声劇台本 based on 落語 「
【書き起こし人 註】
古典落語をベースにしていますが、あくまでも"声劇台本"として作成しています。
なるべく声劇として演りやすいように、元の落語に様々なアレンジを加えている場合があります。
アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。
ご利用に際してのお願い等
<登場人物>
<配役> ここから本編
語り:ある冬の日のこと。
新助:(想像を絶する寒さ。生きた心地もしない)
語り:山の 新助:(あまりの寒さにガタガタ震えながら)
語り:男が 新助:(あまりの寒さにガタガタ震えながら)
語り:必死の 新助:(あまりの寒さにガタガタ震えながら)
語り:絶望の中に 新助:(人家の前。寒さと疲労で息も絶え絶え)
語り: 新助:(戸板をドンドンと叩いて)
おくま:(独白)
新助:(ガタガタ震えながら)
おくま:ああ、じゃ すぐ開けますから。
新助:(ガタガタ震えながら)
おくま: 新助:(ガタガタ震えながら)
おくま:あいにく、ここは 新助:(ガタガタ震えながら)
おくま:何 言ってんのよ。そんなに寒さでガタガタ震えてる人に、
新助:(ガタガタ震えながら)
おくま:そのかわり、見てのとおりの 新助:(ガタガタ震えながら)
おくま:そ。じゃ そこで雪 払って 新助:(ガタガタ震えながら)
語り:笠と おくま:さ、つっ 語り:女に 新助:(火に手をかざす。まさに生き返る心地)
おくま:そんなにペコペコされてもねぇ。
新助:いえもう、 おくま:山の天気は変わりやすいからねぇ。
新助:ええ。
おくま:そ。 新助:―― 語り:ふと顔を上げた新助、
新助:あの――、 おくま:――ええ。あたしも、元は 江戸の人間なの。 新助:ああ、やっぱり、さようでございましたか。
おくま:そうさねぇ――。
語り:そう言って おくま:(新助がじっと見ているので)
新助:(あわてて)ああいえ、そういう おくま:――ええ。 新助:(おずおずと)
おくま:(急に警戒するように)
新助:(女の剣幕に驚いて)
おくま:(他意は無いと見て、警戒を解く)
新助:ああ、やっぱり――!
おくま:どうして あたしのこと 知ってんの? 新助:実は、 おくま:――ほんと? 新助:ええ、そうなんです。
おくま:そうだったの――。 新助:ええ。
おくま:ほんと、不思議なことも あるものね。 新助:それにしても、 おくま:――それ、本当なのよ。 新助:――え? おくま:本当にね、したのよ――、 新助:いや、でも、 おくま:やり 語り:そう言って おくま:結局、相手の男と2人して倒れてるところを すぐに見つかって、
新助:そうでしたか――。 おくま:おまえさんが ご存じかどうか 知らないけど、
新助:なるほど――。
おくま:いいのよ。こっちの 新助:おくまさん、ですか。
おくま:それとね、おまえさん。
新助:ええ、それはもう。
おくま:ええ、そうよ。 新助:さようでございましたか。
おくま:そんな いいもんじゃないわよ。 新助: おくま:ああ、まぁ 新助:はあ、外は大変な おくま:あの程度の雪には もう慣れっこだからねぇ。 新助:すごいもんですねぇ。
おくま:あ、そうだ。
新助:ええ、それはもう。
語り:そんな話をしながら 新助は、
新助:あの、おくまさん――。これ――、
おくま:あら まあ、そんな気を 語り:その瞬間、
おくま:――。 新助:(おくまが動かないので)
おくま:ああ、そ、そうね。
新助:(恐縮して)
おくま:あ、そうだ。
新助:いえ それが、 おくま:でも、 新助:(恐縮)
おくま:いいからいいから。
語り:そうして なかば強引に 新助の遠慮を おくま:さ、召し上がれ。 新助:(湯呑を受け取って)
おくま:あら。じゃ もう お休みになったほうが いいかしらね。 新助:そうですねぇ、実は もう ずいぶんと おくま:それじゃ もう寝たほうがいいわね。
新助:いや、でも、ご おくま:いいのいいの。
新助:これはどうも、何から何まで、ありがとうございます。
語り:そう言って 新助は、 おくま:――寝たようだね。
語り:そうして おくまは、酒と 伝三郎:うーっ、さぶい!
おくま:(帰ってくる)
伝三郎:おう、おくま。おめえ 一体 どこへ――
おくま:お、おまえさん、どうしたんだい!? 伝三郎:(苦しい)
おくま:(湯呑と鍋を見て)
伝三郎:(苦しい)
おくま:あの中には、 伝三郎:(苦しい)
おくま:(涙ながらに事情を話す)
伝三郎:(返事はない。ぴくりとも動かない) おくま:おまえさん――?
語り: 新助:(恐怖)
語り:「毒を飲まされた」という意識も 手伝ってか、
新助:そ、そうだ、 語り:新助は、 新助:(護符を口に含んだまま苦しむ)
語り:部屋の奥に 目をやる。
新助:ハァ、ハァ……
語り: 新助:こ、これ以上、こんな おっかない所には いられない……!
語り:だが、先ほど おくま:アイツ、なんで あんなに動けるんだい……! 語り: おくま:(舌打ち)チッ。 語り:そう言って、すぐに飛び出して おくま:おまえさんの 語り: 新助:(必死で走っている)
語り:どこをどう走っているのか分からない。
新助:――!
語り:白い道が ぷっつりと切れている。
新助:――!
語り:後ろに鉄砲、前は 新助:なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう、
語り:――すると。
新助:う、うわぁーッ!! 語り:落ちた先には、 おくま:(舌打ち)チッ。なんて悪運の強い野郎なんだい。
新助:なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう
語り:新助を乗せた 新助:と、とうとう こんな 語り:どれくらい流されていたのか――。
新助:ハァ ハァ……。
語り:ところが 安心したのも 新助:――!! 語り:待ち構えていた おくまが、
新助:(絶望。もう祈るしかない)
おくま:(にやりと笑って)
語り:おくまが引き金を引く。
新助:ああ、助かった……。
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・
?歳。20代なかば~50代くらいかな。
江戸の商人。
日蓮宗を熱心に信仰している。
商用で甲州に来たついでに日蓮宗の本山に参詣しようとしていたところ、
道に迷って吹雪に遭い、命からがら おくまの家に身を寄せる。
信仰に篤く、誠実で朴訥な男。
温厚で礼儀正しく、言葉遣いも丁寧。
一人称は「手前(てまえ)」。独白では「俺」も
。
・おくま(セリフ数:55)
?歳。語り(というか新助?)の見立てでは「28、9歳」。
昔は「月乃兎(つきのと)」という名の花魁だった。
心中未遂→吉原脱走を経て、現在は甲州の山奥で夫の伝三郎と暮らしている。
さばさばした感じだが、元花魁だけあって、どことなく あだっぽい色気もある。かも。
道に迷った新助を 親切心から家に上げてやるが、新助の所持する大金を見て
魔が差し、その金を奪おうと画策する。
一人称は「あたし」。
・語り(セリフ数:35)
ほぼ全く笑いどころのない話なので、あまり軽妙でないほうがいいかも。
・
?歳。
おくまの夫。
口調はわりと ぞんざい。
・新助:♂
・おくま:♀
・語り/伝三郎:♂
※「新助」と「伝三郎」を男性が兼ね、「語り」を女性が演れば、♂1:♀2でできなくもありません。
【ちょっと難しい言葉】※クリックすると開いたり閉じたりします(ブラウザによっては機能しません)
後先を考えずにがむしゃらに行動すること。
その宗派を初めて開いた人(祖師)を敬う言い方。ここでは日蓮宗を開いた「日蓮」のこと。
日蓮宗や法華経系の宗派などで勤行の際に唱えられる「南無妙法蓮華経」の文句。
宿屋。旅館。
1粗末な家。
とき。時刻。
山梨県にある地名だが、ここでは「身延山(みのぶさん)」のこと。日蓮宗の総本山がある。
身体に巻くようにして羽織る袖なしの合羽。「丸合羽」とも。
粗末な出来合いの雨戸。
山梨県の富士川町青柳町にある日蓮宗の寺。山号は「壽命山」。
山梨県にある日蓮宗の本山。毒消しの護符が有名。
山梨県の懸腰寺に安置されている石。日蓮がその石に座って 恵朝という修験者と問答を行ったという故事がある。
吸い口と雁首をつなぐ管が竹でできている煙管。「ラオ」は「ラオス」のことらしい。
火の光。
計略。
手触りの柔らかい織物。
紺と茶色の2色を使った弁慶じま(チェックみたいなしまもよう)。
幼児を背負った上から羽織れる半纏。
狭くてみすぼらしい家。
11月の2回目の酉の日。
財産。資産。
11月の2回目の酉の日。
生薬(しょうやく)を売る商売。要は薬屋。
嫉妬。やきもち。
顔かたち。顔つき。
金銭などを入れて腹に巻きつける帯状の袋。
酒を温めるための鍋。
囲炉裏などの上につり下げ、それに掛けた鍋などと火との距離を自由に調節できるようにした鉤。
火事など、火急の事件を知らせるために、激しく続けて打ち鳴らす鐘。
面倒で、おっくうなこと。
座敷の隣についている小部屋。ここでは「隣の部屋」くらいの意味。
木の枝を切り取ったもの。たきぎ等に使う。
雪が積もってひさしのように突き出たもの。
船を岸などにつなぎとめておくこと。
銃を腰に当ててだいたいのねらいをつけてうつこと。
激しい
ひとりの男が、息も
(歯の根も合わないほどガタガタ震えながら)
ハァ、ハァ……
うう、さ、寒い……。
こんなに ひどい雪になるとは 思わなかった……。
こ、このままじゃあ、
ビュウビュウと荒れ狂う風に乗った 雪の
正面から叩きつけてくる。
男は 道に迷っていた。
冷たさのあまり もう ほとんど感覚の無くなった手で、
しつこく顔に 貼りつく雪を 払いのけ 払いのけ、
ハァ、ハァ……
お、お
(一心に祈る)
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう、
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう……
「お
男は
自然と この お
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう、
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう……
(日が暮れかかってきたようだ)
ま、まずい、あ、
こ、こんな所じゃ、野宿もできない……。
ど、どこかに、は、
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう、
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう……
(行く先に うっすらと 建物らしきものが見える)
――!
あ、あれは――
吹き付ける雪に
遠くに うっすらと、
あ、あれは――、
人の
最後の力を ふりしぼり、
やがて――
ハァ、ハァ……。
人の
男にとっては まさに
ご、ごめんくださいまし!ごめんくださいまし!
あら?誰だい こんな
ウチの人なら 勝手に開けて入って来るだろうし……。
(戸の外に向けて)
はーい!どなたー?
た、旅の者でございます。
み、道に迷って、
す、少しの間で かまいません、
ゆ、雪を、しのがせてもらえませんでしょうか?
(表戸を開ける)
(雪まみれで憔悴しきった男と対面)
あらまあ、ずいぶん こっぴどく降られた様子ねぇ。
は、はい。
道に迷ってしまいまして……。
あ、あの……、
どのように行けばよいのでしょうか……?
さあねぇ……
お分かりになりませんか……困ったな……。
では あの、この近くに、
(男の肩越しに外の荒れ模様を見て)
そうさねぇ……この雪じゃあ、たとえ
山に慣れた者でもなけりゃ 出かけて行くのは危ないからねぇ。
ま、ごらんのとおりのボロ
よかったら お上がんなさいな。
よ、よろしいんですか……!
あ、ありがとうございます ありがとうございます……!
もう、あの、雪が やみましたら すぐに お
それに、雪が やんだところで、もう
そんな
寝るだけでいいんなら、
え……!
あ、あの……、よ、よろしいんですか……!?
ろくに食べる物も無いし、何の お構いも できないよ?
ええもう、雪と寒さを しのがせてもらえるなら、
もう、それだけで……!
奥の座敷に 上がっといで。
何にもないけど 火だけはあるから。
あ、ありがとうございます、ありがとうございます……!
で、では、お言葉に甘えさせていただきます。
ガタつく
その下には
何やら
笠を取って 奥の座敷へ 踏み込むと、
黄色い炎が パチパチと
また あたたかい火に吸い寄せられるまま、
男は
(安堵と満足の 深い吐息)
はぁ~~~っ。
(女に)
おかげ様で 生き返りました。
ありがとうございます、ありがとうございます……!
ウチで できる おもてなしなんて、
この
いや それにしても、急に
あっという間に 右も左も 分からなくなって……、
もうダメかと思いました。
江戸から おいでになったんですって?
あ、申し遅れました。
今日は
ウチで
で まあ、
まず
次に
それから
その
いったん
この
なにしろ どっちを見ても 真っ白で、自分が どこにいるのか、
どこへ向かって歩いているのか、すっかり分からなくなってしまって――。
もう助からないと
こちらの
どうやら お
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう――
なんとなく 火に当てていた
いかにも
少しばかり
早い話が、こんな
たいそう美しい女――。
お話しになる お言葉の様子ですと、
江戸は――どちらで――?
いちばん長く
今 あらためて 光の中で見る 女の
新助は しばし ものも言わずに見つめた。
美しさに
新助が 女の顔に
――なあに?
あたしの顔に、何か付いてるかい?
(おずおずと)
あの――、つかぬ事を お
以前、
別に珍しい事でもないでしょう?
※吉原遊郭は高い塀に囲まれていた。そのため「塀の中の別世界」ということで「ナカ」とも呼ばれていた。
あの――、
ひょっとして――、
「
――!?
おまえさん、
あ、いえ、その……、
なにも これといって
お気に
――では やっぱり、本当に、
――おまえさんの言うとおり。
昔、そんな名前で
どこかで見たことがあるような お顔だと思ったんですよ。
まさか こんな所で 会えるとは、驚きました――。
覚えてらっしゃらないのも 無理は ございません。
あれは もう――、5年も前になりますか――。
一度だけ遊ばせてもらった、ただの客の一人です。
5年前の――、あれは、
友達と2人して
その時に、
遊び慣れない こんな
たいそう 行き届いた もてなしを して下さって――。
これは すぐに
ウチの
結局、一年ほども
ある時 ようやく
「
「
いやもう、ガッカリしたの なんの。
すぐに
そうこうしているうちに、
もっと とんでもない事を聞きまして。
なんでも、「
――びっくりしましてねぇ……。それに、なんだか もう、
心にポッカリ 穴が
それ以来、
まぁ そのおかげと言っては何ですが、
それなりの
――しかしまぁ、
とうに死んだと思っていた
死にそうな命を救っていただいたんですから。
これも、お
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう……
(アゴをクッと上げて)
ごらんなさいな。
これが、その時の傷。
そこには、
なまじ 白く
それは異様なほど
ゾッとするような 生々しさを
運が良いんだか悪いんだか、あたしも男も
あたしは たちまち
傷が治り次第 また
相手の男と 手紙で示し合わせて、なんとか あの
それから2人で どうにかこうにか、ここまで落ち
あの
おまえさんが あたしの昔の名前を 言い当てた時、
ひょっとしたら あたしを
それで つい
それは どうも、びっくりさせてしまって、
申し訳ありませんでした、
それからねぇ、その"
あたしは「おくま」って名前なの。
では、そう呼ばせていただきます。
江戸へ お帰りンなっても、
今は
その命の恩人の
どうか ご安心なさってください。
――ところで、さっきの お話からしますと、
その
いいですねェ――あ、いや、
「いいね」なんて言っては失礼なんですが――、
まるで芝居のようじゃありませんか。
晴れて
ご
もともとは
それを
今日も 薬を売りに出ててね。
もうしばらくしたら帰って来ると思うけど。
ご心配では ないのですか?
あの
おまえさんねぇ、ウチのが帰って来て 会った時に、間違っても、
自分は
男なんてものは、さばけたように見えて、
あれで どうして、
あたしは 別に 構わないんだけど、
おまえさんが 変に
そんな、やきもちを焼かれるような
はい、あの時の事は、腹の中に 納めておきますので、
ご心配なさいませんように。
おもむろに腹から
中から3両ばかり
今晩の お
おくまの目がギラリと光ったことに、
新助は気付かなかった。
おくまの視線は、目の前の3両から、
それが出て来た
たちどころに 他人の
「この客の持ち合わせは いくらぐらいなのか」 「どのくらい遊べる客なのか」、
それを
その
あの中には、まだ100両ばかり入っている――。
それだけの金があれば、こんな山奥での貧乏暮らしとは おさらばして、
おくまの心に、つい
どうしました?おくまさん。
気を
どうか、お受け取りください。
せっかくの お
それじゃ、ありがたく いただいとこうかしら。(受け取る)
こういう物を もらったからって
何か 口に入れる物の ひとつでも 出してあげたいと思うんだけど――、
なんにも なくってねぇ――。
いえもう、何も おかまいなく。
おまえさん、お酒は いけるクチかい?
決して嫌いな
わずかばかりの酒で すぐにポーッと なってしまう
ここいらの
そうだ、玉子酒にしたら、口あたりも やわらかくなって、
それ
ちょっと待ってて。玉子酒、作ったげる。
いえ ほんとにもう、そんな お手間をいただかなくても――
そんな手間ってほどの もんでもないよ。
じゃ すぐに支度するからね。
おくまは
やがて、酒の入った
それを
上から卵の黄身を2つばかり ぽんぽんと落とし、
おくま 手ずから かきまぜる。
そうして できた玉子酒を、
ありあわせの
新助に 手渡してやる。
ああ、これはどうも。
ほんとに
ほんの
(熱いので冷まして 少し飲む)ふーっ、ふーっ、ズズッ。ふう……。
いやぁ、けっこうな お酒ですねぇ。
お
(また少し飲む)ふーっ、ふーっ、ズズッ。ふう……。
しかしまぁ、人間の運というのは、分からないものですねぇ。
雪の中で 息もできないほど
しばらく
あったかい玉子酒を 振る舞ってもらっている――。
本当に、
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう……。
(また少し飲む)ふーっ、ふーっ、ズズッ。ふう……。
(酒が入ったからか、ほんの少し 打ち解けた気分になる。)
(おくまの顔をしげしげと見て)
それにしても――、
あの頃と 少しも変わらず お
あ、いや、気を悪くされたら、
けど、
もちろん あの当時は、今とは違って、お
ですからまぁ、絵で言いますと――、
あの頃は 華やかな
今は しっとりと上品な
そういったところでしょうか――。
ああ、こりゃどうも、
酒の上での
(また少し飲む)ふーっ、ふーっ、ズズッ。ふう……。
(酔いと疲労と眠気が ドッと押し寄せる)
ふぅ……。いやぁ、ちょいと
まだ半分ほど 残っちゃいるんですけど、
この
いや もう
情けないもんで、酒を やると、すぐに こう なっちまうんで。
もう ほら、血のめぐりが 良くなりすぎたみたいで、
手足の先なんか、ピリピリ
ご
どうにも もう、座っているのも
雪の中 歩き回って、疲れも出たんでしょ。
いいのよ、
帰って来たら あたしから よろしく言っとくわ。
(奥の襖を指して)
そこ開けて
その
ひと晩くらい、あたしと
そのへんで寝られて、悪い
では、お言葉に甘えまして、お先に 下がらせてもらいます。
どうぞ、ご
それでは、おやすみなさいまし――。
よたよたと よろけながら
おくまが
かすかに
それにしても――
(湯呑の中を見る)
(舌打ち)チッ。半分しか飲まなかったのか。
2、3杯も飲んでくれりゃあ、すぐにも仕事に取り掛かれたってのに。
まぁでも、あれだけでも効き目は じゅうぶんだろ。
(鍋に残った玉子酒を見て)
まったく、こんなに たくさん作るんじゃなかったよ。
もうすぐ ウチのが帰って来る頃合いだけど、
あの人に飲ます酒、全部 使っちまったじゃないか。
玉子酒じゃあ、嫌がるだろうねェ……。
外は雪だし、
まぁでも、寒い中
何 言われるか 分かったもんじゃないし、
しょうがない、取りに行くかねぇ――。
(囲炉裏を見て)
火も弱まってきたし、ついでに
表の
そこへ入れ違いに、この
おう、
(雪を払いながら)
いやー まいった まいった、たいそうな雪だぜ。
(返事が無い)
ん?
おくま?
今
(座敷へ上がるが おくまはいない)
あれ?いやがらねえ。
おくまのヤロウ、どこ行ったんだ?
(座って囲炉裏に当たりながら手をこすり合わせて)
うう、寒い 寒い。ひでぇ雪だったなぁ。
ん?
おくまのやつ、
(囲炉裏にかかっている鍋を見て)
ん――?何だこりゃ――?
玉子酒――?
フン、いい気なもんだな。
カカアは
(湯呑を見て)
なんだよ、
すっかり
(一気に飲み干す)
グイグイ。ぷはぁーっ。
(おいしくなかった)
もともと玉子酒なんざ 好きじゃねえが、
それの
この
ま、こんなモンでも
じゃ
(少し冷まして 呑む)ふーっ ふーっ、グイグイグイグイ……ぷはぁーっ!
味は
どれ、もう一杯。
(鍋から湯呑に移して飲む)
ふーっ ふーっ、グイグイグイグイ……ぷはぁーっ!
(やっぱりおいしくない)
多少
ま、それでも
(何気なく壁を見上げる)
――ん?
見慣れねえ 笠が掛かってんな。
誰か来てんのか――?
あら おまえさん、帰ってたのかい?
(急な苦痛)
――!!
(身体が痺れて苦しい)
ううっ!ううっ!!
ううッ ぐッ がァッ……!
こっ、こりゃあ、ど、どういうこった……!?
――!!
お、おまえさん、まさか……、
この玉子酒、飲んだのかい!?
の……のんだ……。
そッ……、それが……、ど、どうした……!?
な、なん……だとォ……!
てッ……てめえ……!
て、
ち、ちがう!ちがうよ!
違うんだよぉ……!
道に迷った男を 上げてやったら、
その金 ふんだくろうと思って、
おまえさんが
その金があれば、こんな山奥 ぬけ出して、おまえさんと
おまえさん、今、
大丈夫かい!?
(反応がない)
おまえさん――!
やだよ 死んじゃ……!
おまえさん!おまえさん!
おまえさーん!!
――さて、
そこからは 騒ぎの様子が気になって 聞き耳を立てていたので、
おくまの告白を すっかり聞いてしまった。
な、なんて事だ……!
あ、あの玉子酒に、毒が……!
手足の
の、飲んだ量が少ないから まだ生きちゃ いるが……、
このままじゃあ、今に俺も 死んじまう……!
ど、どうすれば……!
にわかに 苦痛も ひどくなり、
飲みつけない酒による
次第に
この
その昔、
その犬が 生き返ったという
本来は 外の
新助は
だが水も無しには、なかなか
むぐッ、むぐぐッ……!
そこは
それでも必死の新助は、
肩から
その勢いで、新助の
これ
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう、
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう……!
手足も どうにか 動かせるようになった。
逃げないと……!
逃がしゃしないよ!
おくまは くるっと
そうして座敷を通り抜けて
言うまでもなく、
それを
頭に血の
ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ ……!
(ふと振り返ると、おくまが追ってくる)
――!!
あの女、追っかけて来る……!!
逃げなきゃ、逃げなきゃ……!
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう、
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう……!
とにも かくにも、恐怖のあまり、
お
途中、足の運びが 重くなった。
上り坂に 差し掛かったらしい。
ここに来て 上りは
どうにか
その先は――
そ、そんな――
そこは
下に流れるのは、
絶望した 新助が 後ろを振り返ると、なんと
おくまの姿が 次第に 近づいて来るのが見える。
あの女、鉄砲を持ってる――!
お、追いつかれたら、撃ち殺されてしまう――!!
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう……!
新助が立っていたのは
突然 足元から ドドッと崩れ落ちた。
雪が衝撃をやわらげ、新助は
雪と新助が 落ちて来た勢いで ブツリと切れ、
その様子を、すんでの所で 追いつき
まぁいいさ。
流れが速いったって、この川は ぐねぐね 曲がりくねってる。
(筏が岩にぶつかる)
うわあッ!
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう
(また何かにぶつかる)
うわあッ!
そして曲がり
バラバラになっていく。
しばらく前まで
それでも新助は 必死で それにしがみつき、お
お
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう、
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう……!!
にわかに 流れが静かになった。
どうやら わずかばかりの入り江に出たらしい。
い、生きてる……。
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう……
新助が ふっと顔を上げて 左手の
鉄砲を
ものの
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう、
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう、
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう、
なんみょう ほーれん げーきょう、なんみょう ほーれん げーきょう……!!
来たね……!
さあ、くたばっちまいな!
ダーーーーーーン!!
その刹那、どういう
新助も
――と、
カチーーーーーーン……!!
――と 当たった。
――やがて、ぽつり ぽつりと
お
(丸太をぽんぽんと叩いて)
こいつが ひとりでに沈んでくれたおかげで、
ああ――、
おザイモクに 救われた。
※「材木」と「お題目」の洒落。
おわり
参考にした落語口演の演者さん(敬称略)
林家彦六
三遊亭圓生(6代目)
金原亭馬生(10代目)
古今亭志ん生(5代目)
立川談志
三遊亭圓橘(6代目)
入船亭扇辰
五街道雲助
柳家権太楼(3代目)
三遊亭圓窓(6代目)
林家正雀
春雨や雷蔵(4代目)
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