声劇台本 based on 落語

芝浜しばはま


 原 作:古典落語『芝浜』
 台本化:くらしあんしん


  上演時間:約60分


【書き起こし人 註】

古典落語をベースにしていますが、あくまでも"声劇台本"として作成しています。
なるべく声劇として演りやすいように、元の落語に様々なアレンジを加えている場合があります。

アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。



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 観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
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<登場人物>

勝五郎かつごろう(セリフ数:121)
 魚屋。ウデはいいのだが、酒好きが祟って度々商売をしくじり、すっかり働く気をなくす。


女房(セリフ数:118)
 勝五郎の妻。


語り(セリフ数:2)
 どちらかが兼ねてください。



<配役>

・勝五郎:♂

女房:

語り:不問 ※どちらかが兼ね役してください。



【ちょっと難しい言葉】※クリックすると開いたり閉じたりします(ブラウザによっては機能しません)
  • 棒手振り(ぼてふり)
    魚などをかついで売り歩くこと。その人。「ぼうてふり」とも。

  • 芝浜、芝の浜(しばはま、しばのはま)
    地名。現在の東京都港区芝4丁目にあたる地域にあった海岸線で、陸側を「芝浜」・「芝の浜」、海上を「芝浦」と呼んだそうです。
    「芝の浜」や 単に「芝」と言うときの「芝」のイントネーションは、「千葉」と同じっぽいです。

  • 豆しぼり(まめしぼり)
    豆粒ぐらいの丸形を一面に現した絞り染め。手ぬぐいなどに使う。

  • 向こう鉢巻き(むこうはちまき)
    結び目が額の前にくるようにして締めた鉢巻き。

  • 腹掛け(はらがけ)
    胸から腹までをおおい、背中で細い共布を十文字に交わらせてとめて着用するもの。
    中央にポケットが縫いつけられていることもあり、そのポケットを「どんぶり」と言う。

  • 半股引(はんももひき)
    ひざの上までの短いモモヒキ。「はんだこ」とも。

  • 半纏(はんてん)
    和風の着衣の一種。羽織りに似ているが、えりの折返し・胸ひもがない。

  • 三尺帯(さんじゃくおび)
    男物の帯の一種。鯨尺(何それ)で約3尺の長さなので こう呼ばれる。

  • 河岸(かし)
    かわぎしに立つ市場。特に魚市場を言う。

  • 釜のふたが開かない(かまの ふたが あかない)
    米を買う金もない(従って釜を使うことがない)ほど貧窮すること。

  • 盤台(はんだい)
    魚屋が使う、大きな楕円形の浅いタライ。「ばんだい」とも。

  • タガ
    竹を編んで作った桶などがバラバラにならないように周りを締め付けておくもの。

  • 糸底(いとぞこ)
    本来は陶器の底のことだそうですが、ここでは盤台の底。落語では「いとどこ」と発音されることもしばしば。

  • 蕎麦殻(そばがら)
    ソバの実を粉にする時に取り除く殻。

  • 切り通し(きりどおし)
    山や丘などを切り開いて通した道。

  • 二分金(にぶきん)
    江戸時代に流通した金貨の一種。1両の2分の1にあたる。

  • 湯(ゆ)
    ここでは風呂屋のこと。湯屋。

  • 湯屋(ゆや)
    風呂屋のこと。

  • 掛け取り(かけとり)
    借金取り。

  • 掛け(かけ)
    未払いの金。

  • 矢立て(やたて)
    筆と墨壺を組み合わせた携帯用筆記用具。

  • 寄せ場(よせば)
    いわゆる人足寄場。浮浪者収容所。無宿者や前科者などを収容し、労役させる場所。





ここから本編




 語り:江戸の昔、さかな勝五郎かつごろうという男が おりました。
    
    さかなといっても 店を構えているわけではなく、いわゆる棒手振ぼてふり。
    
    まめしぼりの 手ぬぐいを 頭に巻いて こうはちき。
    はらけに 半股引はんももひき半纏はんてんの上から 三尺帯さんじゃくおびめ、足はあし草鞋わらじき。
    天秤棒てんびんぼう 肩にかついで、せいのいい 売り声とともに さかなを 売って歩く商売です。
    
    さて この勝五郎、本来は ウデのいいさかななのですが、困ったことに 大変な 酒好きで、
    仕事のあいに 酒をんでは、酔ってあきないを しくじることも しばしば。
    
    お得意さんに叱られると、ヤケになって 酒をむ。
    むと また 仕事が雑になって 失敗する 悪循環あくじゅんかん
    
    ついには 商売そのものに 嫌気いやけが差し、昼となく 夜となく、
    家で 酒ばかりんで、ロクに 仕事にも 行かなくなってしまいます。
    
    そうこう するうちに、一年も まってまいりました、十二月 ――

 


 

 女房:おまえさん、起きとくれよ。
    
    ちょいと おまえさん。
    起きとくれよ。
    おまえさん。
    ちょいと!
    おまえさん!

勝五郎:(目を覚ます)
    う、うーん……。
    
    なんだよ、邪険じゃけんな起こし方 しやがって……。
    
    (あくび)ふあ~あ。
    
    (まだ暗い刻限なのに気づく)
    ん……?おいおい、まだ 日も のぼってねえじゃねえかよ……。
    
    おう、こんな暗いうちから 亭主ていしゅ 叩き起こしやがって、どういうつもりだ?

 女房:どうもこうも ないよ。
    河岸かしへ行っとくれよ。  ※河岸…川岸でやってる魚市場。

勝五郎:河岸かしィ?
    
    なんで俺が 河岸かしなんぞに 行かなきゃならねえんだ。

 女房:何言ってんのさ。おまえさん さかなだろ?
    あきないに 行っとくれよ。
    
    おまえさんが あきないに行ってくれないと、
    かまのフタが かないんだよ。

勝五郎:フン、何言ってんだ。
    
    かまのフタが かねえなら、
    なべのフタ けときゃ いいじゃねえか。

 女房:もォ、そんな くだらないこと言ってないでさ。
    あきないに行っとくれよ。
    
    もうとしだよ?
    方々ほうぼうはらいも まってるんだからさァ。
    このままじゃ あたしたち、
    新しい年を 迎えられないよ?
    
    お願いだから、あきないに行っとくれよ!

勝五郎:うるせえなあ。
    こちとら ゆうべの酒が 残ってんだ。
    そんな耳元で ギャアギャア言われたんじゃ、
    頭に響いて しょうがねえや。
    
    あ~ 頭 いてえ。
    ダメだ、こんなんじゃあ 商売なんぞ できやしねえ。
    
    おう、今日のところは、もうちょいと 寝かしといてくれ。

 女房:いけないよ!
    
    おまえさん、ゆうべのこと 忘れたのかい?
    
    あたしが、
    「これ以上 さかさんの ツケを増やすわけには いかないから
     今夜は お酒 ませられない」って言ったら、
    おまえさん、
    「頼むから 今夜だけませてくれ。
     そしたら 明日あしたから ちゃんと仕事に行くから」って、
    そう言ったじゃないか!
    
    おまえさんが そう言うから、
    あたしは ゆうべ お酒をあつらえたんだよ!

勝五郎:いやぁ……そりゃ……、
    そう言ったかもしれねぇけどよぉ……。
    
    ほら……、今日はまた 一段と冷えるしよォ……。
    
    明日あした
    明日ッっから ちゃーんとあきない 行くからよォ、
    今日は カンベンしてくれよォ。

 女房:ダメだよ!
    
    そんなこと言って、
    もう何日 あきないに行ってないんだい。
    男が いったん 「行く」と言ったんだから、
    今日こそは ちゃんと あきないに行っとくれよ!

勝五郎:ああもう うるせえなあ!
    
    (しぶしぶ)
    わかったよ……。
    行くよ……。

 女房:(うれしそうに)
    あきないに 行ってくれるのかい?

勝五郎:オメエが 行け行けって うるせえからじゃねえか。
    
    ッたく……。
    行きゃあいいんだろ 行きゃあ……。
    
    
    いや……。
    けど……、
    ダメだ……。

 女房:何が ダメなんだい?

勝五郎:あきない 行くったってよォ……、
    俺もう 半月はんつき以上も 休んじまってんだ。
    そんなに休んでたら、商売道具だって ガタが来てるだろうよ。
    
    盤台はんだいなんざ、すっかりかわいて タガも ゆるんじまって、
    使い物に ならねえんじゃねえか?

 女房:何言ってんだい。
    あたしは 昨日や今日 さかなの女房に なったんじゃないんだよ?
    
    盤台はんだいだって 毎日毎日 ちゃんと糸底いとぞこみず ってたんだから。もちろん今日も。
    大丈夫、タガなんて 少しも ゆるんでないし、水の一滴いってきだって りゃしないよ。

勝五郎:包丁が びてんじゃねえか?

 女房:大丈夫。
    ちゃんといで 蕎麦そばがらの中に 突っ込んであるから、
    イキのいい サンマみたいに ピカピカ光ってるよ。

勝五郎:草鞋わらじ ――

 女房:出てます。

勝五郎:……。
    ずいぶん よく 手が回るねえ……。
    
    わかったよ。行きゃいいんだろ 行きゃあ……。
    
    仕入れのぜには あるか?

 女房:はらけの ドンブリの中に 入ってるよ。 ※ドンブリ…どんぶり鉢ではなく、腹掛けの中央に付けてあるポケット。「どんぶり勘定」の語源。

勝五郎:行き届いてやがるねえ……。
    
    (ため息)しゃあねえ、行くか。

 女房:うん。気を付けてね。
    河岸かしで ケンカなんかしちゃ いけないよ。

勝五郎:わかってるよ。
    じゃ、行ってくるぜ。

 


 

勝五郎:(河岸への道中)
    う~ッ、さぶい!
    
    あ~、やだやだ。
    なんでさかななんぞに なっちまったかなァ……。
    こんな も明けねえ 真っ暗なうちから
    起きて あきないに 行かなきゃ ならねえなんてよォ。
    
    今時分いまじぶん 起きて 仕事してるのなんざ、
    さかな泥棒どろぼうぐらいのもんだ。
    
    あ~、さぶい!
    けんさまは まだ あったかいとんに くるまって
    いい夢 見てんだろうなぁ、チクショウ……。
    
    (磯の香りが漂ってくる)
    お ――
    
    (においを嗅ぐ)
    くんくんくん。
    
    いそにおいが してきやがった。
    なんだか 懐かしいなァ……。
    
    (嗅ぐ)くんくんくん。
    
    やっぱりイイもんだなぁ。
    さっきは、なんでさかななんぞに なっちまったなんて 思ったけどよぉ、
    なんのかんの言って、この いそにおいが好きで さかな やってるようなもんだ。
    
    (しばらく歩く)
    
    ん……?おかしいな……。
    たいがい、ここらあたりまで来ると が明けるんだが……。
    どうなってんだ……?
    
    (やがて河岸へ着く)
    
    (すると、河岸の問屋がなぜか全部閉まっている)
    ん……!?
    なんだこりゃ、とんが1軒も いてねえじゃねえか。
    
    なんだよ、今日は 河岸かし 休みかよオイ。
    俺が久しぶりに 出て来たってのに、
    河岸かしのほうが 休みなんて ヒデエじゃねえか。
    
    いやいや、河岸かしが休みだなんて、そんなバカな話はえや。
    どうなってんだ……?(と、鐘の音が聞こえてくる)
    
    ん……? かねおとだ……。
    どおしのかねが 鳴ってら……。
    
    (鐘が鳴り終わる)
    
    あれ……? いま かね いくつ鳴った……?
    数が ひとつ違うんじゃねえか……?
    
    
    あ!!
    
    かねの数が 違うんじゃねえよ!
    カカアのヤロウ、とき ひとつ間違えて 起こしやがったんだ!
    何しやがんだ あのヤロウ……!
    とんいてねえわけだよ。
    俺が 早く来すぎちまったんじゃねえか。
    
    カカアのヤロウ、帰って 張り倒してやる!
    
    ……でもな、今 帰って 張り倒しても、
    またすぐ 出て来なくちゃ なんねえもんな……。
    
    
    しょうがねえ。
    浜へ下りて 一服いっぷくしてりゃあ、そのうち も明けるだろ。

 


 

勝五郎:(浜辺に座って煙草を吸う)
    すぱすぱ。ふう~っ。
    
    う~っ、さぶい!
    けど、おかげで ゆうべの酒も 抜けて スッキリすらぁ。
    
    それに、このしおの香り……たまんねえな……。
    さけけの 身体からだが 洗われるようだ……。
    
    (煙草を吸う)
    すぱすぱ。ふう~っ。
    
    お……。
    沖のほうが しらんできやがった。
    いやぁ、きれいな景色だ……。
    海で 夜明けを見るってのも、いいもんだな……。
    
    (煙草を吸う)
    すぱすぱ。ふう~っ。
    
    (日が昇ってくる)
    お、おてんと様の お出ましだ。
    
    (柏手かしわでのようにパンパンと手を叩いて)
    おてんと様、今日からまた あきないに出ますんで、
    どうかひとつ、また よろしく お頼み申します。
    
    ヨシ、じゃあ 顔でも洗って……
    (と、水の中に何かを見つける)
    ん……? 水ん中で 何か 揺れてんな。
    魚か? いや こんな浅いところに 魚なんざ いやしねえか。
    
    (取る)よっと。
    
    ん……?
    なんだこりゃ、かわの財布じゃねえか。
    誰かが 落としやがったのか……?
    
    しかし きったねえ財布だなぁ……。
    
    まあでも、かわかしゃあ また使えねえことも ねえか。
    
    それにしても 馬鹿に重いな。
    
    ああ、流されてる間に 砂が入って、
    それで 重く なりやがったのか。
    よしよし、いま 砂 出してやるからな。
    (財布を逆さにして中身を出す)
    よいしょ。
    (中から出てきたのは大金)
    (驚愕)
    こッ……、こりゃあ……!!!!

 


 

勝五郎:(家に飛んで帰る勝五郎)
    
(できる人は、慌てた様子で戸を叩く音を出したりするといいかも)
    おっかあ! けろ!
    俺だ! 勝五郎だ!
    オイ! けろ!

 女房:はいはい。
    どうしたんだい おまえさ ――
    (飛び込んで来た勝五郎に押されて)きゃっ!

勝五郎:おい、おもて 見ろ!
    誰も つけて来ちゃ いねえか?

 女房:え?

勝五郎:誰も つけて来ちゃ いねえかってんだ!

 女房:(戸の外をうかがって)
    だ、誰も つけちゃ いないよ……?

勝五郎:そうか。よし。
    じゃ閉めろ。
    
    早く閉めろ!

 女房:ハ、ハイ……。

勝五郎:(女房が戸を閉めたのを見届けて)
    よし。
    ちょっと こっち来て、座れ。

 女房:はい……。
    
    (勝五郎の前に座る)
    どうしたんだい? おまえさん。

勝五郎:おう、オメエよぉ、今朝、
    とき 間違えて 起こしやがったろ。

 女房:あ、ご、ごめんよ おまえさん。
    すぐに 気が付いたんだけど、
    おまえさん もう ずいぶん先まで 行っちゃってて……。
    帰ったら 謝ろうと思ってたの。ごめんなさい。

勝五郎:ああ まぁ、それは もういいや。
    
    でよぉ、河岸かしに着いたら、真っ暗で、
    とんが 1軒もいてねえんだ。
    仕方ねえから しばはまへ 下りてって、
    一服いっぷくしながら が明けるの 待ってたんだ。
    
    しばらくしたら おてんと様がのぼってきてよぉ、
    で、おてんと様に ご挨拶して、
    顔でも 洗おうと思ったらよ、
    そこの 水ん中に、なんか、ゆらゆら揺れてんだ。
    なんだろうと思って ヒョイと取り上げてみたらよ……
    
    (ふところから件の財布を出して)
    こいつだったんだ。

 女房:あら。ずいぶん汚いねえ……。
    なんだいそれ?

勝五郎:財布だよ。

 女房:え?

勝五郎:かわの財布だよ。
    
    馬鹿に 重かったからよ、
    砂でも 食ってんじゃねえかと思って
    中身 見てみたらよ、ぜにが入ってたんだ!
    だから俺、いそいで フトコロにしまってよ、
    飛んで 帰って来たんだ。

 女房:ぜにって……、いったい いくら入ってたんだい。

勝五郎:んなもん 数えちゃ いねえよ。
    とにかく 急いで帰らなきゃって 思ったからよ。
    
    おう、おめえ、ちょっと数えてみろ。ほら。
    (といって財布を手渡す)

 女房:ええ……?あたしがかい……?
    
    (財布を受け取るとズシっと重い)
    あら、ホントに重いねえ。
    
    じゃあ ちょっと、ここに 中身 あけるわよ?
    
    (中身を畳の上に出す。そしてびっくり)
     ―― !!
    
    おまえさん……!
    
    ぜになんてモンじゃないよ……!
    
    これ、二分にぶきんだよ……!
    とんでもないがくじゃないか……!

勝五郎:(興奮を抑えられない様子)
    い……、いくら あるんだ……!?
    数えてみろよ……!

 女房:(見たこともない大金を目の前にして緊張している)
    じゃ、じゃあ……、数えるわね……!
    
    (もたもたと数え始める)
    ええと……、ちゅう……、ちゅう……、たこ……、かい……な……

勝五郎:ああもう じれってえな!
    貸せ!俺が数えるよ!
    
    ひとひとひとひと、ふたふたふたふた、
    みちょみちょみちょみちょ、よちょよちょよちょよちょ。
    それから、ひい、ふう、みい、よ……。   
     ※分かりにくいですが、魚屋さんの数え方だそうです。
      「ひと」1回で5枚数えてます。つまり「ひとひとひとひと」=5枚×4回=20枚
      20枚×4セット=80枚。そこに端数の4枚を加えて84枚。
      1両=4分。つまり二分金1枚=0.5両なので、84枚で42両。
      正確には「(5枚ずつ)ひとえ、ひとえ、ひとえ、ひとえ、ふたえ、ふたえ、ふたえ、ふたえ、
      みっちぇ、みっちぇ、みっちぇ、みっちぇ、よっちょ、よっちょ、よっちょ、よっちょ」を早口で言ってる感じです。

      
    おい……!
    
    じゅう両あるぜ……!

 女房:じゅう両……!?
    大変な お金じゃないか……!
    
    
    (金額が金額だけに、少し怖くなる)
    (おずおずと たずねる)
    それで おまえさん……、
    この お金……、どうするんだい……?

勝五郎:あん?どうするって?
    どうするも こうするも えや。
    俺が拾ったんだから、俺のモンじゃねえか!
    いやあ、俺にも ようやく 運が向いて きやがったぜ、ありがてえなあ!
    今まで さんざん 貧乏してきた俺によォ、おてんと様が 恵んでくださったんだ!
    
    おい、「早起きは三文さんもんの得」だなんて言うけどよォ、
    三文さんもんどころじゃねえや。
    じゅう両も得しちまったよォ、アッハッハッハ。
    
    これだけの金があれば、
    もう 早起きして 仕事 行くことなんざえや。
    毎日 遊んで、酒 飲んで 暮らせるってもんだ!

 女房:おまえさん、それ 本気で言ってるのかい……?

勝五郎:あ? 当ッたり前じゃねえか!
    じゅう両だぜ?
    
    毎日毎日 暗いうちから 起きて、さかな 仕入れて 売って歩いて、
    それで いくらになるってんだ?
    んな事 しなくたって、この金があれば、毎日 贅沢ぜいたくできるんだ!


 女房:(本当にそれでいいのかと思いつめている)
    ……。


勝五郎:なんだよ、そんな暗い顔しやがって……。
    
    あ!わかった!
    
    なんだ そういうことか。
    大丈夫だよ、いくら 俺が拾った金だからって、
    なにも 俺が飲み食いするためだけに 使ったりしねえよ。
    おめえにも さんざん苦労かけたからよ、
    なんでも 好きなもん 買ってやるよ。

 女房:そういうことじゃなくてさ……

勝五郎:(聞いちゃいない)
    そうだ、着物なんて どうだ?
    おめえも女だ、そんなボロなんざ 脱ぎ捨てて、派手に かざりてえだろ?
    ふく 行ってよォ、着物から 帯から かんざしから、全部 パーッと買っちまおうぜ!
    どんな着物が いいかなあ。
    あ!思い切ってよォ、じゅうひとえなんて どうだ?アッハッハッハ。
    
    それからよ、ふたりで きょうやら 大坂おおさかやら 見物したり、
    とうめぐり したりしてよ、
    美味うまいもん食って 飲んで、おもしろおかしく 暮らそうじゃねえか!
    
    いやー、めでてえなあ!
    
    オッ、めでてえとなりゃあ、祝いに 一杯 やりてえなあ。
    
    おう、酒 出してくれよ。

 女房:ええ!? 今からむのかい!?

勝五郎:おうよ。
    
    こんな めでてえ事が あったんだ。祝い酒だよ。

 女房:今からんで……、
    河岸かしは どうするんだい?

勝五郎:かし……?
    なんだよ、かしって?

 女房:うお河岸がしに 決まってるじゃないか。
    もうとんいてるんだろ?
    あきないに行っとくれよ。

勝五郎:あ? あきない?
    おめえ 何 言ってんだ?
    俺はもう あきないなんざ 行かねえって言ったろうが!
    くだらねえこと言ってねえで 酒 持ってこいよ!

 女房:でも……

勝五郎:うるせえな おめえは!
    ゴチャゴチャ言ってねえで さっさと 酒 持ってこい!
    ぶたれてえのか!

 女房:わ……、わかったよ……。
    
    (酒を持ってくる)
    
    はい。

勝五郎:フン、さっさと持って来りゃ いいんだよ。
    めでてえ気分に ケチがつくじゃねえか。
    
    (呑む)クイクイクイ……。
    
    プハーッ!うまい!
    仕事の心配しねえで む酒は うめえなあ!
    
    (呑む)
    クイクイクイ……。
    
    ふう~っ。
    
    ああ、いいこころちだ……。
    いいこころちンなったら、なんだか 眠くなってきやがったな……。
    (あくび)ふあ~あ。
    そりゃそうだよ。今朝は べらぼうに 早起きだったんだからな。
    
    (女房に)
    おう、俺ァ、ちょいと寝るからよ、
    その金、盗まれたりしねえように、ちゃんと しまっとけよ。

 女房:ちょ、ちょいと おまえさん!

勝五郎:(すでに高いびき)ぐー ぐー

 女房:……。


 


 


 女房:おまえさん、起きとくれよ。
    
    ちょいと おまえさん。
    起きとくれよ。
    おまえさん。
    ちょいと!
    おまえさん!

勝五郎:(目を覚ます)
    う、うーん……。
    
    なんだよ、邪険じゃけんな起こし方 しやがって……。
    
    (あくび)ふあ~あ。
    
    ん……?おいおい、まだ 日が たけえじゃねえかよ……。
    
    おう、こんな明るいうちから 亭主 叩き起こしやがって、どういうつもりだ?

 女房:どうもこうも ないよ。
    河岸かしへ行っとくれよ。

勝五郎:河岸かしィ?
    なんで俺が 河岸かしなんぞに 行かなきゃ ならねえんだ。

 女房:あきないに行っとくれよ。
    まだゆう河岸がしに 間に合うだろ?

勝五郎:あきない?
    なに バカなこと言ってんだ。
    誰が あきないなんぞに 行くかい。
    俺はもう あきないなんぞ しなくたっていいんだ。
    
    おう、に行って来るからよ、手ぬぐい取ってくれ。

 女房:でも……

勝五郎:いいから 手ぬぐい 取れってんだよ!

 女房:わ、わかったよ……。
    
    (手ぬぐい渡して)はい。

勝五郎:おう。行ってくるぜ。

 女房:(ため息)

 


 


    (風呂屋への道すがら)

勝五郎:(ウキウキ)
    いやー、あきないも しねえで こんな ひるっから に行けるなんざ、たまんねぇなァ。
    そんで から帰ったら また一杯やって ―― (いいこと思い付く)オッ、そうだ!
    あれだけの大金たいきんが 手に入ったんだ。
    たまにゃあ 馴染なじみの連中に 気前のいいとこ 見せてやるか!
    
    (ちょうど近くにあった造り酒屋に入り)
    オウッ、さかァ!  

 


 

  

 女房:(ため息)もぉ、あの人ったら……。
    
    (表戸を叩く音がする)
    あら? 誰か来たみたい。
    (戸口に出て)
    ハーイ、どなたー?
    
    (来たのは酒屋のサブ)
    あら、さかのサブちゃんじゃない。どしたの?
    
    ええ!? お酒 一樽ひとたる 持って来た!?
    ちょ、ちょっと、ウチじゃ お酒なんて 頼んだ覚え ないわよ?
    
    え?ウチの人が? 
    めでたい事が あったから 用意してくれって!?
    オレは に行くから 届けておいてくれって!?
    おだい月末つきずえに ツケも合わせて まとめて払うって!?
    ちょ、ちょっと待ってサブちゃ ―― (サブちゃんは去ってしまう)
    行っちゃった……。
    
    んもう、何 考えてんのよ……。
    
    とりあえず ウチに置いとくしか ないけど……
    (と、酒樽を奥へ運んでいると、また表戸を叩く音が)
    あら?また誰か来たわ。
    (戸口に出て)
    ハーイ、どなたー?
    
    (来たのはてんぷら屋のトク)
    あら、てんぷら屋のトクさん。何か ご用?
    え!? 盛り合わせ 10人前 持って来た!?
    ちょっと、そんなの 頼むワケないでしょ!
    え?ウチの人が?
    めでたい事が あったからって?
    オレはに行くから 届けとけって?
    おだい月末つきずえに まとめて払うって!?
    ちょ、ちょっと待ってトクさ ―― (トクさんは去ってしまう)
    行っちゃった……。
    
    ホント 何 考えてんの……?
    すごい量なんだけど……。
    
    とりあえ ず奥に持って行くしかないわ……。
    (と、またまた表戸を叩く音が)
    やだ、また誰か来たみたい。やめてよ もォ……。
    (戸口に出て)
    ハーイ、どなたー?
    
    (来たのは魚屋のうおタツ)
    あら、うおタツさんじゃない。
    
    ちょっと待って、 まさか……!?
    
    ええ!? お刺身 10人前 持って来た!?
    ウソでしょ!? ウチもさかななのよ!?
    さかなさかなさかな 頼んで どーすんのよ!!
    
    もしかしてだけど……。ウチの人が 頼んでったの……?
    めでたい事が あったからって言って。
    オレはに行くから 届けとけって。
    で、おだい月末つきずえに まとめて払うって。
    
    (ため息)やっぱり……。ですよねー……知ってた……。
    
    あのねうおタツさん、違うのコレ、間違いなの、
    だから悪いんだけど 持って帰っ―― (魚タツさんは去ってしまう)
    うおタツさん? うおタツさーーーん!!
    
    行っちゃった……。
    
    なんで みんな 話 聞かないのよ(怒)!!
    
    
    (改めて届けられた物を見て呆然とする)
    お酒 一樽ひとたるに、てんぷら10人前に、お刺身 10人前……。
    
    どうすんのよコレ……。

 


 

勝五郎:オウ、おっかあ!今帰った!

 女房:おかえりなさい おまえさん。ちょっとコレ ――
    (なにやらゾロゾロと若い衆が入ってくる)
    あら、ハンさんに タケさん、シゲさんに テッちゃん。
    みんなして どうしたの?

勝五郎:俺が 呼んだんだよ。
    
    (若い衆に)
    オウみんな、こっち上がって 座ってくれ。
    
    (酒などが届いているのを見て)
    よしよし、酒に てんぷらに 刺身も来てるな。
    
    (若い衆に)
    オウおめえら、実は俺、ちょいと めでてえ事が あってよォ、
    今日は その祝いなんだ。
    ついては 日頃から 俺のこと 兄貴分あにきぶん扱いしてくれてる おめえらにも、
    パーッと ごそうしてやりてえと思ってさ。
    なァに、金の心配なんざ いらねえよ。
    言ったろ?めでてえ事が あったって。
    だからよ、遠慮しねえで ドンドンやってくれ。
    
    (女房に)
    オウ、おっかあ!
    ボーッっとしてねえで、てんぷらと 刺身 ならべて、
    それから みんなに しゃくしてやってくれ!
    
    (若い衆に)
    さァ おめえら、今日は 俺のオゴリだ!
    好きなだけ んで 食って、楽しんでくれ!
    
    いやー、めでてえなー!

 


 

勝五郎:(酔いも回って上機嫌)
    あ~、食った食ったァ。
    連中も 喜んで 帰ったなァ。
    いやぁ よかったよかった。
    
    う~、ちょいと みすぎたかな……。
    
    (あくび)ふあ~あ。
    
    いけねえ、眠くなってきやがった……。
    
    オウ、おっかあ、俺は 先に寝るぜ……。
    
    (やがて高いびき)
    ぐー ぐー

 女房:……。


 


 


 女房:おまえさん、起きとくれよ。
    
    ちょいと おまえさん。
    起きとくれよ。
    おまえさん。
    ちょいと!
    おまえさん!

勝五郎:(目を覚ます)
    う、うーん……。
    
    なんだよ、邪険じゃけんな起こし方 しやがって……。
    
    (あくび)ふあ~あ
    
    (まだ暗い刻限なのに気づく)
    ん……? おいおい、まだ 日ものぼってねえじゃねえかよ……。
    
    おう、こんな暗いうちから 亭主 叩き起こしやがって、どういうつもりだ?

 女房:どうもこうもないよ。
    河岸かしへ 行っとくれよ。

勝五郎:河岸かしィ?
    なんで俺が 河岸かしなんぞに 行かなきゃならねえんだ。

 女房:あきないに行っとくれよ。
    おまえさんが あきないに行ってくれないと、
    かまのフタが かないんだよ。

勝五郎:かまのフタがかねえ……?
    
    何言ってんだよ。
    アレ使って けりゃ いいじゃねえかよ。

 女房:え……?
    
    「アレ」って何だい……?

勝五郎:だからよ、昨日の アレだよ。

 女房:何のことだか 分からないよ おまえさん。
    昨日のアレって、何なんだい?

勝五郎:だーから!
    俺が昨日 拾ってきた じゅう両が あるだろうがよ!

 女房:じゅう両……?
    
    何のことだい……?

勝五郎:おめえ いい加減にしろよ!
    
    俺が昨日、しばはまで、
    じゅう両 入った かわの財布 拾って来たろうがよ!

 女房:しばはま……?
    
    おまえさん、いつ しばはまなんかへ 行ったんだい……?

勝五郎:……?
    
    いつって おめえ、昨日に決まってるじゃねえかよ。

 女房:何言ってるの おまえさん……。
    
    おまえさん、昨日 しばはまへなんか 行ってないだろ……?

勝五郎:おめえこそ 何言ってんだ。
    
    俺は昨日 おめえに 起こされて ――

 女房:に行ったんじゃないか。
    「手ぬぐい取ってくれ」って あたしに言ったろ?

勝五郎:……。
    
    ああ……、言った……。

 女房:そうだろ?
    
    に行く途中で さかと てんぷら屋と さかなに寄って、
    酒やら 料理やら ウチに届けさせて。
    の帰りに、ハンさんやら タケさんやら、
    友達 何人も 引っ張り込んで、
    何が めでたいんだか 知らないけど、
    めでてえ めでてえ 今日は 俺のオゴリだ なんて言って
    みんなで さんざん 飲み食いして。
    
    お友達が帰ったら おまえさん、
    俺は先に寝るって言って とんに 横になって
    そのまま グーグー寝ちゃってさ。
    それで 今 あたしが 起こしたんじゃないか。
    
    いつ しばはまなんか行ったの?

勝五郎:……!?
    
    ちょっと待ってくれよオイ……。
    いや、俺は昨日、おめえに起こされて ――

 女房:に行ったろ?

勝五郎:……。
    
    行った……。

 女房:行く途中で、
    さかに 「酒 持ってこい」、
    てんぷら屋に 「盛り合わせ 持ってこい」、
    さかなに 「刺身 持ってこい」、
    そう言って、ウチに 届けさせたろ?

勝五郎:……。
    
    届けさせた……。

 女房:の帰りに ハンさんやら タケさんやら 大勢おおぜい 連れてきて、
    さんざん飲み食い したろ?

勝五郎:……。
    
    した……。

 女房:みんなが帰ったら すぐ眠いって言って、
    とんに入って 寝ちゃったろ?

勝五郎:……。
    
    寝た……。

 女房:で、今 あたしに 起こされたんだろ?
    
    いつ、しばはまへなんか 行ったの?

勝五郎:……。
    
    
    いや……、そうなんだけど……。
    
    
    おかしいなぁ……。
    
    いや、だって、昨日 おめえに起こされて ――

 女房:に行ったんだろ?

勝五郎:いや、ゆ、には 行ったんだけどよぉ……。
    
    あれェ……?
    
    に行って……、
    行く途中に、酒と 料理 あつらえさせて……、
    帰りに わけえの4、5人ばかり 連れてきて……、
    んで 食って……、寝て……、
    
    それで……、
    
    今……、おめえに 起こされた……?

 女房:ほら。
    
    しばはまへなんて 行ってないじゃないか。

勝五郎:……?
    
    おっかしいなァ……そんなはずえんだけど……。
    
    (たどたどしく記憶をたどろうとする)
    だって……、ほら……、
    おめえに とき まちがえて 起こされて……、
    河岸かしに着いたら とん仲買なかがいも みーんな 閉まってて……、
    
    仕方ねえから しばはまへ下りて 一服いっぷくしてたら、おてんと様がのぼってきて……、
    おてんと様に ご挨拶して……、顔でも 洗おうと思ったら、
    水ん中で 何かが ゆらゆら揺れてて……、
    
    何だろうって思って 拾ってみたら、きたねえかわの財布で……、
    中 見てみたら 金が入ってて……、
    で、あわてて帰って来て……、数えてみたら じゅう両で……。
    
    そうだよ……!
    たしかにじゅう両だったよ……!
    
    俺、じゅう両入った かわの財布 拾ったんだよ!
    しばはまで 拾ったんだよ!
    そうだろ!?

 女房:(憐れむような目で勝五郎を見る)……。
    
    (ため息)はァ……。情けない……。
    
    普段から、あきないも しないで、金が欲しい 金が欲しいって、
    そんなことばかり 考えてるから、そんな 情けない夢 見たんだね……。

勝五郎:(唖然)
    
    夢……!?

 女房:そうだよ。
    そんなの 夢に決まってるじゃないか。
    
    じゅう両なんて大金たいきんが、
    そこらに落ちてるわけが ないじゃないか。
    それにね、そんな お金があったら、
    あたし いつまでも こんな ボロを着てやしないよ。
    昨日のうちに ふくにでも行って、新しい着物を 買ってるさ。

勝五郎:あれが……、夢……?
    
    そんなバカな話が あるか……!?
    
    いやいや……、俺、しばはまへ 行ったよ……。
    
    そうだよ……!
    だって俺、どおしの かねおと、聞いたよ……!

 女房:おまえさん、今 聞こえてるのは、何だい?

勝五郎:……。
    
    (遠くから鐘の音が聞こえている)
    かねおとだ……。
    どおしの……、かねおとか……?

 女房:そうだよ。つの かねだよ。
    ウチにいたって 聞こえるんだ。
    
    おまえさん、きっと夢の中で 聞いたんだよ。
    昨日、このかねおとが 聞こえてる頃、
    おまえさんは まだグッスリ寝てた。
    さっき言ってた夢、見てたんだろうね……。
    
    おまえさんが起きたのは 昼過ぎぶん
    あたしが、せめて ゆう河岸がしには行ってほしいと思って 起こしたら、
    おまえさん、河岸かしには行かずに、に行っちゃったんだよ。

勝五郎:(呆然)……。
    
    夢……。
    
    そうか……。ありゃあ、夢だったのか……。
    
    
    そりゃそうだ……。
    じゅう両なんて大金たいきん、落ちてるワケがえや……。
    
    
    おい……。
    それじゃ何か……?
    
    財布 拾ったのは 夢で、
    飲み食いしたのは 本当だってのか……!?
    
    (ため息)割りに合わねえ夢 見ちまったなァ……。
    
    
    おっかぁ……。おめえの言うとおりだ……。
    
    毎日毎日、あきないにも行かねえで、
    金が欲しい 金が欲しい……
    そんな 虫のいい事ばっかり 考えてるから、
    こんな みっともねえ夢 見ちまうんだ……。
    
    俺は、自分が情けねえよ……。
    
    金もえのに あんなに 酒や食いもん あつらえちまってよぉ……。
    こんな勘定かんじょう、とてもじゃねえが 払えやしねえ……。
    
    
    おっかあ、包丁 出してくれ。

 女房:仕事に行ってくれるのかい?

勝五郎:死のう。

 女房:バカなこと 言ってんじゃないよ!
    死んで はなが 咲くものかい!
    
    これくらいの 勘定かんじょう
    おまえさんが その気になって働けば、
    なんとでも なるじゃないか!

勝五郎:ホントか……?
    
    働けば、なんとかなるか……?

 女房:当たり前じゃないか。
    
    おまえさんは、ちょっと お酒で 失敗したけど、
    それさえ無けりゃ、ウデもいいし、評判も良かったろ?
    
    心を入れ替えて、また いい魚を売れば、
    きっと お得意さんも 戻ってくるさ!

勝五郎:(女房の言葉が胸に沁みる)
    おっかあ……!
    
    
    分かったよ。
    俺、今日から またあきないに行くよ!

 女房:おまえさん……!

勝五郎:けど……、この勘定かんじょう、俺が いくら稼いだって、
    月末つきずえまでには とてもじゃねえが 払い切れねえだろ……?

 女房:心配しないで。
    あたしが 心当たり 全部まわって ようててもらって、なんとか しのぐから。
    
    お勘定かんじょうのことは 気にしないで、おまえさんは 頑張って 魚を売っとくれ。

勝五郎:おっかぁ……すまねえ……!
    おめえには、苦労かけっぱなしで……。
    
    
    いつも そうだった……。
    おめえが 恥 しのんで、方々ほうぼうに頭 下げて、ぜに こしらえてくれて……。
    それなのに俺は、そのぜにさえも、酒代さかだいに しちまって……。
    
    
    おっかあ、約束するよ。
    俺、今日限り 酒やめるよ。
    おめえに誓って、もう一滴だって まねえ。
    キッパリと 酒やめて、しょう 入れ替えて あきないに せい 出すよ。
    
    だから、しばらくの間、どうにか しのいでくれ。すまねえ……!

 女房:いいのよ、あたしに任せといて。

勝五郎:すまねえな。
    
    
    よーし、そうと決まりゃあ、さっそくあきないに ――
    
    いや……。
    けど……、ダメだ……。

 女房:何がダメなんだい?

勝五郎:あきないに 行くったってよォ……、
    俺 もう半月はんつき以上も 休んじまってんだ。
    そんなに休んでたら、
    商売道具だって ガタが来てるだろうよ。
    
    盤台はんだいなんざ、すっかりかわいて タガも ゆるんじまって、
    使い物に ならねえんじゃねえか?

 女房:何 言ってんだい。
    あたしは 昨日や今日 さかなの女房に なったんじゃないんだよ。
    
    盤台はんだいだって 毎日毎日 ちゃんと糸底いとぞこみず ってたんだから。
    大丈夫、タガなんて 少しも ゆるんでないし、
    水の一滴いってきだって りゃしないよ。

勝五郎:包丁が びてんじゃねえか?

 女房:大丈夫。
    ちゃんといで 蕎麦そばがらの中に 突っ込んであるから、
    イキのいいサンマみたいに ピカピカ光ってるよ。

勝五郎:草鞋わらじ ――

 女房:(食い気味)出てます。

勝五郎:……。
    
    なんか 夢ん中でも こんなやり取り した気がするなァ……。
    
    
    それじゃ おっかあ、行ってくるぜ!

 


 

 語り:さあ勝五郎、それからは まるで人が変わったように あきないにせいを出します。
    
    もとより ウデのいいさかなですから、すぐに お得意を 取り戻します。
    
    「稼ぐに追いつく 貧乏なし」。
    3年の月日が経つ頃、かつて 裏長うらなが 棒手振ぼてふりだった男は、
    おもてどおりに 小さいながらも 1軒の店をかまえ、
    2人の奉公人ほうこうにんを抱えるさかな魚勝うおかつ』のあるじとなっていました。
    
    そして、その年の大晦日。

 


 

勝五郎:オウおっかあ!今帰った!

 女房:おかえりなさい、おまえさん。
    お湯屋ゆやは どうでした?

勝五郎:いやあもう、大晦日だろ? 大変な 混みようだ。
    いもを洗うようだったぜ。
    
    (奉公の小僧さんたちに)
    オウ、定吉さだきち亀吉かめきち、今日も よく働いてくれたな。
    今晩は もう仕事は いいから、おめえらも 今のうちに に行って来な。

 女房:(奉公の小僧さんたちに)
    あ、ちょいと お待ち。
    おまえたち、ほら、おちん
    帰りに これで おそばでも 食べといで。
    いいのよ 遠慮しなくて。
    今日も ご苦労様だったわね。
    じゃ、気を付けて 行っておいで。
    
    (勝五郎に)
    おまえさん、お茶でもれるから、
    こっちに お上がんなさいよ。

勝五郎:おう。
    
    (部屋がいつもより少し明るいことに気づく)
    ん……?
    オイおっかあ、なんだか、やけに部屋が 明るくねえか……?

 女房:気が付いたかい?
    
    おまえさんが おに行ってる間に、たたみさんに お願いして、
    たたみ そっくり 入れ替えてもらったんだよ。

勝五郎:お……!ホントだ!
    
    どうりで いいにおいもすると思ったんだよ。
    
    ん~ いいねえ!
    
    昔から言うもんな、「女房とたたみは 新しいほうが―― ゴホンゴホン、
    
    あー、女房は、古いほうが いいやな。

 女房:(くすりと笑って)
    いいのよ、無理しなくたって。
    
    はい、お茶どうぞ。

勝五郎:お、すまねえ。
    
    ん……?
    ばちに 火が入ってねえな。
    今日は これから 寒い中 大勢おおぜい なさるんだ。
    火ィ 入れといてあげたほうが いいな。

 女房:大勢おおぜいって……、誰か いらっしゃるのかい?

勝五郎:だって 大晦日だぜ?
    掛け取りの人が 大勢おおぜい 来るだろ? ※掛け取り…ツケを取り立てに来る人。

 女房:何言ってんだい おまえさん。
    今年は 掛けを取りに来る人なんて ひとりも いないよ。

勝五郎:え……!?
    大晦日に 掛け取りが来ない……!?
    
    本当かよ……?

 女房:本当だよ。
    反対に こっちから 取りに 行かなくちゃ ならない所が あるくらいさ。

勝五郎:そうなのか?どこだい?
    俺が 取りに行って来るよ。

 女房:いいのよ。
    
    大工のゲンさんの所なんだけどね。
    ほら、ゲンさん、秋に 足をケガしてから、
    仕事に 行けなくなってたろ?
    来月から また仕事に 戻れるらしいんだけど、
    今月は まだ お金の算段さんだんが つかないから 待ってくれって
    おかみさんが 言ってて。
    
    まあ、ゲンさんが 仕事に戻って 落ち着いて、
    春ぐらいに なってからでも いいと思ってさ。

勝五郎:ああ、かまわねえよ。
    そんなに せっつくことは ねえや。
    先方せんぽうだって、ぜにがあって 払わねえんじゃねえんだ。
    払いたくても ぜにえから しょうがねえんだ。
    
    俺たちにも 身に覚えのあるこった。
    
    (昔の苦労話を 今は笑い話として懐かしみ、楽しそうに語り合い始める)
    ありゃあ、3年くらい前の 大晦日だったかな。
    ぜにえし 借金だらけで どうしようもなくて、
    俺が オロオロしてたらよォ、おめえが、
    「おまえさんは 押入れに入って ジッとしてて!」
    なんて言って、俺を 押入れの中に 閉じ込めてよォ。

 女房:ああ、あったねぇ そんなことも。
    
    おまえさん くち下手べただし、すぐ喧嘩腰けんかごしになるから、
    全部 あたしが相手をしたほうが いいと思ってさ。

勝五郎:おめえ すごかったよなァ。
    
    次々にやって来る 借金取り相手に、
    あの手 この手で 言い訳したり 謝ったりして、
    みーんな 帰しちまうんだもん。
    俺ァ 押入れン中で 聞いてて 感心したぜ。

 女房:女のあたしが 相手じゃあ、むこうも
    そうそう きびしく責めるわけには いかないからね。

勝五郎:で、最後に来たのが こめの番頭だったんだよな。

 女房:そうそう。

勝五郎:そいつも おめえが 上手いこと言って 帰らせて、
    「もう大丈夫だよ」って言うから、
    俺、押入れから 出たんだよな。

 女房:そしたら そのたんに番頭さん、
    忘れ物 取りに 戻って来ちゃって!

勝五郎:もう 隠れるヒマがえ!
    俺 ひざついて 固まっちゃってよォ。

 女房:あたしもビックリしちゃって。
    ヒョイっと見たら、フロシキが目に入って。
    思わず そのフロシキを、
    おまえさんの頭から バサっと かぶせて(笑)

勝五郎:こんなんで ごまかせんのかよって思ったけど どうしようもねえ(笑)
    俺 フロシキかぶって ガタガタガタガタ ふるえてた。

 女房:でも 番頭さんたら、何事も 無いみたいに
    「すみません、矢立やたてを 忘れておりまして。ああ、これです。では失礼」 ※矢立て…携帯用の 墨と筆セット。
    なんて言って 帰りかけるから、
    「よかった!ごまかせた!」って 思ったんだけどね。

勝五郎:そしたら 番頭のヤロウ、戸口の所で フッと振り返って、
    そこで言った言葉が また ニクいんだ。
    
    「おかみさん、お寒うございますから、気を付けなくちゃいけませんよ。
     ごらんなさい、うしろで フロシキ包みも ガタガタ ふるえてます」
    
    なんて 言いやがって(笑)
    
    ちっとも ごまかせてねえじゃねえか(笑)

 女房:そうだったねえ(笑)

勝五郎:年明けにこめの前 通るとき、気まずかったぜ(笑)
    
    
    (昔語りは一段落し、しみじみ)
    それが 今年の大晦日は 1軒も借金が えと きたもんだ……
    ありがてえなぁ……。
    
    おっかあ、これも おめえが 上手にやりくり してくれたお陰だ。ありがとうよ。

 女房:何言ってんだい おまえさん。
    暑い日も 寒い日も、雨の日も 風の日も、
    おまえさんが 休まず 一生懸命 稼いでくれたからじゃないか。
    あたしや 奉公人ほうこうにんたちを 食べさせるために、
    毎日毎日 朝早くから 働いて……。
    
    おまえさん、本当に ありがとう。

勝五郎:おめえや奉公人ほうこうにんを 食べさせるためか……。
    
    うん、たしかに それもある。
    でもよ、それだけじゃねえんだ。

 女房: ――

勝五郎:俺 ―― 、商売が 楽しいんだ。

 女房:おまえさん……。

勝五郎:お客さんがさ、俺の仕入れた魚 見て、
    「おいしそうだね!」って言ってくれるときの顔。
    店の前 通りがかって、
    「昨日買った魚、うまかったよ!」って言ってくれるときの顔。
    嬉しそうに言ってくれる その笑顔を 見ると、たまらなくてさ。
    
    そんな顔を いっぱい見たくて、俺は毎日毎日 魚を売ってんだ。

 女房:(かつての呑んだくれの勝五郎からは考えられない言葉を聞き、胸に迫るものがある)
    ……。

勝五郎:商売が こんなに楽しいなんて、今になって ようやく分かったよ。
    
    いや、ホントは、さかなに なりたての頃は 分かってたと思うんだ。
    
    それが、酒なんぞ むようになって、
    だんだんだんだん 変わっちまって……。
    ロクに商売もしねえで 酒ばかりむようになって。
    それで 「ぜにえ」だの 「らくがしてえ」だの……。
    
    あの頃の俺は どうかしてたよ……。
    
    
    おっかあ。
    そんな ろくでなしに あいつかさず 付いてきてくれて、
    いつも 金の工面くめんしたり、やりくり したり してくれて……。
    
    今の俺が あるのは、おっかあ、おめえの お陰だ……。
    ありがとうよ……。


 女房:……。
    
    
    
    (意を決する)
    あのね、おまえさん。

勝五郎:ん?どした?


 女房:あのね。
    
    
    今日は おまえさんに、見てもらいたい物があるの。

勝五郎:ふうん?なんだ?
    
    ああ、春の着物か 何かか?
    いやいや、それだったら 俺が見たって しょうがねえよ。
    着物のことなんざ よく分からねえ。

 女房:ううん。着物なんかじゃないの。
    
    
    それからね。
    
    あたしの話を、最後まで、
    怒らないで 聞いてくれるかい……?

勝五郎:なんだよ改まって。
    
    ……。
    
    
    分かったよ。
    
    今日は 機嫌がいいんだ。怒らねえで聞くよ。

 女房:ほんと?
    ほんとに、怒らずに 最後まで聞くって、
    おまえさん、約束してくれる?

勝五郎:大丈夫だよ。怒りゃしねえから。
    話してごらんよ。

 女房:うん。ありがと おまえさん。
    
    ちょっと待ってて。(と、中座する)

勝五郎:ん?どこ行くんだ?
    
    おいおい、押入れなんか けて どうしようってんだ?
    
    
    ああ!なんだ ヘソクリかァ!
    ハッハッハッハッハ、バカだなぁ、
    そんなことで 怒るワケねえじゃねえか。
    
    おめえが やりくりしてんだ。
    ヘソクリぐらい 別に かまわねえよ。

 女房:(革の財布を勝五郎の前に置いて)
    おまえさん。
    
    おまえさんに 見てもらいたい物ってのは、これなんだよ。

勝五郎:ん?
    
    (財布を見て)
    また ずいぶん きたねえ財布だなぁ。
    
    なるほど 考えたもんだ。
    こんな きたねえ財布に ぜにが入ってるなんて 思わねえもんな。
    ヘソクリの 隠し場所にゃあ 持ってこいだ。
    おめえも なかなかのさくじゃねえか。

 女房:中、見ておくれよ。

勝五郎:え?
    
    よせよ。亭主が 女房のヘソクリなんざ 見るもんじゃねえや。
    おめえの才覚さいかくめたぜにだ。
    いくらんでようが かまわねえよ。
    
    さ、しまっときな。

 女房:いいから。見ておくれよ。

勝五郎:ええ……?
    なんだよ、そんなに ヘソクリの自慢が してえのか?
    
    わかったよ。
    
    (財布を手に取る)よっと。
    
    (すると とても重い)
    ん……!? ずいぶん重いな。
    
    オイオイ、おめえ一体 いくらんだんだよ?

 女房:お前さんの目で 確かめてごらんよ。

勝五郎:いいのかよ……。
    
    じゃ、中身 あけるぜ……?
    
    (中身を出す。大量の二分金が出てくる)
    
     ―― !!
    
    オイオイ! なんだよ このぜにはよォ……!!
    
    女ってのは 油断ならねえなァ……。
    知らねえうちに こんなに みやがって……。
    
    いくらあるんだ?

 女房:数えてみておくれよ。

勝五郎:なんだよ、おめえも 数えてねえのか?
    
    じゃ数えるぜ?
    
    ひとひとひとひと、ふたふたふたふた、
    みちょみちょみちょみちょ、よちょよちょよちょよちょ。
    それから、ひい、ふう、みい、よ。
    
    オイ、じゅう両も あるじゃねえか!


    

 女房: ――
    
    おまえさん、その財布と、
    じゅう両って数に、覚えは 無いかい ――


    

勝五郎:え ――
    
    
    (財布と42両を見て思いを巡らせる。そういえば見覚えがある)
    
    
     ―― そうやあ……


    

 女房:あるかい?


    

勝五郎: ―― ある。 あるよ。
    
    3年前だ。
    
    俺、しばはまで 財布 拾う夢 見たよ。
    そん時の財布が、たしか こんな財布で、
    中身が、たしか じゅう両だった……。


    

 女房: ――
    
    
    あれね ――
    
    
    
     ―― 夢じゃなかったんだよ。


    

勝五郎: ―― え?


    

 女房:あれはね、夢じゃなかったんだよ。
    
    
    3年前の あの日、
    おまえさんは本当に しばはまへ行って、
    本当に 財布を拾って 帰って来たの。


    

勝五郎: ――
    
    夢じゃ ―― なかった ――
    
    
    
    そりゃそうだよな……。
    
    おかしいと思ったんだ……
    夢にしちゃ ハッキリしすぎてたもんなぁ……。
    
    
    (怒気を含んで)
    オイ、テメエ どうして そんな嘘 つきやがった?
    俺はな、あの時ほど 情けねえ思いをしたことは無かったぜ?
    
    亭主 だますようなマネしやがって。
    一体どういうつもりだ!

 女房:待って おまえさん。あたしの話を聞いて。
    あたしの話を 最後まで 怒らずに聞くって、
    約束してくれたでしょ?

勝五郎:……フン。
    
    分かったよ。
    聞くだけは 聞いてやる。
    話してみろよ。

 女房: ―― 3年前の あの日。
    おまえさんが しばはまで 財布を拾って来た日。
    じゅう両もの大金たいきんを見て、そりゃあ あたしも喜んだよ。
    あれだけ お金が無くて 苦しいぶんだったもの。
    ああ、これで方々ほうぼうへの ツケが払える、借金も返せるって……。
    
    でも、すぐに怖くなったの。
    
    拾った お金。それも こんな大金たいきん
    やっぱり使っちゃうのは マズいんじゃないかって……。
    
    おまえさんに、この お金どうするの?っていたら、
    これでもう あきないなんて しなくていい、
    うまい物 食べて飲んで おもしろおかしく暮らせるなんて言って……。
    
    あたし、これじゃいけないと思って、
    おまえさんが 寝てる間に、
    おおさんに 相談に行ったの。
    
    そしたらおおさん、
    「馬鹿野郎。いくら 海で拾った金だからって、
    他人ひとさまの金に 手を付けたりしたら、
    お前の亭主、手が後ろへ回っちまうぞ」って……。
    
    どうしたらいいですかって いたら、
    財布を拾った なんてのは 夢だと言い張れって。
    金は おかみに 届け出ておいてやるから、亭主が 何を言っても、
    とにかく夢だと言って 押し切れって……。
    
    だから あたし、おまえさんに、
    あれは 夢だったって 言って……。
    
    何度も 夢だ夢だって 言ってたら、
    おまえさん、素直なんだか 人が いいんだか、
    コロッと信じてくれて……。
    
    
    
    
     ―― それからというもの おまえさん、
    人が変わったように なってくれたね……。
    
    あれだけ好きだった お酒も キッパリやめて、
    毎日 一生懸命 あきないに 出てくれて……。
    
    
    
    実は、あの お金ね、
    拾ってきて 1年くらい 経った頃かな ――
    おかみから おわたしに なってたの。
    としぬし ざいにより、つかわすって。
    
    あたし、もう嬉しくって、
    すぐにでも おまえさんに 知らせてあげたかった……。
    
    けど……。
    
    せっかく 心を入れ替えて あきないに せい 出してくれてる おまえさんに この お金を見せたら、
    また、元の おまえさんに 戻っちゃうんじゃないかって……
    それが怖くて……ずっと言えなかったの……。
    
    
     ―― でもね。
    
    今日、おまえさん、「商売が 楽しいんだ」って……
    
    「お客さんの笑顔が見たくて 魚を売ってるんだ」って……。
    
    それを聞いて、あたし、
    ああ、もう大丈夫だ、
    この人は もう大丈夫だって……
    心から 思えたから……、
    
    だから この お金のこと、話そうと思って……、
    話して、おまえさんに 謝ろうと思って……。
    
    
    やっと…………、やっと 言えます……。
    
    おまえさん……、
    ずっと、嘘ついてて……
    だましてて……
    ごめんなさい……!
    
    3年間も 女房にだまされてたなんて、腹が立つでしょう……?
    あたしのこと、憎いでしょう……?
    
    許してくださいなんて 言いません……。
    どうか、お気の済むまで……
    あたしを、殴ってください……。


    

勝五郎: ――
    
    
     ―― おっかあ。
    どうか、頭 上げてくれ。
    
    おめえを殴る?
    
    冗談 言っちゃ いけねえ。
    んな事したら バチが当たって、
    俺の手が 曲がっちまうよ。

 女房:おまえさん……。
    
    あたしを、許してくれるのかい……?

勝五郎:許すも 許さねえも えよ。
    
    謝るのは 俺の方だ。
    
    俺のためを思って、おめえ、この金のこと、
    ずーっと 腹に 納めて くれてたんだな……。
    
    辛かったろ……?
    俺のせいで 辛い思いばかりして……。
    
    すまねえ。許してくれ。(頭を下げる)

 女房:ちょ……おまえさん……!
    頭 上げとくれよ!
    
    おまえさんに頭 下げてもらうような、
    そんな甲斐かいしょう、あたしには無いよ!

勝五郎:何言ってんだ。
    俺は おめえのこと 神棚かみだなまつって、
    毎朝 手ェ合わせて 拝みてえぐらいだ。
    かかあ大明神だいみょうじんだよ。

 女房:おまえさん……。

勝五郎:おめえの言うとおりだ。
    
    3年前の俺は どうかしてたよ。
    俺が拾ったんだから 俺のモンだなんてよォ……。
    
    あのまま ネコババしてたら、
    おおの言うとおり、俺は 手が後ろへ回ってたろうよ。
    下手すりゃ 死罪、良くても 送りだ。
    そうならずに 済んだのは、おっかあ、おめえの お陰だ。
    
    あらためて 礼を言うぜ。
    
    よく 夢にしてくれたな。ありがとうよ。

 女房:(大きく安堵の息をつく)
    あたし、これで胸の つかえが 取れたよ……。
    
    
    ねえ おまえさん、一杯 まないかい?

勝五郎:ん? 茶か?

 女房:お茶じゃないよ。
    お酒だよ。

勝五郎:酒……?
    
    酒が あるのか……?

 女房:うん。
    
    あたし、なんだか 今日ね、この財布と お金の話を
    おまえさんに できるんじゃないかって 気がしててね。
    
    何もかも おまえさんに話して、
    それで おまえさんが 許してくれたら、
    仲直りの印に 一本 付けてあげようと思って……。
    
    だから おまえさんが おに行ってる間に、
    さかさんに 頼んでおいたんだよ。

勝五郎:そうだったのか。
    
    いや、どうりでよぉ、たたみにおいに混じって、
    なにやら 懐かしいにおいがするなぁと 思ってたんだよ。
    
    へぇ~ 酒が あるのかァ。
    
    
    いや!でもダメだ!
    
    俺はキッパリ 酒をったんだ。
    もう 一滴もまねえって 決めたんだ。
    
    これは 神や仏に 誓ったんじゃねえ。
    おめえに 誓ったんだぜ?

 女房:その あたしが んでちょうだいって 言ってるんだよ。
    
    おまえさんが お酒を やめたのは、
    んでは あきないを しくじってたからだろ?
    そんな昔の おまえさんは もう いないんだから。
    大丈夫、今の おまえさんは、
    お酒にまれたりする人じゃないよ。

勝五郎:おっかあ――

 女房:今日は大晦日。明日は元日。
    今年は あたしたち、借金も無く 新しい年を 迎えられるんだよ?
    それどころか、こんなに大きな お金まで……。
    もうけんさま気兼きがねすることもらない、
    あたしたちの お金だよ。
    
    こんな めでたい年越しなんて あるもんじゃないよ?
    ね? 祝い酒だと思ってさ、一杯 おみよ。

勝五郎:祝い酒か……。
    
    うん。それじゃ、一杯もらおうか。
    ああ、湯呑ゆのみで かまわねえ。これにいでくれ。
    
    (女房に酌をしてもらって)
    オウ、ありがとよ。
    
    (酒の香りが鼻腔をくすぐる)

    ああ、このにおい、懐かしいなぁ……いいにおいだ……。
    
    
    じゃ、いただくぜ。
    (と、湯呑みを口へ持って行くが、ふと手を止めて)
    
    
    
―― いや、やっぱり よそう。
    

 女房:どうしてだい?
    

勝五郎:また 夢になると いけねえ。
  



おわり

その他の台本                 


参考にした落語口演の演者さん(敬称略)


古今亭文菊
古今亭志ん朝(3代目)
三遊亭円楽(6代目)
三遊亭圓楽(5代目)
柳家さん喬
立川談志
古今亭志ん弥
柳家小三治(10代目)
立川談春
桂三木助(3代目)
金原亭馬生(10代目)
三笑亭可楽(8代目)
瀧川鯉昇
春風亭一朝
五街道雲助


何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp

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