声劇台本 based on 落語 「
【書き起こし人 註】
古典落語をベースにしていますが、あくまでも"声劇台本"として作成しています。
なるべく声劇として演りやすいように、元の落語に様々なアレンジを加えている場合があります。
アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。
ご利用に際してのお願い等
・上演を公開される際は、観覧無料の媒体のみで行うようお願いします。
観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
配信者へ 金銭または換金可能なアイテムやポイントを贈与できるシステムの有無は問いません。
ただし、ことさらリスナーに金銭やアイテム等の贈与を求めるような行為は おやめください。
・無料公開上演の録画は残してくださってかまいません(動画化して投稿することはご遠慮ください)。
録画の公開期間も問いません。
・当ページの台本を利用しての有料上演はご遠慮ください。
・当ページの台本を用いて作成した物品やデジタルデータコンテンツの販売はご遠慮ください。
・当ページの台本を用いて作成した動画の投稿はご遠慮ください。
・台本利用に際して、当方への報告等は必要ありません。
<登場人物> <配役> ここから本編
語り:江戸時代。
矩随:(道具屋「若狭屋」の店先で 中に向かって)
若狭屋:おお、 矩随:はい、失礼いたします。(上がる) 若狭屋:で、今日は 何を 矩随:はい。 若狭屋:お、見せとくれ見せとくれ。
矩随:はい……、そのつもりで 若狭屋:ん~~、
矩随:そ、そうですか……。
語り: 矩随:すみません、 若狭屋:ん~、まあいいよ、今日も ごくろうさん。
語り: 矩随: 若狭屋:なあに、いいんだよ。
矩随:いえ……でも それは、あっしが 下手なのが 悪いですから…… 若狭屋:ああ 矩随:はい、ありがとうございます。 若狭屋:ときに、おっかさんは 元気でいらっしゃるかい? 矩随:ええ、おかげ様で。
若狭屋:ああ それはいい事だ。
矩随:はい。
若狭屋:うん。また何か 矩随:はい。それでは。(去る) 若狭屋:(あらためて矩随の彫った物を見て ため息)
定吉:はぁーい!
若狭屋:(矩随の彫った物を渡して)
定吉:はい。
若狭屋:そんなんじゃあ、売り物に ならないからね。 定吉:はあ。
若狭屋: 定吉:(おもしろかった思い出。楽しそうに)
若狭屋:ああ……そんなのもあったねぇ…… 定吉:あれ 何回 見ても 笑っちゃうんですよぉ(笑)
若狭屋:こらこら、人の 定吉:はぁ~い。(去る) 若狭屋:(ため息)小僧にまで 馬鹿にされてて どうすんだい……。
矩随:おっかさん、ただいま帰りました。 母親:ああ 矩随: 母親:ありがたいねぇ……。
矩随: 母親:あの 矩随:ええ、本当に……。 母親:あの 矩随:……。 母親:こないだ、 矩随:……。
母親:(気遣うように)
矩随:はあ……。
母親:何を言ってるんだい。
矩随:おっかさんが そう言ってくださるのは 嬉しいんですが……。
母親:そうかい……。
矩随:はい……
語り:そうして 矩随:(若狭屋の店先で)
定吉:(声を聞きつけて)
若狭屋:(前夜に深酒しすぎて二日酔い気味)
定吉:はーい。 若狭屋:それからね、水を1杯、持ってきておくれ。 定吉:はーい。かしこまりましたー。 若狭屋:いやぁ 矩随:はい。ゆうべから 若狭屋:ほう。
矩随:はい。 若狭屋:ほう 矩随:はい。 若狭屋:つかぬ事を 矩随:はい……。 若狭屋:馬の 矩随: ―― ?
若狭屋:この馬、 矩随:えッ ―― !
若狭屋:(プロの職人とは思えないミス、そしてまたその言い訳にたっぷり呆れる)
矩随:す、すみません……。 若狭屋:情けないねぇ……。
矩随:……。 若狭屋:ひとつには、 矩随:(ただただ恐縮) 若狭屋: 矩随:え ―― 若狭屋:ちょいと待ってろ。(席を外す) 若狭屋:(戻って来て、金包みを差し出す)
矩随:え、あの……? 若狭屋:5両ある。 矩随:5両……!?
若狭屋: 矩随:え ―― 若狭屋:これで もう 矩随: 若狭屋:俺はもう、おまえさんに 矩随:(返す言葉もなく うなだれる)
若狭屋:ああ、 矩随:なんでしょう……。 若狭屋:ハッキリ言った ついでだ。
矩随:(強烈な言葉に衝撃を受ける)
若狭屋:なんだ? 驚いた顔 してやがんな。
矩随:…… 若狭屋:おまえさん どう思ってんだ。
矩随:…… 若狭屋:おまえさんが 少しでも お 矩随:…… 若狭屋:冗談に聞こえたか?
矩随:……。
矩随:(家路。打ちひしがれている)
矩随:おっかさん、ただいま帰りました……。 母親:ああ 矩随:はい……。
母親:そうかい。
矩随:(母の目を見ることもできず、うつむき加減で)
母親:お 矩随:はい。
母親:(矩随の様子をじっと見ている) 矩随:ですから……、お 母親:(矩随の様子をじっと見ている) 矩随:ただ……、
母親:(矩随の様子をじっと見ている) 矩随:思い立ったが何とやら と言いますから、すぐに 母親:お待ち。
矩随: ―― !
母親:いいえ。
矩随:(涙をこらえたり こらえられなかったりしながら)
母親:ウデの悪い職人は 死んじまったほうがいい か ―― 。
矩随:はい ―― 。
母親: ―― 。
矩随:はい ――
母親:本当に ――
矩随:はい ―― 。
母親: ―― 。
矩随: 母親:およし。
母親:(戻ってくる。短刀を矩随の前に差し出して)
矩随:これは ―― ? 母親:ウチの人が 大事に持ってた 矩随:お 母親:おまえの お 矩随:はい ―― 。
母親:お待ち 矩随:どうしました? 母親: 矩随:ええ、なんでも いたします。
母親:おまえも職人。
矩随:……おっかさん、どうかそれは、勘弁しておくんなさい。
母親:いいえ 矩随:……。
母親:ありがとうよ 矩随: 母親:いいから。
矩随:……。
母親:うん。
矩随: ―― 承知しました。
語り:そうして 矩随:(何かが聞こえてくる)
母親: 矩随:おっかさん……。
語り:それから 矩随:できた……! 語り:最後の 矩随:おっかさん……。
母親: 矩随:いいえ……俺が 母親:待っとくれ 矩随:え……? 母親:もう1つ、最後に もう1つだけ、
矩随:はい……、俺に、できる事でしたら……。 母親:それじゃ……、
矩随: ―― え!?
母親:それは そうなんだけどね。
矩随:おっかさん……、それは どうか ご勘弁を……。
母親:顔を見せづらい気持ちは 分かるけど、でも、
矩随:……。
母親:ありがとう 矩随:さ、30両……!?
母親:お願いだよ 矩随:…………。
母親:行ってくれるかい……?
矩随:では、すぐに行って来ます。 母親:お待ち 矩随:すみません、ありがとうございます。 母親:(椀に水を汲んで持って来る)
矩随:はい。(椀を受け取る) 母親:ああ、おっかさんも のどが 矩随:分かりました。
母親:ありがとう。
矩随:では、行ってまいります。 母親:うん。
矩随:はい。 母親:気を付けて、行っておいで ―― 矩随:はい。では。(行く) 若狭屋:(先日 矩随に「死ね」と言ったことを後悔している)
定吉:はーい。 若狭屋:まだ 定吉:はーい。
若狭屋:ああ定吉。なんだい騒々しい。どうしたんだい? 定吉:出ました!! 若狭屋:出た?何が? 定吉:のりゆきさんの ゆうれいが!! 若狭屋: 定吉:い、いま、こっちにむかって、歩いてくるんです!! 若狭屋:落ち着きなさい。
矩随:(開いた戸口から姿を見せる)
定吉:わああああああ! 若狭屋:(矩随の風貌に一瞬 面食らう)
矩随:おはようございます…… 若狭屋:幽霊じゃ、ないね……? 矩随:え……?
若狭屋:(矩随の風貌に見入る)
矩随:はい……失礼いたします……。
若狭屋:いやいやいやいやいやいやいや!!
矩随:いえ……。
若狭屋:ほう、 矩随:はい……。
若狭屋:お、見せてもらうよ。
矩随:いえ……、あの、これは…… 若狭屋:(みなまで言わせず 手で制して)
矩随:あ……、あの、その……。
若狭屋:いや 何 言ってんだい おまえさん。
矩随:はい……。
若狭屋:30両 ―― ?
矩随:は、はいッ ―― !
若狭屋:だから 誰も まけろだなんて 言いやしないよ。
矩随:え ―― ?? 若狭屋:ちょいと 待ってておくれ。(中座) 若狭屋:(金包みを持って戻る)
矩随:30両 ―― 。
若狭屋:もちろんだよ。
矩随:(嬉し泣き)
若狭屋:ん ―― ?
矩随: 若狭屋:ん?
矩随:これが ―― 名人の作 ―― 。
若狭屋:どうしたんだい 矩随: 若狭屋: ―― え?
矩随:いえ、 若狭屋:なんだって……?
矩随:はい ―― 。 若狭屋:(信じられない思いで 観音像と矩随を見比べる)
矩随:わ、 若狭屋:(頭を上げて)
矩随:はい ―― 。
若狭屋:ちょちょちょ……、それ言っちゃったのかい!?
矩随:いえ。
若狭屋:そうだったのかい……。
矩随:ありがとうございます ―― ! 若狭屋:これだけの 矩随:はい。
若狭屋:そうだったのかい。 矩随:ええ ―― 、30両 ビタ1 若狭屋:なるほど ―― 。
矩随:いえ。うちで水を 若狭屋: 矩随:ええ。出がけに おっかさんが、 若狭屋:(何やら真剣に考えている)
矩随: 若狭屋:そして 矩随:え ―― ? 若狭屋: 矩随: 若狭屋: 矩随:は ―― はいッ!! 語り: 矩随:(息を切らして駆けながら。独白)
語り:転がるようにして 家に たどり着いた 矩随: ―― !!
語り: 矩随:(がっくりと膝をつく)
語り:あとから 駆け付けた 矩随:すみません、 若狭屋:いやいや。こんな時だからこそだよ。
矩随:ありがとうございます……。 若狭屋: ―― 。
矩随:え ―― ?
若狭屋: 矩随:俺 ――
若狭屋:おまえさんなら できるさ。
矩随:え、これ…… 若狭屋:お 矩随:え、でも…… 若狭屋:いやいや、別に 30両 返せなんて 言いやしないよ。
矩随: 若狭屋:それでいいかい ―― ? 矩随:はい ―― !
若狭屋:ホントにいいのかい?
矩随:(少し笑って)
語り:さあ それからというもの、 矩随: 語り:ということで 男:ああ、こらどうも 若狭屋:はぁ、浜野先生の お 男:じゅうさんねんご!? ほんな 若狭屋:ほう、どんなモノでも構わない。
男:(受け取って)
若狭屋:何に見えますか? 男:そうでんなあ……。
若狭屋:ふっふっふ、お客さん。
男:ほう、さよか!ほて、これ、おいくらで?
若狭屋:500両です。 男:ご、ごひゃくりょう!? 語り: ―― とまあ、そんな
・
25歳くらい。
腰元彫りの名人・「浜野矩康(はまの のりやす)」の息子。 父 矩康はすでに他界。
本人も腰元彫りの職人だが、父とは違い、下手。
怠惰なわけではなく、本人なりに真面目に一生懸命やっているのだが、なかなか腕が上がらない。
優しい性格で、母親思い。
一人称は「あっし」「手前(てまえ)」もしくは「俺」。
・母親(セリフ数:47)
50歳代。
矩随の母。 故・矩康の妻。
世間の母親同様、一人息子の矩随をいたく愛している。
泰然としており、何事にも動じず、落ち着いている。
一人称は「あたし」。
・
?歳。まぁ矩随よりは年上の方がいいでしょう。
道具屋「若狭屋」の店主。
江戸っ子らしく義と情に厚く、生前の矩康に世話になった恩義から 損を顧みず 矩康の息子・矩随のサポートをしている。
商人なので 普段は人当たりの良い話し方だが、気安い相手には時としてズバッと厳しく言うことも。
特に酒が入ったりすると、江戸っ子の気性が頭をもたげ、ついつい言葉が過ぎるクセがある。
一人称は基本的に「私」。「俺」になることもしばしば。
・定吉(セリフ数:15
)
10歳前後。
若狭屋に奉公している小僧さん。
一人称は「オイラ」。
・語り(セリフ数:14
)
?歳。
いわゆるナレーション。
丁寧語で、聞き手に語り掛ける感じ。
セリフ数を考慮して女性に振っていますが、男性がやっても全く問題ありません。
・男(セリフ数:6)
?歳。
矩随の品物を求めて遠方からやって来た男。
どこかの商店の番頭格らしい。
出番は最終盤にほんの少しだけ。
台本のうえでは関西弁を話していますが、演者さんの得意な訛りで演っていただくのも面白いかと。
標準語で演っても さほど問題ありません。※標準語への対訳も併記してあります。
ちなみに江戸落語の噺家さんは だいたい エセっぽい関西弁で演ってらっしゃいます。
・浜野矩随/男:♂ ※マーカーあり台本 → こちら
・母親/定吉/語り:♀ ※マーカーあり台本 → こちら
・若狭屋甚兵衛:♂ ※マーカーあり台本 → こちら
※配役はあくまでも推奨ですので、自由に変えていただいて構いません。
【ちょっと難しい言葉】※クリックすると開いたり閉じたりします(ブラウザによっては機能しません)
刀剣や煙草入れ等の付属品を彫ること。また その彫った金物。あるいは それを彫る職人。
わきざしのさやの外側にさし添える小刀。またはその柄(え)。「こがら」と読んじゃうと全然ちがう意味に。
煙草入れなどの提げ物を腰の帯にさげて携帯するための留め具。
引っ越し。
メジマグロ。
一人前。「いったん」と読んじゃうと全然ちがう意味に。
若い馬。
考え。気持ち。思案。
それまでの関係を断つこと。また そのために相手に渡す金銭。
旅のための金銭。旅費。
金属の加工に用いる のみ。漢字だと「鏨」。難しい。
短刀。あいくち。
(親や師に似ず)未熟なこと。おろかなこと。
この世。現世。
二度と会えないかも知れない別れの時などに、酒のかわりに水をついで、杯をやりとりすること。
糸口を作る。
「
その
そんな 名人の名を ほしいままにした
49歳のとき、妻と一人息子を残して この世を去ってしまいます。
彼もまた、父の後を 継ぐように、
今日も、
ま、お上がり お上がり。
こちらです。
ん、どれどれ……
(見てみるが、どうもイノシシには見えない)
……おい
イノシシに見えませんか……?
おまえさんが 「イノシシ」だと言って 見せてくれたから、
これはイノシシだと 自分に 言い聞かせながら 見てみればまぁ……
イノシシに 見えなくも ないような 気もするけど……
そうでなきゃあ、豚にしか 見えないねえ……。
すみません……
自分では イノシシを
決して
本人は 一生懸命
どうにも ウデが上がりません。
名人
しかし その お
また
じゃ いつものとおり、
(銭を渡して)
はい、
今では この
必ず
おまえさんの お
私も 世話になったからねぇ。
ウチは ずいぶん
今 これだけの店を 構えられるのは、
おまえさんの お
その 恩返しでもある。
他の
亡くなった
おまえさんと おっかさんが
誰ひとり 見向きもしないときた。
まったく 冷たいもんだよ。血の
つい 余計なことを 言っちまった。
ま、あんまり 気にしないでおくれ。
とにかくまあ、どんな物でも、
ちゃんと
ときどき 腰が 痛むようですが、
それ以外は 大きな
食欲も ありますんで。
今日は いただいた お金で、久しぶりに うまい魚でも
買って帰って あげようかと思います。
きっと お喜びになる。
おまえさんは おっかさん思いの いい男だ。
これからも
では今日は、これで失礼します。
それじゃ、おっかさんにも よろしく 伝えとくれ。
(奉公人の小僧を呼ぶ)
(やって来る)
だんな様、なにか ご用でしょうか?
これ、また いつもの箱に しまっといてくれ。
あ、のりゆきさんの
今回のは 何かなぁ?
あ、ブタだ!
だんな様、これ、箱に しまっちゃうんですか?
お店に 出さないんですか?
そうかなぁ……上手なブタだと思うけどなぁ……。
ねえ だんな様、こないだの
あれ、だんな様 おぼえてませんか?
頭に お皿が のってるから カッパだと思って 見てたら、
下のほう行くと、おなかが ポコンて 出っぱってて、
太いシッポまで付いてて、タヌキになっちゃうの。
あれ おっかしかったなぁ(笑)
カッパだか タヌキだか 分かんないから、
だからオイラも
おこられたりして つらいことがあったら あの
そしたら もう おかしくて笑っちゃって、つらいのも 忘れちゃうんですよね。
そんなふうに 使うもんじゃないよ。
持って来てるんじゃないんだ。
さ、豚も
とにかく それ いつもの箱に しまって、仕事に戻っとくれ。
もう少し ウデが 上がらないもんかなぁ……。
帰りに
メジを 切り身に してもらいましたんで、
あとで 煮付けにでも して 食べましょう。
あたしたちが 今 こうして 暮らしていられるのは、
あの
それにしたってねえ……。
少しでも こっちから お返しできればと 思うんだけど、
ウチも 食べていくので 精いっぱいで、なかなかね……。
ウチの人の
1つでも 残ってれば よかったんだけどねぇ……。
「
1つだけでも 何か 取っておいてらっしゃいませんか」って。
今でも ウチの人の
ときどき、何か 無いかって
残ってれば 喜んで 差し出したんだけど、
1つ残らず 食べるものに 換えちゃったからねぇ……。
そう お答えしたら、
ずいぶん 残念そうな顔 してらっしゃったねぇ……。
すみません……。
俺に、お
ああ、ごめんよ
いくら親子と言ったって、何でも 同じようにという
おまえは おまえなりに、頑張ってやればいいんだよ。
でも、やっぱり俺には、
職人の才能は 無いみたいですから……。
才能が無いなんて 決めつけるには、
おまえは まだ若いじゃないか。
お
いい物が
おっかさんは、おまえに 才能が無いなんて、思っちゃいないよ。
ですが、それは 親の
今日も
イノシシを
まぁでも、名人だって、最初から 名人って
その花が、ある日 突然 パッと開くか、
それとも ゆっくり開いていくかは 人それぞれ。
ゆっくりでも いいじゃないか。
才能が無いなんて
彼なりに
その腕前は なかなか上がりませんでした。
いろいろな物を
どれも
それでも
必ず
そんな ある日――――
あ、
(主人の部屋の前へ行って)
だんな様ー、のりゆきさんが 来てらっしゃいますよー。
んぁ……。
(頭痛)あいたたた……。
いけない いけない、ゆうべ ちょいと 呑み過ぎちまった……。
(まだ酒が残ってる感じ)
ああ~……まだ ゆうべの酒が 残ってるな……。
(定吉に)
定吉や、
ゆうべ 仲間と
今日は また ずいぶんと早いじゃないか。
さきほど
夢中で
言うように なってきたじゃないか。 嬉しいねえ。
で、何を
(差し出して)これです。
どれどれ、見せてもらいますよ。
(しげしげと見る。一見いい出来に見えて感心しかける)
ふーむ、なかなか上手く
ん……?
おい
4本だと思いますが……。
(あわてて自分も見る)
あっ……!
す、すみません!
明け方 ちょっと ウトウトして、
(深い ため息)
「明け方 ウトウトして
この際だから、今日は ちょいと 言わせてもらうよ。
私は毎回 ごくろうさんと言って
これはな、なにも、
そこから もぎ取って おまえさんに 渡してる
それを 右から左へ、おまえさんに くれてやってるのは どうしてだと思う?
おまえさん 考えたこと あんのかい?
また ひとつには、困ってる おまえさんと おっかさんを 助けたいってのもある。
それから 俺の意地ってのもある。
俺が おまえさんたちの 世話してるの見て 馬鹿にしやがんだ。
「なんの
江戸っ子は 困ってる人を見たら
テメエが裸になっても 助けるなんて言うけどよぉ、
そんな奴ぁ 滅多に いるもんじゃねえ。
俺だけは そんな
そんな意地だ。それもある。
でもな、俺がずっと おまえさんの
――やっぱり おまえさんへの 期待なんだよ。
おまえさんの
誰も買ってやらなくなったら、
おまえさん のたれ死んじまう。
けど俺が こうやって
そのうちに
一人前の職人に なってくれるんじゃねえかと――――
期待してたんだよ。
別に オヤジさんみたいな 名人になれ なんて思わねえよ。
けど、ちったぁマトモなもん
それがどうだい この
奥の
おまえさんが
売りもんに ならねえから そこに放り込んどくんだ。
もう 箱いっぱいだよ。箱いっぱいの ガラクタだ。何の役にも 立たねえ。
いや、ひとつだけ 役に立つモンがあるな。
覚えてねえか?
去年だか おととしだかに おまえさんが
頭が カッパで 体が タヌキの ワケの わからねえ
ウチで
怒られて
小僧にまで 笑われるようなモン 平気で 持って来て、情けねえと思わねえのか?
何 持って来ても こっちが ポンポン 金 出すからって、甘えてんじゃねえのか。
今日のだって そうだ。
どっかから 注文 受けた
なにも
明日でも あさってでも いいじゃねえか。
どういう
おまえさんが
おまえさんと おっかさんの 面倒を見ると 誓った。
だがな ―― 、
もう ここらが限界だ。
ほら。
あ ―― 、あの、これは ――
5両も ありゃあ、しばらく食いつなげるだろ。
二度と、ウチの
……。
わかりました……。
長い間、ご迷惑かけて、すみませんでした……。
もう、こちらへは、まいりません……。
もうひとつ、言わせてもらうけどよぉ――
俺はな、いつまでたっても ウデの悪い職人なんざ、
死んじまったほうがいいと思ってんだ。
え ――
そんなに意外なこと 言ったか?
だがよォ、考えてもみろ。
ヘタな職人が 生きてて どうなるよ。
生涯 ゴミ こしらえ続けるだけだ、そうだろ?
メシだけ食って メシの
そんなヤツ 死んじまったほうが
近所じゃあ、おまえさんは
たしかに おまえさんは、おっかさんには優しいし、
母思いの いい
でもな、それは おっかさんに対してだけだ。
お
こんな 1
お
おまえさんが ゴミ こしらえれば こしらえるほど ――
言い換えりゃあ、おまえさんが 生きれば 生きるほど、
お
いっそ死んじまったらどうだ。
けど俺は 本気で言ってんだぜ。
ああ、おっかさんのことは 心配するな。
おまえさんが死んだって、俺が
死に方が 分からねえか?
なら 教えてやるよ。
下を
ひの ふの みぃで、ドボーンと 飛び込みゃあ、
水が怖けりゃ 右 行けよ。
いい
その松の下に 大きい石を 持って来る。そこに乗る。
輪っか こしらえて
ひの ふの みぃで 石を蹴る。これで終わりだ。
ま、死に方なんざ どうだっていいや。
おまえさんの好きにしな。
それ以前に、おまえさんに 死ぬ度胸が あるかどうかも 分からねえがな。
まあ とにかく、これで スッパリ
さ、帰ってくんな。
はい……。
お世話に……なりました……。
(ため息)
(独白)
俺はダメだなぁ……。
今日
明日でも あさってでも――
まずくても、キチッとした物 持ってきゃ 良かったのに……。
それを 目の前の金ほしさに 俺は……あんな
自分じゃ 一生懸命 やってるつもりだったけど、
ウデも
俺みたいなヤツが 生きてたって……ゴミ こしらえ続けて……
お
あの
死のう……。
せめて……、せめて死ぬ時くらいは、きちんと死のう……。
思ってもらえるように……。
俺が張れる 意地は、もう それぐらいしかない……。
遅かったねぇ。
色々 お話を してくださって、
それで、遅くなりました……。
はい……とても お元気でした……。
(直截に「死ぬ」と言って母を悲しませぬよう 嘘をつく)
それで、その……、
「
男と生まれたからには、一度くらい お
そう おっしゃって……、
でもまあ、
5両なんて金が なくても、
この5両は、ウチに 置いて行きます。
俺が旅に出てる間、食べる物を 買うのに、お使いになってください……。
たかが お
初めての
どこで 何があるか 分かりません……。
帰って来られないような事が あったら ―― 、
その時は、
あの
おっかさん、どうか、お
おまえ、あたしに 嘘を ついてるね。
いえ、そんな……嘘なんて……
お腹を 痛めて 産んだ わが子が そんな様子で 言う言葉、
嘘と見抜けないようでは 母親とは 呼べません。
あたしの顔も 見ないで ずっと うつむいて。
見れば
おまえ、
なんて言われたんだい?
はい ―― 。
おまえには もう
おまえみたいな、いつまでたっても ウデの悪い職人は、
生きてたって、お
死んじまったほうがいいと ―― 。
うん ―― 。
あの
それで
ですから ――
死のうと思います ―― 。
本気なのかい ―― ?
本気です ―― 。
本気で、死ぬつもりなのかい ―― ?
おっかさん、
せめて
どうか、先立つ
分かった。
おまえが そこまで 気持ちを固めてるのなら、
おっかさん
それで、どうやって 死ぬつもりなんだい ―― ?
死のうと思います。
職人が 自分の商売道具を 血で
ちょっと待っといで。(中座する)
さ、これを お使いなさい。
納得のいく物が
これを 持ってらしたんだよ。
ま、これを使う前に、
これ、使わせてもらいな。
ありがとうございます ―― 。
では、おっかさん ―― 、
ながらく お世話になりました ―― 。
聞いちゃ くれないかい ―― ?
どうぞ、おっしゃってください。
この母のために、形見になる物を
俺のウデは、とても職人と呼べるようなもんじゃありません。
馬を
俺がこしらえた ガラクタが 箱いっぱいに あるんです。
この上 さらに もう1つ、この世に 恥を残せだなんて……、
それは、あんまりでございます……。
たとえ どんな物であっても、
おまえが
あたしにとっては 大事な形見なんだよ。
おまえが
母のことを 思ってくれるなら、
この年寄りの
ひとつ こしらえておくれ。
そこまで おっしゃるなら……
形見を1つ
それじゃあ……、そうだねえ……、
いけません おっかさん。
俺みたいな、馬やイノシシすら まともに
もったいなくて できません……!
おまえが
どんな
お
おまえに
どうか おっかさんのために、
分かりました……。
では……、やってみます……。
その
そして おまえが この世で
おまえの人生、おまえの命、おまえの
それを
では、さっそく 取り掛かります。
あ、その前に、お
(父の位牌に手を合わせて)
お
もったいないことに、これから
どれだけの物が
一生懸命 こしらえますんで、どうか 見ていて おくんなさい。
これが
では――。
自分が この世で 最後に
そして 最愛の母に残す 唯一の形見。
丁寧に丁寧に
日が とっぷりと暮れて 暗くなっても、
無我夢中で 作業を続けました。
真夜中になると、さすがに 疲れが出たものか、
すると ――
―― ん?
隣の部屋から 何か 聞こえてくるな。
あれは ―― 、おっかさんの声 ―― ?
どうか
どうか
おっかさんも、寝ないで
ウトウトなんて しちゃいられない。
(両の頬をパンパンと叩く)よし、
そして4日目の朝――。
ついに
しかし それでいて どこか
まるで この世の人では ないような 姿でした。
おっかさんへの形見……、
ようやく、
どうぞ……ごらんに なってください……。
(観音像を差し出す)
見せてもらうよ……。
(観音像を目の前に置いて よく見る)
(それはそれは見事な出来ばえである)
(感動と喜びに胸がいっぱいになる)
まあ……!
なんて いい お顔を していらっしゃるんでしょう……!
ありがとう……!ありがとう……!
おっかさんが 懸命に 拝んでくださった おかげで……
どうにか
ありがとうございます……。
それでは おっかさん、おさらばでございます ―― 。
おっかさんの頼みを 聞いとくれ。
この
売って来ておくれ。
いえ、でもそれは、おっかさんへの 形見ですから ――
この
ぜひ
それも、いつもみたいに
職人の手がけた
もう二度と ウチの
きつく 言われてしまってるんで……。
今 ノコノコ 出掛けて行ったら、
まだ生きてやがるのかと、叱られてしまいます……。
どうぞ ご勘弁ください……。
そこをなんとか
お願いだから……。
では……、行くだけは、行ってみます……。
この
ビタ1
何を言ってるんですか おっかさん……!
俺の
いえ、それも
本当は1
それを、30両 ビタ1
そんなこと 言える
おっかさんは これでも、名人・
おまえが 今まで
今 目の前にある この
同じか そうでないか 分からないほど、目は腐っちゃいないつもりさ。
でも もしかしたら、
いつぞや おまえが 言ってたように、
親の
だからね
おっかさんの目に 狂いが 無いかどうか、
これを
これが、本当に 最後の お願いだよ。
どうか 聞いておくれ……!(頭を下げる)
分かりました。
おっかさんの おっしゃるとおりにします。
ですから、頭、上げてください。
ありがとうよ
おまえ、3日も 飲まず 食わずだろ?
せめて 水でも 飲んで お行き。
ほら、
半分飲んだら、残りの半分は おっかさんに とっといておくれ。
いただきます。(半分飲む)
では残りを おっかさん どうぞ。(椀を渡す)
じゃ おっかさんも いただくよ。(飲む)
(戸口を出ようとする息子の背に)
(ため息)今日で 3日目か……。
やっぱり 言い過ぎたよなぁ……。
どうして俺って こうなんだろ……。
心配だなぁ……。
今日あたり、定吉にでも
様子 見に行かせたほうが いいかなぁ……。
(店の外へ向けて)
定吉! 定吉や!
終わったら ちょいと 来とくれ!
(掃除しながら独白)
終わったらって 言ったってなぁ……、
こう 次から次へと 葉っぱが 落ちて来たんじゃ、
いつまでたっても 終わらないんだよなぁ……。
(葉が落ちるのを見て)
あ、ホラまた!
こっちを
そっちから 落ちてくるでしょォ?
で、オイラが そっち行って
今度はまた こっちから 落ちてくる。
(落ち葉相手にぼやく)
もぉ!
そーやって バラバラに 落ちてくるから、こっちは 大変なんだよぉ!
いつまでたっても 終わらないから、いつも だんな様に
「たかが 掃除に どれだけ掛かってんだー!」って 怒られちゃうんだよ!
(独白)
ウチの だんな様、やさしい人なんだけど、怒ると コワいからなぁ……。
こないだだって そうだよ。
のりゆきさん かわいそうだったなぁ。
小僧でもないのに、あんなポンポンポンポン お
おしまいには、
「おまえみたいな ウデの悪い職人は 死んじまえー!」
なんて言われてさ。
ひどいよねえ。
いくら小僧でも、「死ね」とまでは 言われないもんねぇ。
まぁ だんな様も コワかったけど、
その話 聞いて 怒った おかみさんも コワかったなぁ……。
だんな様の
「おまえさん!!
お世話になった
おまえさん! それでも 人間ですかー!!」って。
言ってる おかみさんが
もう人間じゃなくて 鬼みたいだったもんねぇ……。
それにしても、のりゆきさん、どうしたかなぁ……。
のりゆきさん、マジメな人だもんねぇ。
あんなひどいこと 言われたら、
もうゼッタイ あの日に 死んでるよねぇ。
あの日に 死んだとなると――、
そろそろ 今日あたり 化けて 出るんじゃ……
(向こうから矩随の姿が近づいてくる。痩せ細り、顔は白く、幽霊みたい)
―― !!!!
で、出たぁ~!!
(若狭屋のもとへ駆け込み)
だんな様!大変です!
幽霊だって?
こんな明るいうちに?
それに 歩いて来るって?
幽霊には 足が無いんじゃないのかい……?
定吉、それ
本物の
あの……
の、
いえ、幽霊じゃ ございません……。
定吉が 幽霊と 見まちがえるのも 無理はない……。
おまえさん、まるで この世の人じゃない みたいな 様子じゃないか……。
(我に返る)
ああ!
ま、とにかく、上がっとくれ 上がっとくれ!
死ねと言われたのに……
まだ、生きておりました……。
こないだは もう、ほんっっとに 悪かった!
私が 言い過ぎた!
あん
ちょいと どうかしてたんだ。
私の 悪いクセでね、酒が入ると、なんでもかんでも
ついズバーッと 言っちまうんだ。
あんな事ねえ、これっぽっちも 言うつもり 無かったんだよ。
いやもう、二日酔いで 店に出てる
よっぽどタチが悪いよなぁ、いや面目ない。
カカアにも こっぴどく 叱られたよ。
お世話になった
まったく その通りだよ。
いやあ、あれからずっと おまえさんのこと 心配してたんだ。
今日あたり 定吉に 様子を見に 行かせようかと 思ってたところでねえ。
いや おまえさんのほうから 来てくれて よかったよ、安心した。
ほんとに 悪かった、勘弁しとくれ、このとおりだ。
これからもね、何か
どんな物でも いい、どんな
今までと 同じように、ウチに 持って来ておくれ。
必ず
今日も、何か 持って来たんじゃないのかい?
そこに持ってる
見せておくれよ。今日は どんな物を 持って来たんだい?
ブタとタヌキの
今日 お持ちしましたのは……、
珍しいねぇ。
見せとくれ。
(風呂敷の包みを解く)
これなんでございますが……。
どれどれ……
―― !!
(目の前にあるのは見事に彫り上げられた観音像)
(かの名工・浜野矩康が手掛けたとしか思えない出来映え)
(慈愛に満ちた観音様の顔を、感動に震えながら見る)
(そして我知らず 手を合わせ 深々と頭を垂れる)
(観音像にむけて)
(頭を上げて 矩随にむけて)
いやね、こないだ
もう残らず 食べる物に 換えてしまいましたって 言われちゃって、ガッカリしてたんだ。
なるほど……、この
大事に とってなさったんだね……。
なんだか 忍びない気もするが、私も
これほどの物を 見せられたんじゃあ、
買い取らない
この
ああ
これだけの物を 目の前にして、
もう 細かい事は 言いっこ無しに しようじゃないか。
この
び……、ビタ1
誰が まけろなんて言ったよ。
だいたい まけるに したって、まず
あのねえ、こんな ありがたい
そんな ケチな
さ、いくらだい?言っとくれ。
あの……その……、
さ……、さ……、
30両ですッ ―― !!
30両なのかい ―― ?
あ、あの、
い、1
30両だね。
よし。買った!!
さ、
本当に、30両で、買っていただけるんですか ―― ?
この
あ ―― ありがとう ―― ございます……。
まぁ 嬉しいだろうけどさ、
お
嬉し泣き してるようじゃあ まだまだだよ。
おまえさんだって 20両や 30両 稼げるんだ。
いや それにしても、よく これを 持って来てくれたねえ。
久しぶりに
父が
お見受けで いらっしゃいますか ―― ?
当たり前じゃないか。
私が 何年
見てごらん、
「
この目があるから、こんな小さな
大の 大人が 手を合わせて
まさに、仏 作って
世の中にはね、「
だがね、「名人」と呼べる職人なんてのは ごくごく わずかだ。
おまえさんの お
この
私の目に 狂いは無いと思うよ。
ありがてぇ ―― ありがてぇ ―― (感涙)
さっきから おかしな様子だねえ。
この
おいおい
お
そこまで 落ちぶれちまったら おしまいだよ。
さ、すぐに お
そしたら 今のは 聞かなかったことに してやるから。
本当なんです。
その
この
底を ごらんになってください。
(像の底面を見る。「矩随」と銘が刻まれている)
「
他の
それじゃ
本当に ―― 本当に おまえさんが ――
この
(手をついて頭を下げる)
おそれいりました ―― 。
この
や、やですよぉ。
どうか、頭を上げてください。
いやぁ
よく これだけの物を こしらえたねえ ―― 。
こう言っちゃあ 失礼なんだが ―― 、
今でも 信じられない思いだよ。
いったいどうして
そして ――
どうして こんなにも 見事に
あっしは、本当に 死のうと思っていました ―― 。
おっかさんには 黙って 死のうと思って、
お
おっかさんに 嘘を ついてるのが バレてしまって ―― 、
それで、本当は 何が あったのかと
「実は今日
『ウデの悪い職人は 死んだ方がマシだ』と言われました」と言ったら ――
マズいよぉ……。
それじゃ おっかさん、この
さぞ 怒ってらっしゃるだろうね……?
「あの
それで、おまえはどうするつもりかと
死ぬつもりですと 答えました。
そしたら、おっかさんが、
形見に
「その
そして おまえが この世で
おまえの人生、命、
どうか
ですから あっしは、
途中
「
おっかさんが お祈りしてくださってる 声が聞こえて……。
ウトウトなんて していられないと また気を取り直して……。
それからは もう無我夢中で
気付いたら、
おまえさんは、死ぬつもりだった。
そして おっかさんへの形見にと、無心で これを
だから
世間には、
「人間 死ぬ気になれば 何事も 成せる」なんぞと
実際 本当に 死ぬ気になって 何かを成そうとする奴なんざ、滅多に いるもんじゃない。
職人の世界だってそうだ。
ただ
でも それは ただの「
どんな
これを
そうやって
おまえさんは それができた。たいしたもんだ。
おっかさんも 喜んだろ。
とても いい お顔をしてらっしゃると 言ってくれました ―― 。
この
おっかさんだったんです ―― 。
さすが
おまえさんから これを見せられた時、おっかさん 嬉しかったろうなぁ ―― 。
おまえさんも、嬉しかろうね ―― 。
でもねえ ―― 、今日のところは、
私が いちばん嬉しいってことに しといちゃ くれないかい ―― ?
こないだも
「
「『名人に
「
「それが 分からねえなんて
寄ってたかって 笑い者にされたよ。
でも 次の
この
「どうだい おまえら!
みんなが さんざんコケにしてた
これだけの物を
そう言ってやれるよ ―― 。
(しみじみ。涙さえ浮かべて)
こんな日が 来るなんてなあ ―― 。
生きてて よかった ―― 。
(我に返る)
ああ、すまないね、つい しみじみ しちまった。
そういえば おまえさん、
すまないね、話し込んじゃって。
何か 持って来させよう。のど、かわいてるだろ?
水を ―― ?
半分は おっかさんが飲みたいと おっしゃるんで、
半分だけ いただいて、残りの半分を おっかさんが飲んで ――
それから、出てきました。
――
おっかさんは、
ああ、はい、
「
おい
それ、もしかして、
ああッ!!
わが家へ向けて 無我夢中で 駆けました。
それが
死のうとしていたのは、自分なのに ―― 。
死のうとしていた
その母が、まさか 死のうとしていたなんて ―― 。
おっかさん……!
死なないでくださいッ ―― !
おっかさん ―― !!
ぴたりと閉まった
中に
薄暗い 6畳の
ぷんと鼻を突く 線香の匂い。
部屋の中央に、普段は
震える手で、その
おっかさん……
父の形見の
血だまりの上に 倒れ伏し、すでに こと切れた 母の
おっかさん……。
(涙 滂沱)
俺が 立派な物を
命を
おっかさん……喜んでください……。
あの
お
おっかさんが、
俺の未熟なウデじゃ 足りないところに ――
自分の命を 足してくださって……!
おっかさん……
おっかさんッ……!
どうにか無事に
こんな時にまで、お世話になって……。
おまえさんも大変だったんだ。気にしなさんな。
まだ ―― 死のうなんて 思ってるんじゃないだろうね ―― ?
……。
おまえさんの おっかさんは、命を
職人への ―― 名人への 道を付けてくださったんだ。
死んじまったら、おっかさんが浮かばれない。
おっかさんが付けてくれた道、
しっかり 歩いてかなきゃ いけないよ。
ひとりで ―― できるでしょうか ――
それに、私も
あ、そうだ。
(かたわらの風呂敷包みから観音像を出して)
ほら、おまえさんが
これ、今は おまえさんが 持っていなさい。
私はこれを 30両で買った。その事実は 変わらない。
ただ、今はまだ、おまえさんの手元に 置いておきなさい。
この
でも おまえさんのだけじゃない。
おっかさんの
それから多分、
この
これほどのモノに 仕上がったのは、
おまえさんが思うとおり、おっかさんが
自らの命を 足してくださったから かもしれない。
おまえさんの 真価が 問われるのは これからだ。
おまえさんは まだまだ 未熟かもしれない。
自信だって 持てないかもしれない。
だからね、今はまだ、この
お
いつでも おまえさんのことを 見ていてくださる。
この
おまえさんの仕事ぶりを 見てもらいなさい。
苦しい時は
そして ――
いい物が
そうやって
おまえさんに この
その時は、私がまた 引き取りますよ。
ありがとうございます ―― !
その頃には その
300両になってるかもしれないよ ―― ?
そうなるように ――
そして
どんな物を
ウデは どんどん上がり、
思わず ため息が出るほど 見事な物ばかり。
それを
「名人・
さあ そうなりますと、
ソッポを向いていた 道具屋の面々も
手のひらを 返したように
しかし
また江戸じゅうから ひっきりなしに 注文が殺到するという 大繁盛。
その評判は 江戸だけに とどまらず、やがて 日本全国にまで 広がって、
わざわざ
《対訳:ああ、これはどうも 若狭屋さん》
いや、
どうしても 欲しいさかい
はるばる 参りましてん。
《いや、手前どもの主が、矩随先生の彫られた物、
どうしても欲しいから 買って来いと申しますので
はるばる 参りました》
どうでっしゃろなあ、
《どうでしょうなあ、矩随先生の物 一品、売っていただけませんでしょうか》
そうですねえ、今からの ご注文ですと……
お渡しできるのが ――
13年後になりますかねぇ。
《じゅうさんねんご!? そんな殺生な~》
どうか そんなこと おっしゃらんと……そこをなんとか……!
《どうか そんなこと おっしゃらないで……そこをなんとか……!》
《手前どもも、このまま手ぶらで帰るようなわけには いきませんので……》
いえもう、どんなモンでも 構いまへんので!
《いえもう、どんな物でも構いませんので!》
どんなモンでも 構いまへんので!
《習作だろうが 彫り損じだろうが、矩随先生の彫った物でしたら、
どんな物でも構いませんので!》
どんなモノでも構わないと おっしゃいましたね?
では少々 お待ちください。(中座)
(河童ダヌキを持って戻る)
こちらなどは、いかがでございましょう。
これは……またケッタイな もんでんなぁ……。
《これは……また妙なものですなぁ……》
これ……、何でっか?
《これ……何ですか?》
《そうですなあ……》
頭に 皿があるところを 見ると カッパかいなぁと 思うんですが……
下へ行くと 腹がポコンと出て 太い
《頭に皿があるところを見ると カッパかなぁと思うんですが……
下へ行くと 腹がポコンと出て 太い尻尾があって、タヌキに見えますなぁ……》
《若狭屋さん、これ、いったい 何ですか?》
これこそ、
《ほう、そうですか!それで、これ、おいくらで?》
「名人」と呼ばれる職人に なりました。
父・
(七五調)
『
おわり
参考にした落語口演の演者さん(敬称略)
立川志の輔
三遊亭圓楽(5代目)
古今亭志ん朝(3代目)
古今亭志ん生(5代目)
宝井琴調(4代目) ※講談
一龍斎貞花(5代目) ※講談
何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp