声劇台本 based on 落語

新聞記事しんぶんきじ


 原 作:古典落語『新聞記事』
 台本化:くらしあんしん


  上演時間:約20分


【書き起こし人 註】

古典落語をベースにしていますが、あくまでも"声劇台本"として作成しています。
なるべく声劇として演りやすいように、元の落語に様々なアレンジを加えている場合があります。

アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。



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 観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
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<登場人物>

八五郎はちごろう(セリフ数:101)
 ?歳。
 町内の間抜け男。
 愛称は「はっつぁん」。
 一人称は「あっし」もしくは「俺」。



ご隠居(セリフ数:34)
 ?歳。
 町内の物知り隠居。
 一人称は「私」。



タケ(セリフ数:6)
 ?歳。
 八五郎の友達。
 てんぷら屋。



トメ(セリフ数:61)
 ?歳。
 八五郎の友達。
 豆腐屋。





<配役>

・八五郎:♂

ご隠居タケトメ:♂



【ちょっと難しい言葉】

匕首(あいくち)
鍔(つば)の無い短刀。

アイプチ
のり状の化粧品で、一重まぶたを人工的に二重まぶたにするためのもの。

落とし話(おとしばなし)
最後にオチのある滑稽な話。

重曹(じゅうそう)
「重炭酸曹達(ソーダ)」の略。炭酸水素ナトリウム。

ご不浄(ごふじょう)
「トイレ」の丁寧な言い方。

はばかり
トイレのこと。

枕を交わす(まくら を かわす)
男女が共に寝る。情交する。




ここから本編




八五郎:(ご隠居さん家の玄関先で)
    こんちはー。ご隠居、いますかー?

ご隠居:ああ、誰かと思ったら、っつぁんじゃないか。
    まあ お上がりよ。

八五郎:へい、じゃ遠慮なく。
    (上がる)
    
    (ご隠居が 読んでいた新聞を卓に置くのを見て)
    あっ!ご隠居、ひどいじゃないスか!

ご隠居:え?何がひどいんだい?

八五郎:何がって、あっしが上がるなり そうやって 新聞、ガサガサって……。

ご隠居:それの何がひどいんだい?

八五郎:アレでしょ?ひとりで まんじゅうか何か食ってて、
    あっしに取られちゃいけねえってんで、慌てて新聞の下に隠したんでしょ?

ご隠居:まんじゅう?そんなもの食べてないよ。

八五郎:じゃヨウカン?

ご隠居:ヨウカンも食べてないよ。

八五郎:じゃ その新聞の下に 何隠したんスか!

ご隠居:何も隠してなんかいないよ。
    (新聞をどける)
    ホラ、何もないだろ?

八五郎:あれ?ホントだ。
    
    それじゃ ご隠居、新聞なんか広げて 何してたんスか?

ご隠居:何って、新聞を読んでたに決まってるじゃないか。

八五郎:え?新聞て、読むモノなんスか?

ご隠居:当たり前じゃないか。
    
    新聞なんてもの、読まずにどうするってんだい。

八五郎:どうするって、そりゃあ、たたみの下にいたり、
    丸めてゴキブリぶったたいたり、便所でケツふいたり。

ご隠居:何言ってんだい。
    そういうふうに使うにしても、まず読んでからだろ。
    
    お前さん なにかい、新聞 読まないのかい?

八五郎:読みませんねえ。

ご隠居:それはいけないねえ。
    お前さんも、もう いいとしなんだから、新聞くらい読んどいたほうがいいよ。

八五郎:そうスかねえ。
    
    新聞てのは、読むと面白いモンなんスか?

ご隠居:まあ、面白いというものでもないが、ためになるものだな。

八五郎:ためになる?

ご隠居:そうだ。新聞を読むと、世の中のことを よく知ることができる。

八五郎:え?それだけ?

ご隠居:それだけって……。
    新聞てのは、そういうもんだよ。

八五郎:なぁんだ。
    
    じゃあ いらねえや。

ご隠居:いらないかい?

八五郎:いらねえスよ。
    世の中のことなんざ、あっしは たいがい知ってますから。

ご隠居:お前さんが?ホントかい?

八五郎:ええ。だから 新聞なんざ読まなくたって、あっしは困りませんよ。

ご隠居:ふうん……。
    
    それじゃあたずねるけどね、ゆうべ お前さんの友達が 災難にったって話、知ってるかい?

八五郎:あっしの友達?誰です?

ご隠居:てんぷら屋のタケさんだよ。

八五郎:タケ?タケちゃんがどうしたんスか?

ご隠居:ホラごらん。知らないだろう?
    
    今朝けさの新聞に記事が出てる。
    お前さんは新聞を読まないから知らないんだ。
    私は新聞を読むから ちゃんと知ってる。

八五郎:タケちゃんのことが新聞に出てるんスか?
    
    「災難」って言いましたよね?
    タケちゃんの身に何かあったんスか?

ご隠居:ゆうべ、てんぷら屋のタケさんの所に 泥棒が入ったらしい。

八五郎:泥棒が!?

ご隠居:うん。
    
    ゆうべ 仕事を終えたタケさんは、いつものように奥の部屋で寝ていた。
    夜中の2時ごろ、枕元まくらもとでガタガタッと物音ものおとがしたので 目が覚めた。
    何だろうと思って パッと目をけて驚いた。
    6しゃくゆたかも あろうかという大男おおおとこがそこにいた。
    タケさん 思わず「ドロボーッ!」と大声で言った。
    さあ これを聞いた泥棒、おびした出刃包丁でばぼうちょうをスッと引き抜くと、
    タケさんの喉元のどもとに突き付けて こう言った。
    「静かにしろぃ」

八五郎:お~えぇ……。
    
    タケの野郎も ビックリしたでしょ。

ご隠居:ビックリするかと思いのほか、タケさん いて ウデにおぼえがある。

八五郎:え、なんですって?

ご隠居いてウデにおぼえがある。
    小さい頃から柔術じゅうじゅつの修行を重ねて、やわら心得こころえが あるそうだ。

八五郎:そうそう、町の道場 かよって 毎日稽古けいこしてましたよ。
    だからタケちゃん 強いんスよ。

ご隠居:それがいけないな。

八五郎:なんで?

ご隠居:昔から言うだろう。生兵法なまびょうほうおおケガのもとだ。

八五郎:え?なんスか?

ご隠居生兵法なまびょうほうおおケガのもとだ。

八五郎:なんスか それ。

ご隠居:知らないかい?
    中途半端な強さは かえって身をほろぼすということだ。
    
    いくらやわら心得こころえがあるからと言って、刃物はものを持った泥棒なんかに逆らうもんじゃない。
    
    ところが包丁ほうちょうを突き付けられたタケさん、来るなら来いとばかりに パッと身構えた。
    これを見た泥棒が、逆上ぎゃくじょうしちまった。

八五郎:ぎゃくじょう!
    
    
     ―― ぎゃくじょうって何スか?

ご隠居:なんにも知らないんだねえ お前さんは……。
    
    おこって カーッと頭に血がのぼることだ。
    
    逆上ぎゃくじょうした泥棒が エイっと突いてきたところを、タケさん ヒラリと たいかわした。
    泥棒は たまらず前につんのめって 態勢たいせいを崩した。
    その小手こてをタケさんが ピシッとたたいてやると、泥棒の手から包丁ほうちょうがポトリと落ちた。
    タケさん しめたとばかりに泥棒をたおして 馬乗うまのりになった。
    
    ここでタケさん 油断した。
    有利な態勢たいせいになって 少し気がゆるんだんだな。
    
    ところが泥棒の得物えもの出刃包丁でばぼうちょうだけじゃなかった。
    かねてよりふところしのばせておいた匕首あいくちをスッと取り出した。

八五郎:あいぷち?

ご隠居:アイプチじゃないよ。
    なんで泥棒が そんな色っぽいもの持ってるんだよ。
    
    あいくち だよ。かたなの短いやつだ。
    
    ふところから匕首あいくちを取り出すと、タケさんの胸をめがけて グサリと突きたてた。
    胸は急所きゅうしょだ。しんぞうがある。
    
    「アッ」と言ったが この世の別れだ。
    
    タケさん、死んじまったよ。

八五郎:えっ……!?
    
    た、タケの野郎、し、死んじまったんスか!?

ご隠居:気の毒なことをしたよ。
    泥棒は 動かなくなったタケさんを わきに放り出すと、
    荷物を しょい込んで逃げちまった。

八五郎:逃げやがったんスか!

ご隠居:ああ。
    
    しかし 人間 悪いことはできないものだ。
    
    逃げて5分つかたないうちに、その泥棒、げられたよ。

八五郎:げられましたか!

ご隠居:ああ げられた。
    
    入ったウチが てんぷら屋だからね。
     ※「逮捕する」の意の「挙げる」と てんぷらの「揚げる」が掛かっています。


    

八五郎: ――
    
    
    え?
    
    
    あの、ご隠居 ――
    
    
    これって もしかして ―― 落としばなしですか??

ご隠居:そうだよ。
    
    お前さんが 新聞読まなくても 世の中のこと知ってるなんて 大口おおぐち たたくから、
    ちょいと からかってやろうと思ってね。

八五郎:もォ~ よしてくださいよ ご隠居ォ!
    こっちは 友達が死んだなんて聞かされて 泣きそうになったんスよ!?

ご隠居:だから新聞を読めと言ったろ?
    ちゃんと新聞を読んでりゃあ、こんなデタラメな作り話に
    引っかかることもなかったんだ。
    分かったかい?

八五郎:分かりましたよ……。
    まったく、ご隠居には かなわねえなぁ……。
    
    それにしても、今の話、おもしろかったねぇ。
    よくできてるよ。
    
    よぉ~し、俺もひとつ、誰かに この話 やってやろ。
    
    
    そいじゃ ご隠居、さいなら!(去る)

ご隠居:ちょちょちょ、っつぁん!待ちなよ!
    お前さん、何か用があってウチに来たんじゃないのかい?おーい!
    
    
    行っちまったよ……。
    
    しょうがない男だねえ……。

 


 

八五郎:(往来をうろつきながら)
    さぁ~て、誰にやってやろうかなぁ。誰でもいいんだけどなぁ。
    
    (キョロキョロしながら)
    ん~、見知った顔は いねえかなぁ。
    見知った顔、見知った顔……
    
    
    お!いたいた!
    
    オーウ!

タケ:オウ、なんだ ハチこうじゃねえか。

八五郎:オウ、知ってるか?

タケ:何を?

八五郎:ゆうべ、てんぷら屋のタケちゃんが殺されたんだよ!

タケ:え?

八五郎:ゆうべ、てんぷら屋のタケちゃんが殺されたんだよ!

タケ:オイ、おめえ それ 誰に言ってんだ?

八五郎:え?
    
    あ、タケちゃん。

タケ:俺が誰に殺されたって?

八五郎:あ、いや……ハハハ……
    
    さいならー!(去る)

タケ:なんだアイツ……。

 


 

八五郎:いやー、ビックリしたぁ。
    本人に言っちゃったよぉ。いけねえいけねえ。
    いくら誰でもいいって言ったって、タケちゃん本人に言っちゃダメだよ。
    
    ん~、誰か いねえかなぁ。
    
    
    おっ!そういや この先に トメこうの豆腐屋があるんだ。
    トメこうん所 行って やってやろ。
    
    よくできた話だからねぇ、ウケるぞぉ きっと。
    
    オチだけは間違えねえようにしなきゃな。
    え~と、オチは何だったっけな。
    あ、そうだ、「入ったウチがてんぷら屋」。コレだ。
    これだけは忘れねえようにしねえとな。
    入ったウチがてんぷら屋。入ったウチがてんぷら屋……
    
    
    お、ここだ ここだ。
    
    オーウ!入ったウチがてんぷら屋ー!

トメ:バカが来たよ……。
   
   おいハチこう、ウチは豆腐屋だよ。

八五郎:分かってるよ。気にすんな。
    
    おう トメこう、おめえ知ってるか?

トメ:何を?

八五郎:(嬉しそうに)何をってオメエ、へっへっへ、
    ゆうべ、てんぷら屋のタケちゃんが殺されたんだよ!

トメ:おめえ 何 笑いながら言ってんだよ。
    
   え、なに?タケの野郎が殺されたって!?

八五郎:(嬉しそうに)そう!タケちゃん 殺されたんだよ!

トメ:なんで おめえ嬉しそうなんだよ。
    
   いったい誰に 殺されたんだよ?

八五郎:実は ゆうべ、タケちゃん所に泥棒が入ったんだよ。

トメ:泥棒が!?

八五郎:うん。
    
    ゆうべ 仕事を終えたタケちゃんは、いつものように奥の部屋で寝ていた。
    夜中の2時ごろ、枕元まくらもとでガタガタッと物音ものおとがしたので 目が覚めた。
    何だろうと思って パッと目をけて驚いた。
    
    1しゃくすんもあろうかという大男おおおとこがそこにいた。  ※1尺6寸=約48cm

トメ:待て待て待て待て。
   どこが大男おおおとこだよ。
   1しゃくすんなんてオメエ、ひざくらいまでしか ねえじゃねえか。
    
   それを言うなら 6しゃくゆたかじゃねえか?

八五郎:そうそう 6しゃくゆたか。
    6しゃくゆたかも あろうかという大男おおおとこがそこにいた。
    
    タケちゃん 思わず大声で言ったね。

トメ:何て?

八五郎:「ヘイいらっしゃい!」

トメ:なんでだよ。
   そういう時は たいがい「ドロボーッ」って叫ぶもんじゃねえのか?

八五郎:そうそう、「ドロボーッ!」と大声で言った。
    
    さあ これを聞いた泥棒、おびした出刃包丁でばぼうちょうをスッと引き抜くと、
    タケちゃんの喉元のどもとに突き付けて 言ったね。

トメ:何て?

八五郎:「エビ天ひとつ」

トメ:言うワケねえだろ。

八五郎:え~と、何だっけなぁ……。
    
    
    あ、そうだ!
    
    えーとね、伊豆いずの向こう。
    伊豆いずの向こうで……えーと、浜松はままつのこっち。
    でもって、富士山があって……、お茶がれるとこ!

トメ:……静岡しずおか

八五郎:そうそう!
    
    「静岡しずおかにしろぃ」

トメ:いやオメエ……それを言うなら「静かにしろぃ」じゃねえか?

八五郎:そうそう、「静かにしろぃ」

トメ:ふーん、出刃包丁でばぼうちょう 喉元のどもとに突き付けて「静かにしろぃ」か……。
    
    タケの野郎もビックリしたろうなぁ。

八五郎:ビックリするかと思いのほか、タケちゃんは れて うでがボロボロだ。

トメ:痛そうだなオイ。
    
   それを言うなら、いて ウデにおぼえがあるだろ?

八五郎:そうそう、いて ウデにおぼえがある。
    
    なんたって 小さい頃から 重曹じゅうそうを飲んで からだやわらかい。

トメ:何言ってんだオメエ……。
    
   それを言うなら 柔術じゅうじゅつの修行をして やわら心得こころえがあるだろ?

八五郎:そう それ!
    
    でも それがいけない。

トメ:何が?

八五郎:昔から言うだろ?生麦なまむぎ 生米なまごめ 生卵なまたまご

トメ:意味が分からねえ。

八五郎:ちょっとばかし強いからって、刃物はものを持った泥棒に逆らっちゃダメなんだ。
    こういうのを昔から、生麦なまむぎ 生米なまごめ 生卵なまたまごと言うんだ。

トメ:それを言うなら、生兵法なまびょうほうおおケガのもとだろ。

八五郎:そう それ!そのもと そのもと
    
    ところが包丁ほうちょうを突き付けられたタケちゃん、
    来るなら来いとばかりに パッと身構えた。
    
    これを見た泥棒が……、しちゃったんだな。

トメ:何を。

八五郎:ご不浄ふじょう

トメ:なんだ?はばかり・・・・行ったのか?

八五郎:いや そうじゃねえよ。
    
    えーと、頭にカーッと血がのぼることだよ。
    何て言ったっけな?

トメ脳溢血のういっけつ

八五郎:そう 泥棒が脳溢血のういっけつしちまった。
    いや違うな。

トメ:くも膜下出血まっかしゅっけつ

八五郎:そう 泥棒が くも膜下出血まっかしゅっけつしちまった。
    いや違うよ。
    
    おこって頭に血がのぼるんだよ。
    ご不浄ふじょうに似た言葉で……

トメ逆上ぎゃくじょうか?

八五郎:そう逆上ぎゃくじょう
    
    逆上ぎゃくじょうした泥棒が エイっと突いてきたところを、
    タケさん ヒラリと ……、かわしたんだな。

トメ:何を?

八五郎:何をって……えーと……、かわしたんだよ。

トメ:だから何を かわしたんだよ?

八五郎:えーと……。
    
    あ!枕!
    
    枕をかわした!

トメ:よせよオイ。
   なんで いきなりタケと泥棒が布団でイチャイチャしだすんだよ。

八五郎:違うな……枕じゃねえな……。
    
    えーと、何を かわしたんだっけなぁ……。えーと……
    
    
    あ!あれだ!七福神しちふくじん

トメ七福神しちふくじん

八五郎:七福神しちふくじんの中の……アレだよ……えーと……、
    
    そう!渋谷しぶやさき

トメ渋谷しぶやさき……?
    
   池尻大橋いけじりおおはし

八五郎:違うよ……どこだよそれ……何線なにせんだよ……。
    
    そうじゃなくて、あの……、ぐるぐる回る、みどりの線の……

トメ:原宿?

八五郎:んー、反対側 行っちゃったかなー?

トメ恵比寿えびす

八五郎:そう えびす!えびす様!
    えびす様を かわした!
    違うな……。
    
    ホラ、えびす様が持ってる物、あるだろ?

トメ竿ざお

八五郎:オウ 竿ざお……。しいな。
    
    竿ざおさきに付いてる、ホラ、2文字の……

トメ:糸?

八五郎:糸のさきの。

トメ:浮き?

八五郎:浮きのさきの!

トメ:針?

八五郎:針のさきの!!

トメ:エサ?

八五郎:オメエわざと言ってるだろ!!
    
    エサに食いついてる 赤い大きな魚がいるだろ!

トメ:タイ?

八五郎:そう タイ!!
    
    タイをかわしたぁ!!

トメ:もう帰ってくんない?疲れたよ。

八五郎:待って待って!ここからが面白いんだから!
    
    
    泥棒は たまらず前につんのめって 態勢たいせいを崩した。
    その小手こてをタケちゃんが ピシッとたたいてやると、泥棒の手から包丁ほうちょうがポトリと落ちた。
    タケちゃん しめたとばかりに泥棒をたおして 馬乗うまのりになった。
    
    ここでタケちゃん 油断した。
    有利な態勢たいせいになって 少し気がゆるんだんだな。
    
    ところが泥棒の得物えもの出刃包丁でばぼうちょうだけじゃなかった。
    
    かねてよりふところしのばせておいたアイプチをスッと取り出した。

トメ:アイプチ!?二重ふたえまぶたに しようってのか?

八五郎:いや あの アイプチじゃなくて……あの、かたなの短いヤツ、アイプチみたいな名前の……

トメ:それを言うなら 匕首あいくちだろ?

八五郎:そう 匕首あいくち
    
    ふところから匕首あいくちを取り出すと、タケちゃんの胸をめがけて グサリと突きたてた。
    胸は急所きゅうしょだ。
    しんの……、しんの……アレがある。

トメ:どれだよ?

八五郎:しんの……何だっけなぁ……。
    
    ホラ、動物だよ。

トメ:犬か?

八五郎:そう しんの犬がある。
    いや違うな……。

トメ:ネコか?

八五郎:そう しんのネコがある。
    いや これも違うよ。
    
    ホラ、動物園にいる、灰色で、足の太い……

トメ:サイか?

八五郎:そう しんのサイがある。
    いや違うよ。
    
    ホラあれだよ、鼻の長~い……

トメ:オオアリクイ!

八五郎:そう しんのオオアリクイがある。
    違うよ!
    
    鼻が長くて 耳が大きい動物だよ!

トメ:ゾウか?

八五郎:そう しんのゾウがある。
    
    これだ!!

トメ:ホントもう帰ってくんない?

八五郎:待って待って!
    もうちょっと!もうちょっとで終わるから!
    
    
    「アッ」と言ったが この世の別れだ。
    
    タケちゃん、死んじまったよ。

トメ:人のにのはなししてるのに、よくあれだけ ふざけたな……。
   
   タケの野郎、死んじまったの?

八五郎:ああ。気の毒なことをしたよ。
    泥棒は 動かなくなったタケちゃんを わきに放り出すと、
    荷物を しょい込んで逃げちまった。
    
    しかし 人間 悪いことはできないものだ。
    逃げて5分つかたないうちに、その泥棒、捕まったよ。

トメ:捕まったか。

八五郎:ああ 捕まった。入ったウチが てん……あれ?

トメ:どうした?

八五郎:これじゃ落ちない。

トメ:何言ってんだ。

八五郎:ちょっと待って ちょっと待って、もう1回。
    
    逃げて5分つかたないうちに、その泥棒……、逮捕されたよ。

トメ:逮捕されたか。

八五郎:ああ 逮捕された。入ったウチが てん……あれ?

トメ:どうしたんだよ。

八五郎:これでも落ちない。

トメ:さっきから何言ってんだ。

八五郎:ちょ、ちょっと待って。
    
    えーっと、何だっけなぁ……捕まったでもなくて……逮捕されたでもなくて……

トメ:よく げられた なんて言うけどな。

八五郎:そう!!それ!!それだよ!!
    
    逃げて5分つかたないうちに、その泥棒、げられたよ!

トメ:入ったウチが てんぷら屋だからだろ?

八五郎:(言おうとしていたオチを先に言われて絶句)
    
    え ――
    
    
    ええ!?
    
    
    ちょちょちょ……
    
    
    知ってたの!?

トメ:知ってたよ。
   ご隠居が よくやる落としばなしじゃねえか。

八五郎:なんだよ、知ってたのかよォ。
    
    ひでえじゃねえか。
    オレは最後のオチが言いたくて ずーっと喋ってたのによぉ……

トメ:おめえがモタモタ喋ってんのが いけねえんだ。
   この話は スラスラ喋ってオチまで持ってくから 面白いんじゃねえか。
   おめえは話し方がヘタすぎんだよ。
   
   オウ それよりよ、おめえ この話の続き、知ってるか?

八五郎:続き?続きなんて あるの?

トメ:あるよ。タケの女房のことだ。

八五郎:ああ!おみっちゃんかい?

トメ:そう。
   
   女房の おみっちゃんな、亭主に先立たれて 世をはかなんだのか、
   自慢の黒髪くろかみ 落としてよォ、頭まるめてあまさんに なったんだ。

八五郎:え!あの おみっちゃんがあまさんに なっちゃったの!?

トメ:ああ。
   
   てんぷら屋だけに、ころもをつけた。
     ※「衣をつける」は「出家する」の慣用表現。

   



おわり

その他の台本                 


参考にした落語口演の演者さん(敬称略)


春風亭一之輔
三遊亭円楽(6代目)
林家正蔵(9代目)
柳亭痴楽(4代目)
春風亭三朝
古今亭志ん五


何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp

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