声劇台本 based on 落語 「
【注意】
声劇用に大きくアレンジしています。元の落語「百年目」とはかなり違っています。
ですので、本式の落語用のテキストとしては向かないかと思います。ご注意ください。
アドリブ・口調変更・性別転換 等々OKです。
ご利用に際してのお願い等
<登場人物>
<配役> ここから本編
語り:時は江戸。
喜助:(店の者たちに)
定吉:はい。 喜助:おお そうか。
定吉:はい。もう、96本です。 喜助:そうか、それは なかなか 定吉:いえ、もう96本で100本です。 喜助:じゃあ4本しか 作ってないんじゃないか!
定吉:す、すみません……。 喜助:どうせ またサボってたんだろう。
定吉:あっ! 喜助:(紙で作った動物のようなものだ)
定吉:うま……?
喜助:何がおかしい! 定吉:番頭さん、それ、馬じゃありませんよ。 喜助:え? 定吉:ほら、ツノが 2本 はえてるでしょ?
喜助:し、鹿……? 定吉:馬と鹿を まちがえるなんて、
喜助:(怒声)
定吉:わぁっ! 喜助:大人に向かって 何が馬鹿だ!! 定吉:ご、ごめんなさい……! 喜助:これが馬だろうが鹿だろうが、そんな事は どうでもいい!
定吉:(怠慢を掘り返されるのが気まずくて口ごもる)
喜助:身に覚えがあるだろう。
定吉:あの……その…… 喜助:いいから言ってみろと言うんだ。
定吉:(しぶしぶ)
喜助:ああ 定吉:ひ、ひばしを……、
喜助:そうだったな。
定吉:それから……、
喜助: 定吉:く、くびを ふったら、ひばしと ひばしが あたって、
喜助:どうしたら そんな意味不明な遊びを 考え付くんだ……。
定吉:ご、ごめんなさい…… 喜助:子供だからって、いつまでも甘えてるんじゃない。
定吉:(泣き出す)
喜助:(ため息)ちょっと説教すると そうやって すぐベソをかく。
定吉:(ベソかきながら)
喜助:まったく……。
定吉:(ベソかきながら)
喜助:(手代の茂三に)
茂三:ええ。もう書きました。 喜助:書いて どうしたんだ? 茂三:ええ。
喜助:どうして置いてある?
茂三:ええ。
喜助:(眉間にぐっとシワが寄る)
茂三:(恐縮)
喜助:おまえ、なんか勘違いしてるんじゃないか?
茂三:も、申し訳ありません!
喜助:(手代の藤助に目を留めて)
藤助:え――? 喜助:(正座して。藤助に。自分の前を示して)
藤助:(喜助の前に正座して)
喜助:おまえさん、ここんとこ ちょくちょく、
藤助:ギクッ。 喜助:なにが 「ギク」だ。
藤助:そ、そうだったんですか――! 喜助:ずいぶんと 藤助:いや、あの、その――、ええと――、
喜助:(疑い)
藤助:あ、いえ、その……、お 喜助:まあ そうだろうね。それで? 藤助:それで……、
喜助:ほう、 藤助:それで……、
喜助:ほう、それは いい事を したね。
藤助:いえ、 喜助:なるほど、番頭さんと 一杯 藤助:いや、どこって……。
喜助:何だよ。行ったのは おまえさんだろ?
藤助:ですから、その……、
喜助:お茶屋?
藤助:(苦笑い)違いますよぉ、やだなぁ 番頭さん……。
喜助:だから何なんだよ。
藤助:ですから……、
喜助:ゲイシャ? 藤助:いや、そうじゃなくてですね―― 喜助:タイコモチってのは どんな 藤助:(苦笑)いや、ですから……、
喜助:(怒る)
藤助:(しょげる)
喜助: 藤助:(恐縮)
喜助:ったく……。
藤助:(足がしびれて立てない) 喜助:ん――?何してるんだ?
藤助:(足がしびれて立てない) 喜助:何をしてるんだよ。
藤助:そ、それが……、
喜助:(ため息)情けない……。
定吉:いってらっしゃいまし! 藤助:行ってらっしゃいまし! 定吉:(コワい番頭がいなくなって、緊張がゆるむ)
藤助:ホント、 定吉:もう帰って来なきゃいいのになぁ。 藤助:(苦笑)おいおい、言うねぇ。
定吉: 藤助:おまえまで 番頭さんみたいな事 言うなよ。 旦那:おはよう。 定吉:あ!だんなさま!
藤助:おはうよございます 旦那様!
旦那:ええ。 藤助:番頭さんでしたら、 旦那:そうかい。
藤助:いえ その――、面目ないことで……。 旦那:ま、番頭さんは ウチの大黒柱だからね。
語り:こういった具合に、
一八:(陽気に でかい声で)
喜助:!! 一八:(陽気に でかい声で)
喜助:(まだ店の近くだ。こんな所で幇間と絡むのはマズい)
一八:(そんな空気は読めない)
喜助:(もう黙らせるしかない)
一八:いやぁ、アタシも来るつもりは なかったんですけどね。
胡蝶:
「んもう 一八:――なーんて せっ 喜助:だからって そんな 一八:そうみたいですねェ。
喜助:(驚き&怒り)
一八:(ヘラヘラとなだめる)
喜助:うるさいんだよ。
一八:へい♪ 喜助:ああ、これ以上 おまえと並んで 歩いてて、
一八:へい♪承知しました♪ 語り:そうして 胡蝶:もう……、喜ィさん 遅いわねぇ……。
一八:ホントですよォ。
胡蝶:え?
一八:(やってくる喜助に)
胡蝶:(やってくる喜助に)
喜助:(急いでやって来ながら。黙らせようと焦っている)
胡蝶:だぁってぇ~、喜ィさんのこと 待ちかねてたんですもォん。
喜助:いや すまなかった すまなかった。
語り: 喜助:(すっかり お遊びモード。陽気に)
胡蝶:(不満。ふくれっ面で)
喜助:なんでって、 胡蝶:だぁってぇ、これじゃ 桜が見えないじゃありませんかぁ。 喜助:別にいいじゃないか。
胡蝶:そりゃそうかも しれませんけどぉ……、
喜助:桜なんて、川沿いで咲いてるのも
胡蝶:んもう、また そんなこと言って……。
喜助:分ったよ。そんなに見たけりゃ、
胡蝶:ヤですよ、そんな 語り:そんな 喜助:(わりと できあがってきてる)
一八:おや、大丈夫でござんすか?
喜助:大丈夫 大丈夫、これしきの酒。
一八:そうですか♪
語り: 喜助:いやぁ 胡蝶:(不満がぶり返す)
喜助:(酔ってるため 自分が言ったことも忘れてる)
胡蝶:あらヤだ。
喜助:俺が?そんなこと言った? 胡蝶:言いましたよォ。 喜助:まあ そんなこと どっちだっていいよ。
胡蝶:(うれしい)
喜助:いいよ いいよ。 胡蝶:ほらほら みんな!
語り: 喜助:おー、いい風だァ。
語り:外を見ますと、 胡蝶:(感動)
一八:いやー!こりゃあ 語り: 胡蝶:すごい 語り:やがて、 胡蝶:ねえねえ 喜ィさん、あたしたちも船 降りて、
喜助: 胡蝶:どうしてよォ。
喜助:あのねぇ、これだけ人が出てるんだぞ?
胡蝶:んもぉ、そんな事ばっかり言ってぇ。
喜助:駄目だよ。わたしは行かないよ。
胡蝶:そんなァ。
一八:あら。また 喜助: 一八:ふむ、「顔を見られると具合が悪い」。
喜助:え?
一八:なるほど。
喜助: 一八:(扇子を出して)
喜助:ん――?
胡蝶: 喜助:もちろんだ。
語り:こうして喜助は、 胡蝶:(満開の桜に感動)
喜助:いやァ、こりゃあ見事なもんだなァ。 胡蝶:でしょォ?
喜助:はっはっは、スマンスマン。
胡蝶:喜ィさん、ちょっと お暑いでしょ?
喜助:ああ、それもそうだな。 一八:大将、 喜助:おお 胡蝶:ホラホラ喜ィさん、 喜助:(別に嫌そうでもなく。むしろ嬉し気に)
胡蝶:いいじゃありませんかァ。
喜助:(わりと嬉しそうに)
語り:よしなさいと言いつつも、
喜助:よしッ、そろそろ 語り: 喜助:(酔っている。陽気)
胡蝶:あら いいですわね。
喜助:いいねェ。
胡蝶:あらァ、さすが喜ィさん、 一八:へいへいッ♪(喜助に)
喜助:ん。
胡蝶:(適当に手拍子しながら)
一八:(適当に手拍子しながら)
喜助:よォーし、
語り:すっかり 旦那:いやぁ 玄白:まったくですなあ。
旦那:そうですねえ。
玄白:この 旦那:これは風流な事を おっしゃる。
玄白:旦那様もですか。わたしもです。
旦那:いやいや 先生の おっしゃるとおりですよ。
玄白:おお、本当だ。
旦那:(その様子を見ながら。喜助だとは気付いていない)
玄白:ほんとですねえ。
旦那:きっと どこか ご 玄白:そうでしょうなあ。
旦那:どうしました先生? 玄白:いや――
旦那:ウチの喜助に?
玄白:ひょっとして あの お 旦那:あの お 玄白:そうですか? 旦那:ええ、それは ありません、残念ながら。 玄白:あの お 旦那:残念ですねえ。
語り:そんなことを言いながら 旦那と 喜助:(だいぶ酔っている)
語り:ぶつかっては危ないので、旦那は 旦那:おっと、失礼。 喜助:おッ!その声は 旦那:ちょちょちょちょ……!
喜助:なァーにが お人違いだ。
旦那:いえ、本当に、お人違いかと……。 喜助:まァーだ言うかァ。
語り:と言って 手ぬぐいを取った その目に飛び込んできたのは――、
喜助:(泣きそうになりながら)
旦那:(困惑)な、何を言ってるんですか……? 胡蝶:(むこうから駆け寄って来ながら)
旦那:(胡蝶に)
胡蝶:(できる芸者さんは 常識的で如才ない対応もできる)
旦那:よろしく お願いしますね。
語り:そうして 喜助:(超絶ヘコんでいる)
胡蝶:どうしたのよォ 喜ィさん。
喜助:なんてこった……。
胡蝶:何なんですか もォ。
喜助:あの 胡蝶:何なんですよ もォ!
喜助:あの 胡蝶:(嬉しそうに)
喜助:バカ!そんな事できるか!
一八:(やって来る)
胡蝶:お店の 旦那さんと 出くわしちゃってねぇ。
一八:ありゃ、そうなんスか。 喜助:ああ……、やっちまった……。 胡蝶:ほらね。ずっと この調子なの。
喜助:ああ……、やっちまった……。 一八:ホントですねぇ。
喜助:(力なく)
一八:え?大将 帰るんですか? 喜助:もう遊ぶどころじゃないよ……、
一八:あ、じゃあ、船ん所 行きますか。 喜助:いや、いい……。歩いて、帰る……。
一八:は、はあ――。 語り:すっかり しょげ返ってしまった喜助、
喜助:ああ……なんてこった……。
語り:店へと帰る 喜助:待てよ……?
語り:そんな 喜助:(入口の所で。独白)
藤助:あ 番頭さん。おかえりなさいまし。 喜助:ああ、ただいま……。
藤助:いえ、旦那様は お出かけ中で。 喜助:ど、どちらへ お出かけなんだ……!? 藤助: 喜助:希望は断たれた……。 藤助:え?どうしました? 喜助:いや、なんでもない……。 藤助:大丈夫ですか?
喜助:あ、ああ いや……、
藤助:それは いけませんね。
喜助:(あわてて止める)
藤助:はあ――、わかりました。 喜助:くれぐれも、わたしには かまわなくていいから。
定吉:(藤助のところへやってきて)
藤助:ああ、風邪を ひいたから、もう寝るらしい。
定吉:なんですか?おにの かくらん って。 藤助:何って そりゃあ おまえ……、
定吉:全然わかんない。 藤助:しかし 意外だなぁ、あの番頭さんが 風邪ぐらいで
定吉:もう起きてこなくていいのに。 藤助: 定吉: 藤助:俺が番頭になったら この店 一瞬で つぶれるよ。 定吉:たよりにならないなぁ。 藤助:鼻に 定吉:それも そうですねぇ。 藤助:でも番頭さん、医者 いらないって言ってたなぁ。
定吉:はーい。じゃ行ってきます。(行きかける) 藤助:(呼び止めて)
定吉:えーと、「はんみょうこ」、ですか? 藤助:それ やべえ毒じゃねえか。
定吉:あ そっか。
藤助: 定吉:はーい。(去る) 藤助:アイツがいちばん 旦那:(帰ってくる)
藤助:あ 旦那様!
旦那:ただいま。
藤助:あ、番頭さんでしたら、お風邪を召したそうで、
旦那:ほう、風邪を。それは心配だねえ。
藤助:いえ、番頭さんが、
旦那:なるほど、それで さっき 語り:さて、自分の部屋で 布団を 頭から かぶり、
喜助:だ、旦那様が帰って来た――!
旦那:(喜助の中の、主の説教の妄想)
喜助:――いや、こんな言い方をする お 旦那:「番頭さん。長い 喜助: 定吉:(薬を届けにやって来る。無遠慮に障子を開けて)
喜助:――!!!!
定吉:はい、そうですけど。 喜助:いよいよ来たか――。
定吉:――??
喜助:く、薬――!?
定吉:いつから ソクラテスになったんですか。
語り:その 喜助:(ため息)お裁きは 語り:暗い部屋の中で 目をつぶっていても、
喜助:んぁ……、朝か……。 語り:店の 喜助:さッ、 定吉:なんだ喜助。
喜助:ば、番頭!?
定吉:おまえこそ なに言ってるんだ。
喜助:ハッ――!
定吉:まったく。
喜助:は――、はい……。
定吉:うむ。わかったら さっさと仕事を しなさい。 喜助:あ、あの――、何をすれば―― 定吉:なんだ おまえ。
喜助:す、すみません。
定吉:きまってるだろう。
喜助:……え?? 定吉:鼻の穴に、ひばしを つっこむんだよ。 喜助:え――?え?? 定吉:鼻の穴に ひばしを つっこんで、
喜助:え――、あの―― 定吉:なにを グズグズしてるんだ。
喜助:いや、ちょっと―― 定吉:なんだ、できないのか?
喜助:や、ちょっと、ああッ……! 定吉:ほーら まずは右からァ! 喜助:うわあああああああああああッ!! 喜助:(目が覚める)
語り:それからも 一晩中、ウトウトしては 悪夢を見て目覚め、
喜助:ああ……、今度こそ本当に朝か……。 語り:まだ起き出すような時間ではないのですが、 定吉:ば、番頭さん!何やってんですか!
喜助:ハッ――!
定吉:なんでですか! 語り:それから 喜助:やっちまったなぁ……。
語り:そのうちに、店の 旦那:(煙草盆を置いてもらって)
定吉:はーい。 喜助:やっちまった……やっちまったなぁ……。 定吉:(呼びかける)番頭さーん。 喜助:(聞いちゃいない)
定吉:番頭さーん! 喜助:やっちまった……やっちまったなぁ……。 定吉:番頭さんてばぁ!! 喜助:わぁ!
定吉:ずっと呼んでたんですけど……。 喜助:何か用か。 定吉:あの、だんな様が、もし おてすき だったら、
喜助:――!!
定吉:あのー……、どうしますか?
喜助:やっちまった……やっちまったなぁ……。 定吉:あの、すぐに いかれますか?
喜助:やっちまった……やっちまったなぁ……。 定吉:ねえ番頭さん!
喜助:うるさいな!いま行くって 言っとけ!! 定吉:は、はいぃ……! 定吉:行ってまいりました。 旦那:ああ ごくろうさん。
定吉:「うるさいな!いま行くって 言っとけーッ!」
旦那:何を言ってるんだ。
定吉:ウソじゃありませんよ。
旦那:そうか。
定吉:はい。わかりました。 喜助:(何を言われるのかとビクついている)
旦那:おお番頭さん!お待ちしていましたよ。
定吉:はーい。しつれい いたします。 旦那:(喜助に)
喜助:(大恐縮)
旦那:(やさしく笑って)
喜助:恐れ入ります。
旦那:わざわざ 来ていただいて すみませんねえ。
喜助:い、いえ、この時間でしたら、
旦那:そうですか、それなら 安心しました。
喜助:(大恐縮。平身低頭)
旦那:いやいや 本当のことですよ。
喜助:(大恐縮)
旦那:いやいや、かまいませんから。
喜助:(大恐縮)恐れ入ります――! 旦那:いえいえ、喜助さんは 今日は、
喜助:(大恐縮)
旦那:そうですか、よかった。
喜助:あ、はい、では、いただきます。
旦那:どうです?おいしいですか? 喜助:ええ、とても結構な お茶です。 旦那:ああ、それは よかった。わたしも いただきます。
喜助:ええ、もちろんでございます。 旦那:ああ、ありがとうございます。
喜助:(大恐縮)いえ、存じ上げません。
旦那:(優しく笑って)
喜助:(大恐縮。泣きそう。泣いててもいい)
旦那:いえいえ、本当の事です。
喜助:(大恐縮)
旦那:(やさしく笑って)
喜助:(恐縮。頭を下げて)
旦那:(やさしく笑って)
喜助:はい――。覚えております――。 旦那:あの ベソっかきの小僧が、こんな立派な番頭になって――。
喜助:ああいえ!
旦那:そうですか?
喜助:いただきます。
旦那:(だしぬけに)
喜助:(お茶を吹く)ブッ!!ゴホッゴホッ!
旦那:(ほほえんで)
喜助:(大恐縮して頭を下げる)
旦那:はっはっは。
喜助:(思いがけない発言に、頭を上げて旦那を見る) 旦那:あれだけの 喜助:(泣いてる)
旦那:いやいや。わたしには、
喜助:とんでもない……!
旦那:何を おっしゃるんです。
喜助:はい――!承知しました――! 旦那:お付き合いに限らず、
喜助:お――、 旦那:( 間 )
喜助:ありがとう存じます――。 旦那:(冷まして飲む)
喜助:はい――。 旦那:長い 喜助:(「明日から居場所はありません」と続くと思って)
旦那:え? 喜助:(驚き)え――! 旦那:商売人としての 喜助:(感涙)
旦那:(お茶を飲む)
喜助:いえ、とんでもございません。 旦那:どうぞ、お茶、冷めないうちに 飲んでくださいね。 喜助:はい、いただきます。
旦那:(お茶を飲む)
定吉:(部屋の戸口の外で)
旦那:ん? 定吉:(襖障子を開けて)
旦那:(定吉に)
定吉:(旦那に)
喜助:(定吉に)
定吉:(喜助に)
喜助:(定吉に)
定吉:(喜助に)
旦那:(苦笑して)
喜助:(少し苦笑。定吉に)
定吉:はーい。
喜助:なんだ? 定吉:オイラ、今日は もう、 喜助:( ちょっとだけ間 )
定吉:(初めて褒められたので ポカンとしちゃう)
喜助:どうした? 定吉:(とても嬉しそうに)
喜助:(また やさしくほほえんで)
定吉:(やる気を出す)
喜助:ああ。頼む。 定吉:はーい!
旦那:(ほほえんで。喜助に)
喜助:ええ――、
旦那:すまないねぇ、なんだか せわしなくて。 喜助:いえ。
旦那:ああ、ちょっと喜助さん。 喜助:はい。 旦那:ひとつだけ、 喜助:なんでしょう――? 旦那: 喜助:はい。
※「ここで会ったが百年目」という言葉には、「長く会わなかった」というニュアンスが含まれています。
※『旦那』の語源について
・上演を公開される際は、観覧無料の媒体のみで行うようお願いします。
観覧自体が無料であればかまいません。いわゆる「投げ銭システム」に代表されるような、リスナーから
配信者へ 金銭または換金可能なアイテムやポイントを贈与できるシステムの有無は問いません。
ただし、ことさらリスナーに金銭やアイテム等の贈与を求めるような行為は おやめください。
・無料公開上演の録画は残してくださってかまいません(動画化して投稿することはご遠慮ください)。
録画の公開期間も問いません。
・当ページの台本を利用しての有料上演はご遠慮ください。
・当ページの台本を用いて作成した物品やデジタルデータコンテンツの販売はご遠慮ください。
・当ページの台本を用いて作成した動画の投稿はご遠慮ください。
・台本利用に際して、当方への報告等は必要ありません。
・
?歳。30代なかば~40代くらいかな。
とある大店の番頭。
幼少期からずっと住み込みで奉公しているベテラン。
とても有能・真面目・厳格で、他の奉公人に対しても厳しい。
しかし、実は芸者遊びが好きという裏の顔がある。
店の主(旦那)のことは 心から畏れ 敬っている。
一人称は「わたし」。馴染みの芸者の前や 独白では「俺」も。主の前では「手前(てまえ)」。
※終盤、熱いお茶をすする場面が何度かあります。
口だけだと表現しにくそうであれば、
あらかじめ飲み物とコップ等を用意しておくほうが
ストレスなくできるかもしれません。
・
?歳。60代~70代ぐらいかな。
喜助たちが奉公する大店の主。
温厚で物腰やわらかく、やさしい。
いつもニコニコ 目を細めているイメージ。
喜助のことは、「筆頭番頭」としてリスペクトしており、敬語で丁寧に話す。
※特に最終盤、喜助とふたりきりになる場面では、
喜助への思いやり・感謝・敬意たっぷりに、
優しくじっくり言い聞かせてあげてください。
一人称は「わたし」。
※終盤、熱いお茶をすする場面が何度かあります。
口だけだと表現しにくそうであれば、
あらかじめ飲み物とコップ等を用意しておくほうが
ストレスなくできるかもしれません。
・
10歳前後。
喜助が番頭を務める店の小僧。
あまり 出来のよくない小僧。
サボり癖がある。
怒られると すぐにベソをかく。
一人称は「オイラ」。
最後の最後にも 少しだけ出番がありますのでご注意ください。
・
?歳。20代なかば~50代くらいで好きなように。
喜助の馴染みの幇間(たいこもち)。
落語に出てくる幇間といえば だいたいこの名前。
客をヨイショして盛り上げる職業の人。
とにかく陽気でお調子者。
あまり空気を読めるほうの芸人ではないらしい。
声がでかい。
一人称は「アタシ」(別にオネエではない)(オネエにしてもいいけど)。
・
?歳。ご婦人の年齢を詮索するもんじゃありませんやね。
喜助の馴染みの芸妓(げいこ)さん。
喜助のことは親しみをこめて「喜ィさん」と呼ぶ。
胡蝶にとって喜助は客だが、長い馴染みなので、わがままを言ったり
甘えたり、馴れ馴れしくしたりする。
一人称は「あたし」。
・
?歳。30代なかば~後半くらいかな。
喜助が番頭を務める店の手代。
二番番頭格で、いちおう喜助の後継者候補。
今のところ能力は喜助に ほど遠く、また遊び好き。
一人称は ふつうは多分「手前」とかなんだろうけど、この台本の中では「俺」しかないような。
・
?歳。旦那と同年配くらいかと。
たぶん医者。
喜助の主の友人。
風流で 世慣れた お年寄りという感じ。
一人称は「わたし」。
・
?歳。20代~30代前半くらいかな。
喜助が番頭を務める店の手代。
特に仕事熱心でもない若いやつという感じ。
・語り(セリフ数:29)
丁寧口調の語り。
セリフの数は少ないですが、1つ1つのテキスト量は多めです。
・喜助:♂ ※マーカーを施した台本はこちら もしくは こちら
・旦那/一八/茂三:♂ ※マーカーを施した台本はこちら もしくは こちら
・定吉/胡蝶:♀ ※マーカーを施した台本はこちら もしくは こちら
・語り/玄白/藤助:♂ ※マーカーを施した台本はこちら もしくは こちら
【ちょっと難しい言葉】※クリックすると開いたり閉じたりします(ブラウザによっては機能しません)
商家の使用人のうち、かしらとして店の万事をとりしきる者。
結婚して家庭を持つこと。
商家の使用人のうち、番頭と小僧との中間の使用人。
商家や職人に奉公する少年や幼年者。上方では「丁稚」。
ひとつの共同体の経済や生活の管理や処理。
涼を得たり、土ぼこりが舞い上がるのを防ぐため、道や庭先に水をまくこと。
細く切った紙をひねってひも状にしたもの。
炭火などをはさむのに使う、金属製のはし。
足し算のこと。
人力車のこと。
お風呂屋さん。銭湯。
「義太夫節(ぎだゆうぶし)」のこと。浄瑠璃の一種。三味線の伴奏に合わせて物語を語る。
ここでは、芸妓(げいこ/げいぎ)さんが客をもてなす、大人の社交場。
酒宴の席に出て、客の機嫌を取り、座をにぎわす男芸者。
教えさとして、いましめること。
非常にまじめで、冗談や浮わついたことを好まず、誠実で正直なこと。
生真面目で堅苦しいこと。
不愛想で頭の堅い人。また色恋や異性との交遊に疎い人。
屋根があり座敷をしつらえた大型の和船。
長さの単位。1町は約109メートル。
家紋の入った着物。
底に皮を張った ぞうり。
要は ふんどしのこと。
平織りで、やや厚手の木綿織物。
着物の中に着る肌着、インナーのこと。
江戸時代、大津の追分、三井寺の辺りで売られていた軽妙な筆致による民芸的な絵
着物と同じ丈で、着物の下、肌着(肌襦袢)の上に着るもの。
「結城紬(ゆうきつむぎ)」の略。茨城県結城地方で作られる丈夫な絹織物。
着物と羽織りを同じ布地で仕立てたもの。
「綴れ織り(つづれおり)」のこと。色のついた糸をいくつも使い、カラフルな模様を出した織り方。
黒く染めた柔らかい革。 山城国(京都府)の八幡に住む神人らが作ったという伝説から。
雪駄の踵に付ける金具。「チャラガネ」とも。
屋形船や釣船を貸し出す施設。
船を岸辺の杭などに繋ぎとめておくための綱。
和服の袖から腕を抜いて上半身を出すこと。
獣の毛の繊維に加工して、織物のように仕上げたもの。敷物にする。
花見のときに着る衣装。
要は、花見の席に敷く敷物。
ひどく酒に酔っているようす。泥酔。
手ぬぐいなどで目隠しをした鬼が、逃げ回る者たちを手探りで捕まえる鬼ごっこの一種。逃げる者たちは「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」などとはやす。
「清元節(きよもとぶし)」の略。浄瑠璃の一種。三味線に合わせて語るが、唄に近い。
「どじょうすくい踊り」のこと。安来節に含まれる滑稽な踊り。
ふだんきわめて健康な人が珍しく病気になることのたとえ。「霍乱」は日射病のこと。
昔の重さの単位。1銖は約0.6グラム。
漢方薬の1つ。かぜ薬として知られ、ひき始めによく使われる。
眠れず、寝返りばかり打つこと。
セリ科の有毒植物。古代ギリシャでは罪人の死刑に用いた。ソクラテスの処刑に用いられたことで有名。 江戸時代の日本には自生していなかったようだ。
古代ギリシアの哲学者。プラトンの師。賢人と呼ばれる人々に 次々に問答をふっかけては論破してその無知を指摘するというヤベえ活動をライフワークとしていたため敵を増やし、最終的に裁判にかけられて死刑になる。そのときに飲んだのがドクニンジンと言われている。
商店や宿屋などで、勘定をしたり帳簿を付けたりするところ。
朝食。
喫煙具一式をのせてある盆や容器。
寺院に関係のある方面。 寺関係。
インドの古い呼び方。
とある
たいへん
幼い時から この店に
いまだに
ずっと住み込みで 店に尽くして
その仕事ぶりには
もはや店の
こうして、いまや実質
この
文字通り 店に"
日々、
彼らの
喜助自身が たいへん有能で
さあ おまえたち、もう店を
ちゃんと準備は できてるだろうな!
ん――?
(小僧の亀吉に)
こら
なに ホウキを片づけようとしてるんだ!
全然 掃除が できてないじゃないか!
そこの
(小僧の常吉に)
こら
何をボーッと つっ立ってんだ!
仕事は いくらでもあるだろ!
手が
ったく……。
ホラ、今日は暑いから、打ち水してきなさい。
(小僧の新吉に)
こら
大事な
(手代の久蔵に)
ああ
遅いんだよ。
次は
(手代の清吉に)
こらこら
なんだ その着物の
これから お客様の前に立つのに、そんな身だしなみでどうする!
まったく どいつもこいつも……!
(定吉に)
100本 作るように言いつけてあるんだったな。
どのくらい できた?
じゃあ あと4本で100本か。
まったく、なにを チンタラやってるんだ!
おまえは 人が見てないと すぐにサボるからな。
(定吉の膝のところに何かがある)
ん――?おまえの
(取り上げて)
なんだ これは?
まったく、こんな事だろうと思った。
あのな、
その大事な物を作らずに、どうして馬なんか作ってるんだ!
(吹き出す)
ぷっ。あははははは。
馬に ツノなんて はえてないでしょ?
これ、馬じゃなくて、鹿ですよ。
これがホントの「
コラ!!!!
言われた事を ちゃんとやれと言ってるんだ!
おまえは いつもそうだ。
えっと、その……
言ってみなさい。
おまえは、何をしていたんだ?
あの……、ひ、ひばしを……
鼻の穴に、つっこんで……
左右の鼻の穴に それぞれ、
それから?
くびを ふって……
どうして首を振ってたんだ?
チリンチリンて音が なって、おもしろくて……
あのなぁ、遊ぶために 店に置いてもらってるんじゃないんだぞ?
まったく おまえには ほとほと
いったい いつになったら 人並の
用事を3つ言いつければ 必ず1つは忘れるし、
もう半年になるのに いまだに
そんな事で、まともな商売人に なれるか!
もっと身を入れて やらないとダメだろうが!
うっ……うっ……
泣くぐらいなら、最初から ちゃんとやればいいだろう。
あんまり役に立たないようなら、旦那様に言って、
そ、それだけは ごかんべんを……
じゃあ いつまでも泣いてないで、
早く
は……はい……
わたしが頼んどいた
書いて、ここに置いてあります。
書いたなら、なぜ出さないんだ?
出さなきゃと思って、小僧に言いつけようとしたんですが、
どいつもこいつも 手が
小僧の手が
(皮肉)
ずいぶん いい身分に なられたようだねぇ。
手紙1本 出すのに、てめえは立ち上がることもなく、
小僧をアゴで使う立場に おなりになったか――。
いや……その……
ずっと偉いって
少しばかり長く この店にいて、
小僧と呼ぶには
それだけじゃないか。中身は小僧と 少しも変わらない。
人に物を言いつけるなんて 10年 早いんだよ。
手紙の1本や2本、小僧の手が
自分で出しに行け!
ただいま行ってまいります!(慌てて出ていく)
なんだ
おまえさん、
ずいぶん余裕を見せてるがね――、
わたしが なんにも知らないとでも思ってんのかい?
は、はい――。
あ、あの――、わたしが、何か――?
夜中に お出かけの 様子だね。
夜中も ずいぶん
ウチの前で
何人かの 人の気配や話し声もする。
「大将 今日は どうも」だの、「また近いうちに」だの。
女の声も聞こえたな。キャンキャン高い声でもって、
「今夜も楽しかったわァ」だの
「また呼んでちょうだいねェ」だの。
そうやって、一団の気配が 遠ざかったと思うと、
ウチの
で、入って来たのが、おまえさんだ。
わたしは ちょうど
見てたんだよ、
それが
おまえさん、
お、お
あんな遅い時間に やってる
もうちょっと早い時間に 行ったんですけど……
その お
それで?
その番頭さんが おっしゃるには、
今晩 ウチの旦那様が
で、客入りが あまり良くないから、
おまえさん よかったら来てくれないか と。
ですので、その
けど
まあ その、番頭さんが、退屈な会に来てもらって すまなかったね と。
で、退屈なおしに 一杯 行こうと おっしゃるもので……
でも帰って来た時、他にも人が いらっしゃったね。
女の人も いたな。しかも みんな
あれは どういうことだい?どこへ行ってたんだい?
ですから その……、
ねえ?
どこ行ってたんだ?言ってみなさい。
お茶屋に……
あんな夜中に、お茶っ葉を 買いに行ったのか?
この流れで お茶屋と言ったら、
そういう お茶屋じゃなくて……、
ねえ?
そういう お茶屋じゃないなら、
どういう お茶屋なんだ。
下手な医者か?
煮て食うのか 焼いて食うのか?
もう、よしてくださいよぉ。
お
(ニヤニヤしながら)
番頭さんだって、たまには そういう お茶屋で お遊びになること、
あるでしょ?
馬鹿な事を 言うんじゃない!
はばかりながら この喜助、
この店へ
そりゃねぇ、わたしだって、おまえさんの言う 茶屋が
ただの茶屋じゃない事ぐらい 分かるよ。
だがね、わたしは この
そんな茶屋に上がった事なんか 一度も無い。
なぜだか分かるか?
そんな遊びを覚える前に、
おまえさんは どうなんだ?
そうやって毎晩 遊び歩く余裕があるほど、
商売人として
いえ、あの……、
寝不足なんだろう、朝になったらボーッとして。
お客様の
あのねぇ
わたしに もしもの事があったり、のれん
おまえさんが ここを預かる事になるんだぞ?
そうやって遊び
以後、
もう いい。
もういいから、仕事に戻りなさい。
早く立って 仕事に戻りなさい。
早く仕事に戻れと言ってるだろ!
足が
これしきの正座で 足が
(小僧に)
まったく、どいつもこいつも、頼りない事 この上ない。
(みんなに)
わたしは これから
帰りは遅くなるかもしれないが、旦那様に
おまえたち、くれぐれもサボるんじゃないぞ。
気を入れて
じゃ行って来る。
はぁ~、今日も こってり しぼられたぁ……。
おまけに めちゃくちゃ おカタいと きてる。
まったく息が詰まるよ。
(痺れた足が痛い)
いててて、あ~、足
そういう
番頭さんにしか分からない仕事 いっぱいあるんだから。
おはようございます!
お出かけですか?
ええと、番頭さんは いらっしゃらないのかな?
ついさっき お出かけになりました。
自ら
おまえたちも
ちゃんと あの
じゃ行って来るから。
帰りは遅くなるかもしれないけど、
勝手に
(独白)
喜助さんもねぇ――、
もう少し柔らかくても いいんだがねぇ……。
"鬼の番頭"として
また
なにしろ
遊びなんかには 目も くれない、
と、店の者たちには 思われているのですが――、
何を隠そう、この喜助には、
店の 誰にも知られていない、
もうひとつの顔があったのです。
それは――
実は、芸者遊びが大好きだという事。
今日も、
出かけたのですが、それは真っ赤な
本当は、
さて、喜助が 店を出て 1
頭を つるんと丸め、手には
どこから どう見ても
陽気に
喜助に近づいてまいりまして――、
どォ~も
お待ちしておりましたよォ
いやァ、今日は 絶好の お
(なんとかごまかそうとする)
(あたふたと)
こ、これはこれは、
いやァ、すっかり ご無沙汰をしておりまして!
皆さん お変わり ありませんか?
また、近いうちに 寄らせてもらいますんで、どうぞ よろしく お伝えください。
それでは わたくし、ちょっと急ぐ用事が ございますので、ごめんくださいませ。
(行こうとする)
(陽気に でかい声で)
何を おっしゃってんですか
アタシですよ、
何ですか
こんな
ヤですよォ
もう!大将ったら お上手なんだからァ!!!!
シーッ!!うるさいんだよ!
なに こんなとこまで来てんだよ おまえは!
向こうで待ってるように 言っといたろ!
まだ店の近くなんだぞ!
こんなところを店の者に見られたら どうするんだ!
芸者の
ちょっと
お忘れに なってんじゃないの?
ねぇ
喜ィさんのこと 迎えに行っとくれよ」
デカい声で話しかけるんじゃないよ!
わたしは 店じゃ カタい人間で
いやね、実は アタシ、
通りの
なッ……!
おまえ、店の前まで 来てたのか!バカ!
まあまあ まあまあ♪
いやぁ、ビックリしましたよ。
遊んでらっしゃる時は いたって
お店では あんな ものすごい お顔をしてらっしゃるとはねェ。
目なんか こーんなに つり上げて、
まるで
いいか、もう そんな
店の近くに来るんじゃないぞ?
知った顔に 見られでもしたら困る。
わたしは いつもの所で 着替えてから行くから、
おまえは先に みんなの所へ戻って、わたしも すぐに着くって、
そう伝えておいてくれ。
また しばらく歩きまして、
一階は
喜助は その
実は 喜助、この
遊び用の
ここで 上から下まで すっかり
遊びに出かけるという寸法。
今まで着ていたものは
着替えに取り掛かります。
キメの細かい
京都は
見事な
その上には これまた
まことに
おカタい番頭さんの姿は どこへやら、
誰が見ても、遊び慣れた
急ぎ足で
(一八に)
ちょっと
ん――?
(喜助がやってくるのが見える)
あ!あれ、大将じゃありませんか?
あ!あらホントだわ!
(やってくる喜助に手を振って)
喜ィさぁーん!
こっちこっちー!
こっちですよォー!
喜ィさーん!
早く早くー!
喜ィさーん!
シーッ!シーッ!
そんな大きな声で 名前を呼ぶんじゃないよ!
この
遅かったじゃありませんか。何してらしたんですかぁ?
わたしもね、おまえさん
旦那だの大将だのと 持ち上げてもらってるけど、
店では 番頭とはいえ
そうそう自分勝手に 出て来れるもんでも ないんだよ。
ともかく まあ、今日は ひさしぶりの 花見だからな、
パーッと
とにかく、船に乗ろうじゃないか。
(みんなに)
さ、乗った乗った。
(船頭に)
さっそく
(お酒を呑む)
クイクイクイ……ぷはぁーっ!
いやぁ、結構だねぇ。
さあさあ、みんなも ドンドンやっとくれ。はっはっは。
いやぁ
(胡蝶に)
まあ――、お酒や お料理は 楽しんでますけどぉ……、
でも……、
なーんで
知った顔に 見られでもしたら 具合が悪いからじゃないか。
この
誰が うろついてるか分かったもんじゃない。
それに、すれ違う船に 知り合いが乗ってないとも限らないし。
花見なんてものは、桜を見ると言いながら、
その実、桜のある場所でドンチャンやるだけで、
花なんて 見ても見なくても いいもんなんだ。
せっかく船に乗ってるんだから、川沿いの桜、
見てみたいじゃありませんかぁ。
山で咲いてるのも 同じだよ。
ねぇ~、ちょっとぐらい 見ちゃいけませんかぁ?
せっかく いい お天気で 風も気持ちいいのに
こんな閉め切った船に 揺られてるなんて、
まるで
あるいは ヨイショをしたりして
喜助も また
(でも呑む)
クイクイ、ぷはぁっ。
いやー、お
(一八に)
おう
もう ずいぶんと お顔が 赤くなってらっしゃいますよ?
そんな お顔でお店に戻ったら、
お
遅くなるかもしれないと言って 出て来てるんだ。
帰るまでに
それじゃ ぐっといきましょ♪
やがて
喜助も すっかり 酔いが回って、顔も
酒が回って いい
なんだか ずいぶん暑いな。
そりゃそうですよ。
今日は とっても いい お天気なんですから、
それに、ここに これだけの人がいて ドンチャンやってんですから、
熱気も こもるでしょ。なのに
なに?
どうりで暑いと思ったんだよ。
誰だよ
喜ィさんが 閉め切っとけって言ったんじゃありませんか。
暑くてしょうがないんだ。
おまえたち、
まぁッ!
喜ィさんの お許しが出たわよ!
サーッと お座敷に吹き込んでまいりまして、
その
気持ちいいなァ。
まるで
それが川の
この世の物とは思えないほどの 素晴らしい景色。
まあッ――!なんてキレイなの――!!
思い思いに花見を 楽しんでおります。
上品に 花を見ている者たちもいれば、
どんぶりを
赤い顔をして 踊りを踊っている
江戸って、こんなに
それにしても みんな楽しそう――。
船は いったん この
しばらく
何言ってんだ。わたしは
みんな楽しそうよォ?
知った顔の ひとりや ふたり、来てるかもしれないじゃないか。
ちょっとぐらい いいじゃありませんかァ。
そんなに上がりたけりゃ、
おまえさんたちだけで 上がればいいじゃないか。
わたしは ここで
せっかく一緒に来たのに、喜ィさん抜きなんて つまらないワ。
(一八に)
ねえ
喜ィさんを説得してくださいな。
(考える)
そうですなァ……。
(喜助に)
えー、大将。
少しだけでも
誰かに顔を見られると 具合が悪いから、
わたしは
つまり逆に言えば、
顔さえ見られなきゃ 具合は悪くないと、
こういう事ですな?
ああ――、まあ――、
そういう事だな。
ではアタシに ちょいと
ここに
これを こう 広げましてね。
で、上下を
(紐を出して)
で、ここに
これを こう、
で――、
ちょいと失礼しますよ。
(と言って喜助の後ろへまわり)
これを こう、大将の頭に
そうしますと、どうです?
大将は
けど
これなら安心でしょ?
おお――、
なるほど、こりゃいいな。
(喜助に)
じゃ喜ィさん、あたしたちと一緒に
さぁ みんな、上がろう 上がろう。
わァ~~~!キレ~~~イ!!
(喜助に)
ねえねえ喜ィさん、とってもキレイじゃございませんこと?
誰ですか、桜なんて 見ても見なくてもいいなんて おっしゃったのは。
それにしても
(と脱いだ羽織を一八に渡す)
ああ、涼しくて気持ちいいな。
着物も
え?これもかァ?
ダメだよォ、こんな
みんな見るじゃないかァ。
お
(と、喜助の着物の袖を抜かせようとする)
ほらほら、ほらほら。
おお こらこら。よしなさい。
よしなさいってのに。
喜助は 着物の
このあたりは 芸者も
喜助が 本当は 中の
ちゃんと分かっていて、そのように
自慢の
喜助は
しばし
はらはらと舞う 桜の花びらは
適当なところで
船の お座敷にも
またたく
いやぁ
ちょいと
じゃあ、鬼ごっこなんて どうです?
それじゃ 『
目隠し鬼と いこうか。
じゃ 喜ィさんが
(一八に)
じゃ大将、
目ェつぶっといてくださいね。
(扇子を取って 手ぬぐいで目隠しをしてやる)
よいしょ、よいしょ。
さ、できましたよ♪
よぉーし、じゃ おまえたちは 手を
最後まで逃げおおせた奴には たっぷり
そのかわり、
よーし、じゃあ おまえたち、逃げろォ!
〽
手ーの鳴ーる ほーおへ♪
〽たーいしょーお こーちら♪
手ーの鳴ーる ほーおへ♪
知った顔に
ふらふらと 足を もつれさせながら、
キャーキャー逃げ
――さて
医者の
お天気もいいし、風も強すぎず 涼しくて気持ちがいい。
桜も見事に 満開ですよ。
不思議なもんですねえ。毎年 見ている景色なのに、
同じように見えても、やはり見るたびに 新鮮な 感動を覚えます。
いずれにしても、こうして桜の季節になりますと、
日本人に生まれて良かったなぁと思いますよ。
結構な 目の
桜も、今日が
ここからは だんだんと散っていくんじゃないですかねえ。
なるほど、だから今日は また こんなに
みんな、どうせなら いちばんの
いや ものすごい
不思議なもので、同じ花見でも、梅となると、もっと こう、
静かに、しみじみ
そこへいくと桜は――、
人を呼ぶんですなあ。
たしかに、今日の花見も、
この
花も見事だが、人も見事だ。
楽しみ方も それぞれで いいですねえ。
あそこでは
わたしも若い
それで いいんですよ。
やかましく騒いでいるのも また、
とことんまで楽しむのが いいと思いますねえ。
わたしも 若い頃は、花見に限らず ずいぶんと バカ騒ぎをして、
あやうく
でもねえ、そういうバカの ひとつや ふたつ やってこそ、
人としての
遊び好きの言い訳に 過ぎませんがね。
(向こうの方を指さして)
ああ ほら、あそこ 見てください。
目隠し鬼を やってますよ。
その
いや結構ですねえ。
あのオニを やってる お
あの お
着てらっしゃる あの
他に 身に着けてらっしゃる物も、
あれは
ずいぶん酔ってらっしゃる様子ではありますが、
それでも 足の運びが
ほら、あの
トットッと前に2
トントントーンと後ろへ3
見事な 足運びですよ。
あれは踊りも 相当やっていると お見受けしますなぁ。
(よく見ると なんだか見た事ある顔かも)
あれ――?
あの お
よく見たら あの お
旦那様の所の 番頭さんに、似てらっしゃいませんか――?
(あらためて 当該人物を見やる)
ん~~~。
まあ 目隠しを なさってるんで、鼻から下しか 分かりませんが――、
言われてみれば、まあ、似てなくもないですかねえ――。
喜助さんなんじゃ ありませんか?
(思わず笑ってしまう)
はっはっは。いやいや 先生、それは ありません。
喜助が あれくらい 遊びを知ってくれていれば、
わたしには何の心配も なくなるんですがねぇ。
いや もう ウチの喜助ときたら、堅いのなんの。
それが わたしの部屋まで聞こえてくるもんですから、
まあ 聞くともなしに 聞いてましてね。
そしたら、夜中に 茶屋遊びを していた奴を
こんなこと言ってましたよ。
「ゲイシャってのは どんな医者だ。下手な医者か」
「タイコモチってのは どんな
いまどき こんな
わたしは 思わず 吹き出しそうになりましたよ。
番頭としての
どうにも この 堅すぎるというのだけが
そんな お
あんな
その目隠し鬼の オニが、向こうからフラフラと近づいてまいります。
ハハハハハ、さあ、
どこ行ったァ?こっちのほうかァ?
相手も酔っているせいか 旦那が
結局 すれ違いざまに ぶつかる
ここにいたか!
そーら、つーかまーえたッ!(ガバッと旦那にしがみつく)
ど、どうぞ お放しください。
あの、お人違いでしょう。
ごまかそうったって、そうは いかないぞォ。
声で分かるんだよ。
そんなのに
甘いんだよ!
よおし、そこまで言うなら、今 手ぬぐい はずして
顔を 見てやろうじゃないか。
まったく
おまえは
観念しろ。
(手ぬぐいをはずす)
ほーれ!!
"鬼の番頭"たる喜助が この世で唯一
さすがの喜助も 一瞬 何が何だか
旦那と目を合わせたまま、固まってしまいます。
無理もありません。
今 この瞬間、最も
ようやく事態を把握した瞬間、あわてて
ガバッと地面に ひれ伏した喜助。
その口から 思わず出た言葉――
お久しぶりでございます!
長らく ご無沙汰を いたしております!
お元気そうで 何よりでございます……!
喜ィさーん!大丈夫ですかァ~!
(喜助のそばへかがみこんで)
んもう、なに こんなとこで へたりこんでるんですかァ。
お連れの
(喜助を気遣うやさしさ。胡蝶に)
その
どうか、ケガの無いように 遊ばせてあげて下さい。
これは どうも、ご親切に ありがとうございます。
わたくしどもの
(玄白に)
では先生、まいりましょう。
また
まるで この世の終わりが来たみたいに 落ち込んでおります。
やっちまった……。
もうダメだ……おしまいだ……。
そんなに落ち込んじゃって。
だからオレは
さっきの
……、
やっちまった……。
やっちまったのは 分かりましたよ!
あの
んまあ!あの
素敵な
「ケガの無いように 遊ばせてあげて下さい」。
まだ 遠くには行ってらっしゃらないわよね。
あたし ちょっと呼んで来るんで、一緒に遊びましょうよ!
(超絶へこむ)
ああ……やっちまった……。
あら 大将、こんなとこに いたんですか。探しましたよォ。
何やってんです?こんなとこに 座り込んで。
(胡蝶に)
それで すっかり 落ち込んでらっしゃるの。
"やっちまった
(喜助に)
それで あとの
わたしは……、帰る……。
帰る……。
あとの事は、頼んだ……。
川沿いの
その
なにしろ
いかにも お遊び
絶えず「やっちまった……やっちまった……」
と
ですが
やがて
すっかり着物を 着替えます。
まさか あんな所で、よりにもよって 旦那様に
店に帰ったら、一体 何を言われるんだろう……。
その あまりの恐ろしさに、喜助の心は 現実逃避を始めたようで――
わたしが ぶつかった あの お
本当に 旦那様だったかな……?
あの時は、てっきり旦那様に違いないと 思い込んで、
頭が グッチャグチャになってたけど、ひょっとしたら、
だって、むこうは わたしの事、
「喜助」とも「番頭」とも呼ばなかったし……。
だいたい、あれが旦那様だったら、
だとすると やっぱり 人違いじゃないかな。
きっと そうだよな。そうで あってくれ……!
喜助は 店の前へと帰って来ました。
旦那様は もう お帰りかな……。
ああ、こわいなぁ……。
顔を合わせたら、何て言えばいいんだ……。
ああ、店に入りたくないなあ……。
でも、いつまでも こんな所に つっ立ってるわけにも いかないし……。
頼む、人違いであってくれ……!
(店に入る)
た、ただいま帰った……。
ええと……、旦那様は、いらっしゃるか……?
顔色が 悪いようですけど……。
ちょっと、風邪をひいたみたいでな……。
すぐ医者を呼びにやりましょう。
いやいや。い、医者は いいんだ。休めば治る。
だから わたしの事は、かまわないでくれ。
とにかく、わたしは もう 部屋で休むから。
旦那様が お帰りになったら、喜助は 具合が悪くて 部屋で寝ていると、
そう伝えてくれ。店の事は、おまえさんに頼んだ。
静かに 休ませてくれ。じゃ、よろしくな。(去る)
珍しい事も あるもんだ。
まさに、"
鬼の――、
さっさと 引っ込んじまうなんて。
前に 風邪ひかれた時も――もう ずいぶん前だけど――、
その時も、「これしきの風邪ぐらい 仕事してれば治る」とか言って
ずっと仕事してたし、
普段から「仕事してない
なんて言ってるような人なのにな。
よっぽど 具合が 悪いのかな。
あの人に もしもの事が あったら、この店から 番頭が いなくなるんだぞ?
そしたら この店 終わるぞ?
この店が つぶれたら、俺たち 行くとこ なくなるんだぞ?
そうなったら困るだろ?
けどまぁ、薬ぐらいは 持ってってあげたほうが いいかな。
あ、おい。何ていう薬 もらうか、分かってんのか?
それ、体液に 致死量わずか
「カンタリジン」を
マメハンミョウの 成虫の
マジで 殺す気かよ。
じゃ なんていう おくすり もらってくれば いいですか?
帰りましたよ。
おかえりなさいまし!
(店内を見渡して)
ええと――、
番頭さんが見えないようだけど、
まだ お帰りになってらっしゃらないのかな?
二階に上がって お休みになってます。
お医者さんは 呼んだのかい?
医者は いいから とにかく休ませてくれと おっしゃいましたんで、
今、
分かりました。じゃあ 番頭さんには、ゆっくり 休んでいただきなさい。
あとの事は
分からない事、困った事があったらね、
いつもは 番頭さんに泣きついているだろうが、
今日は おまえや店の者で 知恵を出して 解決しなさい。
番頭さんを起こしに行ったりするんじゃないよ?
どうしてもダメなら、
今日だけは わたしに言いに来なさい。いいね?
自己嫌悪に
怖れと緊張に 思わず
どうなるんだ……何を言われるんだ……。
風邪で寝てるなんて 言い訳 通らないよな……。
旦那様の部屋へ呼び出されて……、何て言われるんだろう……。
あんな ところを見られたんだ、タダで済む はずがない……。
良くても 番頭の身分は
下手すりゃ もう ここに いられないかもしれない……。
どういうふうに言われるのかな……。
こんな感じかな……。
「この馬鹿野郎!
キサマを信用していた ワシを裏切りおって!
この ろくでなし!出てけーッ!」
多分 もっと 静かな調子で 来るよな……。
こんな感じかな……。
もう
荷物をまとめて、どちらへでも お行きなさい。そして、
二度と、ウチの
では、さようなら」
(大きなため息)
やっちまったなぁ……。
今まで 積み上げてきたものが 全部 台無しだ……。
一生懸命 がんばってきて、
もう少しで のれん
それもパァだ……。
もう そろそろ 声が掛かるかな……。
きっと あいつが 地獄の使者だ……。
番頭さーん。
さッ……
地獄の使者め――。
何 おっしゃってんですか。
おくすり、もってきましたよ。
ドクニンジンか――!
死刑なのか――!
かっこんとう ですよ。
ここに おいとくんで、のんでくださいね。
じゃ お店が いそがしいので、いきますね。
しつれいします。
(障子を閉め 遠ざかりながら)
はぁ いそがしい いそがしい。
まったく、
誰も 部屋へ来ることはなく、
そのうちに、ガラガラと 店の
やがて
店の中はシーンと 静まり返ったのでした。
これじゃ
いっそ みんなが寝てる
でもなぁ……、
どうすりゃいいんだ……。
なかなか寝付くこともできず
しばらく 身をよじったり 寝返りを打ったりしているうちに、
だんだんウトウトとしてまいりまして――
なぜか
おまえ なんで
番頭に むかって、その口の ききかたは なんだ!
何を言ってる!おまえは 小僧だろ!
番頭は わたしだ!
おまえは もう 番頭でも なんでもない。
ただの したばたらき だろう。
そ、そうだった――!
にどと オイラに えらそうな口を きくんじゃないぞ。
申し訳ありません……。
じぶんの仕事も わからないのか。
何をすれば よろしいのでしょうか。
はなひばし だよ。
首をふって チリンチリン言わすんだよ。
(どこからか火箸を取り出して)
ほら、この ひばしを 両方の 鼻の穴に つっこむんだよ。
じゃあ オイラが つっこんでやろう。
ほら、鼻を出せ。
(喜助の頭をつかんで むりやり火箸を鼻につっこもうとする)
はッッ!!
ハァ、ハァ……。
ゆ……、夢か……!
なんて怖ろしい夢なんだ……。
またウトウトしては 悪夢を見て 目覚めるの繰り返し。
結局 ろくに眠れないまま、外が
かといって じっとしていられる気分でもないので、
何を思ったか 喜助は 下へ降りて行って
ホウキを持ち出して 店の前の 掃除を始めます。
やがて 起きてきた 小僧の
そ、そうじなら、オイラが やりますから!
い、いえ、いいんです!
いいですから、あなた様は どうぞ
喜助は 味なんて 分かったものではありません。
なんで
ああ
もうひとつ 頼みがあるんだがね。
番頭さんが、もし お
ここに来るように 言ってくれないかね。
お忙しいようだったら かまわない。
手が
頼んだよ。
やっちまった……やっちまったなぁ……。
なんだ
急に 大声を出すんじゃないよ。
びっくりするじゃないか。
だんな様の部屋に きてくれって おっしゃってますけど。
ついに来たか……!
終わりだ……もう終わりだ……。
ああ……やっちまったなぁ……。
すぐに いかれますか?
あとに なさいますか?
すぐに いくんですか?どうするんですか?
どうだった?番頭さんは、何と おっしゃってた?
って おっしゃってました。
番頭さんが、そんな
番頭さん、ちょっと ようすが おかしいんですよ。
オイラが、どうしますかーって きいても、下むいて ブツブツ ブツブツ、
「やっちまった……やっちまった……」って なんだか
それでオイラが 大きい声で、どうするんですかーって きいたら、
「うるさいな!いま行くって 言っとけー!」って おっしゃって。
(居住まいを正して)
あのねぇ
なんでも正直に話すのは いいことだ。
でもね、難しい事を言うようだが、
場合によっては あまり正直すぎない
今の場合も そうだ。
たとえ本当に そう おっしゃったとしてもだ、
番頭さんから わたしへの言葉として 取り次ぐなら、
「番頭さんは すぐに お見えになる との事です」、
これだけでいい。
番頭さんも人間だ。
時には 虫の
その勢いで つい乱暴な言葉が 口をついて出てしまわれる事もあるだろう。
だが いつも番頭さんを見ている者なら、
それが普通でないことぐらい分かるだろう。
それを、本当の事だからと言って、正直に そのまま伝えたんじゃ、
話にカドが立つだけだ。
わたしは 昔から番頭さんを見てきて、
礼儀正しい
所によっては、番頭さんの印象が 無駄に悪くなってしまうかもしれない。
番頭さんは
そのおかげで この店も ちゃんと回って、
みんな おまんまが食べられるんだ。
もっと番頭さんを
どう言ったらいいか、少し考えてみなさい。いいか?
あの――、し、失礼いたします……。
(定吉に)
じゃあ
お忙しいところを すみませんねえ。
ささ、どうぞ 座布団を 当ててください。
とんでも ございません。
旦那様の前で、座布団を 使わせていただくなんて……
いやいや、そんな気兼ねは
わたしが お呼びたてしたんです。
どうぞ 遠慮なさらず お当てください。
では、お言葉に甘えまして……。(座布団に座る)
お店のほうは、大丈夫そうですか?
お忙しいようでしたら、おっしゃって下さいよ?
でも それというのも、喜助さん、
おまえさんが
何十人も いる
番頭として 毎日毎日 そんな連中を
と、とんでもないことで――!
本当に、よく やって下さってる。
(部屋の隅で 火鉢の火に掛けていた鉄瓶が湯気を立てる)
ああ、お湯が 沸いたようだ。
(喜助に)
わざわざ 来ていただいたんですがね――、
なに、たいした用じゃないんですよ。
先週、
で まあ、ひとりで いただくのも
小僧に飲ませたって、味も値打ちも 分かりませんからねえ。
そこで 喜助さん、おまえさんと ふたりで飲もうと思ったんですよ。
いま
あ、いえ 旦那様!
お茶でしたら、
どうぞ 座っててください。
(いたずらっぽく微笑んで)
わたしだってね、お茶くらい
( 間 )
(二人分のお茶を淹れている)
(座に戻って来る)
お待たせしました。
(喜助の前に茶を提供して)
さ。
お口に合うと いいんですがね。
わたしが お招きした お客様なんですから。
――しばらく前からねえ、こういう機会を
持ちたい 持ちたいと思っていたんですよ。
喜助さんを 番頭に
店のほうには 顔を出さないようにしてきました。
喜助さんが 指揮を
喜助さんも やりにくいだろうと思いましてね。
それで、店の
わたしは
そうしたら、喜助さんとは ひとつ屋根の下で 暮らしているというのに、
差し向かいで お茶を飲んだり 話をしたりする事も なくなりましてねえ――。
で まあ、今日は わたしは 外へ出る用事も無いし、結構な お茶も いただいたし、
機会を作る いい口実が出来たなぁと思って、来ていただいたんですよ。
ま、早い話が、今日は 喜助さんに、年寄りの茶飲み友達に なってもらって、
話の相手を していただきたいな と、こういう
どうですか?お
いえもう、
ああ、どうぞ、お茶 召し上がってください。
(冷まして飲む)
ふーっ ふーっ ずずっ。ふう……
(冷まして飲む)
ふーっ ふーっ ずずっ。ふう……。
うん、美味しいですね。さすが
ああ そうそう。
それで
ぜひ 聞いていただきたいんですが――あ、まだ しばらく、お店のほう、かまいませんかね?
年寄りの長話になるかもしれませんが、お付き合い 願えますか。
で、どんな お話かと言いますとね――、
喜助さん。
店の
この「だんな」という言葉、どこから来ているか 知っていますか?
あの、まことに
いやいや、これを知らないからと言って
わたしだって この
ほら、人というものは、ちょっと何かを 聞き
すぐ
この
しょうのない
で、「だんな」という言葉が どこから来たのかという話なんですがね――
そもそも 「だんな」という言葉、これは もともと
その昔、
その中の 南の
「
道行く人も 思わず 足を止めて 目を奪われるほど、
それは見事な木だったそうです。
「
で、ある時、それを見た人が、
せっかくの立派な木なのに、
根元に こんな雑草が あっては
そうしたら、それから何日も しないうちに、
あの立派だった
葉の色も 茶色く変わって、枯れ始めてしまったんだそうです。
どうした事かと思って、ものを知る人に
この
これを 取り除いてしまうと、
大事な養分を失って 枯れてしまうと言うんですね。
今度は その葉から
その
そうしたら また
それを まあ、お寺さんと
それが
まぁ、少し こじつけめいた話ですけど、
――これが本当だろうが そうでなかろうが、そんな事は ともかく、
わたしは この お話が たいそう 気に入りましてねえ――。
大きな木と 小さな雑草。
持ちつ持たれつ、支え合い 助け合い――。
喜助さん。
わたしと おまえさんも、そうじゃ ありませんかねえ。
この
(冗談ぽく ほほえんで)
いやまあ、自分を
喜助さんを 雑草に
幼かった おまえさんを 預かってから、
わたしは――
できるかぎりの
おまえさんのほうも、一生懸命 その
たくましく 生い茂ってくださった。
こんな頼りない
おまえさんという 頼もしい
ここまで大きくしていただきました。
喜助さん。お礼を言いますよ。
とん……(鼻をすする)とんでもないことで ございます……
で――、
これが店のほうへ行きますと、
今度は 喜助さん、おまえさんが
それで まあ、
もしかしたら、これは わたしの
たまに 店の様子を
しおれ
申し訳ありません。
いやいや、おまえさんが ゆき届いていない なんて事は ありませんよ。
おまえさんほど ゆき届いた仕事を なさる お
他の どんな 大きな お
それこそ、ウチには こんな優秀な番頭が いるんだぞと、
むしろ おまえさんは、ゆき届き過ぎているくらいです。
もちろん ゆき届いているのは 結構な事です。
でも あまり ゆき届き過ぎると、まわりの者を
追い詰められた者は どうするか。
どっちにしても、損なことですよ。
いやね、おまえさんの 気持ちも よく分かります。
ウチの
揃いも揃って 不器用もの ばかりですからねえ。
おまえさんという
なかなか うまく吸うことが できない。
仕方ないから おまえさんも
低い葉っぱからも 高い葉っぱからも、どんどん
そうしたら、
そうやって 店の
今に おまえさんという
そして おまえさんという
この
ですからね、なかなか加減も難しいと思いますが、
ウチの
まあ もう少し低いところの葉っぱから、
ゆっくり ポトリポトリと、根気よく
いや 差し出がましい事を 言うようですが、まあ、
年寄りの
時に
どうか ひとつ、お願いを いたします――。
はい――!精進を いたします――!
本当に
(しみじみ)
立派な番頭に なられて――。
(しみじみと昔を思い出す)
おまえさんが
初めて ウチに来た時、おまえさん、
今でも よく覚えていますよ――。
初めて おまえさんを見た時は、驚いたもんです。
ひょろひょろに
まるで しなびたゴボウみたいな子でしたよ。
うつむいて モジモジして、
下 向いたまま、蚊の鳴くような声で なにかボソッと言ったきり、
わたしの顔を見ようともしなくて。
こんな子で大丈夫だろうかと 心配でしたけど、
まあ 人手の欲しい
そしたら まあ、案の定というか 何というか――、
前途多難でしたねえ。なかなか人並の
用事を3つ言いつければ 必ず1つは忘れるし、
ああ そうそう それから、寝小便の 治らないこと 治らないこと。
十二の頃まで やってましたっけ――
(喜助がきまり悪そうにしてるのを見て)
ああ すみません すみません、昔の恥を ほじくり返すような事を言って。
でもねえ、それも、わたしにとっては いい思い出なんですよ。
(おねしょの話の続き)
薬を飲ませても なかなか治らないし、
医者に
なんて言うばかりで 取り合ってくれない。
しまいには、死んだ
寝小便に効く お
背中に もぐさを置いて 火を
おまえさん、よっぽど熱かったんでしょう、
「あついよぉ、あついよぉ」って、泣き出して――。
覚えてますか――?
ですからねえ 喜助さん、ウチの
今は 不器用で
まぁ おまえさんほど とまでは いかなくとも、
そこそこ モノになるんじゃないかと 思うんですよ。
大変だとは思いますが、
彼らに
――ああ、すっかり お茶が冷めてしまいましたねえ。
どうも年寄りは 話が くどくて いけません。
じゃ、新しいのを
もったいのうございますんで、いただきます。
(飲みほそうと、飲み始める)
んぐんぐ――
あ、あの、その、あれはですね、その、
お、お客様の、お供で――
いやいや。そんな 取り
わたしも この
分からないという事は ありません。
お堅くて 不器用な
喜助さん、今度 わたしに、踊りを教えてくださいな。
いえもう――、ご
――。
(おもむろに 居ずまいを正して)
――喜助さん。
実を言うとねえ――、
わたしは ゆうべ、眠れませんでした。
いったい どれほど、店の
わたしは、おまえさんに
店の
ですが――、
ゆうべ、初めて
気になって 眠れなくて、ひと晩かけて、
(その時のことを思い出し、感極まるものがある)
穴なんか、ひとつも なかった――。
実に きれいな
おまえさんは、あれほどの 遊びを、
おまえさんが 番頭で いてくれて、本当に よかった――。
喜助さん、一瞬でも おまえさんを疑った 愚かな
どうか許してください――。(頭を下げる)
どうか―― どうか 頭を お上げください。
て、
それも おまえさんの 忠義だと 分かっています。
おまえさんに そんな忠義の立て方を させた、わたしの責任です。
わたしは おまえさんの 堅さ
思えば わたしは おまえさんに、
「自分は
と思わせるような 振る舞いを してきた。
そのせいで、
遊ぶことが
申し訳ない事をしました。
すべて、
ダメな番頭に、あんな 綺麗な
ダメなのは わたしですよ。
馬鹿な
涙で ぐちゃぐちゃにしてしまったんですから。
ところどころ、
せっかくの綺麗な
(言い忘れていた事を思い出す)
ああ、
喜助さん、同じ お遊びでも、お得意様の お供で お遊びになる時はね、
どんどん お
もちろん お店の お
出し惜しみせずに、
でないと いざと言う時、
決して 無駄な お
遊びも おおいに やってくださいね?
あまり
歩いているだけで
思わず知らず 傷つけてしまう事も あるでしょうから。
とがった
そうすれば、
いろんな事が もっと
(思い出したように)
――ああ、新しい お茶
ちょっと待っててください。
(二人分のお茶を淹れている)
(座に戻って来る)
さ、どうぞ。遠慮なく 飲んでくださいね。
ふーっ ふーっ ずずっ。ふう……。
(喜助を見て)
喜助さん。
――!
で――、では――、やはり わたしは お
何のことですか。
いえね、
来年――
のれん
店を持たせてあげようと思いましてねえ。
とっくに独立して 店を構えてなきゃ ならない お
それを、わたしが いつまでも おまえさんに頼るあまり、
なにしろ、おまえさんと比べて、
下の者の 頼りない事と言ったら――。
のれん
さて
今の
店をまとめる
つい おまえさんに甘えてしまって――。
でもねえ、考えてみたら、
おまえさんという 立派な
何年もの
そうでなくなれば――まあ、しばらくは
ひどく苦労するだろうけど――、喜助さんに頼らず
どうにかしなきゃって自覚も 持ってくれるんじゃないかと思いましてね。
ずいぶん待たせてしまって 申し訳なかったんですが、
もう少しの
はい――!ありがとう存じます――!
ふーっ ふーっ ずずっ。ふう……。
これで、わたしの話したい事は あらかた お話しできたかな。
すみませんねえ、わたしばっかり 喋ってしまって。
(お茶を飲む)
ふーっ ふーっ ずずっ。ふう……。
ふーっ ふーっ ずずっ。ふう……。
あの、番頭さん、よろしいでしょうか。
(外の定吉に向けて)
はい。しつれいします。
どうしたんだ?
番頭さんに ご用か?
はい。
すぐに お店のほうに 来ていただけないかと――。
何かあったのか?
はい。あの、
はい。あの、いつも番頭さんが やってるみたいに、
みんなに 指示を出したり、
お客さんの 相手をしたり してたんですけど、
お店が こみ出したら、テンパってきちゃったみたいで。
それでも しばらくは がんばって かけまわってたんですけど、
さっき とうとう、目をまわして たおれちゃって――。
まったく、しょうのないヤツだな。
すぐに行く。
先に下りてな、誰かに言って とりあえず
(喜助に)
あの、番頭さん。
(やさしくほほえんで)
そうか。助かる。
よくやってくれた。えらいぞ。
――。
ほめられるって、きもちいいですね――!
わたしも学んだ。
褒めるというのは、気持ちがいいもんだな。
あの!つぎは、ひばちの まわりを そうじしたら いいですか?
では、しつれいします!(去る)
いかがです?
あの小僧、モノになりますかねえ――?
きっと 将来、いい番頭に なりますよ――。
では、店へ出てまいります。
では 失礼を――
おまえさん、
「お久しぶりでございます」とか
「長らく ご無沙汰を いたしております」とか……。
毎日 顔ぐらいは 合わせているのに、どうして また、
お久しぶりだなんて おっしゃったんですか?
あのような
ああ、ここで会ったが 百年目だと 思いました。
それで、この言葉が頭をよぎった時 喜助は思わず「お久しぶりでございます」と言ったのでしょう。
また、「ここで会ったが百年目」の 「百年目」 は、「人生の百年目」つまり「寿命」「命の終わり」を指すそうです。
ですので、遊んでいるところを見つかった喜助の脳裏には「ああ、俺の人生 終わったわ」ということで、
この言葉が浮かんだのでしょう。
本来は、長年 探し求めていた仇に出会った時なんかに、
「とうとう見つけたぞ。ここで俺と出会ったからには、お前の人生も終わりだ。覚悟しろ」
という意味合いで使うようなので、
見つかってしまった側の喜助には ちょっとふさわしくない言葉なのかもしれません。
もしかしたら少し腑に落ちにくいオチかもしれませんが、それを補って余りある素晴らしさが、
この噺全体にはあると思い、台本化させていただきました。 ――くらしあんしん
おわり
実際は、サンスクリット語で「施し」や「布施」を意味する「dāna(ダーナ)」を
音写(この場合は、聞こえた音に漢字を当てること)したもの、という説が有力なようです。
参考にした落語口演の演者さん(敬称略)
柳家さん喬
立川生志
三遊亭圓生(6代目)
三遊亭圓龍
古今亭志ん朝(3代目)
古今亭右朝
立川志の輔
金原亭馬生(10代目)
三遊亭栄楽
三遊亭道楽
笑福亭松喬(6代目) ※上方落語
笑福亭生喬 ※上方落語
林家染二 ※上方落語
何かありましたら下記まで。
kurobekio@yahoo.co.jp