声劇台本 based on 落語

壺算つぼざん


 原 作:古典落語『壺算』
 台本化:くらしあんしん


  上演時間:約30分


【書き起こし人 註】

この台本は、同名の古典落語(もしかしたら古典じゃないかも)を声劇用の台本にしたものです。

落語という話芸は、師匠から弟子へ口伝えにして継承されるもので、原則的に、いわゆる"台本"にあたるテキストはありません。同じ演目でも、口演される噺家さんによって、話の解釈・登場人物名・人物の性格・時には話の筋さえも、様々に変わります。この台本は、私が聴いたいくつかの落語口演をブレンドし、それに私独自の言葉や言い回しを織り交ぜて書き上げたものです。

アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。



ご利用に際してのお願い等

・上演を公開される際は、観覧無料の媒体のみで行うようお願いします。
 観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
 配信者へ 金銭または換金可能なアイテムやポイントを贈与できるシステムの有無は問いません。
 ただし、ことさらリスナーに金銭やアイテム等の贈与を求めるような行為は おやめください。


・無料公開上演の録画は残してくださってかまいません(動画化して投稿することはご遠慮ください)。
 録画の公開期間も問いません。

・当ページの台本を利用しての有料上演はご遠慮ください。

・当ページの台本を用いて作成した物品やデジタルデータコンテンツの販売はご遠慮ください。

・当ページの台本を用いて作成した動画の投稿はご遠慮ください。

・台本利用に際して、当方への報告等は必要ありません。




<登場人物>

・トクさん(セリフ数:122)
 ?歳。
 口が上手くて買い物上手。



トメこう(セリフ数:59)
 ?歳。
 町内の間抜け男。天然おバカ。



瀬戸物屋せとものやの店主(セリフ数:73)
 ?歳。
 人の好い店主。





<配役>

・トク:♂

トメ:♂

店主:♂



【ちょっと難しい言葉】

水壺(みずつぼ)
水を入れる壺。水がめ。

こすっ辛い(こすっからい)
ずるく抜け目がない。悪賢い。

荷(か)
量を表す単位。「1荷」は一人が肩に担える物の量。

荒縄(あらなわ)
わらで作った太い縄。

天秤棒(てんびんぼう)
荷物を吊るして肩に担ぐための棒。

勉強(べんきょう)
ここでは、商品を安く売ること。

了見(りょうけん)
考え。思案。




ここから本編




トメ:トクさーん。トクさん、いるかい?

トク:ん?
   
   おう、なんだ、誰かと思えばトメこうじゃねえか。どした?

トメ:トクさん、ちょいと買い物に付き合ってくんねえかなぁ?

トク:買い物?そりゃかまわねえけど。何 買うんだ?

トメ水壺みずつぼなんだよ。
   
   いや実は今朝けさ、ウチの台所の水壺みずつぼが割れちゃってさぁ。
   
   「じゃ ひとっ走り 瀬戸物横丁せとものよこちょう 行って買って来るよ」ってカカアに言ったら、
   「ちょいとお待ち。おまえさん ひとりで行っちゃいけないよ」って止められて。
   
   「なんでだよ」っていたら、カカアのやつ、
   「おまえさんくらい買い物の下手な人はいないよ。
    悪い品物を わざわざ高い値段で買って、
    ご丁寧に お礼まで言って 帰って来るような人なんだから」
   こんなこと言うんだよ。

トク:はっはっは。おめえは お人好ひとよしだし、
   ちょいとの抜けたところがあるからなぁ。
   商人あきんどにとっちゃ いい客だろうよ。

トメ:なんだよトクさんまで……。
   
   で、カカアが言うには、裏のトクさんは 頭が良くてもの上手じょうずだから、一緒に行ってもらえって。

トク:(まんざらでもない様子)
   ほう。俺が、頭が良くて、もの上手じょうず
   いやあ、悪い気しねえなぁ。
   おめえのカカアが、俺のこと そんなふうに言ってたの?

トメ:うん。
   
   「あの人は 人間が こすっからくて 悪賢わるがしこくて ケチだから、
    どんな安い物でも さらに値切って買うような人だよ。
    おまけに ちょいと おだてりゃホイホイ言うこと聞いてくれるから、
    連れてって値切ってもらいな」
   なんて言ってたよ。

トク:……。
   
   おめえ、持ち上げといて、ものすごい勢いで落とすねぇ……。
   え、おめえのカカアがなんて言ったって?

トメ:だからね、あの人は 人間が こすっからくて 悪賢わるがしこくて ケチ……
   
   ああ、そいうえばカカアが言ってたな、
   ここの部分は 本人の前で言っちゃいけないよって。

トク:言っちゃってんじゃねえか!
   
   ……まぁいいよ、おめえみてえなマヌケに言われたんじゃ 腹も立たねえや。
   
   いいよ、一緒に行ってやるよ。

トメ:ホントかい!?
   
   トクさん、このたびは、お手を わずらわせて、もうしわけありませんねぇ。

トク:今頃かしこまったって おせえんだよ。
   
   で?どんな水壺みずつぼ 買いてえんだ?

トメ:それなんだけどね。
   今までは1荷いっかりのつぼを使ってたんだけど、
   前々から ちょっと小せえなぁと思っててさ。
   
   で、いい機会だから、今度は 倍 はい2荷にかりのが いいってことになって。

トク:2荷にかりのつぼだな。よし分かった。
   
   いいか?店に着いたら、おめえ 余計な事するんじゃねえぞ?万事ばんじ 俺にまかせとけ。
   おめえが余計な事して 足元あしもと見られたりしたら、値切れるモンも値切れなくなっちまうからな。
   安く買おうと思ったら、絶対に 足元あしもと見られちゃいけねえ。

トメ:そうなの?

トク:そうだよ。常識だぜ?覚えとけ。
   
   ヨシ、じゃあ行くか。
   
   おうトメこう、そこの荒縄あらなわ天秤棒てんびんぼう 持ってくから 準備しな。

トメ:え?なんで こんなもの持ってくの?

トク:いいから。それも 安く買うための 道具立どうぐだてになるんだ。
   ごちゃごちゃ言わねえで持て。

トメ:あ、そう……?
   
   ほい、持ったよ。

トク:よーし、それじゃ 瀬戸物横丁せとものよこちょうへ向けて 出発だ。

 


 

    (瀬戸物横丁への道すがら)

トメ:ねえトクさん。

トク:なんだ?

トメ:どうやったら トクさんみたいに もの上手じょうずになれるんだい?

トク:ん?
   
   ああ、ちょっとしたコツだよ。

トメ:コツ?

トク:おう。買い物なんてのは、商人あきんどとのきだからな。
   まぁ 話の持って行き方 ってヤツだ。
   
   例えばよ、俺たちが 古着屋ふるぎや縞柄しまがら羽織はおりを1枚 買いに行くとするだろ?

トメ:いやトクさん、俺たちは これから瀬戸物屋せとものやつぼを買いに行くんだよ?

トク:分かってるよ。かりの話だよ。
   
   古着屋ふるぎや縞柄しまがら羽織はおりを1枚 買いに行くとするだろ?

トメ:うん、まぁ、ひやかしぐらいなら いいけどねぇ……。
   羽織はおりまで買おうと思ったら ぜにが足りねえんじゃねえかなぁ……。

トク:分からねえヤツだな おめえは……。
   
   「かりに」行くっつってんだろ!

トメ:ああ、どっかで ぜに りてから行くのか!

トク:おめえホントにバカなんだな……。
   
   いいから黙って聞け。
   
   いいか?
   古着屋ふるぎやに着いて 縞柄しまがら羽織はおりを見せられたら、それが どんなに気に入ったモンでも、
   「お!いい羽織はおりだねえ!もらおうか!」なんて飛びついちゃ いけねえ。

トメ:え?そうなの?

トク:そうだ。
   
   いかにも買いたそうな態度を見せたりしたら、店のモンも つけ上がって、
   15円のところを 17円、18円と を釣り上げて来やがるからな。
   
   さっきも言ったろ?買い物は 店と客とのきだ。
   
   ここはな、まず 出てきた羽織はおりに 傷を付ける。

トメ:え、やぶくの?

トク:違うよ、口で傷を付けるんだよ。

トメ:え、食いちぎるの!?

トク:そうじゃねえよ!ケチを付けるんだよ!
   
   縞柄しまがらが ぼやけてるとか、裏の模様もようが気に入らねえとか ケチを付ける。
   
   そうしておいてな、ちょいと考えるフリでもして、
   「ん~、まぁでも、せっかく来たんだし、手ぶらで帰るのもなんだからなぁ……、
    安けりゃコレ買って帰ってもいいんだがなぁ……」。
   そうやって、「安けりゃ」ってところを しっかり聞かせといて、
   「オウ、この羽織はおり いくらか安くならねえかい?」と持って行く。
   
   店のモンにしてみりゃあ、多少 は下がっても 売れねえよりはマシだ。
   1円か2円は まけてくれるってもんだ。

トメ:ほォ~なるほどねえ!
   
   さすがトクさん、極悪人ごくあくにんだねえ!

トク:誰が極悪人ごくあくにんだ。

トメ:なるほど そういうコツがあるのかぁ。
   俺も今度やってみよっと。

トク:やめとけやめとけ、おめえにゃ無理だよ。
   
   
   お、んなこと言ってる瀬戸物横丁せとものよこちょうに着いたぜ。
   瀬戸物屋せとものやがズラーッと並んでるなぁ。
   
   おう トメこう、おめえ どっか 馴染なじみの店でもあるのか?

トメ:いや、ないけど。

トク:そうか。じゃ そこの店でいいか。
   
   (店主に)オウ、邪魔するぜ。

店主:どうも いらっしゃいまし。
   今日は何を お求めでいらっしゃいますか?

トク:ああ、水壺みずつぼを1つ 買いてえと思ってよ。

店主水壺みずつぼでございますか。でしたら こちらでございますね。
   
   こちらに並べておりますのが、水壺みずつぼに お使いいただけるつぼでございまして。
   手前の小さい方が1荷いっかり、奥の大きいのが2荷にかりとなっております。

トク:お、そうかい、ちょいと見させてもらうぜ。
   
   オウ、トメこう、ここにあるのが……
   (なぜかトメが店先でしゃがみ込んでいる)
   ん?どうした トメこう。そんな所に しゃがみ込んで。
   おびまで ゆるめて。すそが汚れちまうじゃねえか。
   気分でも悪いのか?

トメ:そうじゃねえんだよ……。

トク:じゃ どうしたんだよ?

トメ:いや、だってトクさん、「足元あしもと 見られちゃいけねえ」って言うから……。

トク:……え?
   
   じゃ おめえ、ほんとに テメエの足 見られねえように、
   しゃがんで すそ 下ろして 足を隠そうとしてたの……?
   
   (ため息)どうしようもねぇバカだな おめえは……。
   
   あのなぁ、「足元あしもと見られんな」ってのは そういう意味じゃなくて……
   ああもう、いいから立てよ!おびもちゃんとめろ!

トメ:え、いいの……?

トク:いいんだよ!

店主:あの、大丈夫でございますか……?

トク:(店主に)ああ、りぃりぃ、大丈夫 大丈夫。
   いやバカな野郎でよ、ときどき ワケ分かんねえこと しやがるんだよ。
   気にしねえでくんな。
   
   (トメに)ホラ、こっち来てつぼ 見ろよ。どうだ?

トメ(並んでいる壺を 触ったり持ち上げたり)ふんふん……。
   
   いや、トクさん、このつぼ、ダメだねぇ。

トク:ダメか?

店主:何か問題でも ございますか?

トメ:問題も何も、このつぼ、水れる口が無いし おまけに底が抜けてるもん。

店主:あの、それはせて置いてあるんでございますが……。

トメ:あ、これせて置いてあるの?

トク:(トメに)なんで見て分からねえんだよ。
   
   (店主に)な?こういうバカなんだよ。気にしねえでくんな。

店主:はあ。

トメ:トクさん、それでもやっぱり、このつぼはダメだよ。

トク:何が。

トメ縞柄しまがらがぼやけてる。

店主:は?

トク:バカじゃねえのか おめえは。つぼ縞柄しまがらがあるかよ!

トメ:裏の模様もようが……

トク:ねえよ!もう おめえは余計なこと言うな!黙ってろ!

店主:あの、喧嘩けんかは ご遠慮 願いたいんでございますが……。

トク:いやいや、喧嘩けんかってほどのモンでもねえんだ。気にしねえでくんな。
   
   ところでよ、この1荷いっかつぼ、いくらなんだい?

店主:さようでございますねえ。
   
   この界隈かいわい、 同じ商売の店がズラっと並んでいるところを、
   わざわざ手前どもの店を 選んで入ってくださった お客様ですから、
   ぐっと勉強させていただきまして、3円50せんとさせていただきますハイ。

トク:なるほど。
   
   この界隈かいわい、 同じ商売の店がズラっと並んでいるところを、
   わざわざ おまえさんの店を 選んで入ってやった俺だから、
   ぐっと勉強してくれて、3円50せんてワケかい?

店主:ええ、さようでございます。

トク:ふむ。
   
   じゃ念のためにくがよ、
   この界隈かいわい、 同じ商売の店が1軒も並んでなくて、
   俺たちが たまたま おまえさんの店に入った客で、
   したがって勉強もしてくれなかったら、いくらになんの?

店主:ああ、それでしたら……、
   
   
   3円50せんでございますかねぇ。

トク:変わらねえじゃねえか!

店主:申し訳ございません。

トク:はっはっは、いいよいいよ、分かってる 分かってる。
   商人あきんど世辞せじ愛嬌あいきょうってヤツだよな。
   
   
   1荷いっかつぼが3円50せんねぇ……。
   
   それじゃよぉ、2荷にかつぼのほうのは どういうふうになってんだい?

店主:ええ、それでしたら、1荷いっかつぼの 倍 はいりますんで、
   お値段のほうも、1荷いっかつぼの 倍ということになっております。

トク:なるほど、2荷にかつぼは、1荷いっかつぼの倍ね。

店主:さようでございます。

トク:ん~、よし、そいじゃあ、この1荷いっかつぼひとつ、もらおうか。

店主:お買い上げでございますね。ありがとう存じます。

トメ(トクに)ちょ、ちょっとトクさん!

トク:(小声でトメに)おめえはゴチャゴチャ言うな。俺にまかしとけ。

トメ(トクに)いや、でも俺が欲しいのは……

トク:(小声でトメに)いいから!黙って見てろってんだ!

店主:あの、また何か めてらっしゃいますか……?

トク:(店主に)いやいや!何でもねえんだ!気にしちゃいけねえ。

店主:さようでございますか。
   では、1荷いっかつぼ、お買い上げということで。

トク:おう。

店主:では、3円50せん 頂戴ちょうだいいたします。

トク:そこだよ。
   
   3円50せん
   
   いや俺だってね?このが 高くねえってことぐらいは分かってるよ?
   分かってるけどさ、実を言うと 今日は 俺の買い物じゃねえんだよ。
   コイツに頼み込まれて 来てんだ。トクさんはもの上手じょうずだなんて おだてられてよぉ。
   その俺が で 買っちまったんじゃあ、メンツが立たねえんだ。
   
   だからよ、このつぼ、ちょいと まけてくれよ。

店主:お客様、どうぞ ご勘弁くださいまし。
   もう この お値段で いっぱいいっぱい でございますんで……

トク:分かってる、分かったうえで頼んでんだ。
   
   俺たちゃ今日 初めて おめえんとこの店 来たんだ。
   今日は 顔つなぎってことで ひとつ、頼むよ、これから贔屓ひいきにするからさ。
   
   いや、なにも無茶な 値切り方しようってんじゃねえんだ。
   3円50せんの、この半端はんぱの50せん。これをスパーッと 取っ払って、3円!
   
   3円に してくんねえか?

店主:いえもう……手前どもは、うすい商売でございますんで……、
   どうぞ ご勘弁くださいまし。

トク:んなこと言わねえでよぉ、頼むよぉ。
   
   いや俺たちもね、なにも ただ まけてもらおうなんて図々しい了見りょうけんしてねえよ?
   
   ホラ、荒縄あらなわ天秤棒てんびんぼう、持って来てんだ。
   このつぼ まけてくれたらよ、運んでもらう手間 取らせねえ、
   俺たちで かついで帰ろうってんだ。
   
   ここまで気ィつかってんだからさ、3円にしてくれよォ。

店主:なるほど それで荒縄あらなわ天秤棒てんびんぼうを……。
   
   いえ、その お気遣きづかいは ありがたいんでございますが……、
   やっぱり3円で お売りするわけには まいりませんので……

トク:おまえさんも強情な人だねぇ……。いや立派だよ。
   でもさ、「商人あきんどそんして とくとれ」なんて言うじゃねえか。
   
   このつぼ まけてくれたらよ、俺 うちへ帰ったらさ、
   おめえの店のこと、近所じゅうにれてまわるよ!
   いい店だぞーっ、瀬戸物せともの 買うなら この店だぞーって。
   そうすりゃ 客が増えて もうけも上がるだろ?
   
   俺に 50せん 安く売るのは 一見 損に思えるかもしれねえ。
   でも 後々あとあとそれが かえって大きな得になるってんだ。
   そんして とくとれ。どうだい?3円に してくれるよな?

店主:いや……そう申されましても……

トク:これだけ言っても まだダメなのかよ。
   
   よーし分かった!近所じゅうにれてまわるだけじゃ すまさねえ。
   れてまわりながら、近所じゅうのつぼというつぼを、たたこわして歩こうじゃねえか!
   そうすりゃ すぐにでも客が 押し寄せて来るぜ!

店主:そんな乱暴な……。
   
   
   (ため息)分かりました。手前どもの 根負こんまけでございます。
   今日のところは 特別に その1荷いっかつぼ、3円で お売りいたしましょう。

トク:え!?3円で売ってくれんの!?ホントに!?

店主:はい。

トク:おおー ありがと ありがと!
   
   いやぁ なんかりぃなぁ、無理矢理 安くさせちまったみたいで。

店主:無理矢理 安くさせたんじゃございませんか……。

トク:はっはっは、りぃりぃ。
   まぁ気ィ悪くしねえでくれよ。
   これから ちゃーんと贔屓ひいきにするからよ。

店主:ええ、頼りにしておりますので。

トク:おうまかしとけってんだ。
   
   そいじゃ さっきも言ったとおり、運ぶ手間は取らせねえ、
   こいつは俺たちでかついで帰るよ。

店主:それは どうもありがとう存じます。
   
   (奉公人の小僧に)定吉さだきち!こちらのつぼ、お客様のほうで お持ちになってくださるからね、
   運びやすいように わえて差し上げなさい。
   
   (トクに)それでは お客様、3円 頂戴ちょうだいいたします。

トク:分かった。
   
   (トメに)おうトメ、3円出せ。

トメ:いや、でもトクさん……

トク:いいから出せってんだよ!

トメ:だって、俺が欲しいのは……

トク:(小声で。キレ気味)分かってるよ!これでいいんだよ!
   つべこべ言わねえで さっさと3円出せってんだよ!

トメ:そ、そんなに怒らなくたって いいじゃねえか……。
   
   分かったよ、出しゃいいんだろ……ホラ(3円わたす)

トク:オウ。
   
   (店主に)いやぁりぃ、待たせちまったな。ほら、3円。

店主:はい、たしかに3円 頂戴ちょうだいいたしました。
   どうも ありがとう存じます。
   
   では お持ちになった天秤棒てんびんぼうわえ付けてありますんで、
   お気をつけて お持ち帰りくださいまし。

トク:お、ありがとよ。
   
   (トメに)よーしトメ、先棒さきぼう かつげ。
   
   早くかつげってんだよ!

トメ:わ、分かったよ……。
   
   (しぶしぶ担ぐ)よいしょ。

トク:(トクは後棒を担ぐ)よいしょ。
   
   うっし、じゃあ帰るぞ!

店主:お買い上げ、どうも ありがとうございました。

トク:オウ、じゃあな!
   
   (トメに)さ、歩け歩け!

 


 

    (往来に出た2人)

トメ(ため息)

トク:いやー上手うまくいったなぁ!

トメ:トクさんよぉ……

トク:なんだ?

トメ:たしかにトクさんは もの上手じょうずかもしれねえけど、
   人の話をちゃんと聞かねえから いけねえや。
   
   俺は2荷にかつぼが買いたいって言ったのに、
   なんで1荷いっかのほう買っちゃうんだよぉ……

トク:心配するな、大丈夫だよ。
   
   おう、そこ右に曲がれ。

トメ:大丈夫じゃねえよ。
   こんなの持って帰ったら、またカカアに怒鳴どなられちまうよ。

トク:大丈夫だって。
   
   おう、そこも右に曲がれ。
   
   こうやって かついで歩いてりゃあ、この1荷いっかつぼ2荷にかつぼになるんだよ。

トメ:え!?かついで歩いてるだけで 1荷いっかつぼ2荷にかつぼになるの!?
   
   え、なに、つぼって、風に当たると ふやけるの!?

トク:なわけねえだろ。いいから歩け。
   
   で、そこをまた右に曲がれ。

トメ:あれ?トクさん、これ どこへ向かって歩いてんの?

トク:いいから いいから。
   
   よーし、最後 そこを右だ。

トメ:はいはい右ね。
   
   あれ!?
   
   トクさん、ぐるっと回って さっきの店に戻って来ちゃったよ!?

トク:これでいいんだよ。
   
   (店主に)オウッ、ごめんよ!

店主:いらっしゃいまし……あ、これはこれは。
   何か お忘れ物でも なさいましたか?

トク:お?
   
   「お忘れ物でも なさいましたか」なんて 言うところを見ると、
   俺のこと 覚えてくれてんのかい?

店主:覚えるも何も……つい先ほど お帰りになったばかりですので、
   お見忘れのしようも ございませんが……。
   
   あの、何か……?

トク:それなんだ。いや ちょいと聞いてくれよ。
   
   (トメを指して)ここにいる このバカ、こいつが欲しかったのは
   1荷いっかつぼじゃなくて 倍 はい2荷にかつぼだったらしいんだよ。
   つぼ かついで歩きだしてから そんなこと言いだしやがってさぁ。
   そんなら そうと最初っから 言っとけってんだよなァ?

トメ:だから俺は最初から……

トク:(小声でトメに)おめえは黙っとけ!
   
   (店主に)てなわけだからよ、すまねぇ、2荷にかのほうのつぼ 売ってくんねえか?

店主:ああ、さようでございますか。
   ええ ええ、お間違いは どなたにでも あるものでございますから。
   
   奥のほうに並べておりますのが 2荷にかつぼですんで、
   どうぞ ごらんになってくださいまし。

トク:なるほどね。
   
   えーと、2荷にかつぼの、のほうは どうなってるんだっけ?

店主:はい それでしたら、1荷いっかつぼの 倍 はいりますので、
   お値段のほうも、1荷いっかつぼの 倍ということになっております。

トク:ほう!1荷いっかつぼの 倍ね!

店主:はい、さようで。

トク:てことは、俺たちゃ さっき 1荷いっかつぼを 3円で買ったわけだから
   その倍で6円てことだな!

店主:え…………。
   
   
   お客様……、あなた様という方は、ホント~~に
   お買い物が お上手じょうずでいらっしゃいますね……。
   
   わたくし 初めてでございますよ、
   ここまで手の込んだ 値切り方を見たのは……。
   
   (ため息)分かりました。今日はもう、手前どもの完敗でございます。
   
   では今回だけ、今回だけでございますよ?
   特別に 2荷にかつぼ、6円で お売りいたしましょう。

トク:6円で売ってくれる!?いやーすまねえなぁ!

トメ(小声でトクに)おお!トクさん、すげえなあ!

トク:(小声でトメに)なぁに まだまだ こっからよ。

トメ:え?


店主:ええと お客様、2荷にかつぼを お買い上げということでございますね。
   
   それで、今 持って戻られた こちらの1荷いっかつぼは いかがなさいますか?

トク:ああ、そっちは間違いだったから、いらねえんだ。
   りぃけど、引き取ってもらえるかい?

店主:ええ、かしこまりました。
   
   (奉公人の小僧に)定吉さだきち!さきほどの お客様、1荷いっかじゃなくて 2荷にかのほうを お買い上げになるからね、
   1荷いっかのほうを はずして、2荷にかのほうを わえて差し上げなさい。

トク:でさぁ、この1荷いっかつぼ、いくらで引き取ってくれるんだい?

店主:え?
   
   ……いや、いくらと申されましても……
   
   ついさっき お持ちになって、そのまま戻って来られただけですからねぇ……。
   
   元値もとねの3円で お引き取りいたしますけれども。

トク:3円で引き取ってくれるんだな!ヨシ!
   
   
   で、さっき3円 渡してあるよね?

店主:ああ、はい。先ほど いただいたまま、
   まだ しまいもせずに ここに置いてございます。

トク:で、この1荷いっかつぼを、3円で引き取ってくれるんだよな?

店主:ええ、さようで。

トク:てことは 3円と3円で6円だから、この2荷にかつぼ 持ってっていいよな?

店主:ああ、はい。
   
   ……はい??

トク:いや だから、最初に3円 渡してあるだろ?

店主:はい。

トク:で、1荷いっかつぼを3円で引き取るんだろ?

店主:はい。

トク:てことは 3円と3円で6円だから、この2荷にかつぼ 持ってっていいよな?

店主:ええと……
   
   
   (なんか納得しちゃう)ああ、さようでございますね。
   
   では どうぞ お持ちになってくださいまし。
   お買い上げ ありがとう存じます。

トク:よーし、じゃあ行くぞぉ。ほら かつげー!

 


 

    (往来に出た2人)

トメ:トクさんすげえ、すげえよ……!

トク:いいから。感心してねえで歩け。

トメ:だって すげえよ!いや~ホント トクさん頭いいなぁ。
   2荷にかつぼ 6円にしただけでも すげえと思ったのに、まだ先があるなんてよぉ。

トク:あんまりニヤニヤしながら うしろ見るんじゃねえよ。
   あと、もうちょっと早く歩け。

トメ:んなこと言ったって、なんか さっきよりおもてえんだもん。

トク:2荷にかになってんだから当たり前だろ。

トメ:あ、そっか。

店主:お客様ー!あの、お客様ー!
   申し訳ございません!ちょっと、お戻りを願いますー!
   お勘定かんじょうが合いませんのでー!

トク:見ろ、グズグズしてるから、なんか勘付きやがったじゃねえか。

トメ:ど、どうしよう……。

トク:逃げるわけにもいかねえ。戻るぞ。

 


 

    (2人は店に戻って来た)

店主:どうも 申し訳ございません、お呼び止めいたしまして。

トク:いや別に かまわねえんだけどさ。
   どうしたんだい?勘定かんじょうが どうとか言ってたけどよぉ。

店主:ええ、そうなんでございます。
   
   手前ども その2荷にかつぼ、6円で お売りしたんでございます。

トク:そうだよ。分かってるよ。

店主:ところがですね、今、手前どもの 手元に、3円しか ございませんで……。

トク:何言ってんだよ。
   (1荷いっかの壺を指して)そこにあるのは何だ?

店主1荷いっかつぼでございます。

トク:忘れちまってねえか?それ3円で引き取ってくれたんだろ?
   その3円と 手元の3円 足しゃあ 6円になるじゃねえか。

店主:ええと…………
   
   
   (なんか納得しちゃう)あ、さようでございますねぇ。
   
   わたくし、この1荷いっかつぼのことを すっかり忘れていたようでございますねぇ。
   
   ふむふむ、3円で引き取って、手元の3円と足して6円。
   
   ああ、合ってますねぇ。
   
   いや これはどうも、お急ぎのところ お呼び止めして 申し訳ございませんでした。

トク:いやいや、分かりゃいいんだよ。
   
   よーし トメこう、帰るぞー!

 


 

    (往来に出た2人)

トメ:あっはっはっは、あいつバカじゃねえの?(笑)
   ちっとも分かってやがらねえの(笑)

トク:笑うなってんだよ、怪しまれるじゃねえか。

トメ:しっかしトクさん すげえよ。コロっと まるめ込んじまうんだもんなぁ。
   もうもの上手じょうずどころの騒ぎじゃねえよ。あんた詐欺師さぎしだよ。

トク:うるせえなぁ。いいから早く歩け。

店主:お客様ー!お客様ー!ちょっと お戻りを願いますー!
   お勘定かんじょうが合いませんのでー!

トメ:うわ、まただよ……。

トク:ヤロウもなかなか しぶといなぁ。

 


 

    (2人は店に戻って来た)

店主:申し訳ございません お客様。
   たびたび お戻りを願いまして……。

トク:おい、そろそろ いい加減にしてもらおうじゃねえか。
   こっちが つぼ 持って 店 出る途端に でけえ声で戻れだの 勘定かんじょうが合わねえだの、
   まるで俺たちが つぼを盗みでも したみてえに言いやがって。
   周りの連中も ジロジロ見るじゃねえか!

店主:申し訳ございません。
   
   ですけど、どうにも お勘定かんじょうが 合いませんで……

トク:何が どう合わねえんだよ!
   
   最初に3円 渡してある!
   それから 1荷いっかつぼを 3円で引き取ってもらった!
   3円と3円で6円!何も 問題ねえじゃねえか!

店主:それは……そうなんでございましょうけど……。
   
   でも……、なにか、こう……引っかかるんでございますよ……。
   
   なんと言いますか……、あなた方が つぼかついで 嬉しそうに歩いて行かれる 後ろ姿を見ておりますと、
   「ああ、今日も いいあきないを したなぁ」という充実感が なぜか得られないんでございますよ。
   
   なんか、こう……心に モヤモヤしたものが残るんでございますよ。

トク:んなこと こっちは知ったこっちゃねえんだよ。
   
   しょうがねえ野郎だなぁ。
   じゃソロバン出せよ。

店主:は?

トク:ソロバン出せってんだよ。

店主:いやいや、何もソロバンを使うほどのものでは……

トク:何言ってんだよ。
   おめえ さっきから頭で考えて ちっとも分かってねえじゃねえか。
   
   いいからソロバン出せよ。

店主:はい……。
   
   出しました。

トク:よし。まず最初に3円 渡してある。
   そこにある3円だ。
   
   3円と入れろよ。

店主:はい、手元に3円たしかにあります。
   
   では3円、と。
   
   (ソロバンに3円と入れる)はい、入れました。

トク:よし。
   
   次に そこの1荷いっかつぼ、これを3円で引き取ってもらった。
   
   3円と入れろよ。

店主:ええと……。
   
   このつぼを3円で引き取ったから……3円……。
   
   (ソロバンに3円と入れる)入れました……。

トク:いくらになってる?

店主:…………。
   
   6円になってます……。

トク:ほらみろ。
   
   ソロバン使っても6円になるんだから 間違いねえじゃねえか。

店主:いや、その、それは……そうなんでございますけど……。
   
   なんか こう……しっくりこなくて……。
   
   なんでだろ……?なんで6円に なっちゃうんだろ……?

トク:おまえさん、ちょいと頭が こんがらがってるみてえだな。
   
   よし、いったん落ち着くためにな、これから俺が出してやる簡単な問題を、
   冷静になって解いてみろ。

店主:問題?

トク:おう。
   
   いいか?
   
   ある店に 3人の旅人が やって来て、
   10円ずつ出し合って 30円の品物を買ったんだ。

店主:はい。

トク:その店の番頭が30円 受け取って、奥にいる主人のところへ持ってった。
   
   そしたら そこの主人が優しい人で、「遠方えんぽうから来られた お客様だから、5円 おまけしてあげなさい」と言った。

店主:はい。

トク:ところが その番頭が 悪いヤツで、
   2円ネコババして 3円だけ お客に返したんだ。

店主:あら。

トク:返ってきた3円を、3人の お客は1円ずつ分け合った。
   
   10円ずつ出したところに 1円ずつ返ってきたんだから、
   3人の旅人は 一人頭ひとりあたま9円ずつ払ったことになる。

店主:たしかに。

トク:9かける3で27円。
   そこに 番頭が ちょろまかした2円を足して29円。
   
   さて あと1円は どこへ行った?

店主:え……。
   
   え??
   
   
   えーと えーと……、30円出して 3円返ってきて…… 、
   てことは、ひとり9円……。9かける3で27円……。2円 足して29円……。
   
   あれ?
   
   え?
   
   あれェ?

トメ:トクさん、俺も分かんねえよ。

トク:だろうなぁ。

店主(ひとりで悩んでいる)えーと……えーと……
   
   
   なんでだ……?1円どこ行っちゃったんだ……?
   
   
   えーと えーと……
   
   
   
   あああ~~!わから~~ん!!

トク:どうだ?落ち着いたか?

店主(もうパニック)
   落ち着きませんよ!よけいにモヤモヤしちゃってますよ!
   どこ行っちゃったんですか!この1円も!つぼの3円も!
   
   (トクに)
   あ、あなた一体 何者なんですか!
   数字の魔術師か何かですか!
   
   (半泣き)もうやだ!なんで お金が消えるんだ!
   もうやだ!お客様、今日は もう帰ってください!

トク:お、帰っていいのかい?

店主:帰ってください!
   
   あ!それから!
   
   この1荷いっかつぼも 持って帰ってください!

トク:え?

店主:元はと言えば、この1荷いっかつぼを引き取ってしまったのが いけなかったんです……!
   こんなモノを引き取ったばかりに ワケの分からないことに……!
   
   申し訳ありませんが、この1荷いっかつぼを引き取るのは やめにします!
   持って帰ってください!

トク:でも もう それらねえんだよ。

店主:ですから この3円も返しますんで!!

トク:え!その3円も返してくれるの!?

店主:ええ!ですからつぼも3円も持って、早く帰ってください!
   今日はもう店じまいです!

トク:そうかい!ありがとよ!
   
   よーし トメこう、帰るぞー!

 


 

    (往来に出た2人)

トメ:いやートクさん すげえよ!
   
   つぼが2つに増えたし、最初の3円まで返ってきちゃったよ!

トク:ああ、上手くいったな!

トメ:あの野郎、よっぽど混乱してたんだねえ!
   おかげで 1荷いっかつぼ2荷にかつぼが タダで手に入っちまったよ!

トク:はっはっは。まさに こっちの 思うつぼ



おわり

その他の台本                 


参考にした落語口演の演者さん(敬称略)


柳家三三
桂歌丸
三遊亭兼好
古今亭志ん陽
柳家東三楼(3代目)
立川志の輔
春風亭昇太
春風亭一朝
入船亭扇治
柳家権太楼(3代目)
三升家小勝(6代目)
三遊亭萬橘(4代目)
笑福亭松喬(6代目) ※上方落語
桂米朝(3代目) ※上方落語
桂南光(3代目) ※上方落語
桂枝雀(2代目) ※上方落語
笑福亭仁鶴 ※上方落語


何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp

inserted by FC2 system