声劇台本 based on 落語

持参金じさんきん


 原 作:古典落語『持参金』
 台本化:くらしあんしん


  上演時間:約20分


【書き起こし人 註】

古典落語をベースにしていますが、あくまでも"声劇台本"として作成しています。
なるべく声劇として演りやすいように、元の落語に様々なアレンジを加えている場合があります。

アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。



ご利用に際してのお願い等

・上演を公開される際は、観覧無料の媒体のみで行うようお願いします。
 観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
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<登場人物>

八五郎はちごろう(セリフ数:102)
 ?歳。
 町内の間抜け男。
 愛称は「はっつぁん」もしくは「ハチ公」。
 一人称は「あっし」もしくは「俺」。



タツ(セリフ数:45)
 ?歳。
 八五郎の友人。
 一人称は「俺」。



甚兵衛じんべえ(セリフ数:56)
 ?歳。少し年配ぐらいのほうがいいかも。
 道具屋。
 世話好き。





<配役>

・八五郎:♂

タツ甚兵衛:♂



【ちょっと難しい言葉】

持参金(じさんきん)
嫁が結婚の時、実家から持参する金。

あるとき払いの催促なし(あるときばらい の さいそく なし)
借金の返済について、お金の余裕があるときに返せばよく、催促もいっさいしないということ。

やもめ
ここでは、妻のいない男。独身の男。

所帯を持つ(しょたい を もつ)
一家を構えて独立した生計を営む。結婚して家庭を作る。

先方(せんぽう)
相手の人。相手方。

湯(ゆ)
ここでは湯屋(ゆや) つまり お風呂屋さんのこと。

工面(くめん)
金銭を整えようと、あれこれ工夫すること。

算段(さんだん)
何とか方法を考えて都合をつけること。

果報は寝て待て(かほう は ねて まて)
本来の意味は、人事を尽くした後は気長に良い知らせを待つしかないということ。

名代(みょうだい)
ある人の代わりを務めること。また、その人。代理。

女中(じょちゅう)
家や店などに雇われて雑用や給仕に当たる女性。

のれん分け(のれんわけ)
奉公人や家人に同じ屋号の店を出させること。




ここから本編




八五郎:(朝。珍しく気分よく早起きができた八五郎)
    (伸びをする)んーーっ!
    いやあ、気持ちのいい朝だなァ。
    ゆうべ 酒 飲まずに寝たせいか、こんなはええ時間にスッキリ目が覚めたよ。
    たまには こんな朝も いいもんだなぁ。
    
    昔の人が いいこと言ってるよ、「早起きは三文さんもんとく」。
    今日は 何か いいことがあるかもしれねえな。
    
    さぁ~て、まだ仕事までは時間あるし、ちょいと一服いっぷくしてから 支度したくするか。

タツ:オーウ、ハチこう
   ハチこう いるかー?

八五郎:ん?
    
    オウ、タツじゃねえか。

タツ:お?起きてるじゃねえか。珍しいねえ。
   俺は てっきり まだ寝てると思ってたよ。

八五郎:いや それがさ、ゆうべ寝酒ねざけやらずに寝たせいかよ、
    こんな時間にスカッと目が覚めたんだよ。
    
    で、どうしたんだい?こんな朝っぱらから。

タツ:実は、って頼みがあってよ。

八五郎:頼み?

タツ:ああ。
   
   ホラ、半年ほど前だったか……、おめえに5円、貸したろ?

八五郎:5円……?
    
    ああ、借りた 借りた。
    いや、でも、あれは……

タツ:分かってる、みなまで言うな。
   
   たしかに俺は あの5円を貸したとき、
   あるときばらいの催促さいそくなしでいいと言った。
   
   おめえの亡くなった親父おやじさんには世話になったし、
   あの時は 俺も金に困ってるってわけでもなかったから、
   おめえのほうふところに余裕が出来たときに
   返してくれりゃあいいと思ってたんだ。
   
   ところがよ、ちょいと のっぴきならねえ事情ができちまって、
   金がようになっちまったんだよ。
   
   あるときばらいの催促さいそくなしでいい なんて言った手前、
   きまりが悪いし、おめえにも申し訳ねえとは思うんだけどよ、
   すまねえ、あん時の5円、返してくれ。頼む。

八五郎:いや、おめえに頭 下げられると、こっちが きまり悪いよ。
    
    どう言われようと 借りた金は 借りた金。
    常々つねづね 返さなくちゃならねえとは思ってたんだが、
    なかなか金回かねまわりが良くならなくてよ……。
    
    まあでも、おめえにも事情があるんだもんな……。
    分かった。5円、返すよ。

タツ:返してくれるか!
   ありがてえ!

八五郎:ああ。
    
    じゃあ、そうだなぁ……。
    来月の今頃までには、どうにか用意しとくよ。

タツ:来月?
   
   いや、来月なんて悠長ゆうちょうなこと言ってられねえんだ。

八五郎:ああ、急ぐのかい?
    じゃ10日で なんとかするよ。

タツ:いや10日もてねえんだ。

八五郎:そうなの?
    じゃ4、5日で……

タツ:4、5日じゃ困る。

八五郎:2,3日……

タツ:無理無理。

八五郎:あした……

タツ:もう一声ひとこえ

八五郎:ええ!?どこまで いくんだよ!

タツ:今晩!今晩で頼む!

八五郎:今晩!?
    
    無茶 言うなよ!

タツ:無茶は承知だ。
   けど こっちも その金がねえと困るんだよ!
   
   頼む!今晩までに5円!なんとかしてくれ!

八五郎:なんとかしてくれったって……

タツ:今晩 取りに来るから!
   頼んだぜ!じゃあな!(去る)

八五郎:え!?おい!タツ!
    ってくれ!おーーい!!
    
     ―― 行っちまったよ……。
    
    
    なんだよ、たまに早起きするとロクなこと ねえなぁ……。
    なにが「早起きは三文さんもんとく」だよ。5円の損じゃねえか。
    
    あんな借金、すっかり忘れてたよ……まいったなぁ。
    5円なんて大金たいきん、今晩までに用意できるワケねえじゃねえか。
    
    (ため息)なんか、仕事 行く気も無くなっちまったなぁ。
    
    もう知らねえや、寝直ねなおそう。

甚兵衛:おーいっつぁん。
    っつぁん いるかい?

八五郎:なんだよ今日は次から次へと……。
    
    はーい。
    あ、甚兵衛じんべえさんじゃねえスか。

甚兵衛:ああっつぁん、おはよう。
    こんな早くに起きてるなんて珍しいじゃないか。感心感心。

八五郎:ええ、なんだか分からねえんスけど、
    今日に限って 早く目が覚めちまったんスよ。

甚兵衛:いいことじゃないか。
    昔の人は言った。「早起きは三文さんもんとく」。

八五郎:いやいやいやいや。
    昔の人の言うことなんざアテになりませんよ。
    あんなのウソ。5円の損ですよ。

甚兵衛:何言ってんだい?

八五郎:まぁこっちの話っスよ。
    
    ところで、あっしに何か用スか?

甚兵衛:いや今日はね、お前さんに 縁談えんだんを持って来たんだ。

八五郎:縁談えんだん

甚兵衛:そう。お前さんも もう いいとしだろ?
    
    いつまでも やもめ・・・らしってのは よくない。
    そろそろ所帯しょたいを持ったほうがいいよ。

八五郎:そうスかねえ?

甚兵衛:そうだよ。
    
    今 ひょいと部屋を見りゃあ、布団ふとんきっぱなしだし、
    着物は脱いで ほうりっぱなしだし、だらしないったら ありゃしない。
    
    ずいぶんホコリっぽいところを見ると、ろくに掃除もしてないんだろ?
    
    嫁さんをもらえば そんなことも なくなる。
    悪いことは言わない、嫁さん もらいな。

八五郎:そうは言ってもねえ。
    
    見りゃ分かるでしょ?ご覧のとおりの貧乏暮らし。
    あっし1人 食ってくのも精一杯だってのに、
    カカアなんざ もらってる場合じゃねえスよ。

甚兵衛:いやいや、それがそうじゃない。
    
    昔の人は言った。「一人口ひとりぐちは食えなくとも、二人口ふたりぐちは食える」。

八五郎:昔の人は おかしなこと言うねえ。
    1人が食えないのに、2人になったら 食えるってんですか?

甚兵衛:そうだ。
    
    というのはね、やもめには無駄が多いんだ。
    
    飯なんか お前さん、自分で おかず作るのが手間てまだってんで、
    どっか店に行って食うだろ?
    
    その金をカミさんに渡してごらん?
    材料買って 調理して、同じ金で 夫婦 3食分の飯を作ってくれて まことに無駄が無い。
    
    着る物にしたって そうだ。
    お前さん、着てる物がやぶれたら、捨てちまうだけだろ?
    で また新しいのを買う。これが無駄だ。
    
    着てる物がやぶれたら、カミさんに渡してごらん?
    ったり つくろったりしてくれて、今までの 何倍も長持ちする。
    
    朝なんかもね、お前さんが起きて 顔洗ったり 歯を磨いたりしてるあいだに、
    カミさんが布団ふとんたたんで 仕事着しごとぎそろえて 朝メシまで作ってくれてる。
    
    お前さんが仕事に出てるあいだは、部屋を掃除したり 晩メシの支度したくしたりしてってくれてる。
    
    そうすりゃ お前さんは仕事に専念できて かせぎも上がる。
    
    どうだい、いいことづくめだろ?

八五郎:なるほどねぇ。言われてみりゃあ、たしかにそうだ。
    
    でもねぇ甚兵衛じんべえさん、あっしみてえなヤロウのところに
    嫁に来てくれるような女、いるんスか?

甚兵衛:それが いるんだよ。
    
    今回の縁談えんだんはね、お前さんがウンと言えば まとまるんだ。

八五郎:ずいぶん安直あんちょく縁談えんだんもあったもんスね……。
    
    どんな女なんです?

甚兵衛:なかなか いい娘さんだよ。
    
    としは22。

八五郎:いいスねえ。

甚兵衛:背がスラッと

八五郎:高いんスか!

甚兵衛:低い。

八五郎:低いんスか!?
    
    何スか スラッと低いって!

甚兵衛:肌の色が とおるように

八五郎:白いんスか!

甚兵衛:黒い。

八五郎:黒い!?とおるように黒い!?
    
    何スか そのビールびんみてえな女は。

甚兵衛:はっはっは、ビールびんか。
    うまい たとえだねえ。

八五郎:笑ってる場合じゃねえスよ……。

甚兵衛:鼻がまた いいんだ。

八五郎:鼻が?

甚兵衛:まことにつつましやかな鼻で、遠慮がちにおくへ引っ込んでるんだ。
    ヘタに自己主張をしないおくゆかしさ、まさに大和撫子やまとなでしこかがみたる けっこうな鼻だ。

八五郎:いや ようは 鼻が低いってことじゃねえスか。

甚兵衛:その代わりオデコが見事に 突き出てる。

八五郎:オデコが!?

甚兵衛:これが立派なオデコでねえ。
    ひさしわりになるもんだから、雨が降っても顔がれなくて済むというすぐれものなんだ。

八五郎:どんだけ出っ張ってんスか!

甚兵衛頬骨ほおぼねも よく突き出ててねえ。

八五郎:頬骨ほおぼねも!?

甚兵衛左右さゆうともにボコンボコンと見事に突き出ていてね。
    まさに顔面がんめんツインタワーといった風情ふぜいだ。

八五郎:何が風情ふぜいスか!
    意味わかんないスよ!

甚兵衛:またアゴが…

八五郎:アゴもですか!

甚兵衛:長~いアゴが、ゆるやかなえがきながら 前方ぜんぽうに向かって伸びていてねえ。
    その曲線の美しさたるや、まさに芸術のいきだな。

八五郎:ようはメチャクチャしゃくれてるってことでしょ!

甚兵衛:なかなか いい お顔だろう?

八五郎:そうスかねぇ……?

甚兵衛:想像してごらん?
    
    ご婦人が 両手に荷物を持って歩いている。
    石に けつまずいて前向きに倒れる。
    
    これが普通の ご婦人なら、地面に鼻を したたかに打ちつけちまう。
    ところが この娘さんの場合、オデコと頬骨ほおぼねとアゴがささえになって、
    鼻にはキズひとつ付かない。

八五郎:それ、いいことなんスかねぇ……?

甚兵衛:目は あるか無いか 分からないくらい小さいんだがね、
    その代わり 口はバカみたいに大きいよぉ。

八五郎:それ、人間なんスか……?

甚兵衛炊事すいじ 洗濯せんたく 針仕事はりしごと家事全般かじぜんぱんは何をやらせても半人前。
    でもね、メシなら軽く5人前は食べるんだ これが。

八五郎:ええ……(困惑)

甚兵衛:返事や挨拶あいさつなんか ロクにしないもんだから、口数が少ないと思うかもしれない。
    でもね、余計なことはペラペラ喋るんだ これが。

八五郎:ええ……(困惑)

甚兵衛:カラダのほうに目をやれば、
    ハトむねちり・いかりがたと三拍子そろってる。

八五郎:ええ……(困惑)

甚兵衛:おまけにウワサでは 出ベソだって話だ。

八五郎:ええ……(困惑)

甚兵衛:まあ こんな けっこうな女性なんだが……、
    
    この娘さんにね、たったひとつキズがある。

八五郎:(超驚愕)ひとつ!?!?
    
    え、今までのはキズじゃなかったんスか!?!?

甚兵衛:何言ってんだい、キズじゃないよ。

八五郎:本気で言ってんスか……?
    
    じゃあ、その、キズって何なんスか?

甚兵衛:実は おなかの中に子供がいるんだ。

八五郎:はぁ!?

甚兵衛:まぁ こういう娘さんなんだがね。
    どうだい?嫁にもらわないかい?

八五郎:もらうわけないでしょ!
    
    顔はバケモンみてえだし、おまけに おなかん中に子供!?
    
    冗談じゃねえや!

甚兵衛:そうかい?
    
    悪い話じゃないと思ったんだけどねえ……。

八五郎:どうやったら これが悪い話じゃない なんて思えるんスか……。

甚兵衛:ま、お前さんが 気に入らないと言うならしょうがない。
    別に無理にすすめるわけじゃないよ。
    
    じゃあ他を当たってみよう。
    
    まぁこんな娘さんでも、5円の金を付けると言えば、
    どこかに もらい手の1人や2人 見つかるだろ。それじゃ。(去ろうとする)

八五郎:ちょちょちょ ちょっとった!!

甚兵衛:ど、どうしたんだい?

八五郎:甚兵衛じんべえさん、今 なんて言いました?
    
    5円の金を付ける……!?

甚兵衛:ん?
    
    ああ、まぁ持参金じさんきんとしてね、5円 用意するように言ってある。

八五郎:もらいます。

甚兵衛:え?

八五郎:もらいます。

甚兵衛:何を?

八五郎:5円を。

甚兵衛:何言ってんだい。
    5円は この娘さんの持参金じさんきんだよ。

八五郎:ですから、もらうんですよ。
    カミさん付きの5円を。

甚兵衛:おかしな言い方だねえ。
    
    5円にカミさんが付いてくるんじゃないよ。
    カミさんに5円が付いてくるんだよ。

八五郎:どっちでもいいんスよ そんなことは。
    
    とにかく そのカミさんと5円、もらいます!

甚兵衛:いや、だって お前さん、さっき 冗談じゃないって……

八五郎:いやそれは、いちばん重要な情報を聞いてなかったから。

甚兵衛:ふうん。
    
    まぁ お前さんが その気になってくれるのは嬉しいけども。
    
    ホントに大丈夫なのかい?

八五郎:何が?

甚兵衛:おなかの中に子供がいるんだよ?

八五郎:ええ、聞きましたよ。

甚兵衛:いいのかい?

八五郎:当たり前じゃないスか。
    
    世間せけん 見てごらんなさいよ。
    子供ができなくて苦労してる夫婦が いくらでもいるんだ。
    中にゃあ わざわざ赤の他人の子供 もらってきて 養子ようし縁組えんぐみまでしたりしてよぉ。
    
    それを考えりゃあ、その娘さん、ハナから仕込しこんで 来てくれるんでしょ?
    手間てまはぶけていいじゃねえスか。

甚兵衛:なるほど、ものは考えようだねえ。
    
    それじゃ この縁談えんだん、進めていいんだね?

八五郎:いやいや、進めるだなんて そんな悠長ゆうちょうなこと言ってちゃ困りますよ。
    
    今晩ください。

甚兵衛:こ、今晩!?
    
    無茶 言っちゃいけないよ。

八五郎:無茶でもなんでも、今晩じゃなきゃ困るんスよ!

甚兵衛:いやいや、いくら めでたいことは早いほうがいいって言ったって、今晩てのは……

八五郎:そこを何とか!

甚兵衛:いや だって急にそんなこと言われても、先方せんぽうだって困るだろう。
    今晩なんて……

八五郎:あのねえ甚兵衛じんべえさん、今晩だから もらうんスよ?
    明日あしたんなったら もうらねえんだから。

甚兵衛:どういうことだい?

八五郎:お願いですよ甚兵衛じんべえさん。
    今晩!なんとか今晩で!
    
    あのね、カミさんは まぁいつでもいいんスよ。
    5円!5円だけは今晩!

甚兵衛:何言ってんだい。

八五郎:いやむしろ5円だけ今晩もらって、カミさんは30年後ぐらいでいいんスよ!

甚兵衛:そんなバカな話があるかい。
    
    
    (ため息)分かったよ。
    
    まぁ考えてみりゃ、おなかに子供もあることだし、早いにしたことはないだろう。
    それじゃ、今晩 来てもらえるように 私が手配しようじゃないか。

八五郎:ホントですか!
    ありがとうございます甚兵衛じんべえさん!

甚兵衛:そうと決まったら お前さん、
    夜までに に行ってサッパリして、
    それから部屋も片付けてキレイにして、
    いつ嫁さんを お迎えしても いいようにしておくんだよ?
    いいね?

八五郎:へい!分かりやした!

甚兵衛:じゃあ私は これから先方せんぽうと話をつけてくるよ。
    それじゃ。(去る)

 


 

八五郎:いやぁ、妙な日だね今日は……。
    
    起き抜けに 5円返せだなんて言われて困ってたら、
    今度は その5円 持って カミさんが来るってんだからねぇ……。
    激動げきどうの朝だよ……。いや まったく、人生ってのは 分からないもんだなぁ。
    
    しかし ありがたいねえ。
    5円なんて大金たいきんが、なんにもしてねえってのに
    向こうから転がり込んで来やがったよ。
    
    これでタツにも借金が返せるし、ひと安心だ。
    
    さぁて、に行く前に、ちょいと寝直ねなおすかな。

 


 

タツ:ハチこうのヤロウ、ちゃんと金の工面くめんしに行ってくれてるかな……。
   
   あいつのことだからな、どうでもよくなって寝ちまってるかもしれねえなぁ。
   ちょいと様子 見て行くか。
   
   (長屋の八五郎の部屋の前)
   勝手かってったる他人たにんいえだ、開けるぜ。
   
   (表戸を開ける。八五郎が布団で寝ている)
   あッ!コイツやっぱり寝てやがる!
   
   オウッ、ハチこう!起きろ!

八五郎:(目覚める)んぁ……?
    
    ああ、タツじゃねえか……おはよ……

タツ:おはようじゃねえよ!
   寝ちまってるんじゃねえかと 心配して来てみりゃ あんじょうだ!
   
   5円なんとかしてくれって言ったろ!?
   友達なら、たとえ無理でも 少しは金の工面くめんに走り回ってくれたっていいじゃねえか!!

八五郎:落ち着けよ。
    大丈夫だよ。

タツ:何が大丈夫なんだよ!

八五郎:できたんだよ。

タツ:何が?

八五郎:5円。

タツ:え?

八五郎:5円できたんだよ。

タツ:ええ!?ホントか!?

八五郎:ああ、ホントだよ。

タツ:え、じゃあ、どっかに金の工面くめんしに行って、それで帰って来て、寝てたのか?

八五郎:いいや?ずっとウチにいたよ。

タツ:え……?
   
   オメエは不思議な男だねぇ……。
   
   そうやって寝床ねどこでゴロゴロしてるだけで、金の算段さんだんが付くってのか?
   どんな才覚さいかくだよ……。

八五郎:昔から言うじゃねえか、「果報かほうは寝てて」。

タツ:いや そりゃ言うけどよぉ、普通は 寝てて金が入るなんてこと ねえだろ……。
   
   で、その金、どこにあるんだ?

八五郎:今晩 俺の手元に来ることになってる 。

タツ:今晩?
   本当だな?
   その金、アテにしていいんだな?

八五郎:心配すんな、確かなスジからの金だ。

タツ(安堵して)そうか。
   
   いや~助かった!
   一時いちじはどうなることかと思ったぜ。
   
   オメエのおかげで 肩の荷が下りたよ。
   恩に着るぜ。ありがとうよ!

八五郎:いいってことよ。そもそもは俺が借りてた金なんだからさ。
    
    それにしてもよぉ、オメエが俺なんかに 金の相談するなんて珍しいじゃねえか。
    なんかあったのか?

タツ:いや それがな……大きい声じゃ言えねえんだが……
   オメエにだけは事情を話すよ……。
   
   
   去年の暮れによぉ、俺、ウチの旦那だんな名代みょうだい寄合よりあいに行ったんだよ。
   そしたら、飲めもしねえのに、さんざん酒すすめられてよぉ、しこたま飲んじまったんだ。
   
   で、夜遅くになって どうにか店に帰り着いて、2階の自分の部屋に戻ったんだけど、
   いやもう 頭痛いやら気持ち悪いやらで、眠ることもできねえ。
   
   もう苦しくて ウンウンうなってたら、ウチの女中じょちゅうが入って来てよぉ。
   
   オナベって名前の女なんだけど、まぁ器量きりょうは悪いが 気立きだてはいい女でさ、
   背中さすってくれたり 水くんで来てくれたり 手ぬぐいらして 頭に置いてくれたり、
   ずいぶん親切にしてくれてよぉ。
   
   で、まぁ、その……薄暗うすぐらい部屋に 男女だんじょが2人きりなわけだ。
   いや俺も、普段なら そんなことは ねえんだが、あん時は 酒 入ってたし、
   暗くて顔もよく見えねえってのもあって……その……
   オナベに、手ェ 出しちまったんだ。
   
   いやぁバカなこと しちまったよ。
   
   昔の人は うまいこと言ったもんだ。
   「後悔 先に立たず。その前にムスコがつ」(下ネタ)

八五郎:絶対 言ってねえだろ。

タツ:まあ、とにかく、おのれの愚行ぐこういた時には もう手遅れだ……
   
   できちまったって言うんだよ……子供が。
   
   俺もう目の前が真っ暗になっちまったよ。
   というのもな、俺 近々 のれん分け させてもらうことになってるんだよ。
   しかも、旦那だんな縁組えんぐみで 嫁まで もらうって、そんな話まで出てんだ。
   そんな時に、酒に酔って 女中じょちゅうに手ェ出して、しかも子供まで できちまったなんて知れたら、
   俺の今までの奉公ほうこうが台無しになっちまう。
   
   で、俺 すっかり困り果てちまってよぉ。
   
   道具屋の甚兵衛じんべえさんに相談したんだ。

八五郎:え!?甚兵衛じんべえさん!?

タツ:ホラ、甚兵衛じんべえさん、世話焼きだし 知恵も回るし 頼りになるからよ。
   
   で、洗いざらい ぶちまけて相談したらよ、
   とにかく5円という金を用意しろって言うんだ。
   
   持参金じさんきんに5円つけて、誰かに縁付えんづけちまえばいいって。
   あんな女でも、5円という金を付けてやれば、金に目がくらんで
   嫁にもらうバカが どこかにいるだろうって言うんだな。

八五郎:ええ……(困惑)

タツ:だから なんとか5円 用意しようと思ったんだけど、
   事情が事情だから なかなか相談できる相手もいなくてよ。
   
   そこでハッと思いだしたんだ、オメエに5円 貸してたのを。
   
   いつでもいいって言ってたのを 急に返せなんて言って 悪かったけどよ、
   まぁ そういうワケだったんだ。
   
   でもオメエの おかげでホントに助かったよ。

八五郎:それは……うん……よかったよ……。

タツ:ホントよかった。
   ありがとうよ。

八五郎:俺もさ……言うことがあるんだよ……。

タツ:ん?なんだい?

八五郎:実はさ……、俺、このたび……、所帯しょたいを持つことになったんだ。

タツ:え!?
   
   オメエ、カミさん もらうの!?

八五郎:そうなんだよ。

タツ:オイオイ全然知らなかったよ!
   それならそうと言ってくれよォ。
   
   それ知ってたら さすがの俺も オメエに金の催促さいそくなんて しなかったぜ?
   
   所帯しょたい 持つんじゃあ、オメエだって 金がようだろ?
   すまなかったなぁ、そんな大変な時に 金の工面くめん してもらっちまって。
   
   
   まぁでも、何にしても めでてえなぁ。
   友達として お祝いするぜ。おめでとう!

八五郎:ん~……、それが……めでたいような……めでたくないような……

タツ:ん?なんで?

八五郎:いや そのカミさん、甚兵衛じんべえさんの世話で もらうんだよ。

タツ:え!?
   
   まさかオナベじゃねえだろうな?

八五郎:そういや名前 聞いてなかったな。

タツ:まさかとは思うけど、はらに子供は……?

八五郎:いるらしいね。

タツ:ええ!?
   
   まさかオナベ……!?

八五郎:背がスラっと低くて 肌の色がとおるように黒くて
    ひさしのオデコに しゃくれアゴに 顔面がんめんツインタワー。

タツ:あ、オナベだわ。

八五郎:オナベか……。

タツ:えええ、甚兵衛じんべえさん、オメエんとこに 話 持って行ってたのかよ!

八五郎:あ、どうも。金に目がくらんだ どっかのバカです。

タツ:いやいやいやいや!
   冗談言ってる場合じゃねえだろ!
   オメエどうするんだよ!

八五郎:どうするも こうするも……もう甚兵衛じんべえさん、先方せんぽうに話 つけに行ってんだ。
    しょうがねえ。もらうよ。

タツ:オメエそれでいいのかよ!

八五郎:まぁいいよ。
    もう もらうって言っちゃったもん。

タツはらん中に、俺の子供がいるんだぜ!?

八五郎:いいじゃねえか。
    
    誰の子供か分からねえより、オメエが父親だって分かってるほうが。

タツ:ええ……(困惑)
   
   まぁ、オメエがいいってんなら、いいんだけどよぉ……。
   
   
   え?じゃあ、5円は どうなるんだ?

八五郎:5円は、今晩 甚兵衛じんべえさんがウチに持って来るよ。

タツ:え?でも俺が甚兵衛じんべえさんに渡さなきゃ、甚兵衛じんべえさん その5円 持って来れねえよ?

八五郎:あれ?

タツ:で、俺もオメエから 5円もらわなきゃ、甚兵衛じんべえさんに渡せねえ。

八五郎:どうなってんだ?

タツ:なんだか ややこしいことになってんなオイ。
   
   ちょっと落ち着いて考えてみようじゃねえか。
   
   (煙草入れを取り出して)
   この煙草入たばこいれを、5円だとしよう、な?
   
   これを、まずオメエから 俺が もらう。
   で、俺がこれを甚兵衛じんべえさんに渡す。
   そしたら今度は甚兵衛じんべえさんが これをオメエに渡す。
   でオメエから 俺が もらって、俺が甚兵衛じんべえさんに渡して、甚兵衛じんべえさんがオメエに……。
   
   オイオイなんだこりゃ!
   
   これじゃ、この金が グルグルグルグルまわってるだけじゃねえか!

八五郎:な~るほど、昔の人は うまいこと言ったもんだ。

タツ:何が?

八五郎:金は天下てんかまわものだ。



おわり

その他の台本                 


参考にした落語口演の演者さん(敬称略)


桂米朝(3代目) ※上方落語
古今亭菊志ん
五街道雲助
立川談志
三遊亭小遊三
瀧川鯉昇
古今亭右朝


何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp

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