声劇台本 based on 落語

百年目ひゃくねんめ — 声劇ver. —


 原 作:古典落語『百年目』
 台本化:くらしあんしん


  上演時間:約110分


【注意】

声劇用に大きくアレンジしています。元の落語「百年目」とはかなり違っています。
ですので、本式の落語用のテキストとしては向かないかと思います。ご注意ください。


アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。



ご利用に際してのお願い等

・上演を公開される際は、観覧無料の媒体のみで行うようお願いします。
 観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
 配信者へ 金銭または換金可能なアイテムやポイントを贈与できるシステムの有無は問いません。
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<登場人物>

喜助きすけ(セリフ数:191)
 ?歳。30代なかば~40代くらいかな。
 とある大店の番頭。
 幼少期からずっと住み込みで奉公しているベテラン。
 とても有能・真面目・厳格で、他の奉公人に対しても厳しい。
 しかし、実は芸者遊びが好きという裏の顔がある。
 店の主(旦那)のことは 心から畏れ 敬っている。
 一人称は「わたし」。馴染みの芸者の前や 独白では「俺」も。主の前では「手前(てまえ)」。
 ※終盤、熱いお茶をすする場面が何度かあります。
  口だけだと表現しにくそうであれば、
  あらかじめ飲み物とコップ等を用意しておくほうが
  ストレスなくできるかもしれません。



旦那だんな(セリフ数:72)
 ?歳。60代~70代ぐらいかな。
 喜助たちが奉公する大店の主。
 温厚で物腰やわらかく、やさしい。
 いつもニコニコ 目を細めているイメージ。
 喜助のことは、「筆頭番頭」としてリスペクトしており、敬語で丁寧に話す。
 ※特に最終盤、喜助とふたりきりになる場面では、
  喜助への思いやり・感謝・敬意たっぷりに、
  優しくじっくり言い聞かせてあげてください。

 一人称は「わたし」。
 ※終盤、熱いお茶をすする場面が何度かあります。
  口だけだと表現しにくそうであれば、
  あらかじめ飲み物とコップ等を用意しておくほうが
  ストレスなくできるかもしれません。



定吉さだきち(セリフ数:80)
 10歳前後。
 喜助が番頭を務める店の小僧。
 あまり 出来のよくない小僧。
 サボり癖がある。
 怒られると すぐにベソをかく。
 一人称は「オイラ」。
 最後の最後にも 少しだけ出番がありますのでご注意ください。



一八いっぱち(セリフ数:27)
 ?歳。20代なかば~50代くらいで好きなように。
 喜助の馴染みの幇間(たいこもち)。
 落語に出てくる幇間といえば だいたいこの名前。
 客をヨイショして盛り上げる職業の人。
 とにかく陽気でお調子者。
 あまり空気を読めるほうの芸人ではないらしい。
 声がでかい。
 一人称は「アタシ」(別にオネエではない)(オネエにしてもいいけど)。



胡蝶こちょう(セリフ数:38)
 ?歳。ご婦人の年齢を詮索するもんじゃありませんやね。
 喜助の馴染みの芸妓(げいこ)さん。
 喜助のことは親しみをこめて「喜ィさん」と呼ぶ。
 胡蝶にとって喜助は客だが、長い馴染みなので、わがままを言ったり
 甘えたり、馴れ馴れしくしたりする。
 一人称は「あたし」。



藤助とうすけ(セリフ数:48)
 ?歳。30代なかば~後半くらいかな。
 喜助が番頭を務める店の手代。
 二番番頭格で、いちおう喜助の後継者候補。
 今のところ能力は喜助に ほど遠く、また遊び好き。
 一人称は ふつうは多分「手前」とかなんだろうけど、この台本の中では「俺」しかないような。



玄白げんぱく(セリフ数:10)
 ?歳。旦那と同年配くらいかと。
 たぶん医者。
 喜助の主の友人。
 風流で 世慣れた お年寄りという感じ。
 一人称は「わたし」。



茂三しげぞう(セリフ数:5)
 ?歳。20代~30代前半くらいかな。
 喜助が番頭を務める店の手代。
 特に仕事熱心でもない若いやつという感じ。



・語り(セリフ数:29)
 丁寧口調の語り。
 セリフの数は少ないですが、1つ1つのテキスト量は多めです。







<配役>

・喜助:♂ ※マーカーを施した台本はこちら もしくは こちら
・旦那/一八/茂三:♂ ※マーカーを施した台本はこちら もしくは こちら  
・定吉/胡蝶:♀ ※マーカーを施した台本はこちら もしくは こちら
・語り/玄白/藤助:♂ ※マーカーを施した台本はこちら もしくは こちら


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【ちょっと難しい言葉】※クリックすると開いたり閉じたりします(ブラウザによっては機能しません)
  • 番頭(ばんとう)
    商家の使用人のうち、かしらとして店の万事をとりしきる者。

  • 所帯を持つ(しょたい を もつ)
    結婚して家庭を持つこと。

  • 手代(てだい)
    商家の使用人のうち、番頭と小僧との中間の使用人。

  • 小僧(こぞう)
    商家や職人に奉公する少年や幼年者。上方では「丁稚」。

  • 家政(かせい)
    ひとつの共同体の経済や生活の管理や処理。

  • 打ち水(うちみず)
    涼を得たり、土ぼこりが舞い上がるのを防ぐため、道や庭先に水をまくこと。

  • 紙縒(こより)
    細く切った紙をひねってひも状にしたもの。

  • 火箸(ひばし)
    炭火などをはさむのに使う、金属製のはし。

  • 寄せ算(よせざん)
    足し算のこと。

  • 俥(くるま)
    人力車のこと。

  • 湯屋(ゆや)
    お風呂屋さん。銭湯。

  • 義太夫(ぎだゆう)
    「義太夫節(ぎだゆうぶし)」のこと。浄瑠璃の一種。三味線の伴奏に合わせて物語を語る。

  • 茶屋(ちゃや)
    ここでは、芸妓(げいこ/げいぎ)さんが客をもてなす、大人の社交場。

  • 幇間(ほうかん/たいこもち)
    酒宴の席に出て、客の機嫌を取り、座をにぎわす男芸者。

  • 訓戒(くんかい)
    教えさとして、いましめること。

  • 謹厳実直(きんげんじっちょく)
    非常にまじめで、冗談や浮わついたことを好まず、誠実で正直なこと。

  • 四角四面(しかくしめん)
    生真面目で堅苦しいこと。

  • 朴念仁(ぼくねんじん)
    不愛想で頭の堅い人。また色恋や異性との交遊に疎い人。

  • 屋形船(やかたぶね)
    屋根があり座敷をしつらえた大型の和船。

  • 町(ちょう)
    長さの単位。1町は約109メートル。

  • 紋付(もんつき)
    家紋の入った着物。

  • 雪駄(せった)
    底に皮を張った ぞうり。

  • 下帯(したおび)
    要は ふんどしのこと。

  • 天竺木綿(てんじくもめん)
    平織りで、やや厚手の木綿織物。

  • 肌襦袢(はだじゅばん)
    着物の中に着る肌着、インナーのこと。

  • 大津絵(おおつえ)
    江戸時代、大津の追分、三井寺の辺りで売られていた軽妙な筆致による民芸的な絵

  • 長襦袢(ながじゅばん)
    着物と同じ丈で、着物の下、肌着(肌襦袢)の上に着るもの。

  • 結城(ゆうき)
    「結城紬(ゆうきつむぎ)」の略。茨城県結城地方で作られる丈夫な絹織物。

  • 対(つい)
    着物と羽織りを同じ布地で仕立てたもの。

  • 綴れ(つづれ)
    「綴れ織り(つづれおり)」のこと。色のついた糸をいくつも使い、カラフルな模様を出した織り方。

  • 八幡黒(やわたぐろ)
    黒く染めた柔らかい革。 山城国(京都府)の八幡に住む神人らが作ったという伝説から。

  • ベタガネ
    雪駄の踵に付ける金具。「チャラガネ」とも。

  • 船宿(ふなやど)
    屋形船や釣船を貸し出す施設。

  • 舫い(もやい)
    船を岸辺の杭などに繋ぎとめておくための綱。

  • 肌脱ぎ(はだぬぎ)
    和服の袖から腕を抜いて上半身を出すこと。

  • 毛氈(もうせん)
    獣の毛の繊維に加工して、織物のように仕上げたもの。敷物にする。

  • 花衣(はなごろも)
    花見のときに着る衣装。

  • 花筵(はなむしろ)
    要は、花見の席に敷く敷物。

  • へべれけ
    ひどく酒に酔っているようす。泥酔。

  • 目隠し鬼
    手ぬぐいなどで目隠しをした鬼が、逃げ回る者たちを手探りで捕まえる鬼ごっこの一種。逃げる者たちは「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」などとはやす。

  • 清元(きよもと)
    「清元節(きよもとぶし)」の略。浄瑠璃の一種。三味線に合わせて語るが、唄に近い。

  • どじょう踊り
    「どじょうすくい踊り」のこと。安来節に含まれる滑稽な踊り。

  • 鬼の霍乱(おに の かくらん)
    ふだんきわめて健康な人が珍しく病気になることのたとえ。「霍乱」は日射病のこと。

  • 銖(しゅ)
    昔の重さの単位。1銖は約0.6グラム。

  • 葛根湯(かっこんとう)
    漢方薬の1つ。かぜ薬として知られ、ひき始めによく使われる。

  • 輾転反側(てんてんはんそく)
    眠れず、寝返りばかり打つこと。

  • ドクニンジン
    セリ科の有毒植物。古代ギリシャでは罪人の死刑に用いた。ソクラテスの処刑に用いられたことで有名。 江戸時代の日本には自生していなかったようだ。

  • ソクラテス
    古代ギリシアの哲学者。プラトンの師。賢人と呼ばれる人々に 次々に問答をふっかけては論破してその無知を指摘するというヤベえ活動をライフワークとしていたため敵を増やし、最終的に裁判にかけられて死刑になる。そのときに飲んだのがドクニンジンと言われている。

  • 帳場(ちょうば)
    商店や宿屋などで、勘定をしたり帳簿を付けたりするところ。

  • 朝餉(あさげ)
    朝食。

  • 煙草盆(たばこぼん)
    喫煙具一式をのせてある盆や容器。

  • 寺方(てらかた)
    寺院に関係のある方面。 寺関係。

  • 天竺(てんじく)
    インドの古い呼び方。





ここから本編




 語り:時は江戸。
    とある大店おおだな商家しょうかに、「喜助きすけ」という、
    たいへん厳格げんかく番頭ばんとうさんが おりました。
    幼い時から この店に奉公ほうこうし、
    長年ながねん 一生懸命 商売の修行を積んできた古株ふるかぶ
    いまだに所帯しょたいを持つことも せず、
    ずっと住み込みで 店に尽くしてはたらいているという、
    筋金すじがねりのたたげ。
    その仕事ぶりには 無駄むだすきも無く、
    万事ばんじ テキパキと 抜かりなく こなすため、
    あるじからの 信頼も すこぶる厚いものですから、
    手代てだい小僧こぞうたちの指導に 帳簿ちょうぼの管理、
    ては 家政かせいの仕切りに至るまで、
    もはや店の一切いっさいを 任されているのです。
    
    こうして、いまや実質
    このの全てを一手いってにあずかるちょうとして、
    文字通り 店に"君臨くんりん"する喜助。
    日々、大勢おおぜいいる奉公人ほうこうにんたちをたばね、
    彼らのはたらきに 目を光らせているのですが、
    喜助自身が たいへん有能で几帳面きちょうめんなだけに、
    みなの仕事ぶりには 歯がゆいところも多く、
    日夜にちや小言こごと・説教が絶えないのでした。

 


 

 喜助:(店の者たちに)
    さあ おまえたち、もう店をける時間だぞ!
    ちゃんと準備は できてるだろうな!
    
    ん――
    (小僧の亀吉に)
    こら亀吉かめきち
    なに ホウキを片づけようとしてるんだ!
    全然 掃除が できてないじゃないか!
    そこの かどの所、ホコリがまってる。
    隅々すみずみまでキレイにしろって いつも言ってるだろ!やり直し!
    
    (小僧の常吉に)
    こら常吉つねきち
    何をボーッと つっ立ってんだ!
    仕事は いくらでもあるだろ!
    手がいたんなら、「次は何をしましょうか」ぐらい言ったらどうだ!
    ったく……。
    ホラ、今日は暑いから、打ち水してきなさい。
    
    (小僧の新吉に)
    こら新吉しんきち
    反物たんものを 引きずってはこぶんじゃない!
    大事な商売しょうばいものなんだから、丁寧に扱いなさい!
    
    (手代の久蔵に)
    ああ久蔵きゅうぞう、やっと帰って来たのか。
    遅いんだよ。一軒いっけんつかいに どれだけ かかってるんだ。
    次は 堀川ほりかわ様んとこだ。グズグズするんじゃないぞ!
    
    (手代の清吉に)
    こらこら清吉せいきち
    なんだ その着物の着方きかたは!そんなに前を はだけさせて!
    これから お客様の前に立つのに、そんな身だしなみでどうする!
    
    まったく どいつもこいつも……!
    
    (定吉に)
    定吉さだきち、おまえは何をしてるんだ?

 定吉:はい。紙縒こよりを作ってます。

 喜助:おお そうか。
    100本 作るように言いつけてあるんだったな。
    どのくらい できた?

 定吉:はい。もう、96本です。

 喜助:そうか、それは なかなか手際てぎわが いいようだな。
    じゃあ あと4本で100本か。

 定吉:いえ、もう96本で100本です。

 喜助:じゃあ4本しか 作ってないんじゃないか!
    まったく、なにを チンタラやってるんだ!

 定吉:す、すみません……。

 喜助:どうせ またサボってたんだろう。
    おまえは 人が見てないと すぐにサボるからな。
    (定吉の膝のところに何かがある)
    ん――?おまえのひざの所に 何かあるな。
    (取り上げて)
    なんだ これは?

 定吉:あっ!

 喜助:(紙で作った動物のようなものだ)
    まったく、こんな事だろうと思った。
    紙縒こよりを作れと言ったのに、こんなものを作ってたのか。
    
    あのな、紙縒こよりというものは、
    書付かきつけ帳面ちょうめんじるための 大事な商売道具なんだ。
    その大事な物を作らずに、どうして馬なんか作ってるんだ!

 定吉:うま……?
    (吹き出す)
    ぷっ。あははははは。

 喜助:何がおかしい!

 定吉:番頭さん、それ、馬じゃありませんよ。

 喜助:え?

 定吉:ほら、ツノが 2本 はえてるでしょ?
    馬に ツノなんて はえてないでしょ?
    これ、馬じゃなくて、鹿ですよ。

 喜助:し、鹿……?

 定吉:馬と鹿を まちがえるなんて、
    これがホントの「馬鹿バカ」ですね!

 喜助:(怒声)
    コラ!!!!

 定吉:わぁっ!

 喜助:大人に向かって 何が馬鹿だ!!

 定吉:ご、ごめんなさい……!

 喜助:これが馬だろうが鹿だろうが、そんな事は どうでもいい!
    言われた事を ちゃんとやれと言ってるんだ!
    
    おまえは いつもそうだ。
    昨日きのうも そうだったな。
    火鉢ひばちまわりを掃除しておけと言ったら、おまえ何してた?

 定吉:(怠慢を掘り返されるのが気まずくて口ごもる)
    えっと、その……

 喜助:身に覚えがあるだろう。
    言ってみなさい。

 定吉:あの……その……

 喜助:いいから言ってみろと言うんだ。
    おまえは、何をしていたんだ?

 定吉:(しぶしぶ)
    あの……、ひ、ひばしを……

 喜助:ああ 火箸ひばしを使ってたな。
    火箸ひばしを どうしてた?

 定吉:ひ、ひばしを……、
    鼻の穴に、つっこんで……

 喜助:そうだったな。
    左右の鼻の穴に それぞれ、
    火箸ひばしを1本ずつ突っ込んでたな。
    
    それから?

 定吉:それから……、
    
    くびを ふって……

 喜助:火箸ひばしを 鼻に突っ込んで 首を振ってたな。
    どうして首を振ってたんだ?

 定吉:く、くびを ふったら、ひばしと ひばしが あたって、
    チリンチリンて音が なって、おもしろくて……
    

 喜助:どうしたら そんな意味不明な遊びを 考え付くんだ……。
    
    あのなぁ、遊ぶために 店に置いてもらってるんじゃないんだぞ?
    奉公ほうこうを何だと思ってるんだ!いい加減にしろ!

 定吉:ご、ごめんなさい……

 喜助:子供だからって、いつまでも甘えてるんじゃない。
    まったく おまえには ほとほとあきれたもんだ。
    いったい いつになったら 人並のはたらきが できるようになるんだ。
    用事を3つ言いつければ 必ず1つは忘れるし、
    つかいに出せば かねを落として 帰って来るし、
    もう半年になるのに いまだに二桁ふたけたざんが できない。
    そんな事で、まともな商売人に なれるか!
    もっと身を入れて やらないとダメだろうが!

 定吉:(泣き出す)
    うっ……うっ……

 喜助:(ため息)ちょっと説教すると そうやって すぐベソをかく。
    泣くぐらいなら、最初から ちゃんとやればいいだろう。
    あんまり役に立たないようなら、旦那様に言って、
    いえへ帰したっていいんだぞ?

 定吉:(ベソかきながら)
    そ、それだけは ごかんべんを……

 喜助:まったく……。
    じゃあ いつまでも泣いてないで、
    早く紙縒こよりを仕上げなさい。いいな?

 定吉:(ベソかきながら)
    は……はい……

 喜助:(手代の茂三に)
    茂三しげぞう、おまえ ひまそうにしてるな。
    わたしが頼んどいた 加賀屋かがやさんへの手紙、どうしたんだ?

 茂三:ええ。もう書きました。

 喜助:書いて どうしたんだ?

 茂三:ええ。
    書いて、ここに置いてあります。

 喜助:どうして置いてある?
    書いたなら、なぜ出さないんだ?

 茂三:ええ。
    出さなきゃと思って、小僧に言いつけようとしたんですが、
    どいつもこいつも 手がふさがってるようなので。

 喜助:(眉間にぐっとシワが寄る)
    小僧の手がふさがってるから 出してない――
    (皮肉)
    茂三しげぞう おまえ、知らないうちに
    ずいぶん いい身分に なられたようだねぇ。
    手紙1本 出すのに、てめえは立ち上がることもなく、
    小僧をアゴで使う立場に おなりになったか――

 茂三:(恐縮)
    いや……その……

 喜助:おまえ、なんか勘違いしてるんじゃないか?
    手代てだいだからって、おまえが亀吉かめきち常吉つねきちより
    ずっと偉いってわけでもないだろ。
    少しばかり長く この店にいて、
    小僧と呼ぶには 図体ずうたいがデカくなりすぎた、
    それだけじゃないか。中身は小僧と 少しも変わらない。
    人に物を言いつけるなんて 10年 早いんだよ。
    手紙の1本や2本、小僧の手がいてないんなら、
    自分で出しに行け!

 茂三:も、申し訳ありません!
    ただいま行ってまいります!(慌てて出ていく)

 喜助:(手代の藤助に目を留めて)
    なんだ藤助とうすけ
    おまえさん、他人ひとが叱られてるのを見て、なに笑ってるんだ。
    ずいぶん余裕を見せてるがね――
    わたしが なんにも知らないとでも思ってんのかい?

 藤助:え――

 喜助:(正座して。藤助に。自分の前を示して)
    藤助とうすけ。ちょっと ここにすわんなさい。

 藤助:(喜助の前に正座して)
    は、はい――
    
    あ、あの――、わたしが、何か――

 喜助:おまえさん、ここんとこ ちょくちょく、
    夜中に お出かけの 様子だね。

 藤助:ギクッ。

 喜助:なにが 「ギク」だ。
    
    昨夜ゆうべも そうだったねぇ。
    夜中も ずいぶんふか刻限こくげん
    ウチの前で くるまが いくつか止まる音がする。
    何人かの 人の気配や話し声もする。
    「大将 今日は どうも」だの、「また近いうちに」だの。
    女の声も聞こえたな。キャンキャン高い声でもって、
    「今夜も楽しかったわァ」だの
    「また呼んでちょうだいねェ」だの。
    
    そうやって、一団の気配が 遠ざかったと思うと、
    ウチの表戸おもてどあまだれみたいに トントンたたく音がする。
    心得こころえていたのか、定吉さだきちがスッと出て来て 戸をける。
    で、入って来たのが、おまえさんだ。
    
    わたしは ちょうど 便所はばかりへ起きたところでね、
    見てたんだよ、階段脇かいだんわきから。

 藤助:そ、そうだったんですか――

 喜助:ずいぶんと派手はでな お召し物を お持ちなんですねぇ。
    それが 姿形なりに似合わず コソコソコソコソ、
    ぬすみたいに 部屋へ引っ込んで行って――
    
    おまえさん、昨夜ゆうべのあれは、どこ行って 帰って来たんだい?

 藤助:いや、あの、その――、ええと――
    
    お、お湯屋ゆやへ 行ってまして――

 喜助:(疑い)
    湯屋ゆやァ?
    あんな遅い時間に やってる湯屋ゆやが あるって言うのかい?

 藤助:あ、いえ、その……、お湯屋ゆやには、
    もうちょっと早い時間に 行ったんですけど……

 喜助:まあ そうだろうね。それで?

 藤助:それで……、
    
    その お湯屋ゆやで、近江おうみの番頭さんに 会いまして……

 喜助:ほう、近江おうみの番頭さんに。
    それで?

 藤助:それで……、
    
    その番頭さんが おっしゃるには、
    今晩 ウチの旦那様が 義太夫ぎだゆうの会をなさる と。
    で、客入りが あまり良くないから、
    おまえさん よかったら来てくれないか と。
    ですので、その義太夫ぎだゆうの会を 聴きに……

 喜助:ほう、それは いい事を したね。
    けど 義太夫ぎだゆうの会が あんな夜中まで あったのかい?

 藤助:いえ、義太夫ぎだゆうの会は もう少し 早い時間に終わったんですが……、
    
    まあ その、番頭さんが、退屈な会に来てもらって すまなかったね と。
    で、退屈なおしに 一杯 行こうと おっしゃるもので……

 喜助:なるほど、番頭さんと 一杯 みに行ったと。
    でも帰って来た時、他にも人が いらっしゃったね。
    女の人も いたな。しかも みんな くるまで送ってもらって。
    あれは どういうことだい?どこへ行ってたんだい?

 藤助:いや、どこって……。
    
    ですから その……、
    
    ねえ?

 喜助:何だよ。行ったのは おまえさんだろ?
    どこ行ってたんだ?言ってみなさい。

 藤助:ですから、その……、
    
    お茶屋に……

 喜助:お茶屋?
    あんな夜中に、お茶っ葉を 買いに行ったのか?

 藤助:(苦笑い)違いますよぉ、やだなぁ 番頭さん……。
    この流れで お茶屋と言ったら、
    そういう お茶屋じゃなくて……、
    
    ねえ?

 喜助:だから何なんだよ。
    そういう お茶屋じゃないなら、
    どういう お茶屋なんだ。

 藤助:ですから……、
    
    芸者げいしゃとか、幇間たいこもちとかを……

 喜助:ゲイシャ?医者いしゃ
    医者いしゃってのは、どんな医者なんだ?
    下手な医者か?

 藤助:いや、そうじゃなくてですね――

 喜助:タイコモチってのは どんなもちなんだ?
    煮て食うのか 焼いて食うのか?

 藤助:(苦笑)いや、ですから……、
    
    もう、よしてくださいよぉ。
    
    お座敷ざしきあそびの相手をしてくれる、
    芸人げいにんやら ご婦人ふじんやら ですよぉ。
    (ニヤニヤしながら)
    番頭さんだって、たまには そういう お茶屋で お遊びになること、
    あるでしょ?

 喜助:(怒る)
    馬鹿な事を 言うんじゃない!
    はばかりながら この喜助、
    この店へ 奉公ほうこうに入って このかた
    商売しょうばい一途いちず仕事しごと一筋ひとすじだ!
    
    そりゃねぇ、わたしだって、おまえさんの言う 茶屋が
    ただの茶屋じゃない事ぐらい 分かるよ。
    だがね、わたしは このとしになるまで、
    そんな茶屋に上がった事なんか 一度も無い。
    なぜだか分かるか?
    そんな遊びを覚える前に、一廉ひとかどの商売人として、
    一通ひととおりの仕事や心得こころえを 身に付けなきゃならんと思ってるからだ。
    
    おまえさんは どうなんだ?
    そうやって毎晩 遊び歩く余裕があるほど、
    商売人として 一丁前いっちょまえになったのか?

 藤助:(しょげる)
    いえ、あの……、
    
    面目めんぼく次第しだいも、ございません……。

 喜助:な出かけて 遊んで帰って、
    寝不足なんだろう、朝になったらボーッとして。
    お客様の応対おうたいをしてる時も、まるで身が入ってない。
    
    あのねぇ藤助とうすけ、おまえさんも 今じゃ二番にばん番頭格ばんとうかくだろ?
    わたしに もしもの事があったり、のれんけしてもらって 独立したりしたら、
    おまえさんが ここを預かる事になるんだぞ?
    そうやって遊びほうけてて、店のたばねが できると思ってんのか!

 藤助:(恐縮)
    あい……すみません……。
    以後、つつしみますので……。

 喜助:ったく……。
    
    もう いい。
    もういいから、仕事に戻りなさい。

 藤助:(足がしびれて立てない)

 喜助:ん――?何してるんだ?
    早く立って 仕事に戻りなさい。

 藤助:(足がしびれて立てない)

 喜助:何をしてるんだよ。
    早く仕事に戻れと言ってるだろ!

 藤助:そ、それが……、
    
    足がしびれて、立てませんで……

 喜助:(ため息)情けない……。
    これしきの正座で 足がしびれるなんて、それでも商売人か。
    (小僧に)
    定吉さだきち亀吉かめきち
    両脇りょうわきから 抱えて、立たせてやりなさい!
    
    まったく、どいつもこいつも、頼りない事 この上ない。
    
    (みんなに)
    わたしは これから 麹町こうじまちの お屋敷やしきほう商談しょうだんで行って来る。
    帰りは遅くなるかもしれないが、旦那様にかれたら、そう言っといてくれ。
    おまえたち、くれぐれもサボるんじゃないぞ。
    気を入れて あきないに せいを出すように。
    じゃ行って来る。

 定吉:いってらっしゃいまし!

 藤助:行ってらっしゃいまし!

 定吉:(コワい番頭がいなくなって、緊張がゆるむ)
    はぁ~、今日も こってり しぼられたぁ……。

 藤助:ホント、きびしい人だよなぁ。
    おまけに めちゃくちゃ おカタいと きてる。
    まったく息が詰まるよ。
    (痺れた足が痛い)
    いててて、あ~、足 いてえ。

 定吉:もう帰って来なきゃいいのになぁ。

 藤助:(苦笑)おいおい、言うねぇ。
    そういうわけにも いかないだろ。
    番頭さんにしか分からない仕事 いっぱいあるんだから。

 定吉:藤助とうすけさんが がんばって仕事 おぼえればいいじゃない。

 藤助:おまえまで 番頭さんみたいな事 言うなよ。

 旦那:おはよう。

 定吉:あ!だんなさま!
    おはようございます!

 藤助:おはうよございます 旦那様!
    
    お出かけですか?

 旦那:ええ。玄白げんぱく先生の お付き合いでね、
    向島むこうじまへ お花見に 行って来ます。
    
    ええと、番頭さんは いらっしゃらないのかな?

 藤助:番頭さんでしたら、麹町こうじまちの お屋敷やしき商談しょうだんがあるそうで、
    ついさっき お出かけになりました。

 旦那:そうかい。
    自ら 商談しょうだんに おいでとは、あい変わらず 仕事熱心な男だねぇ。
    おまえたちも 今朝けさから 各々おのおの、ありがたい訓戒くんかいを いただいてたようだね。

 藤助:いえ その――、面目ないことで……。

 旦那:ま、番頭さんは ウチの大黒柱だからね。
    ちゃんと あのかたの 言うことを聞いて、しっかりあきない するんだよ。
    じゃ行って来るから。
    帰りは遅くなるかもしれないけど、
    表戸おもてどはしっこのを一枚だけ けといてくれれば、
    勝手にけて入るんでね。よろしく。
    
    (独白)
    喜助さんもねぇ――
    もう少し柔らかくても いいんだがねぇ……。

 


 

 語り:こういった具合に、
    "鬼の番頭"として 奉公人ほうこうにんたちから こわがられ、
    またけむたがられている喜助。
    
    なにしろ 仕事しごと一筋ひとすじ真面目まじめ一徹いってつ謹厳きんげん実直じっちょく四角しかく四面しめん朴念仁ぼくねんじんで、
    遊びなんかには 目も くれない、きわきのカタブツ――
    
    
    と、店の者たちには 思われているのですが――
    
    
    何を隠そう、この喜助には、
    店の 誰にも知られていない、
    もうひとつの顔があったのです。
    
    それは――
    
    
    
    実は、芸者遊びが大好きだという事。
    
    
    
    今日も、商談しょうだんのために 麹町こうじまちの お屋敷やしきへ行くと言って
    出かけたのですが、それは真っ赤ないつわり。
    
    本当は、芸者げいしゃしゅうと、柳橋やなぎばしから 屋形船や かたぶねを出して、
    向島むこうじまへ 花見に繰りす 約束を してあるのです――
    
    
    さて、喜助が 店を出て 1ちょうほど歩きますと、
    わきの路地から ヒョイと出て来た男が あります。
    頭を つるんと丸め、手には扇子せんす
    赤地あか じ派手はで紋付もんつき羽織はおり、白足袋しろ た び雪駄せったき。
    どこから どう見ても 幇間たいこもちといった この男、
    陽気に 扇子せんすをパチパチ 鳴らしながら ヒョコヒョコと
    喜助に近づいてまいりまして――


 一八:(陽気に でかい声で)
    どォ~も 大将たいしょォ!♪

 喜助:!!

 一八:(陽気に でかい声で)
    お待ちしておりましたよォ 大将たいしょォ♪
    いやァ、今日は 絶好の お花見はなみ日和びよりですねェ大将たいしょォ♪

 喜助:(まだ店の近くだ。こんな所で幇間と絡むのはマズい)
    (なんとかごまかそうとする)
    (あたふたと)
    こ、これはこれは、伊勢屋いせやの番頭さんでは ありませんか!
    いやァ、すっかり ご無沙汰をしておりまして!
    皆さん お変わり ありませんか?
    また、近いうちに 寄らせてもらいますんで、どうぞ よろしく お伝えください。
    それでは わたくし、ちょっと急ぐ用事が ございますので、ごめんくださいませ。
    (行こうとする)

 一八:(そんな空気は読めない)
    (陽気に でかい声で)
    何を おっしゃってんですか 大将たいしょォ!♪
    アタシですよ、幇間たいこもち一八いっぱちですよォ♪
    何ですか  伊勢屋いせやの番頭さんてェ♪
    こんな格好カッコした 番頭なんて いるワケないじゃありませんかァ♪
    ヤですよォ 大将たいしょォ♪
    幇間たいこもちを持ち上げて どうしようってんですか!♪
    もう!大将ったら お上手なんだからァ!!!!

 喜助:(もう黙らせるしかない)
    シーッ!!うるさいんだよ!
    なに こんなとこまで来てんだよ おまえは!
    向こうで待ってるように 言っといたろ!
    まだ店の近くなんだぞ!
    こんなところを店の者に見られたら どうするんだ!

 一八:いやぁ、アタシも来るつもりは なかったんですけどね。
    芸者のねえさんがた、みんな もう 船ん所に 集まって お待ちかねで。
    こと胡蝶こちょうねえさんなんか すっかりしびれ 切らしちゃって、

 胡蝶: 「んもう ィさんたら 遅いわねぇ。
     ちょっと一八いっぱちさん、ひょっとして.喜ィさん、
     お忘れに なってんじゃないの?
     ねぇ一八いっぱちさん、おまえさん ひとっ走り、
     喜ィさんのこと 迎えに行っとくれよ」

 一八:――なーんて せっいてこられるんですもん。

 喜助:だからって そんな幇間たいこもちまる出しの格好かっこうして
    デカい声で話しかけるんじゃないよ!
    わたしは 店じゃ カタい人間でとおってるんだぞ!

 一八:そうみたいですねェ。
    
    いやね、実は アタシ、大将たいしょうが お店を出る前に、
    通りのほうから お店の中の様子を うかがってたんですよ。

 喜助:(驚き&怒り)
    なッ……!
    おまえ、店の前まで 来てたのか!バカ!

 一八:(ヘラヘラとなだめる)
    まあまあ まあまあ♪
    
    いやぁ、ビックリしましたよ。
    遊んでらっしゃる時は いたっていきで陽気な大将たいしょうが、
    お店では あんな ものすごい お顔をしてらっしゃるとはねェ。
    まゆまゆあいだに こーんなにシワ寄せて、
    目なんか こーんなに つり上げて、
    まるで閻魔えんまさま渋茶しぶちゃでも すすったような ご面相めんそうで♪

 喜助:うるさいんだよ。
    
    いいか、もう そんな 派手はで姿形なり
    店の近くに来るんじゃないぞ?

 一八:へい♪心得こころえておりやす♪

 喜助:ああ、これ以上 おまえと並んで 歩いてて、
    知った顔に 見られでもしたら困る。
    わたしは いつもの所で 着替えてから行くから、
    おまえは先に みんなの所へ戻って、わたしも すぐに着くって、
    そう伝えておいてくれ。

 一八:へい♪承知しました♪

 


 

 語り:そうして幇間たいこもち一八いっぱちと別れた喜助。
    また しばらく歩きまして、つじを2つばかり折れますと、
    ぢんまりとした 古い二階に かいが あります。
    一階は 老婆ろうば店番みせばんをしている駄菓子屋だがしやなんですが、
    喜助は そのわき梯子段 はしご だんを トントンとのぼって 二階の 三畳さんじょうへ。
    
    実は 喜助、この三畳さんじょうに、
    遊び用の衣装いしょうを 入れておくための箪笥たんす一棹ひとさお 借りているのです。
    ここで 上から下まで すっかり模様もようえをして
    遊びに出かけるという寸法。
    
    今まで着ていたものは 下帯したおび1枚を残して すべて脱ぎ捨て、
    着替えに取り掛かります。
    
    キメの細かい 天竺てんじく木綿もめん肌襦袢はだじゅばん
    京都は西陣にしじんあつらえた、上品な薄藤色うすふじいろ
    見事な大津絵おお つ えいた 自慢の長襦袢ながじゅばんを重ね、
    その上には これまた上等じょうとう結城ゆうきつい
    つづれのおびめまして、足には真っ白なきぬ足袋たび
    鼻緒はなお八幡黒 や わたぐろもちいた 雪駄せったいて 往来おうらいへ出ますと、
    かかとった ベタガネが 歩くごとにチャラチャラと鳴って、
    まことにいきなもの。
    おカタい番頭さんの姿は どこへやら、
    羽織はおりひもから 煙草たばこれに至るまで、一分いちぶすきもございません。
    誰が見ても、遊び慣れた 風流人ふうりゅうじんよそおい。
    
    
    急ぎ足で 柳橋やなぎばし船宿ふなやどまで やって参りますと、
    屋形船や かたぶねの前に 芸者げいしゃしゅうが 待ち構えておりまして――


 胡蝶:もう……、喜ィさん 遅いわねぇ……。
    (一八に)
    ちょっと一八いっぱちさん、ホントに喜ィさん すぐ来るって おっしゃったの?

 一八:ホントですよォ。
    
    ん――
    (喜助がやってくるのが見える)
    あ!あれ、大将じゃありませんか?

 胡蝶:え?
    
    あ!あらホントだわ!
    
    (やってくる喜助に手を振って)
    喜ィさぁーん!
    こっちこっちー!

 一八:(やってくる喜助に)
    大将たいしょォー!
    こっちですよォー!

 胡蝶:(やってくる喜助に)
    喜ィさーん!
    早く早くー!
    喜ィさーん!

 喜助:(急いでやって来ながら。黙らせようと焦っている)
    シーッ!シーッ!
    そんな大きな声で 名前を呼ぶんじゃないよ!
    このあたりは まだ油断ならないんだから!

 胡蝶:だぁってぇ~、喜ィさんのこと 待ちかねてたんですもォん。
    遅かったじゃありませんか。何してらしたんですかぁ?

 喜助:いや すまなかった すまなかった。
    
    わたしもね、おまえさんがたの前じゃあ、
    旦那だの大将だのと 持ち上げてもらってるけど、
    店では 番頭とはいえ 奉公人ほうこうにんだ。
    そうそう自分勝手に 出て来れるもんでも ないんだよ。
    
    ともかく まあ、今日は ひさしぶりの 花見だからな、
    パーッとにぎやかに いこう。
    とにかく、船に乗ろうじゃないか。
    (みんなに)
    さ、乗った乗った。
    
    (船頭に)
    船頭せんどうさん、出しとくれ。


 語り:一行いっこうが ゾロゾロと乗り込みますと、
    船頭せんどうさんが もやいをいて、船がスーッと動き始めます。
    船内せんないには お座敷が しつらえてあり、さけさかなの 準備も整えられて、
    さっそくにぎやかな酒宴しゅえんとなったわけですが――


 喜助:(すっかり お遊びモード。陽気に)
    (お酒を呑む)
    クイクイクイ……ぷはぁーっ!
    いやぁ、結構だねぇ。
    
    さあさあ、みんなも ドンドンやっとくれ。はっはっは。
    いやぁ ふねん中の お座敷も いいもんだねぇ。
    (胡蝶に)
    胡蝶こちょう、おまえさんも 楽しんでるかい?

 胡蝶:(不満。ふくれっ面で)
    まあ――、お酒や お料理は 楽しんでますけどぉ……、
    
    でも……、
    
    
    なーんで 障子しょうじを閉め切ってるんですかぁ~!!!!!

 喜助:なんでって、障子しょうじなんかけて、
    知った顔に 見られでもしたら 具合が悪いからじゃないか。
    このへんは まだ 得意先も多いんだ。
    誰が うろついてるか分かったもんじゃない。
    それに、すれ違う船に 知り合いが乗ってないとも限らないし。

 胡蝶:だぁってぇ、これじゃ 桜が見えないじゃありませんかぁ。

 喜助:別にいいじゃないか。
    花見なんてものは、桜を見ると言いながら、
    その実、桜のある場所でドンチャンやるだけで、
    花なんて 見ても見なくても いいもんなんだ。

 胡蝶:そりゃそうかも しれませんけどぉ……、
    
    せっかく船に乗ってるんだから、川沿いの桜、
    見てみたいじゃありませんかぁ。

 喜助:桜なんて、川沿いで咲いてるのも
    山で咲いてるのも 同じだよ。

 胡蝶:んもう、また そんなこと言って……。
    
    ねぇ~、ちょっとぐらい 見ちゃいけませんかぁ?

 喜助:分ったよ。そんなに見たけりゃ、
    障子しょうじに 指で 穴あけて、その穴から見るといい。

 胡蝶:ヤですよ、そんな のぞみたいな お花見!
    
    せっかく いい お天気で 風も気持ちいいのに
    こんな閉め切った船に 揺られてるなんて、
    まるで護送ごそうされてる罪人ざいにんみたいだわ……。

 


 

 語り:そんな一幕ひとまくが ありつつも、
    船内せんない酒宴しゅえんさかりをして にぎやかになっていきます。
    芸者げいしゃしゅう三味線しゃみせんいたり うたうたったり、
    一八いっぱちが それに合わせて踊りを踊ったり、
    あるいは ヨイショをしたりして り上げ、
    喜助も また上機嫌じょうきげんさかずきを 重ねております。

 


 

 喜助:(わりと できあがってきてる)
    (でも呑む)
    クイクイ、ぷはぁっ。
    いやー、お猪口ちょこでチビチビやるのも 億劫おっくうになってきたな。
    (一八に)
    おう一八いっぱち、次は そこの湯呑ゆのみいでくれ。

 一八:おや、大丈夫でござんすか?
    もう ずいぶんと お顔が 赤くなってらっしゃいますよ?
    そんな お顔でお店に戻ったら、
    おとがめを受けるんじゃありませんか?

 喜助:大丈夫 大丈夫、これしきの酒。
    遅くなるかもしれないと言って 出て来てるんだ。
    帰るまでに ましゃあ いいんだよ。

 一八:そうですか♪
    それじゃ ぐっといきましょ♪

 


 

 語り:柳橋やなぎばしを出て 神田川かんだがわくだっていた船は、
    やがて隅田川すみだがわ本流ほんりゅうへと入り、
    向島むこうじまを目指して のぼってまいります。
    
    吾妻橋あづまばしを越え、
    障子しょうじけていれば 右手に 枕橋まくらばしが見えてくるあたりまで やって来た頃には、
    喜助も すっかり 酔いが回って、顔も身体からだも カッカ カッカと 火照ほてってまいりました。


 喜助:いやぁんだんだ。
    酒が回って いい心持こころもちなんだが――
    
    なんだか ずいぶん暑いな。

 胡蝶:(不満がぶり返す)
    そりゃそうですよ。
    今日は とっても いい お天気なんですから、
    が高くなりゃ 暑くもなりますよ。
    それに、ここに これだけの人がいて ドンチャンやってんですから、
    熱気も こもるでしょ。なのに 障子しょうじ 閉め切ったりなんかして―― 

 喜助:(酔ってるため 自分が言ったことも忘れてる)
    なに?障子しょうじ 閉め切ってんのか?
    どうりで暑いと思ったんだよ。
    誰だよ 障子しょうじ 閉め切ったりしたヤツは。

 胡蝶:あらヤだ。
    喜ィさんが 閉め切っとけって言ったんじゃありませんか。

 喜助:俺が?そんなこと言った?

 胡蝶:言いましたよォ。

 喜助:まあ そんなこと どっちだっていいよ。
    暑くてしょうがないんだ。
    おまえたち、障子しょうじ けなさい。

 胡蝶:(うれしい)
    まぁッ!けていいんですか?

 喜助:いいよ いいよ。けな けな。

 胡蝶:ほらほら みんな!
    喜ィさんの お許しが出たわよ!
    けましょ けましょ!

 語り:みなが 喜んで 一斉いっせい障子しょうじけますと、
    途端とたんに 花びらを乗せた さわやかな風が
    サーッと お座敷に吹き込んでまいりまして、
    その 心地ここちよさといったら ありません。

 喜助:おー、いい風だァ。
    気持ちいいなァ。

 語り:外を見ますと、両岸りょうがんは もう 満開の桜。
    枝々えだえだあふれる あわ桃色ももいろが、はる陽光ようこうかえして 白く輝き、
    まるで天上てんじょうくもを 見るような眺め。
    それが川の はるか先まで 続いていて、
    この世の物とは思えないほどの 素晴らしい景色。

 胡蝶:(感動)
    まあッ――!なんてキレイなの――!!

 一八:いやー!こりゃあ絶景ぜっけいですなァー!

 語り:さくら並木なみきした
    土手どての上にも たくさんの人が 出て来て、
    思い思いに花見を 楽しんでおります。
    
    茣蓙ございて おじゅうに詰めた料理を食べながら
    上品に 花を見ている者たちもいれば、
    どんぶりをはしたたいて 歌っている者たちもいます。
    赤い顔をして 踊りを踊っている 年配者ねんぱいしゃもいれば、
    甲高かんだかい声を上げて 駆け回っている子どもたちもいます。


 胡蝶:すごい人出ひとでねぇ――
    江戸って、こんなに大勢おおぜい、人が いたのねぇ。
    
    それにしても みんな楽しそう――


 語り:やがて、向島むこうじま桟橋さんばしへと辿たどり着きます。
    
    船は いったん この桟橋さんばしへ付けて 止まり、
    しばらく船頭せんどうさんの休憩となります。


 胡蝶:ねえねえ 喜ィさん、あたしたちも船 降りて、
    土手どてへ上がりましょうよ。

 喜助:土手どてへ?
    何言ってんだ。わたしは土手どてなんか 上がらないよ。

 胡蝶:どうしてよォ。
    みんな楽しそうよォ?

 喜助:あのねぇ、これだけ人が出てるんだぞ?
    知った顔の ひとりや ふたり、来てるかもしれないじゃないか。

 胡蝶:んもぉ、そんな事ばっかり言ってぇ。
    ちょっとぐらい いいじゃありませんかァ。

 喜助:駄目だよ。わたしは行かないよ。
    そんなに上がりたけりゃ、
    おまえさんたちだけで 上がればいいじゃないか。
    わたしは ここでんでるから。

 胡蝶:そんなァ。
    せっかく一緒に来たのに、喜ィさん抜きなんて つまらないワ。
    (一八に)
    ねえ一八いっぱちさん、一緒に上がって下さるように、
    喜ィさんを説得してくださいな。

 一八:あら。またねえさんたら 無茶振むちゃ ぶ りを なさいますねェ。
    (考える)
    そうですなァ……。
    (喜助に)
    えー、大将。
    胡蝶こちょうねえさんも ご希望で いらっしゃいますし、
    少しだけでも 土手どてへ お上がりに なりませんか?

 喜助:一八いっぱち、おまえも分からない男だね。
    誰かに顔を見られると 具合が悪いから、
    わたしは土手どてへは上がらないと 言ってるんだ。

 一八:ふむ、「顔を見られると具合が悪い」。
    
    つまり逆に言えば、
    顔さえ見られなきゃ 具合は悪くないと、
    こういう事ですな?

 喜助:え?
    
    ああ――、まあ――
    
    そういう事だな。

 一八:なるほど。
    
    ではアタシに ちょいと工夫くふうがあります。

 喜助:工夫くふう?なんだい?

 一八:(扇子を出して)
    ここに扇子せんすが ございます。
    これを こう 広げましてね。
    で、上下をさかさまに持ちます。
    (紐を出して)
    で、ここにひもが ございまして。
    これを こう、扇子せんすほねの 両側に わえ付けましてね。
    で――
    ちょいと失礼しますよ。
    (と言って喜助の後ろへまわり)
    これを こう、大将の頭に ひもで固定する と。
    そうしますと、どうです?
    
    大将は ほね隙間すきまから 世間せけんが見える。
    けど まわりからは、扇子せんすに隠れて 大将の顔が 分かりません。
    これなら安心でしょ?

 喜助:ん――
    
    おお――
    
    なるほど、こりゃいいな。

 胡蝶:一八いっぱちさん、アタマいぃ~い♪
    (喜助に)
    じゃ喜ィさん、あたしたちと一緒に 土手どてへ上がってくれますね?

 喜助:もちろんだ。
    さぁ みんな、上がろう 上がろう。


 語り:こうして喜助は、みなを引き連れて 土手どてへと上がって行きました。

 


 

 胡蝶:(満開の桜に感動)
    わァ~~~!キレ~~~イ!!
    (喜助に)
    ねえねえ喜ィさん、とってもキレイじゃございませんこと?

 喜助:いやァ、こりゃあ見事なもんだなァ。

 胡蝶:でしょォ?
    誰ですか、桜なんて 見ても見なくてもいいなんて おっしゃったのは。

 喜助:はっはっは、スマンスマン。
    
    それにしてもにぎやかだなァ。

 胡蝶:喜ィさん、ちょっと お暑いでしょ?
    羽織はおり、お脱ぎになったら?

 喜助:ああ、それもそうだな。

 一八:大将、羽織はおり、お持ちしますよ。

 喜助:おお一八いっぱち、すまんな。
    (と脱いだ羽織を一八に渡す)
    ああ、涼しくて気持ちいいな。

 胡蝶:ホラホラ喜ィさん、羽織はおりだけじゃなくって、
    着物も 肌脱はだぬ ぎに おなりなさいよォ。

 喜助:(別に嫌そうでもなく。むしろ嬉し気に)
    え?これもかァ?
    ダメだよォ、こんな大勢おおぜいの前でェ。
    みんな見るじゃないかァ。

 胡蝶:いいじゃありませんかァ。
    お襦袢じゅばん、見せてくださいよォ。
    (と、喜助の着物の袖を抜かせようとする)
    ほらほら、ほらほら。

 喜助:(わりと嬉しそうに)
    おお こらこら。よしなさい。
    よしなさいってのに。

 語り:よしなさいと言いつつも、
    喜助は 着物の 両袖りょうそで いて 肌脱はだぬ ぎになります。
    このあたりは 芸者も心得こころえたもので、
    喜助が 本当は 中の長襦袢ながじゅばんまわりに見せたいという事を
    ちゃんと分かっていて、そのようにうながしているのです。
    
    自慢の長襦袢ながじゅばん衆目しゅうもくを集める快感を味わいつつ、
    喜助は 芸者げいしゃしゅうと ともに、
    薄紅うすべに屋根やねすような さくら並木なみきした
    しばし花見はなみ散歩さんぽたのしむのでした。
    
    涼風りょうふう酔客すいかくたちの 火照ほてった顔を やさしくで、
    はらはらと舞う 桜の花びらは
    粋人すいじんたちの 詩想しそうを おおいにくすぐっております。

 


 

 喜助:よしッ、そろそろ 毛氈もうせんでもいてな、
    花見酒はなみざけといこうじゃないか!


 語り:花衣はなごろもの お披露目ひろめ道中どうちゅうにも満足した喜助、
    適当なところで 花筵はなむしろを広げさせまして、
    車座くるまざになっての 酒盛さかもりを始めます。
    船の お座敷にもして さかずきを重ねていく喜助、
    またたくに へべれけの上機嫌じょうきげんとなります。

 喜助:(酔っている。陽気)
    いやぁ んだんだ。
    ちょいとましに、なんか 遊びでも やりたいなァ。

 胡蝶:あら いいですわね。
    
    じゃあ、鬼ごっこなんて どうです?

 喜助:いいねェ。
    それじゃ 『忠臣蔵ちゅうしんぐら七段目しちだんめ由良助ゆらのすけに ならって、
    目隠し鬼と いこうか。

 胡蝶:あらァ、さすが喜ィさん、いきな お遊びを ご存じですのね♪
    
    じゃ 喜ィさんが 由良ゆらさまって事だから、オニは喜ィさんよ♪
    (一八に)
    一八いっぱちさん、喜ィさんに 手ぬぐいで目隠しして さしあげて。

 一八:へいへいッ♪(喜助に)
    じゃ大将、扇子せんすを取って 手ぬぐい 巻きますんで、
    目ェつぶっといてくださいね。
    (扇子を取って 手ぬぐいで目隠しをしてやる)
    よいしょ、よいしょ。
    さ、できましたよ♪

 喜助:ん。
    
    よぉーし、じゃ おまえたちは 手をたたきながら 逃げるんだぞォ。
    最後まで逃げおおせた奴には たっぷり 小遣こづかいを やるからな。
    そのかわり、つかまった奴は ばつとして どんぶりで 酒 むんだぞ?いいな?
    
    よーし、じゃあ おまえたち、逃げろォ!

 胡蝶:(適当に手拍子しながら)
    〽ーいさーん こーちら♪
     手ーの鳴ーる ほーおへ♪

 一八:(適当に手拍子しながら)
    〽たーいしょーお こーちら♪
     手ーの鳴ーる ほーおへ♪

 喜助:よォーし、
    つかまえるぞォ、つかまえるぞォ~。


 語り:すっかり 出来上できあがっている喜助、
    知った顔にう心配など すっかり忘れて有頂天うちょうてん
    ふらふらと 足を もつれさせながら、
    キャーキャー逃げまど芸者げいしゃしゅうを 陽気に 追いかけ回しております。
    
    
    ――さて一方いっぽう、この向島むこうじまには、喜助の店のあるじもまた、
    医者の玄白げんぱく先生と連れ立って、花見に 来ていたのでした――

 


 

 旦那:いやぁ玄白げんぱく先生、いい お花見はなみ日和びよりになりましたねぇ。
    お天気もいいし、風も強すぎず 涼しくて気持ちがいい。
    桜も見事に 満開ですよ。
    
    不思議なもんですねえ。毎年 見ている景色なのに、
    同じように見えても、やはり見るたびに 新鮮な 感動を覚えます。
    
    いずれにしても、こうして桜の季節になりますと、
    日本人に生まれて良かったなぁと思いますよ。

 玄白:まったくですなあ。
    結構な 目の保養ほようですよ。
    
    ことに 今日は、今年で いちばん 花見に いい日じゃないですかねえ。
    桜も、今日がとうげでしょう。
    ここからは だんだんと散っていくんじゃないですかねえ。

 旦那:そうですねえ。
    なるほど、だから今日は また こんなににぎわってるんですね。
    みんな、どうせなら いちばんの さかどきに 見たいですからねえ。
    いや ものすごい人出ひとでだ。

 玄白:このにぎわいが またさくら見物けんぶつ風情ふぜいというものだと 思いますなあ。
    不思議なもので、同じ花見でも、梅となると、もっと こう、
    静かに、しみじみでるといった印象があります。
    そこへいくと桜は――さびしがり屋なんでしょうかねえ――
    人を呼ぶんですなあ。

 旦那:これは風流な事を おっしゃる。
    たしかに、今日の花見も、
    この喧噪けんそうがなければ 物足りなく感じたでしょうねえ。
    花も見事だが、人も見事だ。
    楽しみ方も それぞれで いいですねえ。
    あそこでは 清元きよもとうたってるし、そっちでは どじょう踊りを 踊ってる。
    わたしも若い時分じぶんは、ああやって バカ騒ぎを やったもんですよ。

 玄白:旦那様もですか。わたしもです。
    それで いいんですよ。
    やかましく騒いでいるのも また、さくら見物けんぶつの 味わいなんですから。
    
    はたから見て バカだと思われようが、遊びなんてものは、
    とことんまで楽しむのが いいと思いますねえ。
    わたしも 若い頃は、花見に限らず ずいぶんと バカ騒ぎをして、
    あやうく勘当かんどうされそうになった事もありましたよ。
    でもねえ、そういうバカの ひとつや ふたつ やってこそ、
    人としてのふかみがすと――これは まあ、ハハハ、
    遊び好きの言い訳に 過ぎませんがね。

 旦那:いやいや 先生の おっしゃるとおりですよ。
    (向こうの方を指さして)
    ああ ほら、あそこ 見てください。
    目隠し鬼を やってますよ。

 玄白:おお、本当だ。
    いきな 遊びをやるもんですねぇ。
    忠臣蔵ちゅうしんぐら 七段目しちだんめ、「祇園ぎおん一力いちりき茶屋ぢゃやだん」ですな。
    仇討あだ うちの心底しんていかくさんがためいつわりの放蕩ほうとうを続ける 大星おおぼし由良助ゆらのすけ
    その由良助ゆらのすけ祇園ぎおんの お座敷で やっていた お遊びだ。
    いや結構ですねえ。

 旦那:(その様子を見ながら。喜助だとは気付いていない)
    あのオニを やってる おかた
    あの おかたは 相当な風流人ふうりゅうじんだと お見受けしますねえ。
    着てらっしゃる あの長襦袢ながじゅばん、かなり一品いっぴんですよ。
    他に 身に着けてらっしゃる物も、ぜいくした物ばかりだ。

 玄白:ほんとですねえ。
    あれは 昨日きのう 今日きょう 始めた遊びじゃありませんな。
    ずいぶん酔ってらっしゃる様子ではありますが、
    それでも 足の運びが 玄人くろうとですよ。
    ほら、あのかたの足元 ご覧になってください。
    トットッと前に2 進んだあと
    トントントーンと後ろへ3 下がる。
    見事な 足運びですよ。
    あれは踊りも 相当やっていると お見受けしますなぁ。

 旦那:きっと どこか ご大家たいけの 旦那さんか何か なんでしょうねえ。

 玄白:そうでしょうなあ。
    
    (よく見ると なんだか見た事ある顔かも)
    あれ――

 旦那:どうしました先生?

 玄白:いや――
    
    あの おかたなんですがね。
    よく見たら あの おかた――
    
    旦那様の所の 番頭さんに、似てらっしゃいませんか――

 旦那:ウチの喜助に?
    
    (あらためて 当該人物を見やる)
    ん~~~。
    
    まあ 目隠しを なさってるんで、鼻から下しか 分かりませんが――
    
    言われてみれば、まあ、似てなくもないですかねえ――

 玄白:ひょっとして あの おかた――
    
    喜助さんなんじゃ ありませんか?

 旦那:あの おかた――
    (思わず笑ってしまう)
    はっはっは。いやいや 先生、それは ありません。

 玄白:そうですか?

 旦那:ええ、それは ありません、残念ながら。

 玄白:あの おかたが 喜助さんでないのが、残念ですか。

 旦那:残念ですねえ。
    喜助が あれくらい 遊びを知ってくれていれば、
    わたしには何の心配も なくなるんですがねぇ。
    いや もう ウチの喜助ときたら、堅いのなんの。
    堅焼かたやきの煎餅せんべいどころじゃない、ガチガチの堅物かたぶつで。
    
    今朝けさも 店 ける前、奉公人ほうこうにんたちを並べて、
    はしからはしまで 説教ですよ。
    それが わたしの部屋まで聞こえてくるもんですから、
    まあ 聞くともなしに 聞いてましてね。
    そしたら、夜中に 茶屋遊びを していた奴をつかまえて、
    こんなこと言ってましたよ。
    「ゲイシャってのは どんな医者だ。下手な医者か」
    「タイコモチってのは どんなもちだ。煮て食うのか 焼いて食うのか」。
    いまどき こんな朴念仁ぼくねんじんが いますか?
    わたしは 思わず 吹き出しそうになりましたよ。
    番頭としてのはたらきは 何も言うこと無いんですがねえ、
    どうにも この 堅すぎるというのだけが たまきずで。
    そんな おひとですからねえ、とてもじゃありませんが、
    あんな派手はでな遊びは できませんよ。


 語り:そんなことを言いながら 旦那と玄白げんぱく先生が歩いておりますと、
    その目隠し鬼の オニが、向こうからフラフラと近づいてまいります。


 喜助:(だいぶ酔っている)
    ハハハハハ、さあ、一八いっぱち、あとは おまえだけだぞォ。
    どこ行ったァ?こっちのほうかァ?

 語り:ぶつかっては危ないので、旦那は わきけようとしたのですが、
    相手も酔っているせいか 旦那がけたのと同じほうへ 急にフラッと寄って来たため、
    結局 すれ違いざまに ぶつかる格好かっこうとなってしまいました。

 旦那:おっと、失礼。

 喜助:おッ!その声は一八いっぱち
    ここにいたか!
    そーら、つーかまーえたッ!(ガバッと旦那にしがみつく)

 旦那:ちょちょちょちょ……!
    ど、どうぞ お放しください。
    あの、お人違いでしょう。

 喜助:なァーにが お人違いだ。
    ごまかそうったって、そうは いかないぞォ。
    声で分かるんだよ。
    みょうに 年寄りくさい声色こわいろ 使いやがって。
    そんなのにだまされる喜助様と思ったか。
    甘いんだよ!

 旦那:いえ、本当に、お人違いかと……。

 喜助:まァーだ言うかァ。
    よおし、そこまで言うなら、今 手ぬぐい はずして
    顔を 見てやろうじゃないか。
    まったく 往生際おうじょうぎわの悪い奴め。
    おまえはばつとして どんぶりざけ 2杯 ますからな。
    観念しろ。
    (手ぬぐいをはずす)
    ほーれ!!

 語り:と言って 手ぬぐいを取った その目に飛び込んできたのは――
    
    
    "鬼の番頭"たる喜助が この世で唯一
    しんからおそうやまう、店のあるじの顔でした。
    
    さすがの喜助も 一瞬 何が何だか わからなくなって、
    旦那と目を合わせたまま、固まってしまいます。
    無理もありません。
    今 この瞬間、最も ってはならない人にってしまったわけですから。
    
    ようやく事態を把握した瞬間、あわててあるじから 手を放して 飛び退きますと、
    ガバッと地面に ひれ伏した喜助。
    その口から 思わず出た言葉――

 喜助:(泣きそうになりながら)
    お久しぶりでございます!
    長らく ご無沙汰を いたしております!
    お元気そうで 何よりでございます……!

 旦那:(困惑)な、何を言ってるんですか……?

 胡蝶:(むこうから駆け寄って来ながら)
    喜ィさーん!大丈夫ですかァ~!
    (喜助のそばへかがみこんで)
    んもう、なに こんなとこで へたりこんでるんですかァ。

 旦那:(胡蝶に)
    お連れのかたですか。
    (喜助を気遣うやさしさ。胡蝶に)
    そのかた、ずいぶん酔ってらっしゃるようです。
    どうか、ケガの無いように 遊ばせてあげて下さい。

 胡蝶:(できる芸者さんは 常識的で如才ない対応もできる)
    これは どうも、ご親切に ありがとうございます。
    わたくしどものほうで 気を付けておきますので。

 旦那:よろしく お願いしますね。
    
    (玄白に)
    では先生、まいりましょう。

 語り:そうしてあるじは、何事も無かったかのように、
    また玄白げんぱく先生と連れ立って 悠然ゆうぜんと歩いて行きました。
    
    
    一方いっぽう 喜助はと言いますと、もう酔いも すっかり 冷めきって、
    まるで この世の終わりが来たみたいに 落ち込んでおります。


    

 喜助:(超絶ヘコんでいる)
    やっちまった……。
    もうダメだ……おしまいだ……。

 胡蝶:どうしたのよォ 喜ィさん。
    そんなに落ち込んじゃって。

 喜助:なんてこった……。
    
    だからオレは 土手どてへ上がるのはイヤだって 言ったんだ……。

 胡蝶:何なんですか もォ。
    
    さっきのかた、お知り合いなんですか?

 喜助:あのかたは……、
    
    
    ……、
    
    
    やっちまった……。

 胡蝶:何なんですよ もォ!
    やっちまったのは 分かりましたよ!
    あのかたは 誰なんです?

 喜助:あのかたは……、わたしのあるじだ……。

 胡蝶:(嬉しそうに)
    んまあ!あのかたが 喜ィさんの 旦那様!?
    
    素敵なかたですわねェ!
    奉公人ほうこうにんが遊んでるのを、とがめもしないで、
    「ケガの無いように 遊ばせてあげて下さい」。
    いきな言葉じゃありませんかァ!
    
    まだ 遠くには行ってらっしゃらないわよね。
    あたし ちょっと呼んで来るんで、一緒に遊びましょうよ!

 喜助:バカ!そんな事できるか!
    (超絶へこむ)
    ああ……やっちまった……。

 一八:(やって来る)
    あら 大将、こんなとこに いたんですか。探しましたよォ。
    何やってんです?こんなとこに 座り込んで。
    (胡蝶に)
    ねえさん、大将 どうしちゃったんです?

 胡蝶:お店の 旦那さんと 出くわしちゃってねぇ。
    それで すっかり 落ち込んでらっしゃるの。

 一八:ありゃ、そうなんスか。

 喜助:ああ……、やっちまった……。

 胡蝶:ほらね。ずっと この調子なの。
    "やっちまったbotボット"に なっちゃったの。

 喜助:ああ……、やっちまった……。

 一八:ホントですねぇ。
    (喜助に)
    大将たいしょォ、元気出してくださいよォ。

 喜助:(力なく)
    一八いっぱち……、(一八に財布を渡して)この財布さいふ、預けとく……。
    それで あとの勘定かんじょう しといてくれ……。
    わたしは……、帰る……。

 一八:え?大将 帰るんですか?

 喜助:もう遊ぶどころじゃないよ……、
    帰る……。

 一八:あ、じゃあ、船ん所 行きますか。

 喜助:いや、いい……。歩いて、帰る……。
    あとの事は、頼んだ……。

 一八:は、はあ――

 


 

 語り:すっかり しょげ返ってしまった喜助、
    川沿いの往来おうらい柳橋やなぎばしへ向けて トボトボ歩いて行きます。
    その道中どうちゅうみょうちくりんな事と言ったら ありません。
    なにしろ 上等じょうとうの着物を 肌脱はだぬ ぎにして、これまた高価こうか襦袢じゅばんあらわにした、
    いかにも お遊びちゅうの旦那といった男が、肩を落として うつむいて、
    絶えず「やっちまった……やっちまった……」
    とつぶやきながら 歩いてるものですから、
    う 通行人も、好奇こうきの目で ジロジロ見ていきます。
    ですが 人目ひとめなど 気にしている余裕もない喜助、
    やがて れい駄菓子屋だがしやの二階へと 戻ってまいりまして、
    すっかり着物を 着替えます。

 


 

 喜助:ああ……なんてこった……。
    まさか あんな所で、よりにもよって 旦那様にうなんて……。
    店に帰ったら、一体 何を言われるんだろう……。

 


 

 語り:店へと帰る道中どうちゅうは もう、まるで処刑場しょけいじょうへ 引かれてゆくような心持こころもち。
    その あまりの恐ろしさに、喜助の心は 現実逃避を始めたようで――

 喜助:待てよ……?
    わたしが ぶつかった あの おかた
    本当に 旦那様だったかな……?
    あの時は、てっきり旦那様に違いないと 思い込んで、
    頭が グッチャグチャになってたけど、ひょっとしたら、
    他人たにんの そら似じゃなかったかな……?
    だって、むこうは わたしの事、
    「喜助」とも「番頭」とも呼ばなかったし……。
    だいたい、あれが旦那様だったら、
    奉公人ほうこうにんの あんな醜態しゅうたいを見たら その場で 怒るのが普通じゃないかな。
    だとすると やっぱり 人違いじゃないかな。
    きっと そうだよな。そうで あってくれ……!

 語り:そんな一縷いちるの望みに すがりつつ、
    喜助は 店の前へと帰って来ました。

 


 

 喜助:(入口の所で。独白)
    旦那様は もう お帰りかな……。
    ああ、こわいなぁ……。
    顔を合わせたら、何て言えばいいんだ……。
    ああ、店に入りたくないなあ……。
    でも、いつまでも こんな所に つっ立ってるわけにも いかないし……。
    頼む、人違いであってくれ……!
    
    (店に入る)
    た、ただいま帰った……。

 藤助:あ 番頭さん。おかえりなさいまし。

 喜助:ああ、ただいま……。
    
    ええと……、旦那様は、いらっしゃるか……?

 藤助:いえ、旦那様は お出かけ中で。

 喜助:ど、どちらへ お出かけなんだ……!?

 藤助:玄白げんぱく先生と ご一緒に、向島むこうじまへ お花見に行くと おっしゃってましたけど。

 喜助:希望は断たれた……。

 藤助:え?どうしました?

 喜助:いや、なんでもない……。

 藤助:大丈夫ですか?
    顔色が 悪いようですけど……。

 喜助:あ、ああ いや……、
    ちょっと、風邪をひいたみたいでな……。

 藤助:それは いけませんね。
    すぐ医者を呼びにやりましょう。

 喜助:(あわてて止める)
    いやいや。い、医者は いいんだ。休めば治る。
    だから わたしの事は、かまわないでくれ。
    
    とにかく、わたしは もう 部屋で休むから。
    旦那様が お帰りになったら、喜助は 具合が悪くて 部屋で寝ていると、
    そう伝えてくれ。店の事は、おまえさんに頼んだ。

 藤助:はあ――、わかりました。

 喜助:くれぐれも、わたしには かまわなくていいから。
    静かに 休ませてくれ。じゃ、よろしくな。(去る)

 定吉:(藤助のところへやってきて)
    藤助とうすけさん。番頭さん、ぐあい悪いんですか?

 藤助:ああ、風邪を ひいたから、もう寝るらしい。
    珍しい事も あるもんだ。
    まさに、"おに霍乱かくらん"てヤツだな。

 定吉:なんですか?おにの かくらん って。

 藤助:何って そりゃあ おまえ……、
    
    鬼の――
    
    
    霍乱かくらんだよ。

 定吉:全然わかんない。

 藤助:しかし 意外だなぁ、あの番頭さんが 風邪ぐらいで
    さっさと 引っ込んじまうなんて。
    前に 風邪ひかれた時も――もう ずいぶん前だけど――
    その時も、「これしきの風邪ぐらい 仕事してれば治る」とか言って
    ずっと仕事してたし、
    普段から「仕事してないほうが 体調が悪くなる」
    なんて言ってるような人なのにな。
    よっぽど 具合が 悪いのかな。

 定吉:もう起きてこなくていいのに。

 藤助:こわッ。そういう事 言うんじゃないよ、いつも怒られてるからって。
    あの人に もしもの事が あったら、この店から 番頭が いなくなるんだぞ?
    そしたら この店 終わるぞ?

 定吉:藤助とうすけさんが 番頭さんに なればいいじゃない。

 藤助:俺が番頭になったら この店 一瞬で つぶれるよ。

 定吉:たよりにならないなぁ。

 藤助:鼻に火箸ひばし つっこんで遊ぶヤツに 言われたくないわ。
    この店が つぶれたら、俺たち 行くとこ なくなるんだぞ?
    そうなったら困るだろ?

 定吉:それも そうですねぇ。

 藤助:でも番頭さん、医者 いらないって言ってたなぁ。
    けどまぁ、薬ぐらいは 持ってってあげたほうが いいかな。
    定吉さだきち横丁よこちょう瑞庵先生ずいあんせんせいんとこ行って、薬 もらって来てくれ。

 定吉:はーい。じゃ行ってきます。(行きかける)

 藤助:(呼び止めて)
    あ、おい。何ていう薬 もらうか、分かってんのか?

 定吉:えーと、「はんみょうこ」、ですか?

 藤助:それ やべえ毒じゃねえか。
    それ、体液に 致死量わずか 一銖いっしゅと言われる 猛毒
    「カンタリジン」を含有がんゆうする、
    マメハンミョウの 成虫の 乾燥粉末かんそうふんまつ・「斑猫はんみょう」じゃねえか。
    マジで 殺す気かよ。

 定吉:あ そっか。
    
    じゃ なんていう おくすり もらってくれば いいですか?

 藤助:葛根湯かっこんとうだよ。
    葛根湯かっこんとう、もらって来てくれ。

 定吉:はーい。(去る)

 藤助:アイツがいちばん ええよ……。

 旦那:(帰ってくる)
    帰りましたよ。

 藤助:あ 旦那様!
    おかえりなさいまし!

 旦那:ただいま。
    
    (店内を見渡して)
    ええと――
    
    番頭さんが見えないようだけど、
    まだ お帰りになってらっしゃらないのかな?

 藤助:あ、番頭さんでしたら、お風邪を召したそうで、
    二階に上がって お休みになってます。

 旦那:ほう、風邪を。それは心配だねえ。
    お医者さんは 呼んだのかい?

 藤助:いえ、番頭さんが、
    医者は いいから とにかく休ませてくれと おっしゃいましたんで、
    今、定吉さだきちに言って、薬だけ もらいに行かせてまして。

 旦那:なるほど、それで さっき定吉さだきちが駆けて行ったのか。
    分かりました。じゃあ 番頭さんには、ゆっくり 休んでいただきなさい。
    あとの事は 藤助とうすけ、おまえが 取り仕切って やるように。
    分からない事、困った事があったらね、
    いつもは 番頭さんに泣きついているだろうが、
    今日は おまえや店の者で 知恵を出して 解決しなさい。
    番頭さんを起こしに行ったりするんじゃないよ?
    どうしてもダメなら、
    今日だけは わたしに言いに来なさい。いいね?

 


 

 語り:さて、自分の部屋で 布団を 頭から かぶり、
    自己嫌悪にさいなまれながら 輾転反側てんてんはんそくしていた喜助ですが、
    あるじが帰ってきた気配を 感じるや、
    怖れと緊張に 思わず 身体からだが こわばります。

 喜助:だ、旦那様が帰って来た――
    どうなるんだ……何を言われるんだ……。
    
    風邪で寝てるなんて 言い訳 通らないよな……。
    旦那様の部屋へ呼び出されて……、何て言われるんだろう……。
    あんな ところを見られたんだ、タダで済む はずがない……。
    良くても 番頭の身分は 剥奪はくだつされるだろうな……。
    下手すりゃ もう ここに いられないかもしれない……。
    
    どういうふうに言われるのかな……。
    こんな感じかな……。

 旦那:(喜助の中の、主の説教の妄想)
    「この馬鹿野郎!
     キサマを信用していた ワシを裏切りおって!
     この ろくでなし!出てけーッ!」

 喜助:――いや、こんな言い方をする おかたじゃないよな……。
    多分 もっと 静かな調子で 来るよな……。
    こんな感じかな……。

 旦那:「番頭さん。長いあいだ ごくろう様でしたねえ。
     もう明日あしたからは、おまえさんの居場所は ここには ありませんから。
     荷物をまとめて、どちらへでも お行きなさい。そして、
     二度と、ウチの敷居しきいを またぐんじゃありませんよ。
     では、さようなら」

 喜助:ええ……!
    
    (大きなため息)
    やっちまったなぁ……。
    土手どてなんかへ上がるんじゃなかった……。
    
    今まで 積み上げてきたものが 全部 台無しだ……。
    一生懸命 がんばってきて、
    もう少しで のれんけ してもらえそうな所まで 来てたのに、
    それもパァだ……。
    
    もう そろそろ 声が掛かるかな……。
    定吉さだきちあたりが 呼びに来るんだろうな……。
    きっと あいつが 地獄の使者だ……。

 定吉:(薬を届けにやって来る。無遠慮に障子を開けて)
    番頭さーん。

 喜助:――!!!!
    
    さッ……定吉さだきちか……!

 定吉:はい、そうですけど。

 喜助:いよいよ来たか――
    地獄の使者め――

 定吉:――??
    
    何 おっしゃってんですか。
    おくすり、もってきましたよ。

 喜助:く、薬――!?
    
    ドクニンジンか――
    死刑なのか――

 定吉:いつから ソクラテスになったんですか。
    
    かっこんとう ですよ。
    ここに おいとくんで、のんでくださいね。
    じゃ お店が いそがしいので、いきますね。
    しつれいします。
    (障子を閉め 遠ざかりながら)
    はぁ いそがしい いそがしい。
    まったく、藤助とうすけさんが しきると メチャクチャなんだから――

 


 

 語り:そのも 喜助は、いつ来るか いつ来るかと 震えて 過ごしておりましたが、
    誰も 部屋へ来ることはなく、
    そのうちに、ガラガラと 店の大戸おおどを閉める音がしまして、
    やがて みな それぞれの部屋へ 引き取って 寝支度ね じたくに入ったのか、
    店の中はシーンと 静まり返ったのでした。

 


 

 喜助:(ため息)お裁きは 明日あしたってワケか……。
    引導いんどう 渡すなら 早くしてほしかったなぁ……。
    これじゃへび生殺なまごろしだ……。
    
    いっそ みんなが寝てるあいだに、夜逃げしちゃおうかな……。
    でもなぁ……、ひまを出されると決まったワケでも ないからなぁ……。
    どうすりゃいいんだ……。

 語り:暗い部屋の中で 目をつぶっていても、
    なかなか寝付くこともできず 悶々もんもんとしていた喜助でしたが、
    しばらく 身をよじったり 寝返りを打ったりしているうちに、
    だんだんウトウトとしてまいりまして――





 喜助:んぁ……、朝か……。

 語り:店のほうへ 下りて行きますと、
    なぜか帳場ちょうばに 小僧の定吉さだきちが座っております。

 喜助:さッ、定吉さだきち
    おまえ なんで 帳場ちょうばなんかに 座ってるんだ!

 定吉:なんだ喜助。
    番頭に むかって、その口の ききかたは なんだ!

 喜助:ば、番頭!?
    
    何を言ってる!おまえは 小僧だろ!
    番頭は わたしだ!

 定吉:おまえこそ なに言ってるんだ。
    おまえは もう 番頭でも なんでもない。
    ただの したばたらき だろう。

 喜助:ハッ――
    
    そ、そうだった――

 定吉:まったく。
    にどと オイラに えらそうな口を きくんじゃないぞ。

 喜助:は――、はい……。
    申し訳ありません……。

 定吉:うむ。わかったら さっさと仕事を しなさい。

 喜助:あ、あの――、何をすれば――

 定吉:なんだ おまえ。
    じぶんの仕事も わからないのか。

 喜助:す、すみません。
    
    何をすれば よろしいのでしょうか。

 定吉:きまってるだろう。
    はなひばし だよ。

 喜助:……え??

 定吉:鼻の穴に、ひばしを つっこむんだよ。

 喜助:え――?え??

 定吉:鼻の穴に ひばしを つっこんで、
    首をふって チリンチリン言わすんだよ。

 喜助:え――、あの――

 定吉:なにを グズグズしてるんだ。
    (どこからか火箸を取り出して)
    ほら、この ひばしを 両方の 鼻の穴に つっこむんだよ。

 喜助:いや、ちょっと――

 定吉:なんだ、できないのか?
    じゃあ オイラが つっこんでやろう。
    ほら、鼻を出せ。
    (喜助の頭をつかんで むりやり火箸を鼻につっこもうとする)

 喜助:や、ちょっと、ああッ……!

 定吉:ほーら まずは右からァ!

 喜助:うわあああああああああああッ!!





 喜助:(目が覚める)
    はッッ!!
    
    ハァ、ハァ……。
    
    ゆ……、夢か……!
    
    なんて怖ろしい夢なんだ……。

 


 

 語り:それからも 一晩中、ウトウトしては 悪夢を見て目覚め、
    またウトウトしては 悪夢を見て 目覚めるの繰り返し。
    
    結局 ろくに眠れないまま、外がしらんで来たのでした。

 


 

 喜助:ああ……、今度こそ本当に朝か……。

 語り:まだ起き出すような時間ではないのですが、二度寝にどねする気にもなれず、
    かといって じっとしていられる気分でもないので、
    何を思ったか 喜助は 下へ降りて行って 大戸おおどけ、
    ホウキを持ち出して 店の前の 掃除を始めます。
    やがて 起きてきた 小僧の定吉さだきちが その姿を見て 驚いたのなんの。

 定吉:ば、番頭さん!何やってんですか!
    そ、そうじなら、オイラが やりますから!

 喜助:ハッ――
    
    い、いえ、いいんです!
    
    いいですから、あなた様は どうぞ 帳場ちょうばに お座りください。

 定吉:なんでですか!

 


 

 語り:それから みなが ぞろぞろと起き出して 朝餉あさげとなったのですが、
    喜助は 味なんて 分かったものではありません。
    
    帳場ちょうばに腰を下ろしてからも、頭は 仕事どころではなく、
    帳面ちょうめんを見ても、文字や数字が ぼやけて見えて、何も頭に入りません。


 喜助:やっちまったなぁ……。
    なんで土手どてなんかへ上がっちゃったんだ……。

 


 

 語り:そのうちに、店のあるじも 起き出したと見え、
    朝食ちょうしょくぜん、それが終わると煙草たばこぼんを、
    定吉さだきちあるじの部屋へと持ってまいります。

 旦那:(煙草盆を置いてもらって)
    ああ 定吉さだきち、ごくろうさん。
    もうひとつ 頼みがあるんだがね。
    番頭さんが、もし お手空てすきだったら、
    ここに来るように 言ってくれないかね。
    お忙しいようだったら かまわない。
    手が いてたらで かまわないから。
    頼んだよ。

 定吉:はーい。

 


 

 喜助:やっちまった……やっちまったなぁ……。

 定吉:(呼びかける)番頭さーん。

 喜助:(聞いちゃいない)
    やっちまった……やっちまったなぁ……。

 定吉:番頭さーん!

 喜助:やっちまった……やっちまったなぁ……。

 定吉:番頭さんてばぁ!!

 喜助:わぁ!
    
    なんだ 定吉さだきちか……。
    
    急に 大声を出すんじゃないよ。
    びっくりするじゃないか。

 定吉:ずっと呼んでたんですけど……。

 喜助:何か用か。

 定吉:あの、だんな様が、もし おてすき だったら、
    だんな様の部屋に きてくれって おっしゃってますけど。

 喜助:――!!
    
    
    ついに来たか……!
    
    終わりだ……もう終わりだ……。
    ああ……やっちまったなぁ……。

 定吉:あのー……、どうしますか?
    すぐに いかれますか?

 喜助:やっちまった……やっちまったなぁ……。

 定吉:あの、すぐに いかれますか?
    あとに なさいますか?

 喜助:やっちまった……やっちまったなぁ……。

 定吉:ねえ番頭さん!
    すぐに いくんですか?どうするんですか?

 喜助:うるさいな!いま行くって 言っとけ!!

 定吉:は、はいぃ……!

 


 

 定吉:行ってまいりました。

 旦那:ああ ごくろうさん。
    
    どうだった?番頭さんは、何と おっしゃってた?

 定吉:「うるさいな!いま行くって 言っとけーッ!」
    
    って おっしゃってました。

 旦那:何を言ってるんだ。
    番頭さんが、そんな物言もの いいを なさるはずが ないだろう。

 定吉:ウソじゃありませんよ。
    番頭さん、ちょっと ようすが おかしいんですよ。
    オイラが、どうしますかーって きいても、下むいて ブツブツ ブツブツ、
    「やっちまった……やっちまった……」って なんだか botボットみたいに なってて、
    それでオイラが 大きい声で、どうするんですかーって きいたら、
    「うるさいな!いま行くって 言っとけー!」って おっしゃって。

 旦那:そうか。
    
    (居住まいを正して)
    あのねぇ定吉さだきち
    
    なんでも正直に話すのは いいことだ。
    でもね、難しい事を言うようだが、
    場合によっては あまり正直すぎないほうがいい事もある。
    今の場合も そうだ。
    たとえ本当に そう おっしゃったとしてもだ、
    番頭さんから わたしへの言葉として 取り次ぐなら、
    「番頭さんは すぐに お見えになる との事です」、
    これだけでいい。
    
    番頭さんも人間だ。
    時には 虫の居所いどころが良くないことも おありになる。
    その勢いで つい乱暴な言葉が 口をついて出てしまわれる事もあるだろう。
    だが いつも番頭さんを見ている者なら、
    それが普通でないことぐらい分かるだろう。
    それを、本当の事だからと言って、正直に そのまま伝えたんじゃ、
    話にカドが立つだけだ。
    わたしは 昔から番頭さんを見てきて、
    礼儀正しいかただと よく知っているから何事もないが、
    所によっては、番頭さんの印象が 無駄に悪くなってしまうかもしれない。
    
    番頭さんは きびしい おかただが、
    そのおかげで この店も ちゃんと回って、
    みんな おまんまが食べられるんだ。
    もっと番頭さんを うやまって、以後、取り次ぎをする時は、
    どう言ったらいいか、少し考えてみなさい。いいか?

 定吉:はい。わかりました。

 喜助:(何を言われるのかとビクついている)
    あの――、し、失礼いたします……。

 旦那:おお番頭さん!お待ちしていましたよ。
    (定吉に)
    じゃあ定吉さだきち、ごくろうだったね、さがっておくれ。

 定吉:はーい。しつれい いたします。

 


 

 旦那:(喜助に)
    お忙しいところを すみませんねえ。
    ささ、どうぞ 座布団を 当ててください。

 喜助:(大恐縮)
    とんでも ございません。
    旦那様の前で、座布団を 使わせていただくなんて……

 旦那:(やさしく笑って)
    いやいや、そんな気兼ねは りませんよ。
    わたしが お呼びたてしたんです。
    どうぞ 遠慮なさらず お当てください。

 喜助:恐れ入ります。
    では、お言葉に甘えまして……。(座布団に座る)

 旦那:わざわざ 来ていただいて すみませんねえ。
    
    お店のほうは、大丈夫そうですか?
    お忙しいようでしたら、おっしゃって下さいよ?

 喜助:い、いえ、この時間でしたら、
    手前てまえが おりませんでも、どうにか。

 旦那:そうですか、それなら 安心しました。
    でも それというのも、喜助さん、
    おまえさんが 奉公人ほうこうにんたちを よく仕込んでくれている お陰ですね。
    何十人も いる 奉公人ほうこうにん――それも、おまえさんと違って
    粗忽そこつな者や 未熟な者ばかりでねえ――
    番頭として 毎日毎日 そんな連中を 采配さいはいするというのは、
    並大抵なみたいていの 事じゃないと思います。頭が下がりますよ。

 喜助:(大恐縮。平身低頭)
    と、とんでもないことで――

 旦那:いやいや 本当のことですよ。
    本当に、よく やって下さってる。
    (部屋の隅で 火鉢の火に掛けていた鉄瓶が湯気を立てる)
    ああ、お湯が 沸いたようだ。
    
    (喜助に)
    わざわざ 来ていただいたんですがね――
    なに、たいした用じゃないんですよ。
    先週、水戸みと様のところへ 参りましたらね、
    京都きょうと土産みやげだと言って、上等じょうとうの お茶を くださったんですよ。
    で まあ、ひとりで いただくのも味気あじけないなぁと思って、かと言って、
    小僧に飲ませたって、味も値打ちも 分かりませんからねえ。
    そこで 喜助さん、おまえさんと ふたりで飲もうと思ったんですよ。
    いまれますからね、ちょっとだけ 待っててください。(と言って立つ)

 喜助:(大恐縮)
    あ、いえ 旦那様!
    お茶でしたら、手前てまえれますので――

 旦那:いやいや、かまいませんから。
    どうぞ 座っててください。
    (いたずらっぽく微笑んで)
    わたしだってね、お茶くらい れられるんですから。
    
    ( 間 )
    (二人分のお茶を淹れている)
    
    (座に戻って来る)
    お待たせしました。
    (喜助の前に茶を提供して)
    さ。
    
    お口に合うと いいんですがね。

 喜助:(大恐縮)恐れ入ります――

 旦那:いえいえ、喜助さんは 今日は、
    わたしが お招きした お客様なんですから。
    
    ――しばらく前からねえ、こういう機会を
    持ちたい 持ちたいと思っていたんですよ。
    
    喜助さんを 番頭にえてから、わたしは 極力きょくりょく
    店のほうには 顔を出さないようにしてきました。
    喜助さんが 指揮をっているのに、そこへ わたしが しゃしゃり出たら、
    奉公人ほうこうにんたちは どっちに 指示をあおいだらいいのか 困ってしまうだろうし、
    喜助さんも やりにくいだろうと思いましてね。
    それで、店のほうは 喜助さんに 万事ばんじ おまかせして、
    わたしは そと――お客様方との顔つなぎに 徹するようにしてきました。
    
    そうしたら、喜助さんとは ひとつ屋根の下で 暮らしているというのに、
    朝晩あさばん 顔を 合わせはするものの、なかなか こうやって
    差し向かいで お茶を飲んだり 話をしたりする事も なくなりましてねえ――
    
    で まあ、今日は わたしは 外へ出る用事も無いし、結構な お茶も いただいたし、
    機会を作る いい口実が出来たなぁと思って、来ていただいたんですよ。
    
    ま、早い話が、今日は 喜助さんに、年寄りの茶飲み友達に なってもらって、
    話の相手を していただきたいな と、こういうわけなんです。
    
    どうですか?おいやじゃ ありませんか?

 喜助:(大恐縮)
    いえもう、手前てまえなんかで よろしければ――

 旦那:そうですか、よかった。
    
    ああ、どうぞ、お茶 召し上がってください。

 喜助:あ、はい、では、いただきます。
    (冷まして飲む)
    ふーっ ふーっ ずずっ。ふう……

 旦那:どうです?おいしいですか?

 喜助:ええ、とても結構な お茶です。

 旦那:ああ、それは よかった。わたしも いただきます。
    (冷まして飲む)
    ふーっ ふーっ ずずっ。ふう……。
    うん、美味しいですね。さすが 水戸みと様だ。
    
    
    ああ そうそう。
    それで 水戸みと様の所へ 行った時に、おもしろい お話を 聞きましてね、
    ぜひ 聞いていただきたいんですが――あ、まだ しばらく、お店のほう、かまいませんかね?
    年寄りの長話になるかもしれませんが、お付き合い 願えますか。

 喜助:ええ、もちろんでございます。

 旦那:ああ、ありがとうございます。
    
    で、どんな お話かと言いますとね――
    
    
    喜助さん。
    店のあるじ人の事を、「だんな」、と 言いますよね?
    この「だんな」という言葉、どこから来ているか 知っていますか?

 喜助:(大恐縮)いえ、存じ上げません。
    あの、まことに不勉強ふべんきょうなことで――

 旦那:(優しく笑って)
    いやいや、これを知らないからと言って 不勉強ふべんきょうなんて事は ありません。
    わたしだって このあいだ 初めて 聞いたんですから。
    
    ほら、人というものは、ちょっと何かを 聞きかじったら、
    すぐ他人ひと吹聴ふいちょうしたがるでしょう。わたしのも それなんです。
    このとしになって 習い覚えた事を、誰かに 言いたくてしょうがないんですよ。
    しょうのないじいさんだと思って、どうか お付き合いください。
    
    
    で、「だんな」という言葉が どこから来たのかという話なんですがね――
    
    
    そもそも 「だんな」という言葉、これは もともと
    寺方てらかたのほうの言葉なんだそうでしてね。
    
    その昔、天竺てんじく――天竺てんじくにも いつつあるそうで、
    その中の 南の天竺てんじく――南天竺なんてんじくという所に、
    「栴檀せんだん」 という、大きな木が 立っていた。
    道行く人も 思わず 足を止めて 目を奪われるほど、
    それは見事な木だったそうです。
    一方いっぽう、その栴檀せんだんの 根元に 目をやると、
    「南縁草なんえんそう」 という、みすぼらしい雑草が、びっしりと生えている。
    
    で、ある時、それを見た人が、
    せっかくの立派な木なのに、
    根元に こんな雑草が あっては見栄みばえが悪い といって、
    南縁草なんえんそうを 全部 ひっこ抜いてしまった。
    そうしたら、それから何日も しないうちに、
    あの立派だった栴檀せんだんの木が、幹の皮も ぼろぼろになって、
    葉の色も 茶色く変わって、枯れ始めてしまったんだそうです。
    どうした事かと思って、ものを知る人に いてみると、
    この南縁草なんえんそうという みすぼらしい雑草が、
    栴檀せんだんにとっては またと無い やしになる との事だそうで。
    これを 取り除いてしまうと、栴檀せんだんは、
    大事な養分を失って 枯れてしまうと言うんですね。
    
    南縁草なんえんそうから栄養をもらった栴檀せんだんは、青々と葉を茂らせ、
    今度は その葉からあふれたつゆを、南縁草なんえんそうに ポトリポトリと下ろしてやる。
    そのつゆを吸って、南縁草なんえんそうは また生い茂って、栴檀せんだんやしになる。
    そうしたら また栴檀せんだん南縁草なんえんそうつゆを 下ろしてやる――
    南縁草なんえんそうが枯れれば 栴檀せんだんも枯れ、南縁草なんえんそうさかえれば 栴檀せんだんも またさかえる。
    
    それを まあ、お寺さんと檀家だんかさんの関係に なぞらえて、
    栴檀せんだんの「だん」と南縁草なんえんそうの「なん」を合わせて 「だんなん」、
    それがちぢまって「だんな」と なったんだそうですよ。
    
    まぁ、少し こじつけめいた話ですけど、
    ――これが本当だろうが そうでなかろうが、そんな事は ともかく、
    わたしは この お話が たいそう 気に入りましてねえ――
    
    大きな木と 小さな雑草。
    持ちつ持たれつ、支え合い 助け合い――
    
    
    喜助さん。
    わたしと おまえさんも、そうじゃ ありませんかねえ。
    
    こので言えば、さしずめ わたしが栴檀せんだん、喜助さんが南縁草なんえんそう――
    (冗談ぽく ほほえんで)
    いやまあ、自分を栴檀せんだんたとえるのも おこがましいし、
    喜助さんを 雑草にたとえるなんて なお失礼なんですが――
    
    幼かった おまえさんを 預かってから、
    わたしは――口幅くちはばったいようですが――あるじとして、
    できるかぎりのつゆを、おまえさんに下ろしてきた――まあ つもりです。
    
    おまえさんのほうも、一生懸命 そのつゆを吸って、
    たくましく 生い茂ってくださった。
    
    こんな頼りない栴檀せんだんも、
    おまえさんという 頼もしい南縁草なんえんそうが いてくださる おかげで、
    ここまで大きくしていただきました。
    
    喜助さん。お礼を言いますよ。

 喜助:(大恐縮。泣きそう。泣いててもいい)
    とん……(鼻をすする)とんでもないことで ございます……

 旦那:いえいえ、本当の事です。
    
    で――
    
    これが店のほうへ行きますと、
    今度は 喜助さん、おまえさんが栴檀せんだん
    奉公人ほうこうにんたちが南縁草なんえんそうという事になります。
    
    それで まあ、
    
    もしかしたら、これは わたしの 心得こころえちがいかもしれませんが――
    
    
    たまに 店の様子を 垣間見かいまみるに、この、店のほうでは、
    栴檀せんだんが たいそうさかんな一方いっぽう南縁草なんえんそうが 少しばかり、
    しおれ気味ぎみでは ございませんかねえ――

 喜助:(大恐縮)
    申し訳ありません。
    手前てまえが ゆき届きませんばっかりに――

 旦那:(やさしく笑って)
    いやいや、おまえさんが ゆき届いていない なんて事は ありませんよ。
    おまえさんほど ゆき届いた仕事を なさる おかたを、わたしは知りません。
    他の どんな 大きな おたなの 番頭さんも、おまえさんほど ゆき届いては いません。
    それこそ、ウチには こんな優秀な番頭が いるんだぞと、
    他店よそさまに 自慢して回りたいほどですよ。
    
    むしろ おまえさんは、ゆき届き過ぎているくらいです。
    
    もちろん ゆき届いているのは 結構な事です。
    でも あまり ゆき届き過ぎると、まわりの者を
    重箱じゅうばこすみっこに 追い詰めてしまう事に なるかもしれない。
    追い詰められた者は どうするか。
    重箱じゅうばこを 飛び出て 逃げ出すかもしれない。
    居直いなおって おまえさんに 噛みついてくるかもしれない。
    どっちにしても、損なことですよ。
    
    いやね、おまえさんの 気持ちも よく分かります。
    ウチの南縁草なんえんそうたちときたら、
    揃いも揃って 不器用もの ばかりですからねえ。
    おまえさんという栴檀せんだんが いくらつゆを下ろしてやっても、
    なかなか うまく吸うことが できない。
    仕方ないから おまえさんも 躍起やっきになってつゆを落とす。
    低い葉っぱからも 高い葉っぱからも、どんどんつゆを落とす。
    そうしたら、つゆの量は多いわ 勢いは付いてるわで、
    南縁草なんえんそうたちは つゆを吸う前に つぶれてしまうんですねえ。
    
    そうやって 店の南縁草なんえんそうが枯れてしまったら、
    今に おまえさんという栴檀せんだんも枯れてしまう。
    そして おまえさんという南縁草なんえんそうが枯れてしまったら、
    このいた栴檀せんだん、ひとたまりも ありません。
    
    ですからね、なかなか加減も難しいと思いますが、
    ウチの南縁草なんえんそうたちが のびのび生い茂れるよう、
    まあ もう少し低いところの葉っぱから、
    ゆっくり ポトリポトリと、根気よく つゆを下ろしてやってもらえたらなと――
    いや 差し出がましい事を 言うようですが、まあ、
    年寄りの 老婆心ろうばしんだと思って、ちょっと 心に めておいてください。
    時に栴檀せんだん、時に南縁草なんえんそう――
    あいだに立った おまえさんには 本当に苦労をかけますが、
    どうか ひとつ、お願いを いたします――

 喜助:(恐縮。頭を下げて)
    はい――!精進を いたします――

 旦那:(やさしく笑って)
    本当に 律儀りちぎかたですねえ おまえさんは――
    (しみじみ)
    立派な番頭に なられて――
    
    (しみじみと昔を思い出す)
    おまえさんが 奉公ほうこうに来てから、もう何年に なりますかねえ――
    
    初めて ウチに来た時、おまえさん、ここのつだったか とおだったか――
    葛西かさい惣兵衛そうべえさんに 手を引かれてねえ。
    身寄みよりのない子なんで どうか拾ってやってくれと 頼まれまして。
    今でも よく覚えていますよ――
    
    初めて おまえさんを見た時は、驚いたもんです。
    ひょろひょろにせこけてねえ、色は真っ黒で、
    まるで しなびたゴボウみたいな子でしたよ。
    うつむいて モジモジして、惣兵衛そうべえさんが「ごあいさつを」と言っても、
    下 向いたまま、蚊の鳴くような声で なにかボソッと言ったきり、
    わたしの顔を見ようともしなくて。
    こんな子で大丈夫だろうかと 心配でしたけど、
    まあ 人手の欲しい時分じぶんでしたから、奉公ほうこうに入ってもらって。
    
    そしたら まあ、案の定というか 何というか――
    前途多難でしたねえ。なかなか人並の はたらきが できない。
    
    用事を3つ言いつければ 必ず1つは忘れるし、
    つかいに出せば おかねを落として 泣いて帰って来る。
    二桁ふたけたざんが できるようになるのに、1年半かかりましたっけ。
    小言こごとを もらったら、すぐに ベソかいてねえ――
    ああ そうそう それから、寝小便の 治らないこと 治らないこと。
    十二の頃まで やってましたっけ――
    (喜助がきまり悪そうにしてるのを見て)
    ああ すみません すみません、昔の恥を ほじくり返すような事を言って。
    
    でもねえ、それも、わたしにとっては いい思い出なんですよ。
    
    (おねしょの話の続き)
    薬を飲ませても なかなか治らないし、
    医者に せても、「気のもんだ、そのうち治る」
    なんて言うばかりで 取り合ってくれない。
    しまいには、死んだばあさんが れて、
    寝小便に効く おきゅうえようという事になった。
    背中に もぐさを置いて 火をけたら、
    おまえさん、よっぽど熱かったんでしょう、
    「あついよぉ、あついよぉ」って、泣き出して――
    覚えてますか――

 喜助:はい――。覚えております――

 旦那:あの ベソっかきの小僧が、こんな立派な番頭になって――
    
    
    ですからねえ 喜助さん、ウチの奉公人ほうこうにんたちも、
    今は 不器用で どんくさくて 頼りない連中だけど、ゆくゆくは、
    まぁ おまえさんほど とまでは いかなくとも、
    そこそこ モノになるんじゃないかと 思うんですよ。
    
    大変だとは思いますが、辛抱しんぼうして、長い目で見て、
    彼らに つゆを 下ろしてやってください。
    
    ――ああ、すっかり お茶が冷めてしまいましたねえ。
    どうも年寄りは 話が くどくて いけません。
    じゃ、新しいのをれますからね、冷めたのは 捨てちゃいましょう。

 喜助:ああいえ!
    もったいのうございますんで、いただきます。

 旦那:そうですか?
    律儀りちぎかたですねえ。

 喜助:いただきます。
    (飲みほそうと、飲み始める)
    んぐんぐ――

 旦那:(だしぬけに)
    向島むこうじまでは お楽しみでしたねえ。

 喜助:(お茶を吹く)ブッ!!ゴホッゴホッ!
    
    あ、あの、その、あれはですね、その、
    お、お客様の、お供で――

 旦那:(ほほえんで)
    いやいや。そんな 取りつくろおうとしなくても かまいません。
    
    わたしも このとしまで、よく遊びを やってきた人間です。
    昨日きのうのあれが、お付き合いの遊びか そうでないか、
    分からないという事は ありません。
    
    いきな 遊びをなさってましたねえ。
    七段目しちだんめ由良助ゆらのすけ
    
    お堅くて 不器用な かただとばかり思っていたら、いつのにやら――ふふふ。
     喜助さん、今度 わたしに、踊りを教えてくださいな。

 喜助:(大恐縮して頭を下げる)
    いえもう――、ご勘弁かんべんください――

 旦那:はっはっは。
    
    
    ――
    
    
    
    (おもむろに 居ずまいを正して)
    ――喜助さん。
    
    
    実を言うとねえ――
    
    
    わたしは ゆうべ、眠れませんでした。


 喜助:(思いがけない発言に、頭を上げて旦那を見る)


 旦那:あれだけの 派手はでな お遊びだ。
    いったい どれほど、店の帳面ちょうめんに 穴をけてる事だろうかと――
    
    
    わたしは、おまえさんに 帳場ちょうばを任せるようになってから このかた、
    店の帳面ちょうめんを見たことは、ただの一度もなかった。
    
    ですが――
    
    ゆうべ、初めて 帳面ちょうめんを 見させてもらいました。
    
    気になって 眠れなくて、ひと晩かけて、
    隅々すみずみまで、帳面ちょうめんを 見させてもらいました――
    
    
    
    (その時のことを思い出し、感極まるものがある)
    
    
    
    穴なんか、ひとつも なかった――
    
    
    
    実に きれいな 帳面ちょうめんでした――
    
    おまえさんは、あれほどの 遊びを、
    いちからじゅうまで 自分の甲斐性かいしょうで なさっていた――
    
    帳面ちょうめんを見ながら、わたしは 涙が止まりませんでした。
    
    おまえさんが 番頭で いてくれて、本当に よかった――
    
    
    喜助さん、一瞬でも おまえさんを疑った 愚かなあるじを、
    どうか許してください――(頭を下げる)

 喜助:(泣いてる)
    どうか―― どうか 頭を お上げください。
    滅相めっそう―― 滅相めっそうもないことでございます――
    て、手前てまえが、旦那様に 隠れて あんな事をしていたために――

 旦那:いやいや。わたしには、
    それも おまえさんの 忠義だと 分かっています。
    おまえさんに そんな忠義の立て方を させた、わたしの責任です。
    
    わたしは おまえさんの 堅さ 真面目まじめさを めてきたし、
    奉公人ほうこうにんたちにも、喜助さんの 真面目まじめさを見習うように 言ってきました。
    思えば わたしは おまえさんに、
    「自分は あるじ真面目まじめ一筋ひとすじである事を求められている」
    と思わせるような 振る舞いを してきた。
    そのせいで、律儀りちぎな おまえさんは、
    遊ぶことが あるじへの裏切りになると 思ってしまったんでしょう。
    申し訳ない事をしました。

 喜助:とんでもない……!
    すべて、手前てまえの 至らなさでございます……!
    
    手前てまえは、旦那様に められるような 番頭では ありませんでした……!
    手前てまえは、ダメな番頭です、番頭失格でございます……!

 旦那:何を おっしゃるんです。
    ダメな番頭に、あんな 綺麗な 帳面ちょうめんが 付けられるものですか。
    ダメなのは わたしですよ。
    馬鹿な杞憂きゆうから 帳面ちょうめんのぞき見て、挙句あげく、その綺麗な 帳面ちょうめんを、
    涙で ぐちゃぐちゃにしてしまったんですから。
    今朝けさ帳面ちょうめんを ご覧になりましたか?
    ところどころ、れて にじんでいたでしょう。
    せっかくの綺麗な帳面ちょうめん――
    (言い忘れていた事を思い出す)
    ああ、帳面ちょうめんで 思い出しましたけどね。
    喜助さん、同じ お遊びでも、お得意様の お供で お遊びになる時はね、
    どんどん おかねを使ってくださいよ?
    もちろん お店の おかねを出してください。遠慮は りません。
    出し惜しみせずに、先方せんぽうが十両 お出しになったら 二十両、
    先方せんぽうが五十両 お出しになったら 百両。
    でないと いざと言う時、あきないの さきにぶりますからね。
    決して 無駄な おかねじゃ ありません。お願いしますよ。

 喜助:はい――!承知しました――

 旦那:お付き合いに限らず、
    遊びも おおいに やってくださいね?
    
    真面目まじめであるのは もちろん いい事ですが、
    あまり真四角ま しかくすぎますとね、
    歩いているだけで まわりの者に かどがぶつかって、
    思わず知らず 傷つけてしまう事も あるでしょうから。
    
    とがったかどを、遊んで、丸くしてあげてください。
    そうすれば、まわりも おまえさんも 歩きやすくなる。
    いろんな事が もっと円滑えんかつに いくでしょう。
    (思い出したように)
    ――ああ、新しい お茶 れるんでした。
    ちょっと待っててください。

 喜助:お――おそれ入ります――

 旦那:( 間 )
    (二人分のお茶を淹れている)
    
    (座に戻って来る)
    さ、どうぞ。遠慮なく 飲んでくださいね。

 喜助:ありがとう存じます――

 旦那:(冷まして飲む)
    ふーっ ふーっ ずずっ。ふう……。
    
    (喜助を見て)
    
    喜助さん。

 喜助:はい――

 旦那:長いあいだ、ごくろう様でしたねえ――

 喜助:(「明日から居場所はありません」と続くと思って)
    ――
    
    で――、では――、やはり わたしは おひま――

 旦那:え?ひま――
    何のことですか。
    
    いえね、
    
    来年――
    
    のれんけして、おまえさんに
    店を持たせてあげようと思いましてねえ。

 喜助:(驚き)――

 旦那:商売人としての手腕しゅわんから したら、おまえさんは
    とっくに独立して 店を構えてなきゃ ならない おかただ。
    
    それを、わたしが いつまでも おまえさんに頼るあまり、
    びに なってしまってました。
    
    なにしろ、おまえさんと比べて、
    下の者の 頼りない事と言ったら――
    
    のれんけ してやらなきゃ してやらなきゃと、
    おりれて 思いはするんですけど、
    さて後釜あとがまを どうしようかと なると――、ねえ。
    
    今の 藤助とうすけに、喜助さんの 半分ほどでも
    店をまとめるはたらきがあるだろうか なんて考えたりするにつけ、
    つい おまえさんに甘えてしまって――
    
    でもねえ、考えてみたら、
    おまえさんという 立派な栴檀せんだんが、
    何年ものあいだつゆを 下ろしてくれてたんだ。
    藤助とうすけも、今は 喜助さんという栴檀せんだんが 立っているから それに甘えているけど、
    そうでなくなれば――まあ、しばらくは 藤助とうすけ自身も 奉公人ほうこうにんたちも
    ひどく苦労するだろうけど――、喜助さんに頼らず
    どうにかしなきゃって自覚も 持ってくれるんじゃないかと思いましてね。
    
    ずいぶん待たせてしまって 申し訳なかったんですが、
    年明としあけには のれんけして さしあげますんで、
    もう少しのあいだ、みんなにつゆを 下ろしてやってくれますか――

 喜助:(感涙)
    はい――!ありがとう存じます――

 旦那:(お茶を飲む)
    ふーっ ふーっ ずずっ。ふう……。
    
    これで、わたしの話したい事は あらかた お話しできたかな。
    すみませんねえ、わたしばっかり 喋ってしまって。

 喜助:いえ、とんでもございません。

 旦那:どうぞ、お茶、冷めないうちに 飲んでくださいね。

 喜助:はい、いただきます。
    (お茶を飲む)
    ふーっ ふーっ ずずっ。ふう……。

 旦那:(お茶を飲む)
    ふーっ ふーっ ずずっ。ふう……。

 定吉:(部屋の戸口の外で)
    あの、番頭さん、よろしいでしょうか。

 旦那:ん?定吉さだきちか。
    (外の定吉に向けて)
    定吉さだきち。かまわないからけなさい。

 定吉:(襖障子を開けて)
    はい。しつれいします。

 旦那:(定吉に)
    どうしたんだ?
    番頭さんに ご用か?

 定吉:(旦那に)
    はい。
    すぐに お店のほうに 来ていただけないかと――

 喜助:(定吉に)
    何かあったのか?

 定吉:(喜助に)
    はい。あの、藤助とうすけさんが――

 喜助:(定吉に)
    藤助とうすけが、どうかしたのか?

 定吉:(喜助に)
    はい。あの、いつも番頭さんが やってるみたいに、
    みんなに 指示を出したり、
    お客さんの 相手をしたり してたんですけど、
    お店が こみ出したら、テンパってきちゃったみたいで。
    それでも しばらくは がんばって かけまわってたんですけど、
    さっき とうとう、目をまわして たおれちゃって――

 旦那:(苦笑して)
    まったく、しょうのないヤツだな。

 喜助:(少し苦笑。定吉に)
    すぐに行く。
    先に下りてな、誰かに言って とりあえず
    藤助とうすけさんを部屋へ連れてってやりなさい。

 定吉:はーい。
    (喜助に)
    あの、番頭さん。

 喜助:なんだ?

 定吉:オイラ、今日は もう、紙縒こよりを100本 こしらえました!

 喜助:( ちょっとだけ間 )
    (やさしくほほえんで)
    そうか。助かる。
    よくやってくれた。えらいぞ。

 定吉:(初めて褒められたので ポカンとしちゃう)
    ――

 喜助:どうした?

 定吉:(とても嬉しそうに)
    ほめられるって、きもちいいですね――

 喜助:(また やさしくほほえんで)
    わたしも学んだ。
    
    褒めるというのは、気持ちがいいもんだな。

 定吉:(やる気を出す)
    あの!つぎは、ひばちの まわりを そうじしたら いいですか?

 喜助:ああ。頼む。

 定吉:はーい!
    
    では、しつれいします!(去る)



 旦那:(ほほえんで。喜助に)
    いかがです?
    あの小僧、モノになりますかねえ――


 喜助:ええ――
    
    きっと 将来、いい番頭に なりますよ――
    
    
    では、店へ出てまいります。

 旦那:すまないねぇ、なんだか せわしなくて。

 喜助:いえ。
    
    では 失礼を――

 旦那:ああ、ちょっと喜助さん。

 喜助:はい。

 旦那:ひとつだけ、いておきたい事があったんですが――

 喜助:なんでしょう――

 旦那:昨日きのう向島むこうじまで 思いがけず お会いした時、
    おまえさん、みょうな事を おっしゃってましたねえ。
    「お久しぶりでございます」とか
    「長らく ご無沙汰を いたしております」とか……。
    
    毎日 顔ぐらいは 合わせているのに、どうして また、
    お久しぶりだなんて おっしゃったんですか?


 喜助:はい。
    
    真面目まじめで堅いと 思っていただいていましたのに、
    あのような 醜態しゅうたいを 見られてしまって、思わず、
    
    ああ、ここで会ったが 百年目だと 思いました。

    ※「ここで会ったが百年目」という言葉には、「長く会わなかった」というニュアンスが含まれています。
      それで、この言葉が頭をよぎった時 喜助は思わず「お久しぶりでございます」と言ったのでしょう。
      また、「ここで会ったが百年目」の 「百年目」 は、「人生の百年目」つまり「寿命」「命の終わり」を指すそうです。
      ですので、遊んでいるところを見つかった喜助の脳裏には「ああ、俺の人生 終わったわ」ということで、
      この言葉が浮かんだのでしょう。
      本来は、長年 探し求めていた仇に出会った時なんかに、
      「とうとう見つけたぞ。ここで俺と出会ったからには、お前の人生も終わりだ。覚悟しろ」
      という意味合いで使うようなので、
      見つかってしまった側の喜助には ちょっとふさわしくない言葉なのかもしれません。
      もしかしたら少し腑に落ちにくいオチかもしれませんが、それを補って余りある素晴らしさが、
      この噺全体にはあると思い、台本化させていただきました。  ――くらしあんしん

  


おわり

※『旦那』の語源について
 実際は、サンスクリット語で「施し」や「布施」を意味する「dāna(ダーナ)」を
 音写(この場合は、聞こえた音に漢字を当てること)したもの、という説が有力なようです。


その他の台本                 


参考にした落語口演の演者さん(敬称略)


柳家さん喬
立川生志
三遊亭圓生(6代目)
三遊亭圓龍
古今亭志ん朝(3代目)
古今亭右朝
立川志の輔
金原亭馬生(10代目)
三遊亭栄楽
三遊亭道楽
笑福亭松喬(6代目) ※上方落語
笑福亭生喬 ※上方落語
林家染二 ※上方落語


何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp

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