声劇台本 based on 落語

雑俳ざっぱい — 声劇ver. —


 原 作:古典落語『雑俳』
 台本化:くらしあんしん


  上演時間:約30~40分


【注意】

声劇用に大きくアレンジしています。元の落語「雑俳」とはかなり違っています。
ですので、本式の落語用のテキストとしては向かないかと思います。ご注意ください。


アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。



ご利用に際してのお願い等

・上演を公開される際は、観覧無料の媒体のみで行うようお願いします。
 観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
 配信者へ 金銭または換金可能なアイテムやポイントを贈与できるシステムの有無は問いません。
 ただし、ことさらリスナーに金銭やアイテム等の贈与を求めるような行為は おやめください。


・無料公開上演の録画は残してくださってかまいません(動画化して投稿することはご遠慮ください)。
 録画の公開期間も問いません。

・当ページの台本を利用しての有料上演はご遠慮ください。

・当ページの台本を用いて作成した物品やデジタルデータコンテンツの販売はご遠慮ください。

・当ページの台本を用いて作成した動画の投稿はご遠慮ください。

・台本利用に際して、当方への報告等は必要ありません。




<登場人物>

・八五郎(セリフ数:126)
 ?歳。
 町内の間抜け男。天然おバカ。
 通称「八っつぁん(はっつぁん)」



ご隠居(セリフ数:127)
 ?歳。初老~老年。
 町内の物知り隠居。
 落語に出てくる この手のご隠居は 知ったかぶりをする人物も多いが、
 この噺のご隠居は ちゃんとした知識・見識を持っているようです。





<配役>

・八五郎:♂

ご隠居:♂




【ちょっと難しい言葉】※クリックすると開いたり閉じたりします(ブラウザによっては機能しません)
  • 合縁奇縁(あいえんきえん)
    不思議なめぐり合わせの縁。人と気持ちが通じ合うのも、通じ合わないのも、不思議な縁によるものだということ。

  • はばかり
    トイレのこと。

  • 道楽(どうらく)
    趣味として楽しむこと。また、その楽しみ。

  • 俳諧(はいかい)
    発句・連句の総称。

  • 発句(ほっく)
    連歌・連句の第1句。

  • 句会(くかい)
    俳句を作って互いに発表する会。

  • 文人墨客(ぶんじんぼっかく)
    詩文や書画などの風流に親しむ人。

  • 松尾芭蕉(まつお ばしょう)
    1644~1694。江戸前期~中期の俳人。『おくのほそ道』で有名。

  • 上島鬼貫(うえじま おにつら/うえしま おにつら)
    1661~1738。江戸中期の俳人。

  • 加賀千代女(かがの ちよじょ)
    1703~1775。江戸中期の俳人。加賀千代。
    ※「女(じょ)」は名の一部ではなく女流歌人の名に添える接尾辞。

  • 一茶(いっさ)
    小林一茶(1763~1828)。江戸後期の俳人。『おらが春』で有名。

  • オイチョカブ
    花札賭博の一種。手札とめくり札を足した数の末尾が9またはそれに最も近い数を勝ちとする。

  • 三里(さんり)
    ここでは、灸をすえる箇所の一つ。ひざがしらの下、外側の少しくぼんだ所。

  • フェラガモ
    イタリア発祥のファッションブランド。靴が有名。

  • ステ女(すてじょ)
    1634~1698。江戸時代の女流歌人・俳人。氏名は「田 ステ (でん すて)」。
    「女(じょ)」は名の一部ではなく女流歌人の名に添える接尾辞。

  • 『ズームイン!!朝!』(ずーむいん あさ)
    かつて日本テレビ系列で放送されていた朝の情報番組。

  • ウイッキーさん
    アントン・ウイッキー。スリランカ出身のタレント。
    『ズームイン!!朝!』にて「ウイッキーさんのワンポイント英会話」というコーナーを担当していた。

  • 松崎しげる(まつざき しげる)
    1949~。日本の歌手・俳優・タレント。代表歌は『愛のメモリー』。

  • まつざきしげるいろ
    歌手の松崎しげる氏の肌の色を表現すべく作られた絵の具。
    『トリビアの泉』という番組がきっかけで、サクラクレパスの協力のもと作られた。

  • 与謝蕪村(よさ ぶそん)
    1716~1784。江戸中期の俳人・画家。

  • つばき
    花の椿もありますが、「唾液」・「つば」の意味もあります。

  • 小薙刀(こなぎなた)
    全長2mを超える大薙刀に対し、全長1.7mほどの小ぶりの薙刀。

  • 綸子(りんず)
    精練した生糸で織った、厚くてつやのある絹織物。

  • 繻子(しゅす)
    布面がなめらかで、つやがあり、縦糸または横糸を浮かした織物。サテンとも。

  • モスリン
    木綿や羊毛などを平織りにした薄手の織物。

  • 夜鷹そば(よたか そば)
    鈴をつけた屋台を担ぎつつ、江戸の夜の街を流したそば売り。

  • 悋気(りんき)
    嫉妬、やきもち。また、やきもち焼きの人。

  • 七輪(しちりん)
    木炭を燃料にする小型のこんろ。網をのせて その上で餅を焼いたりする。

  • 古今六帖(こきん ろくじょう)
    『古今和歌六帖(こきんわかろくじょう)』の略。平安時代に編纂された私撰和歌集。

  • 深山路(みやまじ)
    深い山の中の道。





ここから本編




八五郎:ご隠居さーん、こんちはァ。

ご隠居:おお、誰かと思ったら っつぁんじゃないか。
    まぁまぁ お上がりよ。

八五郎:へい、じゃ遠慮なく。

ご隠居:このところ 顔 見せなかったねぇ。忙しかったのかい?

八五郎:そうなんスよ。ここんとこ、仕事が 立て込んじまって。

ご隠居:そうだったのかい。
    
    まぁ 仕事が無くて 食うに困るよりは いいじゃないか。

八五郎:まぁそうスね。
    
    で、今日は久しぶりに 仕事が早く終わったんで、
    ご隠居の顔見て、ムダ話でもしようかと思ってね。

ご隠居:おや、それは嬉しいねえ。
    
    おまえさんとも長い付き合いだ。
    
    合縁あいえんえんというのか、おまえさんとはとしもずいぶん離れてるし、
    性格も違うけど、不思議とウマが合うからねぇ。
    
    おまえさんと たわいもない話をするのは、
    わたしにとっても 楽しみの1つなんだ。
    
    ここ数日 おまえさん 来なかったろ?
    妙に静かで 物足りない気がしてねぇ。
    
    やっぱり 一度いちどは おまえさんの顔を見ないと、
    どうも調子が良くないみたいだ。

八五郎:お、ご隠居もですか。
    
    いや あっしもね、一度いちどは ご隠居の顔を見ねえってぇと――

ご隠居:調子が良くないかい?

八五郎:良くねえスねぇ。
    
    腹の調子が良くねえ。

ご隠居:なんだいそりゃ。

八五郎:おかげで ここんとこ、
    はばかり・・・・へ行く回数が 増えて増えて。*はばかり……トイレのこと。

ご隠居:何か悪い物でも食ったんじゃないのかい?
    
    それで? わたしの顔を見たら、その腹下はらくだりが 治るってのかい?

八五郎:そうなんスよ。

ご隠居:どうして。

八五郎:下らねえ顔だから。

ご隠居:やかましいよ。
    おまえさんの言うことが くだらないよ。
    
    お、いたな。
    よいしょ(と、お茶を淹れる)
    
    (八五郎に湯呑みを差し出して)
    さ、お茶が入ったよ。
    粗茶そちゃだけど まぁ お上がり。

八五郎:あ、こりゃどうも。
    
    (吹いて冷ます)ふーっ、ふーっ。
    (飲む)ずずっ。
    
    あー、うまい!
    うまい粗茶そちゃだねえ。
    
    いや方々ほうぼう粗茶そちゃァ 飲むけど、
    ご隠居んとこの粗茶そちゃが いちばん美味うめえや。
    安くないでしょ この粗茶そちゃ。いやあ いい粗茶そちゃだ!

ご隠居:あのねぇ、おまえさんのほうで 粗茶そちゃ粗茶そちゃ 言うんじゃないよ。
    
    粗茶そちゃというのは、こっちが へりくだって言ってるだけなんだ。
    それを そうやって粗茶そちゃ粗茶そちゃ 言われたんじゃ、まるで
    悪い お茶を出してるのを 皮肉られてるみたいじゃないか。

八五郎:あ、そうなんスか。
    じゃ やっぱりこれ、いい お茶なんスか?

ご隠居:まぁ、そこそこ いい お茶を出してるつもりだよ。

八五郎:そうっスよねぇ。どうりで美味うめえと思った。
    
    あ、そうだ。いい お茶で思い出したんスけどね、
    今日 仕事仲間と だべってたら、ご隠居のうわさが出ましたよ。

ご隠居:ほう、わたしのうわさ
    
    まぁ「うわさ」という字は 口編くちへんに「たっとぶ」と書くが、
    あまりたっとぶようなことは聞かないねぇ。
    
    で、どんなことを言ってたんだい?

八五郎:それがね、
    
    「あの横丁よこちょうの ご隠居、このがらい ご時世じせいに、
     仕事もせずに 毎日ブラブラして、
     そのくせ いい着物を着て 美味うまいもんを食って
     結構な暮らしをしてるところを見ると……、知れねえぞ」
    
    って1人が言ったら、みんなも、
    「ああ、知れねえ 知れねえ」って言ってね。

ご隠居:なんだい、その「知れねえ 知れねえ」っていうのは。

八五郎:いや、ですからね、
    
    「泥棒かも知れねえ」

ご隠居:おいおいおいおい。誰が泥棒だよ。
    おまえさん、よくウチに出入りしてるんだから 知ってるだろ?

八五郎:知ってますよ。だから言ってやったんスよ。
    
    「オウおめえら なんてこと言うんだ!ご隠居が泥棒だぁ?
     ふざけたこと ぬかしてんじゃねえ!ご隠居はなぁ……
    
     もう足 洗ったんだ」

ご隠居:ちょちょちょちょ!
    そんなこと言ったのかい!?
    冗談じゃないよ!

八五郎:え?まだ現役げんえきだったんスか?

ご隠居:そうじゃないよ!泥棒なんて したことないよ!
    
    あのねぇ、今は たしかに 仕事はしてないけど、
    昔は わたしだって 商人あきんどとして 働いてたんだ。
    
    一生懸命 働いて 店を持って、
    それからまた一生懸命 働いて 店を大きくして、
    そして息子夫婦に店をゆずって、
    今こうやって隠居してるんだ。
    
    働いてた頃のたくわえも じゅうぶんあるし、
    店を継いだ息子夫婦から 米も送ってもらってるから、
    仕事をしてなくても 生活には困らないんだよ。

八五郎:ああ なるほど そうだったんスか。
    
    でも ご隠居、それじゃ毎日 退屈たいくつじゃないスか?

ご隠居:そんなことはないよ。
    
    仕事は無いが、道楽どうらくがある。

八五郎:へえ、ご隠居にも 道楽どうらくなんてものが あったんスか。
    なんです?

ご隠居俳諧はいかいだ。

八五郎:え?

ご隠居俳諧はいかいだ。 

八五郎:(引いてる)
    え……。それが、ご隠居の道楽どうらくなんスか……?

ご隠居:そうだよ。好きでやってるんだから 道楽どうらくだな。

八五郎:(困惑)ええ……、あんなもん、
    好きでやるとか やらねえとかの問題なんスか……?
    
    よく聞きますけどねぇ、ご隠居くらいのとしになると、
    街中まちなかをフラフラ ウロウロ。

ご隠居:そうじゃないよ!
    そりゃ 年寄りの徘徊はいかいだろ!?
    わたしゃ まだ そこまで耄碌もうろくしてないよ!
    
    その徘徊はいかいじゃなくて……、つまり、俳句だよ。

八五郎:ハイク?

ご隠居:知らないかい?しちの……。
    
    何々なになにや なになにして なんとやら』っていう……

八五郎:ああ、知ってる知ってる!
    
    初雪はつゆきや キュウリころんで カッパのってヤツでしょ!

ご隠居:変なだねぇ……。
    
    まぁでも おまえさん、全く知らないわけじゃないみたいだね。

八五郎:そうなんスよ。
    
    こないだね、床屋とこやのオヤっさんが何人なんにんか集めて、
    その 俳句ってヤツっすか?それを作る会を やってましてね。

ご隠居:ほう、句会くかいか。おまえさんも参加したのかい?

八五郎:いや、「おめえも やらねえか」って誘われたんスけどね、
    あっしには ちょいと難しそうだったから、すみっこで見てたんスよ。

ご隠居:へえ。
    
    なにか いいは出たかい?

八五郎:そうスねえ。
    
    酒屋さかや旦那だんなんだヤツが められてたかなぁ。

ご隠居:どんなだい?

八五郎:えーと、どんなのだったかなぁ……。
    
    ああ、そうだそうだ、
    
    初雪はつゆきや うめ足跡あしあと いぬはな

ご隠居:はァ?

八五郎:そしたら みんなが、「いいねえ、うまいねえ」なんて言って。

ご隠居:どこが うまいんだよ。
    梅の足跡 犬の鼻?
    なんだい 梅の足跡って。梅に足跡があるかい。
    
    それを言うなら、
    
    『初雪や 犬の足跡 梅の花』だろ?

八五郎:あ、そうスか。
    
    初雪や、犬の足跡、梅の花……。
    
    どういうことスか?

ご隠居:これはつまり、初雪がうすもった往来おうらいを 犬が歩く、
    その足跡の形が まるで梅の花のようだと言うんだな。
    
    いぬって梅花ばいかのこし、とりんで 紅葉こうようらす。
    犬の足跡に 梅の花を、鳥の足跡に 紅葉もみじを見るわけだ。
    
    何気なにげない景色けしきから 風情ふぜいを感じる。まことに風流なものだ。

八五郎:はあ、なるほどねぇ。
    
    なんか、昔の人がんだ 有名な俳句ってのも あるらしいスね。
    床屋とこやのオヤっさんが言ってました。

ご隠居:ああ、いかにも。
    
    いにしえの文人墨客ぶんじんぼっかくが、
    数多くのめいを残しているな。

八五郎:オヤっさんに いくつか教えてもらって 覚えたんスよ。
    
    えーとね、えーと……
    
    あ、そうだ!
    
    古い池にね、あの、カエルか何かが飛び込んで、
    音が したとか しねえとか、そんな俳句、あるんでしょ?

ご隠居:ああ、おまえさんが言いたいのは、
    
    古池ふるいけや かわずとびこむ みずおと
    
    俳聖はいせい松尾まつお芭蕉ばしょうの有名な句だな。

八五郎:そう、それ!
    
    それからね、えーと、
    
    行水ぎょうずいして、その水 捨てようと思ったら、
    虫が鳴くから 捨てらんねえ みてえな俳句。

ご隠居行水ぎょうずいの てどころなし むしこえ上島鬼貫うえじまおにつらだな。

八五郎:そう、それ!
    
    それからね、えーと……、
    
    トンボをりに行ったヤツがね、
    ずいぶん遠くまで行っちゃって、
    おせえなぁ、みてえな俳句。

ご隠居『とんぼり 今日きょう何処どこまで ったやら』加賀かがの千代ちよじょだな。

八五郎:そう、それ!
    
    それからね、えーと、
    
    ガキんちょがね、お月さんを取って来てくれなんて
    無茶むちゃァぬかして、駄々だだこねやがるような俳句。

ご隠居:おまえさん さっきから 風情ふぜいも何もない言い方だねぇ……。
    
    名月めいげつを とってくれろと かな』
    
    これは小林一茶こばやしいっさだ。

八五郎:そう、それ!
    
    いやぁ、風流だなァ。

ご隠居:何が風流だよ、ひとつも マトモに覚えてないじゃないか。
    
    まぁ こうやってめいを味わうのも いいがね、
    自分で こしらえてむのも 面白いもんだよ。
    
    どうだい?おまえさんも ひとつんでみちゃあ。

八五郎:まぁ やってみたいんスけどねぇ……
    むずかしそうなんスもん。

ご隠居:それが意外と そうじゃない。
    
    見えるまま、感じるまま、
    素直に 五・七・五でめば、
    それなりに風情ふぜいが出るもんだ。

八五郎:そういうもんスか?
    
    素直にねぇ……。
    それじゃぁ……、
    
    『朝 起きて 顔を洗って メシを食う』

ご隠居:そりゃ当たり前じゃないか。

八五郎:いや だって 素直にって。

ご隠居:素直すぎるよ。
    
    
    ああ そうだ、忘れてた。
    
    俳句には 五・七・五でむのに加えて、
    もう1つ決まりがあったんだ。

八五郎:もう1つの決まり?

ご隠居:そう。 俳句にはね、季語きごが入ってないと いけない。

八五郎:キゴ?なんスか キゴって。

ご隠居:季節を表す言葉だな。
    
    「初雪」とか「雪」なんてのは、冬を表す季語きごだな。
    
    正月なら「門松かどまつ」とか「まつうち」、早春そうしゅんの「うめ」、はるの「さくら」。

八五郎:まつうめさくら……
    
    じゃ次はふじですね。

ご隠居:なんだい 「次は」ってのは。
    
    まぁ「ふじ」も 春の季語きごだな。

八五郎:で、あやめ、牡丹ぼたんはぎと来て、そん次がボウズ。

ご隠居:ボウズ!? ボウズなんて季語きごがあるかい。
    
    おまえさんにしては 花に詳しいと思ったら、
    そりゃ花札はなふだじゃないか。

八五郎:バレましたか。

ご隠居:まぁ花札はなふだ四季しき折々おりおりの花が まれているわけだから、
    季語きごみたいなもんだと 言えなくもないか……。

八五郎:へえ。じゃボウズは なんなんスか?

ご隠居:おまえさんがボウズと言ってるふだは、
    あれはススキだ。

八五郎:ああ、あれ ススキだったんスか。
    なるほどねぇ。

ご隠居:それじゃ っつぁん、花札はなふだにある花を み込んで、
    なにか一句いっくできないかい?

八五郎:そうスねえ……。
    
    よし!
    
    それじゃ、「うめさくら」 ……と始めましょうか。

ご隠居:ほう、「うめ さくら」……。
    
    いいじゃないか。風情ふぜいがあるよ。
    
    どう続ける?

八五郎:うめ さくら 
     ふじを引いたら 
     カブになる』

ご隠居:おいおい!そりゃオイチョカブじゃないか!
    途端とたん風情ふぜいが なくなったよ……。

八五郎:でも なんか 分かってきましたよ。
    季語きごを入れて、五・七・五で みゃあいいんでしょ?
    意外と あっしにも できそうな気がしてきたなぁ。

ご隠居:そうかい?
    
    じゃあ わたしが 季語きごを出してあげるから、
    それを入れて んでごらん。

八五郎:おもしろそうスねぇ。いいスよ。

ご隠居:それじゃ まずは、「初雪」で いこうか。

八五郎:「初雪」ね。
    
    う~ん……、
    
    『初雪や そこらの屋根が 白くなる』

ご隠居:そのまんまだねぇ。

八五郎:だから 見えるまま、素直にんだんスよ。

ご隠居:素直は いいんだけど、そのまますぎて 味気あじけがないよ。
    
    たとえば、そうだな……
    
    『初雪や せめてすずめの 三里さんりまで』
    
    これくらいは んでほしいな。

八五郎:どういう意味スか その俳句。

ご隠居:ここで言う「三里さんり」というのは、ひざの少し下の部分のことだ。
    だから「すずめ三里さんり」は、すずめひざくらい。
    
    つまり 初雪は、すずめひざくらい、うっすらもるくらいが
    ちょうどいい ということだ。

八五郎:そうスかねぇ。あっしは もっとドカッともってほしいスけどねぇ。
    
    『初雪や キリンの首の もぐるまで』

ご隠居:ずいぶんったねぇ。
    
    そこまで雪がるような所に、
    キリンなんて いるかい?

八五郎:いませんかねぇ?

ご隠居:いないんじゃないかなぁ。
    
    ありもしないことんじゃダメだよ。
    
    だいたい そんなに降らせたんじゃ、
    風情ふぜいもなにも あったもんじゃない。
    やっぱり ほどほどに 降らせとくのが いいんだよ。
    
    『初雪や 草履ぞうりいて 隣まで』

八五郎:どういう意味スか それ?

ご隠居:初雪が積もった日に お隣さんを訪ねる。
    草鞋わらじじゃ足が濡れるし、かと言って
    雪駄せったじゃ おおげさすぎる。
    草履ぞうりぐらいが ちょうどいい。
    その程度の 積もり具合が、
    風情ふぜいがあっていいと言うことだな。

八五郎:そうスかねぇ。
    
    けど、草履ぞうり いて 隣まで なんて、
    言うことが みみっちいや。
    
    あっしなら、こう いくね。
    
    『初雪や フェラガモいて 銀座まで』*フェラガモ……靴などのブランド。

ご隠居:なにを気取ってんだい。
    わざわざ 雪の日に 高い靴 いて 出かけるこたぁ ないじゃないか。
    だいたい おまえさん、フェラガモなんて持ってんのかい?

八五郎:持ってるワケねえじゃねえスか。
    フェラガモなんて、こないだまで
    カルガモの仲間だと思ってましたよ。

ご隠居:ま、そんなとこ だろうねえ。
    
    
    俳句に戻ろう。
    
    こういうのはどうだい?
    
    『初雪や せまにわにも 風情ふぜいあり』

八五郎:なるほどねぇ……。
    
    まぁ ご隠居の家には 庭があるから いいスけどねぇ……
    
    『初雪や 俺んとこには 庭がえ』

ご隠居:そりゃ ただの愚痴ぐちじゃないか。
    
    庭ぐらい、ウチのを貸してやるよ。
    さ、ウチの庭を見て、そこに雪が積もってるのを想像して、
    なにかめないかい?

八五郎:ん~~、そうスねえ……。
    
    『初雪や 他人ひとの庭じゃあ つまらねえ』

ご隠居:だから 愚痴ぐちるんじゃないよ、しょうがないねえ……。
    
    じゃ、ちょいと綺麗きれいに こういうのはどうだい?
    
    『初雪や かわらおにも 薄化粧うすげしょう

八五郎:なるほど キレイだねェ。
    おめえさん、そんなきたねえツラしてんのに、
    よく そんなキレイな句がめますねえ。

ご隠居:誰のツラが 汚いんだよ。
    おまえさんに ツラのこと 言われる筋合すじあいは ないよ。
    句のしに、顔の造作ぞうさくなんか関係あるかい。
    
    さ、っつぁん、おまえさんも愚痴ぐちばっかりんでないで、
    これぐらいおもむぶかく できないかい?

八五郎:ん~、なかなかねェ……。
    
    まぁ何事も 「としこう」なんて言うからねぇ。
    やっぱり ご隠居ぐらい トシ わねえってぇと、
    オモムキやら フウリュウやら、
    出て来ねえんじゃねえかなぁ。

ご隠居:そんな事は ないよ。
    
    たとえば、そうだな――
    
    「初雪」で言えば、こんな句がある。
    
    『初雪や  の 下駄げたあと**正しくは「雪の朝・・・ 二の字二の字の 下駄の跡」
    
    これは、ステじょ* という 女流じょりゅう歌人かじんんだ だいめいだが、
    彼女は この句を、なんと6才のときにんだと言われている。
    *田 ステ女(でん・すてじょ)……江戸時代の女流歌人・俳人。

八五郎:6才!! そいつは すごいスね!!

ご隠居:だからね、年寄りだから出来る、若いから出来ない という事は無いんだ。
    さ、おまえさんも ひとつ、挑戦してごらん。
    案外、めいが できるかもしれないよ?

八五郎:(考える)ん~~~……
    
    (思いつく)オ!よし!

ご隠居:お!できたかい?
    んでごらん。

八五郎:『初雪や  いち いち  一本いっぽん下駄げたあと

ご隠居:オイオイ!それじゃ 盗作とうさくじゃないか!

八五郎:失礼な。
    
    オマージュっスよ。

ご隠居:知ったふうなこと 言うんじゃないよ!
    それに文字数も めちゃくちゃじゃないか。
    だいたい なんだい、一本いっぽん下駄げたあとって。

八五郎:天狗てんぐの通ったあとっスよ。
    天狗てんぐいてんのは 一本いっぽんたか下駄げたっスからね。

ご隠居:妙なことは知ってんだねえ……。
    だけど 天狗てんぐは 空 飛ぶんだから、
    あんまり雪の上に 足跡 残したりしないだろ……。
    ていうか 天狗てんぐなんて 伝説上の生き物じゃないか。
    もしないものをんじゃいけないよ。

八五郎:うまいことめたと思ったんスけどねェ。

ご隠居:まったく……。
    
    見えるものから 感じること、思うことを 素直にめばいいんだよ。
    ホラ、雪で まっ白な景色けしきが 目の前に 広がっている。
    それを見て、何を感じる?どんなことを思う?
    さ、んでみな。

八五郎:ん~~~。
    
    『初雪や これが塩なら 大もうけ』

ご隠居:コラコラコラ。欲を出すんじゃないよ。

八五郎:だって 思ったことを 素直にめって言うから。

ご隠居:それにしたって、あまりにもぞくっぽいんだよ。
    それの どこに風情ふぜいが あるんだよ。
    欲を離れなさい、欲を。

八五郎:欲を離れるかぁ……それじゃあ……、
    
    『初雪や 落ちてるぜには 拾わねえ』

ご隠居:欲は離れたけれども(汗)。
    
    どうにも風情ふぜいが 出ないなあ。
    もっと こう、何気なにげない情景じょうけいおもむきや美しさを感じて、
    それをめないもんかねえ。
    
    たとえば もう1つ「初雪」で言えば、
    加賀かがの千代ちよじょんだ、こんなめいがある。
    
    『初雪や からすいろの くるうほど』

八五郎:どういう意味スか?

ご隠居:一面 まっ白な雪景色ゆきげしきが、カラスの濡羽色ぬればいろ
    狂うほどに きわたせているということだ。
    純白じゅんぱくの中に 一点いってん漆黒しっこく
    この色の対比が見事だろ?

八五郎:なるほど、色の対比ねえ。
    
    (思いつく)
    あ!じゃ こんなのは どうスか?

ご隠居:お、どんなのだい?

八五郎:『初雪や いちばん目立つ インド人』

ご隠居:コラコラコラ!そういうの よくないから!
    
    ていうか それ、昔「ズームインあさ」で
    ウイッキーさんがんだっていう句じゃないか!

八五郎:インド大使館から 怒られたらしいスね。
    『あんた スリランカ人なんだから、「スリランカ人」でみなさいよ』って。

ご隠居:らしいね。ホントかどうか知らないけど。
    
    じゃなくて!
    
    もう盗作とうさくどころじゃないじゃないか!
    他人ひとの句を まんまむんじゃないよ!
    しかも こんな、いろいろと危ない句を。

八五郎:ん~、それじゃあ……、
    
    (思いつく)
    あ!こんなの どうスか?
    
    『初雪や 松崎しげる よく目立つ』。

ご隠居:コラコラコラ!だから!
    やめなさいって言ってるでしょうが!
    
    まあ あのかたは、絵の具の「まつざきしげるいろ」の作成にも 協力されたぐらいだから、
    雪景色ゆきげしきの中で 自分が目立つ 自覚は おありだと思うけど……。

八五郎:ご隠居も いろいろ よく知ってますねぇ。

ご隠居:まあ 長く生きてるからね。
    
    ん~、これ以上「初雪」で やると、どんどん危ない方向へ行きそうだからなぁ……。
    
    ちょっと別の季語きごに してみようか。
    
    そうだな、「牡丹ぼたん」なんてのは どうだい?
    
    広庭ひろにわの 牡丹ぼたんてんの 一方いっぽうに』
    
    これは与謝よさ蕪村ぶそんだ。

八五郎:ぼたんね。
    
    ハイ!(挙手)

ご隠居:ん、八五郎くん。

八五郎:『洋服の 胸に大きな ボタンかな』

ご隠居:そのボタンじゃないよ。花の牡丹ぼたんだよ。
    おまえさん 花札はなふだ牡丹ぼたんは知ってたじゃないか。
    
    じゃあ、「椿つばき」はどうだい?
    
    『うぐいすの かさ としたる 椿つばきかな』芭蕉ばしょうだ。

八五郎:つばきね。
    
    ハイ!(挙手)

ご隠居:八五郎くん。

八五郎:たんよりは 少しきれいな つばきかな**つばき……つば。唾液。

ご隠居:汚いねぇ。その つばきなわけないだろ。花の椿つばきだよ。
    
    それじゃ 「くちなし」なんてどうだい?

八五郎:『くちなしや 鼻から下は すぐにアゴ』

ご隠居:バケモンじゃないか!
    口が無いから 口無しってんじゃないよ!
    花のくちなしだよ!
    
    じゃあ「わらび」は どうだい?

八五郎:浦和うらわから ふた駅 行けば わらびかな』

ご隠居:そりゃJRの駅じゃないか!
    
    じゃあ「福寿草ふくじゅそう」。

八五郎:福寿荘ふくじゅそう 六畳ろくじょう一間ひとま つき5万』

ご隠居:アパートか何かかい……?トキワ荘みたいな……?
    
    じゃあ、「サルスベリ」。

八五郎:狩人かりゅうどに 追っかけられて 猿、すべり』

ご隠居:もういいよ!
    
    花は やめよう。
    
    じゃあ「春雨はるさめ」なんてどうだい?

八五郎:船底ふなぞこを ガリガリかじる はるさめ

ご隠居:こわいよ!
    はるさめじゃなくて、春先に降る雨のことだよ!
    
    じゃあ「メジロ」なんてどうだい?

八五郎:池袋いけぶくろ りそこなって 目白めじろまで』

ご隠居:またJRの駅じゃないか!
    さっきは京浜東北線けいひんとうほくせんで、今度は山手線やまのてせんか!
    もういいんだよ駅は。
    
    じゃあ、「蛙(かわず)」なんてどうだい?

八五郎:『ガマグチを 忘れてなにも 買わず・・・かな』

ご隠居:なんかちょっと うまいな!
    いや全然ダメだけど、なんかちょっと うまいな!
    
    じゃあ「シジュウカラ」。

八五郎:あぶら乗る 男ざかりは 四十しじゅうから』

ご隠居:いや、あのね――

八五郎:『色気 出る 女ざかりは 四十しじゅうから』

ご隠居としの話を してるんじゃないんだよ。

八五郎:冗談スよ。
    
    じゃ ちょいと悲哀ひあいを 含んで みましょうかね。
    
    えー、
    
    かなしやな――

ご隠居:お?珍しく いいみ出しじゃないか。
    
    かなしやな』
    
    それから?

八五郎:かなしやな 俺の財布さいふは 始終しじゅうから

ご隠居:結局 愚痴ぐちじゃないか!
    
    ――まあ、的外まとはずれな句ばっかりだったとは言え、
    独特の発想というか、おもしろい句も いくつかあったし、
    ま、そういうのが っつぁんらしさと 言えるかもしれないな……。
    
    ふむ、そうだねえ……、おまえさんの場合、堅苦かたくるしいのよりも、
    少し 遊び心のあるほうが、持ち味が出るかもしれないね。
    
    それじゃ ひとつ、笠付かさづけでも やってみようか。

八五郎:なんスか?その カサヅケってのは?

ご隠居:「笠付かさづけ」というのはね、雑俳ざっぱい――
    まあ 季題きだいとか風流とか芸術性とかに とらわれず、
    風刺ふうし諧謔かいぎゃくおもきを置いた俳諧はいかい
    要は むこと自体を楽しもうという、
    雑多ざった俳諧はいかいを「雑俳ざっぱい」と言うんだけど、
    この「笠付かさづけ」も、雑俳ざっぱいの1つでね、
    早い話が、最初の5文字が お題として 出されるから、
    そのあとを 自由に続けて 句を完成させるという遊びだ。
    遊びだから、細かいことは気にせず、おもしろい句を作ればいい。
    季語きごらないから 簡単だ。
    
    たとえば、『さあ、ことだ』という お題を 出してみようか。

八五郎:どういう意味スか?「さあことだ」って。

ご隠居:「さあ大変だ、どうしよう」というような意味だな。
    
    この「さあことだ」のあとに続けてむ。
    こんな具合だ。
    
    『さあことだ うま小便しょうべん わたぶね
    
    渡し舟なんてのは 小さい物だが、
    時には馬を乗せて 川を渡ることもある。
    あんな狭い所で 馬が もよおしてごらん?
    まわりは水で 逃げようがない。さあことだろう?

八五郎:なるほど、そりゃ さあことだ。

ご隠居:他にも、こんなのは どうかな。
    
    『さあことだ 床屋とこや親父おやじ くるい』

八五郎:ああ、そりゃ ヤベエっスね。
    相手は ハサミやカミソリ 持ってんだ。
    だしぬけに 耳でも ザックリいかれちゃ かなわねえや。

ご隠居:だろう?
    
    ま、ざっと こんな具合だ。
    どうだい?おまえさんも ひとつ んでみちゃ。

八五郎:そうスねえ。
    
    (思いつく)
    あ!こんなの どうスか?
    
    『さあことだ 不倫ふりん かく 文春砲ぶんしゅんほう

ご隠居:あぁ昨今さっこんの有名人にとっちゃ 死活問題だねえ。
    自業自得って気もするけど……。
    
    おまえさんも なかなか やるじゃないか。
    
    じゃ 次は 「りんまわし」というのを やってみよう。

八五郎:なんスか それ?

ご隠居:「りん」で始まって 「りん」で終わる 言葉遊びだ。
    まあ聞いたほうが早い。こんな具合だ。
    
    『リンリンと ってったる 電話口でんわぐち はなしが すんで もとへガチャリン』
    
    凛々りんりんと ましたる 薙刀なぎなた ひとりすれば てきりりん』

八五郎:なるほど。そういうふうに やるんスね。
    こりゃ おもしろそうだ。

ご隠居:まだある。
    
    『リンリンと 綸子りんず繻子しゅす* 振袖ふりそでを 娘に着せて ビラリ シャラリン』
     *綸子(りんず)・繻子(しゅす)……どちらも つやのある上質の織物。

八五郎:うまいねぇ。
    
    じゃ あっしも ひとつ。
    
    『リンリンと 綸子りんず繻子しゅすは たけえから ウチの娘にゃ 安いモスリン*
     *モスリン……薄手の毛織物。「赤毛のアン」にも粗末なモスリンのカーテンが出てくる。

ご隠居:コラコラ、かわいそうじゃないか。
    しっかり稼いで いい着物 買ってやんなさい。
    
    まあでも、おまえさんらしくて おもしろい出来できだ。
    
    それじゃ わたしも もうひとつ。
    
    凛々りんりんと ほこったる ももさくら  あらしにつれて 花がりりん』

八五郎:さすが ご隠居、キレイだねえ。
    
    あっしは こうだね。
    
    『りんりんと リンゴやももの が ぶらりん』――

ご隠居:おお、いいねえ。花が散ったところへ、
    すかさず 実を結ばせるとは、心憎こころにくい。
    続きが楽しみだね。
    『りんりんと リンゴやももの が ぶらりん』――

八五郎:ってやろうと あたりキョロリン』

ご隠居:こらこら!泥棒するんじゃないよ。
    どうも おまえさんのは いじましいねえ……。

八五郎:『リンリンと 風鈴ふうりん らし 夜鷹よたかそば』――

ご隠居:お?いいじゃないか。
    江戸の町を 流して歩く 夜鷹よたかそばと言えば、
    あのごえと、屋台に付けた 風鈴ふうりんだ。
    風流だねえ。
    
    さあ どう続ける?
    『リンリンと 風鈴ふうりん らし 夜鷹よたかそば』――

八五郎:『タダで食わせろ アカン ベロリン』

ご隠居:やっぱり いじましいじゃないか!
    そばだいくらい ちゃんと払いなさい。
    
    よし、「風鈴ふうりん」から わたしも ひとつ できた。
    
    『リンリンと 鈴虫すずむしに 秋を知り あわてて 仕舞しまう のき風鈴ふうりん
    
    暮らしの ひとコマを み込んでみた。

八五郎:なるほど、じゃ あっしも 暮らしの中から ひとつ。
    
    『りんりんと 悋気りんきよめが おこったら 投げる七輪しちりん 窓が ガシャリン』

ご隠居:こわいよめさんだねえ。おまえさんとこも 大変だな。
    
    じゃ次は――
    (玄関先に誰かが来たようだ)
    ん――?誰か来たみたいだ。
    
    (八五郎に)
    ちょっと待ってておくれ。(席を立つ)
    
    (玄関のほうで。来客に)
    はいはい、どなたですかな。
    (お使いの小坊主さんのようだ)
    おや、玄庵げんあんさんの所の。どうしました?
    ああ、先日の。「けもの」のだい狂歌きょうかが いくつか出来たから
    点を付けてくれと。はいはい。
    (紙束を受け取って)
    ああ、これですね。
    では、あずかって 採点さいてんしておきますから、
    また後日ごじつ 取りに来てください。
    はい、では ごくろうさまでしたね。
    (使いの者は去る)
    
    (座敷へ戻ってくる)
    (八五郎に)
    ああっつぁん、お待たせして すまなかったね。

八五郎:いや いいんスよ。
    
    (ご隠居が紙束を持ってるのを見て)
    ん?なんスか その紙束かみたば

ご隠居:ああ これかい?
    
    いや 実は わたしは、点者(てんじゃ)を していてね。

八五郎:テンジャ? なんスか テンジャって?

ご隠居:まあ ひらたく言えば、
    他人ひとの こしらえた歌や句を評価して、
    点を付ける人間だな。
    
    これでも わたしは、俳諧はいかいうたに関しちゃ、
    この界隈かいわいでも ちょっとしたモンでね。
    時々 近所のかたに、歌や句を教えたり、お題を出したり、
    また添削てんさくしたりすることもある。
    
    先日も とあるかたに、「けもの」をみ込んで 狂歌きょうかを作るという 課題かだいを出したんだけどね、
    それが いくつか出来たから 点を付けてくれということで、使いの子を よこしたんだ。

八五郎:ああ、それが その紙束かみたばスか。
    
    で、キョウカって なんです?

ご隠居狂歌きょうかというのは、五・七・五・七・七の 三十一さんじゅういち文字もじに、
    風刺ふうし滑稽こっけいを盛り込んで む歌だな。

八五郎:へえ。
    
    (紙束を指して)
    それ、ちょっと見ても いいスか?

ご隠居:ああ、かまわないよ。
    
    じゃ ちょっと 読み上げていってくれるかい?
    わたしが点を付けていくから。

八五郎:点は どんなふうに付けるんスか?

ご隠居:歌のしを 判断して、
    「てんじん」の3段階で付ける。

八五郎:じゃ いちばん いいのは「てん」スか。

ご隠居:そういうことだ。
    じゃ、最初のを読み上げてくれるかい?

八五郎:へい。
    
    えー なになに……
    
    ねずみが 阿漕あこぎかじる 網戸棚あみとだな 度重たびかさなりて ねこはさまれ』
    
    なんだこりゃ?ワケわかんねえや。
    これ、いいキョウカなんスか?

ご隠居:これはね、「古今こきん六帖ろくじょう」という和歌わかしゅうに、
    
    『伊勢いせうみ 阿漕あこぎうらに ひくあみも 度重たびかさなれば ひともこそれ』
    
    という歌があってね。
    それを もじりつつ、きちんとけものみ込んでいるわけだ。

八五郎:すげえじゃねえスか!
    なんか よくわからねえけど、すげえじゃねえスか!
    じゃ これ、てんスね?

ご隠居:ん~、悪くはないけどねぇ、
    これじゃあ まだ てんには届かないかなあ。
    
    まあ、だね。

八五郎:ええ~、かわいそうじゃねえスか。
    ケチケチしねえで、パーッと てん やりゃあいいのに。

ご隠居:そうはいかないよ。
    採点さいてんを甘くしていたら、当人とうにんのためにもならない。
    じゃ 次 読んでくれるかい?

八五郎:えーと 次は……
    
    『ぽんぽんが 痛いとうそを つきに つづみ稽古けいこ やすダヌキ』
    
    これは どうスか?

ご隠居:うんうん、かわいらしい歌だね。
    それに、うそを「つき」と よるの「つき」を 掛けてるところなんか 上手うまくできてる。

八五郎:じゃ てんっスね!

ご隠居:これも まあ だな。

八五郎:えーダメっすか! 上手うまいじゃないスか。

ご隠居上手うまいけど、これぐらいじゃあ まだまだ。
    
    じゃ 次。

八五郎:キビしいんスねぇ……。
    えー、次は……
    
    やまは ひとかねば いたずらに 年月としつきを おくおおかみ

ご隠居:これは おもしろいねえ。
    最後の「送り狼」が なんとも滑稽こっけいで いい。
    それに 「年月としつき」には 「牛」が隠れていて、
    けものが2つ み込んである。

八五郎:おお、すげえ! これ てんでしょ!

ご隠居:ん~、これも まだ だな。

八五郎:マジすか! キビしすぎないスか!?

ご隠居:そんなことはないよ。
    この程度じゃあ まだまだ てんじゃないね。
    
    次。

八五郎:えー、次は……
    
    狩人かりゅうどが 鉄砲てっぽう いて つきん 今宵こよいしかと くまもなければ』

ご隠居:きれいな歌だねえ。
    一点いってんくまもなく えわたる月が見えるようだ。
    さっきの「送り狼」の露骨ろこつさと違って、
    「鹿しか」と「くま」の2つを さりげなくみ込んでるのも いい。

八五郎:いいっスよね!上手うまいっスよね!
    
    じゃ今度こそ てんっスね!!

ご隠居だな。

八五郎:なんでだよ!テメ いい加減にしろよ このクソジジイ!

ご隠居:ちょちょちょ っつぁん、口が悪いよ。

八五郎:あ、すいません、つい興奮して……。

ご隠居:なんで おまえさんが興奮するんだよ……。
    
    ま、これぐらい 句の道・歌の道は きびしいということだ。

八五郎:そんなもんスかねぇ……。
    
    あ、じゃあ、あっしも ひとつ 考えたんで、
    点 つけてくださいよ。

ご隠居:考えた?おまえさんが?

八五郎:ええ。もちろん、てんねらいっスよ?

ご隠居:どうだかねえ。にでもなれば 大したもんだけど。
    
    じゃ 採点さいてんしてあげようじゃないか。
    さ、聞かせてごらんよ。

八五郎:いきますよ?
    (咳払い)
    えー、
    
    『このけもの イタチにれど イタチでし 
    やや大きめの これは なんぞや』

ご隠居:なになに、
    
    『このけもの イタチにれど イタチでし 
    やや大きめの これは なんぞや』
――
    
    
    なるほど、これはテンだ。
    
   ※「天」と 動物の「貂(テン)」の洒落。
    イタチも貂も イタチ科の動物で、見た目がそっくり。
      一般的に、貂のほうがサイズが大きい。

  



おわり

その他の台本                 


参考にした落語口演の演者さん(敬称略)


三遊亭金馬(3代目)
三遊亭王楽
春風亭柳昇(5代目)
古今亭志ん朝(3代目)
古今亭今輔(6代目)
春風亭昇太
立川談志
橘家文蔵(3代目)
柳亭市馬


何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp

inserted by FC2 system