声劇台本 based on 落語

初天神はつてんじん


 原 作:古典落語『初天神』
 台本化:くらしあんしん


  上演時間:約30分


【書き起こし人 註】

古典落語をベースにしていますが、あくまでも"声劇台本"として作成しています。
なるべく声劇として演りやすいように、元の落語に様々なアレンジを加えている場合があります。

アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。



ご利用に際してのお願い等

・上演を公開される際は、観覧無料の媒体のみで行うようお願いします。
 観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
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<登場人物>

八五郎はちごろう(セリフ数:135 )
 30代~40代くらい。
 金坊の父親。



・金坊(セリフ数:92)
 5~9歳くらい?
 八五郎の息子。
 おねだりをしては八五郎を困らせる。
 こざかしい一面もある。



・女房(セリフ数:5)
 30代~40代くらい。
 八五郎の妻。



源兵衛げんべえ(セリフ数:14 )
 ?歳。
 横丁に住む男性。
 人のいい おじさんという感じ。



・飴屋(セリフ数:8 )
 ?歳。
 露店で飴を売っている人。



・団子屋(セリフ数:13 )
 ?歳。
 露店で団子を売っている人。



・凧屋(セリフ数:11 )
 ?歳。
 露店で凧を売っている人。



・男1(セリフ数:3 )
 ?歳。
 凧あげ中の金坊にぶつかられる人。



・男2(セリフ数:3 )
 ?歳。
 凧あげ中の八五郎にぶつかられる人。







<配役>

・八五郎:♂

・金坊/女房:♀

・源兵衛/飴屋/団子屋/凧屋/男1/男2:♂

 ※配役はあくまでも推奨ですので、自由に変えていただいて構いません。



【ちょっと難しい言葉】

初天神(はつてんじん)
正月25日の、その年初めての天満宮の縁日。

天神様(てんじんさま)
菅原道真を祭神とする神社。天満宮。




ここから本編




八五郎:おい、おっかあ。

女房 :なんだい?おまえさん。

八五郎:羽織はおり 出してくれ。

女房 :あら、どちらかへ お出かけかい?
    
    はい、羽織はおり

八五郎:おう、ありがと。
    
    いや、天神様てんじんさまへ行って来ようと思ってな。
    今日は25日だからな。初天神はつてんじんだよ。

女房 :初天神?あら いいじゃない。
    
    じゃあさ、金坊きんぼうが帰ってくるまで 待っておやりよ。
    今 横丁よこちょう源兵衛げんべえさんとこへ おつかいに行ってもらっててね、
    もうすぐ帰って来ると思うからさ。

八五郎:あん?なんで金坊が帰って来るのなんか 待たなきゃいけねえんだよ?

女房 :金坊も一緒に 連れてっておやりよ。喜ぶと思うから。

八五郎:金坊も一緒に!?やだよ。
    
    あいつなんかと一緒に行った日にゃあ、
    あれ買ってくれだの これ買ってくれだの
    うるさくてしょうがねえんだもん。

女房 :しょうがないじゃない、子供なんだから。

八五郎:ダメダメ!せっかくの初天神なのに、
    金坊が いたんじゃ ゆっくり参拝さんぱいも出来ねえ。
    
    あのヤロウが帰って来ねえうちに 出掛けちまったほうがいいや。
    
    じゃな、行って来るぜ!(と家を出る)

 


 

八五郎:金坊と一緒なんざ冗談じゃねえや。
    今の時期は 出店でみせも いっぱい出てるからな。
    何 買わされるか 分かったもんじゃねえ。
    
    
    (前から見覚えのある人が歩いて来る)
    ん ―― ?前から歩いて来るのは ――

源兵衛:あ、これはどうも、八五郎さん。

八五郎:ああ、こりゃどうも 源兵衛げんべえさん。
    
     ―― と、

金坊 :これはどうも、おっつぁん♪

八五郎:金坊……。

源兵衛:いや、さっき坊やが お宅の ぬかけの おすそ分けを持って来てくれまして。
    で、ウチにも いただき物の ようかんがありましたんで、お返しがてら、
    坊やを お宅まで送って行こうかと思いましてね。

八五郎:あ、そうでしたか。すみませんねえ わざわざ。

金坊 :おっつぁん、羽織はおりなんか着て、どこ行くの?

八五郎:あん?
    
    別に、どこでもいいじゃねえか。

金坊 :あれ?どこ行くか言えないの?
    
    ははーん、よそ行きの羽織はおりなんか着て おシャレしてるってことはぁ……、
    
    おめかけさんの所?

八五郎:バカか おめえは!んなワケねえだろ!めかけなんかいるか!
    どこで覚えてくんだ そんな言葉!
    
    天神様 行くんだよ!初天神だよ!

金坊 :天神様!?いいなぁ~!
    
    おっつぁん、オイラも連れてってよ!

八五郎:ダメだよ。

金坊 :なんでだよォ~。

八五郎:おめえ 天神様なんか行ったら、あれ買ってくれだの これ買ってくれだの うるせえからだよ。

金坊 :ええ~!言わないよぉ。
    
    あれ買ってくれだの これ買ってくれだの言わないからさぁ、連れてってよォ。

八五郎:ダメったらダメだよ!

金坊 :ちぇ~。おっつぁんのイジワル。
    
    フンだ!いいよーだ!
    
    オイラ、おうちで源兵衛げんべえおじさんと楽しく お話してるもーんだ!

八五郎:コラコラ、源兵衛げんべえさんに ご迷惑かけるんじゃないよ。

源兵衛:いやいや、私は かまいませんよ。
    
    頭のいい お子さんですからねぇ。坊やの 話はおもしろいんですよ。
    
    八五郎さん、私が 坊やの話相手になってあげますんで、
    どうぞ ゆっくり初天神を楽しんで来てください。

八五郎:そうですか?どうもすいませんねぇ。
    適当に カカァに預けて 帰って下さって大丈夫ですんで。
    
    そいじゃ、お言葉に甘えて、行かせてもらいまさぁ。

源兵衛:ええ、では。じゃ行こうか 坊や。

金坊 :うん!とびっきり おもしろい お話 してあげるね!

 


 

八五郎:ふぅ。まさか家 出て すぐに金坊に出くわすとは思わなかったぜ。
    
    まぁでも源兵衛げんべえさんが一緒にいてくれて よかったな。
    おかげで ゆっくり参拝さんぱいできるってもんだ。
    
    (しばらく歩く)
    
    お、ぼちぼち人が増えてきやがったな。
    みんな天神様 行くんだろうなぁ。

源兵衛(遠くから)八五郎さーん。

八五郎:(立ち止まって)
    ん?今 名前を呼ばれたような……

源兵衛(少し近づいて)八五郎さーん。

八五郎:ん?向こうから やって来んのは ――

源兵衛(走って来たので少し息切れ)
    ハァ、ハァ。ああ どうも、八五郎さん。

八五郎:源兵衛げんべえさん。
    
     ――

金坊 :おっつぁん♪

八五郎:金坊じゃねえか!なんで来たんだよ!

源兵衛:あ、いや、八五郎さん。
    
    やっぱり坊やも 一緒に 行かせてあげたほうが いいんじゃないかなぁと……

八五郎:あ、やっぱりコイツ、源兵衛げんべえさんに なんか迷惑かけやがりましたか?

源兵衛:いや、あの、迷惑とは違うんですが ――
    
    その ―― 、坊やの お話が ――

八五郎:ああ、我慢できねえくらい、つまらなかったんですね?

源兵衛:いや、その、逆で ――

八五郎:逆?

源兵衛:おもしろすぎて ――

八五郎:ハァ?
    
    源兵衛げんべえさん、このヤロウ 一体どんな話をしたんですか?

源兵衛:いや、それがですね、坊やの言うことには、
    えー、ゆうべの話だそうで。
    
    晩ご飯のあと、坊やが絵を描いて遊んでいると、
    お母さんが しきりに、今夜はもう寝なさいと 言ってきたと。
    
    坊やが「まだ眠くない」と言っても、「布団に入って 目をつぶってたら眠くなるから、
    いいから布団に入って寝なさい」と言って聞かないと。
    
    で、布団に入って しばらくすると、お父さんが酔って帰って来て、
    「オウッ!おっかあ!子供は寝かせてあるだろうな!」って言うと、
    お母さんが「シーッ!さっき寝かせたよ」って言ったと。
    
    そしたら お父さんが 嬉しそうに
    「ヒヒ、そうかぁ。じゃあ今夜は ゆっくり、デキルなぁ♥
     おう おっかぁ、おめえも1杯やれよ」って言って お酒をすすめると、
    お母さんは「あらァ♥女房 酔わせて どうする気だい?」
    なんて言って、まんざらでもない様子だったと。
    
    で、またしばらくすると、2人で 布団のある部屋に入って来て、
    お母さんが 妙に色っぽい声で
    「あァん♥ホラぁ、おまえさんが お酒なんか飲ませるから、
    心臓の辺りがドキドキしてきちゃったじゃないのォ♥」って言うと、
    お父さんが 妙に気色悪きしょくわるい声で
    「し、心臓の辺りって、どの辺だい?お、この辺かい ―― ?」
    なんて言いながら ――
    
    
    とまあ、この辺りまで聞きまして。

八五郎:オイ金坊!!おめえ なんて話 してんだよ!!
    ていうか おめえ あん時 起きてたのかよ!!

源兵衛:さっきの辺りまで聞いたところで おかみさんが
    怒鳴りながら 鬼の形相ぎょうそうで入ってらっしゃいましたんで、
    2人とも慌てて飛び出しまして……。
    
    坊やは 外でもまだ続きを 話してくれそうになったんですが、
    あまりにも、その、生々なまなましすぎて、聞くに忍びないなぁと思いまして ――
    
    これは 八五郎さんと一緒に 天神様へ行ってたほうが 良かろうということで、
    追いかけて来たわけです。

八五郎:そうでしたか ――
    
    いやもうホント色々と すみませんねぇ。
    後はこっちで 預かりますんで。
    申し訳ねえことでした。

源兵衛:ああ いえいえ。
    
    では私はこれで。(去る)

八五郎:(源兵衛の背に)
    どうも すいませんでした!
    
    (金坊に)
    バカヤロウ!よそ様に バカな話をしてんじゃねえよ!

金坊 :だから一緒に連れて行っとけば良かったでしょ?

八五郎:うるせぇよ。まさか あんな話されるとは思わなかったんだよ!

金坊 :じゃ初天神 行こっか♪

八五郎:切り替え 早えな おめえは。
    
    (ため息)
    しょうがねえなぁもぉ……。
    
    オウ金坊、連れてってやるのはいいけどな、
    おっつぁん、おめえに何にも買わねえからな?いいな!

金坊 :分かったよ。

八五郎:ホントか?あれ買って これ買ってって言わねえか?

金坊 :言わないよ。

八五郎:約束するか?

金坊 :約束するよぉ。

八五郎:ようし。じゃあ連れてってやる。

金坊 :やったぁ♪おっつぁんと初天神だぁ♪

八五郎:(ため息)心配だなぁ……。

 


 

八五郎:ふぅ、そろそろ着いたな。

金坊 :すごーい!人が いっぱい いるね!

八五郎:そうだな。はぐれねえようにしろよ。

金坊 :お店も いっぱい出てるね!

八五郎: ―― そうだな。

金坊 :おいしそうな物、いっぱい売ってるね!

八五郎: ―― あのな金坊、おっつぁんとの約束、忘れてねえよな?

金坊 :わ、忘れてないよぉ。


    (少しの間 2人無言で歩く)

金坊 : ――
    
    ね~え、おっつぁん。

八五郎:なんだよ。

金坊 :今日のオイラさ、お利口りこうにしてるでしょ?

八五郎:ん?
    
    ああ、そうだな、お利口りこうにしてるな。

金坊 : ――
    
    ね~え、おっつぁん。

八五郎:なんだよ。

金坊 :今日のオイラさ、あれ買って これ買ってって言ってないでしょ?

八五郎:ん?
    
    ああ、そうだな。あれ買って これ買ってって言ってないな。

金坊 :エライでしょ?

八五郎:ああ、えらいえらい。

金坊 :めてくれるでしょ?

八五郎:ああ、めてやるよ。

金坊 :そのめる気持ちをさ、形にしてくれても いいと思うんだよね。

八五郎:あぁ?

金坊 :だからさぁ、オイラがこんなに お利口りこうにしてるんだから、
    ご褒美ほうびをくれても いいと思うんだよね。

八五郎:はぁ?
    
    オイオイ 雲行きが怪しくなってきやがったなぁ。
    ご褒美ほうびって どういうこったよ?

金坊 :だからさぁ……、
    
    なんか買ってよ。

八五郎:ほ~ら始まった!
    
    おめえなぁ、そういうこと言わねえって約束で 連れて来てやったんだろうが!

金坊 :(ぐずり出す)
    そんなこと言わないでさぁ……、なんか買ってよォ……。

八五郎:ダメったらダメだよ!

金坊 :(ぐずる)そこを何とかさぁ……、
    
    じゃあ……飴玉あめだま!飴玉でいいからさぁ……。

八五郎:ダメだって言ってんだろうが!

金坊 :(ぐずる)
    う……なんだよぉ……飴玉くらい いいじゃないかぁ……
    
    (さらにぐずる)
    ねぇ おっつぁん、飴玉くらい買ってくれてもいいじゃないかぁ。
    ねえ おっつぁん、飴玉 買ってよぉ、ねえ おっつぁん、ねえってばぁ。
    
    (さらにボリュームアップしてぐずる)
    あめだま買ってよぉぉ!ねえ お父っつぁぁん!
    ねえ あめだま買ってってばぁ!ねえ!あーめーだーま!
    買ーって買って買って買って買って買って

八五郎:うるせえなあもう!!ちょっと一回 黙れ!
    周りが みんな こっち見てるじゃねえか!
    
    分かったよ!もし近くに飴屋あめやがあったら買ってやるよ!
    だから静かにしろ!

金坊 :(ケロッとして)
    ホント!?買ってくれるの!?

八五郎:近くに飴屋があったらの話だ!

金坊 :飴屋なら そこだよ。

八五郎:な!
    
    おめえ あらかじめ見当けんとうつけてやがったな……!

金坊 :じゃ飴玉 買ってくれるんだね♪

八五郎:わ、分かったよ……!
    
    (ため息)わがままボウズが……。
    こんなヤツ連れて来るんじゃなかったぜ……。
    
    (飴屋に)オウ 飴屋!

飴屋 :ヘイ いらっしゃい!

八五郎:こんなとこに店 出してんじゃねぇ!

飴屋 :いや無茶 言わないでくださいよ。
    毎年ここに出してんスから。

八五郎:うるせえバカヤロ。おかげで こっちは飴玉 買わされるんだ。

飴屋 :(金坊に)坊ちゃん、サンキュー!

八五郎:サンキューじゃねえよ!
    
    オウ、飴玉1個 いくらだい?

飴屋 :へい、1せんになります。

八五郎:(銭を出して)ホラ1せん

飴屋 :へい どうも。

八五郎:これ、いろんな色の飴玉あるけど、好きなやつ取っていいの?

飴屋 :へい、お好きなのを1つ 取っちゃってください。

金坊 :わぁー、どれにしようかなぁ。

八五郎:あー待て、おめえは手ェ出すな。
    まだ手がちいせえんだ、落としちゃいけねえからな。
    おっつぁんが取ってやる。
    
    (赤い色の飴を取って)
    ホラ、これでいいだろ、口あけろ。

金坊 :えぇ~、赤い色の飴は ヤだよぉ。

八五郎:なんだよ、どれでも一緒じゃねえか。
    
    しょうがねぇなぁ、じゃ戻してと。
    
    見ろ、指が飴でベチャベチャじゃねえか。ったく……
    (人差し指と親指を 舐める)
    ちゅぱ、ちゅぱ 
    
    ん~、じゃ この飴はどうだ?ホラ。

金坊 :ん~、青色もなんかヤだなぁ。

八五郎:なんだよ、これもイヤなのかよ。ったく……
    (飴を戻して指を舐める)
    ちゅぱ、ちゅぱ 
    
    じゃ この飴は?

飴屋 :ちょっとちょっと お客さん!
    めた指で触った飴、戻さないでくれます?

八五郎:え、ダメなの?

飴屋 :当たり前でしょ!汚くて売りもんに ならねえじゃねえスか。
    今 持ってる その飴、それ もう お客さんの飴ってことにしてください。

八五郎:なんだよ、分かったよ。
    
    (金坊に)
    しょうがねえや、この飴でガマンしろ。

金坊 :はぁい。

八五郎:よーし、じゃ食わせてやるから、あーんしろ。

金坊 :あーん。

八五郎:ホラっ(と飴を金坊の口の中に入れる)

金坊 :あむっ。
    (以下、子供の小さな口の中に大きな飴が入っていて しゃべりにくい感じ)
    あ、おいひい。ちゅぱちゅぱ。
    《あ、おいしい》

八五郎:うめえか?よかったな。

金坊 :うん、おろっあん、あいあと。ちゅぱちゅぱ。
    《うん、おっつぁん、ありがと》

八五郎:ま、飴玉1つで おとなしくなりゃいいか。

金坊 :ほえにひえも、ふおいひおらえ。
    《それにしても、すごい人だね》

八五郎:無理して しゃべらなくたっていいんだよ。
    ちゃんと前見て歩け。

金坊 :まらまら いっふぁい おみえも あうああ。
    《まだまだ いっぱい お店も あるなぁ》

八五郎:あんまりキョロキョロすんなってんだよ。
    ホラ 水たまりもあるんだから、危ねえだろ?
    おい金坊、前 見て歩けってんだよ。
    
    オイ!前見て歩けってんだ、よ!<ペチッ>(と金坊の頭を叩く)

金坊 :あがッ!
    
    あ……
    
    (泣き出す)
    う……うわぁ~~ん!!

八五郎:オイオイオイ、おめえ、男の子だろ?
    頭ぶったくらいで泣いてんじゃねえよ。

金坊 :うっ、うっ、痛くて、泣いてんじゃ、ないやい。

八五郎:じゃ何なんだよ?

金坊 :おっつぁんが 叩いたせいで、飴玉、落っことしちゃったんだい。

八五郎:えぇ?落っことした?
    オイオイもったいねぇなぁ。
    
    拾って洗えば また食えるだろ。
    どのへんに落としたんだ?

金坊 :おなかの中。

八五郎:じゃあ食っちまったんじゃねえか!

金坊 :だって……まだ めてたのに……

八五郎:んなこと言ったって しょうがねえじゃねえかよ。

金坊 :もっと味わいたかったのに……おっつぁんが、ぶつから……

八五郎:うるせぇなぁ。悪かったよ。

金坊 :じゃあ お詫びにさ……おだんご買ってよ。

八五郎:あぁん?
    
    おめぇ 調子に乗ってんじゃねえぞ。
    何にも買わねえって言ったのに、飴玉 買ってやったんだぞ!
    もうダメだよ!

金坊 :(ぐずり出す)
    ひどいよ……。
    人がまだ楽しんでる飴玉 奪っといて……。
    
    おだんごくらい いいじゃないかぁ。
    ねえ おだんご買ってよぉ。ねえ おだんごぉ。
    ねぇ おだんご買ってってばぁ。
    買って買って買って買って買って買って

八五郎:うるせえよ!ダメったらダメなんだよ!

金坊 :なんだよ!おっつぁんのケチ!イジワル!
    人でなし!鬼!悪魔!人さらい!
    
    みなさーん!この人 人さらいですよー!!

八五郎:コラコラコラコラ!!やめろ!!
    
    (周りの人に)
    いや、みなさん!違いますから!
    父親ですから!ホントですって!
    
    (金坊に)
    おめえ何考えてんだよ!周囲に すげえ緊張感 走っちゃったじゃねえか!
    バカなこと言ってんじゃねえよ!

金坊 :もう言わないからさぁ……おだんご買ってよ。

八五郎:だーもぅ!分かったよ!
    だんご屋の前 通ったら買ってやるよ!

金坊 :だんご屋さん 目の前だよ。

八五郎:え?

団子屋:らっしゃい!

八五郎:うわビックリした!
    
    こんなとこで商売してんじゃねえよ!

団子屋:無茶 言っちゃいけませんよ。
    毎年ここで やってんですから。

八五郎:ふざけんじゃねえよ。
    おかげで こっちは だんご買わされるんだ。

団子屋(金坊に)
    坊ちゃん、グッジョブ!

八五郎:グッジョブじゃねえよ!
    
    オウ、1本くれ。

団子屋:5せんになります。

八五郎:けっこう取りやがるねぇ……。
    
    (銭を出して)
    ホラよ。

団子屋:へい、どうも。
    
    あんこと みたらし、どっちに しましょう?

八五郎:あんこに決まってんだろ。
    みたらしなんざ、みつが たれて着物が 汚れちまったら、
    カカァに どやされちまうぜ。

団子屋:へい、あんこですね。

金坊 :みたらしがいいなぁ。

八五郎:(だんご屋に)
    みたらしにしてくれ。

団子屋:え、いいんですか?

八五郎:また 人さらいにされちゃ かなわねぇ。

団子屋:大変ですね。

八五郎:おめえグッジョブっつってたじゃねえか。

団子屋(みたらしだんごを八五郎に手渡す)
    へい、みたらし お待ち。

八五郎:(受け取る)おう。

金坊 :わーっ、おいしそう!
    おっつぁん、ちょうだい!

八五郎:ああ待て待て。
    このままじゃ みつがボタボタ落ちて 着物が汚れるだろ?
    おめえの着物 汚して帰ったら、怒られるのは おっつぁんなんだ。
    
    ちょっと待ってろ。
    
    (だんごに付いてるみたらしのタレを舐め取る)
    じゅるるるっちゅぱ
    
    おおあめえ。
    
    ん~、まだけっこう たれてきそうだなぁ。
    
    じゅるるるっちゅぱ
    
    ん~、まだだな。
    
    じゅるるるっちゅぱ
    
    もうちょっとだな。
    
    じゅるるるっちゅぱ ちゅぱ ちゅぱ ちゅぱ 
    
    ふう、こんなもんでいいだろ。
    
    (金坊に差し出して)
    ホラ。

金坊 :なんだよこれ!みつが全部とれちゃって、ただの白い おだんごじゃないか!
    
    ちゃんとみつが付いてなきゃヤだよ!

八五郎:なんだよ うるせぇなあ……。
    
    (だんご屋に)
    オウ だんご屋、そこのつぼ、何だい?

団子屋:え?
    
    ああ、みつを入れてあるつぼですけど。

八五郎:あ、そうかい。
    
    (持ってるだんごをそこに漬ける)
    よーいしょ。

団子屋:ちょっとちょっと お客さん!
    何やってんですか!めた だんごけて!

八五郎:いや、みつが とれちゃったからさぁ。

団子屋:あんたがめたからでしょうが!
    やめてくださいよ 汚いなぁ!

八五郎:んな怒るなよ。
    
    (金坊にだんごを手渡す)
    ホラ 金坊、だんごだ。

金坊 :わーい!ありがと!

八五郎:みつが たれねえように気を付けろよ。

金坊 :あ、そうだね。
    
    (蜜を舐める)
    ちゅぱちゅぱ 
    
    あ、甘くておいしい! 
    
    ちゅぱちゅぱ
    ちゅぱちゅぱ
    ちゅぱちゅぱ
    ちゅぱちゅぱ……
    
    あ、みつ、あらかた なくなっちゃった……。
    
    ええと、このつぼみつが入ってるんだっけ。
    
    (持ってるだんごをそこに漬ける)
    よーいしょ。

団子屋:コラコラコラコラ!親子で何やってんですか!
    
    (八五郎親子に)
    ちょっと おまえさんたち、もう どっか行ってください!

 


 

金坊 :ふぅ、あー おだんご おいしかったぁ!

八五郎:へいへい そいつはよかったな。
    
    (ため息)ったく ワガママなヤロウだぜ……。おかげで えらい出費だぁ。
    やっぱり おめえなんか連れて来るんじゃなかったぜ。

金坊 :そんなこと言わないでよぉ。
    たかが飴玉1つと おだんご1つで、そんなに家計に響くの?

八五郎:うるせえよ。
    
    ホラもう満足したろ?
    もうさっさと お参りして帰るぞ。

金坊 :(凧屋が目の前に)
    あ!おっつぁん 見て!凧屋たこやさんだよ!
    ねぇ、たこ買ってよ!

八五郎:はぁ!?何言ってんだ!
    もう何にも買わねえよ!

金坊 :そんなこと言わないでさぁ。
    オイラ凧あげ やってみたいんだよぉ!買ってよぉ!

八五郎:買わねえっつってんだろ!

凧屋 :へい いらっしゃい!

八五郎:いらっしゃいじゃねえよ。
    買わねえっつってんだろ、客じゃねえよ。

金坊 :ええ~ 買ってよぉ。

凧屋 :そうですよ、買ってくださいよぉ。

八五郎:(凧屋に)
    うるせえよ!一緒になって言ってんじゃねえよ!

凧屋 :(金坊に)
    坊や、お父さんに、凧 買ってもらいたいよね?

金坊 :うん。でも おっつぁん、ダメだって……

凧屋 :じゃあね、いい方法 教えてあげよう。
    
    ホラ、そこに大きな水たまりが できてるだろ?
    そこにね、仰向あおむけに 寝っ転がって、手足ジタバタさせて
    「買ってー買ってー」って騒げば、お父さん きっと買ってくれるよ。

八五郎:オイオイオイオイ!
    妙な知恵ぢえしてんじゃねえよ!

金坊 :ありがと凧屋さん!
    
    オイラさっそく やってみるね!

八五郎:待て待て待て待て!やめろ!
    
    分かったよ!買ってやるから!

金坊 :ホント!?ありがと!

凧屋 :ありがとうございます!

八五郎:(凧屋に)
    うるせえ!てめえが余計なこと言うからだろうが!

凧屋 :まぁまぁいいじゃないですか。
    
    (金坊に)
    さ、坊や、どの凧がいいかな?

金坊 :これ!この いちばん おっきいのがいい!

八五郎:ぬぉ!待て待て!でかすぎるよ!
    これ 畳一畳たたみいちじょうぐらいあるじゃねえか!
    
    あのな金坊、これは売りもんじゃねえんだ、この店の看板だ。
    
    (凧屋に)
    な?このデカいの、これ看板だよな?
    売りもんじゃねえよな?売らねえよな?

凧屋 :いえ、売りますよ?

八五郎:ええ!?売んの!?

凧屋 :ええ。6円50せんになります。

八五郎:ろ、6円50せん!?

凧屋 :では、こちら お買い上げということで よろしいですね?

八五郎:いやいやいやいや!
    よろしくねえ よろしくねえ!
    そんな金 ねえよ!
    
    (金坊に)
    おい金坊、さすがに このデケえのは無理だ。
    こっちの普通のにしろ。な?いいだろ?

金坊 :ん~ じゃあ普通のでいいよ。
    おっつぁんの稼ぎじゃ しょうがないもんね。

八五郎:余計なこと言わなくていいんだよ。
    
    (凧屋に)
    そういうわけだ。この普通の くれ。いくらだ?

凧屋 :へい、60せんになります。

八五郎:けっこう しやがるねぇ……。
    
    しょうがねぇ……。
    
    (銭を出して)
    ホラよ。

凧屋 :へいどうも、ありがとうございます!

 


 

八五郎:(ため息)まさか こんなたけえ凧まで買わされるたぁ思わなかったよ……。
    ほんっとにワガママなガキだなぁ。
    あ~あ、こんなことなら おめえなんか連れて来るんじゃなかったぜ……。

金坊 :元気出してよ おっつぁん。

八五郎:うるせえよ!誰のせいだと思ってんだ!

金坊 :それよりさ、せっかくだから、そこの広場みたいなとこで 凧あげしようよ!

八五郎:へいへい、分かったよ……。

金坊 :わーい!凧あげなんて初めてだぁ!
    
    ねぇねぇ どうやるの どうやるの?

八五郎:よしよし。まず おっつぁんが糸を持つ。
    うまく あがったら おめえに糸 持たせてやるからな。
    おめえは凧 持て。

金坊 :うん。

八五郎:で、ちょっと離れて立って、おっつぁんが「走れ!」って言ったら、
    こっちに向かって走れ。おっつぁんも走るから。

金坊 :うん。

八五郎:で、おっつぁんが「離せ!」って言ったら 手ェ離せ。
    そしたら あがるから。分かったか?

金坊 :うん、分かった。

八五郎:よし、じゃあ 凧 持って 後ろへ下がれ。

金坊 :うん。(下がっていく)

八五郎:(下がっていく金坊を見ながら)
    もっと下がれー もっと下がれー。

金坊 :はぁーい。(さらに下がっていく)

八五郎:もっと下がれー。

金坊 :はぁーい。(さらに下がる)

男1 :(金坊にぶつかられる)いでっ!

金坊 :あっ。

男1 :このガキ、どこに目ェ付けてんだ!

金坊 :ご、ごめんなさい!
    
    お、お父っつぁ~ん!

八五郎:(2人のところへやってくる)
    どうも すいません。
    
    あっし、この子の父親でして。
    このたびは、ウチのボウズが迷惑かけまして……。

男1 :あぁん?てめえがオヤジか。
    いい歳しやがって、ガキの面倒ぐらい ちゃんと見とけってんだ!

八五郎:へい、すみません……。

金坊 :おっつぁん、怒られちゃったね。

八五郎:誰のせいだよ。ちゃんと周り見とけよ。
    
    じゃ おめえは もう ここに立ってろ。
    おっつぁんのほうで離れてくから。
    
    いいか?「走れ!」っつったら 走るんだぞ?

金坊 :うん、分かった。

八五郎:よし、じゃ待ってろ。
    
    (走って5mほど下がる)
    ふぅ、こんなもんでいいかな。
    
    (金坊に)
    よーし いくぞー!
    走れーっ!(と言って自分も走り出す)

男2 :(八五郎にぶつかられる)いでっ!

八五郎:あっ!イテテテ……

男2 :おうオッサン、どこに目ェ付けてんだ!

八五郎:あ、す、すみません!

金坊 :(2人のところへやってくる)
    どうも すいません。オイラ、この男の息子です。
    このたびは、ウチの父が ご迷惑を おかけしまして、誠に申し訳ありません。

男2 :息子のほうが よっぽど しっかりしてるじゃねえか。
    
    (八五郎に)
    おうオッサン、あんたも いい歳だろ?
    ガキみてぇに はしゃぎ回って 人に迷惑かけてんじゃねえよ。

八五郎:はい……すみません……。

金坊 :おっつぁん、ちゃんと周り見とかなきゃダメだよ。

八五郎:うるせえよ!
    
    (ため息)
    なんでオレが こんな目にわなきゃなんねぇんだ……。
    おめえのワガママのせいでよぉ……。
    やっぱ おめえなんか連れて来るんじゃなかったぜ……。

金坊 :元気出してよ おっつぁん。
    
    気を取り直して、凧あげしよ!

 


 

八五郎:よぉーし、走れー!
    
    
    (間)
    
    
    よしっ、離せーっ!
    
    (短い間)
    
    おーっ!あがった あがったーっ!

金坊 :すごーい!あがったーっ!

八五郎:よぉーし、もっと高く あげてやるからな。それっ!

金坊 :うわぁー!高く あがっていくー!

八五郎:(楽しそう)
    そうだろぉ。
    
    こうやってな、糸を うまく 引っ張ったり ゆるめたりしてやると、
    どんどん高く あがっていくんだ。

金坊 :すごーい!
    
    おっつぁん 上手だね!

八五郎:(楽しそう)
    当ったり前よ。おっつぁん 小さい頃は 凧あげの名人だったんだ。

金坊 :そうなんだー!おっつぁん すごいや!
    
    ねえねえ!オイラにも糸 持たせてよ!

八五郎:(もう凧あげに夢中になってる)
    待て待て!こっからが難しいんだ!
    糸の使い方を 間違えたら、凧が落ちちまうからな。
    それっ!それっ!

金坊 :ちょっとぉ!
    凧が あがったら オイラに糸 持たせてくれるって言ったじゃないかー!
    
    ねぇ貸してよー!

八五郎:(夢中)待てってんだよ!まだまだ高く あがるんだから!

金坊 :待てないよぉ!オイラに買ってくれたんでしょぉ?
    ねぇ貸してよ!貸してってばぁ!

八五郎:(夢中)うるせえなテメエは!今オレが やってんだろうが!
    
    凧あげはなぁ、ガキの遊びじゃねえんだよ!!

金坊 :いやガキの遊びでしょぉ……。
    
    あ~あ、まったくワガママなんだからぁ……。
    
    こんなことなら、おっつぁんなんて 連れて来るんじゃなかった。
  



おわり

その他の台本                 


参考にした落語口演の演者さん(敬称略)


春風亭一之輔
柳家小三治(10代目)
三遊亭円楽(6代目)
金原亭馬生(10代目)
柳家さん喬
柳家喬太郎
三遊亭遊雀
笑福亭仁鶴 ※上方落語
笑福亭松鶴(6代目) ※上方落語
露の五郎兵衛 ※上方落語
月亭文都 (7代目) ※上方落語


何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp

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