声劇台本 based on 落語

目薬めぐすり


 原 作:古典落語『目薬』
 台本化:くらしあんしん


  上演時間:約20分


【書き起こし人 註】

古典落語をベースにしていますが、あくまでも"声劇台本"として作成しています。
なるべく声劇として演りやすいように、元の落語に様々なアレンジを加えている場合があります。

アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。



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<登場人物>

・亭主(セリフ数:39)
 年齢:何歳でも自由に。
 大工。ここ数日、目の具合が悪い。



女房(セリフ数:40)
 年齢:何歳でも自由に。


語り(セリフ数:2)
 どちらかが兼ねてください。




<配役>

・亭主:♂

女房:♀

語り:不問 ※どちらかが兼ねてください。

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【ちょっと難しい言葉】

釜のふたが開かない(かまの ふたが あかない)
米を買う金もない(従って釜を使うことがない)ほど貧窮すること。

湯屋(ゆや)
風呂屋のこと。

長火鉢(ながひばち)
横に長い箱型の木製火鉢。引き出しや物入れが付いている。




ここから本編




 女房:おまえさん、今朝はどうだい?目の具合ぐあいは。

 亭主:ん~、いやダメだなぁ……。
    ちっとも良くなってねえや。
    かゆいし いてえし、相変わらず
    視界もかすんじまって、よく見えねえ。
    
    (女房の顔も霞んでよく見えない)
    そこにいるのは、おめえか……?

 女房:当たり前じゃないか。
    他に誰がいるのさ。

 亭主:んなこと言ったって、ボーッとして
    顔が よく見えねえんだよ。

 女房:あのねえ、ここは あたしたちの家だよ?
    見えなくたって、あたしに決まってるじゃないか。

 亭主:ホントかぁ?
    
    じゃあ もっと こっちに顔 近付けてみろよ。

 女房(呆れ)わかったよ。
    
    (顔をぐっと近づけて)
    ホラ、よく ごらんよ。

 亭主:うわぁ!!バケモノ!!
    
    
    まちがいねえ、たしかに おめえの顔だ。

 女房:どういう意味よ!バケモノって!

 亭主:いやぁ、食われちまうかと思ったぜ……。
    
    んー、これくらい近付くと 見えるんだがなぁ……。

 女房:ちょっと離れると 見えにくくなるのかい?

 亭主:そうなんだよ。
    
    (ため息)まいったなぁ。
    職人が 目ェ わずらっちまっちゃあ、どうにもならねえや……。

 女房:それじゃあ、今日も仕事に行けないのかい?

 亭主:しょうがねえよ。こう目が見えねえんじゃ、
    くぎの1本だって マトモに打てやしねえ。
    下手すりゃ テメエの指 ブッ叩いちまう。
    仕事に なりゃしねえよ。
    
    第一、この視界じゃあ、誰かに 手でも 引いてもらわねえと、
    怖くて 外なんざ歩けねえや。
    
    川に落っこちるか くるまかれて死んじまうよ。

 女房:困ったねえ。
    
    おまえさん、もう5日も仕事に行ってないだろ?
    おまえさんが稼いでくれないと、かまのフタがかないんだよ。
    
    ウチの台所は もう大変なんだから。
    お米は切れるし お味噌みそは切れるし
    塩は切れるし 醤油しょうゆは切れるし。

 亭主:そんなに切れてんのか?まいったなぁ。
    何か切れねえもんは えのか?

 女房:切れないのは 包丁ぐらいのもんだよ。

 亭主:それは切れたほうがいいんだよ。

 女房:食べる物だって ロクに買えや しないしさ。
    おかげで ここんとこずっと おイモばっかり食べてるでしょ?
    もう おなかって しょうがないよ。

 亭主:たしかに、焼きイモだの、ふかしイモだの、
    ずっと イモばっか食ってんなぁ……。
    
    (ため息)しゃあねえ。
    いつまでも ウチでグダグダしてるわけにも いかねえな。
    
    よし、おっかあ、ちょいと神田かんだ叔母おばさんとこへ 行って来てくれ。

 女房:行ってどうするんだい?

 亭主:ワケを話して、ぜにを いくらか 借りてよぉ、
    で、帰りに くすりに寄って、そのぜにで 目薬 買って来てくれ。
    
    叔母おばさんには、目が治って 仕事に戻れるようになったら
    薬代くすりだいは ちゃんと返すって言ってな。

 女房:わかった。じゃ、行ってくるよ。

 


 

 女房:ただいま。
    
    目薬 買って来たよ。
    はい。(と言って薬の紙袋を渡す)

 亭主:オウ、ありがと。
    
    (袋から薬を取り出して見る)
    ん?こりゃ粉薬こなぐすりじゃねえか。
    目薬ってえと、てっきり水薬みずぐすりかと思ってたんだが、
    粉薬こなぐすりとはなぁ……。

    (女房に)  
    なあ おい、これは水にいて 飲みゃ いいのか?

 女房:ああ、ダメダメ!
    飲み薬じゃないってくすりさんが言ってた。
    
    使い方は 袋の裏に書いてあるから
    よく読んで その通りに使えって。

 亭主:書いてある?
    
    オイオイ、俺ぁ職人だぜ?
    字は苦手なんだよ……。
    第一、間近まぢかに持ってこねえと よく見えねえし……。
    
    ん~、どれどれ……?
    (顔を近づけて袋の裏書を見る)
    ああ、何か書いてあるな……。
    
    お、ひら仮名がなが多いな。
    これなら なんとか読めねえことは ねえか……。
    
    ん~、なになに……?
    
    えー、
    (1字1字 たどたどしく)
    「こ・の・く・す・り・は・み・み・か・き・い・つ・は・い……
    
    ああ なるほど、「このくすりみみかき一杯いっぱい」か。
    
    
    えーと それから……。
    
    ん?次の字、これ何だ?
    どっかで見たことあるような気もするんだが……。
    ん~、この字が分かんねえな……。
    
    えー、「ナントカ・の・し・り・に・つ・け・る・へ・し」……。
    
    どういうこった……?
    
    オウ おっかあ、この字、読めるか?

 女房:あたしだって読み書きなんか できないよ。
    そんな教養あったら、こんなとこへ嫁に来てないよ。

 亭主:こんなとこで悪かったな。
    
    いいから見てくれよ。
    どっかで見たことある字だと思うんだが……。

 女房:どれどれ……?
    
    あら、あたしも この字、
    どっかで 見たことあるような気がするよ。

 亭主:おめえもそうか?
    何て字だったかなぁ……?

 女房:あ!おまえさん!
    これ、お湯屋ゆやさんの暖簾のれんに書いてある字だよ!

 亭主:湯屋ゆや暖簾のれん

 女房:そうだよ!
    
    男湯おとこゆ女湯おんなゆの「おんな」って字だよ!

 亭主:ん……?
    
    おお……!
    
    そういや そうだ!
    これ「おんな」だ!なるほどな!
    
    てことは……
    
    「おんな・の・し・り・に・つ・け・る・へ・し」……。
    
    「おんなのしりに付けるべし」。
    
    
    読めた!
    
    「この薬は、耳かき一杯、おんなしりに付けるべし」!
    
    なるほど!おんなの尻に つけりゃあ いいんだな!

 


 

 語り:えー、ここで少し解説を入れておきます。
    
    この ご亭主、目薬の使用法を読んで、
    「おんなの尻に 付けるべし」と 結論づけたわけですが――
    まぁ もちろん これは間違いです。
    わずらってるのは 自分の目なのに、ご婦人の お尻に 薬つけたって、
    治るワケがありませんから。
    
    つまり ご亭主は、字を読み間違えたんですね。
    
    では 本当は 何と書いてあったのかと言いますと、正しくは、
    「この薬は、耳かき 一杯、めのしり(目の尻)――目のお尻、要は 目尻めじりに つけるべし」
    と書いてあったんですね。
    
    つまり ご亭主は、ひら仮名がなの 「め」を、漢字の「おんな」と
    読み間違えてしまったというワケです。
    「そんなの間違うか?全然 ちがう字じゃないか」と思うかもしれませんが、
    それは 現代人の感覚で。
    
    もともとひら仮名がなというのは、
    漢字を 変形させて できた字なんですね。
    ひら仮名がなの「あ」は、「やすい」という漢字、
    ひら仮名がなの「か」は、「くわえる」という漢字が、
    それぞれ 元になってるんです。
    
    では ひら仮名がなの「め」は どんな漢字が 元になってるかと言うと、
    それが「おんな」という漢字なんですね。
    
    まあ昔は、現代のように 誰もが きっちり
    読み書きの教育を 受けるわけじゃありませんし、
    職人さんなら なおさらでしょう。
    「読み書きよりも ウデをみがけ」っていう世界ですから。
    それに昔の文字というのは、だいたい 筆で こう、
    ウニャウニャと書かれていて、わかりにくいですからね。
    
    まあ そんなワケで、ご亭主は、「目の尻に 付けるべし」と書いてあるのを
    「おんなの尻に 付けるべし」と読んでしまいました。
    
    さて、どうなりますか――

 


 

 亭主:(女房に)
    オウおっかあ、ちょっと こっち来てよぉ、つんいになって
    着物まくって、ケツ出してくれ。

 女房:はァ!?
    
    (何を勘違いしたのか、照れ始める)
    ちょ……ちょいと おまえさん、
    いくら仕事 休むからって、
    こんな明るいうちから そんなこと……、
    もォ、やだよォ♥ おまえさんのスケベ♥

 亭主:だれがスケベだよ!
    おめえが いちばんスケベじゃねえか!
    
    妙な勘違いしてんじゃねえよ。
    目薬つけるから ケツ出せってんだよ。

 女房:はあ!? 何 ワケ分かんないこと言ってんのさ!
    おまえさんの目と あたしの お尻と、
    どういう関係があんのよ!

 亭主:しょうがねえだろ?
    ここに「女の尻に付けるべし」って書いてあんだから。
    
    この家に 女は おめえしか いねえじゃねえか。
    それともナニか? 俺の目ェ治すために、
    隣の おさきさんのケツ 借りろってのか?

 女房:何 バカなこと言ってんだい!

 亭主:だったら 早く おめえのケツ出せよ。

 女房:なんで そうなんのよォ……。
    あのねえ、わずらってんのは おまえさんの目なのよ?
    なのに どうして あたしの お尻に薬つけんのよ。

 亭主:知らねえよ。知らねえけど、
    ここに そう書いてあるんだから。
    
    とにかく やってみりゃ分かるよ。

 女房(ため息)しょうがないねぇ……。
    
    よいしょ。(と四つん這いになる)

 亭主:ヨシ、つんいになったな。
    
    オウ、もっと頭 下げて ケツを上げろ。
    近付けてくれなきゃ よく見えねえからよ。
    
    オーそうそう、いいぞォ。
    もっと突き出すように。
    そうだそうだ。
    
    オーシ そんなもんでいいだろ。
    
    じゃ着物まくれ。

 女房(しぶしぶ着物をまくる)
    こ、こうかい……?

 亭主:ん~?
    
    あのなぁ、それじゃ半分しか出てねえじゃねえかよ。
    ケチケチしねえで ガバっと全部 出せよ。

 女房:ケチってるワケじゃないわよ!
    恥じらいってもんが あんのよ!

 亭主:ハァ?
    
    おいおい、俺たちゃ何年 夫婦やってんだ?
    今さら おめえのケツなんざ見たところで
    なんとも思わねえよ。
    ホラ、ガバっといこうぜ ガバっと。

 女房:うるさいわねぇ……わかったわよ……。
    
    (ガバっとまくる)
    ホラ!これでいいんでしょバカ!

 亭主:(眼前に出現した 巨大な尻に 若干 驚くやら引くやら)
    おおぅ……これはこれは、
    たいそう立派な おケツで……。
    
    いやぁ、まさしく 天下てんかごうケツだぁ……。

 女房:バカなこと言ってんじゃないわよ!

 亭主:それにしても、こんな明るい所で
    おめえのケツ 見たの 久しぶりだなぁ……。
    しかも こんな間近まぢかでよぉ……。
    
    あ、おめえ こんなとこにホクロあったのか。

 女房:いいから!やるなら早くしてよ!

 亭主:分かった分かった、そんなに怒るなよ。
    
    (あらためて使用法を確認)
    えーと、「この薬は 耳かき一杯」……
    
    (女房に)
    オウおっかあ、耳かき取ってくれ。

 女房:この態勢たいせいで 取れるワケないでしょ!
    そういうことは こんな格好させる前に言いなさいよ!!
    
    耳かきだったら 長火鉢ながひばちの いちばん上の引き出しにあるから、
    自分で取ればいいでしょ!

 亭主:分かったよ。長火鉢ながひばちの いちばん上の引き出しだな。
    
    (探す)
    えーと……、オッ、あったあった。
    
    で、これに一杯分を ケツに付けろってことなんだが……
    この でけえケツの どこに付けりゃいいんだ……?
    見渡す限りケツだもんなぁ。

 女房:うるさいわねぇ。

 亭主:(お尻の穴を触って)
    やっぱり 真ん中の ここかなぁ?

 女房:キャッ!!
    いきなり どこ触ってんのよ!!

 亭主:おめえのケツってさあ、
    すけさんかくさん みたいだよな。

 女房:どういうことよ?

 亭主:真ん中に コウモン様が いる。※「黄門」と「肛門」のシャレ

 女房:くっだらねえ!!
    てゆーか アンタの お尻も 同じでしょうが!!

 亭主:なぁ おっかあ、俺の この目のやまい、何だと思う……?

 女房:なによ急に……。
    
    あたしにいたって分かんないわよ。
    お医者さんでも 薬屋さんでも ないんだから。

 亭主:俺、思うんだ。
    
    尻に薬 つけさせるってことは、このやまい――
    
    
    ケツ膜炎まくえん なんじゃねえかって。

 女房:もう うるせえよ!!
    
    何なの!?
    大工やめて 芸人にでも なんの!?
    
    いいから さっさと 薬つけなさいよ!!

 亭主:ヨーシ、じゃ、コウモン様に 付けてくぜぇ。
    
    (薬を耳かきから指にちょっと取って お尻の穴に付け始める)
    よいしょ。

 女房(くすぐったい)
    あんッ(笑) 
    く、くすぐったいッ……(笑)

 亭主:オイオイ、笑うんじゃねえよ。
    動いたら 付けにくいじゃねえか。
    少しぐらい くすぐったくても我慢しろよ。

 女房:わ、わかったよ……。

 亭主:じゃ、また付けてくぜ。
    
    よいしょ、よいしょ。

 女房(下腹に力を入れて我慢する)
    ううっ……!


 語り:さあ おかみさん、笑うなと言われたもんですから、
    下腹したばらにグッと力を入れて くすぐったいのを こらえます。
    
    さて、ここで思い出していただきたいのが、
    この家では このところ ずっと
    イモばかりを食べていた ということ。
    
    イモを食べると おなかにガスがまりますね。
    
    おかみさんのおなかも、ガスが充満して
    パンパンにっていました。
    
    そんなところへ 急に 下腹したばらへ力を入れたもんですから――
    もう お察しでしょう。
    
    おかみさん、大きなオナラを一発、
    ブーーッ!!


 女房:あ……

 亭主:(屁を顔面にマトモに浴びる)
    ゴホッ、ゴホッ……
    
    な、何しやがんだ おめえ……。
    人の顔に向けて なんか こきやがって……

 女房:だ、だって、笑わないようにガマンしたら……

 亭主:見ろ、せっかく付けた 粉薬こなぐすり
    ぜんぶ飛び散って、俺の目に入っ――
    
    
    なるほど、この薬は こうやって付けるのか。



おわり

その他の台本                 


参考にした落語口演の演者さん(敬称略)


春風亭小朝
三遊亭鬼丸
橘家文左衛門
春風亭傳枝(10代目)
露の五郎兵衛(2代目) ※上方落語


何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp

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