねえ……!
おめえには、苦労かけっぱなしで……。
いつも そうだった……。
おめえが 恥 しのんで、
それなのに俺は、その
おっかあ、約束するよ。
俺、今日限り 酒やめるよ。
おめえに誓って、もう一滴だって
キッパリと 酒やめて、
だから、しばらくの間、どうにか しのいでくれ。すまねえ……!
女房:いいのよ、あたしに任せといて。
勝五郎:すまねえな。
よーし、そうと決まりゃあ、さっそく
いや……。
けど……、ダメだ……。
女房:何がダメなんだい?
勝五郎:
俺 もう
そんなに休んでたら、
商売道具だって ガタが来てるだろうよ。
使い物に ならねえんじゃねえか?
女房:何 言ってんだい。
あたしは 昨日や今日
大丈夫、タガなんて 少しも ゆるんでないし、
水の
勝五郎:包丁が
女房:大丈夫。
ちゃんと
イキのいいサンマみたいに ピカピカ光ってるよ。
勝五郎:
女房:(食い気味)出てます。
勝五郎:……。
なんか 夢ん中でも こんなやり取り した気がするなァ……。
それじゃ おっかあ、行ってくるぜ!
語り:さあ勝五郎、それからは まるで人が変わったように
もとより ウデのいい
「稼ぐに追いつく 貧乏なし」。
3年の月日が経つ頃、かつて
2人の
そして、その年の大晦日。
勝五郎:オウおっかあ!今帰った!
女房:おかえりなさい、おまえさん。
お
勝五郎:いやあもう、大晦日だろ? 大変な 混みようだ。
(奉公の小僧さんたちに)
オウ、
今晩は もう仕事は いいから、おめえらも 今のうちに
女房:(奉公の小僧さんたちに)
あ、ちょいと お待ち。
おまえたち、ほら、お
帰りに これで おそばでも 食べといで。
いいのよ 遠慮しなくて。
今日も ご苦労様だったわね。
じゃ、気を付けて 行っておいで。
(勝五郎に)
おまえさん、お茶でも
こっちに お上がんなさいよ。
勝五郎:おう。
(部屋がいつもより少し明るいことに気づく)
ん……?
オイおっかあ、なんだか、やけに部屋が 明るくねえか……?
女房:気が付いたかい?
おまえさんが お
勝五郎:お……!ホントだ!
どうりで いい
ん~ いいねえ!
昔から言うもんな、「女房と
あー、女房は、古いほうが いいやな。
女房:(くすりと笑って)
いいのよ、無理しなくたって。
はい、お茶どうぞ。
勝五郎:お、すまねえ。
ん……?
今日は これから 寒い中
火ィ 入れといてあげたほうが いいな。
女房:
勝五郎:だって 大晦日だぜ?
掛け取りの人が
女房:何言ってんだい おまえさん。
今年は 掛けを取りに来る人なんて ひとりも いないよ。
勝五郎:え……!?
大晦日に 掛け取りが来ない……!?
本当かよ……?
女房:本当だよ。
反対に こっちから 取りに 行かなくちゃ ならない所が あるくらいさ。
勝五郎:そうなのか?どこだい?
俺が 取りに行って来るよ。
女房:いいのよ。
大工のゲンさんの所なんだけどね。
ほら、ゲンさん、秋に 足をケガしてから、
仕事に 行けなくなってたろ?
来月から また仕事に 戻れるらしいんだけど、
今月は まだ お金の
おかみさんが 言ってて。
まあ、ゲンさんが 仕事に戻って 落ち着いて、
春ぐらいに なってからでも いいと思ってさ。
勝五郎:ああ、かまわねえよ。
そんなに せっつくことは ねえや。
払いたくても
俺たちにも 身に覚えのあるこった。
(昔の苦労話を 今は笑い話として懐かしみ、楽しそうに語り合い始める)
ありゃあ、3年くらい前の 大晦日だったかな。
俺が オロオロしてたらよォ、おめえが、
「おまえさんは 押入れに入って ジッとしてて!」
なんて言って、俺を 押入れの中に 閉じ込めてよォ。
女房:ああ、あったねぇ そんなことも。
おまえさん
全部 あたしが相手をしたほうが いいと思ってさ。
勝五郎:おめえ すごかったよなァ。
次々にやって来る 借金取り相手に、
あの手 この手で 言い訳したり 謝ったりして、
みーんな 帰しちまうんだもん。
俺ァ 押入れン中で 聞いてて 感心したぜ。
女房:女のあたしが 相手じゃあ、むこうも
そうそう
勝五郎:で、最後に来たのが
女房:そうそう。
勝五郎:そいつも おめえが 上手いこと言って 帰らせて、
「もう大丈夫だよ」って言うから、
俺、押入れから 出たんだよな。
女房:そしたら その
忘れ物 取りに 戻って来ちゃって!
勝五郎:もう 隠れるヒマが
俺
女房:あたしもビックリしちゃって。
ヒョイっと見たら、フロシキが目に入って。
思わず そのフロシキを、
おまえさんの頭から バサっと かぶせて(笑)
勝五郎:こんなんで ごまかせんのかよって思ったけど どうしようもねえ(笑)
俺 フロシキかぶって ガタガタガタガタ ふるえてた。
女房:でも 番頭さんたら、何事も 無いみたいに
「すみません、
なんて言って 帰りかけるから、
「よかった!ごまかせた!」って 思ったんだけどね。
勝五郎:そしたら 番頭のヤロウ、戸口の所で フッと振り返って、
そこで言った言葉が また ニクいんだ。
「おかみさん、お寒うございますから、気を付けなくちゃいけませんよ。
ごらんなさい、うしろで フロシキ包みも ガタガタ ふるえてます」
なんて 言いやがって(笑)
ちっとも ごまかせてねえじゃねえか(笑)
女房:そうだったねえ(笑)
勝五郎:年明けに
(昔語りは一段落し、しみじみ)
それが 今年の大晦日は 1軒も借金が
ありがてえなぁ……。
おっかあ、これも おめえが 上手にやりくり してくれたお陰だ。ありがとうよ。
女房:何言ってんだい おまえさん。
暑い日も 寒い日も、雨の日も 風の日も、
おまえさんが 休まず 一生懸命 稼いでくれたからじゃないか。
あたしや
毎日毎日 朝早くから 働いて……。
おまえさん、本当に ありがとう。
勝五郎:おめえや
うん、たしかに それもある。
でもよ、それだけじゃねえんだ。
女房:え ―― ?
勝五郎:俺 ―― 、商売が 楽しいんだ。
女房:おまえさん……。
勝五郎:お客さんがさ、俺の仕入れた魚 見て、
「おいしそうだね!」って言ってくれるときの顔。
店の前 通りがかって、
「昨日買った魚、うまかったよ!」って言ってくれるときの顔。
嬉しそうに言ってくれる その笑顔を 見ると、たまらなくてさ。
そんな顔を いっぱい見たくて、俺は毎日毎日 魚を売ってんだ。
女房:(かつての呑んだくれの勝五郎からは考えられない言葉を聞き、胸に迫るものがある)
……。
勝五郎:商売が こんなに楽しいなんて、今になって ようやく分かったよ。
いや、ホントは、
それが、酒なんぞ
だんだんだんだん 変わっちまって……。
ロクに商売もしねえで 酒ばかり
それで 「
あの頃の俺は どうかしてたよ……。
おっかあ。
そんな ろくでなしに
いつも 金の
今の俺が あるのは、おっかあ、おめえの お陰だ……。
ありがとうよ……。
女房:……。
(意を決する)
あのね、おまえさん。
勝五郎:ん?どした?
女房:あのね。
今日は おまえさんに、見てもらいたい物があるの。
勝五郎:ふうん?なんだ?
ああ、春の着物か 何かか?
いやいや、それだったら 俺が見たって しょうがねえよ。
着物のことなんざ よく分からねえ。
女房:ううん。着物なんかじゃないの。
それからね。
あたしの話を、最後まで、
怒らないで 聞いてくれるかい……?
勝五郎:なんだよ改まって。
……。
分かったよ。
今日は 機嫌がいいんだ。怒らねえで聞くよ。
女房:ほんと?
ほんとに、怒らずに 最後まで聞くって、
おまえさん、約束してくれる?
勝五郎:大丈夫だよ。怒りゃしねえから。
話してごらんよ。
女房:うん。ありがと おまえさん。
ちょっと待ってて。(と、中座する)
勝五郎:ん?どこ行くんだ?
おいおい、押入れなんか
ああ!なんだ ヘソクリかァ!
ハッハッハッハッハ、バカだなぁ、
そんなことで 怒るワケねえじゃねえか。
おめえが やりくりしてんだ。
ヘソクリぐらい 別に かまわねえよ。
女房:(革の財布を勝五郎の前に置いて)
おまえさん。
おまえさんに 見てもらいたい物ってのは、これなんだよ。
勝五郎:ん?
(財布を見て)
また ずいぶん きたねえ財布だなぁ。
なるほど 考えたもんだ。
こんな きたねえ財布に
ヘソクリの 隠し場所にゃあ 持ってこいだ。
おめえも なかなかの
女房:中、見ておくれよ。
勝五郎:え?
よせよ。亭主が 女房のヘソクリなんざ 見るもんじゃねえや。
おめえの
いくら
さ、しまっときな。
女房:いいから。見ておくれよ。
勝五郎:ええ……?
なんだよ、そんなに ヘソクリの自慢が してえのか?
わかったよ。
(財布を手に取る)よっと。
(すると とても重い)
ん……!? ずいぶん重いな。
オイオイ、おめえ一体 いくら
女房:お前さんの目で 確かめてごらんよ。
勝五郎:いいのかよ……。
じゃ、中身 あけるぜ……?
(中身を出す。大量の二分金が出てくる)
―― !!
オイオイ! なんだよ この
女ってのは 油断ならねえなァ……。
知らねえうちに こんなに
いくらあるんだ?
女房:数えてみておくれよ。
勝五郎:なんだよ、おめえも 数えてねえのか?
じゃ数えるぜ?
ひとひとひとひと、ふたふたふたふた、
みちょみちょみちょみちょ、よちょよちょよちょよちょ。
それから、ひい、ふう、みい、よ。
オイ、
女房: ―― 。
おまえさん、その財布と、
勝五郎:え ―― ?
(財布と42両を見て思いを巡らせる。そういえば見覚えがある)
―― そう
女房:あるかい?
勝五郎: ―― ある。 あるよ。
3年前だ。
俺、
そん時の財布が、たしか こんな財布で、
中身が、たしか
女房: ―― 。
あれね ―― 。
―― 夢じゃなかったんだよ。
勝五郎: ―― え?
女房:あれはね、夢じゃなかったんだよ。
3年前の あの日、
おまえさんは本当に
本当に 財布を拾って 帰って来たの。
勝五郎: ―― 。
夢じゃ ―― なかった ―― ?
そりゃそうだよな……。
おかしいと思ったんだ……
夢にしちゃ ハッキリしすぎてたもんなぁ……。
(怒気を含んで)
オイ、テメエ どうして そんな嘘 つきやがった?
俺はな、あの時ほど 情けねえ思いをしたことは無かったぜ?
亭主
一体どういうつもりだ!
女房:待って おまえさん。あたしの話を聞いて。
あたしの話を 最後まで 怒らずに聞くって、
約束してくれたでしょ?
勝五郎:……フン。
分かったよ。
聞くだけは 聞いてやる。
話してみろよ。
女房: ―― 3年前の あの日。
おまえさんが
あれだけ お金が無くて 苦しい
ああ、これで
でも、すぐに怖くなったの。
拾った お金。それも こんな
やっぱり使っちゃうのは マズいんじゃないかって……。
おまえさんに、この お金どうするの?って
これでもう
うまい物 食べて飲んで おもしろおかしく暮らせるなんて言って……。
あたし、これじゃいけないと思って、
おまえさんが 寝てる間に、
そしたら
「馬鹿野郎。いくら 海で拾った金だからって、
お前の亭主、手が後ろへ回っちまうぞ」って……。
どうしたらいいですかって
財布を拾った なんてのは 夢だと言い張れって。
金は お
とにかく夢だと言って 押し切れって……。
だから あたし、おまえさんに、
あれは 夢だったって 言って……。
何度も 夢だ夢だって 言ってたら、
おまえさん、素直なんだか 人が いいんだか、
コロッと信じてくれて……。
―― それからというもの おまえさん、
人が変わったように なってくれたね……。
あれだけ好きだった お酒も キッパリやめて、
毎日 一生懸命
実は、あの お金ね、
拾ってきて 1年くらい 経った頃かな ―― 、
お
あたし、もう嬉しくって、
すぐにでも おまえさんに 知らせてあげたかった……。
けど……。
せっかく 心を入れ替えて
また、元の おまえさんに 戻っちゃうんじゃないかって……
それが怖くて……ずっと言えなかったの……。
―― でもね。
今日、おまえさん、「商売が 楽しいんだ」って……
「お客さんの笑顔が見たくて 魚を売ってるんだ」って……。
それを聞いて、あたし、
ああ、もう大丈夫だ、
この人は もう大丈夫だって……
心から 思えたから……、
だから この お金のこと、話そうと思って……、
話して、おまえさんに 謝ろうと思って……。
やっと…………、やっと 言えます……。
おまえさん……、
ずっと、嘘ついてて……
ごめんなさい……!
3年間も 女房に
あたしのこと、憎いでしょう……?
許してくださいなんて 言いません……。
どうか、お気の済むまで……
あたしを、殴ってください……。
勝五郎: ―― 。
―― おっかあ。
どうか、頭 上げてくれ。
おめえを殴る?
冗談 言っちゃ いけねえ。
んな事したら バチが当たって、
俺の手が 曲がっちまうよ。
女房:おまえさん……。
あたしを、許してくれるのかい……?
勝五郎:許すも 許さねえも
謝るのは 俺の方だ。
俺のためを思って、おめえ、この金のこと、
ずーっと 腹に 納めて くれてたんだな……。
辛かったろ……?
俺のせいで 辛い思いばかりして……。
すまねえ。許してくれ。(頭を下げる)
女房:ちょ……おまえさん……!
頭 上げとくれよ!
おまえさんに頭 下げてもらうような、
そんな
勝五郎:何言ってんだ。
俺は おめえのこと
毎朝 手ェ合わせて 拝みてえぐらいだ。
かかあ
女房:おまえさん……。
勝五郎:おめえの言うとおりだ。
3年前の俺は どうかしてたよ。
俺が拾ったんだから 俺のモンだなんてよォ……。
あのまま ネコババしてたら、
下手すりゃ 死罪、良くても
そうならずに 済んだのは、おっかあ、おめえの お陰だ。
あらためて 礼を言うぜ。
よく 夢にしてくれたな。ありがとうよ。
女房:(大きく安堵の息をつく)
あたし、これで胸の つかえが 取れたよ……。
ねえ おまえさん、一杯
勝五郎:ん? 茶か?
女房:お茶じゃないよ。
お酒だよ。
勝五郎:酒……?
酒が あるのか……?
女房:うん。
あたし、なんだか 今日ね、この財布と お金の話を
おまえさんに できるんじゃないかって 気がしててね。
何もかも おまえさんに話して、
それで おまえさんが 許してくれたら、
仲直りの印に 一本 付けてあげようと思って……。
だから おまえさんが お
勝五郎:そうだったのか。
いや、どうりでよぉ、
なにやら 懐かしい
へぇ~ 酒が あるのかァ。
いや!でもダメだ!
俺はキッパリ 酒を
もう 一滴も
これは 神や仏に 誓ったんじゃねえ。
おめえに 誓ったんだぜ?
女房:その あたしが
おまえさんが お酒を やめたのは、
そんな昔の おまえさんは もう いないんだから。
大丈夫、今の おまえさんは、
お酒に
勝五郎:おっかあ――。
女房:今日は大晦日。明日は元日。
今年は あたしたち、借金も無く 新しい年を 迎えられるんだよ?
それどころか、こんなに大きな お金まで……。
もう
あたしたちの お金だよ。
こんな めでたい年越しなんて あるもんじゃないよ?
ね? 祝い酒だと思ってさ、一杯 お
勝五郎:祝い酒か……。
うん。それじゃ、一杯もらおうか。
ああ、
(女房に酌をしてもらって)
オウ、ありがとよ。
(酒の香りが鼻腔をくすぐる)
ああ、この
じゃ、いただくぜ。
(と、湯呑みを口へ持って行くが、ふと手を止めて)
―― いや、やっぱり よそう。
女房:どうしてだい?
勝五郎:また 夢になると いけねえ。
その他の台本
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古今亭志ん朝(3代目)
三遊亭円楽(6代目)
三遊亭圓楽(5代目)
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立川談志
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