声劇台本 based on 落語

道具屋どうぐや


 原 作:古典落語『道具屋』
 台本化:くらしあんしん


  上演時間:約20分


【書き起こし人 註】

古典落語をベースにしていますが、あくまでも"声劇台本"として作成しています。
なるべく声劇として演りやすいように、元の落語に様々なアレンジを加えている場合があります。

アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。



ご利用に際してのお願い等

・上演を公開される際は、観覧無料の媒体のみで行うようお願いします。
 観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
 配信者へ 金銭または換金可能なアイテムやポイントを贈与できるシステムの有無は問いません。
 ただし、ことさらリスナーに金銭やアイテム等の贈与を求めるような行為は おやめください。


・無料公開上演の録画は残してくださってかまいません(動画化して投稿することはご遠慮ください)。
 録画の公開期間も問いません。

・当ページの台本を利用しての有料上演はご遠慮ください。

・当ページの台本を用いて作成した物品やデジタルデータコンテンツの販売はご遠慮ください。

・当ページの台本を用いて作成した動画の投稿はご遠慮ください。

・台本利用に際して、当方への報告等は必要ありません。




<登場人物>

与太郎よたろう(セリフ数:91 )
 ?歳。実際の落語口演では、ハタチで演る人いればアラフォーで演る人もいます。
 いい歳をして商売もせず日々家でゴロゴロしている。
 不良や悪人ではないが、怠け者で能天気で天然のバカ。
 一人称は汎用性と普遍性を考えて「オイラ」にしていますが、何でもかまいません。
 (実際の落語口演では「あたい」や「あたし」になることが多いです)



・伯父(セリフ数:38)
 ?歳。与太郎よりはかなり上になるかと。
 与太郎の伯父。
 本業は長屋の大家さんだが、副業で道具屋をしている。
 口調は少し職人ぽくしてますが、自由に変えてくださってかまいません。



・客1(セリフ数:16)
 ?歳。
 ノコギリを買いに来るので、たぶん大工さんです。



・客2(セリフ数:6 )
 ?歳。
 モモヒキを買おうとする客。
 どんなキャラでもかまいません。



・客3(セリフ数:32 )
 ?歳。
 少し学や芸術的素養のありそうな客。
 少し堅めで年配ぎみの口調にしていますが、どんなキャラでもかまいません。







<配役>

・与太郎:♂

伯父客1客2客3:♂

 




【ちょっと難しい言葉】※クリックすると開いたり閉じたりします(ブラウザによっては機能しません)
  • 道具市(どうぐいち)
    古道具を売る市場。

  • 鉄瓶(てつびん)
    湯を沸かす、つると注ぎ口のついた鋳鉄製の容器。

  • 値踏み(ねぶみ)
    値段を見積もってつけること。

  • 目利き(めきき)
    (器物・刀剣・書画などの)真偽・良否を見分けること。鑑定。

  • 掛け値(かけね)
    物を売るときに実際より値段を高くつけること。

  • トウシロウ
    「しろうと」を逆さに読んだ隠語。

  • 符丁(ふちょう)
    仲間だけに通用する言葉や印。合言葉。

  • 珍物(ちんもつ)
    珍しい物。「ちんぶつ」と読むほうが普通。

  • 唐詩選(とうしせん)
    明の李攀竜(りはんりょう)が編纂したといわれる唐代の漢詩選集。

  • 白木(しらき)
    皮をはぎ、削っただけで、何も塗ってない木。

  • 白鞘(しらさや)
    白木作りの刀の鞘。「しらざや」とも。

  • 銘(めい)
    製作物に入れる製作者の名。





ここから本編




伯父の家に呼ばれた与太郎。
真面目な話があると見え、しかめた顔で与太郎に着座を促す伯父。

 伯父:お、来たな 与太よたろう
    
    まあ ちょっと そこへ座れ。

与太郎:はぁい。
    
    伯父おじさん、話って何?

 伯父:うむ。話ってのは 他でもえ。
    
    さっき おめえの おっかさんがウチへ来てな、
    さんざん こぼして帰ったぞ。

与太郎:そうなの? そりゃ伯父さん 大変だったね。
    でも しょうがないんだよ。

 伯父:何がしょうがねえんだ。

与太郎:ウチの おっかぁも もうトシだからね。
    
    ウチでもよく こぼすんだ、
    ご飯粒はんつぶやら おかずやらポロポロ。

 伯父:そうじゃねえよ。
    
    愚痴ぐちを こぼして帰ったんだよ。

与太郎:愚痴ぐち

 伯父:そうだよ。
    
    おめえが いいトシして ロクに 商売も しねえで
    毎日毎日 家でゴロゴロしてるってな。

与太郎:はあ……。
    
    いや でもね、商売もしねえで 毎日毎日 家でゴロゴロしてたら――
    楽なんだよ。

 伯父:そりゃそうだろうよ。でも それじゃ いけねえってんだ。
    いいトシして いつまでも 親からづかい もらってたんじゃ しょうがねえだろ。
    でな、何でも いいから おめえに何か 商売を仕込んでやってくれって、
    おめえの おっかさんに頼まれたんだ。
    だからな、今日は ひとつ おめえに、仕事を 仕込んでやろうってんだ。

与太郎:え、何 仕込んでくれんの?

 伯父:伯父さんの仕事をな、おめえも一度やってみろ。
    商売道具は 用意してやるから。

与太郎:伯父さんの仕事?
    伯父さんの仕事って……、ながおおだよね?
    
    え、なが1軒 オイラに くれるの?

 伯父:やるわけねえだろ。
    
    たしかに 伯父さんの本業は おおだけどな、副業があるんだよ。
    あいてる時間に もう1つ仕事してんだ。知らねえか?
    まぁ あんまり 周りには 言ってねえからな。

与太郎:あ、そう言われてみれば……、
    伯父さんが もう1つの仕事してるとこ、
    見たことあるかもしれない。

 伯父:お、そうか?

与太郎:なんかさ、でっかい風呂ふろしきに いろんなもんめて、
    かついで歩いてたよ。それ?

 伯父:おう、そうそう。

与太郎:なるほど~。
    
    オイラ その 伯父さんの もう1つの仕事っての、何か 分かったよ。

 伯父:分かったか?

与太郎:うん。
    
    アタマに 「ど」の字が付くでしょ?

 伯父:おお!そうだよ!

与太郎:やっぱり!
    
    
    泥棒だ!

 伯父:ちげえよ!
    
    道具屋だよ!

与太郎:ああ、道具屋。
    
    なに?道具屋って。

 伯父:まぁ道具屋にも 色々あるけど、
    伯父さんがやってるのは、
    いろんな物を いろんな所から仕入れて来て、
    それを道具市どうぐいちで売るって商売だ。

与太郎:へえ。なんか簡単そうだね。

 伯父なま意気いきなこと言うじゃねえか。
    そんな簡単なもんじゃねえぞ?
    ちゃんとやろうと思ったら、目がかなきゃダメなんだ。
    
    おめえ 目がくか?

与太郎:いや、聞くのは たいがい耳だけど。

 伯父:そうじゃねえよ。目利めききの話だよ。
    
    (目の前にある 湯沸かしの鉄瓶(やかんみたいなもの)を指して)
    例えばな、おめえ、この鉄瓶てつびんめるか?

与太郎:え?
    
    そりゃあ……、もうと思えば めるけど……。

 伯父:ほう。じゃあんでみろ。

与太郎:ええ!?
    
    やだよ、そんな火に かけてある鉄瓶てつびん、足の裏 火傷やけどしちゃうよ。

 伯父:何言ってんだ。誰が足でめって言ってんだよ。
    
    目でむんだよ。

与太郎:目で!? 伯父さん 正気!?
    だま鉄瓶てつびん むとか どんな拷問ごうもんなんだよ!

 伯父:バカか おめえは!
    値踏ねぶみをしろって言ったんだよ!
    
    (ため息)まぁ目利めききの話は 今度でいいや……。
    
    とにかく! さっそく今日 道具市どうぐいちへ行って、商売やってみろ。

与太郎:え?今日から始めるの?

 伯父:ああ、「思い立ったが吉日きちじつ」って言うからな。

与太郎:でも伯父さん、オイラ売るようなもん 持ってないよ?

 伯父:分かってるよ。
    
    心配すんな。伯父さんが集めてきた物があるから、それを売ってくればいい。
    
    ちょっと待ってろ。
    
    
    (部屋の隅から箱を取ってくる)
    よいしょ、っと。
    
    この箱ん中に 売り物が色々 入ってる。開けてみろ。

与太郎:はぁい。
    
    (箱のフタを開ける)
    よいしょっと。
    
    うわぁ~、ほんとに色々 入ってるねぇ!
    
    でも、これ売り物?なんかガラクタばっかりに見えるけど。

 伯父:ガラクタに見えるようなもんでも、
    売れるときは 売れるんだ。
    そこが ウデの見せどころってヤツよ。

与太郎:ホントかなぁ……?
    
    (ひな人形を手に取って)
    これなんか、おひな様が1つだけだよ?
    これだけ買ってく人なんて いるのかなぁ……
    
    あ、首 抜けちゃった。

 伯父:コラコラ!丁寧に扱え。
    その ひな人形は、首 引っ張ったら 抜けちまうんだから。

与太郎:早く言ってよ。首無しの ひな人形とかメチャクチャ怖いよ。
    
    (ノコギリを手に取って)
    こっちはノコギリか。
    
    ん?このノコギリ、なんか赤茶色あかちゃいろっぽくなってるけど。

 伯父:ああ、そのノコギリな、こないだ伯父さんが、
    火事の 焼け跡から 拾って来たんだ。

与太郎:そうなの?
    
    火事場かじば泥棒どろぼうじゃん。
    やっぱ泥棒じゃん。

 伯父:うるせえな。
    燃えてる最中さいちゅうって来たわけじゃねえよ。
    焼け跡に 落ちてたから もらって帰って、
    さびを落として 油を塗って、
    を 別のと取り替えたんだ。
    
    そんなんでも 買ってくバカがいるから いいんだよ。

与太郎:へぇ。
    
    それにしても色々あるなぁ……よく集めたね。
    
    で、これを売ればいいの?

 伯父:そうだ。
    
    (紙を手渡して)
    ホラ、元値もとね 書いた紙 やるから、
    これ見て、ちゃんとするんだぞ。

与太郎:って何?

 伯父元値もとねより 高いで売ることだ。
    元値もとねより 安く売っちまったら もうけにならないからな。
    
    もちろん高けりゃ高いほどいいが、そこは客と おめえの駆け引きだ。
    相手が いかにも欲しそうにしてたら 高めに言ってやりゃあいいし、
    逆に 渋ってるようなら 少し安めにしてやりゃあいい。

与太郎:なるほど、ね。分かった。

 伯父:まぁ その辺は やってるうちに だんだん分かってくるだろ。
    
    よぉし、じゃ そろそろ行くか。
    
    (風呂敷を渡して)
    ホラ、箱の中のもん、この風呂ふろしきに包んで持て。
    向こうに着いたら 風呂ふろしき 広げて、
    そこに売りもん並べて売るんだ。いいな?

与太郎:分かった。

 伯父:今日は最初だから 伯父さんも 一応 ついて行ってやるからな。
    しっかりやれよ!

与太郎:はぁ~い。

 


 

 伯父:さぁ~て、いちに着いたぞ。
    
    ん~、今日は ちょっと遅かったから、
    あんまり いい場所がいてねえなぁ。
    
    (少し歩いて場所を求める)
    
    ふむ、ま、この辺でいいか。
    
    よし与太郎、風呂ふろしき 広げて 売りもん並べろ。

与太郎:(すっかりくたびれている)
    ふぅ~っ、ああ重かったぁ。
    もうオイラ、ヘトヘトだよぉ。

 伯父:情けねえこと言ってんじゃねえよ。
    仕事はこれからだぞ?
    
    ホラ、手伝ってやるから、並べるぞ!

与太郎:はぁ~い。

 


 

 伯父:よぉし、並べ終わったな。
    
    じゃ、客が来たら、上手いこと話を 持って行って 買わせるんだぞ?
    を忘れるなよ?

与太郎:はいはい、分かったよぉ。
    
    (独白)
    (ため息)やんなっちゃうなぁ……。
    伯父さんが 話がある って言うから、てっきり
    金持ちの娘さんでも 紹介してくれんのかと思ったら、
    商売なんか やらされるとはなぁ……。
    
    しかも、ながおおになって ちん収入しゅうにゅうもうけるってんなら まだしも、
    こんな重い荷物 かつがされて、
    こんなガラクタ 売らなきゃならないなんて……。
    
    こんなガラクタ買いに、客なんか来んのかなぁ……。



 客1:おう、そこにある ノコ 見せてくれ。

与太郎:来た!

 客1:なんだよ。客に向かって「来た」は ねえだろ。

与太郎:うわ、自分で客って言ってる。
    てことは ホントに客なんだ。
    うわ~、ホントに客 来たよ。

 客1:なに ゴチャゴチャ言ってんだ テメエは。
    
    いいから、そこにある ノコ見せろってんだよ。

与太郎:ノコ……?
    
    ノコって……、タケノコ?

 客1:ちげえよ。

与太郎:カズノコ?

 客1:ちげえよ。食いもんじゃねえよ。

与太郎:カメノコ?

 客1:タワシでもねえよ。

与太郎:ツチノコ?

 客1UMAユーマでもねえよ。

与太郎:ワニノコ?

 客1:ポケモンでもねえよ!
    
    おめえ、ノコも知らねえのか?
    
    ははーん、さては おめえ、トウシロウだな?

与太郎:いや、オイラは 与太郎って名前ですけど。

 客1:そうじゃねえよ!シロウトだなって言ってんだよ!
    
    あのなぁ、ノコっつったら、ノコギリに決まってんだろうが!

与太郎:あ、ノコって、ノコギリかぁ。
    それならそうと 言ってくれなくちゃ。
    
    ノコだノコだって言われたって 分かんないスよ。
    ちゃんと「ノコギリ」って 「ギリ」まで付けて言ってくんなきゃ。
    
    人間、ギリ(義理)を欠いちゃ いけませんよ。

 客1:うるせえよ!
    
    くだらねえこと言ってねえで、いいからノコギリ見せろよ!

与太郎:ああ、はいはい。どうぞ。(とノコギリを手渡す)

 客1(ノコギリを見ながら)
    ふーむ……、こいつぁダメだな。

与太郎:ダメですか?

 客1:こいつぁ、ちょいとあめえな。

与太郎:え?それ甘いんスか?
    
    どれどれ……ペロッ(と刃をなめる)
    ブッ! ペッペッ!
    
    お客さん!ウソついちゃ いけませんよ!
    ちっとも 甘くないじゃ ないですか!

 客1:バカかテメエは!誰が味の話 してんだよ!
    
    焼きの具合を言ってんだ!
    焼きがあめえってんだよ!

与太郎:え、焼きが甘い?
    
    そんなはずは ないけどなぁ……。

 客1:いいや、焼きがあめえな。

与太郎:いや、だって そのノコギリ、オイラの伯父さんが
    火事の 焼け跡から 拾ってきたヤツですよ?
    焼きが甘いってことは ないと思いますけどねぇ。
    むしろ 焼き過ぎっていうか。

 客1:あぁん?
    
    おい このノコ、火事場に落ちてた ゴミなのか?

与太郎:そうスよ?
    
    そのゴミの さびを落として 油を塗って を付け替えただけで。
    まぁそんなんでも 買ってくバカがいるらしくって。
    
    どうです?買います?

 客1:誰が買うか!!(去る)

与太郎:ああ、ちょっと……
    あれ……? 怒って行っちゃった……。
    
    おっかしいなぁ、まだもしてないのに。
    
    何が いけなかったんだ……?
    って売ってるもんが ガラクタなのが いけねぇんだよなぁ。
    
    まぁしょうがないや。

 伯父:おい与太郎。

与太郎:あ、伯父さん。

 伯父:おめえ 何やってんだよ。売る気あんのかよ。

与太郎:オイラに 売る気は あったんだけど、
    お客さんに 買う気がなかったみたいで。

 伯父:バカヤロ。あんな文句もんくで 誰が買う気になるか。
    
    くだらねえこと言ってるから、ああやってションベンされちまうんだよ。

与太郎:え、ションベン!?
    
    今の お客さん、ションベンしてったの!?

 伯父:ションベンしてったじゃねえかよ。

与太郎:え!? いつの間に!?
    
    え、でも どこもれてないよ?

 伯父:あのなぁ、ホントにションベンれてったんじゃねえよ。
    
    買わずに行っちまうことを 「ションベン」て言うんだよ。

与太郎:あ、そうなの?
    
    そんなの知らねぇもん。
    
    じゃ 次からは ションベンされないようにするよ。

 伯父:ホントか? ちゃんとやれよ?
    
    じゃ 伯父さん ちょっと、掘り出しもんでも えかどうか、
    その辺 見て回って来るから、サボらずあきないするんだぞ?

与太郎:はぁ~い。
    
    (独白)
    ふぅん、ションベンかぁ。
    
    さっきの ノコも そうだけど、
    ちょうで言われると 分かんないよなぁ。
    
    ションベンされないように 気を付けないとなぁ。……
    
    (周囲を見回して)
    ははぁ……オイラの道具屋と 周りの道具屋、
    な~んか違うなぁと思ってたけど……、
    分かった、周りの道具屋、みんなにぎやかなんだ。
    いらっしゃいとか 寄ってらっしゃいとか 色々 言ってんだ。
    なるほど、ああやって お客さんを呼び込んでんだな。
    
    オイラもやってみようかな。
    黙って立ってても しょうがないしね。
    
    (咳払い)
    いらっしゃい いらっしゃい!
    できたての道具屋だよ!
    ほやほやの道具屋だよ!
    あったか~い道具屋だよ!
    さぁ寄ってらっしゃい、
    召しあがってらっしゃい!



 客2:変な道具屋がいるな……
    まぁいいや。
    
    (与太郎に)
    おう、ちょいと 見せてもらうぜ。

与太郎:いらっしゃい!
    お2階へ ごあんな~い!

 客2:何言ってんだ、どこに2階があるんってんだよ。
    
    (物色)ん~。
    
    (モモヒキを手に取って)
    お、このモモヒキ、よさそうだな。

与太郎:あの、お客さん。

 客2:ん?なんだい?

与太郎:あらかじめ言っておきますけどね、
    ションベンは できませんからね。

 客2:え? ションベンできねえの?これ。

与太郎:はい、ションベンはできません。

 客2(モモヒキの股の所を見ながら)
    そうかぁ~?
    ここんとこひらくようになってるし、
    ションベンできそうだけどなぁ……?

与太郎:ダメです、ションベンできないと言ったら ションベンできないんです。

 客2:そうかい。
    ションベンできねえんじゃ 不便だなぁ。
    じゃあ いらねえや。あばよ。(去る)

与太郎:あ……ちょっと、だから ションベンできないんですって!
    
     ―― ああ……行っちゃった……。
    
    なんだよ もう……。
    ションベンできないって言ってんのに ションベンしやがって……。
    
    
     ―― あれ?
    
    もしかして、あの お客さんの言ってたションベンって、
    ホントのションベンだったのか……?
    
    あー そっかー そういうことだったのか~。
    
    じゃあションベンされないためには、オイラは「ションベンできますよ」って言えば よかったのかぁ。
    そしたら お客さんは、ションベンできるから ションベンせずに買ってくれたのかぁ。
    なんて ややこしいんだ……。



 客3:道具屋くん、ちょっと見せてもらうよ。

与太郎:あ、ども、いらっしゃい。

 客3:ん、見ない顔だな。新入りかね?

与太郎:ええ、今日 できたてホヤホヤの道具屋で。

 客3:おかしな言い方だな。
    
    まあいい。なにか珍物ちんもつは あるかね?

与太郎:え?

 客3:だから、珍物ちんもつは あるかといておるんだ。

与太郎:ち……チンモツ??
    
    え……下ネタですか?

 客3:何を言うておるか。
    
    珍しい物は あるかといておるんだ。

与太郎:あ、珍しい物って意味ですか。
    
    そうですねぇ……。
    
    オイラからしたら、欲しがる人のほうが珍しいような物ばかりですけどねえ。

 客3:また おかしなことを言うておるな。
    
    (物色)ふむ、そうだな……。
    
    ああ、そこの書物しょもつを見せてもらおうか。

与太郎:え、どれです?

 客3:ほら、そこの書物しょもつだ。
    『唐詩選とうしせん』と書いてある。

与太郎:え、ああ、これですか。
    
    いいですけど……、これ、お客さんには読めませんよ。

 客3:何を言うか。
    こう見えても 若い頃から学問をしておる。
    読めんことはない。

与太郎:いや 読めませんよ。

 客3:君、客に対して 失礼だぞ。
    読めると言うておるだろうが。
    いいから貸しなさい。

与太郎:読めませんてば。
    
    表紙だけなんですから。

 客3:じゃあ読めぬわ! そんなモンを置いておくでないわ!
    
    (物色)ん~……。
    
    では、そこの短刀たんとうを見せてもらおうか。

与太郎:え、どれです?

 客3:ほら、そこにあるだろ。
    
    その しら白鞘しらさや短刀たんとうだ。

与太郎:え、ああ、これですか。
    
    (手渡して)どうぞ。

 客3(品定め)ふむ……なかなかの年代物であるな……。
    
    (与太郎に)めいは あるのか?

与太郎:え?
    
    いえ、めいはいないんですけど、神田かんだ叔母おばさんがいます。

 客3:誰が 貴様の家族を いておるか。
    
    まあよいわ。
    刀身とうしんも見てみるかな。
    
    (鞘を抜こうとするが抜けない)
    んっ!なんだこれは。
    手入れが なっておらんから抜けないではないか。
    
    (さらに力を入れて抜こうとするが)
    ふぬ~っ!
    
    (抜けない)
    ハァハァ……ダメだ……。
    
    (与太郎に)
    ああ、道具屋くん、ちょっと手伝ってくれたまえ。
    (短刀を差し出して)
    ほら、そっちを持って。

与太郎:え、あ、はぁ。(片方の端を持つ)

 客3:よし。
    
    じゃあ合図をしたら、きみも引っ張ってくれ。

与太郎:あ、はい。

 客3:ではいくぞ。せ~のッ!

与太郎:ふぬ~ッ!
 客3:ふぬ~ッ!

 客3(力を入れて引っ張りながら)
    抜けないな……!

与太郎:(力を入れて引っ張りながら)
    抜けませんね……!

 客3(力を入れて引っ張りながら)
    どうして、こう、抜けないんだ……!

与太郎:(力を入れて引っ張りながら)
    抜けないと、思いますよ……!

 客3(力を入れて引っ張りながら)
    どうしてだ……!

与太郎:(力を入れて引っ張りながら)
    木刀ぼくとうですから……!

 客3:早く言わんか! 木刀ぼくとうが抜けるわけ なかろうが!
    
    抜けるのは無いのか、抜けるのは!

与太郎:ええと、おひな様の首が 抜けますね。

 客3:なんでじゃ!それは抜けんほうが いいだろうが!
    
    短刀たんとうはもういい、別のものを見せてもらおう。
    
    (物色)ん~……。
    
    ああ、そこの笛を見せてもらおうか。

与太郎:え、どれです?

 客3:貴様は 自分の売り物を 把握はあくしとらんのか。
    
    ほら、そこに横笛よこぶえが あるだろうが。

与太郎:あ、これですか。
    
    (笛を手渡して)どうぞ。

 客3(受け取って)うむ。
    
    ああ、まるで手入れが なっとらんな これは。
    ロクに掃除もしておらんのだろ、ホコリだらけではないか。
    フーッ(と吹いてホコリを飛ばす)
    
    こりゃいかんな、中までホコリがまっておる。
    これでは 音が出ないではないか。
    
    よっ(と穴に指をつっこんで掃除しようとする)

与太郎:お客さん、何やってんですか?

 客3:何って、こうやって 穴に指を入れて、
    ホコリを き出そうとしておるんだ。
    
    (指が抜けなくなる)
    ぬぉっ!? くっ……!
    
    (抜こうとするが抜けない)
    ぬぅ~~!!

与太郎:ん? どうしました?お客さん。

 客3(指を抜こうと必死)
    指が……!抜けんのだ……!ぬぅ……!

与太郎:え?抜けない?
    
    ちょっと困りますよ お客さん。
    売りもんなんですから。

 客3(指を抜こうと必死)
    わかって……!おる……!
    だから……!今……!抜こうとしておるのだ……!
    ぬぅ~……!
    
    ハァ、ハァ……ダメだ、抜けん……。

与太郎:ええ~、困るなぁ。
    オイラそろそろ帰りたいんですけど。

 客3:そう言われてもな。
    
    (抜こうとする)
    ふぬっ!ふぬっ!
    
    このとおり抜けんからな……。

与太郎:いや それじゃ困るんですよ。
    どうにかしてくださいよ。

 客3:分かった分かった。
    
    仕方ない……。では買い取ろう。

与太郎:え!? 買ってくれるんですか!?

 客3(抜こうとする)
    ふぬっ!ふぬっ!
    
    抜けんものは仕方ない。
    買い取ろう。いくらだ?

与太郎:ちょっと待ってくださいねぇ。
    
    (元値の書かれた紙を見る)
    (独白)
    え~と、笛は いくらだ……?
    
    元値もとねは1円か……。
    ここからすれば いいんだな……。
    
    (客に)
    お客さん、まだ抜けてませんね?

 客3(抜こうとする)
    ふぬっ!ふぬっ!
    
    ダメだ……抜けんわい……。

与太郎:(独白)
    おお~?こりゃいいぞ?
    の しどころだぞ?
    いくらにしてやろうかなぁ。
    
    ん~、帰りに1杯やりたいしなぁ、
    ちょいと いい着物も 買いたいしなぁ……。
    
    (客に)
    お客さん、その笛ね、10円になります。

 客3:じゅ、10円!?
    
    貴様、それは高いぞ!
    こんな笛、どう見積もっても 1円ぐらいの ものだろうが!
    
    (抜こうとする)
    ふぬっ!ふぬっ!
    
    くそッ、この指が 抜けないばっかりにッ……!

与太郎:指が抜けないんじゃあ、
    買い取ってもらわないと しょうがないですからねぇ。
    
    とにかく 10円 頂戴ちょうだいいたしますんで。

 客3:貴様~、足元を見おって!

与太郎:足元?
    
    いえいえ、手元を見ております。
  



おわり

その他の台本                 


参考にした落語口演の演者さん(敬称略)


柳家三三
柳家小三治(10代目)
柳家小さん(5代目)
金原亭馬生(10代目)
林家木久扇
春風亭柳朝(5代目)
春風亭柳好(4代目)
橘家圓蔵(8代目)
三遊亭金翔
桂文治(10代目)
桂三木助(3代目)
笑福亭仁鶴 ※上方落語
桂米朝(3代目) ※上方落語
桂枝雀 ※上方落語
笑福亭鶴二 ※上方落語
桂福丸 ※上方落語


何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp

inserted by FC2 system